小池都知事の焼き畑政治

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おいおいですが、小池氏と翁長氏が重なって見えてきました。 

両者に共通するのは、前任者が積み上げてきた事案のチャブ台返しです。 

方や豊洲移転問題、方や辺野古移転問題、両方とも移転問題を都政・県政の柱にしてしまいました。 

もっと他にやるべきことは山積しているだろうに、この両首長はこのテーマに政治生命をかけたいようです。やれやれです。 

御両人に共通するのは、特定の問題をことさらあげつらって、それを自分の政治力に転化させるという手法です。 

筋がよくない発想ですね。少なくとも行政官がやることではありません。

行政官ならば、いかに速やかに市場移転問題を解決するのかに力を傾注すべきです。 

翁長氏が基地にこだわるのはけっこうですが、ならばさっさと返還縮小計画を推進しなさい、と思います。 


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小池女史ときたら、豊洲の地下水で止まったきりで、首まで漬かったままいまや「悪者退治」ショーに熱中しています。

小池女史の政局好きが、民進党と親和性があるためか、とうとう自民党員のままで秋波を送られる始末です。

断ったようですが、民進党にすり寄られたらお終いですよ、小池さん。そのうち全野党共闘のシンボルにされちゃいますからね(笑)。

れにしても民進党さん、都知事選であなた方がかついだ鳥越氏がなんと言っていたか思い出してからいいなさいな。

それにしても気の毒なのは、ドカンっとブチ上げたのはいいですが、結果がショボイことです。

オリンピック・パラリンピックの会場見直しを叫んで、IOCまで巻き込んだ大立ち回りを演じたあげく、結果はご承知のとおり大山鳴動ねずみ一匹。

ボート・カヌー会場は結局、元どおり海の森水上競技場で決着。他の会場も現行計画どおりでした。

しかも結局はIOCとの密談決着です。透明性が泣きます。

翁長氏などもっと悲惨です。すべての裁判に破れて承認拒否を撤回して赤恥をかいた上に、高江でも負け、宮古・浦添両市長選も惨敗というていたらくでした。

とうとう腹心の安慶田副知事まで、斡旋疑惑で辞任する始末で、今や支持してくれるのは共産党だけ。

さて小池氏が問題としているのは以下です。 

①豊洲市場の安全性への懸念
②不透明な費用の増大
③情報公開の不足

実はこの3点は別々の次元の問題なのですが、小池氏がゴッチャにしてしまったために、まるで今までの都政の不透明性を解決しないと、新市場移転ができないようです。

その間どんどんと馬鹿げたコストが上乗せされていき、都財政を圧迫していきます。

会場の見直しで多少コスト減になっても、移転足踏みでの補償金・無駄な維持費で蒸発していきます。

その上移転の遅れは、オリンピックにも影響がでそうなのに、小池女史は知ったことではないようです。

こういう所が彼女の行政官としての適格性に、疑問符がつく部分です。

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では、なにが豊洲移転問題の核心なのでしょうか。

私はかねてから書いてきたように、豊洲地下水問題に尽きると思っています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-3.html

後の市場移転にまつわる透明性がどうした、石原氏がどうのといった「都政の闇」糺弾大会は、移転が決した後でのんびりおやりなさい。

順番が違うのですよ。プライオリティ(優先順)の順位をつけて最大の難点を片づけていかないかないから、絡まりあっていっそう解きほぐせない糸玉のようになってしまいました。

小池女史は悪い意味で政治的人間なために、移転問題を自分の新党づくりの起爆剤にしたいという政治的野心に奉仕させています。

くり返しますが、豊洲移転問題の1丁目1番地は地下水の安全性の問題です。そこから解きほぐしていかないから、混乱に輪をかけるのです。

今回マスコミがきちんと説明しないため、「ベンゼンが環境基準の何倍でたぁ」と騒いでいますが、地下水の「環境基準」は飲用した場合の影響を考慮して、環境省が定めている値です。

いいですか、あくまで飲料水の環境基準ですよ。

では、そんな地下水を飲んだり、あるいは水産品に使ったりするのかと言えばノーです。

あの地下水は飲まないし、市場で使うわけでもなくそのまま排水路に流されていきます。

排水基準も別にありますから、そちらにしておけば、今になって基準値の何倍」という馬鹿げた議論にならなかったはずですが、安全パイを積み上げすぎた報いです。

都は丁寧な仕事をしすぎたのです。

都が心配していたのは、東京ガスの跡地だったために、地下水から揮発性化学物質のベンゼン・シアン化合物が気化する可能性まで心配したことです。

そのために地下水を飲料水基準にしたことが裏目に出ました。

実際の話、築地市場の地下水が豊洲より安全だというデータはありません。調査していないだけの話です。

そもそも築地は大水のごとに下水が溢れだし、ボロボロの施設はネズミの巣窟となって、ネズミ軍団は銀座方面にまで繰り出しています。

全国の公設生鮮市場もそうです。

豊洲のように地下水を飲用水基準にしているような市場はないと言われていますから、豊洲の「環境基準」を当てはめると全国各地の市場が大部分使用不能になるはずです。

全国の市場関係者は変な前例をつくらないでくれ,と密かに願っているといいます。

環境リスクマネージメントを専門とする横浜国立大名誉教授の浦野紘平氏は、こう述べています。

「飲み水ではない地下水から、環境基準以上の数値が出ることは頻繁にある。『排水基準』を満たしていれば、河川などに流しても問題はありません」(BuzzFeed News) 

小池知事も去年の9月30日には、「安心と安全」について、こう語っています。

「ヒ素とか聞くと、それだけでも『えっ』とびっくりするわけですが、水の中には環境基準以下で(物質が)入っているケースは非常に多い。要はゼロリスク、ゼロはないのですが、国民の皆さんは敏感に感じ取られる。そこはきっちり説明しないといけない」

 分かっているんじゃないですか、小池さん。

ヒ素は岩石や土壌に含まれ、そこを割って出てくる地下水には天然で必ず含まれているものなのです。

基準値設定は動物実験でやっていますが、さらに人間と動物では身体の大きさや感受性が違うということで、それを10倍にし、そのうえに人間は個体差があるのでそれをまた10倍にしています。

え~、本当に危険だと思われる基準値の、どれだけになりましたか。ざっと100倍ですね。

いわば崖の数百m先を基準値にしているわけです。

市販のミネラルウォーターの数値を見てみましょう。
ライフアップオンライン:支笏の秘水』と主な市販ミネラルウォーターの成分値

・ボルビック      ・・・0.009mg/ℓ
・六甲のおいしい水 ・・・0.003mg
・エビアン       ・・・0.002mg
cf. 豊洲地下施設 ・・・0.004mg

豊洲地下水を飲む2倍ものリスクがボルビックにはあるわけですが、そういう発想はとりません。基準値内に納まるなら全部安全と認識します。

そういえば共産党は、「基準値の4割ものヒ素が」なんてわけのわからない言い方をしていましたね。

このように、「環境基準」と言っているものはあくまでも飲用水基準であって、しかもそれは施設下だけに適用されているということまでしっかりと都民に説明する必要があります。

施設下以外は同じ環境基準でも「下水」の基準値で、それは飲用水の10倍です。

ケタがちがうでしょう。なにが問題なのか、私にはさっぱり分かりません。

移転について百条委員会をするそうですが、そちら方向にそれればそれるほど豊洲移転は遅れる事になっていきます。

これでは小池さんの政治手法は、豊洲に火を着け、オリンピック会場に火を着け、石原氏に火を着け、なんとか自分の政治的得点につなげるまで、あちこちに火を着けて回る焼き畑農業的政治です。

もう少し小池さんは、ましな政治家かと思っていました。

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MBSが制作した「木を見せて、森を見せない」歪曲番組 

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時期を逃してしまうので書いておきます。 

「ニュース女子」問題で、我那覇真子氏などが2月18日に開いた緊急集会について、産経(2月18日)が報じています。

当然のことながら、琉新はスルーし、沖タイは虫メガネていどで報じました。

「『ニュース女子』への言論弾圧許すな」 沖縄で緊急講演会「沖縄ヘイトにすり替え」 

沖縄県の米軍基地反対運動を扱った東京MXテレビの番組「ニュース女子」をめぐり、「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」は18日、同県宜野湾市で緊急講演会を開いた。 
講演会では、同会の代表運営委員の我那覇真子氏が「言論の自由を守らなければならない。沖縄の私たちにその任があることは誇りだ」と述べた。
 その上で我那覇氏は「彼ら(反基地活動家ら)は東京MXテレビに流された真実を沖縄ヘイトという嘘にすり替えようとしている。
さらに悪質なのは、それを保守に対する言論弾圧に使おうとしていることだ。司会者の懲戒解雇を要求していることなどは、まさしく人権弾圧ではないか」とも指摘した。」

この18日の集会に先立ち、我那覇真子氏、手登根(てどこん)安則氏、依田啓示氏3名の連名で、辛淑玉氏に公開質問状を送っています。 

その内容です。欄外に全文転載いたします。内容的には、私もかねてから指摘していた点です。

辛氏側の論法は、徹底した詭弁論法でいう「すり替え」です。

「木を見せて、森を見せない」のです。

辛氏らは、「木」である救急車の検問のみに焦点を当て、「森」である高江の反対派の暴力沙汰を見せないようにしています。

この<平和を愛する市民vs暴力的機動隊>という構図はメディアの協力で、いったん常識となりかかっていました。

この常識の嘘の壁を崩した発端は、今回の公開質問状呼びかけ人のひとりである依田啓示氏の、以下の勇気あるフェースブック書き込みから始まっています。
2016年10月1日のFacebook記事

「僕が一番許せないのは、活動家達が非合法で暴力的な活動に自ら進んで飛び込んだおかげで、本当に救急性が高い地元の高齢者の搬送が遅れているという事実です。
僕は、非合法活動家ではありませんので、この高齢者が「死ぬところだった」とか県内新聞に報告することはありませんが、搬送が30分遅れたのは事実で、内容によっては深刻な事態になっていたかもしれなかったと考えると、本当に強い怒りを感じてしまいます。」

この依田氏の現地からの告発は、全国に大きな衝撃を与えました。

昨年10月当時、まだ高江の現地状況はメディアの意図的な黙殺によって、まったく社会に知られていない状況でした。

この私ですら噂では聞いていても、これほどまでに野放図な暴力沙汰が展開されているとは思っていませんでした。

しかし依田氏の告発によって、高江の真実の一端が、初めて明るみに出たのです。

この依田氏の告発に対して驚愕した反対派は、全力で依田氏個人を潰そうとします。

Photo_2MBS番組の依田啓示氏。 彼のインタビューの後に、直ちに否定してみせる。

まずは人格攻撃でディスりました。

その誹謗は、ひとつには依田氏が巻き込まれた暴力事件であり、そして彼が「京都から流れて来たよそ者」であって、こんな奴は地元民じゃないというふたつです。

後者は論ずるに値しません。いつから沖縄は血統主義になったのですか。

ウチナンチューの若者すら継ぎたがらないやんばるの赤土に根を張った彼を、「よそ者」よばわりする神経がわかりません。彼はやんばるの宝です。

傷害事件の件ですが、この事件は依田氏と検問が遭遇した時に起きた傷害事件のことです。反対派は、「女性をゲンコで殴る異常者」と決めつけました。

依田氏は突き飛ばしたていどだといい、「検問」側は拳固で殴られて縫ったとまで主張しています。

どちらの主張がほんとうか私にはわかりません。事件自体は警察が判断することです。

問題はむしろ、どうしてこのような事件が起きたのか、です。

そのきっかけは、公道における違法な私的検問に対する依田氏の抗議によるものです。

彼の宿に泊まった観光客を乗せて北部を案内していた依田氏の車を止め、検問をしたことに依田氏が怒ったのが発端でした。

天下の公道を運転していて、わけの分からぬ連中に「帰れ」というようなことを言われて、怒らぬ者がいるでしょうか。

この肝心な状況の流れ全体を無視して、依田氏をあたかも暴力常習犯と決めつけました。

いかに自分たちがヤバイことをしていたのか知られたくないために、ここでも得意のすり替えをしています。

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上の写真は反対派のツイッターですが、悪びれるでもなく警察車両も検問したと堂々と書き込んでいます。

この違法意識がまるでないのが、この高江反対派の共通した特徴です。彼らはママさんバレーのように公道を封鎖し、笑いながら車を止めて検問したのです。

東京都内、いや那覇市内でやってご覧なさい。即座に逮捕されます。しかし、ことこの高江のみでは許されると思い上がっていたのです。

高江は那覇からはるかに遠く、しかも何をしてもメディアが黙認してくれる「密室」だと思ったからです。

実は去年夏以前から、反対派は工事関係者を足止めすべく、私的検問を執拗に行っていました。

そして同時に、県道を大量の反対派車両で埋めつくす封鎖戦術も行っていました。

後に、これに道路中央部だけあけて両路側を埋めたり、のろのろと走る牛歩戦術も加わって、高江集落の活動を麻痺状態に追い込むことになります。

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言うまでもなく違法行為のオンパレードですが、なぜか沖縄県警が最低限の法執行しかしなかったために黙認の形になってしまっていただけのことです。

これによって高江集落と東村住民は大変な迷惑を被ります。なにせ高江の農家が自分の畑に行くにも反対派にお伺いを立てねばならなかったのですから。

沖タイですらみかねて、こういう記事を乗せたほどです。

まぁ後にこれを書いた城間陽介記者は反対派から袋叩きにあったようで、弁明に追われていましたが(苦笑)。抜粋のみ載せますが、ぜひ沖タイ記事をご覧ください。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61153

「県道70号では8月から、市民が「牛歩作戦」として、工事車両の前を時速10キロ未満の速度で走る抗議行動を展開。
機動隊の交通規制もあって県道は渋滞し、出荷や作付けする農家を中心に地元住民の往来に支障が出ていた。(略)
仲嶺区長は「区民のストレスは限界に来ている。早くヘリパッドを完成させた方がいいとの声も出ている」と打ち明ける。通勤、保育園送迎、通院などに支障が出ていると苦情は絶えない。」(沖タイ2016年9月8日)

そしてメディアが報道しない事に味をしめた反対派は、密室空間となった高江地区で、いっそう暴力をエスカレートしていきました。

その結果起きるべくして起きた事件が、8月4日に起きた指導者である山城博治氏自らが指揮した集団暴行事件でした。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20165-b8be.html

下の写真の左に、カメラを持った琉球新報の記者が写りこんでいますが、もちろんただの一行も記事にされることはなかったのです。

それにしても真横で集団暴行が起きても、平然としていられるジャーナリストというのも相当なもんですな。

このようにメディアと警察の黙認の下に、暴力闘争はエスカレートを続けました。

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この時期に沖縄に元暴力団組員であるしばき隊・添田を送り込んだのが、他ならぬ辛淑玉氏その人です。

そして、同時期には辛氏などの外国人グループや、左翼政党、「平和団体」、労組が、高江を沖縄反基地闘争の天王山と見て、大量に全国から運動家を高江に送り込みました。

下の写真は左翼ジャーナリストの岩上安身氏の8月7日のツイッターですが、こう書かれています。

「県外からきてくれた人、手を挙げてください」という山城氏の呼びかけに応えて挙手する参加者の方々。18時からの集会が本番。まだまだ増える見込み。」

恒常的にそうであったという統計数字はありませんが、高江紛争の主役が県外者である時期がそうとう長期間続いたのは紛う事なき、事実です。

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このような状況の背景があって、現地東村から怒りの声を上げたのが依田氏でした。

驚いた反対派は、告発者は依田氏の人格を傷つけることで、証言の信頼性を傷つけ、告発の核心だった「救急車検問」を否定します。

これにメディアが乗ったのが、TBS系列・大阪MBS制作、『ドキュメンタリー映像 17沖縄さまよう木霊「基地反対運動の素顔』(2017年1月29日)でした。

これはMBS・斉加尚代ディレクター制作の番組ですが、手がこんだ意図的バイアス報道です。

ちなみに、理由は分かりませんが斉加氏はMBSから解雇されています。

それはさておき、この番組はどうやってメディアが意識操作をしているのか、将来教科書に乗りそうな番組です。

そのうちゆっくり検証したいものですが、今回この斉加ディレクターがもっとも重点をおいたであろう消防署への取材風景が下の写真です。

この映像は巧妙にも依田氏インタビューの直後に入れられていて、依田氏を信頼ならない人物と印象づける役割をしています。

ひとりの告発者のインタビューのすぐ直後に、電話してみせて否定する、典型的な印象操作です。

もし依田氏の告発を否定したいなら、彼とのインタビューの場で問いただしたらいいのです。

ほとんど依田氏を引っかけたいためのトラップです。報道者としてのモラルを疑います。

そしてこのときの署長のひとことが、反対派ワールドで拡散しているのはご存じのとおりです。

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ナレーター 「もう一度地元の消防本部の署長に確認しました。」
署長 「本当にですね。政治的圧力もそうですし、反対派の抗議活動に業務を阻害されたというか邪魔されたことは一切ないです」
斉加「ということは、ないということですね結論は」
署長「「そうです。ウソはついていません」

これが、反対派が「依田はデタラメばかり言っている。それはテレビ局が検証した」という言い分の根拠です。

しかし、立ち止まって考えてみましょう。

このMBSの番組でも深くはつっこまず言い訳のように、「工事車両を止めようとして動いたために、やがてその県道を使う村全体に影響が出始めました」と自らナレーションしています。

このようなことが県道17号で日常的に行われていました。

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上の写真は防衛局資料に載った公式記録から引用しましたが、高江現地では珍しくもなんともない情景でした。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-36a1.html

それをただ一点依田氏の「救急車まで検問された」という部分のみに焦点を当てて、この大きな事実全体を隠蔽しようとします。

斉加ディレクターは、消防署署長との会話が本来もっと長かったにもかかわらず、会話全文をカットして都合いい部分のみを放映しています。

斉加氏が署長に妨害の有無を尋ねたのは、一体何時の時期を質問したのでしょうか?

斉加氏は記者としての新人研修の時、5W1Hを習ったはずです。

5W1Hとは、「いつ(When)、どこで(Where)、 だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」ということです。

この高江の場合にあてはめれば、まず最初のいつ(When)ですが、この番組の取材はおそらく去年末から今年にかけてですから、山城氏の逮捕を受けてとうに反対運動は鎮静化していたはずです。

もし時期を特定せずに、「反対派に妨害されませんでしたか?」と聞いてはいけません。聞かれたほうが誤解して、直近の秋以降の時期のこととして答えてしまうからです。

私なら時期と場所と誰がかを特定して、こういうふうに質問するでしょう。

「去年の7月から9月にかけの夏にかけて、高江に向かう県道17号線において、反対運動によって救急車両の到着が遅れたりしたことはありましたか?もし遅れれたとしたら、その原因はなんだったでしょうか?」

その結果、署長が「妨害がなかった」のなら、ほんとうに妨害はなかったのです。

ただし、去年の夏に、県道を使って高江集落に行こうとすれば、まず前哨である私的検問に引っかかり、その後に封鎖する車両バリケードにぶつかっていたはずです。

署長の発言の全部を聞かないと断定的には言えませんが、おそらく高江に向かう救急車両は、検問でぶつかることなく通ったとしても、その先の車両はバリケードの阻止線に阻まれたはずです。

バリケード阻止線の指揮者は、救急車両は通せと命じて一台一台道を開けたのではないかと推測できます。

ですから、署長は「反対派の妨害はなかった」と言ったのではないでしょうか。

それに名護消防署所長と特定された場で、テレビで「反対派の政治的圧力があった」なんてことを公言できるような度胸を公務員に望んではいけません。

署長の上司は翁長知事ですから、そんなことを言えば沖縄県公務員としての出世の道は閉ざされます。

ですから署長は、あたりさわりのないことを言ったにすぎません。

ただし、この期間を通じて間違いなく救急車両の高江への到着は、依田氏の告発どおり通常より遅れたのは間違いないことです。

このようなどちらに軸足を置くかで微妙なニュアンスが発生する問題を、斉加ディレクターはこうばっさりと「デマ」だと斬って捨てます。

「ナレーター 「ところが救急車を襲ったとするデマは遂にネット空間から飛び出し、地上波のテレビで報じられる事態になったのです。
(ニュース女子の画像)
ナレーター「1月2日東京のメトロポリタンテレビが放送した情報番組、その番組は違法アップロードされています。
番組は、反対派が救急車を止めて現場に急行出来ない事態が続いたことを事実として報じ、テロリストみたいと放送。」

そして番組は、この背景には安倍政権の共謀罪があると番組を結論づけますが、まぁ一種の脳内電波の類ですのでそれは置きます。

ここで盛んに番組は依田氏が「救急車を(反対派が)襲った」とナレーションしていますが、それこそデマです。

「襲った」などということを依田氏は一回も発言していません。

それを言っているのは、10月4日に流れた、「自由の声4」というYouTuberの投稿動画が使った因島消防署の事故映像で、投稿者もこの動画内でイメージだと断っています。

この投稿動画を番組冒頭に持ってくることで、視聴者に衝撃を与え、これを依田氏のデマだと決めつけることで、高江でなにが起きたのかを知ることもまた「デマ」だと断じています。

こういう手法を「木を見せて、森を見せない」歪曲報道呼びます。

長くなりましたので、今日はここまでとしますが、辛さん、公開質問状にもあるようにあなたは弁術にかけては当代一だとの噂です。

実現した暁には、ぜひ斉加氏も取材にこられることを期待します。

■謝辞 大変に参考にさせていただきました。感謝いたします。
「以下略ちゃんの逆襲」
http://ikarya.jugem.jp/?eid=162
「メディアの権力を監視する」http://blog.livedoor.jp/catnewsagency/archives/17075800.html
 

                        ~~~~~

■我那覇氏、手登根安則氏、依田啓示ら3名の連名による辛淑玉氏に公開質問状
適時改行いたしました。

上記三名は、連名して貴女に公開質問と公開討論を呼びかける。
貴女は、東京MXテレビに対し、1月2日に放映された番組「ニュース女子」の内容が、虚偽とデマに満ちた人権侵害番組として激しく抗議しBPOにも訴えている。
我々は、沖縄県に在住し真実に接する者として貴女の一連の言動を、県民の誇りにかけて看過するわけにはいかないと考える。

 

何故なら貴女こそが過激な活動家を現地、高江に送り込み、違法行為を扇動した張本人ではないか。
貴女の抗議は、地上波東京MXテレビによって自らの不法行為と虚偽が首都圏から全国に拡散するのを恐れ、これを阻止する事が目的と断じれる。
その為に貴女は、沖縄県を日本の植民地と言い、ありもしない沖縄ヘイトに論理をすり替えた。日本国民である我々沖縄県民が、在日朝鮮人たる貴女に愚弄される謂れがどこにあろうか。
それでも貴女が自らの正当性を主張するのなら、以下の質問に返答を拒む正当な理由はあるはずもない。速やかに返答されたい。
 

1)公開質問
以下に挙げる事実を貴女は承知しているのか否かをお答え頂きたい。
①反対派活動家による高江地域における違法な私的車両検問とその常態化について。
 

②反対派活動家が高江地域の生活基幹道路上に多数の車両を縦横に放置し、村民の通学、通勤、通院、作物出荷に破壊的な損害を与え、何度も生活を脅かしていた事実について。 

③反対派活動家が、職務中の防衛局職員、機動隊員、建設作業員に対して、日常的に暴力行為、ヘイトスピーチを行い人権を侵害していた事実について。 

④反対派活動家による立ち入り禁止区域への常態化した不法侵入について。 

⑤山城博治平和運動センター議長をリーダーとする活動家集団が機動隊員宿泊を不満とし、近隣の当該ホテル入口敷地内において、脅迫による威力業務妨害を行った事実について。 

2)公開討論申し入れ
連名の三名は、貴女に対し、事の理非を日本国民すべての前で明らかにすべく公開討論を申し入れたい。日本国は、報道の自由ならびに表現の自由の保障された国であり、我々国民は、これを守らねばならない価値であると考える。
 

民主主義社会においては特定の集団や勢力の政治的専横は断じて認められるものではないという事だ。
よって、貴女の人権を悪用しての東京MXテレビ弾圧、人身攻撃は断じて許されるものではない。言語道断とはこのことだ。
我々は、貴女の一連の言動が反日工作につながるものと解している。
北朝鮮による無慈悲な日本人拉致、同国内における、処刑、強制収容所送り等のすさまじい現在進行中の同朋人権蹂躙に対して、貴女が抗議をしない不思議についても問うてみたい。
 

それにしても、外国人の身でこれ程の反日活動を行うとは、驚きである。
その様な貴女の信念の強さと行動力に対し我々はある種の敬意を感ずるものである。貴女の中天高く振り上げたこぶしは、そのまま降ろすわけにはいかない事でしょう。
 

我々は、音に聞こえた貴女の雄弁と我らの言を戦わせてみたい。速やかなる返答を求む。(略)
回答期限は平成29年2月22日までとする。よろしくご検討されたし。」

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今の日本のPKO論議は16年ズレています

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もう少しPKOについて続けます。

まずPKOとはなんでしょうか。「戦闘」と書いてあった日誌が廃棄されていようとどうでもいいと私は思っています。

首相答弁では電磁的に残されているのは確認されているそうですから、それ自体騒ぐべきことではありません。

問題は別にあります。

なぜそこまで「戦闘」という言葉にこだわるのでしょうか?

理由はPKO5原則の一項にある、「紛争当事者間で停戦合意が成立していること」に抵触するからです。

だから極度に「戦闘」という言葉を、まるで腫れ物に触るように扱います。

でも、少し考えて見てください。

つい先だってまで内乱をして、分離独立したばかりの南スーダンの内情が安定して平和的なはずがありません。

そのほうが不思議です。

実は南スーダン情勢が複雑なのは、内戦直後だからです。

ここでPKOがどうして始まったのかまで、いったん巻き戻してみましょう。

大戦の結果生れたのは、「国際連合」でした。

これが連合国(ユナイテッド・ネーションズ)と同名なのは偶然ではなく、戦勝国が戦後国際秩序を作るに際して、二度と日独のような「侵略国」をつくらない仕組みとして国連を作ったからです。

終戦直後の国連の発想は、世界で起きる戦争は常任理事国、つまりは戦勝国ですべて仕切るというものでした。

ですから当時は国連が指揮して、侵略を仕掛けてくる悪い国を成敗する「国連軍」を構想していました。

この国連軍構想は変則的に朝鮮戦争で一度実現しましたが、常任理事国間紛争の震源地なのですから、うまくいく道理がありません。

そこで、マイルドな国連軍としてできたのが、先日の私の表現でいう「古典的PKO」でした。

これは、紛争国が停戦を実現してからおもむろに割って入って、停戦監視をしたり、破壊されたインフラを修繕したり、選挙監視などをすることです。

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日本は相当に遅れて、1992年のカンボジアPKOからこれに参加しています。出したのが自民党最左派の宮澤喜一氏だったのは皮肉なことです。

それはさておき、当時はまだのどかだったんですね。

米ソ二大親分が世界を仕切って睨みを効かせていましたから、今のようにテロだ内乱だ、宗教紛争だ、民族浄化だなどと殺伐としていませんでした。

今回の南スーダンなどはその典型ですが、国家間戦争ではなく、「内戦」です。

国民を保護すべき国家がまともに機能しておらずに、時には国民を虐めまくっているのがその国の軍隊だったりします。

本来、こんな内戦には手が出せません。

常任理事国(P5)ですら、ロシアがチェチェンでやったこと、あるいは中国がウィグルやチベットでやり続けている悪魔の所業を思えば゛他人の国にクチバシをつっこめる筋合いではないでしょう。

中国はチベットについて人権侵害を言われると、なんと切り返しているのでしょうか思い出して下さい。

「内政干渉をするな」、です。

内政干渉、これが長年に渡ってPKOの大きな縛りになってきました。

ところが、いまや世界は内戦の時代です。そこかしこで国家間戦争以上の犠牲者を出すようになってしまいました。

当時のPKOは中立的存在として、住民保護を目的としていなかったために目の前で膨大な犠牲者を救えませんでした。

そして結果的に、1990年代から始まるルアンダの80万~100万人、コンゴ民主共和国の540万人の犠牲者という途方もない犠牲者が積み上がっていったわけです。

たとえばルアンダです。

PKO部隊は、「中立的」「内政不干渉」という概念に強く縛られていました。

というのは、あくまでも武力行使、あるいは介入ではなく、文字通りピースキービング(平和維持)ですから仲介はしても、それ以上のことは禁じられていたのです。

ルアンダの場合、住民を殺しまくっていたのは、実は政権を握るフツ族民兵でした。

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彼らが政権から武器を支給されて少数派のツチ族住民を殺戮したのです。

これを目の前で見ながら、PKOは手出しを禁じられていました。

もちろん現場PKO部隊からは悲鳴のような住民保護要請が飛んでいました。

しかしこれを握りつぶしたのは、他ならぬニューヨーク国連本部だったのです。

なぜなら、住民保護をしてしまうと、受け入れ国との「戦闘」になるからです。

当時のルアンダも国連加盟国ですから、国連は「国連vs国連加盟国」の戦争に発展する可能性があると見たのです。

なにか、今頃になって、「戦闘」が日誌にあったと言って鬼の首を取った気になっている野党みたいですが、このようなことは既に25年前からあったのです。

そしてこのような惨劇に手出しを禁じられたPKO部隊はモラルが維持できなくなり、一国一国と撤退を始めていきました。

PKOは「自発性原則」があって、国連の要請に自発的U答えて各国が参加し、撤退も自発性に任せることになっているからです。

そして、いつしか完全にルアンダは人権と命の真空地帯となっていったのでした。

この後にさらに大規模なコンゴ民主共和国の大虐殺が続き、もはや国際社会は放置できなくなって、10年にも及ぶ投機の結果、「PKOの革命」と呼ばれる1999年の国連事務総長名によって、「住民保護」をPKOオペレーションに付与することに決まりました。

これが「PKOの革命」と呼ばれる、PKOの変革です。

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スーダンに話を戻しましょう。

スーダンは2011年に誕生した、もっとも新しい国連加盟国です。国際社会はこの新国家の誕生に好意的で、これを支えて独立を堅固なものにするためにPKOを派遣したわけです。

ところが、なんと南スーダンは自国内部で、大統領派と副大統領派に分裂を開始し、2013年から激しい内戦を開始し始めてしまったのです。

1999年の「PKOの革命」以前ならば、このまま櫛の歯が抜けるようにして一国一国撤退し、国連は止める術を持たず、やがてルアンダのような事になったことでしょう。

そして今や南スーダンPKO部隊の筆頭任務は、停戦監視から「住民保護」に切り替わりました。

ですから、撤退できないし、しないでしょう。

つまり、日本国内で「戦闘」があったらウンヌンと騒いでいても、そんなことは国連はとうに折り込み済みで、「住民保護」のためには武力行使を厭わないのです。

残念ですが、わが国の現状ではここまでです。

憲法を改正しないかぎり、自衛隊の眼前でどちらかの軍隊が住民の殺戮を始めた場合、彼らを実力で守ってやることは出来ません。

おそらくこれほど悔しいことは、自衛隊員にはないでしょう。

仮に現場指揮官のとっさの判断で、自衛隊がかけつけ警護の権限を最大限拡大解釈するかもしれません。

私は自衛隊なら眼前の虐殺を放置せずに、住民をわが身を楯にして守ろうとする思います。

その結果、当然のこととして、自衛隊員に多くの死傷者がでるでしょう。

その犠牲に今の日本のひ弱な世論がたえられますか。野党とメディアは待ってましたとばかりに政権攻撃を開始するでしょう。

私はアフリカ大陸には、日本の死活的国益はないと思っています。

資源的にも、地政学的にもです。 

割り切るべきです。

中国はPKOにこだわる理由は山路さんのご指摘のとおりでしょうし、彼らの爆食いエネルギー政策・武器爆売り政策の延長でしょう。

そういうスケベ根性でPKOをするならば、勝手にドロ沼にはまりなさい、といったところです。 

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http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170214/k10010875991000.html

日本にはできることとできないことがあります。

そもそもアフリカ地域は、旧宗主国であるヨーロッパの責任分掌の地域です。

PKOでどうにもならなくなったら、NATOが出るしかないでしょうね。

そのヨーロッパ諸国が引いているのに、私たちが残る意味はないし、そのような外征型軍隊に自衛隊は作られていません。 

南スーダンPKOオペレーションは発展途上国部隊を中心にして残留し(これは国家としてのビジネスだと割り切って下さい)、先進諸国は引いて平和的支援に戻るべきです。

それもできる限り急いで。死者がでたら遅いのですよ。 

とまれ、政局でPKOを論議する悪しき習慣を野党はやめて、状況判断に徹するべきです。

そもそも民進党には、南スーダンに自衛隊を出した責任があるのですし、当時から「戦闘」という文字は日誌に踊っていましたが、彼らはただ見なかっただけです。

自分の尻ぬぐいを現政権にさせておいて、厚顔無恥の人たちです。

首相もこのていどのことにいちいち政治生命かけないで下さい。これが今の世界の常態なのですから。

テーマとすべきは、PKOの再定義に基づいた国際平和活動への協力の仕方そのものです。

コメントにありましたように「国力相応に地位と責任を引き上げたい」と首相が望むのは分かりますし、その努力には共感することが多いのですが、これがアジア地域なら話は別ですが、あまりに遠く、あまりに状況は悪化しすぎています。

そしてやるならやるできっちりと新協力法を作り、さらには恒久的な国際平和活動を支えられる憲法改正を議論の俎上に乗せるべきです。

 

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日曜写真館 春が来たよ

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PKOを緊急に再定義しろ

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野党は稲田防衛相の首が欲しいそうです。http://www.sankei.com/politics/news/170216/plt1702160004-n1.html

「民進、共産、自由、社民の4野党は15日の国対委員長会談で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題への対応が不十分だとして、稲田朋美防衛相の辞任を求める方針で一致した。」(産経2月16日)

率直に言って、稲田氏の防衛大臣としての能力はそうとうにナニです。

答弁もさることながら、この人は安全保障そのものが分かっているのかなという危惧すら感じます。

石破さんについて特訓するか、北朝鮮が緊張しているこの時期でなければ解任してほしいくらいですが、今の野党の政局欲しさの流れでは困ります。

問題の本質はなんなのでしょうか。日誌から「戦闘」と書かれた部分を廃棄処分したことでしょうか。

そんなことよくないに決まっています。後の検証ができなくなるし、政権の恣意で廃棄していい類のものではありません。

なぜ廃棄したのかといえば、カンボジア内戦の後に派遣された初めのPKOに合わせて「PKO5原則」を作ってしまって、いまや誰の目にもPKOは大きく性格を変化させているからです。

まずこのPKO5原則を押さえておきます。
PKO政策Q&A | 外務省 - Ministry of Foreign Affairs of Japan

①紛争当事者間で停戦合意が成立していること
②当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOおよび日本の参加に同意していること
③中立的立場を厳守すること
④上記の基本方針のいずれかが満たされない場合には部隊を撤収できること
⑤武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること

はいこのとおりです。いかに非現実的かお分かりになりましたか。

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今の大規模武力衝突が起きているスーダンで、「停戦合意」がなされていますか?

野党ならずとも、南スーダンの「停戦合意」はとうに崩壊している見るべきです。

ですから、当該地域で住民の保護を真剣に遂行しようとすると、紛争の当事者になってしまいます。

いまや国連PKOは、かつてのような停戦監視といった中立性を喪失して、国際人権を保護しようとすれば必ず紛争の一方の当事者になるというジレンマに苦しんでいます。

今のPKOとは「平和強制」のことであり、すなわちかつて言われたPKF(peacekeeping force)平和維持部隊(軍)に変化しています。

ですから、当然「武器の使用は最小限に」うんぬんなどは机上の空語です。そういう縛りをかけたら自衛隊員に死傷者が続出します。

この状況を野党は当然のこととして、政府すら分かっているとは思えません。

皮肉にも唯一このPKOの変化をかなり前から指摘してきたのは、日本共産党だけです。

ただし共産党の既にPKO5原則は通用しないという批判自体は正しいのですが、彼らはいつもどおり分析は正しいが、誤った結論を出します。

この場合、「協力法違反の政府自民党打倒するぞぉ!9条を守れぇ!」となってしまうのが残念です。

PKOが変質したきっかけは、1994年のルワンダの80万から100万人が殺害された虐殺でした。
ルワンダ虐殺 - Wikipedia

Photohttp://hkennedy.hatenablog.com/entry/2016/03/08/15...

上の写真はそのときに撮られたものです。アップするのをためらいましたが、やはりする事にします。

このような虐殺・民族浄化を指をくわえて傍観してよいのでしょうか。

このルアンダにおいて、国連は徹底的に無力でした。

中立性の保持が縛りとなって、PKOの目の前で停戦が破られ住民が虐殺され続けました。

当時の国連は「紛争の当事者」になることを恐れて撤退します。

そして残された100万の住民は見殺しにされたのです。

この苦い反省から10年間以上の時間をかけて、今までの双方の武力衝突を分けて停戦を維持するという考え方から、積極的に住民を「保護する責任」という考え方が生れました。

かつてはカンボジアPKOが典型ですが、政治交渉の末に停戦したところで、中立的機関の国連が第三者としてニュートラルな武力を入れ、その状態を長続きさせ、和平に繋げる、という考え方でした。

この古典的PKOの際に生れたのが、日本のPKO5原則であり、その法的根拠がPKO協力法でした。
国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律 - Wikipedia

野党がよく「法律違反だ」と騒いでいるのは、この協力法違反だといいたいわけです。

この古典的PKOが成立する背景には、米ソ冷戦構造がありました。

いまのように米ソの重しが取れてそこかしこで噴出する民族対立や宗教紛争、果てはISのような国家を名乗る凶悪なテロリストの登場など予想すらしていなかったのでした。

ですから、PKOも受け入れ国があり、戦闘状態が終了した後の停戦監視といった範疇で考えられていたわけです。

ここが今と決定的に時代背景が異なる点です。

では、今なにもかも違ってしまい民族・宗教紛争が頻発する世界においてはPKOは不要になったのでしょうか?

いいえ、やはり今でも必要です。

ただし、PKOの重点はかつてのような停戦監視から大きく「住民保護」へとスライドしました。

もう少し考えてみましょう。だとしてもこの「住民保護」は本来、国際社会の仕事なのでしょうか?ここで私は「住民」という表現をしました。「国民」ではありません。

なぜなら、往々にして現代のPKOは建て前上は受け入れ国があっても、実態は国と呼べる仕組みがなきに等しいからです。

「住民の保護」は、主権国家の任務のイロハのイで、それができていないというのは既に5原則の②の当該受け入れ国が崩壊国家になってしまっているということです。

「参加に同意」も何も、事実上政府は機能していないのです。

そんな無政府的地域において、国家に代わって、「住民の保護」をしようとすれば、住民を守るための戦闘を覚悟せねばなりません。

好むと好まざるとに関わらず、PKOは「戦闘の当事者」となります。

では、こんなPKO部隊も傷つき、危険なものなど止めて、古典的タイプのPKOに戻ったらいいのでしょうか。

Photo_5http://www.huffingtonpost.jp/kanta-hara/child-sold... コンゴ内戦の少女兵士

そうしたらどうなるのかという実例が、コンゴ民主共和国にあります。
コンゴ民主共和国 - Wikipedia

国連は居ましたが、眼の前でこの20年の間に内戦において540万人が死んでいます。

現在の南スーダンはその隣国でもうひとつの中央アフリカ共和国は、このコンゴの悲劇の拡大現象です。

Photo_3http://www.sekiyu.net/page/the%20point/the%20point...

私は国際社会は、この新タイプのPKOを遂行し続けねばならないと思っています。

ただし、日本のような9条の縛りかあり、かつ停戦監視や兵站・工兵ていどの仕事しか担うことのできない自衛隊には出番はありません。

かけつけ警護などという国際警察活動のイロハのイを今頃新法を作って出来るようになったと大騒ぎする国にやるべきことは、スーダンにはないのです。

これは自衛隊のみならず、他の先進国も同様で、スーダンから一斉に撤収しています。

それが正解です。撤収してよいのです。

しかし、先進国部隊が撤収した後も、南スーダンPKOオペレーションは継続されます。

では誰が替わって遂行するのでしょうか。

いい悪いは別にして、PKO部隊の主力は伝統的に開発途上国でした。

開発途上国は財政的に貧弱なために、一定規模の軍隊を維持するために余剰の部隊を国連に貸し出して、そのことによって外貨稼ぎをして軍隊を維持してきました。

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自衛隊はスーダンから撤収し、他の先進国と同様の非軍事的支援活動に戻るべきです。これは当然PKOオペレーション総体からの離脱を意味しません。

私はこのまま古典的PKOと言いくるめたままでやり続けるのは危険だ、いったん仕切り直せと言っているだけです。

そしていまや古色蒼然となったPKO5原則と協力法を改正し、あらたな原則を再定義すべき時期です。

稲田氏の首をとるぞ、首相は辞任すると言ったぞ」という、涙がでるほど野党のセコイ政局観で、PKOを語るのは止めるべきです。

繰り返しますが、今必要なことはPKOそのものをどう再定義するかです。しかも緊急に。

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金正恩が送りつけたふたつのメッセージとは

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北朝鮮がふたつのシグナルを発しました。 

ご存じのように、「北極星2号」の発射実験と金正男の暗殺です。 

ほぼ同時になされました。 

先日書いたように、「北極星2号」は画期的な弾道ミサイルとなりました。 

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北朝鮮が出したシグナルは明瞭です。

私はこれを、よくあるように単なる独裁者の恐喝、ましてや「米国との話し合いを望んでいる」などと解釈しません。 

北朝鮮は、日本(潜在的には中国の一部も)をいつでも自由に核攻撃できる手段を手にしたのです。

これが北朝鮮からの第1のメッセージです。

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そして同時に、金正恩は実の兄である金正男を暗殺しました。

正男は長年にわたり、北朝鮮の世襲体制に疑問を呈しており、張成沢(チャンソンタク)と共に中国型開放改革経済の導入を提唱していた人物です。

しかも近年、韓国の脱北者に臨時亡命政府構想を持ちかけられていました。

もちろんこのような話には常に中国が裏にいたはずでしたが、今回まったく中国差し回しの警備陣の姿は見えません。

これはたまたまか、失敗なのか、はたまた故意なのか現時点ではわかりません。故意ならば、中国は正男を切り捨て、正恩にすりよったことになります。

情報は錯綜していますが、とりあえず16日現在の最新ニュースです。 

「マレーシアのクアラルンプール国際空港で13日、北朝鮮の金正男氏が殺害された事件で、マレーシアの主要英字紙ニュー・ストレーツ・タイムズ(電子版)は16日、同国の捜査当局が、北朝鮮の対外情報・工作機関、朝鮮人民軍偵察総局に所属する男(40)の行方を追っているとみられるという情報を伝えた。
 同紙は、犯行に要した時間が5秒超で、周到に練られた手口は「最初から最後まで非の打ち所がない」と指摘。マレーシア警察高官は同紙に「外国の工作員の仕業だったと確信する理由がある」と強調した。
 またニュー・ストレーツ・タイムズ紙は捜査関係筋の話として、金正男氏を空港内で襲撃したと伝えられている女2人組のうち、1人は男が女に偽装していた可能性を示す情報が寄せられていると伝えた。この男が、当局が行方を追っているとされる北朝鮮工作員の可能性がある。 」(時事2月16日)

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犯人の実行犯の女性は2名でしたが、おかしなことには、最初に逮捕された犯人は暗殺後遠方に逃げるでもなく、平然と近隣のホテルに投宿し、監視カメラに写るような派手な動きをしていました。

逮捕時にはうすら笑いを浮かべていたそうです。もし工作員ならば、通常はありえない表情と行動です。

大韓航空機爆破犯の金賢姫(キムヒョンヒ)がそうでしたが、北朝鮮工作員は、その場で奥歯に仕込んだ青酸カプセルをかみ砕いて自殺しようとします。

この2名が東南アジア系であることから、北朝鮮偵察総局が現地雇用し、暗殺をさせた後におとりとして振る舞うように指示したのかもしれません。

このような暗殺者を現地雇用するのは、旧ソ連やロシアがよくやった手段で、犯人像を隠蔽する手段として有効です。

また、真犯人は2名が襲撃した後に駆け込んだトイレに潜んでいた「女装の男性」とする情報もでています。(産経2月17日)

すると、女性2人+男4人のグループは全員が陽動部隊ということになります。

マレーシアは法医学解剖の結果、死因は不明としていますが、大変に不思議です。

短時間で痕跡を消滅させる毒物もあるとは聞きますが、ならば逆にそれが周到な暗殺計画の証拠となるはずです。

韓国情報ではVX ガスとありますが、不明です。

遺体も強い北朝鮮の要求で返還したそうですが、これもよほど見られたくない何かがあるだろうと勘繰ってしまいます。

例えばトイレに潜んでいたといわれるの女装の男が真犯人ならば、別の痕跡があるかもしれません。

マレーシア政府は屈してしまいそうですが、詳細な法医学記録と病理細胞のサンプルが取ってあれば新たな発見がある可能はあたます。

ですから、遺体の行方が重要となります。

それにしても、常識的主権国家ならば、外国の国家機関が自国内で暗殺行為を働くことは重大な主権侵害行為ですので、事次第では断交事由にもなりえるのにこのざまかとは思います。

こういう対応をしたこと自体、マレーシアが迷惑以外何者でもないと考えているのが分かります。

逮捕された女性2名は捜査してもたいしたものは出ないでしょうから、案外幕引きは早いかもしれません。

では、私たちはこの正男暗殺をどのように考えたらいいのでしょうか。

常識的回答は、ここまで正恩体制は揺らいでいるのか、というものかもしれません。

私はそうではないと思います。

私は北朝鮮の体制は揺らいではおらず、逆に正義恩体制を磐石にする事業が完成の域に近づいたと思っています。

正恩体制が行った最大の粛清は、2013年12月の叔母の配偶者であった叔父・張成沢の処刑でした。

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中国をバックにし、正恩を侮り、中国型開放改革経済に走った叔父を抹殺したのです。しかも極めて残虐な方法で。

張成沢処刑には、当時、私も強い衝撃を受けた記憶がありますが、長くなりますから置きます。

正恩体制に入ってから粛清されたのは240人以上と言われています。

「粛清」とは共産主義国家特有の用語で、殺害して抹殺することです。

九属に及ぶとされて、家族は当然、親類縁者まで殺されるか、収容所に送られることになります。260人は当人だけのカウントです。

これは現時点では、父親の金正日より少ないそうですが、遠からず父親の記録を凌ぐことでしょう。

今回の正男暗殺を見ると、張成沢型だと思えます。

正恩にとって体制護持の障害になるものは、公衆の面前で見せしめ的に残虐に殺害するスタイルを取ります。

ISの公開石打ち刑と発想は一緒です。 法治国家ウンヌンというより、数千年前の古代国家と思ったほうがいいでしょう。

ただ戦車とか戦闘機を持って洋服を着ているから目がだまされますが、やっていること自体は数千年前の古代国家そのままです。

2012年には、正男は中国国内でこれも現地雇用の暗殺者に交通事故を見せかけて殺されかかりましたが、単に暗殺目的ならばこれで済むわけです。

そのほうが国際社会から「兄殺しの国」という指弾を浴びずに済みますし、知らぬ存ぜぬとシレっとしていればいいだけです。

わざわざ監視カメラが作動しているマレーシアの首都空港で、白昼堂々と女性を交えた5人から6人の暗殺者で殺したというのは、抹殺・排除以外のもう一つの政治効果を狙ったとしか考えられません。

この暗殺に答えるように、金永南・最高人民会議常任委員長は、15日の金正日生誕75周年式典でこのように発言しています。

「偉大な将軍様は後継者問題を完全に解決した。最も偉大な業績である」

この文言は珍しくないそうですが、この正男暗殺の日に述べられたのは偶然とは思えません。

このような北朝鮮政治を同日付けのニューヨークタイムスはこう評しています。

"Madman Theory"、すなわち、「好戦性と予測不可能性で武装し、敵に狂人と見せることで交渉を有利な局面に導こうとするという論理」のことで、そしてこれは「残酷性と冷静な計算は矛盾するものではなく、互いに協調関係にある」としています。

つまり常に不安定でいるように見せること、発狂しているように振る舞うこと、残忍なビーストであるように見せることで国際社会を手玉に取り、有利な状況を作ろうとすることが彼らの手法なのです。

もっとも3代続けて凶暴なビーストを続けると、もはやつけた仮面がはがれなくなっていそうですが。

いずれにせよ、このふたつの事件は東アジアの激変の開始を告げるものとなりました。

春の米韓共同軍事演習は、とうぜんこの新たな事態に対応したものとなるでしょうが、このあまりの北朝鮮ビーストぶりに、我慢強いとはいえそうもないトランプがどのような対応するのか予測することができなくなりました。

防衛相の首を取って遊んでいる場合ではありません。

■お断り  「北極星2号」部分を大幅に削除しました。

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時勢の悍馬から落ちた翁長知事に新疑惑 

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時勢というのは、例えればある種の生き物のようなものです。

いったん勢いがつくとそれ自体が熱を帯び、エネルギーを発散しながら駆け抜けていきます。 

司馬遼太郎は『飛ぶがごとく』の中で、<時勢>を悍馬に例えています。その一節です。 

「英雄ほど悍馬にのせられる。英雄とは時勢の悍馬の騎乗者のことをいう。西郷という人がそうであった。時勢の悍馬に騎り、二百七十年の徳川幕府をあっというまにうち倒してしまった。
幕府は時勢という悍馬に蹴散らされたのであって、西郷その人に負けたわけではない。
が、世間はそうは思わず、倒幕の大功を西郷に帰せしめた。このため維新後、西郷はとほうもなく巨大な像になってしまった。(略)
幕府が倒れることで時勢という悍馬は消えた。幕府を倒した悍馬はいまどこにも居ない。
いや、この譬えは正確ではあるまい。悍馬は居る。西郷の尻の下だけに居るのだ」

司馬はここで西郷を「時勢の悍馬に乗る者」とし、それが彼の現実の姿とは離れて「巨大な像」になってしまったことが、西南戦争という日本最大の内乱につながったとしています。

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さて、2014年12月10日、沖縄はひとりの「英雄」を生み出しました。翁長雄志知事です。

私は翁長氏に対して批判的ですし、西郷とは較べるべくもありませんが、彼が<時勢>の悍馬に騎乗する人物だったことは間違いないことだと思っています。

翁長氏は「民意」と称する不定形のエネルギーに押されるようにして、その猛々しい馬の上で2年半を駆け抜けてきました。

かつての幕末の<時勢>が倒幕ならば、沖縄のそれは「移転阻止」でした。

そしてその<時勢>の「悍馬はいまどこにも居ない」のです。悍馬は走るのを止め、荒い息を吐いています。

ちょっと前に高江紛争は続くだろうという意見がありましたが、私はないと思っていました。

闘争も生命体である以上、生成-勃興-消滅のサイクルを辿るからです。

今その悍馬があるのは、翁長氏の「尻の下」だけです。

移転阻止紛争は、昨年12月暮れの承認拒否裁判の最高裁判決で完全に終了しました。

いまだ自分の「尻の下」だけには悍馬がいると錯覚している翁長氏は、「あらゆる方法で阻止する」などと言っていますが、そのようなことを言えば言うほど何もできないことをあからさまにするだけな事に、この人物は気がつかないようです。

この翁長という人物の耐えられない軽さは、自分の政治家としての器量がこの数年の状況を生み出したと錯覚していることです。

下の写真は翁長氏が首相と初対面した絶頂時の頃の写真ですが、この傲岸な姿を見ると、彼に「琉球王」という異名がついたのもむべなるかなです。

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残念ながらこの<時勢>の悍馬の飼育者は沖縄県民でした。翁長氏はただその背中にしがみついて振り落とされないよにうにしていただけにすぎません。

翁長氏は<時勢>が作り出したにすぎない自分の「巨大な像」を過信するあまり、首相の仕掛けた戦略的妥協の「罠」にはまりました。

首相は勝てる裁判をいったん捨てて、「和解」をもちかけ、その間10か月間に渡って工事を停止してみせました。

このやり方は私たちを驚かせましたが、日韓合意と同じ政治手法です。譲歩し和解のための道筋を示した上で不可逆的な確約を交わすわけです。

本来違約は許されないはずですが、韓国も翁長氏も同じような道を辿ります。

帰り道は既に閉じているにかかわらず、敗北を認めることがイヤなために見苦しく暴れれば暴れるほど、いっそう「罠」が強く絡んでいくのです。

韓国にとって慰安婦像が日本外交のカードになってしまったように、いまや承認拒否カードは政府のカードとなってしまいました。

翁長氏に同情的に言って上げれば、相手が悪かったのです。安倍首相と政治家としての格が違いすぎました。

かくしてこの<時勢>の悍馬は完全に消滅しました。

承認拒否裁判敗訴、高江紛争敗北、辺野古工事再開、宮古市長選のオーンゴール、安慶田副知事の斡旋疑惑による辞任、訪米の無収穫、そして日米両首脳の移転方針の確約、そして先日の浦添市長選の大差での敗北。

よくぞここまで負け続けるものよ、と思うほどの惨敗街道まっしぐらです。

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もはやこの流れは止められません。

<時勢>の振り子は、沖縄の歪んだ政治軸の修正に入りました。

そして、<時勢>の悍馬の背からころがり落ちた人間に対して、この冬はひときわ寒いものだったはずです。

翁長氏に、新たなあらたな疑惑が発生しました。県病院事業局次長に、県庁の総務部長から任期を残しての辞職勧告があり、これを翁長知事の側近が指示していたことが発覚しました。(欄外に記事全文)

いまだ真相は、地元紙がなぜか報道しないために明瞭になっていませんが、安慶田副知事疑惑と同様の、職権乱用の横車がひんぱんに県庁とその外郭団体の間で行われていたことを示唆するものです。

翁長氏の本質は「政府に抵抗する政治家」ではなく、ただの利権漁りとポスト配りだけが能の政治屋です。

いまや自民党でも希少種となってしまった、地方政治によくいるヤニ臭いオールド・ポリティシャンにすぎません。

今後いっそう吹きすさぶ冬の風が、翁長氏から「英雄」がまとっていた王衣を剥いでいくことでしょう。

まだほんの始まりにすぎません。

               ~~~~~~~~~~ 

■産経2月14日
翁長雄志沖縄知事が隠蔽把握か 側近が画策 県幹部の不当働きかけ

沖縄県立病院を運営する県病院事業局の伊江朝次局長の進退をめぐり県幹部が辞職を働きかけた疑惑が浮上し、翁長雄志知事の側近が働きかけの隠蔽(いんぺい)を画策していることが13日、分かった。
不当な働きかけを暗に認め、翁長氏も指示や了承の形で隠蔽工作を把握している疑いが強い。安慶田(あげだ)光男元副知事が教育庁職員や学校長の人事に介入した疑惑などで引責辞任しており、不当な働きかけが常態化している可能性もある。
 

県立病院は住民福祉増進のために設置する地方公営企業。地方公営企業法では病院事業局長のような管理者は体調不良や適格性欠如が認められた場合のみ任命権者の知事が罷免することができると規定している。 

 病院事業局長の任期は4年で、平成22年4月就任の伊江氏は2期目の3年目。 

 関係者によると伊江氏は今年1月5日頃、格が下の総務部長から任期途中での辞職願提出を促され、退職理由の書き方を部長に確認した上で提出。部長の働きかけは不当の疑いが強い。 

 県は働きかけを否定しているが、浦崎唯昭副知事が伊江氏を任期満了まで続投させる調整に入ったことが判明。続投により働きかけ疑惑の幕引きを図りたい意向も関係者に伝えており、隠蔽工作とみられる。 

 浦崎氏は安慶田氏と並ぶ翁長氏の側近。複数の県幹部によると、浦崎氏が独断で隠蔽を画策することは考えにくいという 

 一方、安慶田氏は教育庁人事で特定の人物とポストを挙げ異動を指示した疑惑などで先月23日に辞任。安慶田氏は昨年、伊江氏に辞職を促したことがあるが、今年に入ってからは伊江氏と接触していない。総務部長による辞職の働きかけに安慶田氏が関与していたかについても、今月15日に開会する県議会で野党が追及するとみられる。

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北朝鮮 「北極星2号」発射実験

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北朝鮮がまたやってくれましたね。恐ろしい勢いで核武装技術を習得しています。

2月12日午前8時ごろ、北朝鮮は北西部から東に向けて弾道ミサイルを発射し、500km飛翔した後に日本海に落下しました。

また昨日、金正恩の異母兄に当たる正男がマレーシアで暗殺されました。

しかも顔を布で覆って(スプレー説もあり)毒針で殺すという、古代王朝の宮廷芸のひとこまのような方法でした。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6230125

まず「北極星2号」です。

北朝鮮国営メディアは戦略弾道ミサイル「北極星2号」の実験が成功したと発表しています。

これは潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)である、「北極星1号」(KN-11)の地上型のようです。

下の写真が労働新聞が発表した「北極星2号」です。2_2

今回の実験の大きな特徴は三つあります。

このミサイルは実戦を本気で考えている弾道ミサイルです。独裁者のプロパガンダではなく、現実に使用するに耐える弾道ミサイルに仕上がっています。

まず第1に、従来のノドンやムスダンの難点は、液体燃料方式だったことです。

Photo
上の写真はムスダンの発射時の画像ですが、下の「北極星2号」のものと比較してください。

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「北極星2号」は、ムスダンの発展型ですが、噴射ガスの色が「北極星2号」は白っぽいのに対して、ムスダンは赤っぽいのがお分かりになるでしょうか。

これは「北極星2号」が個体燃料方式だからです。

ムスダンは見た目は派手でプロパガンダ向きですが、これだとすぐに熱感知されてしまいます。

そのうえ液体燃料は長期間充填したままにすると酸化して使い物にならなくなるために、発射直前に充填せねばなりませんから、早くから察知が可能です。

そりゃそうでしょう。ジッと発射台で座り込んでいたら、いい目標です。

下の写真はムスダンの発射時のものですが、こんな風にのどかにやっていたら、本番では一瞬で爆撃されます。

平和目的ならともかく、相手国で何十万も殺すために撃とうとしているのですから当然です。

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撃たれる私たちの側も、自衛隊の迎撃ミサイルやイージス艦を展開する時間的余裕があります。

石垣島に展開したことを覚えておられるでしょうが、この固体燃料式の場合、燃料注入の時間が節約できるため、迎撃のために展開している時間的余地はゼロに等しくなります。

固体燃料は燃料注入をせずに常に移動式発射機の上にセットしたままで、森林の中のシェルターに隠しておけます。

第2にもうひとつ画期的な技術進化がありました。それは「コールド・ローンチ」(cold launch)技術を使っていることです。

「北極星2号」は、発射時には圧縮空気や不活性ガスを使って飛び出しています。

1枚上の写真をみると:、「北極星2号」の噴射ガスの色が変化しているのがわかるでしょうか。

発射してしばらくたつと白色に変わりますが、これはロケット・モーターに点火したからです。

30m上空でロケットモーターに空中点火し、「ホット・ローランチ」に転換して上昇していきます。

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この技術は水中や地上サイロから発射する際に、発射器を使い捨てにしないために考えられました。

「北極星2号」ならば、何回でも発射器を使えるわけです。

またこの固体燃料は、移動を容易にすることができます。

そこで第3に重要なことは、従来のような地上で固定式発射台から発射するのではなく、移動式発射機で発射していることです。

実はこれは大変にやっかいな技術なのです。

この発射移動機は「輸送起立発射機(transporter erector launcher・TEL)」と呼ばれています。Photo_5上が今回使われた移動式発射機です。無限軌道(商品名キャタピラ)で動く装軌式となっています。

従来は移動に際して10輪の大型トレーラーを使った装輪式です。下の写真がムスダンのものです。

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無限軌道で移動することによって、相当な不整地でもミサイル発射機を乗り入れることが可能となります。

北朝鮮は深い山岳地帯が沢山ありますから、多くの「北極星2号」を無限軌道の発射機に載せたまま秘匿しておくことが可能です。

よく先制攻撃でミサイル基地を潰してしまえという威勢のいいことを言う政治家がいますが、場所が分からないのにどうやって空爆するのでしょうか。

結局、かつての湾岸戦争のように、特殊部隊のチームを多数浸透させて、根気よくシラミ潰しに捜索せねばなりません。

絶望的に難しい作業ですので、発射後に探知するしかありませんが、それすら固形燃料方式は熱量が少ないために困難でしょう。

というわけで、正直、大変にやっかいなものを作ってくれたと思います。

ちなみにこの「北極星2号」は、日本の在日米軍基地を標的にしています。

今回の発射試験で、「北極星2号」は水平距離500km、最大到達高度550kmを飛行しましたが、これはロフテッド軌道で打ち上げたものです。

専門用語が多くて恐縮ですが、「ロフテッド軌道」とは山なりの軌道のことです。

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上図はムスダンの;ものですが、弟分の「北極星2号」も山なりに上げずに通常の弾道で発射した場合には最大射程が1000~1200kmになります。

米国本土やグアムには到達できませんが、すっぽりとわが国を射程圏内に置くことができます。

これは高い上空まで打ち上げてから再突入させるために、迎撃は自衛隊が配備しているSAM3ブロック1Aでなら迎撃可能ですが、難易度は高くなります。

また、発射地点から半径500kmをコンパスで地図で円弧を描くと、中国領が拡がっています。

そして中国が最重要軍事拠点としている青島海軍基地は、南西500kmにあります。

ここが唯一の空母「遼寧」の母港です。

いまや北朝鮮の核攻撃の目標は全方位なのです。

なお、金正恩は兄の正男を白昼公然と暗殺しました。

正男のバックには中国がついており、「北極星2号」と同時に暗殺が実行されたことを見ると、もはやいかなる意味でも、中国の北朝鮮に対するコントロールは無効になったと考えるべきでしょう。

それにしても我が国国会は、こういう嵐を目の前にして、スーダンPKO部隊の日誌に「戦闘」とあったからどーした、前原氏のように首相をつかまえて「米国のチキンだ」などと太平楽なことです。

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松本市長再選 新しい沖縄政治の胎動か

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今回の浦添市長選における松本市長の勝利は、新しい沖縄の政治が動き始めている胎動を感じさせました。 

沖縄の政治が難しいと思うのは、<基地>の呪縛から逃れられないことです。

なんともやりきれないことには、答えはふたつしかありません。

「苦汁の容認」か、「絶対反対」か、それだけです。まるで金太郎飴か踏み絵のようです。 

そしてこれを軸にすべてが回ってきたし、今でも回っているのが、沖縄の地方政治でした。 

浦添市長選でも似た構図が出来ようとしていました。 

<基地>が踏み絵となりかかりました。

地元紙はここぞと松本市長の公約違反を争点化しようとしました。勝敗がついた後もくどくどと愚痴っている、沖タイ(2月14日)です。

「政治家が公約にどう向き合うかが最大の争点となる特異な市長選代議制民主主義では有権者は、公約の実現を期待して投票する。選挙のときだけの公約であっては有権者の政治不信は広がるばかりである。(略)
 選挙戦で松本氏は「県、那覇市が容認し政治環境が変わったため足並みをそろえた」などと批判に正面から応える姿勢に転じた。
有権者から一定の理解を得たとみられるが、又吉氏の得票数を自らに対する批判票と受け止める謙虚さが必要だ。となったが、松本氏は公約転換の理由を繰り返し説明することで、批判をかわした。」

はいはい、ならば変節の名人・翁長氏はどうなんですか、と言いたくなります。辺野古では公約違反し、浦添などでは3回ヘンシンしてみせました。

松本市長は元々容認派でしたので、戻っただけです。

沖タイが言う1期めの「反対公約」は、昨日書いたように、移設の出元の那覇市長だった翁長氏が反対に変身したために、2階に上がって梯子をはずされた形となった松本氏ら浦添側も同調せざるをえなかっただけの話です。

この「公約違反」うんぬんは翁長氏の変身を軸に見ないとわからないのです。

翁長氏は浦添移設については、知事になってからも一度も反対していませんから容認派なはずで、ならば彼を支える共産党ら「オール沖縄」や地元紙ももまた容認派になってしまいます(苦笑)。

天に唾するとはこのことですが、都合が悪いことには知らんぷりをしているようです。

それはさておき、この容認か反対かという2択の議論に引きずり込まれたら、松本氏の勝機はなかったことでしょう。

また浦添市の場合、沖合の移転計画に伴う巨額の利権の存在です。土建業者にとってこれほどおいしい仕事はめったにありません。 

埋め立ててナンボ、基地の上物作ってナンボ、付帯する港湾施設を作ってナンボ、アクセス道路を作ってナンボという具合に、この移設計画から湧きだす経済利権は大変なものです。 

いかにそれが垂涎の対象なのか分かる動きをしたのが、維新・下地幹郎衆院議員たちの派閥でした。

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上の写真は下地氏が衆院選で維新(当時大阪維新)から公認証書をもらっている姿ですが、こんな立場の人が共産党や社民党と「共闘」できる道理がありません。

維新と彼らは根本的に安全保障観が異なるからです。

いつから維新は、移設に反対するようになったのでしょう。

にもかかわらず下地氏は、なんと「オール沖縄」陣営に走っていってしまいました。 

なぜでしょうか。

それは松本市長が、下地氏の神経をいたく逆撫でする政策を打ち出したからです。 

それはなんと移設案を、160ヘクタールに抑えることで、埋立面積を現行計画より72ヘクタール減らすという市独自の移設プランを作ったからです。

上は当初案。下は浦添市案です。

Photo1松本市長ブログ松本市長「百花繚乱日記」
http://tetsujimatsumoto.ti-da.net/ 

実に面白いと思いますね。容認、絶対反対と硬直せずに、住民にとってより環境的に最適化したものを国に投げ返すという姿勢が実にいい。

だいたいの首長は国からプランをもらうと、賛成か反対かの2択でしか発想しませんから、こういう自分たち地方自治体が住民目線でいじってみるという発想そのものが欠落しています。

何度も書いてきていますが、辺野古でも賛成・反対2択以外やりようはありました。

もう遅いですが、和解期間中にハンセン陸上案を提起すれば、政府も無下に拒否できなかったはずでした。

しかし、翁長氏は小指一本あげませんでした。共産党に怒られるからです。

二項対立の呪縛から逃れられれば、よりよい案はあるのです。

松本市長は移転問題を政治イデオロギーから解放し、「未来への投資」と市民に語りかけました。 

私はこういう地方自治体のスタイルを高く評価します。

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ただ補償金をむしり取るだけではなく、イデオロギーや利権に縛られず、大胆に国のプランに対置できる自治体案を練ることで、住民にとってよりよい移設計画に高め上げていく姿勢は、実に新鮮です。

<住民主権>とでも言うのでしょうか。

このスタイルは、いままでの沖縄には見られなかったものです。

左翼陣営は「市民」と口にしても、それは反基地運動家のことであり、保守にとっては企業のことでした。

「住民」という目線は、過激な反基地闘争の陰に隠れてしまっていました。 

高江紛争などでは、口では「やんばるの森を守れ」という人たちが、村の人々の生活を圧迫していました。そこには住民主権の姿は見えませんでした。

このような高江での反対派の狂態が県民にも明らかになるにつれ、「オール沖縄」の神通力は急速に衰えていきました。

さて、下地幹郎氏の奇怪な動きを追ってみましょう。 

下地氏は、沖縄大手土建業の大米建設の創設者の息子で、いまだ経営に影響力を持っていると言われています。 

下地氏が何を考えたのかは不明ですが、松本市長の基地縮小プランに反対だったことは間違いないことです。

「オール沖縄」陣営、つまりは翁長氏の下に走って行ってしまいましたのですから、なんとまぁ、節操がないことよ。

地方政治ではまれにあることはいえ、国政に関わる政治家がやることではありません。

自民党に党籍を持ちながら、共産・社民陣営に走った、かつての翁長氏や安慶田氏の姿を彷彿とさせます。

松本市長の対立候補だった又吉氏も、節操のなさでは人後に落ちませんでした。

「オール沖縄」に擁立されたものの、本来は「苦汁の容認」派でしたから、当初は「市長になったら住民投票で決めよう」などと、わけの分からないことを言っていました。

移設問題を住民投票で決するというのは、実はもっとも悪い選択です。

住民直接投票は間接民主主義を前提にしている議会主義を否定するばかりではなく、そのときの「気分」で大きく変化します。

それはBrexit(ブリグジット)などを見ればお分かりいただけるでしょう。

法的拘束力がないとはいえ、安全保障問題という国の安全がかかることを、そんな危うい方法で決するわけにはいきません。

ただしこの又吉氏はただ決められなかっただけのようです。支援の「オール沖縄」陣営に強く命じられたから反対と言ってみた、ていどのようです。

というのは選挙戦中盤になって下地一派が又吉陣営に飛び込んでくるやいなや、いきなり「苦汁の容認」派に復帰してしまうからです。やれやれ。

私はいい意味で松本市長のような「非沖縄的」政治家が、浦添市に誕生したことを嬉しく思います。

利権とポスト配分しか能がない利権政治家を選ぶか、硬直した左翼運動家しか選択が限られていた中で、沖縄に<住民主権>の政治家が生まれたことは素晴らしいことです。

次の県知事は、ぜひ松本市長のようなタイプになってほしいものです。

■写真アップしたらよくなかったので替えました。

 

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速報 浦添市長選松本前市長が当選! 「オール沖縄」の崩壊決定的に

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ぱっと花が咲いたような気分です。 

浦添市長線で自民・公明が推薦する松本哲治前市長が、「オール沖縄」が推す又吉健太郎氏を破って再選されました。

前市長といっても一時的に市長空位になったためで、事実上の現職です。 

心から祝福します。おめでとうございます。

宮古市長選に継ぐ「オール沖縄」の連敗です。 

これで沖縄政治の歪んで傾いた地軸が、正常化のコースに入ることでしょう。 

残る政府と対決姿勢をとる自治体は県下11市長中、わずかに名護と那覇だけのふたつになりました。

Photo_4http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/83914

「任期満了に伴う沖縄県浦添市長選が12日投開票され、無所属前職の松本哲治氏(49)=自民、公明推薦=が、無所属新人の元市議、又吉健太郎氏(42)を破り再選された。松本氏を推す安倍政権と、又吉氏を支援する翁長雄志知事の「代理対決」の構図だった。
 沖縄県の11市長のうち、那覇と名護を除く9市長は政権と協調関係にあり、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対で政権と対立する翁長氏は勢力拡大を狙った選挙だった。同じ構図となった1月の宮古島市長選に続く連敗となり、求心力に影響する可能性がある。
 投票率は61・37%で、前回を1・93ポイント下回った。
 選挙戦は、那覇市にある米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添市移設の是非も争点となった。松本氏は前回選で反対を掲げて初当選したが、その後容認に転じた。又吉氏は「市民投票を実施する」として賛否を明確にしなかった。一方、翁長氏は容認の立場で、関係が複雑になっていた。」(産経2月13日)

得票差は8690票です。それを伝える沖タイ(2月13日)です。

「任期満了に伴う沖縄県浦添市長選は投開票日の12日午後11時半過ぎに開票を終え、前職の松本哲治氏(49)=無所属、自民、公明推薦=が3万733票で、新人で前浦添市議の又吉健太郎氏(42)=無所属=の2万2043票を上回り、再選を決めた。」

政策より選挙、義理人情より選挙だった、「選挙ファースト」主義者の翁長氏にとってこの連敗は致命的な一打となりました。

翁長では勝てない、むしろ翁長こそが最大の敗因だ、このことを「オール沖縄」の各党派は思い知ったことでしょう。

承認拒否裁判に破れ、高江でも破れ、辺野古工事は再開され、宮古は勝てる戦を負けに導き、安慶田副知事の斡旋疑惑で側近が炎上して辞任に追い込まれ、そして訪米では無収穫、その上に日米両首脳が「辺野古しかない」と地名まで上げて確約するに至っては、誰の眼にも万策尽きました。

そして泣き面に蜂、止めの一撃が、今回の浦添市長選の敗北です。

もはやこんなに負け続ける者を、「オール沖縄」のボスに仰ぐ者はいません。

これで、「オール沖縄」の崩壊は決定的になりました。

そもそも今回争点となった浦添沖への補給基地の移設を推進したのは、那覇市長時代の翁長氏その人でした。

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那覇軍港

那覇軍港自体は74年に返還が決まっていましたが、返還条件にある県内の代替基地が見つからなかったために返還が遅れていました。

この時にも移転先に辺野古がでてきますが、結局、牧港補給しょうもセットで浦添沖合に移転することで決着しました。

つまり、これで那覇の市街地にあった軍港は移転され、同じく市街化が進む浦添にのさばっていた補給基地も沖合に移動しようという案でした。

Photo

那覇市にとっても浦添市にとっても、ウィン-ウィンです。

政府は那覇市と浦添市に、軍港と補給施設を全面返還し、代替として新軍港と物資集積場を沖合に新たに作ることを提案しました。

[追記]篠原章氏によれば「松本市長は、今回選挙で、那覇軍港の浦添移設に伴う埋立面積を160haに抑えるプランを示した。埋立は現行計画より72haも少ないから、経費節減にも環境保護にもなる。
が、これをよしとしない下地幹郎+維新は翁長+オール沖縄に加勢した。浦添市民は実に健全な判断を下したことになる。」

迷惑料としての振興予算や民間港湾施設などの大規模整備もつけますよ、これが国の提案でした。

合意の流れとしては、98年に移設に積極的な稲嶺県知事が誕生し、2001年には振興策や港湾整備を条件にした儀間浦添市長が誕生し、移設作業は急速に進展するかに見えました。

さて、この構図、どこかで見ませんか?はい、そうです。普天間移転の構図そのものですね。

まさに「オール沖縄」がいう、「新基地」の要件すべてを充たしています。

しかしなぜか「オール沖縄」はこの浦添移転計画について、大きな反対運動を手控えてきました。なぜでしょうか?

この浦添移転について、翁長氏がコロコロと立場を変節して混乱を引き起こした元凶だったからです。

那覇市長時代の翁長氏は、当初こんなことを言っていました。

「決断に敬意を表する。今後、那覇港は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって国際流通港湾として整備・管理することになる。振興発展を担う中核施設として整備されるように努力を重ねたい」(琉球新報2001年11月13日)

こんな言い方が「新基地」に通用するならば、今の辺野古移設についても是非こう言ってほしいものです。パロってみます。

「普天間基地が移設されることで、宜野湾は那覇市、浦添市などと一体となった広域首都圏として整備・管理されることになる。普天間基地の跡地が振興発展の中核施設として整備されるように努力を重ねたい」

このように熱烈推進だった翁長氏は、10年間近く棚上げになっている間に左翼陣営に媚を売るようになります。

理由は単純。仲井真氏の寝首をかいて、自らが知事になりたかったからです。

仲井真氏と自民を裏切った以上、この組織票はあてにできないので、左翼陣営との合体に走ったのです。

2013年2月、儀間市長の4選を巡って、浦添市長選が行なわれ、当時新人だった松本氏が新市長に選出されますが、実は移設問題について候補者は全員容認でした。

なぜなら、浦添市側としては、那覇市との合意を勝手に破れないからです。

ところが、既に知事の座を狙っていた翁長氏は、自分も関わって作った合意事項だったにもかかわらず、松本氏潰しに走ります。

この節操のなさが翁長氏の翁長氏たるゆえんです。

松本氏は公開候補者選びでトップだったにもかかわらず、翁長氏はこの結果を覆し、「オール沖縄」候補の西原氏をぶつけてきます。

結局、フレッシュな新人だった松本氏が当選するのですが、呆れたことには知事になった翁長氏はもう一回容認の立場に転向します。

別に賛成反対は言っていませんが、黙っているのは容認です。

えー、頭がグルグルしてきましたから整理します。

・那覇市長時代・・・推進
・知事野望時代・・・反対
・知事時代      ・・・沈黙

自分の変節の歴史そのものの浦添移転構想を、あまりつついて欲しくないというのが本音なんでしょうね。

「オール沖縄」もまた偽りのカリスマに持ち上げた翁長氏の粗をさらけ出す事になる浦添移転問題には、見えません、見えません、なんにも見えませんと決め込んで、蓋をしてしまいました。

こういう党派利害によって、辺野古とまったく同一の「新基地」建設であるにも関わらず、いささかも問題視されることなく、今回の市長選を迎えたわけです。

ですから、「オール沖縄」は明快に反対と言えずに、又吉候補のように「住民投票で決めてもらう」なんて弱々しいことをいう始末でした。

辺野古の海と、浦添の海のどこが違うというのでしょうか。

このようなご都合主義が終焉したのが、今回の浦添市長選挙だったのです。

潮目が変わりました。

翁長氏の野心と、左翼陣営の権力欲を無理矢理くっつけていた「オール沖縄」という枠組みは自壊コースに入りました。

宮古・浦添市長選敗北、辺野古・高江闘争敗北と、実に4ツもの敗北を受けて、「オール沖縄」は総括を巡って責任のなすり合いが始めるでしょう。

社民・社大は翁長氏を見限って、独自候補を模索するかもしれません。

共産党はあんがい翁長氏をまた担ぐかもしれません。

すると、宮古市長選でも見せた「オール沖縄」が分裂選挙に陥る可能性があります。

いずれにしても、「オール沖縄」という野合集団の政治生命は、今や燃え尽きようとしています。

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