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2019年3月26日 (火)

トランプのロシア疑惑は証拠はないが疑惑は残るですって?

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トランプとロシアの大統領選挙共謀疑惑について調査していたモラー特別検察官が最終報告をまとめました。
原文https://judiciary.house.gov/sites/democrats.judiciary.house.gov/files/documents/AG%20March%2024%202019%20Letter%20to%20House%20and%20Senate%20Judiciary%20Committees.pdf

「2016年の米大統領選に対するロシア介入疑惑を捜査したモラー特別検察官は、トランプ陣営とロシアとの共謀の証拠はないとする一方、トランプ大統領による司法妨害の可能性に関しては潔白であるかどうか結論を出さなかった。特別検察官が先に司法省に提出した報告書の内容として、バー司法長官が24日に明らかにした。
バー長官自身は、捜査で得られた証拠では司法妨害を立証できないとの判断を示した。
  バー長官は議会への4ページの書簡でモラー氏の報告書について、司法妨害の「問題の双方の側面について証拠を見つけ」ており、「特別検察官が法律上の難題とした部分は未解決となっている」と説明。
同報告書でモラー氏が「この報告書はトランプ大統領が罪を犯したと結論付けていないが、大統領の潔白を証明するものでもない」と判断したことを明らかにした」(ブルームバーク3月25日)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-03-24/POVZGF6JIJUO01

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左からモラー特別検察官、バー司法長官、トランプ大統領 ブルームバーク前掲

常識的に考えて、このロシア疑惑はこれで終了です。理由は大変に単純で、「証拠がなかった」と検察官が述べる以上、立証出来なかったのですからオシマイです。

「バー長官は16年のロシアとの共謀の疑いについて、「ロシアに関係した個人がトランプ陣営に複数回、支援を申し出たことはあったものの、特別検察官はトランプ陣営ないし陣営に関係する者がこれらの企てでロシア政府と共謀ないし連携したとの判断に至ることはなかった」と説明した」(ブルームバーク前掲)

つまり、ロシアが直接にトランプ陣営に何らかの支援を証拠は見つからず、ロシアに関係した個人が支援を申し出たがこれが、大統領選に影響をもたらた証拠は見つからなかったということなります。

そもそもモラーがおかしな「余韻」を残した言い方をするからおかしくなります。
一貫して証拠があるならある、ないならないで通すべきでした。
それを「証拠はないが、結論は出なかった」などという矛盾したことを口にするからおかしくなります。

このようなことを言えば、モラー発言の前段の「証拠はなかった」に着目すれば無実だったとなりますし、後段を強調すれば「疑惑は残った」ということになります。
日本人好みというとナンですが、どっちの顔も立てたい場合、わが民族がやりがちな悪癖です。

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ナドラー下院司法委員長(民主)

もちろん米国下院で多数を握る民主党は、政局がらみで後段に着目しました。

「民主党議員らは同党が進めている調査に必要だとして、報告書全文および根拠となる証拠を開示するよう求めている。ペロシ下院議長とシューマー民主党上院院内総務は24日の共同声明で、「米国民には知る権利がある」と主張した。
ナドラー下院司法委員長(民主)はツイッター投稿で、「モラー氏が大統領の潔白を結論付けることのなかった報告書を受けて司法省が下した最終判断と、非常に懸念される食い違いを踏まえて、われわれはバー長官を証人として喚問するだろう」と述べた」(ブルームバーク前掲)

これでは米国民主党は、「疑惑の証拠はないが疑惑は残るから追及を強めていく」という、非常に聞いたことがある論法を使っていることになります。
あのおぞましいモリカケ論法です。

これは最凶最悪の論法で、なにせ疑惑をかけられたら最後、私はなにもしていませんという証拠を自ら集めて無罪を証明せねばならなくなります。
このような論法は、現代司法では許されていません。
そりゃそうです。検事が被疑者に嫌疑をかけて証拠もろくすっぽ開示せずに、「おいお前、無罪を主張するならその証拠を集めてきな」というようなものだからです。

中世の魔女裁判のようなもので、異端審問官からお前は魔女だと言われたら最後、そうではないと証明するには灼熱の鉄棒を握って見せねばならなくなります。
潔白を証明することができなければ有罪なのですから、なんともかとも。
あるいは江戸時代のお白州よろしく、自分が犯人でしたと自白するまで延々と拷問にかけられます。
これによって初めから司法が予見を持って捜査する「見込み捜査」や自白主義が生まれました。
また物証よりも自白を重んじる風潮のために拷問の温床ともなりました。
この反省から、現代の刑事訴訟法は生まれたはずでした。

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出典不明

さすがに現代司法ではこのような方法は違法となりましたが、いまでもこの悪しき「見込み捜査」がぴんぴん生きているのが政治の世界です。
それは検事役にメディアや野党が座ってしまったからです。

彼らは事実のみに依拠するのではなく、あらかじめ貶めたい対象に対して証拠ともいえない報道を繰り返すことによって一定の印象を植えつけました。
そしてこの歪曲報道を頼りにして、自分はなんの調査能力もない野党議員がハネるのですから、議会は崩壊学級と化しました。
それも1年以上に渡って!真に討議すべき重要案件をそっちのけにして。

このようなことは、民主主義の未成熟の証だと恥じるべきです。

 

 

 

2019年3月25日 (月)

デニー知事が蒸し返した一国二制度

 


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さほどの皮肉でもなく、この人面白いですね。いやなにデニー知事のことてす。慎重に一線を超えなかった故翁長氏とはえらい違いです。

応援団の朝日新聞系だという気安さから、デニー知事はアエラ(3月5日)で、おいおい知事の立場でこんなこと言っていいのかと心配するくらい軽快にしゃべりまくっています。
https://dot.asahi.com/aera/2019030400061.html?page=1



「多くの県民が望むのは、政府から『これだけの財源と権限で沖縄の行政をしっかりやって下さい』と任される一国二制度です。沖縄の地理的優位性を生かして、アジアに向けた日本の玄関口、日本の中のアジアのフロントランナーとしての位置づけを明確にしたい」
 中国からも東南アジアからも近い沖縄を経済や文化交流の中心にする──。玉城知事はさらに続ける。
「例えば沖縄にいる自衛隊が、アジア各地の災害に真っ先に駆けつけるという存在になれば、諸外国から信頼と安心感を持って受け止められるでしょう。独特な歴史、文化、地理的特性をもっている沖縄だからこそ、一国二制度に移行すれば日本にとっても沖縄にとっても将来展望がより広がると思います」(アエラ3月5日)


なんだデニーさん、やっぱり一国二制度を言っているじゃありませんか(苦笑)。


「玉城氏が今年(2018年)5月の衆院内閣委員会で、安倍晋三首相に質疑を行った際の一場面だ。玉城氏は次の言葉で質問を締めくくった。 「最後に総理に要望を申しつけたいと思います。
沖縄を『一国二制度』にして関税をゼロにし、消費税をゼロにする。そのぐらい大胆な沖縄の将来を見越したそういう提案もぜひ行っていただきたい」(ZAKZAK有本香2018年9月28日)https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180928/soc1809280011-n1.html


選挙戦時には、デニー陣営は必死にこれを打ち消していて、デマだとまで言っていましたが、国会議事録にも乗っているようですし、知事になって口が軽くなったのか、アエラでやらかしてしまいました。

選挙戦の時は、アレもデマ、コレもデマと決めつけていましたが、知事になったとたんこれですから脇が甘いことです。

まぁ口の軽さが彼の「魅力」でもあり、反面命とりにもなるような気がします。

「一国二制度」を定義すればこのようなことです。

 


一国の中に、政治制度・経済制度の 根本的に異なる地域が複数ある状態」 、
日本に引きつければ

日本国の主権下にありながら、政治制度と経済的独立を持つ一定「領土」と「国民」を持つ沖縄地域

この一国二制度自体は、とりたてて新しい思いつきではありません。それどころか1997年に香港が中国に施政権が委譲されて以来、さんざん中国政府のいいように使われていた陳腐なプランでしかありません。

今どき、世界でもこんなシロモノをさも新しげに引っ張りだすのは、デニー氏くらいなものです。

 


「国際関係及び軍事防御以外の全ての事柄において高度な自治権を有することを規定している。なおこの自治権は中国中央指導部の委任・承認に基づき地方を運営する権限であり、完全な自治権、地方分権的なものではないとされる(2014年6月10日中国国務院白書)」Wikipedia香港

 


内実は「高度の自治」どころか、中国共産党が香港の完全支配を完了するまでの眼くらましとして考えられたプランにすぎません。

 


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雨傘革命  http://com21.jp/archives/21988

雨傘運動は、中国政府による香港市民の政治的自由を制限しようとする抗議行動として始まりました。その期間は実に2014年9月から79日間も続き、その間の逮捕者は、955人に達しました。また事後逮捕も、指導的人物らが48人が逮捕されています。


立法議会への立候補者は、中国共産党の実質的支配下にある香港行政府が事前審査し、立候補資格を決定します。

ですから、中国政府の対香港政策を批判したりするような言辞をする候補は、そもそも選挙にすら出馬できません。

 


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立候補を認めないとする選管の通知書を手にする民主派候補https://withnews.jp/article/f0181220000qq000000000...



ある女性候補は「香港の将来の政治体制は独立を含めて香港人が決める」という立場をとっていました。これは自分たちが将来を決める立場なことからから「自決」と呼ばれ、香港の若者の間では多くの支持を得ています。


「香港の選管は10月中旬、劉さんの立候補を認めないという決定をしました。「劉さんは香港独立を選択肢の一つにしており、香港は中国の一部という規定を受け入れていない」と判断したからです。劉さん自身は立候補の直前、香港独立を支持しないと明言しましたが、それでも過去の主張が問題視されました」(益満雄一郎2018年12月20日)

 


これは一般的に日本人が考えてしまうような親中派か反中派かというレベルの問題ではなく、民主主義の根幹である自由選挙制度を守るか否かの戦いでした。

このような香港での一国二制度の現実を知ってか知らずか、こんな制度を日本に導入しろ、というのがデニー知事の提案のようです。日頃「沖縄の自決権」とか「琉球独立」などと言っている人たちが、この中国発祥の制度のシンパサイザーであることは皮肉です。


 


いや待てよ、デニー知事はこうも言っているではないかという声も聞こえます。

「一方で、日本からの独立は全く頭にないという。「我々はウチナーンチュであると同時に、日本人なのです」(アエラ前掲)


デニーさん、あたりまえのことをもったいぶって言いなさんな。沖縄県民が日本人でなければ、いったいなんなのです。

なるほど、デニー知事が提唱する一国二制度の受け皿は、現在は日本国である以上、中国と違って民主的諸権利は確保されています。

したがって、デニー氏はこう言いたいようです。

「本土の皆さんが危惧するような琉球独立は考えていませんよ。沖縄全県を特別区にしてほしいだけです、その手始めに消費税の免除なんかいかがでしょうか」と聞こえるようにしゃべっています。

ほんとうにそうでしょうか?

お米の炊き方ではありませんが、初めチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるなではありませんが、初めは消費税減免程度で本土政府の顔色をうかがって、しばらくすれば法外な要求をすることになるのは目に見えています。

というのは、現時点でのデニー知事の一国二制度には原型があるからです。かつての民主党が政権交代直前に出した、2008年「民主党・沖縄ビジョン」がデニー氏の元ネタです。

この「沖縄ビジョン」には、当時民主党沖縄県連の有力国会議員だったデニー氏が強く関与していました。

そこには、狭い地域一都市ではなく、一県丸ごと自由化特区にするということが書き込まれています。

そしてアジア情勢とは無関係に、米軍基地を一方的縮小することを提唱しています。

今回、デニー氏はこんなことを言っています。


 


「例えば沖縄にいる自衛隊が、アジア各地の災害に真っ先に駆けつけるという存在になれば、諸外国から信頼と安心感を持って受け止められるでしょう。独特な歴史、文化、地理的特性をもっている沖縄だからこそ、一国二制度に移行すれば日本にとっても沖縄にとっても将来展望がより広がると思います」」(アエラ前掲)

 



やれやれ、こんなていどの安全保障の理解度で国会議員やっていたのですからね。真面目に対応するのがばかばかしくなります。

自衛隊が沖縄に配備されている一義的目的は、沖縄の安全保障を守ることにあります。

アジアの災害に真っ先に駆けつけることは、自衛隊に余裕がある状況における付帯任務でしかありません。

そもそも海外の災害派遣といっても沖縄の部隊が対応するという決めはなく、全国でそれに適した部隊が命じられます。たとえば輸送には小牧のC130部隊、捜索・復旧には各旅団の施設科中隊が送られることになるでしょう。

しかしそれもあくまでも国防が主であって、救援隊は従です。

デニー氏が言う「諸外国からの信頼と安心感」は、災害援助をして初めて得られるのではなく、アジアの安全保障環境の一角を担って安定させているからこそ得られるのです。

そんなことは、沖縄の隣の島国の台湾やフィリピンに行けばすぐにわかることです。

これでわかるようにデニー氏は、自衛隊という国防組織を、国の安全保障をアジアの視野で捉えておらず、「大戦中に悪行を働いた日本が、自衛隊を災害派遣することで贖罪できる」とでも考えているようです。

このような安全保障に対する幼稚な考え方は、野党に共通のものですが、共産党の自衛隊違憲解体論と五十歩百歩です。

それはさておき、民主党沖縄ビジョンは、米軍基地の一方的縮小や移民の大量導入、外国人参政権付与、ビザの免除による東アジアとの人的交流の促進、中国語の学習の活発化などをうたっています。

デニー氏は「アジアに向けた日本の玄関口」という言い方をしますが、ここで想定しているのはもちろん中国です。 沖縄ビジョンでは中国から大量の移民に門戸開放すると書かれています。

沖縄の人口は約130万人。しかも大量の失業者、半失業者がいるこの狭い島に中国を中心として年間3000万人受け入れようというのですから、正気の沙汰ではありません。

民主党政権時に、この一国二制度が実施されていたら、現況で7千人から1万人以上と言われる中国人居住者はその数十倍に膨れ上がり、この狭い島は事実上「中国人の島」と化していたことでしょう。

そして民主党は同時に外国人参政権を推進しようとしていました。デニー氏はこの推進派のひとりでした。

沖縄ビジョンが実体化して大量移民が実現してしまい、さらにはその移民に参政権が与えられた場合、米国に実例があるように中国人は自らの議員を各級議会に送り出し、さらには知事の椅子に座らせたことになったかもしれません。

言い換えれば、かつての民主党沖縄ビジョンは、中国人による沖縄乗っ取り推進案とでも言うべき性格をもっていたわけです。

民主党が3年半で政権から転がり落ちたことは、沖縄にとってまことに幸いでした。

と思っていたら、デニー知事がまたぞろ民主党沖縄ビジョンの亡霊を蘇らせようと言い出したのですから、まったくやれやれです。

 


この一国二制度もまた、政府が呑む可能性はゼロです。

しかしかデニー氏個人がいかに自分は「日本人だ」と考えていても、ひとたびこのような制度的枠組みを作ってしまえば、枠組み自体は残ります。

その場合、県条例がそのまま沖縄県の内政そのものとなるような「高度の自治権」の前段階に到達することになります。

今までどおり財政基盤は本土政府にべったり依存しながら、好き放題の「内政」をすることが可能なのですから、こたえられません。

たとえば、アイヌ新法をより過激化させた沖縄民族先住民法などを県条例で作って施行することも、県民直接投票を現状のように法的裏付けをもたない形から、行政化できるような法改正も自由自在に出来るようになります。

本来の一国二制度は、国防と外交は国の専管事項で県は関与出来ない建前ですが、現状でも米国との安保協議に沖縄を加えろと言ってみたり、在米沖縄大使館まで作ってしまっているていたらくですから、なにをかいわんやです。

ただし、カネだけは今までどおりに出せよ、というのですからそのダブスタぶりには呆れます。

世界で独立を目指す地域はスコットランドやカタルーニャ、あるいはクルドにしても、しっかりした経済基盤を持った地域です。

だから中央政府から独立しようと望むのであって、経済的自立にほど遠い沖縄が独立国の夢を見てどうするのかと思います。

こんなハンパな「独立国」は、やがて中国圏へと急速に引き込まれ、日本ではなく中国による一国二制度の支配に置かれるようになることでしょう。

現状では、例によってデニー知事の一国二制度案は机上の空論にすぎません。

いや机上ですらありません。県政与党の議論のテーブルにすら登っていないからです。

私たちとしては、この愚論がどのように県政与党に受け止められていくのか、慎重に観察するとにいたしましょう。

               

2019年3月24日 (日)

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2019年3月23日 (土)

デニー知事の乱れ撃ち

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どうもこの人物は考えが足りないようです。
着々と進む移設事業に対して、数撃ちゃ当たるとでも思っているのか、ともかく練れていないから困ります。 パッと作って思い立ったらすぐに口にして、それをいきなり政府に向かって生煮えのまま投げつけてくるという按配で、このあたりは前任者の故翁長氏がやるやるといっていっかな腰を上げなかったこととは大違いです。
たとえば山路さんもふれておられましたが、県が上告を断念する代わりに、国は工事を一時中断しろというものです。
「玉城デニー沖縄県知事は19日に官邸で行われた安倍晋三首相との会談で、上告中の辺野古海域の岩礁破砕を巡る訴訟を取り下げる考えを伝えた。辺野古新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問うた県民投票で示された反対の民意を背に、異例の頻度ともいえる今月2回目となった会談で、まずは県側から“譲歩”のカードを出した。同時に工事をいったん中止するよう安倍首相に再考を迫ったが明確な回答はなく、土砂投入が止まるのかは不透明なままだ」(琉球新報3月20日)https://ryukyushimpo.jp/news/entry-891153.html
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                     日刊ゲンダイ
思わずこのご仁どうかしちゃったんじゃないと思いました。こんな提案が、政府と県政の双方から拒否されるのはわかりきったことです。
政府は最高裁判決という動かない判例の裏付けに基づいて、県がいくら乱訴しようとことごとく勝利して当然だと思っています。
多少心配が残るとすれば、主文で国の言い分を認めた後に、裁判官の見解としておかしな妥協案を添付してくることくらいでしょうか。
負ける可能性が限りなくゼロの裁判沙汰に、工事中断という代償を支払う必要などありえない以上、岩屋防衛大臣はにべもなくこう述べています。
「この問題が仮に再び漂流するということになれば、普天間飛行場は間違いなく固定化する」と答弁した。行き着く先が辺野古移設か普天間固定化しかないとの考えを色濃くにじませた」(琉新前掲)
岩屋さんはいい得て妙です。まさに「漂流することになれば普天間基地は固定化される」のです。政府が妥協する余地は、候補地が決まる時点でとっくに終了しています。
せいぜいが故翁長氏との「和解」期間だけが、あるいはひょっとしてと思わせる最後のチャンスでした。
それも県側の新たな現実的提案があってのことです。
一方県政与党、つまり共産党などはふざけるなといたくお怒りのようです。
「これに対するする事前通告がなかったことに不信感を募らせた与党3会派の代表者らは19日夕、謝花喜一郎副知事を呼んで経緯の説明を求めた。謝花副知事は「昨年から弁護士と協議し、知事も上告を取り下げた方が良いと考えていた」と明かしたが、与党幹部は「我々の後ろには県民の闘いがあり、世論があり、選挙がある。重大なことを、なぜ相談しないのか」と反発した」(琉新前掲)
まぁ「我らの後ろには世論がある」といっても、たかだか県民投票の反対票37%程度ですがね。
それはともかくこの怒りももっともで、誰がタレント政治家でしかないデニー氏を知事の椅子に座らせたんだ、オレらではないか、その恩人に一言の相談もなく、こんな大事を政府に提案するのか、バカヤロー、と言ったところです。
県政与党としては、思いどおりに動いてくれずに、余計なことばかりするこのパペットに苛立ちを隠せないようです。
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      デニー知事と謝花副知事  時事
政府はデニー知事の意図を見抜いています。それはデニー側の政治的意図が、「話あいを求める沖縄県vs話あいに応ぜず工事を強行する政府」という構図を作りたいのだと見破っています。
琉新も分かっているのか、デニー知事の意図を政府関係者の口を借りて妙に突き放して伝えています。
「首相が対話に応じないことを目立たせるカードとして使った方が有効だと判断したんだろう」(琉球新前掲)
まぁそのとおりで、首相はまめにデニー知事との面談に応じることで沖縄県との対話の扉はいつでも開かれていますが、できないことはできませんよ、と言っているだけのことです。
その上で、政治の素人同然のデニー氏が、県政与党陣営から愛想を尽かされて、やがてじんわりと旧オール沖縄陣営から浮き上がるのを待っているように思われます。
あまりそうは思われていなようですが、安倍氏は本質的に「待ち」の政治家です。
とくになにかを仕掛けるではなく、淡々と決められたことをこなしながら、当たりよくデニー知事と対応しつつ、なんの理念も展望もないデニー知事をオール沖縄陣営から引きはがそうとしているようにも見えます。
ただし、当人も自覚できないほど時間をかけてゆっくりとですが。
それはさておき、同時期にデニー知事はこんな提案もしています。
SACOの焼き直しに沖縄県を加えたSACWO(SACO With Okinawa)作れということのです。これも、県政与党とどこまて詰めた話なのかはなはだ疑問です。これもおそらくは練れていません。
Sacwo
「沖縄県の玉城デニー知事が提案した協議機関「SACO With Okinawa(SACWO)」。SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)に、沖縄県を加えた話し合いの場として機能する新しい機関として期待される。提案が日米の専門家から支持される中、現政権での設置に懸念の声も出ている」
(アエラ2019年3月13日 図版も同じ)
https://dot.asahi.com/aera/2019031200044.html?page=1
SACO(沖縄に関する特別行動委員会)を押えておきましょう。
「Special Action Committee on Okinawa 沖縄の米軍基地の整理・縮小等を協議した日米両国政府による委員会。1995年設置、1996年12月に最終報告を取りまとめた。沖縄に関する特別行動委員会」(コトバンク)
普天間基地の移設を決めたことでSACOは1996年に最終報告を出して過去の遺物になっていますが、その埃を払って新たに沖縄県を加えた協議会を作れということのようです。
政府がこの案に同意することはありえません。
それは国家の専管事項である国防問題に、県が協議の場に出る事自体がありえないことだからです。仮にハト氏のような人物がこの枠組みに沖縄県を招いたとしても、米国政府と米軍は拒否するでしょう。
このような移設合意の枠組みに地方自治体を参加させることは、必ず混乱を招くが故に悪しき前例にしかならないからです。
そのうえにこれはデニー氏の個人的パーフォーマンス以上でも以下でもないことは、県政与党も分かっています。
1997~2000年に外務省から沖縄県に出向していた山田文比古・東京外国語大学教授は県政与党の胸の内をこう述べています。

「仮に官邸や外務省・防衛省の高官、駐日大使、在日米軍トップなどが加わるハイレベルの協議会設置が実現した場合も、「日米両政府は従来の県内移設という基本方針を変えて臨むとは考えにくい」とし、「下手をすると、沖縄側もその枠内に引き込まれてしまうのでは」と危惧する」(アエラ前掲)
つまりは政府からも県政与党野どちらからも拒否されて、いっそうデニー・謝花コンビは孤立を深めるということになりそうです。
もう一点、デニー知事はアエラで一国二制度も口にしているのですが、これら二つ以上にお菓子系発言なので、別の機会に回します。
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■ニフティが完全に復旧していません。時々画面がまったくちがうものになったり、接続ができないことがあります。
スマホ版もおかしなものが続いています。とくに写真ノアスペトク比が異常です。
制作では改行が出来ない状態が続き、そのうえにコピペができないという異常事態が修復されていない状況です。そのためにベタ打ちとなっていますが、ご了承下さい。
だましだましやっているというのが現状ですが、なにとぞご理解のほどを。
■コメントが入らない、スパムとされてしまうという声が多くでています。もうしわけありません。できるだけの努力をしております。

2019年3月22日 (金)

北朝鮮の契約不履行でふり出しに戻った朝鮮半島情勢

 

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おそろしいまで使いにくくなった管理画面で書いています。ここまで全面的に書き込みフォーマットを改変するなら、もっと丁寧なフォローが欲しいものです。老舗にあぐらをかいてユーザーをないがしろにするニフティです。

さて福島事故について整理をしている間に、北朝鮮情勢が動きました。いや、急速に元の場所に「戻った」と評するべきでしょうか。

「[ソウル 15日 ロイター] - ロシアのタス通信によると、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官は15日、北朝鮮は米国との核協議を停止することを検討していると述べた。平壌での記者会見で、北朝鮮は米国の要求に屈するつもりも、そのような交渉を持つつもりもないと語ったという」(ロイター3月15日)
https://jp.reuters.com/article/north-kora-nuclear-talk-idJPKCN1QW0DV

このオバさん外務次官が本気かどうかわかりませんが、「米国の要求に応じる交渉はしない」とのことです。これを額面どおりにとったら、この間のディールは文字通りシューリョウです。

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 いつも怒っているかユーウツそうなチェソンヒ外務次官 時事通信

ただし、これが北の本気かどうかは一概には計りきれません。こんなアブナイ発言をしたのは、「北の危険なオバさん外交官」(私命名)ことチェ・ソンヒ外務次官だからですが、彼女は去年のシンガポール会談の前にも米国を不必要に挑発する発言をした人です。

思い出していただきたいのですが、シンガポール会談直前にトランプが「もう止めだ。中止、中止」と言い出したことがありましたが、そのきっかけを作ったのが、この人です。

その直接のきっかけは、事前協議の責任者であったチェの、「副大統領は馬鹿間抜け」、「核対核で対決」でしたから、鋼鉄製の心臓です。北との拉致問題協議を求めて、非難決議をネグるようなどこかの国のひ弱な外交官にも少しおすそ分けして欲しいほどです。

このチェの役割はおそらく北の本音をあからさまに言うことだと思われます。

「北朝鮮の崔善姫外務次官は24日、ペンス米副大統領が米メディアに「北朝鮮がリビアの轍(てつ)を踏むことになる」と語り、合意に応じなければ体制転換もあり得ると示唆したと批判。
米国がわれわれと会談場で会うか、『核対核の対決』で会うかは、全面的に米国の決心と行動に懸かっている」と述べ、米国をけん制していた。
ポンペオ国務長官は24日、上院外交委員会の公聴会で、北朝鮮の最近の発言を「残念に思う」と強調。また、北朝鮮側から返事もなく、首脳会談の準備ができなかったと明らかにした。ロイター通信によると、米政府当局者は、ペンス氏批判が中止判断の決定打になったとの見方を示した」(時事通信5月25日)

チェは北朝鮮政府は「米国に対話してほしいとお願いなどしないし、会談に出席するよう説得もしない」(BBC5月24日)とまで言い切っています。

これだけのことをひとり独裁国家の北が、一外交官に言わせるとは思えないので、チェの役割は本音で米国を攻めて、ハードルを持ち上げるだけ持ち上げて、ボスが本番でそれを多少マイルドに落としてみせるということのようです。

もうダメだ、もうオシマイ、さぁ戦争だ、戦争だ。困るのはお前らだ、と叫んで妥協を引き出そうとする北の伝統的瀬戸際戦術です。

結局、今回のハノイ会談はこのてをあっけなく見破られて、交渉の席を蹴られてしまいました。この失敗で粛清されるかと思いきや意気軒昂なご様子ですから、北も対米外交の人材不足なのでしょうか。

で、またぞろ飽きもせずに瀬戸際戦術です。チェが元気よく「もう交渉なんかしない」とハネています。

そして今度は後ろでは核ミサイルの開発が継続されています。そもそも北はハノイ会談の核弾道ミサイルの開発を停止したことはありませんでした。

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「(CNN) 国連安全保障理事会はこのほど、機密報告書の中で北朝鮮について、国内の核・ミサイル兵器を移動させて米軍による攻撃を受けないよう隠していると指摘した。
半年ごとにまとめられるこの報告書によると、北朝鮮は核・ミサイル開発プログラムを依然継続しており、その姿勢に変化は見られない。トランプ米大統領は先週、北朝鮮との非核化を巡る交渉について「ものすごく進展している」と明言。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長との2度目の米朝首脳会談も、月内に開催される見通しとなっている。
国連当局者の1人は、報告書について「北朝鮮が一貫した傾向のもとで核・ミサイル兵器の製造、保管、試験のための施設を分散させている証拠を示すものだ」と述べた」(CNN2019年2月6日 画像も)

つまり北は、チェに「交渉は終了だ。米国の要求に応じる気はない」と言わせ、もう一方で平然と長距離核ミサイルの開発を続行していたことになります。
これによって、昨年6月の米朝合意は北の一方的な契約不履行により、白紙化したと見てかまわないと思います。ちなみに遠い過去のような気がするのが不思議ですか、シンガポール合意とはこんな内容でした。
「2 米国と北朝鮮は、朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築に共に取り組む。
3 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化
に向け取り組む」
この米朝合意は契約事務における双務条項という性格のものです。北が核を放棄するならば、米国は北の安全を保証し、体制変更は求めないということで、一方がそれを廃棄した場合、一方はそれ自動的に廃棄できます。履行する義務はすべて義務を怠った北にあると解釈されます。

ビジネスマンのトランプは今まで無数の契約書を作ったでしょうから、この米朝合意(米朝契約)がそのようなものだと百も承知で作ったはずです。

言い換えれば、ハノイ会談以後の状況は、ただシンガポール会談時点に戻ったのではなく、更にその前の状態に復帰してしまったということです。

「シンガポール会談前の状況」とは、軍事攻撃も対北オプションの範疇だとする姿勢です。

何回か書いてきていますが、軍事オプションは大統領命令があれば、議会の承認なしに数週間以内に実行可能です。大統領権限法の60日以内という縛りはありますが、こと対北制裁に関しては野党民主党のほうが強硬なくらいで常日頃から「トランプ日和るな」と言っているくらいですから、議会承認は確実に受けられるはずです。

そもそも、米国は現時点では地上兵力を北領内に入れる気はありません。それは中国との過度な摩擦をもたらし、最悪な場合、中国の介入を招く結果になりかねないからです。

ですから、中国との事前協議は避けることができず、現在進行形の米中経済戦争に影響を及ぼす可能性もあります。中国の利害は大変にはっきりしていて、北というやっかいな罠に米国がハマってにっちもさっちもいかなり、中国に助けを求めに来ることを熱望しています。

そのことによって米国は外交のフリーハンドを失い、米中経済戦争で譲歩を迫られ、かつ中国が進めている南シナ海への進出から眼を逸らすことができます。
ですから、中国にとっては解決できないままの状況こそがベストですが、トランプはそれを知ってか知らずか北に関心をなくしたようなそぶりを見せることがあります。

とまれ、中国の事前承認がなくても米国は単独で北の核施設を空爆することは、望ましくはないものの可能ではあります。
攻撃が行われた場合、第一波で司令部施設、通信網、北の核施設20か所、長距離ミサイル施設20か所、核ミサイル保管施設200か所、第2波で空軍基地、海軍基地、第3波で補給施設の空爆が実施されます。

問題は移動式発射装置に載せられて山中深く隠されている中距離弾道ミサイルですが、移動式な上に固形燃料を用いた発射方式であるために、一定数の破壊はできても、大部分は残存します。すると、日本に向けた中距離核はそのまま残るということになります。

イージスアショアの配備がまだ先な以上、日本にとって喉元に突きつけられた刃物はそのままです。むしろヤケのヤンパチで正恩が撃ってくる可能性もまったく否定できませんから、一概に軍事オプションでスッキリしたと思わないことです。

え、韓国はですか。もちろん論外です。軍事機密を漏らして、攻撃に反対することだけが仕事だと勘違いしている「同盟軍」などまったくアテになどしていません。日本に通知した後に、おっと忘れるとこだったとばかりに開始1分前通告でしょう。

米韓関係は最悪になるでしょうが、ムンジェインは北からも中国からも見放されていますから、四面楚歌であることにはなんの変わりはありません。せめて日韓関係くらいはまともにしておいたらと思いますが、ここまで拳を振り上げてしまったらムリでしょうね。

■写真はカカオの花です。かわいいでしょう。

■写真類が入らないというクレームが来ていますが、×をクリックすると出るようです。私のPCではアップされているので、原因不明です。これも今回のニフティの事故と関係あるかもしれません。まったく迷惑なことですが、復旧されると信じましょう。

2019年3月21日 (木)

デニー知事恥をかく

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ニフティの事故はやっと落ち着いたようですが、切断は実に60時間近くに及び、PCが復旧した後もスマホ版の復旧は更に遅れるという堂々たる大事故に発展しました。まったくやれんぞな。

ご心配をおかけしましたが、なんとかやっていきます。ただ書き込む画面がまったく別物になってしまったために、馴れるまでけっこう時間を食いそうです。なんせ旧画面は11年使ってきましたからね。(涙)。

さて気を取り直して、書きたいことは溜まっているのですが、昨日デニー知事が首相面会したそうですが、とんだマヌケを演じたことからいきます。 なにをしに行ったのかといえば、もちろんアレです。

「会談で、玉城知事は普天間基地の移設計画への賛否を問う県民投票の結果などを改めて伝え、1か月程度、土砂の投入など工事を中止して協議に応じるよう要請しました。(略)
玉城知事は、国の天然記念物のジュゴン1頭が沖縄本島北部の今帰仁村の沖合で死んでいるのが見つかったことを伝え、安倍総理大臣は「残念だ。これからも折りをみて話し合いをさせてもらいたい」と述べ、引き続き県側との話し合いに応じる考えを示しました」(NHK 2019年3月19日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190319/k10011853131000.html

いつもの飽きるほど聞いたことで、初めはざっとこのNHKの記事を読んだ時にはスルーしてしまおうかと思ったていどのことです。

ただ、ふたつばかり注目すへきことを言っています。ひとつはお得意のジュゴンです。

そもそもジュゴンは母親とその子が3頭いることはかなり前から知られたことで、今更のことです。

死んだ死んだと言っているようですが、死んだのは母親で、工事地区の工事をしている大浦湾の反対海岸である運天漁港とのことです。泳げば90㎞近くあります。 このジュゴンは古宇利島周辺海域が生息場所でしたから、工事とは無関係だとかんがえるのが常識的判断です。

大浦湾の工事区域は厳重に土砂が外洋に流出しないような遮蔽壁が設けられていて、今までの赤土流れ出したい放題のズサンな沖縄の土木工事とは一線を画しています。

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ジュゴンは長い回遊をする海洋哺乳類で、大浦湾は食物を採取するために立ち寄るルートの一部にすぎません。

突如、過敏な自然保護論者になってしまった今の沖縄県ですが、実のところジュゴンの保護などまったく念頭にありませんでした。

沖縄の海岸線を覆い尽くさんばかりに埋め立てが進行しても、むしろそれを率先していたのが沖縄県だったからです。

あまり知られていないようですが沖縄は毎年膨張し続けています。復帰後の37年間だけで2400ヘクタール、国土地理院によれば埋立面積は既に東京ドーム約500個分だそうです。

これは普天間基地が5個入る面積で、辺野古の埋め立て面積160ヘクタール(護岸を含む)の15倍にも達します。

埋め立て地の県面積に対する率は0.3%(2000年から07年間)となり、ダントツで全国一の埋め立て大好き自治体となっています。

「国土地理院は31日、都道府県の市町村別面積を発表した。沖縄県の面積は2012年10月2日~13年10月1日の1年間で0・08平方キロ増加し、2276・72平方キロだった。公有水面の埋め立てによる増加で、全国で7番目に大きかった。沖縄の埋め立て面積は過去25年で最も小さい。
 国土地理院沖縄支所によると、1年間の増加面積は那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇の約3個分。県内市町村で面積の増加が最も大きいのは竹富町の0・04平方キロ、次いで沖縄市の0・03平方キロ、糸満市の0・01平方キロと続いた。
 県の面積は1988年からの25年間で13・91平方キロ増加し、北谷町とほぼ同じ面積が増加していることになる。」
(2014年2月2日琉球新報)

特に発展が加速した本島南部・中部では埋め立てラッシュが続きました。

 

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          (「沖縄の埋め立てと埋め立て計画-沖縄の渚の現状-)http://www.ne.jp/asahi/awase/save/jp/data/higatagenjyou/index.htm

たとえば、あまり売れていないということで、計画の杜撰さか問題になっていますが、那覇から国道58号線を下ると、ベッドタウンの豊見城には、巨大な豊崎タウンが500億円かけて埋め立て造成されていています。
http://www.toyosakitown.jp/?page_id=17

また中部の沖縄市では、南西諸島随一の天然の海草や貝が育つ泡瀬干潟て゛大型干拓事業が進んでいて、反対運動も起きています。これを主導したのは左派系市長でした。

故翁長氏には知られたくない過去が沢山ありますが、そのひとつが「新基地」建設の推進に伴う大規模埋立工事でした。

自分のお膝元の那覇市にあった米軍の那覇軍港を移設して、お隣の浦添市の牧港補給しょうの沖合を埋め立てて「新基地」を作ってしまおうというプランでした。

29nahaport                     (写真 那覇港湾施設 沖縄県HP) 

実はこの時も辺野古は移設候補地に登場します。

浦添市は猛反発します。まぁ、そりゃそうでしょう。今大きな補給施設がある上に「新基地」が移転されてはたまったもんじゃない、これは当然です。

13makiminatoservicearea                  (写真 牧港補給地区 沖縄県HP)

それに対して政府は、那覇市と浦添市に軍港と補給施設は全面返還することを説明し、代替として新軍港と14ヘクタールの物資集積場を沖合に新たに作ることを提案しました。

既存の地面部分は全面返還して、国道58号の真横の那覇軍港を、浦添市の海岸に移しかえますということです。

これにより、今までの35ヘクタールから49ヘクタールに拡大します。この部分が普天間飛行場の移設と違うところです。

拡大しても浦添の場合は、沖合の埋め立て地なので地元への影響は少ないからご容赦下さいということです。もちろん、進行予算のおまけや民間港湾施設の整備などにたっぷり予算を弾みますという条件でした。

この時に、浦添に「新基地」を押しつけた故翁長雄志氏はこう言ってのけています。

「決断に敬意を表する。今後、那覇港は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって国際流通港湾として整備・管理することになる。振興発展を担う中核施設として整備されるように努力を重ねたい」(琉球新報01年11月13日)

故人には失礼ながら、改めて読んで吹き出してしまいました。まったく浦添移設と同じ構造なのですから、翁長氏は普天間飛行場の移設についてもこう言うべきでした。

「移設の決断に敬意を表する。今後、沖縄県は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって普天間跡地は中部経済の振興発展を担う中核地域として整備されるように努力を重ねたい」

こういうことをやっておきながら翁長氏は、こと普天間になるとダブスタの権化となって「銃剣とブルドーザーで土地を強奪されて基地を作られた」などという時代錯誤のことを言い出すからイヤになるのです。

それはさておき、沖縄県は一貫して海洋汚染については無頓着でした。それが突然いままで何の保護対策もしてこなかったジュゴンが一頭死ぬと、首相面談案件にジュゴンをもちだす鉄面皮ぶりがたまりません。

そんなにジュゴンが大事ならば、はっきりと普天間基地周辺のニンゲンの安全よりも、ジュゴンのほうが大事だと言うべきてす。 それをデニー知事はこんな矛盾したことを一国の首相に面と向かっていうのですからたいしたものです。

「普天間基地の固定化につながりかねない辺野古の工事はやめ、話し合いの期間を作ってほしい」

おいおいデニーさん、あなた頭の中で妖精が合唱していません?金星人が、宇宙船で迎えに来るから一緒に宇宙旅行しようよなんて言っていませんか。 交渉当事者がいまさらこんな交渉の大前提で間違ったことを言い出されては困りますね。

私は必ずしもそうは思いませんが、メディアが「世界一危険な飛行場」と呼び習わしている普天間飛行場の危険を除去する目的で辺野古に移設するのは、今更いう必要もない常識の中の常識です。

普天間飛行場を固定化させたくないなら、移設するしかないなんてわかりきったことで、「普天飛行場を固定化させないために移転は反対」ですって、なんじゃこりゃ。

デニー県政が、「普天間飛行場はイヤだが、移設もイヤだ」というなら、もはや当事者能力が欠落しているとみなされても仕方がありません。

なぜならその解決方法は共産党の主張どおり、「どっちも反対」「全部反対」ですから、すなわち「全基地撤去・安保廃棄」のことだからです。

このことのダシにジュゴンを持ち出すならば、7億、8億と言われる「辺野古基金」という巨大基金をどうぞ思うぞんぶん可愛いジュゴン保護にお使い下さい。 

2019年3月19日 (火)

宜野湾くれない丸氏寄稿 日本政府という「親」と、奄美・沖縄・宮古・八重山という四人の子どもたちその2

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ふ~、やっと管理ページが開いて書き込めるようになりました。

これはもうリニュアルによる一時停止ではなく、57時間の凍結ですからね。これはもうレッキとした事故です。ココログには怨嗟と怒りのコメントが溢れています。

ニフティのやつめ、まったく丸1日以上リニュアルとやらで書き込みを凍結させて、再開予定は13時なのにえんえんと延期に次ぐ延期。5時で開始するとあってもされず、こちらは開けたり閉めたり。なんなんだ、バカヤロー。

12時に一回解除さたとおもったら、今度はアクセス集中でダウン。もう笑うきゃありませんやね。

やっと6時半くらいに開いた新しい管理ページもまったくデザインがちがうので、勝手が違ってわけがわかりません。もう一回ニフティのバカヤロー。

旧管理画面に戻せ。いや戻すリニューアルやるとまた二の舞だから、やるなぁぁぁ。

というわけで、お待たせしました。スマホでみると、皆さんにご心配おかけしていたようで恐縮です。

ブチハイエナみたいな空き巣狙いも2頭来ていたようです。まともな記事への批判もできないくせに、遠くから吼えているなんてアホじゃなかろか。

気に食わなければ自らの論理を対置すればいいのであって、実名をバラして悦に入っているなんて、しょーもない人たち。ああいう暗い情熱は理解できません。

Photo

ブチハイエナさんの雄姿

それも含めて、まとめて消えてしまっています。原因はわかりません。こちらの操作ではありませんし、スマホではまだ残っているようです。(それも消えたようです。ニフティはスッタモンダでやっと平常に)

                                                   ~~~~~~~

というわけで一日遅れのくれない丸さんの寄稿の最終回です。くれない丸さん、大変にご迷惑をおかけしました。

明日から、通常の更新に戻ります。(たぶん)

                                                 ~~~~~~~~

■日本政府という「親」と、奄美・沖縄・宮古・八重山という四人の子供たち その2
                                                                                                                                  宜野湾くれない丸

承前

島尾の言葉や唄者の言葉を思い出したとき、 「日本政府が父親」、「奄美・沖縄・宮古・八重山が四人の子どもたち」と置き換えてみて考えた。  

結論から言えば、父親は「肝心要」な「ここぞ」という時に、「言うべきこと」「示すべき将来像」「取るべき態度」を子どもに対して「出来なかった」「しなかった」のではなかろうか。 

肝心要な時に「態度をあやふやに」し、「取りあえず甘い言葉でその場をごまかし」「自身の不甲斐無さを知りつつも親としての責務を暗に放棄」していたのでは・・・? 

若くして思いもよらぬ出世をした父親は、そのうち「調子こいて」取り返しのつかないくらいの「大喧嘩という大失敗」を犯した。 

居酒屋での呑みの席での失態とは言っても、理由はともあれ「吹っ掛けたのは父親」からだ。 

で、その相手は、それまで大変お世話になっていた「隣の大旦那」である。 

店をめちゃくちゃにして大借金を抱え込んだ父親は、その大失敗を深く反省・検証することもなく、借金立て替えを申し出た「隣の大旦那」に飛びついた。 

「隣の大旦那」は町では評判の「策士」でもあった。父親は「隣の大旦那」に、それ以来ただただ頭が上がらない。 

それはそうだろう「大喧嘩」をしたあげく「大借金まで立て替えてくれた」人だから。 

「大旦那」は担保として「将来性がある四人の子どもたち」を「里子として引き取った」、うち一人は「内向的な子だった」ので、比較的早い段階で親元へ返したが、残る三人はその後も大旦那の別宅で暮らしていた。 

父親の家庭は確かに大借金を抱え、食べるものにも事欠くくらいな貧乏家庭に陥ってはいたが、「里子に出された」という事が、その後、四人の子どもたちの心の中に陰りを残すこととなった。 

さらに「内向的な子が先に親元へ帰った」ことが、兄弟間でも「複雑なしこり」を孕んだ。 

ましてや「あいつの親父は俺ら三人とは違うんだ」なんてことも言いだし始める始末だ。 

この段階で問題は「複雑な域にハマり込んで」行った。 早くに親元へ戻った「内向的な子」は、貧しくはあるが「親元で育つ」温もりを少しだけ知った。 

しかしながら世渡り上手で、小手先器用な「父親」の視野にはあまり入らない存在であった。 

一方、「隣の大旦那別宅」で暮らす三人の兄弟は、それまでは「平屋トタン屋根」であった別宅が「豪華」に変わっていき、環境も見違えるようによくなっていったことに違和感はあったが、それを上回るほどの生まれて初めての「満足感」を味わっていた。 

そんな「満足感」を味わう兄弟たちを横目に、「内向的な子」は時々「別宅へ遊びに来た」りしたこともあった。 

でも、そのたびに「嫌味」を言われたりもした。 世渡り上手な父親は、みるみるうちに復活を遂げていった。

それはそれは目を見張るがごとくの復活劇だった。父親は大旦那へ申し出た。「お陰様でようやく立ち直り始めました。

まだお世話になっている我が子三人をそろそろうちに戻したい。本人達もそう申しております」と。

大旦那は色々と条件注文を付けてきたが、そこは世渡り上手な父親だ、複雑極まりない諸所の問題は「さて置き」、取り急ぎ重要なことは「親元で暮らす」ことだと「正論」を主張た。

それが「正しいことだ」と自身も「子供たち」もそう思っていた。

だが、世渡り上手で小手先器用な父親の性根は同じままだった。「子供たちのことは二の次」だった。「仕事第一主義」だったのだ。

「子供たち三人」は父親へ「愛情」を求めた。が、上手く表現が出来なかった。暴言を吐くこともしばしばだった。

父親は「その場しのぎ」の事しかしなかった。分かっちゃいるけど・・・・・父親はため息をつき独り言を言うばかり。

先に戻った「ひとり」はずっと黙り込んだままである。元来の「内向的」な性格がより深まった。

それから長い時間が経った。色々とあった。父親の懐具合が危ないときもあったし、世間での評価も下がりかけたこともあった。

波乱万丈の世の中である。

でも「変わらない状況があった」それは、父親と三人の子どもたちは今でもずっと「喧嘩」をしていることだ。

長い時間の流れの中で、隣の大旦那は自身の屋台骨が傾きかけ、今では逆に「父親」の方を頼ることもある、そんな状況にもなっている。

気が付いたら「父親」は既に「隣の大旦那」を上回るほどの「旦那」になっていた。

成長した「三人の子どもたち」の間にも「少しずつ隙間風」が漂い始めている。

が、相も変わらず三人揃って「重箱の隅を突く」ように「父親」を攻めたている。

もう年もそこそこになったのに、攻めたてるわるには「今度引っ越しがしたい」「新しい車が欲しい」「病気になった」などなどと言っては事あるごとに「無心」する。

いい年こいて父親に「無心」することに、何の躊躇いも感じていない様子だ。

また、父親も「分かっちゃいるけど・・・・」と思いながらもその「無新」に甘んじている。

「凛」とした姿勢を見せられなかったし、「言うべき事を言うべき時に言えなかった父親」、そんなダラシノない姿を見せ続ける父親。いくら「仕事が出来る有能な人」であっても・・・・・。

そして「恨み節」ばかり言いつづける「三人の子どもたち」。このままであれば、けっして「自立」の精神は構築されないだろう。

「自立する」という事が「何なのか?」「どういう事なのか?」も既に分からなくなっているのかもしれない。

「おはようございます」「こんにちわ」「こんばんわ」「ありがとうございます」「お世話になりました」「また宜しくお願いいたします」・・・・。

父親は何でこのことをしっかりと「叩き込んでくれなかった」のだろう。

このことだけでいい。あとは黙って「きつく抱きしめて」やってれば、いいだけだったのに・・・・。

子供たちはもういい年だ「反面教師」というくらいの言葉は知っているだろう。

「内向的な子ども」に一度だけ、たった一度だけ父親がしたことがある。

それは「きつく、きつく黙って抱きしめた」ことだ。その時の「温もり」をこの子はずっと憶えている。それは確かなことだ。

                                                                                                                                                          了

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年3月18日 (月)

宜野湾くれない丸氏寄稿 日本政府という「親」と、奄美・沖縄・宮古・八重山という四人の子どもたちその1

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宜野湾くれない丸氏より寄稿を頂戴しました。2回の分載となります。

                                             ~~~~~~

■日本政府という「親」と、奄美・沖縄・宮古・八重山という四人の子供たち その1
                                                                                        宜野湾くれない丸
 

かれこれ40年ほど前、作家の故・島尾敏雄氏の講演を聴く機会がありました。内容は殆ど忘れてしまいましたが、今でもはっきりと憶えていることが2点あります。  

それは、「日本の歴史を語るうえで、とても重要な変化の波はいつも南からやってきた。鉄砲、キリスト教、ペリー提督、明治維新、そしてアメリカ軍・・・」ということと、「奄美群島というのは、父が政治(薩摩)で、母が文化(琉球)のようだ」というこの二つのことです。  

講演のなかで幕末の「ええじゃないか騒動」の件にも少し触れられていたが、私には「ええじゃないか」が「六調やカチャーシー」とダブって感じていた。  

沖縄のとある民謡唄者の方と酒席を共にしたことがありました。  

唄者曰く「唄というものは、曲というものは、我が子も同然だ」という事をくどくどと、「作家の気持ち」を慮らない音楽業界のありようを強調して話していた。  

よせばいいのにその時私は、その唄者へ軽い気持ちで問いかけた。「子どもも同然という意識であれば、その子供が自らの手を離れ、何処の誰が面倒をみているのか、気になりませんか?」と。  

ちょっといじわるな「固い質問」だったが、たまたま酒の肴となっていた話題が「音楽著作権」の話でもあったからだ。  

「自身の創った曲が、どこの音楽著作権会社が管理していて、年間どれだけの利益をあげているのか?」「その利益をうむ為に会社はどれだけの動きや経費を使っているのか?などなどの事を「ご存じでしょうか?」という事が私の意図すところだった。  

唄者は「黙って」しまいました。  

昔はよく見かけたシーンですが、幼い子どもがデパートなどで「オモチャ~欲し~い、これ、買って~~~!」と泣きじゃくったり大騒ぎしているシーン、あれに似たシーンを一向に見かけなくなってしまいました。  

だから何?と、親がちゃんと躾けているんでは?と・・・・・それもそうかもしれません。  

が、私は逆に「子供が親をよーく見ているのでは?」あるいは「子どもの方が親の体裁を分かっていて、そんな事を言ってはダメなんだ」と肌で感じていることも、子どもの中には少なからずあるのでは・・・?とも感じていました。  

もしそうだとしたら「成長過程で本能的な欲求を子ども自身が『無理』に押しとどめている」ことなのでは?と。  

大人となった子どもたちや、いい年こいた中年などによる「とんでもない事件」が多発しているのは、「押しとどめた」結果のひとつの歪な現象なのではなかろうか、と。  

その年齢に応じた反発や主張・欲求を「ダイレクトに出し切れてない」子ども時代を過ごすと、そのツケはその後に「大きなしっぺ返し」となって表面に出てくるのではなかろうか。 

「サイコパス」のような現象が多々あるのはそんな事も心の奥底に存在するからなんじゃないのか、と考えたりするのです。  

脳科学者の中野信子氏によると「ヒトの脳は誰かを裁きたくなるようにできている」そうです。  

ヒトは本能的にそんな「制裁を加えたくなる衝動」を誰しもが持っているということです。  

「差別ガー!」と眉間に皺を寄せガナリたて、これが「正義」だと御旗を振りかざす人たちを目にするたびに、「教養」や「理性」を磨いていくということで「それを乗り越える社会」を目指すべきれあろうと思ったり考えたりします。 

「正義」を押し付けるその様はまさしく「教条民主主義」そのものではないか。

 

                                                                                                        (続く)

 

 

 

 

2019年3月17日 (日)

日曜写真館 里の春

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2019年3月16日 (土)

国連科学委員会 (UNSCEAR)報告書「福島事故とチェルノブイリとは違う」

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大震災と福島事故から8年目の3月11日から始めたこの特集も、今日でいったん締めることにいたします。

まだ福島事故の原因や原発の現況については残されたままですが、また別の機会ということで。

さて今でも平気でヒロシマ・チェルノブイリ・、フクシマと並べている無神経な人たちがいます。 

いやそれどころか、チェルノブイリより大量の放射能がばらまかれたという人さえいます。

昨日も常連さんのひとりから頂戴して、いまでもまだこんなものが出回っているのかとやや驚きました。

このかたは、「福島事故はチェルノブイリの3倍放射能が出た」という説を貼っています。その根拠はドイツということですが、どのようなものかは明らかにされていません。

ドイツは事故当座から、意図的とも思える悪質な煽り報道の発信地だったので、さもありなんと思いますが、ソースが明らかでない以上、それ以上はなんともいえません。
関連記事「ドイツTDZの歪曲報道とYouTube削除問題について」  
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-0a22.html

私が知っている3倍説は、日刊ゲンダイと東京新聞がソースです。

元の記事のリンクが切れていますが、『チェルノブイリの3倍!』ではありません。 - Togetterに一部が記録されています。

それによると、東京新聞は2012年7月12日)に、見出しに「つくばのストロンチウム  チェルノブイリ事故時の3倍超」と掲げています。東京新聞は見出しで間違った印象操作をしています。

内容的には「つくばの気象研観測、2011年3月の90Sr降下量は、チェルノブイリ事故時に観測された量の3倍」だったということのようです。確かにつくば市の気象研では、つくば市でのチェルノブイリ事故時の3倍の放射線値が測定されました。

一般的に「チェルノブイリの3倍あった」のではなく、つくば市でふたつの事故を計測したところ3倍あったということです。意味がまったく違います。3https://togetter.com/li/337042

同じく茨城県県北のモニタリングポストの測定値をみてみましょう。

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茨城県HP

これを見て分かるのは、3月14日前後に大きな放射線量の増加が記録されており、3月21日にまた中ていどのピークがあって以後は低レベルで推移しています。

この極初期の放射線値が、チェルノブイリの事故時に測定した日本の数値の3倍あったというだけのことです。

そりゃそうでしょう。つくば市や県北は、福島原発から175㎞ですから、チェルノブイリまでの距離約8000㎞超とは比較になりません。大きく出てとうぜんです。

それを意識的にか無意識にか混同して東京新聞は「チェルノブイリの3倍あった」と見出しで書いてしまったわけで、これでは煽りだと批判されてもやむをえないでしょう。

またこの「3倍」説とは別に「4倍」説もありますが、丹念な検証の結果、これも誤りだと証明されています。
「セシウム放出量がチェルノブイリの4倍」というガセネタ – アゴラ

国連科学委員会 (UNSCEAR)はこのように結論づけています。

・チェルノブイリと比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満
・セシウム137は4分の1未満

これを大きく覆す数字が出た場合、「3倍だって、大変だ。政府が隠蔽している!」とパニくらずに、元のソースを辿って下さい。

ほとんどの場合、伝達のミスか意図的歪曲をおこなっているはずです。

さてこのようにふたつの原子力事故は共に悲劇であることに変わりはありませんが、まったく違う事故だと認識すべきです。

両事故の放出された放射線量は以下だと推定されています。

7https://synodos.jp/science/15817/2
「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」
「文部科学省による、ストロンチウム、プルトニウムの核種分析の結果について」
UNSCEAR 2013年報告書」


今日はそのことを書いた2014年6月20日の記事を再載します。

■参考資料
「被災地を搾取し被害を拡大してきた「フクシマ神話」――ニセ科学とデマの検証に向けて」林智裕
「福島第一原発3号機は核爆発していたのか?――原発事故のデマや誤解を考える」菊池誠×小峰公子
東電福島第一原発の事故はチェルノブイリより実はひどいのか?――
福島原発事故に関してhttp://genpatsu.sblo.jp/article/47289931.html

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ェルノブイリ原発と福島第1原発の事故は次元が違う事故です。 

これ以上の設定がないためにレベル7に入ってしまって同一視されますが、別々に考えていく必要があります。

チェルノブイリは、黒鉛型で格納容器がなく、そのために原子炉の事故がそのまま大量の原子炉内のすべての核種の拡散につながりました。(図 黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉 (RBMK) の構造図。

Rbmkウィキ 黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉 (RBMK) の構造図

核燃料を収めた圧力管の間をポンプで送り込まれた冷却水が流れて蒸気となり、タービンを回す構造になっています。

核燃料を収めた圧力管の間をポンプで送り込まれた冷却水が流れて蒸気となり、タービンを回す構造になっている。格納容器がないのがわかる) 

その中にはプルトニウムやストロンチウムが含まれていたために、惨事となりました。

一方福島事故は、チェルノブイリと違って、閉じ込めるための格納容器が存在し、格納容器を覆う原子炉建屋が水素爆発によって破損しましました。 

2http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?...
(図 沸騰水型軽水炉(BWR)構造図 燃料棒が格納容器に収納され、さらに建屋に入っているのがわかる)

格納容器内にあった燃料棒が融解して一部が格納容器外へメルトスルーしましたが、セシウムやヨウ素といった揮発性の高い比較的軽い核種の放出に留まっていたために、プルトニウムなどの放出という最悪の事態は最小限に抑えられました。

もちろん、ストロンチウムなどの放出もわずかにありましたが、原発周辺数キロにとどまり、量も微量でした。

放出されたプルトニウム放出量を見るとこのようなところです。

大気中への放射性物質の放出量の比較(単位1015Bq) 
●ガスとして揮発した軽い核種 
ヨウ素131131I)    ・・・チェルノブイリ      1760
                        ・・・ 福島第1       16 (10月20日 以下計測日は同じ)
セシウム134134Cs)・・・チェリノブイリ    47
・                            ・・・福島第1          18

●重い核種
ストロンチウム9090Sr)・チェルノブイリ  10
                             ・・・福島第1        0..14
プルトニウム238238Pu)・チェルノブイリ 0.015
                                ・・・福島第1        0.000019
プルトニウム241241Pu) ・チェルノブイリ  2.6
・                                ・・・福島第1        0.0012

(※典拠 原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について

 以上で分るように放出量自体のケタがまったく違います 

その結果、このように拡散規模に大きな差が出ました。上下を比較すれば、その規模の拡がりがまったく違うのがわかるはずです。

福島原発事故に関してhttp://genpatsu.sblo.jp/article/47289931.html

次に、わが国にとって非常に幸運だっのは、事故当時の風向きです。

風は北東方向の風に乗って太平洋へ吹いていました。そのためにかなりの割合の放射性物質は洋上へと吹き飛ばされ、拡散しました 

3月12日から3月21日までの4回に渡って、いずれもいったんは北東方向の海上に出て、1回目は北上し、以後3回は南下しています。

飯館村などへ向った例もありますので、地形によって複雑な変化はしていますが、基本はこ「神風」によって地表部分の汚染は、内陸部にあるチェルノブイリと比較して大幅に減衰したと思われます。

また、事故後の対応も異なっています。

事故当初、ソ連特有の秘密主義のために報道管制が敷かれ、一般市民は事故発生後1週間ほどはなんの避難措置も取っていませんでした。

事故後4日後に高濃度汚染区域でメーデー行進も行なわれた例もあるほどです。 

そのために、計画的な避難はおろか、放射性物質に汚染された食品や牛乳の摂取制限も実施されず、大きな健康被害を引き起しました。

特に事故後に被曝した10シーベルト(1万ミリシーベルト)というとんでもない高線量の牛乳を子供に与えるという重大ミスをしたために、小児甲状腺ガンが大量に発生しました。

チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシで事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症していると唱え、震災瓦礫の搬入は低線量内部被爆の危険地域を更に拡大することになると主張した人達がいました。 

ベラルーシで10年後に小児ガンが出た原因は既に解明されています。高濃度汚染地帯のキノコを季節的に大量に食べたからです。(下図参照)

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                      (ベルラド放射能安全研究所作成) 

上の図を見れば、10月12月など、キノコが大量に食卓に登る森林地帯の季節が飛び抜けて高いのが分かります。 

周辺地域だけではなく、東欧、北欧を中心にして野生のキノコ類を食べる食生活のために健康被害が多発しました。

このチェルノブイリの類推から、わが国でも大量の甲状腺ガンが出るはずだという一部の予見がありましたが、はずれました。 

一方わが国はチェルノブイリの教訓に従って厳しい食品の出荷統制を敷きました。

ベラルーシは野菜は3700ベクレル/㎏から40ベクレル/㎏まで実に13年かけて漸進的に基準値を落していますが、事故直後の基準値を見てみましょう。。

・事故直後のベラルーシと日本の食品基準値比較
・野菜  ・・・3700ベクレル
・豚・鶏肉・・・7400
・日本   ・・・300
(※米は500)
  

なお、日本は12年には食品一般の基準値を100ベクレルまで落しました。

チェルノブイリと福島を比較して、ロシア科学アカデミーバロノフ博士はこう結論づけています。 

「1986 年以来25 年が過ぎました。私たちは、今、公衆衛生上のどのような損害がチェルノブイリ事故によって引き起こされたか知っています。
損害のほとんどが、1986年5 月に、汚染された地域で生成された、放射性ヨウ素を含んだミルクを飲んだ子どもの高い甲状腺癌発生率に帰着しました。不運にも、当局と専門家は、この内部被曝の危険から、適時、十分に彼らを保護することに失敗しました。
福島では、子どもが2011 年3 月から4 月にかけて、放射性物質を含むミルクを飲まなかったことにより、この種の放射線被ばくは非常に小さかったといえます。このため、近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません」
(
内閣府・低線量被ばくのリスク管理によるワーキンググループ報告) 

また国連科学委員会はこう国連総会に報告し、承認されています。 

●国連科学委員会 (UNSCEAR)報告書要旨
①日本国民の総被曝線量(集団線量)は、甲状腺がチェルノブイリ原発事故の
約30分の1
②全身が10分の1
③チェルノブイリと比べて、放射性ヨウ素131の総放出量は3分の1未満
④セシウム137は4分の1未満
⑤ストロンチウムやプルトニウムは「非常に微量」
⑥(がんが増加しても非常に少ないために)見つけるのは難しい
⑦「福島はチェルノブイリではない」

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