習近平の訪朝
習近平が北朝鮮を訪問しています。
表面的には、ロシアとの軍事同盟に邁進する北を牽制し、中国へとたぐり寄せる意図だと報じられています。
「中国の習近平国家主席と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記は8日の首脳会談で、一時冷え込んでいた中朝関係の「完全回復」を国際社会に誇示した。北朝鮮を自陣営につなぎ留め、対米交渉のカードにしたい習氏と、中国からの経済援助などを期待する金氏の思惑が一致した。一方、焦点だった北朝鮮の非核化については前回会談に続いて言及しなかったとみられ、中国が北朝鮮を核保有国だと事実上認める方向にかじを切りつつあるとの観測も出ている」
(北海道新聞6月8日)
中朝首脳、関係「完全回復」誇示 対米交渉優位狙う中国、北朝鮮は援助を期待:北海道新聞デジタル
正恩が本気かどうかはもう少し見ねばなりませんが、 とまれ中朝関係が、とりあえず元の鞘におさまったように見えます。
元の鞘とは、華夷秩序の体系の頂点に位置づけられる中華皇帝を、「兄」とも慕う臣下の「王」の位置に、正恩が形式的には復帰したということです。
ただしあくまでも見た目にはにすぎず、今回の首脳会談はなんと驚いたことに習近平のほうが北に出向いています。
皇帝が臣下に出向くなんて中華秩序はありません。
これはトランプとプーチンが中華皇帝たる自分を慕って北京に詣でたという構図の反対です。
元来、北朝鮮は中国に根深い警戒心を抱いています。
やや極端な表現をすれば、北の「隠れた主敵」は米国ではなく中国です。
かれらが金科玉条にしている主体思想は、元々中国の大国主義に対する嫌悪から生まれた側面があり、一方中国からすれば、北などはしょせん大陸の辺境にある東方野蛮国という蔑視は根深くあるはずです。
だから従って当然、それがノーマルくらいに思って、中国の勢力を北内部に扶植することを続けました。
初代金日成の時の延安派粛清から始まり、北京派との暗闘が続けられてきました。
それが火を吹いたのが、張成沢(チャン・ソンテク)事件です。
張は正恩の父親である正日の義弟で、実質的にナンバー2として朝鮮労働党行政部長などを務め、経済政策や対外関係を一手に握っていましたが、クーデターを起こそうとしていたとして逮捕され、高射砲で処刑されたと伝えられています。
なぜ殺されたのか、それは張が親北京派であって、経済を開放改革路線に導き、それに抵抗する正恩をクーデターで抹殺しようとしたからです。
北が頑として開放経済に以降しようとしないのも、すれば中国の経済圏にいやがおうでも吸収されて属国化することを警戒しています。
よくある素朴な誤解に、中朝は同じ「共産主義国家」なのだし、中国は朝鮮戦争で100万もの義勇軍を派遣した同盟関係ではないか、今だって原油をパイプラインで送って助けているじゃないか、というものがあります。
まぁ、表面的にはそうですが、この見方は北朝鮮の側から見たもので、ではなぜ、そんなことを中国がしているのか、という疑問には答えていません。
中国にとって、北朝鮮は不愉快、かつ不安定な隣国です。 さらに強い表現を使えば、いつ核攻撃をしかけてくるかもわからない潜在的な「敵」だと考えているはずです。
北の核は、現時点でも北京や経済の中心部である沿岸部を射程内に納めており、軍事的脅威度は韓国などよりはるかに高いはずです。
これらの弾道ミサイルは、大部分は通常弾頭ですが、そのいくつかには核兵器が搭載されていると考えられています。
保有数は、やや古いのですが、米国防総省が2013年5月に提出した「北朝鮮の軍事力2012」年次報告にはこのようにあります。
今は当然格段に増えているはずで、核兵器の小型化、戦力化も完成しているはずです。
(出典 Military and Security Developments Involving the Democratic People’s Republic of Korea 2012 - U.S. Depertment of Defense
邦訳 http://obiekt.seesaa.net/article/358829852.html)
すべての弾道ミサイルが中国を射程内に捉えています。
その気になれば北京を破壊し尽くすことも充分可能です。ただし、そんなまねをすれば北朝鮮という国もなくなるからしないだけのことです。
また忘れてならないのは、北朝鮮から見れば、地上軍を大量に即座に投入できる唯一の国が、中国です。
地政を見れば分かりやすいと思います。
上の中朝国境付近の地図をみると、中国と北朝鮮の国境は、鴨緑江という一本の河で隔てられているにすぎません。
鴨緑江は自然国境としては大変に危うい壁でしかないことがわかるでしょう。
河の中央でも水深は浅く、夏にはじゃぶじゃぶと歩いて横断している庶民が見られますし、冬には凍結して渡れますので、脱北者は全員このルートで逃げています。
歴史的にも、「中国義勇軍」という名の正規軍は、朝鮮戦争時に大挙してここを渡河しています。
今はこの中国軍が渡河した地点に中北をむすぶ原油パイプラインが走っています。
かつては援軍で来ましたが、これからもそうとは限りません。
援軍に来たということは、軍事制圧にも簡単に来られるということを意味しますから。
では、北はなんのために核兵器で国力すり減らし、民を飢えさせてやってきたのでしょうか。
よくある答えに「米国と対等に」というのは間違いではありませんが、半分間違っています。
あんな世界最貧国が「米国と対等」になんて、いかなる意味でもなれっこありませんから。
あえてあるとすれば、陸続きの隣国・中国に飲み込まれないためです。
決して表だってはそうは言わないでしょうが、北に取っての脅威は中国が主で、米国はむしろ従です。
正恩が父親の正日時代と違うのは、核兵器開発と弾道ミサイルを本気で習得し、実戦配備する意志が堅いことです。
彼はいままでのように核兵器開発を、ただの国内向け国威発揚ショーや対外交渉のハッタリと考えずに、実戦を想定した技術開発の完成に重きを置きました。
その意味で、この北の弾道ミサイル実験を米国を振り向かせることが目的ではなく、中国に対する核の抑止力を持つことが目的のはずです。
あくまでも金王家の権力確立の文脈で核が出てくるのであって、「大国と対等になりたい」なんて願望一般ではありません。
つまり、むしろ核兵器は金王朝独裁の背骨であって、独裁体制そのものなのです。
だから彼らは北の独裁体制を守るために3代かけて核開発をし、他の大量破壊兵器と共に密輸することで資金源にもしてきたのです。
そしてその中で作られた北朝鮮特有のメンタリティは、「核ミサイルこそ力の根源である」という一種の核信仰でした。
彼らは核を手放すくらいなら、国が滅んでもいいとすら思っているのです。
国民は飢えてもかまわないと思っています。
社民党の選挙ポスターに「ミサイルよりコメを」みたいな珍スローガンがありましたが、それは正恩にいいなさい。
この核に対する思いとでもいうことの重さが理解できないと、北の核を論じられません。
こここそがリビアのカダフィと北が決定的に違う点ですし、カダフィは核を奪われると、後にCIAが画策した「アラブの春」で抹殺されてしまいました。
正日や正恩はこのカダフィの顛末をよく知っていて、その二の舞はしないと決心しています。
結論を言えば、北は核を絶対に手放さないでしょう、仮に国が滅びても、です。
核は金王家の力の源泉であって、かつ統治の象徴なのですから、核を手放す時は金王家が滅ぶ時です。
自らの領土内に「敵国・中国」の軍事拠点を作るなどとんでもないことだからです。
そんなものを認めたら、そこを足掛かりにしていくらでも軍事介入ができてしまいます。
このように見てくると、北は絶対に羅津(ラジン)港の中国海軍の使用を認めないはずです。
「4月に日本海でロシアとの共同訓練が行われたとの報道はないため、シンクタンク「国家基本問題研究所」の中川真紀研究員は「習氏訪朝時の議題として中国軍による(北朝鮮北東部の)羅津(ラジン)港使用が予定され、その事前調査のために日本海で活動していた可能性はある」と語る。
中国は自国の領土が日本海に直接面していないため、羅津港の利用権取得や、北朝鮮とロシアの国境を流れる豆満江河口からの海洋進出を望んできた。
5月20日の中露首脳会談後に出た共同声明でも豆満江問題に関し北朝鮮も加えた3か国で協議を進めると盛り込まれた」
(産経6月7日)
中国海軍、北朝鮮常駐の動き 日本海で艦船5隻が1カ月活動 中朝会談で港湾使用議題に - 産経ニュース
また非核化などは議題にすらならないでしょう。
習近平にとっても北の核は脇腹に突きつけられた銃のようなもので不愉快きわまりないものでしょうが、彼らが死んでも手放なさないことは分かっているはずです。
中華皇帝たる習近平のほうから北に出向いたのは核があったからだ、くらいに正恩が思ってもなんの不思議もありませんからね。

































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