山路敬介氏寄稿 沖縄県知事選選考は沖縄保守再生につながるのか その1

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山路敬介氏から論考を頂戴いたしました。ありがとうございます。3回分割で掲載させていただきます。 

なおタイトルは編者がつけたものです。 

                                              ~~~~~~~~~ 

沖縄県知事選選考は沖縄保守再生につながるのか その1
                                                                                     山路敬介


今回の保守系候補者選びほど不透明なことはなかった
 

来る11月(翁長知事途中辞任による前倒しの可能性も大であるが)にせまる沖縄知事選の自民党候補者選考に重大な動きがありました。 

選考委員会は佐喜眞淳氏に決定のうえ知事選出馬の正式要請をし、佐喜眞氏も「前向きに検討」としています。

Maxresdefault佐喜眞淳氏

私は5月上旬よりの選考委員会の議論の様子を探るべく、色々な伝手をたどって話を聞きまわっていたのですが、この「委員会」はガードが堅く、一般の自民党県市議の間からですら報道直前までそれぞれの意中を聞かされるにとどまり、経緯を含め大した情報が得られませんでした。 

そうこうするうち、相変わらず委員会が開催されない中であるにもかかわらず、六月下旬に唐突感をもって宜野湾市長の佐喜眞淳氏の名前が報道によってまず取りざたされ、佐喜眞氏本人も十分な意欲を持って臨んでいるらしいとのニュースが一斉に流れました。 

今ふり返れば、その報道は自民県連が報道を利用した観測気球だったのであり、保守系一本化を佐喜眞氏で一般に既成事実化するべく企図した目論見であった事は誰の目にもはっきりしました。 

重要な選考委員の一人である下地宮古島市長は「勝てる候補を考えた。佐喜眞ありきではなかった」し、安里氏を予め排除したものでもないように言いますが、到底そのようには信ぜられません。 

もしそうなら、誰がいつ佐喜眞氏を知事候補とするべく決定し、「出ない」と言っていた佐喜眞氏はいつの時点でなぜ出馬する事にしたのか、この点をさっぱりと説明すべきです。

沖縄自民党の「三つの懸念」
 

候補者選定について自民県連は当初は「5月末まで」とし、その後「6月中の決定予定」として、さらに「7月上旬にも」と言うように結論を延引した理由はそれぞれ違いますが、その理由は三つありました。

ひとつは宜野湾市長の後継問題。
 

もうひとつは、一本化の至上命題に対して一般のコンセンサス形成に対処するテクニカルな部分から。  

最後のひとつは、一番槍で意思表示していたにもかかわらず、確たる理由も明示されずに自民党推薦を得られない事になる安里繁信氏の独自立候補を阻止する事。 

32070973_239711103451265_8411615023安里繁信氏

これが佐喜眞氏や自民党が「最終受諾」までに繕うべき佐喜眞氏自身の言葉で言うところの、「環境整備」の内容です。

宜野湾市長後継問題は翁長政俊氏に決定し、報道を利用した既成事実化の応用が功を奏して議員連中や長老・自民党員からも表立っての異議は出ていません。
 

前者二つの問題はクリアして粛々と進んでいけるメドが立派に立ちましたが、最後の問題は小さくはありません。 

安里繁信氏はいかなる意味でも、「泡沫候補」ではないからです。

佐喜眞氏は報道に対して今だに「後援会が~」云々であるとか、「市議会与党と相談」というように正式受諾をしていない理由を答えていますが、そのような段階はとうに過ぎています。

最後に残る問題は「安里繁信対策」です。 そこを円満に解決して初めて正式な出馬表明としなければならないと考えるのが彼の必須要件で、そこから一気に宜野湾市長選に向かいたい意向なのでしょう。

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オール沖縄系候補は誰か?
 
現在のところオール沖縄系県政与党はこぞって「二期目も翁長知事」と声を揃えますが、それは十中八九あり得ません。

革新系のラジカルな方面では水面下で様々な意見が出ていますが、全体として翁長知事に頼りきりなのが現状で、統一候補も結局は翁長知事の指名という実質に落ち着くと思われます。

県庁筋の話では謝花喜一郎副知事が最有力であるとの見方が大勢で、それが最も自然な流れであると思います。

辺野古阻止だけが翁長氏の妄念なのですから、そのための実務も戦略さえも担う謝花氏が翁長知事の意を継ぐ最適格者なのは当然だと思います。

また、元々「そうした含みもあっての副知事就任」だったと言う重要な翁長支持者もあり鉄板とまでは行きませんが、ここは固い予想ではないかと思います。

それでもこのままでは知事の姿勢を存続させる事が危ういとの認識はあるようで、知事選を目当てに県民投票や撤回をどういうふうに仕掛けるか、そこのあたりが最も腐心のしどころと考えているようです。

そこを練るのもまた謝花氏の手腕に託されていると言え、すでに影の県知事相当なのではないか、と揶揄している職員もあるようです。
                           

                                                                                             (続く)

※関連記事 「翁長氏を継ぐのは誰か?」
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-aa06.html

※管理人から

フランスが優勝しました。おめでとうございます。

前半なんどとなく押し込まれてからの勝利。見事でした。若いチームを率いたデシャンは、これでサッカーの神殿の座入りすることになるでしょう。

クロアチア、まさに最後の力を出し切って倒れました。
いくどとなく続く延長PKを征して、他のチームより丸々1試合多く、しかも中3日という悪コンデションに屈しませんでした。素晴らしいルーザーです。
いやある意味で、勝者より記憶にとどめられるべき強者たちだったのかもしれません。拍手。

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日曜写真館 光の中の蘭

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「赤坂自民亭」と、現在の国家危機管理システムについて

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くだらないので、あまり書きたくないテーマだったのですが、延々とまだやっているのでいちおう触れておきます。 

メディアはここぞと責めて、復旧・復興に尽力している政府の足を引っ張りたいようですので、しゃーない。 

やりたくないというのは、西日本大水害がなぜこれほどまでに大きな被害となったのかの原因究明になんの役にも立たないからです。 

なんども書いているように、このような大災害を狭い政局に絡ませるべきではありません。 

かつての東日本大震災時に、当時野党だった谷垣自民党総裁がいち早く政治休戦を呼びかけたのは、危機における判断としてはまったく正解でした。 

大きな災害に際しては、政府は国家的リソースを全部投入する必要があります。

ですからその権限をもっている政府に一任すべきで、政治意見の違いを一時凍結すべきであって、救援フェーズに政局の入り込む余地などはないのです。

ところが野党に転落した旧民主党諸雑派は谷垣政治休戦の前例に則るのかと思いきや、これがゼンゼンないんだなぁ。 

さて7月5日夜の「赤坂自民亭」のことですが、敵失とばかりに沸き立った野党はやったぜとばかりに浅ましくこのネタに飛びつきました。 

立民の蓮舫氏の発言です。 

「(5日夜に自民党議員が議員宿舎で酒席を開いたことについて)まず驚いたのは(安倍晋三)総理も出席していたことだ。気象庁が8日にかけて歴史的な豪雨になるという警戒を呼びかけていた夜だ。(略)
そして楽しそうに宴の写真が出回ったときに、まさかと思いました。責任感があまりにも欠如しているとしか思えない。これは言い繕えないと思います」
(朝日7月10日)
 

ご承知のように、こんなことを国会で騒ぎ立てた瞬間、足元で地雷がチュドーンと炸裂してしまったのは痛ましい限りでした(苦笑)。 

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国会で質問にとりあげるくらいだったら、自分のところの幹部の動向くらい調べてからにしなよ、というところです。 

蓮舫氏や辻本氏が同じブーメラン芸を繰り返すのは、「正義を糾す権利はただひとり自分だけが持っている」という特権的な思い込みがあるからです。

自分にはすこぶる甘く、他人には過激に厳しい。

絶対正義の立場は我にありとばかりに他者を糾弾すれば、じゃあ、あんたの手袋は白いのと問い返されて、毎回毎回マメに自分の掘った穴に自分で落ち込むことになってしまいます。 

蓮舫さん、こういう独善的な他者糾弾型政治スタイル自体をやめないかぎり、まだまだブーメランは続きますよ。 

それはさておき、今回もまた「言い繕う」もなにも、同じ5日夜、立民の枝野、辻元、蓮舫、長妻などといった立民の幹部たちが、同党のパーティに出席して、酒を呑んでいたことが判明してしまったのはご愛嬌でした。 

くだんの蓮舫氏など、こともあろうに乾杯の音頭までとっていたというおまけつきです。

これは「言い繕え」ませんね、蓮舫さん。他人を糾弾するなら、自分の日程くらいチェックしてから言いなさいよ。

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え、オレら立民のは政治パーティで政治活動だから、自民党とは違うぞって。ご冗談を。 

自民党の議員が議員会館で集まって懇親会をすれば、それもまた政治活動の一環であることは一緒です。 

しょうがないよね、立民さん。あなた方も5日の夜にこんな大災害になるとは思ってもいなかったのでしょう。 ただし、そんなこと、自民も一緒でしょうに。

5日夜の段階で、西日本災害を予見できたものはひとりもいなかったのです。

メディアとてまったく同じで、明けて6日の朝から夜まで、大雨は片隅に追いやられて、麻原死刑執行一色でした。 

朝日6日の1面大見出しは、「東京医大理事長が不正合格決定」ですし、大災害を匂わせるようなものは、社会面の「列島各地に大雨のおそれ」ていどのものです。

なーんだ、オレはわからんかったが、アベは分かっていろということですか。ご都合主義なことよ。結果から見ればなんでも言えます。

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ところがメディアときたら、自分だけ口をぬぐって自民のみが予知能力を持っていねばならないとガナるんだからなんともかとも。 

ところで、あの5日の夜は確かに大雨特別警報発令の前日でした。既に警戒情報が出されていましたし、死者も少数ですが発生していました。

野党とメディアはこんな時期には、与党議員はどこかで待機していろということのようです。

え、していましたよ。

この時、自民の議員たちはどこで懇親会をしていたのでしょうか。 ホテルや料亭ではなく、質素にやろうと議員宿舎でやっていたのです。

この議員宿舎は、官邸や各省庁に速やかに行くことが可能な距離の場所にあります。 

いいかえれば、議員宿舎に首相以下の与党議員がいたことは、「議員宿舎に待機していた」とも考えられるのです。 

これは私の牽強付会の意見ではなく、危機管理の専門家である小川和久氏も同じ趣旨のことを述べています 

「待機状態だったというのは、誰も外の飲食店に出かけたのではなく、所掌の閣僚は必要な指示などを出したあと参加していたこと、連絡があればすぐに動ける態勢にあったことで説明できるでしょう」(『NEWSを疑え!』第695号(2018年7月12日号) 

おそらく、各大臣には省庁から派遣された秘書官が同行していたはずですから、災害担当セクションの大臣には、時々刻々と情報が届けられていたはずです。 

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では首相の女房役であり、危機管理対応の要である菅官房長官はその時どこにいたのでしょうか。

菅氏がいまや自宅にしてしまっているような首相官邸なはずです。もちろん彼はこの懇親会に出席していません。

たぶん首相官邸の危機管理室にいたと思われます。官房長官は首相不在の外遊時や地方遊説なとの時は、必ず官邸に待機しています。

そこでこのような大災害の危機管理は、どのようなシステムになっているのか見てみましょう。 

これについて宮家邦彦氏が、voice8月号の巻頭論考でふれた箇所があります。 

現在、東日本大震災や福島第1事故の苦い経験を踏まえて、危機管理体制が抜本的に刷新されています。 

宮家氏によれば、かつては関係省庁の事務次官や幹部が互いに連携せずに総理・官房長官に勝手に情報を上げていました。 

今回のような大水害ならば、国交大臣は国交省派遣の秘書官から、防衛大臣は防衛省の職員から情報が伝わり、首相や官房長官には全部の官庁からバラバラに上がってくる情報を聞かねばならないという仕組みだったようです。 

大臣レベルならまだいいのですが、こんなにバラバラと情報を上げられたらそれを統べる首相や官房長官は混乱します。 

官邸に上げられる内容も同一でないどころか、相互に矛盾することすらあったそうです。

こんな情報管理体制では、結局テンパった菅直人首相のような御仁の独走を許してしまう結果になります。 

現在、このような非合理的システムは大きく変わりました。それは2013年末に国家安全保障会議(NSC)が誕生したからです。 

「NSCは国家の安全保障に関する外交安全保障、自然災害などの突発的事項に関わる危機管理事案の棲み分けが進み、新規の国家安全保障局長と内閣危機管理監の協力・相互乗り入れが可能となった。
以前なら関係省庁がバラバラに説明した内容も、いまは省庁が総理・官房長官に説明する前に充分情報共有と政策連携を行う。これが昔ならかんがえられない手順と速度で進むのだ」(宮家 前掲)

たとえばつい先日の大阪直下型地震では

「これを官邸で仕切ったのは内閣危機管理監だろう。1995年の阪神・淡路大震災の時に、当時の村山政権は機能不全に陥った。霞ヶ関には教訓を生かしながら進化する官僚組織も少なくないのだ」(宮家 前掲)

今回は、首相が議員宿舎で懇親会をしていようとどうしようと、内閣危機管理監に率いられた関係各省庁派遣の職員は、各自治体・各省庁から上がってく情報を集めて整理し、それを一括して官房長官に伝達していたはずです。

このような進化した危機管理システムがあるからこそ、首相は外交日程をこなせるのです。

旧民主党系諸雑派の皆さんは、まだこのような危機管理システムが存在しない時代に政権についていた狭い経験しかもちません。

枝野さんや細野さんは当時官邸に居たから知っているでしょう。胸に手を当てて思い出してみましょう。

東日本大震災や・福島第1事故では、本来この危機管理の指揮を執るべきだった内閣危機管理監がいたにもかかわらず、助言すら求められませんでした。

最後まで内閣危機管理監は、その姿すら見えません。

本来、現場指揮を執るべき専門家集団の原子力安全委員会に至っては、菅氏から怒鳴られて萎縮してしまうといったありさまでした。

屈辱的体験をした斑目元委員長は、今になってこんなことを言ってウサ晴らしをしているようです。

おいおい、気持ちはわからんではありませんが、笑っている場合か。

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とにもかくにも結局、原発のシビア・アクシデントをズブの素人の首相が直接指揮するという恐怖の事態になってしまいました。

吉田所長の「抗命」がなければ、東日本は人の住めない地域に長期になったことでしょう。

このような「やってはいけない危機管理決定版」といった本ができそうな経験しか持ち合わせていない旧民主党系諸雑派は、なにがなんでも首相がいなくちゃならないと信じて疑わなくなってしまったのです。

現在の危機管理システムは、国家の危機管理は旧来の属人的なものから切り離され、危機管理の専門家が指揮するリスク・マネージメントに切り替わっています。

したがって、首相がいなければ動かないようでは困るのです。 

首相が危機管理においてやるべきことは、あまりありません。トータルな責任をとることだけといっていいくらいです。

首相の政治力が問われるのは、むしろ災害後の復興局面なのです。

まぁメディアのほうは、危機管理などという高次なことを言っているわけではなく、あの懇親会の笑顔が不謹慎だ、酒呑んで指示をだしていたのかけしからん、早くアベを辞めさせろということだけです。

ちっとも進化していませんなぁ。

ならば5日夜から民放はCM止めて、お笑い芸人のオチャラケ番組なども放送中止、そして東日本大震災の時のように公共広告機構一色にするのですね。

 

 

 

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小田川合流視点はなぜ決壊したのか ?その歴史的背景を探る

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コメントを頂戴しました決壊した倉敷市真備町の小田川合流点について、もう少し考えていきましょう。 

この合流点は、たびたび洪水を引き起こしています。それはこの地点の地形と歴史をみれば理解できます。

「国交省岡山河川事務所によると、高梁川は小田川との合流後に大きく湾曲しており、大雨による増水時には小田川への逆流が起きるなどして水位が上がりやすい特性がある。合流点付近では1970年代以降、たびたび洪水が発生しており、今回の決壊も合流点で水が流れにくくなったことが影響した可能性がある」
(山陽新聞7月10日)

http://www.sanyonews.jp/sp/article/748479/1/?rct=area_syuyo 

この河川合流点は人工的に作られているのです。元々の川は、今は柳井原貯水池になっている場所を流れていました。 

柳井原貯水池は、下図の中央下に見える胃袋のような形をした溜め池です。 

20180710095708http://gentleyellow.hatenablog.com/entry/2018/07/10/151023

この柳井原は、江戸時代から決壊を重ねた場所で、明治期に堤防を建設しようとした地点です。 

しかし、その事業をするうちに、いっそこの堤防を閉め切って溜め池の堤にしてしまったほうが、農業用水にも利用できるし、一石二鳥だと考えたようです。 

そして合流点を付け替えてしまいました。結果的にはこれが仇になります。 

支流の小田側が本流の高梁川に合流するのですが、本流のほうが支流より水位が高くなって、支流の小田川の水をブロックするバックウォーター現象が起きてしまったのです。 

これも国交省は分かっていました。下図は国交省の「高梁川の概要と課題」(平成19年11月5日)という文書です。 

Photo高梁川の概要と課題https://www.cgr.mlit.go.jp/okakawa/kouhou/seibi/takahasi/files/1st_katarukai/08_siryo03.pdf 

この文書の中の「その地点の水位が高くなって流量能力が最小となる」という表現が、バックウォーター現象を指しています。 

国交省も呆然とこの危険性を見過ごしていたわけではなく、改修案を国交省「高梁川水系河川整備計画」(平成29年3月)として公表します。
https://www.cgr.mlit.go.jp/okakawa/kouhou/seibi/takahasi/files/8th_katarukai/08_siryo04-2.pdf 

●国交省「高梁川水系河川整備計画」
(1)高梁川からの背水影響による水位上昇
①小田川との合流地点の付け替え
②固定堰の改築
(2)小田川の河積不足
①河道の掘削
③河道内にある樹林の伐採
 

この国交省の案に対して、共産党が反対運動を起こしました。
共産党倉敷市議員団http://jcpk.sakura.ne.jp/dan/archives/2007/11/post_340.html 

共産党は付け替え工事に反対し、河道の掘削だけで対応する反対論を出して抵抗しました。 

この共産党の反対論は、水利の常識に反しています。

共産党の言い分は、ただ河道を深くするだけということで済ませようとしているわけですが、これでは水量がかえって増してしまい、水の運動エネルギーはそのままの勢いで小田川の狭いボトルネック部分に突入してしまうことになるからです。 

つまり、共産党案はかえって水害をひどくする愚案にすぎないのです。

実は、それ以前にも、改修案は旧建設省時代からなんどとなく挫折を繰り返してきました。

改修工事の時系列は以下です。

・1968年旧建設省柳井原堰建設計画を発表
・1972年実施計画に着手したが、地元の反対で中断。以後膠着常態
・1995年船穂町は国、岡山県が「同町振興計画」に協力することを条件に同意

なんと半世紀前からこの地点の危険性を国は分かっていて、その改修工事を1968年に計画を公表しています。 

1997年4月柳井原貯水池を堰として利用する『高梁川総合開発事業』が着手
2002年12月
(小泉内閣)
水道需要の低下などを理由に『高梁川総合開発事業』の中止が決定。ただ、「高梁川並びに小田川の治水対策は必要」との今後の方針が定まる
2007年8月
(第1次安倍内閣)
『高梁川水系河川整備基本方針』が策定される
2007年11月
(福田内閣)
国交省が第1回『明日の高梁川を語る会』で「柳井原貯水池を利用した小田川合流点付替え案」を公表。共産党倉敷市議団が「地元の反対」を理由に反対運動を始める
2010年10月
(菅内閣)
『高梁川水系河川整備計画』が策定される
2014年
(第2次安倍内閣)
国交省が事業を予算化。事業が動き始める
2017年河川整備計画(変更原案)が作成。公聴会などを経て、事業評価監視委員会に報告される。2018年秋に着工予定

 この旧建設省案も、反対運動で挫折しています。 

「小田川を巡っては国が1968年、周辺市町の都市用水確保と治水対策のため、柳井原貯水池を小田川のバイパスとした上で同貯水池内に柳井原堰を建設する計画を発表した。
しかし「堰を造れば基礎部分にコンクリートが打ち込まれ、地下水が枯れる恐れがある」といった地元の反対などもあり、事業の方向性は二転三転。
最終的に岡山県が2002年、水の需要減を理由に堰の建設をやめて小田川の治水を中心に事業を進めるよう国に要望、国が中止を決めた経緯がある」(山陽新聞前掲)

この第1次改修計画の反対運動については「地下水が枯れる」という山陽新聞の上述のような記載しかありませんので、実態は不明です。

そして2007年からの第2次改修計画もまた、先に述べたように共産党などによって阻止される運命になります。

「避難所にエアコンがついたのは安倍が来訪するからだ」というような馬鹿なデマを流している者が共産党界隈にはいるようです。
https://twitter.com/asunokaori/status/1016857066923687936

しかし、私にはそんなことより、なぜこの地点が決壊したのか、どうして改修工事が遅れたのか、そして共産党は何をしたのかに思い致すことをお勧めします。

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またこの時代背景に、民主党政権の最大公約だった「コンクリートから人へ」政策があったことはいうまでもありません。

その理由は、公共事業で削った財源を、子供手当てなどの人気取り政策に突っ込みたかったからです。

そのために民主党政権時の2013年の国内治水総事業費は、ピーク時1997年(平成9年)のわずか33.8%まて落ち込んでしまっています。

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よく水害があるたびに、スーパー堤防だけがとりあげられますが、民主党政権は公共事業費を大幅に削減し、当時進行していたダム、堤防の建設の多くを精力的に葬っていきました。

八ッ場ダムのように民主党が直接手を下さないまでも、この小田川合流点改修工事のように、民主党議員が大臣となった国交省は萎縮して、計画中の公共工事を積極的に進めることを止めてしまいました。

この小田川合流点改修工事も、2007年の第1次安倍政権時に策定されたまま、10年間も店晒しにされてしまいました。

そして第2次安倍政権となった今年秋、ようやく工事道路を作ることが始まった時点で、とうとう恐れていた決壊をみてしまったのです。

その意味で、私たちはこの民主党政権の負の遺産のツケを今、払わされているともいえるでしょう。

 

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西日本大水害 真備町の小田川決壊は予想されていた

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今回の西日本大水害でもっとも大きな被害を出した倉敷市真備(まび)町の小田川について、あの決壊した部分は改修予定に入っていたことがわかりました。

この真備町一帯だけで1200ヘクタールが浸水し、約3500人が避難しています。現在も懸命の復旧がなされていますが、冠水状況が続いています。 

それを伝える朝日新聞(7月8日)です。やや長いですが、引用します。 

Yjimagejpg2https://www.asahi.com/articles/ASL7956K2L79PTIL02N...

「住宅地が大規模に冠水した岡山県倉敷市の小田川の決壊は、高梁川との合流地点付近が湾曲して水が流れにくくなっているため、水がたまって、上流側の水位が上昇する「バックウォーター現象」が原因とみられると専門家は指摘している。水害の恐れが高く、河川改修の工事が計画されていた。岡山大の前野詩朗教授(河川工学)は「改修後であれば洪水は防げたかもしれない」と話した。
前野さんによると、家の2階部分まで浸水した
倉敷市真備町は、地区の東側を高梁川、南側を小田川に囲まれている。川の合流地点は湾曲しているうえ、川幅も狭く水が流れにくい。流れなくなった水は勾配が緩やかな小田川のほうにたまりやすく、決壊したとみられるという。一度浸水すると排水されにくく、浸水地域の水位が高くなりやすい。倉敷市が作ったハザードマップでも、今回浸水した地区のほとんどを2階の屋根ぐらいまで浸水する5メートル以上と予測していた。
 
国土交通省の資料によると、合流地点付近では1972年や76年などにも浸水が起きている。前野教授は「今回は過去最大級の被害だ」と話す。国交省によると、洪水を防ぐため、高梁川と小田川の合流地点を、湾曲している部分よりも下流側に付け替えて水を流れやすくする工事が計画されていた。今秋には工事用道路の建設を始める予定だったという。合流地点を下流に付け替えることで、小田川の水位が数メートル下がることが想定されていた」

As20180709005171_comm朝日新聞 前掲 

つまり小田川がここで決壊したのは、高梁川との合流点に当たっていて、その部分が狭くなっていたために推量が制限されて、急激な流水量の変化に対応できなかったためにでした。 

これをボトルネック現象と呼びます。 

220pxボトルネック - Wikipedia 

倉敷市はこの小田川-高梁川合流点の危険性を充分に知っており、国交省に改修を10年間に渡って再三要請していた曰くつきの地点でした。 

国交省もこの地点の危険性を見逃していたわけではなく、2014年3月には改修工事予算をつけるための計画段階評価をしています。
『平成26年度予算に係る河川事業の計画段階評価』(国土交通省HP) 

この評価文書をご覧いただきたいのですが、最上段が「治水安全度」、つまりは目的ですので、やらねばならないという合意は明確にあったと思われます。 

次ぎに、真っ先に検討対象になったのは2番目の「コスト」です。「完成までに要するコスト」には4種類あって、①410億円②350億円③420億円④280億円となっています。 

「実現性」という欄には、その問題点が記されていますが、最大の問題は立ち退きを要求される160戸の所帯に対する補償だったことがわかります。 

下の航空写真を見ると立ち退き予定地域には、多くの住居があるのがわかります。この住宅の立ち退きと新たな住居の選定などがネックだったようです。 

PhotoGoogle Earth  

結局、採択されたのは以下の文書に記されています。
『平成26年度予算に係る河川事業の新規事業採択時評価』(国土交通省HP)

ひとつ上の計画段階評価で最も安い④の280億プランが2014年(平成26年度)に予算がついたことがわかります。 

最もコストが削減されたといっても、上の航空写真で見える膨れた部分の更に上から、改修を始めて下流まで伸びる大規模なものです。 

工事期間は、2016年から2028年ですから、12年間に及ぶ大規模なもので、「今秋には工事道路が開始される予定」(朝日前掲)だったようです。

しかし自治体が2014年以前に危険を認識し、国も改修合意したにもかかわらず、まだ工事道路すら出来ていなかったというのが現実だったわけです。

なぜでしょうか?

理由は明らかです。緊縮財政のために予算が削減されたためです。

この倉敷市小田川のようないつ決壊しても不思議ではない川を、なんと12年もかけてトロトロと工事すること自体が異常なのです。

このような明らかな危険箇所は、単年度予算でチビチビするのではなく、建設国債を使って一気に改修してしまうべきでした。

日本には豪雨があれば決壊する河川、山津波を起こす可能性がある山は無数にあります。

そして今回のような異常豪雨は今や常態化し、待ったなしなのです。 

治水は国が国民の安全と財産を守るための根幹事業です。全国的に危険箇所を徹底的に洗い出し、その財政措置を含めて抜本的に見直さねばなりません。

それを怠れば、また多くの人の命が奪われます。

このような状況の時に、豪雨の前夜、自民が宴会をしていた、いや立民もやっていただろう、という低次元なことに、お願いですから眼を奪われないで下さい。

この西日本大水害が教えることは、そんなところにはないのですから。

 

謝辞   ニッポン放送飯田浩司氏にご教示いただきました。感謝致します。  

 
 

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西日本大水害について考える

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西日本水害は大きな被害をもたらしました。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。 

まだ非常事態は終了していません。いまだ救援を求めている方々がいるということを頭において、議論すべき時期です。 

やるべきことは、国が持っているリソースをすべて投入することです。 

逆にやってはならないのは、「強いリーダーシップ」をアピールしたいばかりに緊急対応している現場の足を引っ張るようなパーフォーマンスをすることです。 

私は東日本大震災と福島第1事故、そして常総水害も肌で知るひとりですが、この時期首相にして欲しくないのは、不必要に現場に来ることです。 

たとえば、まさに1秒も惜しかった福島第1に用もないのに「視察」に行った某首相や、口蹄疫が感染拡大している時期に、メディアを引き連れて「視察」に行った某宮崎県知事のようなパーフォーマンスは絶対にやってはいけません。 

無用どころか有害です。

エライさんが行けば、必ず警護などで本来は救援に向けられるべきリソースが削られ、取材するメディアが救護活動を遅らせるからです。

はっきり言って、今の状況で被災地を選挙区を持つ議員以外、国会議員にできることは情報の収集くらいなもので、特になにも期待されていません。 

対応に当たる所轄の大臣や官僚の足をひっぱらないで、通常の国会議員の仕事に励んでいただくのか最上です。

ついでに言えば、コメントでSiさんが述べていたように、首相すら外交日程をこなしていただいていっこうにかまいません。

首相にできることは、防災担当の大臣や官僚の決定に対して責任をとることだけであって、情報収集や指示なら、政府専用機からでもできます。

首相が前夜に自民党でコンパをしていたからどうのというのは俗耳に入りやすい事柄ですが,そもそも首相がいないと動かないような危機管理システムなら、根本的におかしいのです。

倫理的にはとやかく言われるのはやむを得ませんが、決定的に重要なことではないのです。

東日本大震災において民主党政権はいち早く政府対策本部を立ち上げたのはいいですが、ほとんど見るべき動きをしませんでした。

今回も立民は政府より早かった自慢していますが、野党の対策本部でいったい何をするんですかね。

首相の政治力が問われるとすれば、災害の初動が終了した後の復興局面で、どれだけ復興予算を投入できるかということです。

「外遊」などという物遊山を思わせる言葉を使うからおかしくなるのであって、EU側から調印式に日本へ出向いてくれるというほど、ETA署名式は重要なことだったのですよ。

かつて福島第1事故のときに、錯乱した首相が現場指揮に過剰な介入をしたため、かえって事故の収拾を遅らせたことを忘れないでください。

災害マネージメントは専門部署が当たる、政治家は余計な介入はしない、責任だけを引き受ける、これでいいのです。

その意味で、安倍氏が被災地を視察することは、初動期が終わったとはいえ、けっして評価できません。

被災地に行って見ねばわからないことは限りなく少ないのであって、官邸の危機管理室で充分に収集できることばかりのはずです。

野党はまだ因果関係が不明なうちから政治責任を言い立てているようですが、政党に限らず国民もまた、このような災害の政治利用は止めて下さい。 

安倍氏批判はけっこうですが、それを自己目的化したような言論は、ひまな平時にやって下さい。 

逆にこのような大規模水害があると、かならず定番のようにかつての民主党政権時の事業仕分けでスーパー堤防の予算が削られたことがあげつらわれますが、これもまた野党叩きに終わらないようにしていただきたいと思います。

とまれ、災害を政局に絡ませると、原因究明がおろそかになります。

おそらく、この大水害の原因は多く存在します。 

たとえば、今分かっている範囲で原因と考えられるひとつがダムの放流です。 

Photo産経https://www.sankei.com/west/news/180710/wst1807100074-n1.html 

「肱川上流にある大洲市の鹿野川ダム。安全とされる放流量の基準は毎秒約600トンで、超えると家屋への浸水の可能性があるとされている。
同市などによると、台風7号が九州に近づいた3日から基準の約600トンを上限に徐々に放流を開始。7日午前5時半には雨量が増し、上限を毎秒約850トンに引き上げた。午前7時すぎにはゲートをほぼ開いたままにせざるを得ず、午前9時ごろ、川の水が堤防を越え始め、放流量は最大毎秒約3700トンに達した」(産経7月10日)
 

今ひとつは、バックウォーター現象です。 

1998f42797d206225ff0cf7c1f9d1b9b_15産経前掲

「岡山県倉敷市真備町地区では高梁(たかはし)川の支流で5カ所の堤防の決壊が確認されたことが分かった。専門家は、決壊の一因として、豪雨などで水位が高まった川が支流の流れをせき止める「バックウオーター現象」が起きた可能性を指摘している」
「岡山大の前野詩朗教授(河川工学)は「高梁川と小田川の合流地点は、直後に高梁川が湾曲して川幅が狭くなるボトルネック構造で、水位が高めだった。豪雨で水かさが一層増したことによりバックウオーター現象が起き、小田川の堤防を決壊させた可能性がある」と指摘した」(産経前掲)
https://www.sankei.com/west/news/180710/wst1807100074-n1.html

今の段階では、大枠で緊縮財政のしわ寄せによる「人災」という言い方はできますが、それはもっと原因究明が進んでから因果関係が確定するものです。

現実には、気象庁は極めて早い段階で避難指示を出しており、自治体と連動して動いています。

自衛隊の災害派遣も的確に進められており、全国規模の自衛隊が災害派遣に投入されています。

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いずれにせよ、今回のように梅雨前線の異常な停滞によって、このような大規模災害が起きてしまうことが分かりました。 

実はこれはとっくに分かっていたことで、日本は世界でも稀な自然災害が多発地域に属しています。 

とはいえ、わかっていながら手を打ってこなかった歴代の政権を、いま責めてもせんないことです。

むしろ今後、このような異常気象があるたびに多くの犠牲者が出るのはどうしてなのか、どうやったら防げるのかを真剣に問うべきです。

いま、被災地以外の国民にできることは、余計なことをしないことです。

同情するあまり被災地に頼まれもしないものを送ったり、勝手にボランティアにいくことは、かえって混乱を招く結果になります。

できることは、心の支援と寄付だけだと思いましょう。

繰り返しますが、まだ、呉市のようにとり残されて孤立している地域も存在します。

電気・水道が復旧していない地域も多数あります。

このような地域で求められているのは、救援物資だけではなく正しい情報です。徒に不安を煽り、政府不信を増長させる言動は控えて下さい。

なお、寄付の受け付けには以下があります。

・平成30年7月豪雨緊急災害支援募金(Yahoo!基金)
https://donation.yahoo.co.jp/detail/1630036/

 

 

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北朝鮮 「強盗のような非核化要求」と発言

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西日本大水害について、もう少し状況が判明したら書きたいと思います。この大災害は、財務省の緊縮財政による当然の帰結であって、人災の要素を強く持っています。 

さて、やはりと言えばやはりですが、正恩は世の中をナメているようです。 

いつかこんなことを言い出すと思っていましたが、まさかのっけからやらかしてしてくるとは思いませんでした。 

「北朝鮮は7日夜、ポンペオ米国務長官との2日間にわたる非核化協議について、米国側の「強盗のような」態度を非難した。同長官はこれに先立って記者団に対し、平壌での協議に関して「誠実な交渉」と語っていた。
北朝鮮外務省の報道官は朝鮮中央通信を通じて英語での声明を発表し、米国が過去の政権が求めたのと同様の提案を行い、混乱を生じさせたと指摘。
北朝鮮の評価はポンペオ長官と非常に異なっており、専門家が懸念するように、両国の非核化協議での目標が依然かけ離れていることを示している。
北朝鮮は声明で、米国が「一方的で強盗のような非核化の要求だけを持ち出してきた」と指摘。米国が「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」を求めているのは、シンガポールでの米朝首脳会談の精神に反したとしている。
声明はまた、両国の信頼関係が現在危険な状態にあり、同国の非核化のコミットメントが揺らぐ可能性があるとしているが、北朝鮮はトランプ大統領を依然信頼しているという」
(ブルームバーグ7月8日 太字引用者)

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-07-07/PBIR3KSYF01S01

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なぁに言ってるんだか(苦笑)。

交渉渉相手国の外務大臣にご足労かけておいて、「お前の要求は強盗だ」というのですから、恐れ入りました。 

北にそもそも論を言ってもせんないのですが、国連決議に違反して核を開発しておき、さらには「非核化」を首脳間合意した後になってから、「その要求は強盗だ」というのですから、倒錯するにもほどがあります。 

こんなことを外務当局が後から声明で言うくらいですから、似たようなことを北は会議で言ったのでしょうね。 

ポンペオはこんなことを私的な場で漏らしたそうです。 

北朝鮮の指導者が核兵器をあきらめることを疑うと言っている。 最近、兵器施設を解体することからほど遠い隠蔽行為を北朝鮮は拡大しており、われわれは情報機関によって、北への疑惑を強くしている」(仮訳 NYタイムス7月7日)
https://www.nytimes.com/2018/07/07/world/asia/mike-pompeo-north-korea-pyongyang.html

先日記事にしたように、北は米国をナメているのか、それともただの馬鹿なのか、公然と核関連施設を稼働し続けています。
関連記事「北の怪しい兆候」http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-bf65.html 

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とはいえポンペオは馬耳東風とばかりに、公式にはこんなことを日米韓で再確認しています。 

「韓国と米国、日本の外相会談が8日、東京で開催された。河野太郎外相は会談後に開かれた共同記者会見で、北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求める方針を再確認したと明らかにした。(略)
「完全な非核化は完全な核物質の廃棄だ。これは明確に定められている目標」と強調。「北はこうした決議を完全に履行しなければならない」としながら、北朝鮮が完全な非核化をするまで国連安全保障理事会の制裁を維持しなければならないとの認識で3カ国が一致したと述べた」(韓国聯合7月8日)

米国の基本方針であるCVDIと非核化が達成されるまで国連安保理の制裁決議は続けることは、不変であるから、日韓外相よ安心してくれ、ということです。

ま、韓国のカン・ギョンファ(康京和)は内心ではチェッと思ったことでしょうね。

ほんとうは韓国は北への制裁など、明日にでも止めたくてうずうずしているからです。

米国の怖い眼がなければ、開城工業団地の再稼働なんて今週にでもしたいくらいなんですから。

どうやら北は瀬踏みをしているようです。中国がバックについているという安心感からか、いくら米国の鼻先をなぶっても大丈夫と思っているようです。 

北の浅はかな考えは、とっくに米国が研究済みです。 

米朝首脳会談においての共同声明文にCVIDの文言がなかったことを最大限使って、「段階的非核化」をするつもりでしょう。 

「段階的非核化」は、非核化という名が被っていますが、言葉にダマされやすい日本国民は勘違いしないでね。これは「永遠の非核化ゼロ」のことですから。 

北にとって、ともかく交渉場に大統領を引き出し(正恩からみればそうなるというだけのことですが)、一つずつ小さい妥協をするごとにその見返りを要求していくという寸法です。 

たとえば、弾道ミサイルの移動式発射装置の工場の稼働をちょっと止めてみせるとか、核濃縮プラントを再稼働するのをこれまたちょっと止めて見せるなんていうような小技を繰り出して、そのつど見返りとして制裁解除とか、朝鮮戦争平和条約なんかをおねだりという手法です。 

朝日などのメディアは、「力強く非核化の道へ前進」とばかりに大喜びしてくれますから、最終ゴールの米朝国交回復にまでジリジリと進んでいくわけです。 

米朝国交正常化とは、その前提として北に対して米国が「体制の安全を保証」(セキュリティ・ギャランティ)をせねばなりません。 

これは「朝鮮半島の非核化」と同義語ですから、米国が朝鮮半島に核を持ち込みたくてもその拠点がない状態でなければなりません。 

つまりは、在韓米軍の撤収です。 

と、このようなことが北の目論見ですが、では、なにが抜けていると思いますか? 

そう、「段階的」もなにも、北がどこにどれだけの核兵器を保有しているのか、どこでどのような核物質を製造しているのか、ぜんぜんわからないじゃないですか。 

つまり北の核の申告と検証という、最も重要な「査察」という工程が欠落しているのです。 

査察なしでは、北が秘密裏に核を温存させることがじゅうぶんに可能になります。 

今、北があちこちで核施設を稼働させたり、弾道ミサイルの移動発射装置を動かして見せているのは、ただのフェイントではなく、これも新たな交渉材料にしたいスケベ心です。 

「強盗」うんぬんの妄言も同じ範疇です。

正恩さんに老婆心ながら、ご忠告しておきます。

あなたの国は常日頃、共産主義国家とコリア口撃文化特有の伝統で、汚い言葉を使い続けた習慣がありました。

教祖のマルクス翁の口の汚さは有名でしたし、あなたのオジィさんもお父上も罵倒語の大家でした。

それが許されたのは、利害関係が絡む近隣国とは国交がなかったからと、もうひとつは「北はおかしな国だから」というマイナス評価が定着していたからです。

それをいいことに、とくに日本と米国には言いたい放題でした。「火の海にしてやる」とか、「海に沈めてやる」みたいな精神鑑定の要ありの発言を連発していましたっけね。

要は、子供じみた甘えです。しかし、シンガポール会談以後は違います。

これは正式の米朝国交樹立に向けた助走だと、会談に出た正恩さんにはわかっているはずです。

外交関係は厳密なプロトコルによってがんじがらめになります。外交儀礼からはずれた所作や発言は、それだけで軽蔑の対象となります。

会談前にも米国首脳を馬鹿呼ばわりして、会談中止を宣告されたことをもうお忘れでしょうか。

今後、「非核化」協議を継続したかったら、口を慎むことです。

さもないと、トランプなら「強盗とまで言われて協議を継続する理由はない」なんて言い出しかねませんから、お気を下さいね。

クレージーなことを言ってみせて、もう北は我慢に我慢を重ねている、もうキレるぞ、キレたらコワイぞ、という伝統芸の瀬戸際戦術ですが、米国はちっとも怖くありません。

初めから「世界の警官をやめた」といっていた青瓢箪のオバマと違って、トランプなら本気で軍事オプションをやるかもしれないからです。

・・・と言っても、聞いてくれる相手じゃないですよね。

その場合に備えて、中国が妙に北の肩をもたないように、その出鼻を叩き続けているのが米中貿易戦争のもうひとつの顔かもしれません。 

 

 

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オウム事件を考える

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西日本大水害で被害にあわれた皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。がんばって下さい。

さて土曜日のオウムの記事は増築に次ぐ増築で、まとまりのないものになってしまいました。申し訳ありません。 

だいぶ前にオウム事件を調べたことかあったのですが、資料がどこかにいってしまって、ああもどかしいかぎり。 

そもそも一回で納まる問題ではなくて、そのうち機会があれば、もう少しまとめてみます。 

私が述べたかったことを要約すれば、このようなことになります。 

まず第1にオウム事件は、今世界を覆い尽くす勢いのISのような宗教テロの原型でした。 

ここをはずして議論しても始まらないと思うのですが、メディアの論調はこの観点をほとんどスルーしています。

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第2に、銃や爆弾、あるいはトラックなどを使うヨーロッパの宗教テロと、決定的に違うのはオウムが世界史上初めて大量破壊兵器を使用したことです。

その意味では、オウムはISをはるかに凌ぐ凶暴さをみせています。

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彼らはなんとウクライナで核兵器の物色に失敗しており、もし成功すれば化学兵器の使用と重なって、中沢新一氏のいうように「一万人、二万人規模の人間が死ねば、東京の霊的磁場が劇的に変化する」ことになったとみられます。 

もはやこのような大量破壊兵器を使用したテロは、ただのテロではなくもはや低強度紛争と呼ぶべきでした。

言い換えれば、オウムが引き起こしたことは、「事件」ではなく「戦争」なのです。 

これを矮小化して理解したのが江川紹子氏たちでした。江川氏や滝本氏にかかると、オウム事件は、ただの「カルト宗教の教祖の妄想に盲従した信徒の起こした事件」となってしまいます。 

そうではなくオウム事件は、大量破壊兵器を保有して低強度紛争を国家内から仕掛けてくる疑似国家からの宣戦布告ととらえるべきだったと思います。 

いわば北朝鮮のような存在を、日本が抱え込んでいたということです。 

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第3に、ではこの疑似国家は、どのような状況の中から生まれるのでしょうか。 

それが、オウムの理解不可能な「妄想」を解く鍵でもあります。 

そのヒントは、オウムがソ連崩壊と共に真っ先にロシアに上陸し、布教とともにロシアやウクライナ・マフィアと太いパイプを作っていたことからうかがえます。 

当時のロシアは巨大なソ連が崩壊することにより国家秩序が崩壊していました。 

ロシア市民にとって、共産党という「神」が崩壊した後に生まれた秩序崩壊で、新たな「神」を求めてオウムにすがりついた人たちが多かったと思われます。 

ここにISとの共通点が見いだせます。アルカーイダやISは、アラブの春によってできた秩序の崩壊の中から生まれてきました。

新たな「国家」は崩壊国家の焦土から生まれるという「革命幻想」は、このロシアでオウムの中に宿ったのです。 

松本や早川の眼には、当時の崩壊国家で知ったロシアのアナーキーな状況こそが、自らの「国家」成立のために必須であり、日本もロシアのようになるべきだと考えていたはずです。 

ところが、日本にはそのような国家秩序が崩壊する要素はまったくなかったわけです。 

ならば大量破壊兵器を使って、日本政府や皇室もろとも国家を爆砕することで、無理矢理にでも人為的にその無秩序な世界を作ってみせようとしました。 

この秩序の空白の中に、中沢氏流にいえば「霊的磁場」、つまりはオウム神聖帝国を樹立するということです。 

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そして第4に、日本はこのまったく新しい形のテロを根絶することが出来なかったことです。

破防法を適用しなかったために、根絶はおろかいまだ松本の写真を拝む集団が多く残存してしまいました。

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あえて名指ししておきますが、この不作為の責任は村山富市首相が負うべきです。

そのために21世紀になってISやアルカイーダといった宗教テロリスト集団を世界各地に発生させることになります。 

日本がオウム事件に対して毅然とした対応を示し、根絶する努力をしたならば、21世紀になって数多く登場する宗教テロリストの発生に対して、何らかの抑止効果があったはずでした。 

今になってその首謀者たちを死刑に処したのは、あまりに当然すぎるほど当然で、テロに対して立ち向かう日本の姿勢を明確にしたという意味で、遅すぎたとはいえ意義あることです。 

それを、自分たちもまたISの無差別テロに悩まされているドイツなどのEU諸国から、批判される筋合いはありません。 

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大量破壊兵器を用いたテロに対してさえ死刑が執行出来ないならば、日本警察は今後、米国やフランスのようにテロリストをその場で射殺するしかないではありませんか。 

私たちがオウムで遭遇したのはあくまでも大量破壊兵器を使ったテロであって、これを一般的な死刑廃絶の人道問題にすり替えるべきではありません。 

ましてや、日本の野党のように首謀者7人の死刑執行は、モリカケ隠しのインボーだなどというに至っては、もはやギャグです。

なお、松本の家族が松本の遺体の返還を要求しているようですが、認めるべきではありません。

ウサーマ・ビン・ラーディンの遺骨が海に散骨された前例があるように、返還を認めれば墓が立てられて、そこが残党たちの「聖地」化する可能性があります。https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-054237/

 

 

 

 

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日曜写真館 クレマチスの初夏

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西日本大水害で被害に合われたかたがたを、心からお見舞い申し上げます。

財務省の緊縮財政政策によって、全国各地の治水が危険な状況にさらされています。

毎回大水があるたびに大きな被害を出し、多数の死者を出してしまうような状況を根本的に見直す必要があります。

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終わっていないオウム真理教事件

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麻原彰晃(本名・松本智津夫)以下7名の幹部の死刑が執行されました。当然すぎるほど当然の、法の裁きです。

ここまで刑の執行が延びたのは、最後の被告である高橋被告の判決が確定したために、死刑囚たちが証人として出廷を求められる可能性が消えたからです。
麻原彰晃 - Wikipedia

まったく思い出すだけで、胸くそが悪くなるような事件でした。 

「一連の事件で29人が死亡し(殺人26名、逮捕監禁致死1名、殺人未遂2名)負傷者は6000人を超えた。教団内でも判明しているだけでも5名が殺害され、死者・行方不明者は30名を超える。被害者の数や社会に与えた影響や裁判での複数の教団幹部への厳罰判決などから、「日本犯罪史において最悪の凶悪事件」とされている」(ウィキ)
オウム真理教事件 - Wikipedia
https://www.yomiuri.co.jp/matome/20180706-OYT8T50002.html

最初の在家信者が殺害されたのが1988年ですから、今年で30年となります。既に今の若者が生まれる以前の事件となってしまいました。 

一体オウム真理教とはなんであったのか、当時からさまざまな解釈がなされてきました。

ず私はこの事件の特徴の第1に、オウム真理教というカルト集団こそ、世界を先駆けての宗教テロリスト集団ISの原型のひとつだと思っています。 

ISがオウムを研究したかはわかりませんが、オウムを模倣したのではないかと思われるように疑似国家を作り、戦闘員たちを武装させ、既存の国家内に「領土」を拡大していきました。 

疑似国家を作り、現実の日本国家を武力で転覆する「革命」を夢想し、実行したのが、このオウムという集団でした。

彼らはこのようなことを計画し、その一部を実行に移しました。

事件当時、東京地検次席検事としてオウム捜査を指揮した甲斐中辰夫氏によれば、オウムはこのようなことを構想し、実行しようとしていたとされています。 

「教団は、自分の手で製造した70トンものサリンを霞が関や皇居に空中散布して大量殺人を実行し、混乱に乗じて自動小銃を持った信者が首都を制圧するという国家転覆計画を企てていた」(2011年11月22日読売) 

「オウム教団は、麻原教祖の予言を的中させるため、首都圏で数百万人規模の死傷者を出させるテロを実行するしかないところまで追い詰められている。
そして廃墟と化した首都に、オウムの理想共同体である独立国家を建設しようとしている」

計画は5段階に分かれ、第1段階はサリンを使った無差別テロ。第2段階は銃器や爆発物を使用した要人テロ。第3段階は細菌兵器を上水道に混入する無差別テロ。第4段階はサリンなどの薬剤の空中散布による無差別テロ。そして、第5段階は核兵器による首都殲滅である」
(一橋文哉『オウム帝国の正体』公安調査庁内部報告書)

彼らはよく比較される過激派の連合赤軍のように幼稚でなく、現実的に「国家」もどきを運営し、有り余る豊かな財源を有していました。 

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今思うと驚きを禁じ得ませんが、日本国内に国家内国家を作り、法や行政組織すら有していたのですから。 

頂点に君臨するのは唯一者である麻原ひとりであり、以下厳重なヒエラルヒーを構成する階級社会を作っていました。 

一方、一般信者は私有財産を禁じられ、家族すら別居を強いられました。子供は一カ所で育てられて、男女の交際は厳しい懲罰の対象となりました。 

ひとり「自由」を謳歌できたのは麻原だけであり、彼は北朝鮮の独裁者顔負けの100人を超える「喜び組」もどきを持っていました。 

麻原の生ませた子供だけで十数人を数えるそうで、書いているだけで気分が悪くなります。

この北朝鮮に酷似した宗教集団が目指したのは、日本をオウムが武力で乗っ取ることでした。 

第2の特徴は、オウムの武装化が国際化していることです。

教団ナンバー2の早川紀代秀は「世界統一通称産業」という貿易会社まで作って、当時ソ連の崩壊で混沌としていたロシアやウクライナのマフィアとパイプを作っていました。

早川の押収されたノートには、買いつける武器目録として核兵器、戦車、潜水艇まであったといいます。

Photoロシアで機関銃を構える早川と見られる人物

また北朝鮮とも接触をもち、北が軍事顧問を密かに派遣していたという見立て(高沢皓司氏)もあります。
http://www.asyura2.com/0406/nihon14/msg/117.html

今でもオウム残党がロシアに定着しているように、カルトとテロリズムは手を携えて国境を超えていきます。

この一見オモチャの欲しいものリストのような早川ノートも、もし買っていても操作要員がいないはずなので、なんらかの軍事顧問を密入国させる手筈だったのかもしれません。

その場合、諸外国にブラックマーケットを通じて、ハードとソフト、時には軍事顧問を販売してきたのは「あの国」しかないということになります。

当時、「あの国」に売れる原爆の手持ちがあれば、工作船は定期便のように日本海を往復していた時期ですから、オウムが国内に持ち込むことはそう難しいことではなかったはずです。

考えたくない想像ですが、オウムは世界最初の化学兵器テロと並んで、東京で核テロを行っていたかもしれません。

リンとなったのは、たまたま有機化学の専門家が信者にいたからにすきません。

話を戻します。オウムはクーデターによって神聖オーム帝国を作ろうと図ったのです。 

しかし、彼らは冗談どころか真剣でした。

学歴エリート集団の彼らは、実際に70トンもの神経ガスサリンを自力で製造するプラントを作り、AK突撃銃を千丁作る予定でその製造工場すら完成していました。 

Photo山梨県上九一色村(当時)のオウムのサティアン群 

オウムは化学兵器サリンを大量に製造し、その散布のためにロシア製大型ヘリまで購入し、国内に持ち込んでいました。 

147930946132661269177_heriオウムがロシアからサティアンに搬入したMi-17軍用ヘリ

突撃銃の試作品は既に完成し、製造ラインを稼働するばかりとなっていました。 

また信者によるコマンド部隊は編成を終わって訓練を行っていたとされています。 

当時迷彩服の信者が多数サティアン周辺の山中を走り回っている姿が目撃されています。

おそらくこの巨大テロ、ないしはクーデター計画が実施されていた場合、短期のオウム政権が樹立され、一時的に日本は「日本オウム真理教国」となっていた可能性もあります。 

そしてサリンの大量の空中散布によって、おそらく数千人から万単位規模の死者がでて、その中には天皇陛下ご夫妻も含まれていたかもしれません。 

しかし、最後にオウムは詰めを誤りました。1995年1月1日の読売が、松本サリン事件とオウムとの関連を掲載したことに焦ったオウムは、予定を繰り上げて部分的な決行に規模を縮小してしまったのです。
松本サリン事件 - Wikipedia 

また、TBSが一斉捜査をオウムに漏洩したために、計画を前倒しにしたという説もあります。

いずれにせよ、これによって引き起こされたのが、世界史上初となる公共交通機関内の化学兵器の散布テロでした。 

Maxresdefault_2地下鉄サリン事件 - Wikipedia

第3に、国が後手後手に回り、このような史上最凶のテロリスト集団を根絶出来なかったことです。

この事件は内乱罪(刑法第77条)を適用されてもおかしくはないオウムに対して、組織活動を禁じる破防法はついに適用されませんでした。 

事実、弁護団は麻原だけを首謀者として死刑にし、他の被告を救う目的で内乱罪を主張しましたが、退けられました。

一方、破防法は1952年7月に制定されました。 

この時期から分かるように、朝鮮戦争下の共産党の暴力闘争を封じ込める目的の治安法制でした。 

破防法が適用されれば、暴力主義的破壊活動をした団体の解散、デモ・集会の禁止などの処置が行えます。 

これに対して制定当時から左派政党や労組の激しい反対に遭遇してきた経緯があるため、団体に対する適用例はありませんでした。
※個人に対しては三無事件、渋谷暴動事件などがあります。
三無事件 - Wikipedia

いわば「あるが、使えない」法律だったわけです。 

必要とされるのは、純粋の法的判断ではなく、政治判断でしたが、国家転覆を試み、600人を超える死傷者を出した事件に使えなければ、ないのと一緒です。

この決断を迫られたのが、不幸にも今まで反対運動を続けてきた社会党委員長の村山富市政権でした。 

阪神淡路大震災時に「始めてなもんで」と自衛隊出動腰が引けていた(というか腰が抜けていた)村山氏は、このオウム事件においても破防法適用に頑強な「慎重姿勢」を貫きました

村山氏は回想録『そうじゃのう』でこう述べています。 

「あの法律を作る時には、僕らは反対したほうじゃけね。だから、適用については、人権にも関する問題じゃから、慎重のうえにも慎重を期してやってほしいと言っていた。
破防法の法律の体系から言うたら、総理の承認を得るとかいうことはないんじゃな。適用するかせんかは公安審査委員会にかける。かけるかかけんかは、破防法を扱う公安調査庁長官の権限じゃ。
だが、公安調査庁といえども行政の一環じゃないか。それで僕のところに言うてきたからな。僕の意に反してやるようなことは認めるわけにいかん。そう言うて議論した」

 一方法相だった宮沢弘氏は、適用可能だと判断し、適用やむなしの旨を村山氏に伝えましたが、村山元首相は最後まで首を縦にふることはなく、この腰が引けた対応によって公安審査委員会は適用を見送りました。

時事上、村山氏が握り潰したといってよいでしょう。

その上に、当時のオウムとの脱洗脳に関わっていた中心メンバーが、江川紹子氏や日弁連の滝本太郎氏などといった共産党系リベラル文化人だったことです。

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彼らは破防法適用が現実味を帯びるや、いままでの反オウムの立場を捨てて、オウム擁護に回ってしまったのです。

彼らはオウム事件でもっともメディアへの露出が多かったために、反破防法の世論形成をしてしまいました。

この江川氏などが唱えた反対論は、このようなものです。

①オウムの犯罪は政治目的ではない。教祖の空想妄想をただ実現したものにすぎない。
②適用すれば残党は地下に潜る。
③宗教法人の資格取消と教団の資産の差押えでオウムは潰れて、賠償が取れなくなる。
④麻原を神格化していた者はもういない。信者も減って無力化した。
⑤オウムに将来の危険性はなく、権力の濫用である。

この江川氏たちリベラル派の議論を聞いていると、カルトから脱洗脳するという視点はあっても、国民を危険から守るという視点がすっぽりと抜け落ちているのがわかります。

ですから、「オウムは教祖の妄想で、政治目的はない」などいった矮小化をしてしまいました。

「宗教テロリスト」という、従来の共産党や左翼過激派とはまったく次元の違う存在が誕生したという認識がなかったのです。

「政治目的」うんぬんというのは、破防法の第4条のニにこのように書かれているからです。

第四条この法律で「暴力主義的破壊活動」とは,次に掲げる行為をいう。
 政治上の主義若しくは施策を推進し,支持し,又はこれに反対する目的をもつて,次に掲げる行為の一をなすこと。」
破壊活動防止法 - 法務省

これは制定当時の世相を反映したもので、破防法は有体にいえば当時の暴力路線をとっていた共産党を念頭においたものだったからです。

つまりは、破防法をかける側も、それに反対する側も旧態依然とした政治的過激派のみを念頭において議論しているのです。

破防法自体に既に限界があり、それがこのオウム事件に適合するかどうか、常識で考えればわかりそうなものです。

では、適合しないからかけないでいいのではなく、オウムの息の根を止めるためには、「政治的目的」ウンヌンなどという字句解釈に引っかかるべきではなかったのです。

事実、21世紀に入ると、「政治目的ではない」宗教テロが、今やテロリズムの主流となっています。

これを当時もっとも強く破防法適用に反対し゛もっとも影響力が強かった江川氏はどう考えるるのでしょうか。

②の「地下に潜る」というのも笑止で、そもそも彼らの軍事部門は非公然で「地下に潜って」いたのです。

③の宗教法人の資格取り消しをしようとしなかろうと、彼らには民事訴訟に対して誠実に損害賠償を払っていく責務があるのは明らかです。

④についても、残党のアレフは麻原をいまだ神格化しており、一定数の信者を確保しています。なお彼らは賠償に応じていません。

⑤の「権力の濫用」うんぬんは、リベラル論者の定番の言い分ですが、29名の死者と6千名の負傷者という空前のテロの前に、いうべき言葉だとは思えません。

国民の安全を法を遵守して守ることは権力の濫用とは呼びません。

このようにこの反対論は、法治主義を否定し国民を守ることを忘れた大変に問題が多いものなのです。

とくに国民の安全を守る重大な義務がある総理たる村山氏が、法の厳正な執行より自分の政治信条を重んじたことは強く批判されるべきです。

かくしてオウムは破防法適用から逃れ、被告の罪はただの殺人罪に矮小化されてしまいました。

そしていまもなおアレフなどの後継団体として生き延び、更にそこから過激武闘分派すら生み出しているようです。 

アレフ道場の祭壇には今なお、麻原の写真が飾られ、信者には地下鉄サリン事件は国家謀略だと教えているそうです。

このような残党を残して、オウム事件が終わったといえるのでしょうか。

■今日は悩みながら書いていたために、大幅に加筆してしまいました。仕事の合間をぬってやっていたために、お見苦しいミスタイプも多くあって申し訳けありませんでした。今思うと2回分割すべきだったか・・・。

 

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