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2019年4月20日 (土)

ムンヒサン議長殿いわく、日本は「見指忘月」だそうです

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天皇謝罪要求発言で、日韓関係に最後のとどめを刺してしまった格好の、あのムン・ヒサン(文喜相)韓国国会議長が日本との関係改善を狙っているいう報道があります。

「文喜相氏、「見指忘月」日本に水面下外交…最多当選議員・徐清源氏の派遣を検討
慰安婦賠償判決などで悪化の一途をたどっている韓日関係で和解の突破口を用意しようとする試みが国会で進められている。文議長がその中心にいる。文議長は与野党重鎮級の議員が日本を含めた海外の国々に「水面下外交を行うTF(タスクフォース、作業部会)」を推進している。
  国会の李啓聖(イ・ゲソン)報道官は「韓日議員連盟次元で訪日を推進している。今、韓日関係が悪化して、議員連盟の関係も切れてしまっているため、今回の機会を通じて懸案に対する話を交わすことができるとみている」と説明した。
  国会でこのような動きがある渦中に、日本の産経新聞は18日、「文議員が日韓関係の修復を図るために日本に特使を派遣する意向を日韓議員連盟側に示している」と報じた。同紙は「(特使派遣などには)6月に大阪で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議を前に事態の収拾を図る狙いがあるとみられる」とし「ただ、発言に対する日本側の反発は強く、特使派遣が実現するかどうかも含めて不透明な情勢だ」と伝えた」(中央日報4月19日)
https://japanese.joins.com/article/513/252513.html

Smile

ムン・ヒサン国会議長

ここでヒサン氏が言っている聞き慣れない「見指忘月」という言葉の意味を吟味してみましょう。なかなかどうして笑えますよ。

「見指忘月
月を示そうと指さしても、肝心の月を見ないで指を見る。道理を説き聞かせるのに、本旨を理解しないで、文字や言葉の端々にばかりこだわることをいう」(デジタル大辞泉)

なるほど、なるほど。ヒサン氏は日本に「道理を説き聞かせた」が、日本が「本旨を理解しないで、言葉の端々にばかりこだわった」ので、説明に行って「本旨」を分からせてやるということのようです。
日本が本旨を理解していないですって?はぁ、いえいえ、しっかりと理解させて頂いておりますですよ。
「指」が陛下ですね。

ヒサン氏がなんと言ったのか、もう一回思い出してみましょう。

「文氏は「発言の趣旨は『戦争犯罪や人倫に関する罪は時効がない。ドイツが敗戦国でも欧州の長なのは、全ての問題に謝罪し、現在も続けているからだ。心のこもった謝罪が最も重要だ。安倍晋三首相や安倍首相に準じた日本を象徴する国王(天皇)が慰安婦のおばあさんを訪ねて、申し訳なかったと一言言えば、根本的な問題が解決する』という話だった」と述べた」(朝日3月27日)
https://www.asahi.com/articles/ASM3W3GB4M3WUHBI00S.html

おいおいです。論評にも値しませんが、一本記事を書いてしまっているのて、よろしかったらそちらをお読み下さい。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-dca5.html

この部分だけを抜き出せば、朝日が言い続けてきた「戦争謝罪は終わらない」論と五十歩百歩ですが、実はムンはこの元ネタであるブルームバークとの会見でこんなことも言っていることがバレてしまいました。

一言でいいのだ。日本を代表する首相かあるいは、私としては間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方は戦争犯罪の主犯の息子ではないか
そのような方が一度おばあさんの手を握り、本当に申し訳なかったと一言いえば、すっかり解消されるだろう」と語った」(ブルームバーグ2月28日)

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-02-08/PMLGIP6KLVR801

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ムン氏は「戦犯の息子などと言っていない」と言い逃れをしましたが、怒ったブルームバーグ側がインタビュー音声まで公開してしまい、文字化しています。
https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-02-11/top-japan-diplomat-warns-south-korean-lawmaker-on-emperor-remark

ミゼラブルですね。日本国民が新しい元号と天皇の即位を言祝いでいるこの時期に、あろうことか今上陛下に対して「戦争犯罪の主犯の息子に謝罪させる」とまで言ってのければ、どうにも言い逃れはできません。

またこの発言を鎮静化させるつもりか(笑)、はたまたオレは月を指しているのに、お前らは指をみている馬鹿どもめと哀れんだのか、「陛下が訪韓を自分に依頼した」ということまで口走ってしまいました。
護憲の教科書的存在であられた今上陛下が、こんな国事行為を逸脱する案件を、外国要人に個人的に依頼するはずもなく、宮内庁から「面会したことさえない」と一蹴されました。
会ってもいないのに陛下のお言葉が聞こえるとはすごい。幻聴ですか。

日本人の感性からすれば、暴言を白々しい嘘で上塗りするか如き所業で、これだけでこの人物の評価は定まってしまいます。
ま、この間のレーダー照射事件などの七転八倒ぶりの言い訳をみると、韓国ではこれでリッパに通用するとみえます。

もはやヒサン氏にできることは限られています。
ヒサン氏の言葉をそのままお返しします。「本当に申し訳なかったといえば、すっかり解消される」のです。
それを今度はなんですって、「見指忘月」、オレは月を指したが、日本人は馬鹿だから指先を見て怒っていやがる、ですか。
またまたいっそう燃え盛る日韓関係に燃料をぶちまけましたね。

またヒサン氏は議員外交とやらをしたいらしく、特使派遣も視野に入れているという報道もあります。

「国会の李啓聖(イ・ゲソン)報道官は「韓日議員連盟次元で訪日を推進している。今、韓日関係が悪化して、議員連盟の関係も切れてしまっているため、今回の機会を通じて懸案に対する話を交わすことができるとみている」と説明した。
  国会でこのような動きがある渦中に、日本の産経新聞は18日、「文議員が日韓関係の修復を図るために日本に特使を派遣する意向を日韓議員連盟側に示している」と報じた。同紙は「(特使派遣などには)6月に大阪で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議を前に事態の収拾を図る狙いがあるとみられる」とし「ただ、発言に対する日本側の反発は強く、特使派遣が実現するかどうかも含めて不透明な情勢だ」と伝えた。」(中央日報前掲)

ちなみに二国間関係が破綻寸前のわが国だけではなく、他にも米中露とASEAN せ特使を出したいようで、なにをしたいものやら。
いずれにしても、この「特使」とやらが来ても言うことは決まっています。もうひとりのムンであるジェイン氏がお得意の「ツートラック外交」の提案ていどのことでしょうから、わざわざご来訪に及ぶ必要はありません。

普通の外交用語ではツートラック外交とは、正面の外交機関同士の交渉か行き詰まった場合、あえて別のチャンネルを作って打開を図ることを指します。
北朝鮮との外交関係が行き詰まった時に、米国がバックチャンネルをストックホルムに開いたようなものです。
あるいは、外交関係がうまくいかない場合、現場である軍同士が交流して信頼醸成をはかって偶発的衝突を避けようとする意味にも使われます。
これも自衛隊は中韓と定期的に行ってきました。

しかムン・ジェインが使う場合の「ツートラック化移行」は前二者とはまったく意味がちがいます。
彼がこの用語を使う時は、「政治はハチャメチャだが、経済はよろしくね」ていどの意味のようです。
なにをおっしゃる兎さん、日本にマウンティングしたいばかりに外交に慰安婦や「徴用工判決」を入れたのは韓国です。

今や韓国に進出した日系企業は、仮に法的係争となった場合、韓国司法の中立性は信用できないと考え始めています。
近代司法の三権分立が存在せず、司法が政府に従属しているからです。
これがいまや経済分野にまで及びつつあるコリア・リスクです。
これを意図的に作り出したのは、はてどちらの国でしたかな。

わが国のいまや消滅寸前の日韓議連の議員諸氏も妙な手助けをしないように。

 

 

 

 

 

2019年4月19日 (金)

ムンジェインが1919年4月11日を「独立記念日」としたわけ

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昨日の記事を続けます。

ムンジェインが大統領となって、なぜ「独立記念日」(こういう名称は使っていませんが)1919年4月11日に変更したのかという理由についてもう少し考えてみます。
歴史捏造だと言ってしまえば一言でオシマイですが、今この時期になぜという問いに答えていません。

実は、韓国内でこの独立記念日論争はえんえと続けられてきていて、いまさら新しいものではありません。
ざっくり言うと、韓国内保守派は1948年8月15日を「建国記念日」としています。
その理由は、常識的に見て韓国が米国によって 「独立を与えられた」のが、この年月日以外考えられないからです。

一方、左派はそのへんが曖昧でした。キムテジュン(金大中)は1998年に、8月15日を「建国50年」と呼んでいますし、ムンジェインの師匠だったノムヒョン(廬武鉉)もまた2003年にこの日を独立した年と認識する発言をしています。
この前例を初めて破った大統領がムンだということになります。

では1919年4月11日と1948年8月15日ではどう違うのでしょうか?
ひとつは、ムンが反日運動の起点となった1919年3.11の精神を受け継ぐといった意味です。
これはいかにもろうそくデモで誕生したムンらしい発想です。
100年近い年月を超えて、民衆運動こそが歴史動かす真の原動力だと言いたいようです。
日本にもよくある左翼の民衆史観です。

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https://news.yahoo.co.jp/byline/shinmukoeng/201804...

二番目に考えられるのは、ムンが今までの左派政権が越せなかった壁を易々と乗り越えたことと関係があります。
いうまでもなく徴用工判決による日韓基本条約(日韓請求権協定)の一方的廃棄です。
これは今の日韓関係そのものの基軸的条約だっただけに、歴代の左派政権も手をつけられませんでした。
それを打ち破ったのがムンです。

韓国最高裁判決を読むとわかるように、日韓基本条約を廃棄するために持ち出したロジックは、日本の「植民地支配」こそが悪の権化であり、それに対する個人賠償の請求権は残っているとしたことです。
この論理は、後に現実に徴用工裁判判決を根拠とした原告団の差し押さえ判決が出るに及んで、「徴用工」のみならず日本統治時代に惹起したすべてのことに対して、韓国民は賠償する権利を持つという意味だとわかりました。

この論理を敷衍すれば、当時のいかなる企業活動も悪の権化である以上、日本企業は無条件に賠償に応じねばならないことになります。
実際に原告団は、当時の在朝鮮日本企業をすべて洗い出して賠償運動をするつもりのようです。
この場合、日本企業は天文学的賠償金を課せられることになります。
日本政府もその例外ではないことを、私たちは忘れないほうがいいでしょう。

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https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180301...

三番目に、1919年と1948年の意味することの違いに注目してみましょう。
1919年には朝鮮半島は分断されていませんでしたが、1948年には既に南北で別個に政府が作られていました。
言い換えれば、1948年は分断の象徴的年でもあるのです。

私たち日本人から見れば、分断を固定化したのは1950年の北朝鮮軍の侵攻ではないかと言いたいところですか、ムンたちノースコリア・ラバーたちにとって朝鮮戦争などは「ない」も同然なのです。
ですから、1919年3月1日の独立運動と、それに続く4月11日の「臨時政府」樹立は輝かしい南北を問わない朝鮮人民の金字塔ということになります。

つまり朝鮮民族は決して米国やソ連にによって独立を与えられた属国ではなく、1919年に「臨時政府」を持った独立国であり続け、1948年に成立した韓国政府はその後継政権にすぎないといいたいわけです。

「臨時政府」を主権国として見るなら、日本統治時代の経済活動、行政活動の一切は違法であるということになります。
これは2番目の徴用工判決を支える影の論理です。

そして同時に、南北統一へ向けた下地づくりの一環でもあるのです。、

見ているこちらの頭がクラクラするような幻覚症状を呈していますが、これが今のコリアです。
ある種の傾きが強い人に見られるように、彼は彼の幻想の中では立派に筋の通ったロジックを構築しており、それは現実の生活を動かしていることもまた一面たしかなことなのです。

ただし国際社会はそんな身勝手な幻想にはおつきあいできませんよ、寝言は寝て見ろと冷厳に宣告したのが、4月11日しか訪米日程を認めなかった米国政府でした。

 

 

 

 

2019年4月18日 (木)

ムン・ジェインの訪米を4.11に設定した米国の意地悪

なんつーか、かんつーか、もう眼もあてられないご様子だったようです。ムン・ジェインの訪米です。鳴り物入りの4・11臨時政府樹立記念日をすっぽかしてまで行った米国で、お前なにしに来たんだという待遇を受けたようです。

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 時事

そもそもこの4月11日を正式に大韓民国の「建国記念日」にするというファンタジックなファンタジーは、かねてからムンジェインが温めてきたもので、去年政府が行政化したばかりでした。

「韓国の国家報勲処は13日、日本による植民地支配下にあった1919年、独立運動家らが中心となって中国・上海で樹立した「大韓民国臨時政府」の樹立記念日を従来の4月13日から同11日に変更する方針を発表した」(東亜日報 上写真と同じ)
「【ソウル聯合ニュース】韓国の国家報勲処は13日、日本による植民地支配下にあった1919年、独立運動家らが中心となって中国・上海で樹立した「大韓民国臨時政府」の樹立記念日を従来の4月13日から同11日に変更する方針を発表した」(聯合2018年4月13日)https://jp.yna.co.kr/view/AJP20180413001600882

それが最初に浮上したのが2017年12月の訪中時のことでした。この訪中は伝えられるところではここでも散々な冷遇で、国賓という触れ込みにもかかわらずムンは寂しくひとり飯をパンで済ませている写真が撮られています。
ムンさんの米中両国から浴びせられ続ける「何しに来たんだ」感はハンパではありませんね。めげないように見えるのがエライといえばエライ。

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それはさておき2017年12月16日にムンは重慶を訪れて、「大韓民国臨時政府」庁舎跡を視察しました。
ここで彼が言ったセリフが、「臨時政府は韓国の根っこだ」というひとことで、これは韓国の成立が、世界が認識している日本の敗戦による棚ぼた式独立であった1945年ではなく、それを遡ること26年前の1919年だというのです。

まぁ私たちからみれば、まぁどっちでもいいようなことで、そう思いたければ思ってたらいいんじゃないですかていどのことですが、ややきな臭いのは中国で習相手に言ったことです。

これは中国に元「連合国」のよしみで、一緒に反日共同戦線を作ろうといういう腹で習に、中国韓国共に(ついでにいえば北朝鮮も入りますが)「抗日活動を継承して誕生した国家だ」という共通認識を強調したようです。
残念ながら、習としてはこんなことは既にパククネ時代に一札取り付けているので冷淡な対応だったようです。

ですから、習はとりあえず「臨時政府」遺跡は保存すると答えたそうですが、内心は一緒にすんじゃねぇよと思っていたことでしょう。
中国共産党部隊(八路軍)は日中戦争時には逃げ回っていただけという説が有力ですが、とりあえず抗日戦争を戦ったというのはあながち嘘ではありませんし、北朝鮮すらもソ連軍の朝鮮人部隊でしかなかったにせよ実体はありました。

ところがお気の毒にも韓国の「臨時政府」なるものは、いわば「独立同好会」に毛が生えたようなものでした。今の沖縄の琉球独立学会とやらとどっこいいい勝負です。
似た団体を探すなら、「アイルランド共和国軍」(IRA)くらいなものです。

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大韓民国臨時政府の要人 Wikipedia

ところでこの1919年4月に「建国」説をいいふらしたのは、1945年に米国が政権を与えた初代大統領の李承晩でした。
彼はほとんどハワイで優雅な亡命暮らしをして、帰ってくれば済州島で大虐殺をするような無能な男ですが、彼の二枚看板は、晴れがましくもこの上海の「大韓民国臨時政府」なるものに名前を連ねたこととと、自分が李王家の傍流に連なる旧支配階級出身だということでした。
歴史の正当性にことのほかこだわる韓国ならではのことです。

「臨時政府」といっても30人に満たないサークルのようなもので、行政経験も軍事知識も皆無といったありさまでした。
もちろん国家の三要素たる「領域・国民・主権」のいずれも持ち合わせゼロでした。

このへんが後にドイツのヨーロッパ侵攻で複数生み出された、たとえばド・ゴールの率いる「フランス臨時亡命政府」とは本質的に異なるところです。
簡単に説明しておきましょう。
国はあたり前ですが、「ここが我が領土だ」といえる実効支配した「領域」が必要です
そしてそこには住んでいる「国民」が要ります。
三番目には、住んでいる国民が他国に支配されずに政治を行ったりする行政機構が必要です。そして国民を守るための警察や軍隊が必要です。
これが「主権」です。

この三要素が揃うと、国際社会は「では国と見なそうか」という機運が拡がり独立国として認知されます。
有体にいえば、国際社会の盟主である米国の承認が必須です。
1919年に自分は「独立」したといくら臨時政府が宣言しても、国家の三要素が皆無では国際社会から無視されて当然です。

国際承認を得るのは高い壁で、先ほど述べたフランス臨時亡命政府ですら、かつては実体ある政府でしたが、その時点での三要素が欠落していたためにただの交戦団体扱いでした。

ましておや、かつて一度として朝鮮半島内で実体ある政府を作ったこともなく、考えたことすらなかった「臨時政府」ではねぇ。
当時の韓国を実効支配しているのは、合法的に統治権を国際承認された日本国でしたから、「臨時政府」が入り込む隙間は1ミリもなかったわけです。
まぁ、平たく言ってしまえば、テロしかやったことのない独立愛好家、失礼、独立の志士たちは行政経験や軍隊を指揮した経験など皆無でしたから、国を名乗るのはジョークだと思われたのです。

おっと待て待て、余計なお世話ですが、この「臨時政府」が国際社会に承認される方法がひとつだけあったことを思い出しました。
それは日中戦争から続く大戦中の期間に、せめてフランス亡命政府のように交戦団体にあることでした。
仮に「臨時政府」が、北朝鮮並に兵隊をかき集めて連合軍に一定規模の「自由朝鮮軍」を派兵していたら、連合国の見る眼がまったく違ったことでしょう。
現に北朝鮮はソ連軍の制服を来て、その指揮下にありましたが、そうしました。
ところが韓国ときたら、リーダーの金九は内ゲバで殺されてしまい、ナンバー2の李承晩は優雅な亡命暮らしに浸っていたのですからどうにもなりません。

ここが韓国の政府としての正統性の根拠が怪しいところなのです。
なんせ正統性というなら、とりあえず交戦団体だった北のほうがありますからね。

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朝鮮戦争時、金浦空軍基地に到着したマッカーサー将軍を出迎える李承晩 https://ironna.jp/article/2236

ところがフロックで初代大統領に就いた李承晩が、自分の正統性を主張するためにいいだしたのがこの「臨時政府」でした。
朝鮮北部にはソ連軍の下級将校だった金日成がソ連軍戦車に乗って進駐し、一方、米軍のジープに乗って入ってきたのが、この「臨時政府」」ナンバー2の李承晩でした。

ところがこの李承晩は独立どころか初めに連合国に言ったことは、「われわれの臨時政府を認めろ」ではなく韓国を国際連盟の「委任統治領にしてくれ」でした。
さすがにこれでは、当時の国際関係では米国の植民地にしてくれという意味でしたから、「日帝の植民地から米国の植民地にするするつもりか」から散々に批判されてしまい、またもや中国に逃げ出し、彼か復帰したのはもうしばらく後のことてす。

ま、李承晩とはこのていどの「志士」で、しがみついたレガシシーこそが「臨時政府」でした。
その後もしょうこりもなく、1952年のサンフランシスコ条約時には、「オレは戦勝国だから日本に賠償要求をさせろ」と言い出して、連合国の面々から失笑を受けていたりします。
ひとりの兵隊もいず、一発の弾も撃たないまま戦争が終わってしまって「戦勝国」とはいい度胸です。

ただし、米国から貰った独立ですとも書けないので、韓国憲法全文には「大韓民国は3.1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統を継承する」と書き込んでいます。
つまり独立愛好会でしかなかった「臨時政府」は、現在の韓国の前身だというわけですが、もちろんそんなことに耳を貸す国は一国もありませんでした。
韓国自身も国際社会から失笑を買うのを恐れたのか、ムン時代までおおぴらには言ってきませんでした。
パククネ時代の国定教科書の韓国独立年は1945年と常識的記載がされていました

しかしムンジェインは就任するやいなや、ソウルで開かれた光復節(日本の支配から脱した記念日)式典で、「2年後の2019年は臨時政府百周年だから盛大に祝う」とブチ上げました。
これが今年の4.11の臨時政府百周年記念日だったわけで、よりにもよって米国はこの日を指定したことになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月17日 (水)

山路敬介氏寄稿 「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのかその3

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  ありがとうございました。今回で完結です。

                                           ~~~~~~                                         

                                               「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのかその3
                                                                                                         山路敬介

承前

岩屋大臣の防衛省トップとしての資質は、やはり疑わざるを得ない

 以上見てきたように、岩屋大臣の地元との協調性や政治的な面からは申し分のない大臣のように見えます。ですけれど、私は自衛隊本来の役割や任務から考えるとき、最初から岩屋氏の大臣の資質には疑問を持っていて、それが今回の件でさらにあらわになったと考えています。

その一番はやはり、島外へのミサイル等重火砲の全弾撤去です。防衛隊は組織され必要な人員は確保されましたが、弾がなくてどうやって本来任務を達成出来るか? これがはなはだ疑問です。

それに一体、ミサイルなどは今どこにあるのか? 「運用に関わる」として明かさないのは仕方がないとしても、即応性や初動対応に支障を来すのは間違いないです。

大臣によれば、島外にあっても「任務に支障のないように措置する事が可能という判断をした」としていますが、屁理屈をいえば「それなら、保良の弾薬庫も必要なかろう」と言いたくもなります。

ついでに、弾が島外でいいのであれば「砲筒」も島外にあれば足りるという事も出来るし、防衛部隊は洋上待機でも可能ではないの?などと意地悪く言ってみたくもなります。

また駐屯地保管について、「ここに弾薬を置きたいと考えた理由はある」として、千代田での保管の必要性を認めています。その旨は当然、初動や即応性を考慮に入れたものだったハズです。

「軍事的合理性の観点から、弾薬は近いところにあるのが望ましい」とも言っており、しかしその一方では「(距離はあるが)あたえられた状況の中で、ベストの状況を作っていく」として、防衛の必要性を努力目標に格下げしてしまっているのです。

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図右手グラウンド横のピンク色に塗られた建物が「保管庫」  http://www.miyakomainichi.com/2017/12/104188/

岩屋大臣は、保良地区で弾薬庫ができたら千代田で建設した保管庫は使わないと約束してしまった

最も深刻なのは、保良地区において弾薬庫が完成したあかつきには「その場において弾薬を集約して保管して行きたい」という明確な方針を示している事です。ここで大臣は、千代田で建設した保管庫はこれからも「使用しない」と宣言し、それを約束してしまっています。

それなら最初から千代田に建設された保管庫は必用がなかった事になり、まるで漫画でも見ているような塩梅です。

小野寺五典前大臣は4/9の国会質問で岩屋大臣に対し、「さまざまな理解を得るという事でやったが、初動で必要なものは手元に置かざる得ないのだから、地元の理解を得るという努力をすべきだ」としました。これが岩屋氏と小野寺氏の決定的な「違い」です。

岩屋大臣は国会質問の場において、決して色めき立つような感情の部分は見せず、淡々と最低限必要な答えをします。

一見、非常に有能な大臣に見えない事もない。けれども、相手の理解を促すような説明努力を全くしていない事には注意が必要です。

小野寺大臣なら、簡潔に前提や周辺情勢をつまびらかにしたうえで、相手の野党・与党の区別なく、わかるように説明する努力を惜しんでいませんでした。

もし、安倍一強といわれる弊害があるのだとしたら、岩屋氏のように近回りをして大臣としての労力を回避するような大臣がある事にあるのだ、と思います。

もっといえば、韓国軍のレーダー照射問題に関する処置も不十分なものでした。この事件に関して最初に幕引きを試みたのは日本側で、その最初は岩屋大臣の「日韓の防衛協力を未来志向で進めるよう真摯(しんし)に努力したい」との発言からでした。

私としてはとりわけ韓国など特別憎い対象にすらありませんし、大臣がそう言うからには、おそらく米国側の暗黙の要請もあるのだろうと考えていました。つまりその時はその対処でよく、必要な事柄はキッチリ成されるだろうと考えていたのです。

要は同様の事案が再び起きない事が肝要なので、その為の処置がどのようにか行われるであろう事を確信していたのです。

ところが、伝えられる範囲ではそれは全くなく、岩屋氏からそのような説明もいまだに皆無です。これで自衛隊員の不測の危険をどう回避・対処するのか? 安倍さんからでもキチンとした説明をぜひ伺いたいものです。


 防衛に関する法整備は不十分だ

KYさんという方がコメントの中で、「自称市民によるスパイ行為」というような表現をされていましたが、それは「弾薬の保管庫」という通常では手に入らないだろう図面を手に入れたその行為を指しての事のようです。

私にしても「自称市民によるスパイ行為」と言ってしまいたく誘惑はありますが、スパイとか、そういうものでは決してありません。あるいはブログ主様に迷惑が及ぶかも知れず、「スパイ」というような安直な言い方は避けてもらえればと思います。

弾丸の保管庫はおよそ著作権の対象物にはなり得ませんし、おそらく件の図面は工事の下職からでも任意に入手したものと思われ、そうであれば上述の運動家の女性は図面を盗み出したわけでもなければ、入手した図面を複製して販売したわけでもないのですね。

あのような施設であっても、元請け以外にも職方は木工事もあれば、電機屋もあり、型枠業者もあります。そのそれぞれが必要な施工図の配布は受けており、平面図などは共通して持っています。

問題は、防衛局は一般のビルディングを建設する場合のように、各職に守秘義務程度は課しているにすぎず、防衛機密に指定するような事は出来ないでいる事です。

弾薬の保管庫のようなきわめて重要に思われる案件にすら、我々と同じ一般法の範囲でしか秘匿できず、必要な情報統制も出来ない、こういう事が本質問題です。

きっと、運動家の人たちが違法行為によらず入手できるようなものは、人民解放軍ならもっと早く入手出来ている事でしょう。

くわえて言えば、一方でこういう状態が我が国の防衛体制という常態であり定着したものですから、岩屋大臣のようなやり方は「日本の防衛の現状に即したやり方」と言っても良いのでしょう。

このような現状を打破する一丁目一番地が「憲法改正」になるはずですが、それが仮に出来たとして、外国の軍隊並みになる事はまだ遠い先になるでしょう。

岩屋大臣のような政治家が自衛隊の惣領ならば、そのような火中に飛び込むことはせず、石破のように黙して日本の主権を少しずつ後退させる方向を取る方が得策と考えて、これも何ら不思議はないと思います。

                                                                                                                                                           (了)

                                                                                                     文責 山路 敬介

 

 

 

 

 

2019年4月16日 (火)

山路敬介氏寄稿「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのかその2

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 山路氏寄稿二回目です。次回で完結です。

                                                 ~~~~~                                            

                               「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのかその2
                                                                                            山路敬介

承前

 防衛局の市民に対する説明に誤謬はない

まず第一に、東京新聞や赤旗、後追いの朝日新聞などが報じるように、防衛局が住民説明会などで「小銃用などを除くほか、ミサイルなど重火砲系の弾丸の一切の装備品を駐屯地に置くことはない」とした事はありません。岩屋大臣は「説明が足りなかった」としましたが、地元説明を担当した局の誰も処分される予定になっていません。

また、北朝鮮のミサイル発射問題でも明らかだったように初動と即応の重要性を勘案すれば、駐屯地に弾薬庫から届くまでに必要な相当量が置かれることは当然です。

いえ、北核問題があろうがなかろうが、自衛隊の任務遂行上当たり前の事です。その事は、説明会で配られた見取り図様のペーパーにも、最初から二種類の保管庫のうちのひとつとして描かれているとおりです。

東京新聞の望月衣塑子記者の署名記事では、運動家の清水某という女性が独自に他所から図面を入手し、それが説明会で使用したものと別のものであり、面積等も違ったものであったので、ゆえにあたかも「国に欺かれた」ような印象記事になっていますが、これはおかしな事です。

説明会に用いる概略図と最終施工図面は違っていてもあたりまえ

説明会には説明会の主旨や必要と目的があるのであり、そこで用いた図面がその面積も含めて最終的な施工図面と一致する必要はありません。

概要をわかりやすく説明するためのものと、実際に施工する側が用いる詳細図面が同じものであるはずがなく、建屋の面積が変動する事はこれからの実用によっても変化するのは当然です。そのたび毎に住民説明会を催して承諾を得る必要などない事もまた言うまでもない事です。

また、住民説明会というものは地元行政や議会制民主主義的手続きとしてあるのであり、自衛隊配備の可否をそこで住民に決めてもらうためにあるのではありません。しかしそこで例えば、住民側より提議された「誰が見ても不合理な事実」でも出て来たとして、それに基づいて反対の意見を付すのは市当局であり市議会の仕事なのです。

説明会では防衛局にとって様々な「答えられない質問」や、「答えにくい質問」が実際に出、それに対して防衛局側は説得的な回答を返さない場面もありましたが、それはその役割を逸脱しない範囲でしか回答出来ないゆえでもあります。

概要を示す事は当然ですが、第一に関係法令に則った施設である事の説明、配備によって地域に与える悪影響を排除するための留意点などが重要な内容となるので、そういう点では申し分のない説明会だったと思います。

ですので東京新聞や赤旗が主張するような、「国側による、そうした不十分な説明のうえで自衛隊配備を住民を納得させたのであるから、そもそも前提を欠き、配備は不当なもの」との主張はあたりません。

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 政治的には成功した岩屋大臣の「謝罪」

それでは岩屋大臣は何のために「謝罪」したのでしょうか。大臣は隊旗授与式のあった4/7の午前中にも、再び千代田住民や下地市長に対して謝罪しています。

この日、記者団たちに対して大臣は「説明に不十分な点があり」、「明示的に説明が出来ていなかった」とし、「保管庫という概念で話したと思うが、具体的なカタチでどういうものかという説明を詳しく説明すべきだった」と言っています。

ですが、上でも申しましたように防衛局の説明には誤謬というような失点はなく、すくなくもこれまでの防衛局の説明要綱を逸脱した部分はありません。「明示的な説明」の意味も様々な解釈が可能で、言葉遊びの感が拭えません。

にもかかわらず大臣がここまで丁寧な「謝罪」を行った理由は全く別の所にあり、とても政治性の濃いものであったと言わざるを得ないと思います。

それは議会での下地市長の初期答弁、あるいは千代田を擁する上野地区の自衛隊賛成派市議らの住民に対する最初の頃の説明に現れていたと思われます。

これら地元政治家の発言には、たしかに「駐屯地にはミサイルなど重火砲は一切置かれない」とうかがわせるものもあり、そうした認識を持ち続けて来た地元住民も全くいないわけでもありません。

自衛隊が一身に「政治の泥をかぶった」のが真実

「説明が不十分」とか、「明示的でなかった」とは聞こえはいいですが、要は自衛隊が一身に「政治の泥をかぶった」というのが真実だと思います。自衛隊配備を実現した賛成多数の地元政治に配慮し、事をまるく収めるという大臣の苦衷は偲ばれますが、しかしその代償も小さくないです。

また、今回の岩屋決断を受けて、弾薬庫用地の予定地となる保良地区の考えとしてさっそく私の耳に入ってきたのは、「上野村でダメなものを、なぜすべて保良に押し付けるか!」との賛成派重鎮の当然とも言える怒りの声でした。

すわ、地域間格差問題にでも拡散発展するのか?と心配しましたが、地元はさらなる説明を受け入れる体制を崩してはおらず、最悪な状況にまでは至っておりません。軽々な事を申し上げるわけには行きませんが、粘り強く安全性を説明し、地元に対してさらなる措置を講ずる用意もあるようです。

                                                                                                                                                     (続く)

 

 

 

 

2019年4月15日 (月)

山路敬介氏寄稿  「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのかその1

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山路さんから宮古の「自衛隊弾薬庫事件」のレポートを頂戴いしました。ありがとうございます。
3回連載で掲載いたします。

                                           ~~~~~~~~~~                    

                                        「自衛隊弾薬庫問題」とは何だったのか
                                                                                             山路敬介

はじめに
 東京新聞の記事に端を発し、4月2日の衆議院安全保障理事会までには既に防衛大臣のスピード謝罪が行われていた本件ですが、この間の岩屋防衛相の対応は疑問と課題の残るものでした。

一体、岩屋大臣がとったような措置がそもそも必要だったのか? そうした判断によって生じる安全保障上の空白をどうみるか?等々、一貫して自衛隊誘致賛成派である私共にとっては納得しきれない苦いものを残しつつ、それでも大臣の目論見どおり急速に「騒ぎ」だけは収まりつつあります。

この問題にはこれまで自衛隊が抱えてきた問題や、わが国の安全保障対応をとりまく国内的問題点をそのまま敷衍させたような状況があります。
より具体的には、「政治の失敗」のツケのしわ寄せを、またしても「安全保障」に妥協させる本末転倒した事態が繰り広げられる有様の繰り返し、という事です。

■ 盛況だった4.7隊旗授与式

さる4月7日、新設なった陸上自衛隊宮古駐屯地で宮古警備隊の隊旗授与式が行われました。式典は思っていた以上に盛大で、自民系国会議員数名のほか協力会の野津会長、国・県・市の関係者ら、隊員のご家族の方々も招かれ、非常に立派なイベントになったと思います。

ハイライトだった岩屋防衛大臣が田中広明隊長に隊旗を授与するシーンは、地元紙である宮古毎日新聞と宮古新報のそれぞれ一面の8段・9段抜きで掲載されています。
なお、場外では反対派の約30名ほどがノボリを立て、「基地は認めない」などとシュプレヒコールを行なっていましたが、その様子も9面あるいは11面において一応は取り上げられています。

式典のあとの祝賀会の方も盛会で、田中隊長の「(通常隊務のほか)トライアスロン行事、夏祭りなども通じて、地域とともに歩んで行きたい」との言葉が印象的でした。

総じてこの日の行事を伝える宮古二紙の報道は、大多数の一般市民の自衛隊に対する気持ちや雰囲気を良く写し取っていて、バランスの取れたものだったと思います

この事は、本土や島外の皆さんが東京新聞や朝日・毎日などの媒体をみて判断されるような「自衛隊VS地元住民」という構図とはちがい、かつ相当にかけ離れたものである事をまず記しておきたいと思います。

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沖タイ3月27日陸上自衛隊の編成完結式後、あいさつを交わす原田智総第15旅団長(前列左)と宮古島市の下地敏彦宮古島市長(中央)=26日午前、宮古島市上野野原の宮古島駐屯地https://newscollect.jp/article/?id=483370593665533025

■ 島外からみた(報道をつうじて見る)宮古島市の政治状況は誤り

 東京新聞や朝・毎だけでなく、NHKや民法でも島内の極少数者の意見をクローズアップして報道されるせいで、たくさんの心配の声を頂きます。

それは「お前んとこ大丈夫なのか? 何か島内が二分されている状況のようだが?」とか、「自衛隊配備は失敗だったな。ここまで反対が多いと、これからが大変だ」、「もう保良の弾薬庫建設はこれで絶望的だろう」と言った深刻なものです。

ですが、そうしたご心配には全く及びません。どうも報道というものは少数者の意見に寄り添うクセみたいのがあって、それ以上に今回の報道では、そのウイングが「極めて少数者」にまで偏っていて、かつ一切にわたり「大多数の意見」が映し出されていず、結果として実像とは全く異なる宮古島市の政治状況を島外の方々に提示してしまっているのです。

もう旧聞になりますが、石嶺香織前市議が「自衛隊が来たら、婦女暴行事件が起こる」等々、自衛隊という属性に対する侮辱・人権軽視発言を行いましたが、ああいう人はまさに「変体」というべきで、とても一般の宮古島市民の与するところではありません。

また先月の市議会で問題になりましたが、平良港で運動家市民による自衛隊機材の運搬を実力で妨害しようとする行動があり、港を管理する市当局の職員が説得を試みるも言う事を聞かず、やむなく警察介入となった事件がありました。

その事に関連して共産党の上里樹市議が議会質問において、「市当局は、市民を罪人扱いにした」との質疑を行い、市長や市側が議場を退出するさわぎになり、あげく議長に職権で発言を削除されています。

こうした上里市議の発言内容や、運動家市民の行動にエールを送る一般市民は今の宮古島市においては極めて少なく、大多数がマユをひそめて遠巻きにしている状況にあります。

■ごく一部の過激な行動が、穏やかな反対の意見をかき消した

宮古島には自衛隊配備に反対するなかで特に高齢女性を中心とした「武力の存在は敵の標的になる」といった漠然とした、しかし根強い小数意見は確かにあります。

ですが、そういう方々にあっても、市役所前で毎日にようにノボリを立てて気勢をあげる、港で実力行使しようとする、隊旗授与式にまで出張って来て「自衛隊反対」をシュプレヒコールする、そういう人たちの行動を支持する事はありませんし、一緒にされる事にも迷惑の体で、まして決して接着することはありません。

むしろ、ごく一部の過激な運動体による突飛な行動が、穏やかな反対の意見をかき消した印象すらあります。

下地市長はまず水資源問題において、自衛隊に最初の候補地を断念させて見せ、次に十分に合意されたものとして千代田駐屯地建設や保良の弾薬庫建設を推進しました。その経緯によってこそ、良識ある市民の同意が取り付けられたとも言えます。

一方の運動側は最初の候補地断念を、「敵失=自らの功績」として勘違いしてとらえ、それを突破口としてさらに過激になりました。結果、運動側は今や市民の大勢に影響力を持たない、孤独な「糸の切れた凧」状態に陥ってしまったのです。

そして宮古島は「狭い」です。市役所前での抗議も、港で実力行使しようとした運動家市民も、駐屯地に参集する人も、「あぁ、〇〇ちゃん、こっちでもやっとるんかい? いそがしくて大変さね~」と声を掛けられるくらい掛け持ちで、運動側の員数は微々たる勢力です。

                                                                                                                                           (続く)

 

 

 

 



                                      

2019年4月14日 (日)

小さなお城の桜祭り

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ちいさな地元の白の桜祭りに行ってきました。お城の近くのレンガの蔵です

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ちいさなお堀に沢山の鯉のぼりを飛ばします

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門に至る道は桜のアーケードです

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お城の白壁に桜が映えます

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チアガールの皆さんに挨拶されてしまいました

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2019年4月13日 (土)

WTOでは敗訴したが、福島の安全判断は維持されている

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昨日、日本人が心底怒っていいニュースが入りました。あろうことか、WTOが韓国の差別的輸入禁止措置について認めてしまったのです。

「2011年の東京電力福島第1原発事故後、韓国が福島など8県産の水産物輸入を停止している問題で、世界貿易機関(WTO、スイス・ジュネーブ)の最終審に当たる上級委員会は11日(日本時間12日未明)、禁輸措置を事実上妥当とする判断を下した。禁輸を「不当」とした紛争処理小委員会(パネル、一審に相当)の判断を覆し、日本の逆転敗訴となった。
8県産水産物の輸出再開を目指す日本は、戦略の見直しが避けられない。今回の敗訴は、事故後から日本産食品の輸入規制を続けている他の国や地域の対応にも影響を与えそうだ。
 韓国が輸入を停止しているのは、青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉各県の水産物。このほか、放射性物質が検出された食品については、追加検査を求めている」 (2019年04月12日時事)

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時事前掲

この韓国の放射能を理由として輸入禁止措置は、禁止区域に被曝の影響をほぼ受けていない青森、岩手、宮城、群馬や、被曝の影響を受けても部分的だった千葉までもが含まれていることを見ればその不当性がわかるでしょう。
水産物といいながら海がない群馬・栃木までも禁止区域に入れるのですから、韓国政府の時計が島事故直後の2011年夏のパニック時期から一秒も進んでいないことがわかります。

当時は極度の情報不足が原因でしたが、それから8年経過し、あらゆる資料が公開されていつでも誰でも読めます。
いまでもこんな愚劣なことをを言っているのはおしどりマコなる芸人くらいなものでしょうから、韓国はいっそ「大韓おしどりマコ国」とでも改称したらいかがでしょうか。

韓国は、自国民の健康と安全の名を借りて、国際社会に対して東日本に対して許すべからざる憎悪表現をしています。
特に立ち直りつつある福島に対して、震災と福島事故で受けた傷に塩をなすり込むが如き卑劣な行為です。

今回も韓国は、得意のロビー活動に精出したことでしょう。
反日でも克日でも勝手にやっていなさいと常日頃は思っている温和な私でも、さすがに今回は堪忍袋の緒が切れました。
世界のどこに復興を妨害する国があるのですか、いいかげんにしなさい!

実際の福島事故による被曝地域は、西はスペイン、北はスカンジナビア半島、東はロシアまで拡がったチェルノブイリと比較すれば、被曝地域が遥かに狭く、限定されていました。
このクリーム色に塗られた低度の被曝地域にすら青森は入っていません。

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  福島原発事故に関してhttp://genpatsu.sblo.jp/article/47289931.html

韓国の姿には、震災直後、被災地で処理できなくなった震災瓦礫を大阪や北九州市に搬入しようとして、「放射能がうつる」と言ってまるで伝染病のように反対した「市民」の姿がダブります。

この韓国の輸入制限措置がいかに度が過ぎた虚妄だということは、禁止区域に被曝の影響を受けていない青森、岩手、宮城、群馬や、受けても部分的だった千葉までもが含まれていることを見ればわかるでしょう。

既に事故以来最も大きな被害を受けた福島に対しても、国連科学委員会(UNSCEAR ) が最終報告書を出して安全を宣言しています。

また、福島県は前人未踏とも言える、コメの全量検査を事故以来営々と実施しています。
「全量」という意味は、出荷するコメのみならず、自家用米まで含めて「全量」検査を通しているということで、驚嘆すべき努力です。 

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http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/zenryou

全量検査の結果は以下で す。5年連続で検出ゼロです。

「■全袋検査...「新米」基準値超えゼロ 福島県産米、5年連続達成
県産米の放射性セシウム濃度を測定する全量全袋検査で、年内に精米される2018年産「新米」の約891万点全てが一般食品の基準値(1キロ当たり100ベクレル)未満となる見通しとなった。県産新米の基準値超えゼロは14年産から5年連続で、検出下限値(同25ベクレル)未満は99.99%に上る。 18年産の新米は、27日までに検査された891万2071点が検出下限値未満となった。放射性セシウムが検出されたコメは25~50ベクレルの34点だけだった。
 一方、古米を含めた県産米の基準値超えゼロは15年から4年連続。全袋検査は県産米の安全性を証明するものの、生産者や集荷業者などへの負担が指摘されている。
県産米の放射性セシウム濃度を測定する全量全袋検査で、年内に精米される2018年産「新米」の約891万点全てが一般食品の基準値(1キロ当たり100ベクレル)未満となる見通しとなった。県産新米の基準値超えゼロは14年産から5年連続で、検出下限値(同25ベクレル)未満は99.99%に上る。 18年産の新米は、27日までに検査された891万2071点が検出下限値未満となった。放射性セシウムが検出されたコメは25~50ベクレルの34点だけだった。
 一方、古米を含めた県産米の基準値超えゼロは15年から4年連続。全袋検査は県産米の安全性を証明するものの、生産者や集荷業者などへの負担が指摘されている」(福島民友2018年12月29日)
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20181229-338389.php

しかも福島がクリアしたこの基準値は、あれだけ食品安全にうるさいEUを遥かに下回る世界最高の厳しい食品規制値を、さらに福島県が独自に更に厳しく運用したものなのです。
ちなみに日本は100bq/㎏なのに対して、EU 基準値はその6倍の通常時600bq/kgです。
農産物等の放射性物質モニタリングQ&A - 福島県ホームページ

 

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水産物の監視も同様の全量検査体制が取られています。こちらも検出ゼロです。

「原発事故のあと、福島県沿岸の漁業は、安全性が確認された魚種と海域で行われています。
福島県は、この海域で定期的に魚介類をとり、放射性物質の検査を行っています。
それによりますと去年までの3年間に調べた2万3782検体のうち、国の食品の基準の1キロ当たり100ベクレルを超えたものはなく、97.3%では、検査器が検出できる限界の値を下回ったということです。
一方、福島県漁連も水揚げされたすべての魚種で漁のたびにサンプル検査を行っており、この3年間で国の基準を超えたものが1件ありましたが、すぐにこの魚の出荷を停止しました。
さらに県漁連は、国の基準より2倍厳しい1キロ当たり50ベクレルという自主的な基準を設けていて、上回った魚種は一時的に出荷を停止する措置をとることにしています。
こうした1キロ当たりの基準は、アメリカの1200ベクレル、EUの1250ベクレルなど、国際的にみても非常に厳しいものとなっています」(NHK4月12日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190412/k10011881821000.html

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さて今回、日本が事実上敗訴しましたが、誤って伝えられるようにWTOが日本の食品が危険だという韓国の言い分を認めたわけではありません。
「上級委員会が第1審にあたる小委員会における議論の手続きが不十分だと判断したためです。
水産庁によりますと、WTOの報告書では、韓国が国内に流通する食品の放射性物質の基準をできるだけ低い水準におさえたいとしていたのに、小委員会がこの主張を十分に議論しないまま判断したとしています。
また、日本産の食品が差別的な扱いを受けているかどうかの議論で、小委員会は放射性物質の水準を他の国の食品と同じ条件で比較できていない可能性があると指摘しています。
このため、上級委員会は韓国側に是正を求めた第1審にあたる小委員会の判断を取り消しました」(2019年4月12日NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190412/k10011881421000.html?utm_int=news-international_contents_list-items_022
詳細は不明ですが、WTO上級委員会が退けたのは日本側の主張そのものではなく、パネルの「手続き上の不十分」についてあったようです。
したがって、日本の食品の安全性についての判断は、パネルの出した安全であるが故に韓国の言い分を退けた判断のままだということです。
そのように考えると、韓国政府が狂喜乱舞するような内容ではなかったといえます。
ところで以後のことですが、外務省は韓国に二国間協議を申し入れるそうですが、すでに韓国は拒否する構えです。
日韓基本条約すら平然と破り、条約にそって協議を求める我が国に対して無視を決め込む韓国が、受けるはずもありません。その場合、店晒しになって日本の泣き寝入りとなることが予想されます。
私はこの間の流れをみれば、初期報復措置に移る時期だと思います。
その報復リストに韓国の輸入農水産物の大腸菌検査、食肉の抗生物質・薬剤の残留検査、加工場の衛生状態、残留農薬検査などを入れて、我が国の安全基準をすこしでも上回れば、直ちに同類同種の輸入を差し止めるなどの措置を取れる法整備をすべきでしょう。
韓国が食品安全に甘く、日本の食品基準では到底流通できないようなものまで輸出していたことはかねてから指摘されています。
しかし民主党政権時にこれを緩めてしまったために、うやむやにされてきました。引き締めるにはいい機会です。
今回の出来事で、改めて韓国が震災と福島事故で苦しむ我が国にいかなることをしてきたのか、記憶が呼び覚まされました。

 

 

 


 

2019年4月12日 (金)

ダメ大臣は説明能力がない

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桜田オリンピック・パラリンピック担当大臣が辞任しました。事実上の更迭です。
その前には塚田一郎副大臣が「忖度」で辞任していますから、続きました。

「桜田大臣は10日夜、都内で開かれた自民党の高橋比奈子衆議院議員のパーティーであいさつして「復興以上に大事なのが高橋さん」と発言しました。桜田大臣は発言の後、直ちに総理官邸を訪れて安倍総理大臣に辞表を提出しました。
 桜田五輪担当大臣:「被災者の皆さんの気持ちを傷付けるような発言をしてしまって申し訳ない。撤回させて頂きます。それだけでは十分ではないと思いますので、責任を感じて辞表を出させて頂きました」(テレ朝4月11日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000151937.html

「桜田オリンピック・パラリンピック担当大臣が「復興以上に大事な議員」などと発言して辞任しました。
ふー、やれやれです。弁護の余地はありません。

辞任はしていませんが、この前後に岩屋防衛大臣の「弾薬庫」謝罪と島外搬出事件があったばかりです。
少し前には塚田一郎副国土交通相のほうは「忖度」発言による辞任です。

共通するのはいずれの大臣も言語による説明能力に著しく欠けることです。
どうしてかくもコトバが軽いのか。

桜田氏は復興より自分が推す議員のほうが大事だといわんばかりの、いわずもがなの泥臭いリップサービスをしてしまいました。
はっきり言って、あんたら馬鹿ですか。
この桜田氏は大臣職が、ただの陣笠議員ではなく公人中の公人であることを忘れています。
大臣はあくまでも「内閣の一員」として発言しているのであって、その言葉はそのまま内閣の公式見解となります。

ところがこの御仁は、陣笠議員がよくやる選挙激励会のノリで「復興より」とやってしまったのですから、大臣としての自覚はないと見なさざるを得ません。
内輪の会だという気安さがあったようですが、ならばもっといけない。
今、自分がいかなる立場にいるのか自覚がなさすぎます。
自分の国会答弁などでいかに政権の足を引っ張ったのか、IT担当はお笑いとしても、肝心なオリンピック・パラリンピック担当省として能力不足が露わなことを、自分でわからなかったらアホです。
そしてメディアが、いったん眼をつけた「失言大臣」の首をとろうと手ぐすね引いていることを、よもや知らないわけでもないでしょうに。

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http://pleasureaggre.com/sakurada-pasokon-dekinai-...

そしてその前の 塚田一郎副国土交通相のほうは「忖度」ですから、さらに目も当てられません。よりによって「忖度」とは!

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https://www.excite.co.jp/news/article/Mainichi_201...

「下関北九州道路は下関市と麻生太郎副総理兼財務相の勢力圏にある北九州市を結ぶ。塚田氏は福岡県知事選の自民推薦候補の集会で応援演説し、道路建設を推進する県選出国会議員らが副大臣室を訪れ「これは総理と副総理の地元の事業だ」と迫られたと明かした。「私はもの分かりがいい」と応じたとした上で「総理とか副総理がそんなこと言えない。私は忖度した」と語った」 (毎日新聞00

今どきこんなメディアが泣いて喜ぶような「忖度した」などといえばどうなるのか、塚田という人の頭は帽子の台ですか。
塚田氏は、山口県下関市と北九州市を結ぶ関門新ルート(下関北九州道路)の国直轄調査への移行に関し、安倍首相と麻生太郎財務大臣の地元なので塚田氏は「オレが忖度して国の直轄調査にしてやった」という手柄話をしたわげです。

ダーです。モリカケにあしかけ2年費やして大山鳴動ねずみ一匹出せなかったメディアと野党が、「アベとアソウに忖度した」と名指しで国交副大臣が言えば、第2次モリカケ劇場が再開だと、狂喜するのは子供でもわかります。
そもそもこの道路は地元の強い要請があって計画が実現したもので、当時の民主党も賛成していたはずです。
そこに「オレが忖度」したという馬鹿が政権内に現れれば、「アベに忖度して国が有利に計らった」という例のモリカケ・ストーリーと繋がってしまいます。
実際にどのように塚田氏が関わったのかという検証も、「ツカダの秘書の友人の親戚の弟が土建会社社長で、アベの後援会の支部長だった」などとメディアがもっともらしく報道することでしょう。

そして国会空転。延々と第2モリカケ劇場の再演です。ああ、死ぬほどくだらない。
喜ぶのはメディアと野党と石破氏くらいなものです。

一方、桜田氏の方はまだ「可愛い」とはいえます。
去年11月の就任記者会見でオリンピックを飛ばした上に、パラリンピックもうまく言えなかったという「だけ」です。
動画に残っていますが、ひどいアガリ性とみえて、もうメタメタです。
https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg17757.html

これで終われば、ああ馴れていないんだね、私もつまらないことに騒ぎなさんな、ていどのぬるい眼で見ていたのですが、その後、いやもう国会答弁は恥の上塗りでした。

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「レンポウ」という確かに間違い易くはありますが、よりにもよってこのモンスター・クレーマーのような政治家の名を言い間違えたのはご愛嬌としても、オリンピック予算で「億」を何回も欠落させ、さらには石巻を「イシマキ」と連続して言い間違えたりと、ああ目も当てられない。
後ろで聞いていた首相もさぞかしアチャーの気分だったことでしょう。

失礼ですが、苦労して土建業をしながら夜間大学を出た人をつかまえてこういうことは言いたくないのですが、桜田氏の日本語の言語能力はそうとうに低い。

ただ一点弁護してあげれば、今年2月に、競泳の池江瑠花子選手の白血病公表の時に、「金メダルがとれずにガッカリした」という一部が切り取られ、かんじんな彼が言いたかったであろう「病気のことなので、早く治療に専念していただいて、一日も早く元気な姿に戻ってもらいたい」という気配り溢れた言葉は隠されてしまったことは、気の毒でした。
これは発言全部を読めばわかることですが、メディアの安倍憎しの罠に「失言大臣」が自分で首を差し出してしまった結果になりました。
※「がっかり」だけではなかった 桜田五輪相発言
https://www.sankei.com/sports/news/190214/spo1902140029-n1.html

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190407-000005...

そして、先日の岩屋大臣は謝る必要がないところで謝ってしまい、こともあろうに宮古駐屯地という最前線基地において、弾薬庫と駐屯地を引き離すという愚挙にまで及びました。
この岩屋氏の場合も、桜田・塚田氏と同じく大臣としての説明能力の致命的不足です。

大臣は有事、つまり外国軍隊の侵略や、大震災、大規模事故の場合危機対応の指揮を執らねばなりません。
その時に、的確に言葉を選んで短い言葉で官僚を使えないようだと、いてもいなくてもいいような大震災時の民主党政権の大臣諸氏のような飾り物になってしまいます。

その意味で大臣は平時においても言葉で説明する能力を鍛え、その能力がない者には、当選回数が何回だろうと大臣職に就けるべきではないのです。
安倍さん、こんな人たちを大臣に就けたことを反省してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月11日 (木)

F35の事故が起きましたが、どうぞ冷静に

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空自の最新鋭機が墜落し、現時点ではパイロットは見つかっていません。危険な夜間の訓練で、ミッション・アボート(mission abort 任務中止)を宣言した後の事故でした。

パイロットのご無事を心からお祈りいたします。事故原因については詳細が発表されていませんので、またわかりましたら記事にするかもしれません。

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CNN https://www.cnn.co.jp/world/35135550.html

「三沢基地所属の航空自衛隊の最新鋭ステルス戦闘機F35が太平洋上で消息を絶った件で、防衛省は10日、同機が墜落したと明らかにした。同機は9日、三沢基地から他のF35戦闘機3機とともに訓練飛行に出発したが、東約135キロの太平洋上で通信が途絶えた。防衛省によれば、10日午前、機体の残骸の一部が発見された。 
捜索チームが尾翼の一部を回収した。日米が行方不明となったパイロットの捜索を続けている。
日本は昨年12月までにA型105機、B型42機の調達を決めた。不明機を含む三沢基地の十数機は先月末に運用を開始したばかりだった。
昨年9月には米海兵隊のF35Bがサウスカロライナ州で墜落した。米国防当局は燃料管の不具合が原因との見方を示し、F35の運用を一時的に停止して検査を実施した」(CNN4月10日)

また、大規模な捜索を日米が連携しておこなっています。グアムのB52までが捜索に加わったのには驚きました。
これはB52が暗視能力のあるAN/AAQ-33スナイパーポッドを装備しているからと、夜間長時間の捜索が可能だからです。

「今回墜落したF-35Aは、アメリカ国外で組み立てられた機体で初めて墜落した機体でもあるため、原因追求のために日米はなんとしても機体を発見、回収したいのが本音でしょう。実際、米軍も捜索に艦艇や航空機を投入しており、過去の自衛隊機墜落でここまで米軍が捜索に加わったのは記憶にありません」(石動 竜仁)
https://news.yahoo.co.jp/byline/dragoner/20190411-00121862/

落ちたのは三沢基地の東約135キロのEEZで、相当に深い深度に沈んだと思われます。回収は難航するでしょうが、空自は意地でも引き上げをするでしょう。

「空自によると、機体は水深約1500メートルに沈んでいる。引き揚げは難航が予想され、回収できたとしても、機体の部位によっては保全上、公表されない可能性もある。米軍は三沢基地の哨戒機P8ポセイドンと横須賀基地(神奈川県)配備のイージス艦「ステザム」を現場に派遣し、捜索に協力している。墜落現場付近にロシアや中国の軍用機や艦船が接近しないか警戒する目的もあるとみられる。」(時事4月12日)

危惧としては、ロシアや中国がサルベージして最新鋭機の機密を調べることですが、「今回のF-35Aは海に墜落したとみられていますが、その場合は衝撃かショートによって電源が絶たれるでしょうから、既に機体から重要なソフトウェアは消えている」と思われます。(石動前掲) 

さて、いくつかの疑問について考えてみましょう。
ひとつは当然この事故がどうして起きたのかということでしょうか、なんとも言えません。情報が不足しているからです。
考えられる可能性としては、空間識失調(バーティゴ)をパイロットが起こしたのではないかという説です。
このF35の訓練に3機が出たという報道がありますから、おそらくなんらかの夜間における空中戦の訓練をしていたものだと推定されます。

きわめて危険な訓練です。
なぜなら、パイロットは水平線が見えない状況、言い換えれは、昼と違って空と陸の区別が突かない漆黒の闇の中を飛んでいるからです。
その場合、パイロットは視界情報がないわけですから、身体の感覚と実際の姿勢が乖離したままになることがあります。
空間識失調 - Wikipedia

この現象は濃霧などの悪天候や夜間に起きます。
去年2月には、浜松基地の救難ヘリが空間識失調と思われる原因で墜落しました。

「航空自衛隊浜松基地(浜松市)の沖合で2017年10月、空自のUH60J救難ヘリコプターが墜落し4人が死亡した事故について、空自は機長が機体の態勢を正しく把握できなくなる「空間識失調」に陥ったことが原因とする調査結果を公表した。
空自によると、事故機は離陸から約10分後、異常な速さで降下を始め、約45秒後に墜落した。この間、墜落回避の操作は一度も行われていなかった。
空自は機長が空間識失調に陥ったと推定。高度が低いことを伝える警報音に対応できなかったことや、高度計などを十分に確認していなかったことが原因と判断した。(日経2018年2月18日)

また夜間には、星空と地上の光源の違いがわからずに、気がついてみたら背面飛行していたり、上昇するつもりで降下してしまうことがあります。

2

http://pilot-sunaga.com/post-1842

浜松の救難ヘリのパイロットはレスキュー・パイロットとして十分にベテランでしたし、今回のF35事故のパイロットも全国の空自から選抜されて新鋭機を任され、今回も編隊長を努めていました。

レスキューパイロットは、ヘリパイロットで最高の腕と経験が備わっていないと任されませんし、今回のF35パイロットも40代の三佐で「飛行時間約3200時間のベテラン、F35の飛行時間は約60時間」(時事前掲)でしたから、共に教官クラスの腕だったはずです。
それでもなお、事故はあり得るのです。

なぜなら、戦闘機パイロットはぎりぎりまで機体の性能を絞り出すような訓練をしないと、実際の役には立たないからです。
夜間だからといって外国軍隊が来ないということはありません。
だからいついかなる状況が起きようと日本を守るために万全を尽くさねばなりません。
そのために自衛隊はあるわけです。

かつて空自のF15Jのパイロットだった人は、このように今回の事故について述べています。

「航空機はどうしても事故が起きるのです それは自動車や電車等と同じ だから事故を起こさないようにみんなが最善の努力をする 戦闘機はより厳しい環境で性能範囲ぎりぎりで飛行する事もある だからパイロットは訓練し、自身の技量や機体不具合には非常に敏感 完璧な機械は存在しないと思っています」
https://twitter.com/FlyTanuki

先日にも書きましたが事故は起こり得ます。だから機体の整備を万全に整える努力をするし、パイロットも高い技量を要求されます。
しかし、それでもなお防ぎようがない事故が起きたとしても、地上への被害がない海上で訓練を行っているわけです。

またよくある誤解に、F35はスティルス戦闘機だからレーダーに写らないから、そんなものが飛んでいたら民間航空機が危険だというも気がありますが、間違いです。
F35は通常の訓練やスクランブル時には、あえて3箇所にレーダー反射板をつけて「見える」ようにしています。

D3uboxcu8aasv7m

https://twitter.com/masa_0083

メディアや一部団体はこの事故でF35に「危険機」というレッテルを貼ると思われますが、冷静になってパイロットの消息と事故報告を待つべきです。 

 

 

 

 

 

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