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人々が作った日本の自然

Img_0003_3 共同体には決まり事がつきものです。そうですね、うんざりするくらいいっぱいあります。 

 家の周りには樹を植えよ、北側には大きくなる欅を、東側には風雪に強い唐松を、西側には栗や柿を植えよ。 

家の周りの道や水路は常に清めておけ、ゴミは公の場所に捨てるな、母屋の意匠は出っ張らないように、格を守り、屋根はいぶした銀灰色の瓦でふけ。 

父母や目上を敬え、村の人とは和せよ、他人の子供も自分の子と同じく遇せよ、村の中心は役場ではなく学校である、小学校は字の中心だから子供が足で通える距離(約3キロ)に配置しろ、それは火の見櫓から見渡せる半径だ。 

祭りには積極的に参加しろ、消防は忘れるな、消防が来る前に燃えてしまうから字の消防団で初期消火をしろ・・・。 

これらの無数の約束事は、共同体という「ひとつの生命体」の恒常性を保つための「自己律」、要するにルールなのです。私のような個人主義の極北から百姓に転身した者が、かつてあれほどホーケンテキと言って毛嫌いしたことの数々に、まったくあたらしい文脈で納得できししまったのですから、不思議といえば不思議です、と言っても、20年ほどの時間はかかりましたが。 

ですから、さきほど書いた村の約束事に一項をそっと入れてしまいましょう。村内だけだと立ち行かゆかなくなるから、たまには希人(まれびと・よそから来る人)の知恵と力を導ちびき入よ、と。 

では、これらの日本のムラの風景がもともとあったのかというと違います。この風景は人工的なものです。神ならぬ人が作りしものなのです。人が長い時間をかけて、誰が言い出したのかは分かりませんが、皆で樹を植え、渇水や大水に備えてのため池という調整池を堀り、河川から小川を引き田に導き、里山を手入れして、うるしなどの広葉樹を植えて水をため込む仕組みを作り上げていった、それも百年、三代のスパンで。 

そう考えると、この自然は、アフリカや中東は知らないので、少なくとも私が接している日本の農村の自然は、人々が作り上げた精緻なエコシステムだとも言えます。 

それを保っているのは他ならぬ共同体です。これは都市でのコニュミティとはやや違う。生存と生産、後世の孫子のための「保全と再生産のための共同体」です。 

この中で私たちは暮らしている。言い換えれば、このような共同体の中で「生かされている」ともいえます。 

う~ん適当な言い方ではないな、ややニュアンスが受動的すぎます、むしろ「生き・生かされている」という相互性の中にいることがわかります。 

人は協働をして生きています。特に協働という理想をもっているというわけではなく、自然の前でそうせざるを得なかったからです。その協働はただいま現在のものだけではなく、遠い彼方の時間の人々とも協働しています。それが「生き・生かされている」ということの意味です。 

また大きくは、生態系の基部をなす小動物、昆虫、微生物、地虫に至るまでを包括した「自然」との相互関係の中に生きているといえるでしょう。私たち人類という孤独な種は、孤独が故に共同を求めた。共同とは自ら生きる地を守ること、いわば「地守」あるいは「里守」の役割を永遠に続けるための手段です。この「地守」であることを絶やささなければ、私たちは決して孤独ではないのです。 

温暖化へ向かった気象変動の予兆は随所に見られます。平均最高気温が5度変化しただけで、農業は生きていくことはできません。3度の温度変化で石垣島近海の珊瑚礁は白く変色し、死滅が始まっています。2度の水温上昇で海流の流れは変化し、魚類の生態分布は変動し、漁業に大きな悪影響を与えることがわかってきました。 

私たちお百姓はその変化に敏感です。論理ではなく、五感で感じ取ります。毎年、異常気象だと騒いでオオカミ少年扱いを受けます。 

なんというのか、毒ガスに敏感で、わずかな変化に怯える炭鉱のカナリアのような存在なのです。カナリアは考えて危険だと鳴くのではありません。五感で警告を発するのです、あたかも私たち農民のように。 

 そして毎年、毎年、正常な農事暦がくることを願い、失望し、しかし、へこたれずにつましく生きています。地球温暖化とは会議場で交わされる抽象的なテーマではなく、今年がそうであったようにつましくも生き残り、子供にこの田と畑、水と里、樹と風を残すための切実なテーマなのです。 

余談ですが、宇宙船地球号とか、ガイアという優れた西欧の考えが紹介された時に、ある意味、なんとなく感覚で納得出来たのはわが日本農民だったのではないでしょうか。それはエコロジーとか地球環境と言ったなじみのない肩肘張ったテーマではなく、宇宙船地球号ならぬ、宇宙船北浦号としてまんま翻訳可能だったからです。「モッタイナイ」が今や世界語になったように。 

そして宇宙船ムラ号は既に千年以上もの長き航海を続けています。私もその船の船客ではなく、ひとりの漕ぎ手として人生を終えることでしょう。それは幸福な人生だと思います。 

やおろずの神、これから来るであろう大きな変動の時代にわれらが人と自然の共生が耐え、そして生き残りますように、あなたに祈るような気持でこの夏を迎えます。

写真は田植えが終わって、水を満々と湛えた谷津田

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