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5人馬鹿が集まれば、世界を変えてみせよう

 組織の揺籃期というのはなんでも楽しい。なんせゼロから、なにも手本にせずに、自在に創り出すという経験ほど、私のような人間にとってかけがえのない喜びはないからだ。いわば第1世代。

 Gという今まで類例のない農業集団を作った時がそうだった。Img_0003この10月でちょうど創立10年になる。もうそんなになるのかと驚く。 なにもない、あるのは身銭を切ったわずかな出資金ひとつと、日本農業を刺激する面白いことをしようぜ、というエネルギーだけ。

 小さな事務所、事務員もパートの1名しかいない、パソコンは自宅から持って来た。電話も寄付してもらった一本だけだった。

 おまけに何回も自腹を切って、資金の追加補給をした。しないと潰れた。取引の営業をかけながら、同時に作付けをせねばならなかった。もし、失敗したら、全量買い取る覚悟だった。そうとでもなかったら、生産者から信じてもらえなかったからだ。

 地縁血縁で縛られている従来の農業団体を、思い切って変革する県境を超えたネット組織を構想したので、既存の人達からはうさんくさい眼で見られた。ありとあらゆる誹謗中傷が降ってきた。

 「聞いたことのない団体だべぇ」、「バイヤーだっぺよ」、 「街から来た訳のわからん奴がやってっる怪しいとこだべ」、「なんか裏があるっぺよ」・・・エトセトラ。いちいち怒っていたらきりがなかった。

 テイクオフまで長かったので、出荷開始の時には資金がショートしかかっていた。とうぜん、職員には給料を出したが、こちらは数年ほどは無給だった。だから、初回の振込が、生協からあった時には、相棒と手を取り合って喜んだ。

 ほっとしたのも束の間、初出荷のわずか1カ月後、東海村の原燃がドカンといった。私たちの村にも放射能が来た可能性があった。この事件については別稿で書くが、注文は激減して大打撃を喰った。まるでジェットコースターだ。

 内部もネットワークというと聞こえがいいが、寄せ集めで、組合費を頭を低くしてもらいに行った。かんじんな作付けは、皆が勝手にしたので、ある時には溢れる、ない時にはなかった。何度も欠品を出し、取引先に頭を下げてまわった。

 こんな状況で、2000年にJAS有機認証を集団突破した。良く出来たものだ。今になると、逆に突破するということで、かろうじてまとまっていったのかもしれない。刺激的だったが、もう一回やれと言われれば、尻込みするが。

 ただ、こうは言える。この時期は楽天的で、しびれるほど楽しかった、と。

 私がGの代表を引いた時あたりを境にして、第2世代が実務を握った。ギルドの創立には関わらなかった人達だ。立ち上げの恐怖も歓喜も知らない。危ないジェットコースターには乗らなかった。
時は、創設の季節が終わり、平時になったのである。第2世代にとって、ギルドと関わった時に、既にそこに「あった」のである。

 Gはそこそこに大きくなり、職員も増え、事務所は3倍になった。会議室も出来た。そして、ネット構想が成功し、一時は70名を超える生産者と100町歩を超える認証畑を持った。

 第1世代の特長は、破壊的なエネルギーだ。ほころびだらけの衣を着ていても平気で、前のめりのバカバカしい陽気な部分がいる。整合された世界に生きるのではなく、その世界自体を創ろうとする。生意気で、気負っていて、鼻っぱしらが強く、自分が弱いということを知り尽くしているからしぶとい。

 変人でなければ務まらない。言い換えれば、平時には昼行灯である。立ち上げとか、非常事態になると、妙に嬉しそうにしている。この馬鹿たちには、合言葉がある。「5人バカが集まれば、世界を変えてみせよう」。

 さて、第2世代は、この上に規則や組織構造を乗せることになる。第1世代のムチャクチャなエネルギーを整理し、組織し直す役割だからだ。なぜなら、そもそも規模が違ってきているし、ガバナンスを考えれば無茶もできない。

 すべてが慎重で、あたりさわりがなくなる。常に前のめりで、時に破天荒だった私たちとはまったく体質が違う、穏健で、バランスのいい実務家肌が揃った。このようにして、ギルドの体質がゆっくりと変化していった。

 そして第2世代の部下の第3世代に至っては、一般労働市場から来るのが当たり前となった。もはや一般の会社とさほど変わらない。同じ理念を掲げても、中にいる人間が大きく変貌してしまっている。

 今、私は自分に身びいきに言えば「伝説の人」だ。はっきり言えば、神代の人、関係ない人、とうに終わったと思われている人、昼行灯。

 だから、もうGの職場に行っても、この情けない「伝説の人」の居場所はどこにもない。私が誰か知らない人もいるはずだ。たまに行くと、ちょっと言いたくなる時がある。「君らの職場は俺が作ったんだがね」と。もちろん、言わないが。

 Gというのは私の精根込めた作品のような部分があったから、私がそこから精神的に独立するまで2年ちかくもかかってしまった。で、ようやく去年くらいから自分の居場所は自分で作るものだと割り切ることができた。今はもうギルドの私ではない。わかっていながら、時間がかかった。失恋をした人に想いをかけるようなものか

 しかし、そう簡単にはくたばらない。まだ挑戦は続く。

 写真は、雪の中の八角堂。八角堂は、農場の音楽室。ロックを大ボリュームで聞いたり、映画を観たり、エレクトリックギターや三線の練習をしている。いや、昼寝の時間のほうが長いか。

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コメント

おおっ、
雪の八角堂!
これは、すごいな。これは、すごい。
酒飲みには最適だ。
しかも、雪だ。
チカラ任せに酒を飲み、がんがん歌を歌い踊るのだ。

やはり、ハマタヌ様はすごいな。
伝説のロックが聞こえて来る。すべては、ここにある。時空を超える。

投稿: 野生のトキ | 2008年6月 5日 (木) 23時32分

そうそう、この八角堂手作り?
すごいなぁ、行動力。そしてソシキにできて自己増殖するのがまたすごい。神代の世界があるんだなぁ。
(ときどき「確認」を押して投稿したつもりで閉じてそうなっていないことに気付いた。今日は「送信」を押す)

投稿: 余情 半 | 2008年6月 6日 (金) 05時22分

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