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2008年7月14日 (月)

雛が入りました! その3 ガリで、ドジな子の死

Img_0020 こんなことを考えていたら、私にペットがいたことを思い出しました。
卵をゼンゼン生まないのでまぁ、いちおうペットと呼びます。ようするに、駄羽です。ケージ養鶏では真っ先に締められます。というかハナから居場所がありません。うちの農場の方針は「駄羽もいるあたりまえの社会」ですから、駄羽の諸君もワラワラいます(←自慢することか)。
ほんとうに弱い雛で、どうしようもない。雛の時からドジで、ガリガリで、一時は別飼いと言って群から分けて飼っていたこともありました。成長しても群になじめず、いつも高いとまり木の上で、皆が食事をするのを上から静かに見ているような女の子でした。あまりドジなので個体識別ができてしまったくらいです。
私が個体認識できるのは駄羽か、凶暴な雄鶏しかありません。優秀で大きな鶏は見分けがつきません。これでもいちおう感情移入しないクールな管理者なんですよ(どこが)。鶏が死ぬごとに号泣していたら身が持ちませんもん。
彼女はメシの時間にも一緒に食事ができないんです。鶏というのは集団性生物特有のイヤミなところがあります。劣位の鶏が傍らに食べに来ると鋭いクチバシでカツンっとつつく。劣位には食べさせないわけですね。果てはつつきまくってとまり木の最上部にまで追い上げてしまいます。
そして食事を終わってからそっと食べに来るとまためざとく仲間にいじめられる。私が彼女のための特設食事処を作ってやって生き延びていました。ですから、彼女は私が餌に部屋に入ると、うれしげに、有難迷惑にも、肩に飛び下りてくるのです。鶏の脚には鋭い爪がありますから、夏のTシャツだとシャレにならないくらい痛い。痛てぇじゃねぇかと払っても肩に乗って来ました。
昨年の熱波の夏、8月16日朝、彼女は干からびるようにして片隅で死んでいました。酷暑に加えて、長い間なにも食べられなかったのでしょう私にも目配りする余裕がなかった。いまでも思うのですが、彼女は私のことを親と思っていたのかもしれません。
もしそうなら、私はいい親だったのだろうかと自問します。
写真は、ガリでドジな彼女が自分がそうであったらと祈っただろう姿。わが農場のシンボルです。

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コメント

結局淘汰されるんだね、と昨日から腰痛のつれあいは申します、私は身につまされて・・・ううっ

あっ、上のコメントは名無しの権兵衛ではなくわたくしでした。余情 半

ありんくりんで私はこの話が一番好き

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