金ピカバブル時代にダッシュ村 その1 貧乏人のキャンピングカー
私は金ピカバブルを知らない希有なニホンジンです。世間様が新入社員研修ハワイ!億ション馬鹿売れ!などと浮かれ騒いでいる時代に、森の中で暮らし始めたからです。
沖縄に渡ったのが1982年、そして本土に帰ってきて、今の暮らしを始めて母屋が建つまでの1990年頃までが私のダッシュ村時代でした。ね、丸々バブル期と重なっているでしょう。親は泣く、親戚は笑う、友人は仙人と囃すというまこと面白い時期でありました。時あたかもバブル真っ最中に、月に5万円、生活すべて手作りという生活をしていたわけです。
この土地にやって来た時の車が左下の写真です。ホンダの箱荷台付き軽トラでした。今はひっそりと農場の入り口でゲートガードの余生を送っています。この車で生活をしながら、西は岡山、東は栃木まで渡り歩いたのです。
どうやって暮らしていたのかというと、農業用の黄色のコンテナ4個をこの箱荷台(キャビンというのもおこがましいただの箱)の四隅に置き、ひとつにはカセットコンロと鍋釜、ひとつには衣類、ひとつには本やラジカセ、ひとつには味噌醬油、米などを入れ、その上にどっこいしょとコンパネという厚手のベニヤ板を敷きます。そして、その上に敷き布団と掛け布団を置くと一丁上がり。称して、これぞまことの「貧乏人のキャンピングカー」。
これがまた、ピッタリのあつらえたようなサイズの荷台で、大人が足を伸ばしてピタッと収まるのです。寝る時は、内側からズルズル~とドアを閉めます。絶対に酸欠にはなりません。だって、隅には錆びてた穴が一杯にあって、寒風がシュルシュルと入ってきますから、安心。元は魚屋が使っていたと見えて、初めの頃には、ドアになんとか鮮魚店というロゴまで書いてあったのですが、境内の駐車場に寝泊まりしている時に朝起きると、お坊さんに仰天されたことがあって、さすがに消しました。そりゃお坊さんからすれば、なんとか鮮魚店のバンの荷台から、ふわぁ~とあくびをしながら人が出てきたら驚くわな、確かに。
この貧乏人のキャンピングカーで、色々の農場を見て回りました。一か所3泊4日程度お邪魔をして、農作業を手伝いながらお話を伺い、そして次に見たらいい農場を紹介して頂きます。そしてまたそこにガタゴトと移動するという生活でした。当時は沖縄の過酷な農業修行をした後ですから、身体は頑健そのもの、自分で言うのはなんですが、使いでのある旅人だったと思いますよ。
長距離移動となると、さきほどのようにお寺の境内の駐車場によく泊まりました。住職にお声をかけて停めるのですか、運がいいと宿坊に泊めて頂いたことも何度かありました。そしてこころばかりの喜捨をして、また次の土地へ旅立ちます。人の情が妙に嬉しいのが旅です。
夏など、シャワーを浴びたくなると、夜に、青シートを張りめぐらし、蛇口からホースで水を掛け合いました。このホースはなかなかのスグレモノで、20メートルほどの長さで、先にコック付きのシャワー栓がついています。これに朝、水を満たして、裾を縛って、軽トラの屋根にしばりつけておくと、夕方にはしっかりと太陽熱で熱せられてお湯になるという寸法です。
シャワーを浴びたら、青シートについている紐を伸ばして、一方を車に、片方を樹に縛りつけて天幕にします。そして食事の準備。外食は金がほとんどないので、当然なし。ほんとうは焚き火でとでも言いたいところですが、実際には境内や公園の駐車場で焚き火などできるはずもなく、カセットコンロでしょぼしょぼとした煮炊きです。電気がないうえに、火がひとつしかないので、ご飯から鍋で焚きます。そしておかず、最後に味噌汁の順です。
別にキャンプに来たわけでもないので、調理器具は普通サイズの包丁と鍋、まな板でさっさと調理していきます。海に近い土地なら絶品のお魚が手に入り、魚屋さんにまで「おい、これで全国を回っているのか!よし、これも持ってけ」とおまけまで頂きました。またもや感激。冷蔵庫がないので、さっさとその夜と翌朝で食べきりました。今でも、魚やあらの料理はちょっとしたものですよ。このホーボー(旅人)生活で私は料理が飛躍的にうまくなってしまいました。
夏を過ぎ、秋の京都を通過したあたりから、猛烈に寒い琵琶湖の冬に遭遇しました。ハンパではない木枯らしと、時にみぞれまじりの雨です。夜には仕方がないがないので、シートで車体をくるんでいました。外から見れば、青シートにくるまった軽トラ、異様ですよね。
ここで活躍したのが湯たんぽ。湯たんぽを足元に置いて、ダウンジャケットを着て、フードを降ろして布団にくるまって寝るわけです。私たちがこの後2年間も住むことになるトリ小屋ライフにまったくめげなかったのはこんな下地があったからです。
(もしかしたら続く)
« 土の道 | トップページ | 価格問題をまっ正面から消費者に提起すべきです その1 未曾有の危機 »
「私のダッシュ村時代」カテゴリの記事
- 大根干しの情景(2008.09.25)
- 秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中 とりあえずの最終回 新トリサマ亭の中は?(2008.09.07)
- 秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中! その6 NDの悲劇と蹉跌(2008.09.05)
こんにちは♪
私も、全くバブルの恩恵は受けず・・・でもはじけた被害だけは被りました・・・涙・・・
それにしても、キャンピングカーでの生活を共にされた奥様に拍手喝采ですね!!!!!
素晴らしいです♪
ところで・・・我がブログの左側に「応援したい生産者さん」というコーナーがあります。
その中の「イッシー&ウッチーさん」をクリックすると、その方たちのブログにアクセスします。
この春から新規就農された方たちで、ブログからは、とても明るく作業をしているように感じられますが、実際はとても大変だと思います。
先日、その方たちにコメントで、このブログ主さんとこのグログを紹介しました。
もし、お時間がありましたら、のぞいてみてください。よろしくお願いいたします♪
投稿: ゆっきんママ | 2008年7月18日 (金) 17時26分