« 街をオーガニックで包みませんか? | トップページ | 米、この奇跡の穀物 その1 稲の花が咲きました! »

農業は深く広い風呂敷

Img_0001                                                    普通、工業といえば工業です。工業生産とその施設や技術、人事や資本構成を見ておけばいいわけです

ところが農業という分野は農業生産の技術や施設を見ていても農業のなんたるかは分かりません。

私は農業というのは、人々の生活にまつわるありとあらゆることをつなげ、包み込む風呂敷のようなものだと思っています。たとえば、教育、福祉、環境、工芸、演芸などは皆農業の中にもともとあったもので、それが分化して農業から出て行ったものだと考えています。かつて農業は生活の核として、大きくゆったりとすべてのことを包み込んでいたのです。農業の懐はほんとうに深く、広く国民はなにかしらの形で、農業と繋がっていたのです。

農業は、かつて失業者人口の吸収する場所でした。今でも沖縄はそうですが、自慢ではないが、日本最高の失業率を誇ります(えばることか)。しかし、なんかお気楽なんですね。単なる亜熱帯的楽天も大いにありますが、それだけではなく自分の村に帰って百姓の手伝いでもすればなんとなく食っていけるからです。今まで歴史的に農村ほど時の景気のクッションになってきたところはありません。Img_0023 どんなに疲れて傷ついた人でも、やさしく受け入れてきたのが農村でした。

また、障害者でも、その障害に応じてやる作業はいくらでもあります。老人にも子供にもたっぷりと向いた仕事があります。こんな分野がどこにあるでしょうか。

神経を病んだ人ですら、毎日淡々と草むしりをして、土をいじっているうちに快癒してしまったという例もたくさんあります。有名な森田療法という精神療法は、病院に農園を併設して患者さんに農作業をさせる中で、土をいじることによる心の落ち着き、植物の成長を助ける楽しさ、虫や鳥と生きる意味、収穫の歓びと言った農の癒しを大きく利用して、治癒していくという方法です。単なる抗鬱剤の投与で事足りさせてしまっている近代精神治療とは雲泥の差です。

工芸は元来が、農閑期の冬に竹細工や藁細工、紙すき、陶芸などをやったもので、原料そのものからして、田んぼから出る藁、裏山を手入れしての竹、里山の漆、紙の原料の楮(こうぞ)、田んぼの床土から採れる粘土に至るまで農業の中で取れたものです。様々な工芸は農業の中で生まれて育ち、やがて枝分かれして専門化していったものです。備前焼など、今でも粘土はその土地の田んぼのもの、そして窯に藁をくべてあの独特の焼締めが完成します。

演芸はわが村の子供お神楽などのように代々農村で受け継がれてきたものです。民謡にしても、謡いにしても皆、大元は農業にありました。いや、祭自体が神事です。そこで祭られる相撲なども、もともとは豊年を神に祈願し、感謝するところから来ています。

Img_0010 そもそも神道という日本の民俗宗教そのものが、農業から生まれてきた農業宗教、ないしはCWニコルさんに言わせれば森林宗教だそうです。だから、明文化された教義がなく、都会の真ん中の神社ですらうっそうとした森に囲まれています。あれは農村の森の中の社が源流にあるからです。

うちの村の化蘇沼稲荷神社(けそぬま)では8月25日に恒例のお神楽と奉納相撲があります。村の人は8月の声を聞くと、仕事が手に着きません。夜になるとお神楽の笛の練習の響きが聞こえてきます。小学生は汗だくになってお神楽の練習をしています。

Img_0020 教育というのは、このような様々な農の豊かさを通じて人としてまっとうに生きていく道と技を子供に教えていくことでした。

教育は単に方程式を覚えることでも、英語のイデオムを暗記することでなく、世に出た時に人として恥ずかしくないあり方を教えることでした。そのために、農の中で学び、里の山や川で遊んできたのでした。

そのように考えると、農業の衰退とともに、国民が今までどこかで共有してきた農的な風景が失われ、また農業もそれと呼応するように、生産性の向上、機械化の拡大、大型化、兼業化に転じていってしまいました。それ自体がどうのという気はありません。いたしかたなかったことです。しかし、結果、農業はもっとも大事なハートを失っていきつつあります。

農業が国民の共有のハートである限り、農業は国民の財産であり続けます。しかし、単なる農産品生産部門だとしたら、国民はせいぜいが食糧自給率のテーマの時に農業を思い出すに留まるでしょう。農業は日本人が日本人であり続けるための拠り所なのです。このことを21世紀の国民的なテーマにしていければと思います。

そう、農業とは風呂敷のように変幻自在に形を変えて、人々の文化や生き方、歓び、哀しみを包みこむ不思議な存在なのです。

写真は上から、蓮田んぼの夜明け。2段目は農場の冬の曙。3段目は化蘇沼稲荷神社。最下段は村の道。

|

« 街をオーガニックで包みませんか? | トップページ | 米、この奇跡の穀物 その1 稲の花が咲きました! »

農業ほどおもしろいものはない」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/515571/42045798

この記事へのトラックバック一覧です: 農業は深く広い風呂敷:

« 街をオーガニックで包みませんか? | トップページ | 米、この奇跡の穀物 その1 稲の花が咲きました! »