« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

田んぼの旅 第4回 赤とんぼは何処に行った?

_edited

田んぼの上の美しい靄の正体

ゼーゼー、さっきまでタニシの歌声に惹かれて、夢中で自分の田んぼを這いずっていたので、お百姓は息が上がっています。

軽トラックが停まって、消防団仲間のヨッチャンが笑いながら顔を出しました。

「なにしてるんだ。財布でもなくしたんけぇ」(語尾を上げていただくと、正しい茨城訛りになります)。「タニシが歌っていたんで」とお百姓は言いそうになって、あわてて口をつぐみました。無農薬で田んぼを作っているだけで、充分村うちでは変わり者なのに、その上「タニシの歌声が聞こえた」ではいっそうヘンな奴だと思われてしまいます。

「それにしも、お前の田んぼは汚いなぁ。草もでているし、虫だらけじゃねぇけぇ。オレの田んぼはクリーンなもんだぜ。じゃあな」とはヨッチャンは元気に行ってしまいました。ヨッチャンは5町歩もの田んぼをやっていますが、農薬をキッチリ振って実にクリーンなもの。

クリーンな田んぼでは赤とんぼは生きていけない

クリーンかぁ、でも、クリーンな田んぼじゃあアキアカネは生きていけねぇんだよな、とお百姓は思いました。アキアカネ、通称赤トンボ。そういえば、昨日、田んぼの見回りに来た時に、自分の田んぼのあたりがうっすらと赤いもやがたったようになっていたことを思い出しました。一株に3匹も4匹もアキアカネがとまっています。アキアカネは6月の終わりくらいに田んぼで羽化し、熱い夏には高い山の方に移動するとモノの本に書いてありました。

生まれたてのアキアカネは白っぽく、オレンジ色を経て、だんだんと色が乗って涙ぐましいような鮮烈な赤い色に変わっていきます。稲刈りの終わった頃に、田んぼで産卵をするのがアキアカネの習性なのです。

写真は秋晴れの下の芋の収穫風景。

■ 余情半様、温かいコメントありがとうございます。ご質問の北浦の漁ですが、ワカサギやシラウオを採っていると思われます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

田んぼの旅 第3回 ドジョウやタニシがいる田んぼ

_edited

歌声の先には水の取り入れ口が

気のせいかだんだん「しーしー」という音がおおきくなってくるようです。入水口があるあたりです。その窪みにいたのは!(♪音楽高まる)タニシでした。なんだ、タニシか。でもこのナンダが大変なんだ。今の日本の田んぼでタニシやドジョウがいる田んぼは希少価値です。

ひと昔まえまでの田んぼでは、お百姓は草取りのかえりにタニシを集め、夕餉の味噌汁にしたものです。ダシをいれなくてもほんとうに滋味あふれるいいお汁が飲めたものです。ドジョウはツトという一方から入ると出られなくなる竹細工の仕掛けを作って夜にしかけて朝に見に行くと、ウジャウジャとありがたみがないほど採れたものでした。

お百姓もガキだった頃、近所の悪ガキたちと夜にこのツトをしかけに行って、帰りの駄賃にスイカをくすねそこなって、源ジイ(しぶとく90歳で存命)にポカポカやられたことを思い出しました。そうだ、あのジジイにドジョウでも採っていってやるかとお百姓は思いました。田んぼの隅に捨てた風呂桶を埋めてやると、秋に田んぼの水を落とした時にドジョウがわれもわれもと入り込んでドジョウ風呂になることを思い出したからです。

田んぼは一昔前まで、米だけではなくておかずでも食卓に直結していたのです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

田んぼの旅 第2回 ヤゴが沢山いたら赤とんぼは大丈夫

_edited_3 ヤゴがたくさんいたら秋には赤とんぼの大群が見られる

赤とんぼの幼虫のヤゴがたくさんいるところに出ました。このお百姓もちょっと前まではヤゴを知らなかったのです。初めは「うわ~、また害虫だぁ!」と手でとったりしていたのですが、これがあの秋の風物詩赤とんぼの幼虫ヤゴでした。このヤゴはアカムシやイトミミズを食糧にしているのです。ですから逆に言えば、ヤゴがいれば、たくさんのイトミミズが生息しているということになります。

前にお百姓はどのくらいイトミミズがいるか調べてみたことを思い出しました。2リットル入りのペットボトルの上をかっとばしてその中に田んぼの土を入れます。はじめ2日間ほどはなんともない単なる泥にみえたのですが、3日めあたりからムニュムニュとイトミミズのお尻が見えだしたのです。「これが、イトミミズかぁ」と感激してそのペットポトルに触ったやいなや、そのイトミミズの群れは一瞬で泥に潜ってしまいました。

1週間ほどするとイトミミズが糞をするところにもでくわしました。ほんとうに繊細で微小な粒子です。このイトミミズは土中生物でももっとも大型のものです。この微小な糞が田んぼの泥の下に蓄積していくと、この微小な糞を食べる動物性微生物の食糧となり、更にその糞が植物性の微生物の食となっていくといいます。ね、わかるでしょう、これが食物連鎖というやつです。

田んぼのトロトロの粘土層を作るイトミミズ

このお百姓はイトミミズ様(もう、様づけになっています)の偉業を勉強したことがありました。イトミミズ様は「エコロジーとデクノロジー」(岩波新書)によると、面白いことをなさいます。頭を粘土の中に没して、パクパクとさきほどのプランクトンや有機物をお食べになります。一方、お尻を水面にお出しになってプリッとかわいいウンチョをしたり、空気を取り込んだりなさっているのです。え、お尻の穴から空気を吸うかって。オナラの間違いじゃないかって。まったくもう、ミミズ様は単孔類ですよ。空気が出るも入るも自由自在。しかもこのウンチョには可溶性のリンがたっぷり入っていて、土を富ませ、かのにっくきコナギという稲の敵の種も埋めてくれることがわかっています。

このイトミミズはどのくらいいるのでしょうか?10アールあたりざっと200万匹はいるそうです。ただし化学農薬をつかわなければのはなしですが。

ニホンアカガエルの胃の中をみてみよう

お百姓の鼻先にケコケコとニホンアカガエルが飛び出してきました。実は同じカエルでもトウキョウダルマガエルやニホンエカガエルは畦やその近くの草の中が好きなのです。一方、おなじみのアマガエルは水田の中で水に浸って生きています。好きな場所が違うと生態も少し違うそうです。

このニホンアカガエルのおなかの中を調べたデーター(宮城県農業試験場)があったことをお百姓は思い出しました。それによると井の中のカワズ、じゃなかったカワズのなかの胃にはイネアオムシ、アブラムシ、ヒメトビウンカなど稲の害虫をしっかり食してくれていたのです。おまけにアカガエルは稲の茎をクライミングして茎の途中についている害虫もパックリしてくれるのです。なんてマメな奴だぁ、お前は!お百姓はふみつぶしそうになったアカガエルをそっとよけました。しかし、あの「シーシー」(レモン♪と続けてしまいそう)の音はいったいなんなのでしょう?

写真は霞ヶ浦・北浦の早朝延縄漁の風景。二隻で網を引いています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

田んぼの旅 第1回 メダカの水音、タニシの歌声、クモの旅行

_edited

タニシの鳴き声に導かれて

さわやかな夏の早朝、田んぼの畦(あぜ)をみまわっていたお百姓は耳鳴りのような音を聞きました。頭を叩いたり、耳をかっぽじってみたりしたのですが、止まりません。「しーしー」というこの音はいっかな鳴りやみません。ひょっとして生きものが出している音かなと思い、畦で大きくジャンプしてみました。ど~ん。それでもとまらないのですね、この音は。

猛然と気になりだしたこのお百姓は、靴を脱いではだしになりました。かがんでもうすぐ実が入ろうとしている稲をかきわけながら行くと、なんと稲の根本に野鳥の巣のあとがありました。「おい、オレの田んぼで巣まで作っていたんかぁ!」とびっくり。しかしこれが音源ではない。

更に進むと、こんどは突然の人間の闖入にびっくりしたニホンアカガエルが♪ワラワラゲコゲコと鳴きます。大量にいるヤゴやアカムシを食べにカマキリが優雅な鎌を太極拳のように振り上げて、人を威嚇します。「北斗の拳」に出てきそうなキャラクターだなとお百姓は思いました。

クモは一本の株の上と下で種類が違う

お百姓が歩くたびにクモの巣がキラキラと朝露をたたえています。俳句もひねるこのお百姓は、そのの美しさに惹かれて「朝露のきらめきたつやわが稲穂」(←字余り)と即興でひねりながらあらためてクモの巣を見ると、これが何種類もいるのですね。稲の株もとには水面をスイスイと泳ぐことの出来る種類のクモが住んでいます。コモリグモの種類です。コイツは人相、いや虫相は凶悪なのですが、イネアオムシなどの害虫をバクついてくれる可愛くない顔をした可愛いヤツです。

株の中間から上のクモは悠然と隣の稲に巣をはってじっとしています。どうもコイツは隣の株と行き来しているようです。稲の葉先を折り紙細工のように折り畳んで巣を作る器用なナカムラオニグモもいました。お、と思うまもなく、一匹のちいさなクモが巣ごと朝の風に流されて飛んでいってしまいました。まるで魔法の絨毯にのった魔法使いのようです。クモはあわてる風もありません。風の旅を楽しんででいるようです。「クモのくせにカッコいいじゃないか」と消防団の集団旅行しか知らないお百姓はクモの気ままな旅がうらやましくなりました。

気持ちがよくなって思わず、好きな奥田民生の「股旅」をつい鼻唄でうなりだしてしまいました。♪さすらおう、この地球をぉ、ころがりつづけて唄うよ旅路の唄をぉ。いやいい朝だ。お百姓はなおも稲の森を抜けて進みます。

                                         (続く)

■「地球温暖化を考える」シリーズはいったん休止します。資料はうず高くなっていって、とうとう20数冊にならんとしています。しかし、どうにもわからないことだらけです。特に氷河の後退の部分で、あまりに地域差がありすぎて局地的な気象状況なのか、地球的な変異なのか、もう少し資料を読み解く必要がでてきました。また二酸化炭素の増大と地球温暖化の関係にも疑問が生じています。ここで引っかかったまま先に行けない状況です。もう少し勉強をして再挑戦いたします。

■画像が鮮明に出ない状況が続いていて参っています。とりあえず不鮮明ですがアップしました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

大根干しの情景

_edited_2 大根干しの情景です。人物は懐かしきわが研修生のT君です。どうしていますか。彼も結局は就農できなかったな。

大根は大体1カ月弱干します。写真でわかるようにかんぜんに両端がくっつくくらいまで干すと、太陽の滋味を浴びてほんとうに美味しい沢庵になるのです。

沢庵は米糠に柿の皮や鷹の爪と少量の昆布と塩を混ぜて大根葉で蓋をして重石をかけて漬け込みます。

たしかこの時は、大量に200本近く漬けたのだと思いました。大根も青首ではなく理想大根という沢庵専用品種を使います。やや細く、首がすぼまっていません。生食より漬け物にしたほうが美味しい品種です。三浦大根でもやりましたが、大き過ぎて干すのが大変。縄にうまくかからないのです。

こんなふうに昼干して、夜は天気ならシートを被せ、天気が崩れそうなら納屋や母屋の軒に干していきました。干すことに大半の時間を費やすのが、この沢庵です。

うちの村にも時期だけ稼働する沢庵工場があるのですが、干さないで生のまま洗って、水圧プレスで押して、漬け込み液で味付けします。あっという間に出来てしまって、見学した私たちは脱力しました。

美味しいものは手間がかかるってことです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第7回 なぜ煽るかマスコミの謎

Photo 昨日の記事についてのゆっきんママさんの「どうしてマスコミはこんな事実をつたえないのでしょうか」という疑問は私もかねてから首をひねっていたことです。

そうなのです、ほとんど洪水のようにテレビ、ラジオ、新聞で毎日のように「CO2を削減しないと、地球温暖化による破滅がやって来る!」という情報が流れ込んできています。うちの小さな村役場にも柵にヒラヒラと「CO2を削減しましょう!-6%チーム」などと桃太郎旗が翻っています。

そのためか、誰もかれも、ネコもシャクシも家のお風呂が沸きすぎたといえば地球温暖化のためだと言い、家計がマッカカなのも地球温暖化のせい、亭主が遅く帰って、顔がマッカカなのももちろん地球温暖化のためです。ましてや台風が来ようものならもちろん地球温暖化です。逆に来ないなら来ないとなると、気象変動の前兆です。

面白いことにはこのことに関しては、右も左もなく産経から朝日、読売から毎日、フジからNHKまでベタ一色でぬりつぶされている感があります。まこと天下の奇観といえましょう。私は思春期からコッチ、こんなすべてのマスコミが歩調を揃えた光景は初めて見ましたよ。正直言ってやや気味が悪い。いや相当に気持が悪い。

ついでに言えば、電気事業連合会が原発や六ヶ所村再処理施設をクリーンエネルギーの最大の決め手と宣伝している声に、彼らと共に天を頂かざるはずのわがエコロジスト・有機農業陣営も一緒になって「地球温暖化阻止」を唱和している光景も相当に気持が悪い。

Jpg_edited それはさておき、こんなキテレツな呉越同舟の光景を作ったのがマスコミであるのは間違いがないことです。上の昨年に放映されたNHKスベシャルを単行本化したものをご覧くだされ。帯のトーンなど「もう手遅れなのか」ですよ。もう手遅れなら、そもそもこんな番組なんか作る必要もないだろうに。

公共放送が、こんなに古館さんよろしく大絶叫していいのでしょうか?地球温暖化CO2説はあくまで未だ科学的な定説のない「仮説」にすぎません。異論も多々存在します。

しかし、NHKは異説を一切ないもののように扱います。地球上の科学者が、皆声を揃えて同意見であるかのように編集しています。

しかも、視聴者にコンピュータ・シミュレーションでこれでもかというあざとい映像をお茶の間に見せていきます。大洪水、天変地異、飢餓、疫病・・・しかしこれはあくまで電脳上で「予測」された、しかも100年先の「最悪の予測」でしかないのです。*上のNHKのCGはNYにカテゴリー4のハリケーンが来たもの。

もちろんNHKは周到にナレーションでそのような説明はしているようです。しかし、現実に番組をリアルタイムで見ていた私に印象されたのは上のようなカタストロフ(破局)のシーンでした。たぶん皆さんも見ていたのなら、たぶん同じ感想をもたれたのではないでしょうか。

このようなやり方を、「印象操作」といいます。強烈な印象のシーンをぶつけて屈伏させ、見る人の意識を情報を流す側の思うがままの一定の方向に誘導する報道手法です。ある種の反則技で、古典的な方法ですが、それが故に効きます。

上のような映像が流れたとして、それを検証しようと思う視聴者が実際何%いるのでしょうか?たぶん番組を見たまま、その説明を忘れてショッキングな映像のみで地球温暖化問題を「理解」します。だいたいビデオにとって、繰り返し見るようなことをしない限りそれがあたりまえなのです。しかし、しっかりと番組の「地球温暖化は大破局を近い将来に招く」という制作意図は伝わったのです。

このようにして多くの明らかな誤りの情報がマスコミから流れていきました。経済学者の池田信夫氏は2つの例を紹介しています。TBSは100年後に6.4°の温度上昇があると、IPCCの1.8~°4°という予測より大幅に大きな数字を流しました。完全な誤報です。

また、読売新聞も100年先と注釈せずに、地球温暖化が進めば、「日本の9割の砂浜がなくなり、渡り鳥の干潟もなくなる。農漁業に大きな影響が出る」と報道しました。この1m海面上昇の根拠は、このシリーズをお読みになった方ならお分かりのように仮説の最大値58㎝に高潮時を足したというような数字なのです。しかもくどいでようですが、100年先の!第一、IPCCの予測値は平均38.5㎝なのです。

他にもこのシリーズで検証したツバルや北極の氷河崩落、ホッキョクグマ絶滅など、この地球温暖化問題はまさに誤報と過剰な破局を煽った報道の宝庫と言えます。

なぜマスコミは誤情報に振り回されるのでしょうか。いや、それどころか社会に混乱を与えかねない煽り的情報を流すのでしょうか?

この原因は簡単です。不勉強。そして付和雷同。長いものには巻かれろ。それに尽きます。うちの農場に来たマスコミの不勉強さを教えてあげたいくらいです。下勉強をして来た者などいません。もうインタビューを受けていてイヤになるくらいです。

次に、初めから「結論」らしきものをもってくるのです。うちの農場だったら、「都市から来て、生きもの好きな明るい家族」とか、まぁあるわけですね。その意図でシナリオを書いてきます。私が「町に戻りたいですねぇ。いやもう飽きました。どよ~ん」などと冗談でも言おうものならカットです。私如きでもそうですから、ましてや政府がらみの国際問題と化している地球温暖化問題など、異論はカット、カット!でしょうな。

最後にマスコミは「絵」がなければ生きられない人達なのです。ピッタリと自分の制作意図に会う「絵」。これもうちに来たTBSなど、私が延々と霞ヶ浦浄化のことを案内してもうわの空。関心は外来魚であるアメリカナマズの大きいやつの「絵」です。出来た番組も本来の趣旨である外来魚駆除による霞ヶ浦浄化がどこかにいき、なんとタイトルは「霞ヶ浦に巨大ナマズを求めて!」ですゾ。ブ、ハハ!ここまでくると、もう怒る気にもなりません。

このかんじで仮に記者がツバルに行ったとしても、現地の海面水位専門家から「いや、あれはツバルが沈んでいるんで、水面が上がったんじゃないんだよ。ほらこの資料を上げよう」などと言われても、おいそれと「ハイ、そうですか」と帰って来れないでしょう。デスクの怒った顔が目に浮かぶ。で、しかたがないので沈下した家屋の前に少年を写しこんで「環境難民の島」という記事にしてしまうわけです。哀しいマスコミ心理ですね。

あともう一点。これは後にお話しますが、6時だいのもっとも奥さんたちが見る時間帯のスポンサーが、電気事業連合会とか東京電力なのはなぜでしょう?ヒント。CO2削減の掛け声で、今後一番儲かっていけそうエネルギー産業はな~んだ?

なお、新聞-テレビ系列の外にある出版社-週刊誌系統のマスコミは比較的冷静であるようです。ばらつきはありますが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第6回 ツバルを地球温暖化のアイコンにしてはいけない・外国文献から見る

Tuvalu3_4 ひさしぶりで食品汚染問題に揺らぐわが列島を離れて太陽輝くミクロネシアに戻ってきました。

ツバルです。このシリーズ第2回でも取り上げました。追加の資料が出てきましたので続報いたします。Tuvaluを英文で検索するといくつかの英文の論文にヒットしました。その中でサリー・バリューナス博士の「ツバルは沈んでいるのか?」という論文をご紹介します。

この論文はふたつに分けられ、前半でツバルの海水面のデーターを見ています。そして後半はその原因を考えています。

博士は、ポセイドン観測衛星の記録から海水面は約10㎝落ちていると報告しています。また1978年以来の潮位記録から、1997年~98年のエルニーニョ(4年に一回発生します)には約30㎝も潮位が落ちているそうです。このようにエルニーニョは、太平洋を取りまく島々の海流や気圧に大きな影響を与えている最大のものです。

_edited_3 また博士は、オーストラリアの潮位観測の責任者であるウオルフガンシェーファーさんの意見も取り上げています。この中でシェファーさんは「海水面の上昇があるという観測データーはどこにもない」と断言しています。

これは私が調べた限りで複数のデーターが同じ指摘をしています。最大で57㎜(第2回の図参照)で、それ以外のハワイ大学の観測記録を(図2)に載せましたのでご覧下さい。どう考えても、どの方向から見ても、13年間で最大58㎜、最小で0.9㎜ていどの海面上昇で島の沈下が引き起こされると_edited_4 考えるほう無茶ではないでしょうか。

ツバルの浸食される美しい海岸線、そして左の写真(毎日新聞撮影)のように沈む家屋の前でもの悲しそうにしている島の少年の姿に心痛まぬ者はいないでしょう。

しかしそれを地球温暖化のアイコン(イコン・象徴)に仕立て上げることとはまったく別次元なことのはずです。そのことにより解決が遠のくような気がしてなりません。一部の環境活動家は、これが「CO2増大による地球温暖化の悲劇の最初の例」だと叫びました。多くのマスコミはそれに追随していました。

結果どうなったのでしょうか?ツバルの島民1千人をオーストラリアに移住させるような案さえ持ち出されています。オーストラリアは近隣であり、しかも先進国としての道義的な責任があるという論法です。しかしこれがツバルの島民をオキナワ的表現でいえば「ウマリシマ」(生まれ島)から引き剥がしてなんのツテもない大陸に移住することが果たして幸福なのでしょうか。

私はそう思いません。言語や文化的な差から地域になかなか溶け込めません。たぶん島民は一か所に住み「ツバルコロニー」を作ってしまうでしょう。その土地もオーストラリア政府が政府の土地に作るリザベーション(居留地)のようになるでしょうから、職を探すのも簡単ではなく、多くの元島民は北米の先住民やアボリジニの辿ったような道を歩むような気がしてなりません。

島民は世界の人々とつながりながら、島の自立した道を堅守すべきです。難民になってはいけません。私たちは彼らツバル島民を悲劇のアイコンに祭り上げるのではなく、島民の島を守る日常的な自立への動きこそ支援すべきなのです。上の写真の子らが大人になる時に、自信をもって自分たちの島は俺たちが守ったと言えるような!すがるのではなく、誇りをもって立ち上がり、己が島を守る彼らと繋がっていきたいと思います。

さて、博士は沈下の原因を以下のようにまとめています。①海岸線の砂を建築資材として採掘してしまい、海岸線の浸食を早めた。②この海岸線の砂の浸食(最上段の写真参照)により、内陸部に浸食による水路が沢山作られていっそう浸食を早めていった。③これが人工的構造物であるビルなどの重量で、多孔質の隆起珊瑚礁の地盤の脆さにより海水の汲み上げ現象による沈下を進めた。④エルニーニョなどの短期的な(4年に1回といわれる)自然現象により、沿岸海流の流れや温度の変化が影響。⑤人口増加に伴う地下水の大量汲み上げによる沈下と、海水が飲み水に混ざることにより生活ができなくなって内陸部に移住が進む。そして居住面積が圧縮されたためにいっそう人工が過密になるという悪循環が生まれた。*以上の所見には、博士の説を中心として他の研究者の説も交えてありますことをお断りします。

_edited_5 ところで左の図(図3)は、大阪のこの百年の地盤の沈下の気象庁によるデーターです。横軸の1900年から2008年までになんと縦軸で3.8mも沈下を起こしているのが分かります!ドヒャー!よく大阪市民は溺れ死ななかったものですなぁ。

このデーターを見つけた時に、私はシリーズ第2回で58㎝の海面上昇なんかなっちゃことないと思いました。なんせ3.8mですぜ(o^-^o)

カミさんは東京ゼロメートル地帯の生まれですから、58㎝なんか満潮の時の増水分ていどじゃん、などとホントかウソか言っております。カミさんに言わせれば、海岸ぷちや江戸川などの大きな河の淵には高い堤防があって、台風なんかでも決壊したことはないそうな。決壊するのは神田川なんかの内陸だよ、とのことでした。

大阪で起きたような人口増加、地下水の汲み上げ、そしてツバル特有の隆起珊瑚礁という多孔質地盤、エルニーニョ現象の影響などが複雑に絡まってツバルの沈下をもたらしたようです。がんばれ、ツバル!

Is Tuvalu Really Sinking?: Man-Made Problems, Sallie Baliunas and Willie Soon, Pacific Magazine, February, 2002

http://www.tuvaluislands.com/news/archived/2002/2002-02-01.htm

| | コメント (1) | トラックバック (0)

食にコストをかけないで、一体なににかけるのですか

Sty0809210006000n1  検疫の盲点

 引用開始

日本にも波及したメラミンの汚染牛乳問題。品質をごまかすために工業用の物質を混ぜる「贋造(がんぞう)」と呼ばれる行為に厚生労働省幹部は「何十年も前の話だと思っていた」と驚きを隠せない。農薬や抗生物質、細菌の検出に重点を置く現在の検疫体制で、工業用物質は盲点となっている実態が明らかになった。

 中国で被害が相次いだのを受け、厚労省は今月12日からマーガリンの原料となる乳脂肪調整品の輸入を保留していた。ただ、厚労省は「中国側からは『加工品に使った』という情報はなかった」(監視安全課)として、原材料に乳製品を使った菓子、加工食品の輸入は、19日まで続いた。

 メラミンは工業用の樹脂として使用されるため、厚労省は「食品に混入することはあり得ない。国際的にも食品の添加物にはなり得ない」(同)として検査項目に入れていなかった。しかし、中国では牛乳を水で薄めてもメラミンを混ぜることで、タンパク質を高く見せかける「贋造」が横行していた。

 現在の検査項目は大腸菌などの細菌、食品添加物、抗生物質、残留農薬に重点が置かれている。「終戦直後の厚生省(当時は、酒にメチルアルコールが混入していないかなどさまざまな『贋造』を検疫で調べていた」(厚労省幹部)というが、近年、品質を重視する消費者志向から「贋造品」を輸出してくるケースは皆無だったという。

 厚労省幹部は「工業用の化学物質は数万種類はある。次は何が出てくるか分からない中で、検査をするのは費用に加え、技術面でも不可能。日本の輸入業者が、中国の工場に衛生管理者を常駐させて、原料から製品まで一括管理するしか手がない」と検疫体制の限界を認めている。

■メラミン 尿素とアンモニアから合成され、メラミン樹脂の原料となる。樹脂は表面が硬く、接着剤や塗料、食器などに使用。国立医薬品食品衛生研究所のウェブサイトによると、口から大量に摂取すると、腎臓やぼうこうに影響が出て、結石ができることがある。皮膚に付いたり、口に入ったりした場合は、応急措置として水などで洗浄する。米国で昨年、中国産原料を使ったペットフードを食べて死ぬ犬や猫が相次ぎ、米政府はメラミンが検出されたとして輸入を禁止した。

2008.9.21 00:13 (産経Web) 引用終了

Crm0809190134000p1 なんともかとも、いやはや。連日のような食品の安全性に対する事件です。私自身、やや食傷ぎみで今日もアップしようかどうしようか迷っていました。しかし、コメントをすることにしました。

立て続けに起きた2ツの事件には共通項があります。両者とも「輸入食料」によって引き起こされたということです。メタミドホスは中国産のモチ米でした。メタミドホスはシロアリ駆除剤です。今日本では野菜、米はおろかシロアリにすら禁止されています。

今回もまた樹脂用メラミン(*上の写真は中国で廃棄されるメラミン乳)という常識ではありえない化学物質がまずはお膝元の中国で出て死者まで出し、そして国外にも飛び火しました。

厚労省にも一理あります。わが国では食品の「贋造」(がんぞう・ニセモノ作り)は想定していなかったのです。わが国の「贋造」は、食品添加物の範疇でなされるのですが、中国のやり方は次元が違います。食品に平然と工業用薬品を使うということをします。

例えば、スーダン・レッドという絨毯用染色剤を入れて肉を赤くしたり、硝酸塩という工業用塩を漬け物に使ったり、タンパク質含有率を高めるために今回のように工業用メラミンを入れたりします。すさまじいの一語に尽きます。食品添加物が安全に見えてくるほどです。

そしてもう一点。これらがタチがわるいことに副原料として使われていることが多かったことです。国民は地道な商いをしている和菓子屋さんの大福の餅取り粉に、よもや毒米由来の有機リン系殺虫剤メタミドホスが入っているなどと想像すらしないでしょう。丸大という大メーカーのクリーム饅頭にまさか工業用メラミンなどが入っているとは予想だにしなかったはずです。現状では、消費者は防ぎようがないのです。

今回の事件はBSEと同じように、大きく日本の食料問題を変えていくと思われます。1円でも安い食品を求めた結果、食の安全性を手放してきた代償が突きつけられました。食の安全とは、食のプロセスを明らかにしていくこと、確認できることです。これはコストと時間がかかることなのです。

私のブログでも「国産の農産物は高いのか」というテーマを巡って討論になりました。私がその中で言ったことは、今ある誠実な日本の農業を潰してしまえば、外国産の農産物に支配されますよ、いったんそうなったら二度と元には戻りませんよ、ということでした。今回2つの立て続けに起きた事件はこのことを改めて日本人に教えたと思います。

食は生活の基本です。食に対価を払わなくて、一体何に払うのでしょうか。

ココログ側の事情で、写真が1MB以上アップできないでいます。今までわがブログ自慢のデジタル写真がお見せできないで私も悲しい。近々原因を突き止めて、またアップいたしますので、しばしお待ちを。

誤「メラン」⇒「メラン」、いやまことにすいません、訂正いたしました。この版では修正済みです。余情半様、ご指摘感謝します。このテよくやるんすよ。前には「カスタトロフ」(正しくはカタストロフ)、そのまた前は「シュミレーション」、正しくは「シミュレーション」。なんせ耳からビートルズの歌詞を覚えたという人ですから。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

内部告発は2度あった

_edited_2 今日も汚染米、あるいは毒米を追跡します。早く北極に戻りたいのだが、なかなか戻らせてくれない(苦笑)。また新たな汚染米の情報が分かってきた。

お菓子屋さん、地方で堅い商いをしてきた和菓子関係が大被害を受けている。餅取り粉のデンプンのためだ。高名なそーめんの一社も、イオンのにぎり飯も引っかかった。またもや給食にも出た。しかも長期で使用していたらしい。まさに眼を覆う事態だ。かつてのBSEを上回る非常事態だと思っていいだろう。

バカなことを言う者も出てきた。メタミドホスなどの有害化学物質を食べても、致死量になるまでには大量に長期に渡って摂取しなければならないので大丈夫だそうだ。こういうことを言う手合いは必ず出てくると思った。太田前大臣もそのてを官僚から耳打ちされていたのだろう。

このテの考えの人は、日本国民がいかに日常的に多くの化学物質を多種多様に摂取しているのかを見ていない。単独致死量でのみで判断している。では、先日アップしたようなポストハーベスト残留農薬入りカップ麵を毎日食べ、同じくパンを食べ、その他化学物質の塊のような加工肉をとり、残留農薬が数種類付着している野菜も食べ、そしてその上にこの毒米を食べたらどうなるのか考えてみたら分かるだろう。その「恐怖の積算」の上で国民は家庭を営み、子供を育てているのだ。単独致死量でものを言うのは、国民生活を知らない眼くらまし、すりかえの論理である。

さて、農水省の出先機関はふたつ関わっている。ひとつは、三笠の本社がある近畿農政局大阪農政事務所、いまひとつは倉庫がある福岡農政事務所だ。たぶん大阪農政事務所だと思われるが、ここに三笠フーズの内部告発があった。一回めは昨年の1月に手紙によるもの、そして2回目は今年の8月だ。なぜ、この勇気あるつ告発者は2回も告発するハメになったのだろうか?ここに農水省の体質が浮き彫りになる。

まず初回の去年の1月。福岡農政事務所は告発を受けて立ち入り調査をしたらしい。ところがスカである。たぶん事前通告をして出かけ(爆笑)、既にすり替えられた米袋を抜き取って、出された二重帳簿を点検し、納品伝票も見なかったのであろう。見たとしても相手方との照合はしていない。

告発者も事務所の隅で注視していたのだろうが、この人の勇気は通じなかった。あたりまえのようにして、何も変わったことはないと結論づけられたのだから。

次におかしいと感じた者が、大阪農政事務所にいた。三笠の異常なミニマムアクセス米(今、転換したら「悪セス」と出ました、ぶはは、賢いわがPC! )の買いつけに疑問をもったのだ。そして昨年の秋から計3回「相当量の在庫があるはずなのに、どうして買い増しをするのか。農水省は関心をもっている。購入を差し控えるように」というような内容の電話を三笠にしているのだ。

以後このような農水省の警告は、都合3回あり、今年の4月、6月にも同じ内容で「警告」をしている。しかし、これに対して三笠は、冬木社長直々の命令で堂々と買い増しを続けた。昨年9月に1.5t、今年1月に36.5t、5月に0.3t、そして8月に1t。農水省の「警告」などカエルのツラに小便だったわけだ。そしてこの間に三笠は農政事務所を接待し、自民党にも金を配るのを忘れていない。

そして業を煮やした告発者は2度めの告発に踏み切ったのが今年の8月。多分1回目の告発から4度目の買い増しを見て絶望的な気持にかられたのだろうと思う。

見えて来ませんか、このような構図が。三笠のような悪質業者と「毒米ころがし」による巨額の悪銭稼ぎ。無気力で無力な農政事務所。そして自分の経歴に傷が着くことのみを恐れることなかれ官僚。それを見透かしている悪徳業者。そしてこの双方の癒着構造。あるいは利害共同体。

ここのどこにも国民はいない。ここのどこにもまっとうな精神は存在しない。農水省は300数十社の加工業者の名を公表するのなら、これに関わった大阪農政局、福岡農政局の当該役人の名、そして本省の担当の名を公表せよ!

それが道理ではないか。民は悪行をすれば罰せられる。しかし、官は罰せられもしない。民は汚染米をつかまされれば、名を公表され倒産の危機に立つ。しかし官は「農水省」という巨大官庁の無名性の中でぬくぬくと何事もなかったかのように生き延びていく。

このようなことを「葉が沈み、石が浮く」というのである。思わず、歯しりが出る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タンブリグライス・汚染米の伏魔殿の販売ルート

Crm0809190134000p1 えー、朝から不景気な顔をお見せしてもうしわけがありません。これが昨日、ようやくお辞めになることを決めた白須農水省事務次官です。

眼が死んでいますな。口元はもう不満たらたらで、今にもこんな声が出そうです。

「あたしにゃ、責任ありませんから。あれは出先のノンキャリアの農政事務所がドジを踏んだだけで、あたしのようなリッパな東大出のキャリアがなぜあいつらの尻を拭かねばならないんだぁ。クソ、官邸に詰め腹切らされた・・・ぶつぶつ」(インインメツメツの声でお読み下さい)

白須さんは前任の事務次官が遠藤農相の共済組合事件で辞任したのを受けて就任しました。事実上の農水省のトップです。大臣なんかど素人、今回の太田大臣などたぶん日本の農業問題などこれっぽっちも頭にないはずです。ミニマムアクセスだってWTO農業交渉だって、たぶん何も知らないと思われます。知っていたら、あんな間抜けな発言は出来るはずもないでしょう。たしか白須事務次官は就任の際にこう言っていたはずです。

「農水省は未曾有の危機にある。気持を引き締めて当たりたい」・・・な~んて言っていた当人が「農水省の未曾有の危機」の火薬庫に火をつけてチュド~ンとやっちまったのですから笑えます。

それはさておき、村では意外なことにこの話はあまり出てきません。茨城からいくつの会社が被害に会うだろうかという話題が出るていどです。さすが国産米と名乗ったケースもあることには皆、怒っていました。

ちょうど今の時期ですが、収穫された米は、通常はJAないしは米の仲買が買い取って行きます。それから先は農家には分かりません。実はここからが伏魔殿です。

JAなどのライスセンターで精米するのですが、その際にかなりの量の「ハネ出し米」が出てしまいます。今の精米機は優秀なので、少しでも未熟で青かったり、割れていたりすれば弾き出されてしまいます。それは農家に返品されずに、加工用米として米穀会社や仲介業者に売られていきます。

今回の三笠フーズの例では、なんと50もの会社が関わっていたようです。5社でも驚くのに、なんと50社ですよ!それらの間で実際に米の現物が動いているならばまだしも、かなりの数の会社は空伝票を回していただけです。そしてその「米ころがし」(タンブリング・ライスと言います)の間に、意図的な改竄がなされていました。

中国産のメタミドホス米(中国では日本で禁止されているメタミドホスを乱用していますが)のうち418トンは、佐賀県のマルモ商事を経て安全な国産米に化けました。しかも実際にはマルモ商事は何もせずに空伝票で流していたのですからタチが悪い。

この手口で三笠フーズは、5千円/tで仕入れた汚染米を、なんと9万円/tで打っていたのですから開いた口がふさがらないですね。この手口で3千万円の収益を稼いだのですから、なんともかとも。アセタプリミドの汚染米も同様な手口で、㌔82円のサヤを稼いでいたそうです。アセタプリミド米でも598t売りさばいて、4900万の儲けでした。たぶんこのようにして稼ぎ出した悪銭は1億円に登ると思われています。

このように転々と複数の仲買を通して、転売に転売を重ねて、食用に混ぜられたり、国産米にラベルを張り替えたりされたわけです。意図的に改竄した悪質な業者もかなりいたようですが、過半数は危なそうな米だと思っても、民間の業者には調べようもないわけですし、そのまま流してしまったと思われます。このようにして汚染米は、末端の消費者に届いた時には、なんと元の政府仕入れ値の40倍にもなっていました。

このような複雑な農産品の流通の仕組み自体もまた問われなければならないでしょう。しかし、長い歴史の中で出来上がった複雑怪奇なシステムを一朝一夕に変革することは難しいと思われます。

今回の事件を見て、やはり私たち有機農業が歩んできた「顔の見える関係」や産直運動がもっとも信頼のおける関係なのだと確信しました。この関係を崩して手広くやることに走った巨大流通は、今、必死になって全ての米由来の商品のチェックに入っているはずです。米、デンプン、酒、菓子、そして薬剤のカプセルに至るまで膨大なチェックと費用が必要です。

揺るがない私たち、やれ毒餃子だ、汚染米だというたびに激震が走る所、大きな差が出てしまいました。この光景を教訓としましょう。

余情半さんに写真が大き過ぎて気色が悪いとのご指摘をいただきました。そうですなぁ、確かに。縮小しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

速報!カップ麵の残留農薬数値!

農薬で検索をしていたらとんでもないデーターがでてきました。とりあえず速報いたします。http://earlybirds.ddo.jp/bunseki/Data/noodle.html

以下引用

市販の麺類・カップラーメンの残留農薬を分析した結果です。特に麺(小麦を対照)についておこなっており、カップラーメンの場合は薬味、スープは含みません。

(検体数各1、連復なし、分析日1998年)

製品名 生産・製造者 農薬名 検出量(ppm)
そうめん・揖保の糸 兵庫県手延素麺協組 クロルピリホスメチル 0.006
マラチオン 0.003
ひやむぎ・小豆島 香川製麺商事 なし なし
上州手振りうどん 星野物産 フェニトロチオン 0.001
日清カップヌードル 日清食品 フェニトロチオン 0.026
カップ☆塩ラーメン サンヨー食品 フェニトロチオン 0.059
どん兵衛天ぷらそば 日清食品 なし なし
緑のたぬき(天ぷらそば) 東洋水産 フェニトロチオン 0.002
ラーメン屋さん 日清食品 フェニトロチオン 痕跡
ペヤング焼きそば まるか食品 クロルピリホスメチル 0.008
フェニトロチオン 痕跡
マラチオン 痕跡

引用終了

いずれも典型的なポストハーベスト(収穫後農薬)です。マラチオンは有機リン系の殺虫剤です。

厚労省の基準値にはおさまっています。いなかったら全量回収です。ここには掲載されておりませんが、検査をしたほぼ全品から検出されています。輸入小麦由来だと思われます。

また、同様にパンからも検出されています。有名なY社のものからでています。数字が見つかったら掲載いたします。

とりあえず速報のみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本件に関する農水省の業務トレサビリティの提出を命ずる!

_edited_4 見てくれ、これが今の段階でややわかってきた毒米の違法流通の経路だ。もちろん、まだまだ、こんなもんじゃなく、今日の農相記者会見でジタバタ・オオタこと太田農相が、ありがたくも全部の転売先の会社を公表するそうだ。違法事件発覚後10日間ちかくたって、よー言うよである。民間会社だったら潰れかねない。

それはさておき、今回はまさに農水省の危機管理能力が問われる問題だった。事件を内部で把握してから、2時間、遅くとも半日以内で危機管理チームを立ち上げねばならない。遅ければ遅いほど傷は深くなる。

危機管理チームは、平時からシミュレーションのトレーニングをして、セクションとして独立させておく。役員会からも指揮系統を切り離す。役員会は経営を考えるあまり秘匿と証拠隠滅に走る可能性が高いし、危機管理チームに上長として不当な圧力をかけるかもしれないからだ。危機管理とは経営からアンタッチャブルなんだ。

アンタッチャブルたちが、一時的に自分たちにとって不利な材料を公開しようとも、そのことによって社会的信頼を裏切らなかったという姿勢そのものが、自分たちを延命させるのである。

一介の百姓にすぎない私がこんなことを言えるのも、Gという私と相棒で作った有機農業グループが、JAS有機認証やサルモネラ事件を経験してきたからだ。そして危機管理の失敗がそのまま小さな私たちのグループの破滅につながることを実感した。今言った危機管理チームは、他ならぬわがグループの蓄積してきた方法でなのだ。

JAS有機認証や、サルモネラ事故で真っ先に問われるのは、トレサビリティ(追跡可能性)だ。JAS有機認証など、これ全部トレサビリティの塊のようなものである。

ではトレサビリティとはナニカ?ざっと説明する。本気で説明し出すと、またシリーズになってしまう(苦笑)。どこで、誰が、いつどのような種を、どのような培土にまき、どのような堆肥を使い、どのような土壌資材と機械を使って播種し、どのような栽培管理をして、いつ収穫し、どのような保管をし、どこに、どれだけ、いつ出荷したのか・・・ああややっこしい、これらを皆明示せねばならない。よーやるよ。

で、まだ終わっていない。お立ち会い!これに全部記録のフォーマットがあって、その客観的な証明書や写真をつけるんですぜ。そして認証機関による監査がある。一点でもJAS有機の基準に違反していれば、原則としてアウト。非認証。有機認証シールは剥奪され、泣く泣く取引先に謝罪せねばならない。社会面沙汰になれば、有機農家としての社会的生命を断ち切られる。

有機農家や団体はこんな刃の上を毎年歩くようなことをやっているのだ。しかし、その監督機関たる農水省は10日もたって何をしたのだ?私たち農家側が、違法行為をして10日間の長きも手をこまねき、あまつさえ代表が「自分らには責任がないですだぁ」、「死ぬような量ではないですから、ジタバタしないでくんろ」などとトボけことでも言おうものなら、監督官庁たる農水省やマスコミからなにを言われることやら。

今回の農水の出先は130回以上の監査をして見抜けなかったと言う。笑止!そりゃそうであろう、三笠フーズの出荷伝票を架空の出荷先の受領書と突き合わさず、三笠の請求書と架空の相手の入金と突き合わさねばわかるはずもない。こんな初歩的なトレサすらしていない。行って、それも事前通告をして出かけていって、見せられるものをハイ、ハイと眺めていただけなのだから。

こいつら「仕事」をしていない。だから農政事務所の役人と三笠が居酒屋で何千円の三笠フーズのおごりで(涙)省内機密をペラペラしゃべって、暗~い共謀関係になるのだ。ああ、いやだ。高級官僚はノーパンシャブシャブ、居酒屋タクシーで、下級官僚は居酒屋で2千円かい!なにも飲んでいない、食べていないって。ばか!そのような状況にいる自分を恥じろ。誰も信じねぇぞ。

恥をさらすようだが、他の人のことばかり言っても説得力がないだろうから、自分たちの具体例を出そう(ばかだねぇ、おれ)。かつて私たちグループの鶏卵が、出荷先に対して賞味期限の打刻ミスということをやらかした。

単なるスタッフのスタンプ打刻の凡ミス。しかし致命的なミスである。数万個の卵の賞味期限ミスだからだ。それを修正するために奔走し、事件後調査に入った。とうぜん、流通では生産から出荷日までの基準が守られていないという疑惑を持った。当然である。基準違反、すなわち私たちのグループの破滅である。

スタッフの打刻ミスであることを確証した私たちは、全員の生産者の産卵記録の当該のミスった日の1週間前までの産卵記録と出荷伝票の提出をお願いした。

言葉で言えば簡単だが、ハンパじゃないですよ。13人の生産記録と出荷伝票がFAXでくる。それと出荷量の整合性をみる。当然伝票の突き合わせもする。まるまる1日、流通の職員と首っ引きで監査をした。

そして結論として、生産量と出荷量は一致している、帳票類は完備している、結論は打刻のミス。終わった時には居合わせたスタッフと私も涙がにじんだくらいだ。相手の職員も喜んでいた。これが現実の民間のトレサビリティだ。

それに比べて、はぁ~ご自分たち農水省は生ぬるいこったねぇ~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

毒米はどこにも行きようがない!

Photo あまり皆さんが読んだことがない新聞でしょうが、これがかの有名な「日本農業新聞」です。農村では過半数が読んでいます。だって出荷先のJAが必ず押しつけて、もとい、勧誘してくるからです。

しかしなかなか内容的には面白く、業界紙としては出色でしょう。一般紙では報道されないことがたくさん載っています。

今日の一面はミニマム・アクセスをヤバかったら返すとのことです。裏の面は全農のえらいさんが農水省に文句を言いに行ったなんて載っています。

さて、大見出しを見ると、「MA汚染米輸出国に返品」としています。よく読むと、汚染米が見つかったら、生産国に返す方向で「検討する」とのこと。検討中なのです。まことにのどかなこって。

こういう対応そのものが農業に対する不信感をもたらしていることに、農水やJAのえらいさんは気がつかないのでしょうか。当人たちはそれなりに誠実にやっているつもりでも、国民の毒餃子以降のウツボツたる食品汚染への怒りがまったく分かっていません。後手後手なのはいつものことですから許すとしても(許すなつうの)、どうしてこう言えないのか。

「こるらぁ、こんなバクダン米をよこしやがって、ふざけんな!こっちは保育園や病人が食べたんだぞぉ、全部返品だ、返品の輸送料はお前がもて!後から弁償の代金の請求書が行くかんな!首洗って待ってろ!」

農水官僚、ダメモトでもこのくらい言えつうの。大体、農水省は国民の方を向いていない官庁の上から何番目なのですから、こういった「事故」の時くらいには真っ正面で対応しろ。相手国に啖呵のひとつも切って欲しい。ところが農水事務次官いわく「わが省は責任がない」、農相は「ジタバタするな」では火に油をかけているわけです。「事故」じゃなくて、未必の故意だから口ごもるのでしょうがね。

しかし、農水省のお役人さん、考えてみればチャンスじゃないですか。農水省が本心では嫌っているミニマムアクセスに引導を渡すにはいい「口実」になるわい、ワ、ハハと考えませんか。紛う事なき「毒米」を押しつけられたんですから、万人が納得です。アメリカも納得でしょう。

この6月のローマでの食糧サミットで、ミニマムアクセス米の在庫(130万トン)の一部をわが国は放出することに約束しました。巨大な不良在庫のうちの30万トンを、フィリピンに20万トン、スリランカに10万トンただであげるって。しかもこれが相手国から喜ばれているかというとさもあらず。フィリピンは「ブラウンライス(玄米)でもらっても処理に金がかかるので困る」とのことでやんわりと拒否。

つまり、ミニマムアクセスの米とは、国内では非常用としても汚染がひどくて食べることが出来ず、かといって加工にしたくとも転売ルートがクモの巣のようにこんがらがってまさに迷宮状態なのでできず、第一あんな危ない米を今さら誰も買うはずもなく、かといって発展途上国に寄付したくとも相手から断られるといった体たらくです。

では、ここでWTO(世界貿易機関)のミニマムアクセスについての規定を押さえておきましょう。ミニマムアクセスとは「「最低輸入義務」は間違いで、正しくは「義務」ではなく、「輸入機会の提供」なのです。これは日本政府の統一見解でもあります。

いいチャンスです。こんな汚染米の「機会の提供」をお断りしましょう。この機会を逃したら国際社会に異議申し立てができませんよ。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

地球温暖化について考えてみよう 第5回 ホッキョクグマは絶滅の危機にあるのかの謎

_edited_2 地球温暖化について回り道をするようにして考えています。

既にある結論に簡単に飛びつくより、私自身がひとつひとつわかってきたことをお話ししする中から、地球温暖化といった大きな問題を考えていきたいと考えています。いきなりCO2がどーしたの、こーしたのという話を始めてもシロートには良くわかりませんもんね。

さてさて皆さん、上の写真は有名な写真です。アラスカ沖で砕氷船から撮られたものです。(「ニュートン」2008年別冊より参照のため引用)たぶんこのホッキョクグマの2頭の生存は厳しいだろうなと哀しい気持にさせられます。そしてこれがCO2の増大による地球温暖化説の証拠の一枚として人の心を大きく揺さぶりました。ゴアさんの「不都合な真実」にも同じような写真が載っていて、以下の説明が加えられています。では、ゴアさんの本を見てみましょう。

_edited_3

字が小さいのですがこうあります。「1970年代、北極の氷冠はかなりのスピードで縮小をし始めました。これは、ホッキョクグマにとっては悪い知らせです。ホッキョクグマはアザラシを追って氷盤から氷盤へと移っていきます。多くの氷が溶けてしまったために、クマたちはこれまでよりもずっと長い距離を泳がなくてはならなくなりました。次の氷盤にたどりつく前に、おぼれ死んでしまうホッキョクグマもでてきたのです。こんなことはこれまでなかったことです」(「不都合な真実」P86:87)

また、NHKスペシャル「気候大異変」では「もう遅すぎるのか!」と叫びながら放映していました。たしか、溺れたホキョクグマの映像もありましたね。

私は動物が大好きなので、このテの報道には極端に弱いのです。湾岸戦争の折りのイラク軍による原油の海への放出によって、原油まみれになって眼ばかり光らせている水鳥の写真には怒りがこみ上げてきました。許せん、イラク!おいフセイン、ここに来て座りなさい、という気分に「操作」されたのです。

今「操作」と言いましたが、この原油まみれの水鳥の写真は、湾岸戦争とはまったく関係のないやらせ映像であったことが後に分かってしまいます。なんのことはない米国の広告代理店が、反イラク感情を煽るため、米政府の要請で「湾岸戦争の自然界の被害者」として捏造したものだったのです。ひでぇ話ですな。米国のみならずよくあることらしいですが、心情にダイレクトに訴えかける映像には注意しなきゃあと思い至ったわけであります。気をつけよう、甘い言葉と悲しい画像

話を北極に戻しましょう。北極圏の海淵の氷が溶けていっているのは事実です。これは前々回に触れました。そして、これに追い打ちをかけるようにして、2040年の夏に北極海の海氷が消滅するというもっともらしい情報が大々的に流されて大騒ぎになりました。

海氷がみんな溶けりゃあ大変ですよ。世界の海水面が上昇して世界中水浸しだ!大津波がくるぞ!海を見ろ、壁だ、いや大津波だ!長野に移住しろ!

ウソ。しません。中学校で習ったアルキメデスの法則を思い出すこと!海氷は、自分の体積分の水を押し退けて浮いているんですぜ。仮に溶けてたとしても、海面上の部分が海面上昇に影響を与えるのみです。コップの中にアイスコーヒーと氷を入れて、氷が溶けて水の線が上がりますか。試してみましょう。こんなトンデモ説が実際飛び交ったのだから、まったくもう。┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

ちなみに、IPCCも海面上昇の原因を北極海の海氷が溶けたためとは説明せずに、海水温度上昇による海水の膨張のためとしています。

地球大沈没は横において、2040年北極海氷消滅説はホッキョクグマの絶滅とも絡んで大きな問題になりました。なんせシロクマはヒグマから分かれた種ですが、ヒグマは怖いけど、シロクマはパンダから隈どりを取ったみたいでとても可愛いですからねぇ。

これが皆んな溺れ死ぬとは尋常ではない。世界野生動物基金(WWF」も「ホッキョクグマは歴史上の動物になる」といい、英国「インデペンデント」紙も「ホッキョクグマは動物園でしかみられなくなる」と叫びました。

で、セーブ、ホッキョクグマとなったわけです。私なんぞ、ひと頃グリンピースのセーブホッキョクグマのTシャツを着て、カンパもしてしまった。なんて軽薄なんだ。( ̄○ ̄;)では実際にホッキョクグマは絶滅の危機にあるのでしょうか?

_edited_4 結論からいいましょう、ご安心くだされ、絶滅していません

ふ~、またかい、という気分になりますがまずはこの表をご覧下さい。(典拠・ビョルン・ロンボルグ・ただし私は氏の意見をすべて肯定するものではない)

表の左側の横軸の最初の起点には1980とあります。これは1980年を表します。縦軸が頭数です。お分かりのとおり、1980年にはわずか500頭に過ぎず、乱獲により絶滅寸前であったということが見て取れます。ちなみに当時は海氷の融解は観測されていません。あくまで人為的な乱獲が原因です。

これが保護政策の結果が出て、5年後にはハドソン湾だけで一気に1500頭まで回復していきます。以後1990年代からはほぼ横ばいという安定した状態が続いています。減少トレンドの線が引かれていますが、1980年代の絶滅の危機からは大幅に増加していると言っていいでしょう。

今上げた2005年850頭という数字は、あくまでも北極圏のハドソン湾地域のみの数字です。他にいくつものホッキョクグマの棲息地があります。ホッキョクグマの総個体数は、北極圏というそれでなくとも厳しい自然の中で、おまけに広域に拡がっているために諸説あるようですが、おおむね総数2万5千頭(坪田俊男/北海道大学院教授・クマ生態学)という説が妥当なようです。少なくとも絶滅しそうだというデーターはありません。そう言っているのはマスコミと一部の環境保護団体だけです。

それはこの北極圏で生活し、猟をしているイヌイットが年間なんと400頭ものホッキョクグマを狩猟していることでもわかるでしょう。イヌイットは合衆国政府が禁猟方針を打ち出したことに強く反発しています。もし絶滅寸前ならば、年間400頭もの狩猟はできないはずですから。グリーンピースさん、可愛くて賢い「絶滅危惧種」のホッキョクグマを殺す「悪い」イヌイットに突撃してくれ。

一点注意していただきたいことがあります。それはこの2万5千頭という個体数が自然界の上限であると思われることです。たぶんこの北極圏という生態系では、それ以上ホッキョクグマの個体数が増大すれば、ホッキョクグマの餌となるアザラシなどの海洋哺乳類が減少しすぎてしまい、やがてホッキョクグマ自身も餌不足で減少してしまうからです。増えればただいいというものではないのです。それは北海道のエゾシカの増大による地域生態系の攪乱という事例で日本も経験しています。

食物連鎖の体系の中で、ホッキョクグマはこの生態系の中で最上位に位置します。ホッキョクグマを捕食できるのはこの北極の自然界ではいません。もしあるとすればそれば、私たち人間というかならずしも自然生態系の内にはいない存在だけです。

ホッキョクグマが絶滅に瀕して絶滅危惧種になった場合、クマの食料であるアザラシが増えすぎます。その結果アザラシの捕食する下位生物である小型魚類が激減していくことになります。これは深刻な影響を北極の生態系に与えていきます。北極に生きる多くの生物にとって共通の食料の小型魚類が減少することだからです。小型魚類の減少はそれを食べるシャチやクジラなどの海棲哺乳類に深刻な打撃を与えるはずです。

逆にホッキョクグマが増加しすぎれば、アザラシが減少しすぎるでしょう。食料であるアザラシが減りすぎれば、ホッキョクグマは生存できません。生態系は冷厳な食物連鎖の中で安定しています。これを敵対的共生とよびます。自然界はこの敵対的共生によってしっかりと守られているのです。

ひとつの環境(生態系)の中でホッキョクグマを一定の範囲で淘汰できるのは私たち人類、ヒトしかいないのです。ですから、イヌイットの400頭の狩猟は理にかなったことです。イヌイットは乱獲をすれば獲物がなくなるというギリギリの線の上で狩猟をしているのです。

さて、具体的な地域とデーターを出しましょう。世界動物保護連合(IUCN)の調査では、ホッキョクグマ個体群20個のうちバフィン湾の1から2の群で個体数が減少しているだけで、半分以上の個体群は安定ビューフォート海付近の2個体群では増大しているという結果がでています。この調査結果を見て、どうして絶滅寸前などといえるのか首を傾げたくなります。

さてここで、前々回ご登場頂いた北極圏研究の世界的権威の赤祖父先生に再びご登場願いましょう。皆様、世界的な大学者に拍手を!不肖私が品悪く、市民語に翻訳をいたします。では、先生レクチャーを。

たしかに海氷は溶けているが、それは9月夏の短い季節だけで、その時にだけマスコミが押し寄せて写真をとりまくりおる。北極圏の海氷は冬になれば北極海一面覆われるのだ。しかしこの時には知らんぷり。2007年には確かに減ったが、その原因は風に吹き寄せられたためであった。「ニューヨークタイムズ」の記者が、夏に北極点で水が溜まった写真をあろうことか「北極点でも氷が溶け出した」と書きおったから怒って抗議をしたもんだ。そうしたらなんと・・・え~先生、あの~、恐縮ですが、シロクマの話をお願いしたいのですが。

おほん、シロクマではないホッキョクグマだ。ホッキョクグマなど北極圏では珍しくもなんともないぞ。第一、今より暖かかった間氷期初期にもホッキョクグマは生き残ったのだ。この素晴らしい生物の生命力を馬鹿にしてはいかん。あいつらはタフなのだ。

ん?「海氷が融けてホッキョクグマが溺れ死ぬ」とはなんたるヨタ話だ。9月の短い北極の夏が過ぎれば、海氷は元に戻るのだ。アザラシが海岸ぷちを移動すれば、それをホッキョクグマは追う。だだそれだけのことだ。そんなことはマスコミや政治家や環境保護活動家が、われわれ北極圏で年中調査をしている専門家に聞けばすぐわかることだ、まったくもう(←先生どんどんテンション高まる。怖いぞ!)。

なに?溺れたホッキョクグマがいただと。それも原因は分かっている。嵐で乗っていた海氷が沖に流されたのだ。不運だったとしかいえないが、厳しい自然界にはよくあることで、それをマスコミが「溺れ死んで絶滅か!」とはやす。何度も北極圏研究者が教えてやっても、自分に都合の悪いことは一切報道しないのだ。自分にとって「都合のいい真実」ばかり流す。けしからん!だからどんどんと誤情報が一人歩きをして、混乱にワをかけている

先生、ありがとうございました。気つけに一杯やって下さい。

[本日のまとめ1] ホッキョクグマは1980年の500頭の絶滅寸前状態から、保護政策により増大している。現在はほぼ安定した個体数の状態を保っている。

[本日のまとめ2] 夏の短い解氷期が終われば、北極海は一面氷に覆われるので心配はいらない。溺れたホッキョクグマの画像は、嵐で乗った氷盤が沖に流されたため。北極海の解氷とは無関係。北極海の氷が溶けて地球上が水浸しになるというのはトンデモ話にすぎず。

[本日のまとめ3] 気をつけよう、甘い言葉と悲しい画像。マスコミ報道には売らんがためのセンセーショナリズムが多々混ざっている場合がある。よく自分の頭で見て、確かめて、そして考えよう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

農水省食堂に「アフラトキシン・ランチ」を作れ!

2008091343195631l_2 私の脳みそが北極圏に飛んでいっているうちにとんでもないことが起きていた!

引用開始

これまでに、給食会社大手「日清医療食品」(東京都)を通じ、近畿2府4県の病院など119か所に事故米(計734キロ)が流れたことが判明しているが、上賀茂保育園はこの流通経路とは別で、同社の仕入れ先である食品卸会社「大和商会」(堺市)から直接、仕入れていた。

 同保育園によると、大和商会を通じて買った問題のコメは、昨年12月~今年8月の間で計13キロ。昼食として、赤飯やシューマイなどに調理され、1~5歳の園児約140人と職員約30人が食べたという。また、洛和ヴィライリオスによると、日清医療食品近畿支店から今年5~8月の間に計10キロを購入。高齢者や職員ら、延べ約790人が赤飯やおはぎとして食べたという。

白須敏朗農林水産次官は同じ日の記者会見で、事故米問題の責任を問われ、「私どもに責任があるとは考えていない」と発言。これを聞いた首相は「勘違いしている。とんでもない」と憤り、町村官房長官が12日に次官を呼んで発言を厳重注意する異例の展開となった。 (2008年9月13日03時04分  読売新聞Web)

農薬などに汚染された米が流通していた問題について、太田農林水産相は12日の日本BS放送の番組収録で「人体に影響がないことは自信をもって申し上げられる。だからあんまりじたばた騒いでいない。ただ、これでいいというわけではない」と述べた。 (2008年9月13日 朝日新聞Web)    引用終了

上段の写真は上賀茂保育園の給食の写真だ。(読売新聞Webより参照のために引用)太田農相よ、なにが「人体に影響がないだ」、なにが「じたばた騒ぐな」だ、国民をなめるのもイイカゲンにしろ!なにを根拠にそのようなことを言うのか、まったく就任時のときのあの国民を愚弄する発言といい、この男の精神構造に疑問すらわいてくる。

アフラトキシンB1はたんなる「かび」などという生やさしいものではない。日本には存在しない一説「世界最強の猛毒のひとつ」なのだ。特に肝臓ガンを発症する可能性が高い。それをいたいけな保育園児や、入院患者が食べていたことに対して、なにひとつ監督官庁としての農水省の謝罪もなく、事務次官は居直り、大臣は「じたばたするな」と放言する。信じ難いモラルハザードである。首相が怒ったのも当然、即刻、内閣総辞職前だろうとなんだろうと、罷免するべきである。

このような汚染米が入ってくるようなミニマムアクセス自体を止めるのが当然の措置ではないか。自国で減反を農家に強いながら、多額の税金を使い77万トンもの食べることが出来ない「汚染米」を輸入するという矛盾そのものが問題なのである。

まして、流通量が少ない米を深刻な米不足の国々からもぎ取るようにして「義務的輸入」をするということは恥ずべき行為ではないのか。

この話にはおまけがあって、国際市場価格の高騰により、日本政府の買いつけ予定価格ではせりおとせない事態に立ち至っている。日本政府は更に金を積み上げて、天井高となっている米の国際市場価格をさらに引きあげるつもりなのだろうか。日本政府は、ただちにミニマムアクセスから撤退しろ!

そして、農水省の90数回立ち入りをしても発見出来なかった、というより「発見する気がなかった」ような仕事ぶりを恥じて、農水省食堂(行ったことがあるが、安くてまぁまぁ)に、「メタミドホス定食」、「アフラトキシン・ランチ」を作り、毎日食べよ!だって「安全性には問題がない」のだろう?「じたばたしない」でゆっくり味わってほしい。諸君らの農水トップの次官と大臣の保証つきだぜ。ああ、いかん本日の私はブラック・モードである。

さて、下に「有機八百屋 虹屋」さんの資料を抜粋して転載した。参考になさって頂きたい。読むとお分かりのように、アフラトキシンは、茹でる、炒める、煮るといった調理方法では50~80%が残存してしまう。眼で見て取り除く以外に方法はない。なにが「ジタバタするな」だ。あ~、腹が立つ。

以下引用開始

 防カビ剤は、極所点状に発生したカビが収穫物全体にひろがり汚染されることを防ぐには効果がありますが、極所点状の発生にはあまり効かない。カビ毒は、通常の調理や加工の温度(100℃から210℃)や時間(60 分以内)では、完全に分解することはできません。ゆでる、炒める、炊飯などのごく一般的な調理方法でカビ毒は、50%から80%は残存します。カビが発生したものはむろん、虫食いや変色したものの汚染率が高いので、選別除去が有効です。今のところ機械による選別より、人の目で除去する方が効果がある事が確認されています。

以上引用終了

| | コメント (3) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第4回 北極海の氷が溶け出す謎

_edited上の水しぶきを盛大に挙げて崩落する北極海の海氷写真や映像は、皆さんも幾度か眼にしていると思います。ほとんどといっていいほど多くの地球温暖化の報道番組で使われています。

ハッキリ言いましょう。この写真は地球温暖化となんの関係もありません。ましてやCO2の増大などにはなおさら関係ありません。

このことについては、赤祖父先生に説明していただきます(典拠・「正しく知る地球温暖化」)。先生は、アラスカ大学国際北極圏研究センターの所長をなさっています。北極研究の世界的な権威です。

_edited_8 先生どうぞ!お、先生はかなりお怒りのようです。ゼーゼーいっておられます。過呼吸です!おい酸素、酸素をもってこい!やっと第一声が出てきたようです。「ば、馬鹿者!ど阿呆、無知、蒙昧、粗暴、野卑!」←こんなことはおっしゃってません。念のため(゚ー゚;)

先生の著書は専門用語満載ですので、市民語に不肖私が翻訳してみました。私にかると先生の10ページがただの3行に要約できてしまいます(えばることか)。一本指でピアノが演奏できることを自慢する3才の子のようですな。

赤祖父先生によれば、このような現象は、氷河の末端でよく観測されていることで、極地の温暖化とはなんの関係もないそうです。

氷河とは文字どおり、「氷の河」で、常に高い所から低い所に流れているそうです。高い所に降った雪が、夏になると溶けて流れて皆同じ♪ではない、氷河の下に潜り込む水流もあって、それでいっそう氷河が滑るのだそうです。

この氷河が海まで進んでドシャ~ンと落ちる崩落現象がなかりせば、北極はうず高く氷の山が築かれているでしょう。このような関係のない現象までも地球温暖化の実例としてショッキングに報道するから、温暖化そのものに懐疑する人が増えて困るのです。このような誤情報は、農業でいえば、きゅうりが自分を保護する白い粉を農薬だと騒ぎ回るようなものです。先生はこのような映像を、温暖化の証拠として出すような番組は即スイッチを切って、トイレに行って寝てしまいなさいと言いたげでした。

では話を少し変えて、先生、北極圏の氷が溶けているというのはほんとうなのでしょうか?「それはほんとうです」。え、やっぱり溶けているのだぁ!その様子を下に見てみます。(典拠・JAXA北極圏研究ウェッブサイトを「ニュートン」2008年別冊が編集したもの)

_edited_2 このイラストは2003年9月とその5年後の2007年9月同時期の北極圏の海氷を重ねたものです。

イラストの薄い青色の部分が海氷が溶け出してまばらになってしまった海域です。比較して178万平方キロも少なかったそうです。イラストの左の赤線は、2002年以降の北極海の海氷の最小値をつなげたものだそうです。2006年秋からガクっと減少していることが見て取れます。これを実際に写した写真もありますので、お見せしましょう。ほぼ同時期、同地点の北極海の画像です。

1997年に砕氷船ルイサンローラン号から撮った写真です。びっしりと氷が張っているのがみてとれますでしょう。_edited_3

97年当時は、氷上でテントを張ってキャンプができたそうです。今はそんなことをしたらブクブクと沈んでいってしまいますね。

また、氷が溶け出したために塩分濃度が希釈されて1㌔㌘中97_edited_4年には30㌘あった塩分が、07年には20㌘になってしまったといいます。

ではこの北極海の氷の溶け出している原因はなんなのでしょうか?また赤祖父先生にご説明願いましょう。先生、これぞCO2増大⇒地球温暖化⇒海水温度の上昇⇒温められた海流の北極海侵入という説の動かぬ証拠ではないのでしょうか?

先生またもや首をかしげていらっしゃいます。「そんな単純なもんじゃないよ」と言いたげです。翻訳いたします。まずこの原因は、暖かい海流が北大西洋から北極海に流れ込んできたのはホントです。下の図をご覧下さい。

_edited_edited この図を見るとオレンジ色の暖かい海流が北大西洋をシベリアに沿って北極海に流れ込む様子がよくわかります。(右の左端の欠けている部分は1990Sです)これが北極海の海氷の溶ける主原因です。しかし先生は、これはCO2増大とは直接の関係は疑問だと話しておられます。どういうことでしょうか。

これは自然現象だと思われます。気象、気候には多くの「振動」的現象があります。太平洋のエル・ニーニョ現象、ラ・ニーニャ現象、北極振動、そしてこの「北大西洋振動」などです。「振動」とは、地震などではなく、風の方向や、風の流れ、水流の温度や方向が一定の幅で変化する自然現象を指すようです。

これは「準周期変動」と言って一定の期間で、風の強さが変化することだそうです。その風が暖かい海流を北極圏に流し込んだのだそうです。1975年からその準周期変動は始まっているので、CO2による温室効果の可能性を説くのなら、その自然変動の分を差し引かなくてはならないそうです。

実際その海を流れる風の強さは、温室効果ガスなどのように時間をかけずに短期間で効果を現すそうです。よく、私たち素人は海水温度の上昇というと、即CO2の増大と結びつけてしまいがちですが、CO2で気温が上昇していたとしても、海水が外気温で温まるまではかなりの時間を要します。

考えてみればそうでしょう、普通お湯を沸かそうとすれば、鍋に水を張って下からコンロに火をかけます。外からドライヤーでブンブンやる人はまずいないでしょう。ドライヤーでお湯を沸かそうというのが、CO2による大気温度上昇による海水温上昇説です。ややムリを感じませんか。私にはこれは人為的な現象ではなく、大きな自然現象の移り変わり、変動によると考えた方がしっくりくるのです。CO2増大も関連しているのでしょうが、原因の一部のような気がします。まだ勉強の途中なので結論めいたことは言えませんが、それをCO2主犯とするには飛躍がある気がします。

なお、長くなるので簡単にふれるだけにしますが、北極中央部はかえって氷が厚くなっていることが観測されているそうです。原因は、北極の海淵が溶け出して、それが温められて水蒸気となり、雪となって中央部に降り、氷となったそうです。また北極と隣接するグリーンランドでは海氷の溶解はないそうです。

様々な原因が組み合さって自然界は出来ています。それをCO2増大⇒地球温暖化とだけ短絡させず、それもひとつの原因として押さえつつ、大きな地球環境を見る姿勢を養うべきではないでしょうか。少なくともプロパガンダのような誤情報で煽るような一部マスメディアの姿勢には疑問を感じます。このようなことをしていけば、この誤りが明らかになると、温暖化自体を疑い、ひいては低炭素社会の実現そのものを疑う人々が増えていくと思います。それは不幸なことではないでしょうか。

[本日のまとめその1] 北極海に崩落する有名な画像は、氷河末端が北極中央部の高地から海に押し出されてドパーンとなっている珍しくもない自然現象。CO2増大はおろか、地球温暖化とすら無関係。こんな映像をいまだ地球温暖化の証拠とする本や番組には眉にツバをつけよう。

[本日のまとめその2]  確かに北極海は溶け出している。それは北大西洋の暖かい海流の流入による。しかしそれは必ずしもCO2の温室効果と関連があるのかとなると諸説が存在する。赤祖父先生は北大西洋の準周期振動によると見ている。ただし、これには異論もあることを付け加えておきます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第3回 海水面はどれだけ上昇するのかの謎

_edited 地球温暖化を訴える上で最もショッキングだった予測は、前回もふれました海水面の上昇、いや巨大な上昇でした。

上の図は「ニュートン」誌2008年別冊号に拠ります。薄い緑色が海抜ゼロメートル地帯です。次にその周りを取り囲む薄い青色が、海面が59センチ上昇した場合のゼロメートルです。そして一番外にある濃い青は、同じく59㎝上昇した場合の満潮時+高潮時にゼロメートル地帯です。これによる被害予測は、東京で322㌔平方キロ、東京の人口は415万人に減少します。この59㎝という数字は、IPCC(気候変動政府間パネル・他にも訳語あり)の第4次報告書の数字に基づいています。ちなみに、うちのカミさんの実家はモロに水没ですな。ぐはは(笑っている場合か)。

ただしこれは2100年、あくまでも約100年先の予測数値だということをお忘れなく。実際には突然起きるものではなくジリジリと毎年1.4㎜という㎜刻みで上昇するわけですから、仮に福田さんのような人が首相であり続けたとしても(悪夢だぁ~)、100年間なにもしないということはありないでしょうね。防潮壁などを建設してくい止めることになるとは思われます。

さて、この春頃までの私でしたら、この記事はここでめでたくお終いでした。しかし、資料や本を読むにつけそうそう単純なことではないように思えてきました。というのは地球温暖化問題の総本山、世界的権威であるはずのIPCCの発表する予測数値がだんだんと下方修正されてきているからです

_edited_2 この図は横軸が年代です。1850とは1850年のことで2000年まで記録されています。縦軸は海水面の変化です。㎜で表示されています。(典拠/アラスカ大学北極圏研究センター所長・赤祖父俊一教授・北極圏研究の世界的権威)

このグラフでわかることは、過去100年間の海面上昇が17㎝(1年1.7㎜×100)で、また1950年代を境にして上昇率が鈍化し、1960年代には1.4㎜に落ちたことです。

ここで一点ご注意を。地球の海面上昇という自然現象にはあたりまえですが、大きな地球の自然変動があるということです。すべてが人為的なものではないのです。というのは、CO2は1940年代から増大しているとされていますから、60年代からの鈍化を人為的なCO2増大だけで説明できないことになります。この点には後の回で触れます。

さて、_edited_3 下の3枚目の図は、2007年に発表された最新のIPCCによる未来の海水面上昇の予測図です。

右端の薄いグレイ部分が海面上昇の予測の範囲を示しています。

これを見ればお分かりのようにIPCCは18㎝~59㎝としています。中央の平均予測値で38.5㎝です。しかも100年後です。

実はIPCCはこの第4次報告書までに上昇率予測の書き替えを何度かしており、この回で海面上昇予測数値は下がるという奇怪なことになりました。

まず、もっとも有名で、世界に衝撃を走らせた2001年報告では、9~88㎝という大きなものでした。これがよく言われる「88㎝上昇すれば、高潮の時には1mを超えるだろう」という説の大元です。ツバルなどに関わるNPOの多くの方々はそのように言っています。

前日の記事でもお話しましたが、この誤りは、ひとつにはIPCCの海面上昇の88㎝という最大予測数値が、現在のものではなく、2100年のものであるということです。あくまでも100年弱先の数値であって、現実にはわずか数㎜の海面上昇しか観測されなかったわけです。

これを誤解して、100年先の確証もない、あくまでも予測数値でしかない88㎝の海面上昇を、現に今の上昇の数値としてして理解してしまった。そしてこれを現在のツバルの沈降の主原因としてしまいました。これに地球が危なければ危ないほど売れるという傾向があるマスコミが飛びつき、かくしてひとつの地球温暖化の偶像が生まれてしまったのです。このような現象を情報の伝達の失敗、あるいは、その一人歩きと言います。

IPCC自体は、このように一人歩きする地球危機の数値に気象学者としての危機感を感じたようです。そしてこれに下方修正をかけたのが2007年版第4次報告書です。ここで新たな数値予測として、最大値を88㎝から59㎝に修正しました。これには地球が危ないと言われるほど妙に張り切るように見えるグリーンピースhttp://www.greenpeace.or.jp/などが大いにイカって「生ぬるい」と大騒ぎをしたようです。

_edited_4 グリーンピースさんのお怒りはともかく、実は2007年当時既にもっと過激でセンセーショナルな予測数値が世界中に定着していました。

え~皆さん、ここで元アメリカ合衆国副大統領であり、ノーベル平和賞を、ほかでもないIPCCと共同受賞されたアル・ゴアさんにご登場いただきます。皆様拍手を!

ゴアさんは、今さら言うまでもなく、「不都合な真実」という著書と映画で、世界に地球温暖化の脅威を訴えた最大の功労者です。彼を「地球の救世主」とまで呼ぶ人達すらいます。実際、彼がブッシュ・ジュニアの有名な票をゴマかすという選挙詐欺に出会わねば、まちがいなく現アメリカ合衆国大統領はゴアさんだったでしょうから、米国民にとって、いや地球にとって実にもったいないことをしました。私も米国民だったら、間違いなく一票を投じたでありましょう。

_edited_5 ところで、ゴアさんはその功績も大きい一方、いささか引く言説も多々ある事で知られています。たとえば海水面上昇について、「グリーンランド、あるいは南極が解けるか、割れて海に流れ込むと世界中の海水は6.5~7m上がる」(2006年)、いやそれどころか「最悪、12~14mにもなります」(2006年)という説を出しました。

この言説の影響力は、ハーバード大卒、元ジャーナリストにして前副大統領&ノーベル平和賞、ついでにアメコミ的なハンサム(上の写真は「不都合な真実」の表紙。私もこんな顔だったら人生が変わった)というイヤミなまでのカッコよさも手伝って、すさまじいの一語に尽きました。瞬く間に世界中のプレスとテレビ局が飛びつき、まさに誰しも否定したらバチが当たるというような「不都合な真実」になってしまったわけです。

人の心理というのは面白いもので、破滅願望でもあるんでしょうかね。ゴア氏自身が一方で、6.5mと言っているのに、テレビが伝える時には、この激烈な14m説しか伝えないのですから。最大値というか、最大災厄のみが一人歩きしていきます。

いわくバングラデシュは全水没、ペキンも水没、ミクロネシア諸島も全水没・・・、彼の説を基にしたハリウッド映画「ザ・デイ・アフター・トモロー」まで作られて、地球温暖化のために大津波に会ったあげくカチカチになるというストーリーです。あの映画の愚かな副大統領がチェニー現副大統領のソックリさんだということに気がつきました?(笑)ゴアさんの怨念が忍ばれます。そして大ヒット。私なんぞこのDVDも買ってしまった。980円だったけど。

たぶん、この14m説に一番ぶったまげたのはIPCCであったと思われます。「こんな素人のヨタと一緒にされてはたまらん」とでも言いたげなIPCCの報告は、ゴア氏14m説の翌年の2007年にそそくさと発表されました。これが先ほど見た3番目の図のIPCC第4次報告書です。

このIPCC第4次報告書の最小予測値18㎝、最大予測値59㎝です。最小予測値の場合、小波ていどでしかありません。しかも年間の上昇は1.4㎜というさざ波レベルです。こうなるともう、「不都合な真実」を大絶賛していた太田光さんではありませんが、もはや爆笑問題の次元の話になってしまいます。その差を図式化したのが4番目の表です。(典拠・ビョン・ロンボルグに拠る。ただし私はロンボルグ説の総体を肯定するものではありません)

本日の締めくくりです。地球温暖化は真実です。気温は上昇し続けています。海水面も上昇をし続けています。また海水温も上昇し続けています。それを否定する科学者はほとんどいません。

しかし、その変動の幅についての予測値は複数あり、それがハルマゲドンなのか、否かはおのずと答えがあると思います。私たちは、地球環境の危機を危機としてとしてとらえるためにこそ、センセーショナリズムを排して見る必要があるのではないでしょうか。

今日始めてゴチックを使いました。変かなぁ?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第2回  ツバルと海面上昇の謎

_edited いや~、いきなり不謹慎なことを言うようですが、眠いっす。2日がかりで地球温暖化の資料をとりまとめていました。

実はとりまとまりませぬ(苦笑)。このシリーズのどこかで学説の散らばり具合も検証してみようかなと思ったくらいです。というわけで、私としてはまずは分かるところから書いていこうということになりました。本ブログ始まって以来の難工事でした。

私も映像にはいたく弱い人間ですので、影響された映像というものがあります。映像って理屈ではなく、直接に感性に伝わるので説得力もあり、おまけに残るのです。私が地球温暖化でガガンっとなった映像は、かつてのNHKスペシャルの東京水浸し、ミクロネシア全水没などというショッキングな映像でした。あとは「デイ・アフター・トモロー」の大洪水と温暖化による寒冷化(ややっこしい。そのうち説明します)。そしてツバルの浸食されてヤシの樹の根本が洗われるような海岸線と滑走路から吹き上がる海水でしょうか。あれが先進国がまき散らしたCO2のせいだと説明されれば、心ある者、誰しもグサっときますよね。かくいう私もグサグサときたひとりでした。

_edited_2 私のみならず「沈み行くツバル」は多くの日本人に影響を与えました。これは温暖化による海面上昇によると多くのマスメディアが伝えました。ほとんど例外なくそのようなコンセプトで報道されているはずです。

NPOのツバル関係の記事を検索しても100%そのように書いてあります。あるツバル支援団体は、将来1mもの海水面上昇が予想されるためツバルは完全に姿を消すとまで書いています。

まさに地球温暖化による「悲劇のシンボル」としてツバルは報じられたのです。

私もつい半年前まで、このCO2の増加⇒地球温暖化⇒海面上昇⇒ミクロネシア諸島の海没という構図の信奉者でした。特に調べもせずに、まぁそのように思っていたってとこです。すいません。

ところが、ブログ仲間のゆっきんママさんに触発されていろいろと調べてみることにしました。すると意外な結果がでてきてしまったのです。

まずは最上段のオーストラリア政府のSPSLCMP(South Pacific Sea Level and Climate Monitoring Project)のデーターをご覧頂きたいのですが、ツバルでは1mどころかわずか75㎜の海水面上昇しか計測されていません。この記録は、ツバル近海のフナフチ環礁で1993年5月から2006年5月までの13年間の記録の累積の総計です。つまり表の右から2番目のトレンド(傾向)の毎年の観測数値を13年間分足してみると75㎜となったというわけです。1年間に75㎜だとすると、確かにヤバイ数字ですが、あくまでも13年間の総計です。1年にすると1㎝にも満たないわけです。ですから、このデーターの見出しの書き方は、やや誤った印象を私たちに与えてしまいますので、ご注意のほどを。くどいですが13年間のトータルの数字ですゾ。

*SPSLCMPのデーター http://tuvalu.site.ne.jp/topics/20070115/top.html

さて、この1㎝にも満たない海面上昇で、いかに海抜1mのツバルといえど果たして海に沈むでしょうか?考えるまでもありえません。原因は多々あるでしょうが、隆起珊瑚礁の浸食です。これは私自身沖縄に住んでいましたので、実感で理解できます。沖縄の八重山の先島に行くと、同じ隆起珊瑚礁ですので、少しずつ削られていくのが目でみえる地点がいくつかあります。これは別に隆起珊瑚礁のみならず、海岸淵の岩場に行ってみれば同じような浸食が見られます。年間70㎜ていどの浸食などザラでしょう。

原因について、大阪学院大学教授で、太平洋諸島地域研究所理事の小林泉先生は以下のように指摘しています。このミクロネシアを知悉した小林先生のご意見は、私にもしごく妥当かと思われます。

①日本より稠密な人口密度が、狭いツバルの、しかももろい隆起珊瑚礁を圧壊している。②アメリカ型の生活スタイルの定着によりペットボトルなどのゴミの散乱など島の環境破壊が進んでいる。③滑走路の水没は、かつての米軍のいいかげんな工事のためである。

また、この調査をしたSPSLCMPのプロジェクト・マネージャーのフョリップ・ハル氏は、このような海水面上昇は10年ではまだ短く、20年以上といった長期の観測が必要であると語っています。また、原因として、エルニーニョなどの異常気象を挙げています。

2002年のオーストラリア政府の発表によると、1978年~2001年の期間に、ハワイ大学とAustralian National Tidal Facility (NTF)の共同研究では、データーの欠損を認めつつ、ツバルの首都フナフチ環礁での海面上昇は約1㎜程度であり、危惧する必要はないという意見を出しています。

沈みいくツバルの皆さんには大変に言いづらいことですが、公平に見て、島民の苦難とは別に、その原因は地球温暖化にはないと思わざるを得ません。しかし、お断りしますが、だからツバルの苦難に対して、同じ地球に住む人として何もしなくていいという理由にはならないことは強調したいと思います。

明日は、地球レベルの海面上昇についてお話したいと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

地球温暖化について考えてみよう 第1回 なぜ火中の栗を拾うのか?

_edited なにも火中の栗を拾わないでもいいのにと、自分をバカバカと罵りながらこの新シリーズを始めます。

地球温暖化問題でよく取り上げられる色々な情報を、資料とデーターで明らかにして考えていきたいと思います。

実は私はこのテーマにかなり前から関心をもっていました。アル・ゴアとIPCC(INTERGOVERNMENTAL PANEL ON CLIMATE CHANGE /気候変動に関する政府間パネル http://www.ipcc.ch/)がノーベル平和賞を同時受賞した時には、ヤッタネと喝采を叫んだものです。ゴア氏のいくつかの著書や映画も見ました。「不都合な真実」の映画版などDVDまで買ってしまったほどです。「デイ・アフター・トモロー」も愛好映画であることは言うまでもありませんでした。

しかし今年になって、様々な資料を読むにつけ、大きな疑問符がポンっと頭に乗ったままは離れようとしないのです。きっかけは、例のバイオエタノール(バイエタ)生産に伴う食糧や飼料の高騰でした。

この問題については別途シリーズを起こします。それほど巨大な「悪」だからです。簡単にダイジェストすれば、米国においてトウモロコシのバイエタ価格の上昇に連動して、大豆、小麦の生産がバイエタ用のトウモロコシに流れたために、小麦、大豆、トウモロコシといったすべての食糧の高騰と、国際的食糧危機が引き起こされました。一種の玉突き現象ですね。

ここにヘッジファンドや政府系ファンドが、恥知らずにもドドッと流れ込みもはやボンボン燃える火事場騒ぎとなったわけです。そしてその影響は米国の国境を超えて、ブラジルなどの諸国にまで流れ込み、ブラジルにおける熱帯雨林伐採による大豆、バイエタ用サトウキビなどの生産増加も起きました。インドネシアなどでは同じく熱帯雨林の乱伐によるバイエタ用サトウキビが増産されています。インドネシアなど大規模な森林火災で国際的支援を要請しながら、一方で国策で熱帯雨林を潰してバイエタを作っている節操のなさです。

このように温暖化の主要原因とされたCO2削減を至上課題として、世界が急激に回り始めたのです。その過程で京都議定書にある削減目標についても、巨額な排出権ビジネスが存在することがわかってきました。

そしてなにより私が、なにかおかしいと感じた最大のことは、CO2を出さないクリーンエネルギーのふれこみでの原発の大復活でした。欧州は既に原発の再開の方向で走り始めました。その先鋒になったのがフランスとあのエコ立国を国策とするスウエーデンでした。スウエーデンは、今までの原発中止政策を放棄して、CO2削減のためと称して原発を再開しようとしています。アジア諸国もまた、化石燃料の高騰に後押しをされるように大増設に進んでいます。

つまり、地球温暖化の全世界的な掛け声は、一方で環境問題に対する関心を呼び起こしたと同時に、その裏ではなにかドロドロとした奇怪なものがうごめいているような気がしてなりませんでした。

これが、この半年ほど地球温暖化問題を勉強してきた理由です。そして調べれば調べるほど、ゴア氏の言説がノーベル賞同時受賞のIPCCの説とすら異なり、非常に極端な傾き、はっきり言えば、ある種のプロパガンダ的言説だと思うようになりました。

ゴア氏の説に懐疑することはおろか、対論すら「人類の敵」、「地球環境の敵」(実際、欧州であったことです)呼ばわりされるような風潮には疑問を感じないわけにはいきませんでした。

私が冒頭で「火中の栗」と言ったのはこのことです。私は有機農業を通じたエコロジストたろうとしている人間ですので、このような非難はなにとぞご勘弁のほどをお願いします。

さて、私は地球温暖化は様々なデーターから見て正しいと思っています。これが前提です。しかし一方、アル・ゴア氏やグリーンピースなどがいう、様々な災厄、海面の津波のような上昇、ミクロネシア諸島などの水没、北極圏の氷山の融解、ホッキョクグマの絶滅などなどのハルマゲドン的な現象が果たしてほんとうであるのか、ひとつひとつ資料を押さえながら考えていきたいと思います。

また、CO2主犯説についても考えてみたいと思います。これについてはほとんどの気象学者すら分からないと正直に言っていることです。しかし、既にCO2削減に1兆ドルといわれる巨額な資金が投入されようとしています。

CO2主犯説が正しいかいなかについては、正直に言って、実はまだ私の中で結論が出ていません。このシリーズで10冊程度の本を読んでいるのですが、説の分布が激しくて、頭がクルクルになっています。ひょっとしてゴア氏の言うことが正しいという結論がでてしまうかもしれません。なお、この件についてはゴア氏とIPCCはほぼ同意見です。

資料を読み込む上で、説の分布を考慮したいと考えます。対立する論陣の極端な両端はとりあえずカットします。「地球温暖化はない」という説は、極端な説としてとりあえず検討の外に置きたいと思います。その対極が地球温暖化ハルマゲドンがやってくる!説ですが、本来はゴア氏の言説は極端な説に位置します。しかし、なにせ世界を大きく動かしてしまった本ですから取り上げざるを得ません。IPCCなどの気象学者のデーターはできる限り、本やインターネットからピックアップしていきたいきと思います。

できるだけ咀嚼して書くつもりですが、問題が科学的な問題ですので、なにとぞよろしくおつきあいをお願いいたします。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中  とりあえずの最終回    新トリサマ亭の中は?

_edited まぁ、こうしてみると、色々山あり谷ありだったようです。しかし、私たちの特質はめげないというか、トリは三歩歩くと忘れるといいますか、まこと家業に似合った脳ミソと感性を持っていたことです。

では、当時の出来たばかりの「新トリサマ亭」にご案内しましょう。まずは玄関から。あれ、そんなものないや。いきなり大屋根がかかっている正面のホールに入ります。え、履物ですか。大丈夫。床材がないですから、そのままそのまま。

吹き抜けは私たち唯一の贅沢で大きくとりました。なんせ8年間も手を伸ばせば天井に当たるという狭苦しい生活をしていたもんで。二階が頭上にあるのはいやだったのてす。

いちおう建坪は30坪ありますが、ところどころに将来のための仕切り壁があるだけの巨大なワンルームにすぎません。しかも中がカラッポだぁ!トイレですら初めは扉もなし。風呂もドアなし。床も床板もなくタダのコンパネ。すべての部屋はスースーで仕切られておりませぬ。ともかく鳥小屋から倉庫屋根裏生活を長年してきたもんで、もう一刻も早く普通の家に住みたいの一心でした(おお健気な私らよ、うるうる)。

_edited_2 この写真はまだ便器がついていませんが、仮に着いていても似たようなもの。いくらなんでもヒドイというので、インド更紗のカーテンをつけましたが、お客人の女性から、あまりだという抗議が多々あって、トイレだけは比較的初めに扉がつきました。まぁ、あたりまえか。

その上の写真は薪ストーブに陣取る猫界の長老だったナビです。ちょっと脚が悪かったのですが、そんな障害にめげず、食欲と温かい場所や涼しい場所にいち速く陣取る強靱さはハンパではなく、わが家の猫界の長老に。なんと16歳という長寿をまっとうしました。人間なら百歳くらいではないかと。最後はあまりの長寿に、周りからさほど惜しまれもせずに、めでたく他界いたしました。

_edited_4 梁の上に猫が乗っていますね。上のトラシマがチャンプルーで、下がクウです。猫と煙は高いところに登りたがる。で、わが家の柱は連中のために爪を研がれるは、登られるはで、うれしいことに、ささくれだちました。いちおう新築ですぞ、こらぁ!

_edited_5 今回のシリーズの最後の写真は、ストーブとカミさんです。くつくつ煮えるストーブの上のシチュー、パチパチとはぜる薪、表は雪。

まだまだ写真はゴマンとあるのですが、まぁ今回はこのあたりで幕ということに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中! その6 NDの悲劇と蹉跌

_edited_6 母屋と鶏舎が出来て、ようやく農場も軌道に乗ってきた頃の写真です。表情も明るいですね。

犬は当時飼っていて19歳まで生きたモモという犬です。すばらしく気立てが良くて賢い犬でした。まだ小犬の頃ですね。わずかですが出来上がったばかりの家が見えます。

さて、Fさんとの土地問題にも決着がつき、すべてが順風満帆に思えたちょうどその時でした。

関東平野をひたひたと東に上がってきたニューカッスル(ND)という鶏病の魔王が、とうとう私たちのヨチヨチ歩きの農場に侵入したのです。NDはその感染力、死亡率の図抜けた高さで、世界の養鶏家から恐怖の的になっている病気でした。

おかしいと思った時には既に遅く、たちまち下の写真のように鶏たちはバタバタと死んでいきました。わずか1週間で約500羽にも登る鶏が死亡しました。今でも悪夢に出る時があります。毎日、できたばかりの自分の鳥小屋には死亡した鶏が積み重なり、他のかろうじて生きている鶏もうつらつらするように生命の灯火を消そうとしています。そしてこの私はなにも出来ないでいる。 見て、声をかけ、励まし、餌を水で練ったものを口に与え、毛布でくるみ、しかし、まったく助からない。

_edited_7 感染を薬剤以外でくい止める最後の方法として、感染が確実な鶏を一羽一羽、殺処分にすらしました。

手のひらに包み込めるようなまるでうぶ毛の塊のような雛から育ててきた鶏の頸動脈に刃を入れて、そして力を入れて搔き切る。吹き上がる血、私の手の中で「死にたくない」と大きくビクッビクッとあらがう断末魔の力の強さ、蹴爪を私の腕にたてて。一羽殺すごとに合掌して黙祷しますが、なにを思っているのか私自身が分からない有様でした。私の命を奪って、手を合わせて自分だけ助かろうとするこの偽善者!この卑怯者!お前には永久の心の平安はない!という彼女たちの声が頭の中にこだましました。

一日に数十羽を殺処分(なんという人間の勝手な言葉だ!)にし、石灰を撒いた穴に放り込む毎日が続きました。夫婦の会話はめっきりと減り、食事も作る気になれません。暗くなった部屋で、いっそう自分たちが死んだほうが楽だなと私が言うと、いつもは気丈な彼女も黙って首を縦に振りました。

当時、平飼神話というものがありました。ほかならぬ私の農の恩師であった中島正先生が、その中心に居ました。都会から農村に移り住んだ若者の多くは、彼の激烈な農本主義の強い影響下にありました。都市を捨て、農村に拠り、農を復興させ、農により都市を包囲し、ゆっくりと解体する。そして都市の若者よ!街を捨てて、農に拠れ!農の再興に力を貸せ!と叫びました。

今になって振り返ると、日本農業の中に脈々とある農本思想と、当時まだ幻想を持っていた毛沢東主義のアマルガムですが、高熱を発する流行り病のようでした。激烈であるが故に単純。単純であるが故に純粋。純粋であるが故に、極めて狭い視界しかもっていませんでした。しかも農業技術体系と一体となっているために、思想と技術体系を実利的に切り離せないのです。彼の門を叩く者は思想と技術を、ふたつにしてひとつとして理解し実践せねばなりませんでした。

実際の先生は穏やかで、合理的ですらある方です。文章とは異なり、よくひとの声を聞き、妥当な解決策や進む道を教えていただける農の先達でした。そして、徒党を組むことを嫌い、年賀状すら「山中に暦なし」とされるひとでした。自然卵養鶏の福島正信先生のような存在だと思えば間違いないでしょう。

そして私はといえば、それを一言一句違えずにその思想を実践しようとしました。文字どおり職を捨て、街を捨て、わずかな財も捨て、身ひとつとなり、沖縄に入り、ポンコツ車に打ち跨がって全国を歩き、農地を得、鳥小屋を建て、家畜を飼い、家を建て、そしてこの蹉跌に遭遇したというわけです。私は忠実な中島先生の弟子だったのです。

_edited_8 師はNDたりとも、自然養鶏の前には怖くないと豪語し、自分はNDの鶏を触ったが、自分の鶏は感染しなかった、ワクランはいらない、いやむしろ打ってはならない、それは平飼鶏の生命力の強靱さを軽く見ているに等しいことだと述べました。

NDの真っ最中、対策を問い合わせた私に答えて、先生からは心のこもった一通の手紙をいただきました。その中で、「君の例はもはや民間療法ではどうにもならない。投薬をするしかない」としるされていました。師自らが言うように、平飼神話は神話でしかなかったのです。

NDの嵐が去った後、私の農場の外観は維持されているように見えました。たしかに鶏舎や倉庫は残り、家もあった。しかし、半数以上の鶏が死亡し、特に次の世代の雛は全滅しました。残った鶏もまったく卵を産まなくなりました。

そうです、私の農場は事実上壊滅したのです。

後日、私は師が最高顧問をつとめる全国自然卵養鶏会の全国集会の発表の場で、私の農場のNDの経緯の記録と写真を提出し、平飼神話は相対視すべきであると訴えました。同じ蹉跌を踏んでほしくなかったからです。

しかして、仲間だと思っていたわが聴衆の答えは、いわく「先生のおっしゃるとおりにやらないから事故を起こしたのだ」、「自分の失敗を先生になすりつけるな」でした。

師が言うとおりやらないから、起きた。それがいかに外部からの強力なウイルスの侵攻だとしても!これではまるで、念仏を数える回数が少ないから、お前は病に罹るのだ、というどこぞの新興宗教と同じではないですか。

私はこれ以上の声を上げることを止めて即時に脱会し、再び荒廃したとしてもわが唯一の拠り所である農場へと急ぎました。そしてその扉を堅く閉ざしたのです。ガンバレ、ハマタヌ!ご声援を。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中! その5    ボーイズ&ガールズ!夢は叶うのだぞ、君がオッチョコチョイならば!

06 家を構想することは、長い間の私たちのお気に入りのおしゃぶり飴でした。いったい何千回、あーでもないこーでもないということを語り合ったかわからないほどです。

上の写真は、トリサマ亭の壁に貼ってあった家のデザインの移り変わりです。左上(モデルⅠ)から始まって、右上(モデルⅡ)に行き、最後が下(モデルⅢ)です。そして現実には写真最下段(モデルⅣ)となりました。

香港の看板がちょうど店の横から始まり、やがて大型化し、道に被り、ネオンで点滅し、そして隣の店も負けずに派手になり、台風で全部壊れて、初めからやり直しという話と似てなくもありません。

最初のモデルⅠは実にシンプルです。単純な切妻型の屋根が乗った箱です。なかなかいい味出してます。すっきりと昆布味で仕上げてみましたみたいな家です。玄関の軒は一段下がって雨が家から出るとドバーと頭からかからないように工夫されているのが見えますか。

ただ、難点は屋根裏の利用です。わが家は屋根裏があるために外から見た感じでは平屋ですが、実は一階ホールから吹き抜けとなった二階構造となっています。二階はそうとうに面積が広く、充分に寝室とガラクタ部屋(納戸と通常は言いますが、うちはガラクタばかり)が2間とれます。いちおうわが家は延べ床面積で50坪ありますので、2階というか屋根裏だけで20坪はあります。無駄にデカイ気もします。

さてさて、屋根裏生活を私たちほどかくも長期にやった人はそうそういないのではないかな。倉庫の2階から現在まで、実に20年近い屋根裏人生。マダムヨーコさんは子供の頃に読んだ魔法使いのお話で、屋根部屋は異界に繋がると夢みていたそうで、めでたくも永年の屋根裏部屋暮らしと相成りました。ボーイズ&ガールズ!夢は叶うのだぞ。君がオッチョコチョイでありさえすれば!

ただ、天井がないので、夏はカンカンに暑くて、冬はキンキンに寒く、部屋の隅から粉雪が舞い込むという今でもなかなかワイルドな部屋です。天井が伊達についているわけではないのがわかりました。全身で季節を感じる私たちです。さすがこの歳になるとフツーの密閉された部屋もいいかななどとこぼしています。

_edited_13 ボーイズ&ガールズ!夢は実現しても、映画なら涙が出そうなテーマ曲高まる、めでたし、めでたしだが、現実はその後がえんえんと続くのだぞ!ジュリエットが死なないで、スーパーのチラシを読んでるんだぞぉ!

モデルⅠでは、屋根裏にあかり取りの窓がないために、たぶんこれに住むと、屋根裏は昼なお暗きだったでしょう。直接に天窓を穿つ方法もありますが、雨漏れが心配でした。

そこでモデルⅡに行きます。ドーマー(出窓)が簡単についています。屋根は合掌に自信がなかったので片流れ構造になって、ついでに玄関にも屋根がつきました。このモデルⅡはあまりカッコよくはありません。なんか中途ハンバなんだなぁ。ドーマーも中央に一個なので、両側の部屋はやはりうす暗いままでしょう。

ということで、モデルⅢ。ここになるとモデルⅠの面影はなくなりました。ドーマーは両サイドに一個ずつ配置され、おまけにゴタゴタしていることには切り妻の下にはベランダまでついています。そしてその下には縁側というかオープンデッキ(ウッドデッキ)まで!玄関は合掌構造で出張っています。え~、なんともやり過ぎで、たまにこんなデザインのログを別荘地の写真でお見受けます。小金持ち的なテイストで、私たちには似合いません。

そして現実に作ったのは下の写真のモデルⅣとなります。モデルⅠに出窓が2ツついて屋根がぐっと大きくなったと思えばいいでしょう。出窓は2ツ、モデルⅢにあった玄関の屋根は大屋根が被っているので消えました。二階のベランダもメンドーなので作りませんでした。おかげで酔っぱらって、二階の窓から月見をしようとして転落しそうになったことがあります。オープンデッキも雨で腐りやすいので作っていません。

オープンデッキは、あれば便利で、野菜や豆を乾燥する場所としてはうってつけなのですが、まぁなくても庭に網戸やカゴを置いて干せばいいだけの話です。よく雑誌にオープンデッキでジャグジー(西洋露天風呂)やバーベキューなどをやってニタカニタカしている写真を見ますが、あれは別荘でやること。ここは生活して生産している空間なのです。

18_edited 家はしょせんツール、道具、手段でしかありません。家はまた財産でもなく、ましてや人生の達成点でなどサラサラなく、ただの生活の「器」に過ぎません。その器になにを入れるのかは自分次第なのです。だからおもしろいのでしょう。

ボーイズ&ガールズ、家は自分の生活のスタイルがあって初めて作るのだぞ! その意味で家は君らの生きている哲学なんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中!その4  「家」のコペルニクス的展開

_edited_9 ニーニャ様から、あの家も手作りなのでしょうか?とのご質問をいただきました。

大体そうであります。大屋根をかけるあたりは技術的に難しいので友人の大工と一緒にやりました。それ以外はおおよそ私たち夫婦の手作りです。

いや、家なんて日曜大工が上手な人にはできません。日曜大工をやる人って一寸も狂わず、ピタっと本棚などを決めるじゃないですか。とてもとても私たちにはそんなマネできません。高校時代の友人には「お前のような不器用な奴がよーやったわい」と言われましたが、そう、不器用だからできたとも言えます。

性格的にダラシがないというか、結果オーライというか、壁に隙間があっても「いいじゃん、後から埋めれば」と思ってしまうタイプらしいのが、やっているうちに分かってきたのです。細かいことを気にしていたら家は建ちませぬ。

まずトリサマ亭という鳥小屋改造住宅から始まって、そこに足掛け3年間でしょう、そして次が倉庫(おとといの記事で、マダムヨーコが乗っかってブイブイ言わしていた建物です)の屋根裏の4畳半2間にまたなんと6年間も住みながら鳥小屋や母屋を作っていたために、完全にフツーの住居感覚がどこかに行ってしまったらしいのです。たくましいと言っていただければ嬉しいのですが、バカというか♪お気楽星からやって来た、といいますか、なんともかとも。

_edited_10 ある時 家はシェルターなんだということが理解できた時から強かったですね。やはり初めは鳥小屋はともかく、母屋はどうしようかと悩んでいたのです。

その時にたまたま見つけたアメリカの若者たちの生活から作っていこうぜ、みたいな文化の冊子が手に入りました。和訳もされていたアリシア・ベイローレルの「地球の上にに生きる」などの本ですね。70年代のヒッピー文化の粋を集めたような本でした。

その本はThe shelter(ザ シェルター)というのですが、家に対しての私たちの見方を180度変えてしまいました。眼からウロコがコンタクトよろしくポロリと一枚落ちたかんじでしょうか。その本には、土を家の形に盛ってコンクリートをかけて固まったら、土を搔き出してハイ出来上がりなんて「家」(おいおい)や、大木にゴムをかませて(樹は傷つけてはいけない)屋根をかけた家、はたまた最近はメジャーになってしまいましたが、当時はご冗談でしょう扱いのツリーハウスなども紹介されていました。

家や土地をともすれば「財産」扱いしてしまうわが民族の特性から離れて、家なんかしょせん雨よけだぜ、しのげればいいじゃないか、という考え方は刺激的でした。当時の私たちの生活にピッタリだったのです。そう、「家」などしょせん雨露をしのぐ装置、そう考えると気が楽になりました。コペルニクス的展開というやつですな。

_edited_11 そしてその中にログハウスもあったわけです。今やログは日本では別荘族の見栄っぱり建築に成り下がっています。バカデカイ寸法のシベリア唐松なんぞを使いおって、暖炉前でブランデーですか。

プルプル(頭を振る音)ちゃうねん。あれは、技術がない開拓者が、雨よけ、風よけのために作った建物なんです。だからそこらへんの樹を切って、皮を剥いて乾燥させて、ただ組み上げていっただけの素人建築法です。屋根すらなくて防水シートで覆っただけというものも沢山あったそうです。

当然のこととして、壁に隙間がバカバカと開きますから、空気がピュピューと抜ける。雨どころか雪も降り込む。しかし、ドンマイ、ドンマイ気にせずに苔か、粘土で塞ぐんですね。おおらかというか、オキナワ風に言うとテーゲーなもんです。他人様の家だとまずいでしょうか、なにせ自分の住む家ですから、文句いわせない、これでい~よ、です。

ローラ・インガルスワイルダーの「大草原の小さな家」を読むと最初の家は、森の中で、屋根はシート張りだったって書いてあります。その名も「開拓者のログ」というやつです。まぁ、あれですね、私たちが当初目指したものは。

_edited_12

写真は上から、母屋の基礎ができたところ、次は基礎の型枠を作っているところです。

三枚目は鶏にうんしょとニンジンをやっているマダムヨーコ。

次は基礎の上に床板を支える根太を組んでいるところです。この根太組みは、さすがイイカゲンな私たちも、かなり神経を使う仕事でした。ピタッと水平が縦横に決まらないとダメです。

これが狂うと床に置いた鉛筆がコロコロ転がって、訪問者を楽しませてくれます。写真をみると、マダムヨーコがなんかハズしたみたいですね(笑)。こんな写真を出すなって後ろで怒っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中!その3 私たちは森の間借り人

Photoできたばかりのわが家です。 いやー、写真というのは撮っておくものだなぁ

ちょっと驚いたのですが、家の周りになにもない!まさに家だけですそうか、樹一本から植えたんでした。まぁ、勝手に飛んできてわが家の一員になってしまった樹もかなりあるけど。下にほぼ同じ角度と季節の今の母屋の写真を見てみましょう。今はちょっとした林の中に家があるというかんじです。

Img_0006 入植した人によく言っているのですが、入植したら、すぐに樹を植えたほうがいいよ。樹は5年間もあれば大きくなるし、10年間たったら林に戻る。

そして今は畑でも、元は林だったんだから、ちゃんと林に戻してこの土地で死のう。私たちは長い森の歴史のほんの一時の間借り人なんだ、と。

もともとなにもないニンジン畑でしたので、作物だけじゃなくて、樹を植えたり、野草(雑草と呼ぶなかれ!)を移植したりもしました。

農場に生えていて繁茂している野草のかなりは、気まぐれに私たちが掘ってきて、レジ袋で根の周りの土ごと移植したものです。今、当然のような顔してのさばっているヨメナ、カラスウリ、ドクダミなどは私たちが植えたものです。野草ガーデニングと自称しています。半ば冗談でそう称していたのですが、ガーデニングの本場のイングランドでは実際あるそうな。

_edited_14 樹すら裏山から掘ってきて移植しました。上の写真の右に見えるヤマザクラは苗木を移植したものですが、もうこんなに大きくなりました。植えた当時はほんの40㎝くらいの苗木だったのに。

上の写真はその光景です。案外樹というものは重いのです。これは軽いほうですが、生涯最も重かったのは(生涯が終わったわけじゃないけど)、沖縄のパパイヤでした。足がめり込むほどの重さでしたぞ。

さて、一番上の写真に、ジープと2トントラックが写っています。当時の農場はジープでないと入れませんでした。オンボロの中古だったので、白く塗って気取ってみました。下の写真は買ったばかりで、ふたりしてブイブイいってます。

価格ですか?たしか30万円だったっけな。ふたりの足元の土をご覧下さい。関東ローム層そのままの泥濘です。これが雨が降るともういけません。完全に田んぼ状態になりました。ジープは生活必需品だったのです。カミさんはモンペ、私はタモモヒキ(なんつう名前だ)というこの土地の労働着です。肩に手なぞ置きおってからに、今では恥ずかしくてこんな写真は撮れません(笑)。

Photo_4

| | コメント (5) | トラックバック (0)

秘蔵写真を大公開!農場、ただ今建設中!その2 カミさんが強くなったわけ

_edited_15 なにか高いところでイキがっているのがわが女房殿のヨーコ様です。うっかり呼び捨てにしようものなら、ハリ倒されます。ちなみに、「奥さん」という表現もうっかり使うと、なにが「奥」であるのか、とまたまたハリ倒されます。

このように、凶力、もとい、強力になさしめたのがこの農場建設の時代でした。

えんえんと飽きもせずに最後は正直やや飽きたけど)8年間もやっていたもんで、私よりはるかに算術が得意なので、したがって大工もうまいということが明らかになりました。一方私といえば、初等教育に難があることがバレ、ヨーコ棟梁の言うがままに駆けまわるか、牛馬の如く力仕事をするしかないということもバレバレになってしまったのです。かくて、もともとなかった亭主の権威は、まったくゼロになったのであります(涙)。

え~、大工仕事は算術と見つけたりなのです。今、張っている倉庫の屋根、大体7、8mはありますが(人間が一番怖い高さですが)、トタンをまっすぐに張るためには、水糸という導線をまず張ります。一番端っこの垂木から「尺なん寸なん分」というふうにカネジャク(*L字型の建築用定規)で決めて、そこからピーっと糸を出していきます。そして、垂木(*写真で見て横に渡してある細い屋根材)を一間(けん)ごとに印を打ち、トタン釘を打っていくわけです。これが狂うと屋根はヨレヨレとなります。

屋根ならまだしも柱でそれをやると、端から見通すと左右に柱が楽しくスキップを踏んでいるというシュールなながめになり、失笑を買います。

ちなみに、大工仕事は江戸時代と変わらない尺貫法の世界で、センチ、メートルはまったくというほど使用されません。大体が材木が尺の寸法で切られていますから、どないもならない。このところ海の向こうから2×4(ツーバイフォー/2×6というインチ法のものもあります)という建築法も台頭してきましたが、当時は伝統的な日本大工ワールドでした。

_edited_16

カミさんの写真ばかりで腹がたちますが、写しているのが私なもんで。というか貢献度が低いつうこってしょうか(またまた涙)。何をやっているかというと、鳥小屋の基礎を掘っております。写真左手ののたくっているチューブは水平を決定するための管です。ここに水を入れて左右の基準線を決定します。これが失敗すると、ピサの斜塔よろしく斜めにかしいだ小屋とい

う大笑いな建物になります。

写真に3個ほど見えるのが基礎のコンクリートブロックです。ブロックにハゴ板という柱と結合する鉄板をつけてありますこれは既製品があるのですが、当時は知らなんだので、全部手作りしちまいました。

暇といえば暇、修行と言えば修行。オレは農業をしに入ったんだぁ!などと吠えても無駄です。百姓は大工も、農産加工も、機械修理も、ギターもなんでもやるのです。

このことをパスして本職の大工に金で頼むと、あっさりと出来ますが面白くありません。なにも身につかないからです。よくこの建設のところをプロに安直に頼む人がいますが、私からみればそれは人生のキセルだぞォと思いますが。

ヨーコさんの向かって右に三角の板がありますが、これが小屋の直角を決定するバカデカイ三角定規です。後ろには巻き尺も見えます。小学校中等算数の応用ですが、実際に使うとは思わなんだ。それにしても笑顔がまぶしいですね。変な眼鏡だけど。ぶはは!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »