« 畜産・この矛盾に満ちた存在 番外篇 中島紀一先生の授業でしゃべってきました | トップページ | 畜産・この矛盾に満ちた存在 第3回 そもそも日本には、「畜産」などという分野はなかった! »

畜産・この矛盾に満ちた存在 第2回 「やめてしまえ」では解決にならない

_edited 先日、このようなコメントをいただきました。ありがとうございます。コメントをいただくとほんとうに刺激になります。

引用開始■僕を含め、ベジタリアンとして生活している人は畜産業を必要としていません。
煙草栽培とか、酒造りとか、そういった類と同じ、「嗜好品」に関る産業です。
飼料を事実上100%海外に依存している以上、国民を飢えから守るといった意味もありません。
「実は自分達はサービス業に従事しているんだ」といった認識が、少し欲しいですね。                                                                                     引用終了

まことに正論であります。しかし、ある種の正論にありがちな極論のかんじもいたします。正論であるというのは、事の反面の本質をズバリと指摘しているからです。

これはこの前半シリーズである「風土と畜産について考えてみた」の中で、ヨーロッパと日本の風土の違いから来る農業の形の違いから考えてきました。煎じ詰めて言えば、ヨーロッパは牧畜向き。ですからその食の形も肉食をメーンとして、サイドに麦を粉にしたパンを配する食事となりました。

一方、わが国は高温多湿のために米作と野菜を中心にした農業と食のあり方が出来上がってきました。また極めて長い沿岸を持つために沿岸魚が食卓に並ぶというのが和食の基本です。

後に詳しく触れようと思いますが、日本において牧畜はそもそも「なかった」概念、ジャンルなのです。少なくとも、江戸時代までは完全にそうですし、戦後ですら私たち昭和20年代生れの30年代育ち、いわゆる「三丁目の夕日」世代は子供の頃に肉などほとんど食べていなかった気がします。あったのは魚肉ソーセージやクジラ肉(許せ、グリーンピース!)などです。カレーライスには肉かと思うとジャガイモの皮だったりして、私は長期に渡ってカレーのジャガイモの皮を肉だと信じて健気にも生きてきたのです(涙)・・・あ、こんな話を書き始めると長くなるぅ。またそのうちゆっくりと。

_edited_2 それはさておき、このような貧弱な日本の牧畜のあり方はある意味正常でした。餌である穀物生産の後背地がないのに牧畜だけがあるはずがないですもんね。このコメント氏の仰せ「飼料を外国から輸入しているんじゃあ、国民を飢えから守っている意味もない」はその意味で当たっています。

ではどこが、私の考えと違うのでしょうか。私はこのコメント氏のお考えの真逆な考え方をよく知っているからです。え~そうですな、竹中平蔵サンあたりがややかん高い声でしゃべっていると思ってお読み下さい。

■日本の工業も原材料は外国にほぼ完全に依存している。日本国内では原料となる資源に乏しいし、仮にあったとしてもコスト高で話にならない。安い原料を輸出する国、それを加工して高度な工業製品を作る国に分かれて、互いに得意な分野で自由貿易を結ぶのが、もっとも効率の良いグローバル経済のあり方なんだ。

ならば、現代農業もそうしたらよい。現代の農業は先進国いずれも充分に機械化、大型化しており、国内の条件に捕らわれている国など少ない。ならば産業としての農業を目指すべきだし、それが安価で優良な国産畜産品を供給することで国民の幸福にも繋がるのだから、これぞ最善な方法である。チャンチャン♪

Img_0033_edited このような意見はたぶん今の企業畜産の最大公約数的な考え方でしょう。コメント氏のようなご意見と真逆な位置にあるようでいて、私は両端が繋がってループになった紐のようなものだと思います。

なぜなら、コメント氏の一見ラジカルなご意見はよく消費者意識の高い方や、氏のようなベジタリアンから言われますが、私たち現場で働く畜産家としてはこうお答えすることにしています。

ならば日本畜産をゼ~ンブ潰して、全部外国産にしますか。そうなると、なにをどう作られてもイヤと言えなくなりますよ。中国産豚肉のように赤身の色付けにスーダンレッドという絨毯染色用塗料を使われても分かりませんよ。アメリカで良く使われるステロイドなどの成長ホルモンも、使われていても分かるのはズッと後のことですよ。また外国にはその国で許容されていて、わが国では許されていない薬剤、抗生物質など山ほどありますよ。それでいいんですか?

価格も国際市場価格が意図的にヘッジファンドなどに介入されれば、メチャメチャな値段をつけられたとしてもグーの音も出ませんよ。今年のように飼料価格や原油価格が超高騰しても、ともかくこのていどで済んでいるのは、問題も大ありだけれども、まがいなりとも国内畜産があるからで、それが歯止めになって国民の食卓を守っているのは確かなんです。

_edited_3 ベジタリアンや玄米正食の方々に対しては、ご自分の理念としての食のあり方の非妥協的で思想的な追求には敬意を惜しみませんが、それが国民の今の食のあり方とイコールではないことをどこかで心に留めて頂きたいのです。

今のわが国の食のあり方は歪んでいるというベジタリアンの方々のご意見には納得することがおおいにありますが、皆さんのようなラジカルな食体系に移行できる人は極めて希なのです。私も玄米食に3回もザセツしています(汗)。

私がグローバリズムに首までどっぷりと浸っている現行の日本畜産のあり方を批判する時には、その解決方法をひとりの畜産家として提示し、微力であっても実践をしていかねばならないと思っています。そうしないと無責任だからです。ですから、そのような私にはグローバリズム経済の中に安住する日本畜産業が、今年資材の高騰で地獄を見たように、そしてその反対の「やめちまえ」という全否定もまた、解決の道ではないように思われるのです。

|

« 畜産・この矛盾に満ちた存在 番外篇 中島紀一先生の授業でしゃべってきました | トップページ | 畜産・この矛盾に満ちた存在 第3回 そもそも日本には、「畜産」などという分野はなかった! »

日本の農業問題」カテゴリの記事

コメント

今日も謹んで拝読。喝采。

投稿: たクこ | 2008年12月25日 (木) 16時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/515571/43523547

この記事へのトラックバック一覧です: 畜産・この矛盾に満ちた存在 第2回 「やめてしまえ」では解決にならない:

» 玄米 海外 についてー "玄米パン" の続きを読む… [玄米 海外 のお話]
玄米パン・・・ [続きを読む]

受信: 2009年1月10日 (土) 01時28分

« 畜産・この矛盾に満ちた存在 番外篇 中島紀一先生の授業でしゃべってきました | トップページ | 畜産・この矛盾に満ちた存在 第3回 そもそも日本には、「畜産」などという分野はなかった! »