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2009年1月

必要とされる有機農業・伸びない有機農業 その3 JAS有機認証は外国産農産物に門戸を開いてしまった

_edited いや~、すごい暴風雨でしたね!台風の小さいヤツといったかんじです。

積んであったコンテナは数メートル飛ぶは、雛の雨除けのビニールはパタパタとふっ飛ぶ寸前。あわてて風雨の中に留めに行ったり。

もう風と雨が真横からビューッですよ。こんな悪天候の中、うちで預かっている少年は、さほど気にする風もなく、黙々と外仕事をしていました。あんがい大物なのかも。

さて、日本の有機農業がなんで伸びないんだろうな、というユーウツなことについてしみじみしています。この伸び悩み現象は、この数年誰の目にも明らかになってきました。その停滞状況はJAS有機認証の取得者が、日本では減少し、日本で売られているJAS有機認証シール付きの農産物は今や外国産のほうが多いという情けない状況です。(下図参照)

10_zu05_2 スーパーなどでJAS有機認証シール付き農産物を見ますか?ほとんどないでしょう。だいたいがエコファーマーです。納豆やソースなどの加工品も国産有機農産物はみかけないと思います。大部分がオーストラリアか米国産です。

事実、日本のJAS有機認証を取得している大勢は外国産なのです。これを下の表でみてみましょう。10_zu04 やや古い資料ですが、国内の認証件数が4547件であるのに対して、外国産は約4倍もの19366件です。もはや勝負あったってかんじですね。

日本のJAS有機認証は、日本の潜在的に巨大な有機農産物の消費市場を目指して殺到する外国産農産物のために作られたのです。このことは、私の同業者、友人諸君にも異論が多々あるでしょうが、私はそうであると断定します。

この有機認証法は、認証法をもつ一国と、それを輸入する一国でほぼ同一の有機認証基準を持たないとなりません。外国から有機農産物を日本に輸出したいと思ったら、日本のJAS有機認証を取らねば、「有機農産物」と名乗れないわけです。ですから、外国の有機農産物出荷団体は、ぜがひでも日本に有機認証法を作らせる必要があったわけです。

有機認証は、単なる国内的なガイドラインではなく、国家法であり、さらにそれは貿易関係を持つ諸国と共有される国際貿易が前提なのです。認証法はそのための共通ツールだと思えばいいでしょう。

これが、私のいうグローバル経済の実態なのです。もっと言えば、このJAS有機認証は、日本が好き好んで制定したわけではなく、WTO(国際貿易機関)とFAO(国連食糧農業機構)という国連の2ツの機関が合同で作ったCODEX(コーデックス)委員会を舞台にして作られたものでした。

日本は協議の段階(ステップ)を踏むごとにジリジリと後退を続け、ほぼ諸外国の言い分のままにJAS有機認証を制定「させられ」ました。今年、WTOを舞台にした「WTO決戦」で、JAや農水省などが必至の形相で「日本の食と農を守れ」と叫んでいる姿を見るにつけ、私は「あなたがた、有機農産物の時は、小指一本動かさなかっただろう。今そのツケが回ってきているんだよ」と思わずにはいられません。

今頃になって農水省やJAは「WTOに妥協するな」と叫んでいますが、もっとも最初に外国に売り渡した日本の農産物はわが有機農産物だったのです。それは味噌ッカスとしてしか認識されていなかった日本の有機農業は、日本農業本隊を守るためのただの捨て石でしかなかったからにすぎません。

今年、全ての農産物、特に米を中心にして降りかかってくるWTO体制とは、このような自由貿易という名のもとに世界を「平準化」していくスチームローラーのような仕組みなのです。

農水省は、省としての存在価値であったはずの自国農業保護を、有機農業に関してはいとも簡単に捨てました。有機農業はあまりに少数派であり、JAは減農薬減化学肥料栽培(特別栽培)止まり、消費者の支持もないと農水省は考えたに違いありません。そして、それはやがて来るであろう、いや当時からつばぜり合いを演じていたはずのWTO交渉での交渉敗北時のシミュレーションをわが日本有機農業の先行きに見ていたのではないのでしょうか。

いずれにせよ、本来、わが国の有機農業を盛んにするかと思われたJAS有機認証法は、わが国の有機農業を圧迫し、10年をたたずして外国産に市場を譲り渡すこととなりました。これについてもう少し考えてみたいと思います。

                                                                                                       

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続 直販所が日本農業を変える 地域のハブには、女性がふさわしい

_edited_2 男が出ちゃダメだぜ、ここのところそう思うことが多い。

何回か前に私は直販所のひとつのモデルを茨城県勝田市の「協働館なかよし」にもっていると書いた。そのリーダーがまことに魅力的な女性なのだ。うれしいことには手放しで喜べ、邪気がなく、相手を立てられるという女性だ。そして天性の聞き上手ときているから、彼女を慕って大勢の主婦がスタッフで馳せ参じた。

_edited_3 この「協働館なかよし」ができたそもそもの由来は、勝田の本郷台地区の衰退にあった。本郷台団地という大型団地があったのだが、老朽化が激しく、住んでいる人たちも若い人がひとり減り、ふたり減りしていき、老人のほうが多くなってしまった。

同じ老人でも男のほうが残ると始末に終えない。自分で食べられない。洗濯も出来ない。靴下の場所もわからないというかんじにになってしまったのだ。当然、社会的な関係がないからボケる。

このコミュニティの中心にあった生協の本郷台店も、コミュニティと同様に老朽化し、売り上げ目標に達しなくなって継続が危ぶまれた。取り潰してさら地にという案もあったと聞く。

しかし、この時に彼女を中心とするグループが、これを生協から借り受け、地域で何が求められているのかという素朴な所から始めていった。それがなんでもありの地域拠点センターだった。

近くのお百姓が畑で取れた野菜を置きに来る、土や葉がついた大根、かっこうはわるいが葉の厚いホウレンソウ。住民も店のレンタルで借りる棚に自分の手作りの手芸品や工芸品を置いていく。売れれば売れただけ、月末に清算すればいいだけのことだ。

_edited_4 子供たちが学校を終わってキッズルームに走り込んで来る。二階ではフラダンス教室が真っ盛り。20畳くらいの大きなフリースペースで、今週ギターコンサートがあるよとポスターが貼ってあった。店の隅はカフェになっていて、彼女がご老人の身の上相談をしていた。その横でカラオケ指導をする人達もいる。

そして、もうひとつのこの店の特色である惣菜が、裏のヤードを改造したキッチンで手際よく作られて並べられていく。配達もするという。コンビニ弁当と違って、手の込んだバランスのいい食事が出来上がっていた。いくつか買ってみたが、どれも淡い味付けで、脂肪分がすくなくダシの効いた美味しいものだった。さすが主婦の手は違う。

ゴチャゴチャしていて、行政が作った公民館にはない活き活きとした活気のようなものがみなぎっている。結果として多機能になったが、これは意図したことではなくて、地域の素朴な要望を取り込んで解決していくうちにそうなってしまったようなのだ。だからとても明るくて自然だ。とってつけたところがない。

結果としては起業なのだが、彼女に「スゴイ起業でしたね」といってもえっという顔をするかもしれない。だって、意図してやったことじゃないから。ただ地域のために問題解決の手助けをしたくて始めただけなのだから。

このような地域の協働のセンターを男が仕切るのは難しい。男にはえてして生活がない。来る人たちの生活を見ようという姿勢が足りない。ひどい場合には、オレがオレがという部分が前に出てしまう。こうなったらもうダメだ。

地域のセンター、言ってみれば「ハブ」には女性がふさわしい。私たちが作る直売所もこんな女性がいてくれたらと切望する。男は女性を支えればいいのだ。金を借り歩く、算盤勘定をする、黙々と力仕事をするなどの脇役で女衆の力になる、そのくらいの気持でないと地域の直販所は出来はしないと思う。

男は直販所で芋でも焼いてりゃいいのだ。わ、はは。女衆を支えるのが、男の誇りなのだ。

■写真湖岸から見た風景。下は上総(かずさ)堀りの実験施設。

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美味し国、いばらき

_edited 先日みぞれが降りました。雪になるかと思ったのですが、根性なしで、みぞれで挫折しおった、呵々大笑。

今年はまだ雪が降りませんね。通常だとそろそろ一回は来そうなもんだけど。な~んてなめていると、3月くらいになごり雪で大雪になったりします。

このあたりは大きな霞ヶ浦という湖のために、湖を挟んで気象が違います。湖のこちらで大雪でも、湖のあちらの湖岸ではみぞれだったり、その逆だったり。私の地方はちょうど本州が「く」の字になっているところなので、黒潮が遠ざかっていく海岸沿いは温暖で、水戸の北方方向や内陸方向に行けばいくほど寒冷となります。ま、当たり前か。

_edited_2わが茨城(イバラと読むのですぞ。イバラと読むと気を悪くするので他県の方はご注意)県民の自慢に「林檎の南限、蜜柑の北限」というものがあります。どっちも採れるという自慢です。ただし、どっちもあいまいな味で今ひとつですが、あ、今の発言、わがイバラキ同胞怒るなよ。広~い心で。

つまり、日本列島のヘソの位置にあるとでも言いたいのでしょう。暑くもなく、寒過ぎもせず、雪は降らず、黒潮はついそこまで来ており、寒流もついそこまで来ている上に良港に恵まれているもんだから、まず魚がうまい。カツオがうまく、ブリも美味いという贅沢さ。アンコウなどというヘンテコな皮しか食べられない魚も、プリプリした皮と肝がうまいのです。逆に言えば、身はたいしたことはないのですが。

おまけにデカイ湖まであるので、ワカサギ、シラウオ、鯉も豊富。今が旬のシラウオの刺身なども絶品です。私などどんぶりで食べたいという衝動にかられるほどです。ただシラウオの刺身は、ちびちびと小鉢で食べないとなぜか美味しくないのだなぁ。

_edited_3 筑波山の山麓では日本でも屈指のうまい米ができます。また湖の周辺は、実に隆起が激しい地形で小さな褶曲だらけなのです。海と湖、褶曲の刻まれた里山構造と一筋縄ではいかない複雑な気象の仕組みになっているようです。このような寒冷の差がある里山の水は最高です。当然のこととして、米もうんまい。私の作った最高傑作の里山米など、魚沼のコシヒカリといい勝負でした。

わが県を、イモとゴボウの県などとあなどりたもうな。なんでも美味しく、しかもボリュームたっぷりに食べさせてくれる県なのです。わがイバラキ県民とお友達になって、「美味しい!」と言おうもんなら、テンコ盛りの輝くようなシラウオ、デッカク切ったぶ厚いとろけるようなカツオの刺身、ツヤツヤとした大盛りの新米を死ぬほど御馳走してくれますよ。

そんなよそから来た人を、もてなしたくてウズウズしているのがわがイバラキもんなのですから。

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必要とされる有機農業・伸びない有機農業 その2 有機農業の世界のふたつの潮流

Img_0004_2 前回ふたつのことをお話しました。ひとつは、有機農業は社会的に認知が遅れていたこと。

そして今ひとつは、そのために辺境の境涯に長く身を置いたために、各々の有機農業者や団体の間に意志や意見の疎通が乏しかったことです。もう少し補足しましょうね。

有機農業がマイナー、私自信の感覚からいえば超マイナーな存在であったというと不思議に思われる方も多いかもしれません。今やどこに行っても、オーガニックだエコだとあふれ返らんばかりですものね。しかし、そんなことはついこの数年のこと。まぁ5年間くらいのことですかね。

不思議に思われるのなら、有機農業を教える大学や農業高校がありますか?新規就農校にはあります。鯉淵学園や、日本農業実践学園などです。しかし、この二校は、現実に新規就農する人たちの希望が有機農業に向いているという現実を反映した素晴らしい実例で、既存の学校の農学部にはほとんど、というか、まったく有機農業を教える施設は皆無に等しいはずです。

研究施設も同様です。国立(独立行政法人)の研究施設にはゼロ、民間でMOAなどがありますが、宗教がらみです。推進法ができた時に、研究機関との連携が謳われましたが、彼らに何かを研究してもらうというより、こちらが一から手取り足取り教えて差し上げるというのが実態だったようです。

Img_0012 あれだけ巨大な、なにをやっているのか当人たちにも分かっていないような農水省で、有機農業を担当するセクションが細々とできたのがつい数年前。ついた予算も微々たるもの。推進法すらにも抵抗した人達が多く居たのも農水省の現実です。

つまり、日本ではまったく有機農業の研究がなされていず、すべて民間の農業者が自らの実践と経験の中から理論化していったということです。この状態がおおよそ40年間続いたわけですから、推して知るべしではないでしょうか。

このような状態で、有機農業の農家は各地に砂を撒いたように点在していました。そして日有研のみがその唯一全国組織であったことは事実です。日本有機農業研究会(日有研)について多くを語ることはこの場では差し控えます。私も会員ですし、個人的な友人も多くいます。また内部の事情を多少知っているだけに文字化することにためらいがあります。

ただ、日有研は創設以来、強固に提携主義という小農(小規模農家)を中心とした個人産直を理念として掲げていることです。ごく少数の意識の高い消費者と、意識の高い生産者が手を握りあい、援農などを通じて農に接していく提携という産直形態は、外国にも紹介され「TEIKEI」という英語にもなっているほどです。

この歴史的な役割は巨大でしたし、日本の有機農業運動は日有研とイコールであった時代も長かったのです。しかし、今から20年ほど前から、有機農産物流通とでもいうべき流れが現れました。それが大地を守る会やポラン広場、あるいはパル・システム、東都生協などのながれです。

このふたつの流れは、決して交わることなく、互いに持ち分と領域を異にして、有機農業の世界を二分してきたのです。正直に申し上げて、両者の関係は、あまり仲が良くない共存とでもいうべき関係でした。互いに認め会うというより、同じようなことを、違った考えでやっている人達とでもいえばいいでしょうか。微妙な競合意識と抵抗感がお互いに存在していました。しかし、互いに小農とグループ生産、小規模産直と比較的大きな産直という競争しようにもしようがない状況の中で、平穏さが保たれていたというのが本音でしょう。

しかし、有機農業推進法によって、この共生関係に亀裂が生れてきたような気がします。推進法は互いにとって唯一の法律ですし、互いに欲得ではないだけに、自分の今までのやり方や理念に関わることになったからです。

推進法によって、有機農業の世界は大きく変化しようとしています。その変化がどのようなことにつながるのか、私にはまったくわかりません。

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必要とされる有機農業・伸びない有機農業 その1 「有機農業」は辺境だった

_edited_2 有機農業推進法と関わって、中途で身体を壊してしまいました。その途上の中で考えたことと、今どのように感じているのかをお話できればと思います。

実に漬け物石か、カミさんの尻のように重いテーマですが、やはりやらずばなるまい。ベシっ(♪自分の頰を叩いて気合を入れる音)

昨年のちょうど1年前になりますか、茨城県有機農業推進フォーラムの設立を8カ月かけて行ない、イヤイヤですが代表とやらになって創設大会を準備した時に、たぶん創立集会に集まる物好きは20人くらいだろうなと思っていたものでした。

ところが案に相違して想定していた10倍集まってしまいました。これには集めた方がたまげました。実は県下の有機農業者は横のつながりをもっていなかったんです(苦笑)。かろうじてもっていたのは有機農研茨城支部の皆さんだけで、他にはなにもなかったのが現状でした。

有機農業というのは、今でこそ行政も振り向くようになりましたが、今までカンペキに無視されてきた農業分野だったのです。農水省は「安全・安心」そして「環境に優しい農業」と声高に叫びますが、その中で有機農業に言及した部分を探すのはサハラ砂漠で虫ピンを探すくらいに難しかったのです。

つまり、農水省においてすら、「環境保全」へと舵を切ったと評価されている農業基本法の改訂に際しても、頭にあったのはせいぜいがところ「環境保全型農業」までで、有機農業といういわば極北に対しては念頭になかったのです。環境保全のもっとも透徹した姿であるはずの有機農業に対しては、やはり異端としての対応でしかなかったのです。

_edited_3

このような沈滞した空気に変化がでたのは、やはり2005年に国会が全員一致(!)で制定した有機農業推進法がエポックメーキングとなりました。これも日本国内からの内部的な盛り上がりによってではなく、献身的なひとりの推進者によってでした。フィンランドからの希人(まれびと)ツルネン・マルティさんです。氏なくしては推進法はなかっでしょう。

そしてこのことは非常に象徴的だったのです。国会の全員一致は、わが日本社会において、実は「誰も何もしない」こと、つまり総論賛成、各論ゼロだったのです。「誰しも反対できない」理想であるが故に賛成に挙手するが、現実化に対しては理想でしかないために「誰も何もしない」というエアポケットにこの有機農業推進法はポッカリと収まってしまったのです。

いや、この言い方は必ずしも正確ではありません。意図的に腹になにかあって「何もしない」のではなく、「何をしたらいいのか分からない」のが現実だったのです。

_edited_4 まずは、驚くべきことにはそもそも支援する対象である「有機農業」がなんであるのか分からないのです、誰にも。

実は、誰もが納得出来るような統一された見解は有機農業の内部にありませんでした。これは行政の無知とは別次元で、極めて深刻な問題でした。

このことについて語ろうとするとなんとも言えない重苦しさがあります。たとえば仮に、有機農業者のある者はトマト栽培に関して、「雨よけはビニールという石油由来の資材を使っていて納得できない」というとしますね。

するとある者はこう言います。「なるほどそうだが、ビニールでの雨よけまでは認めるべきだ。でないと乾燥した土が好きなトマトは作れない。ただし、その遮蔽は天だけで、側面は虫が通えるように完全に開けるべきである」

と、別のある者のはびっくりして、「おいおい、ハウスの側面も閉めないと害虫が侵入してしまうぜ」

これを聞いて最初のふたりは、「天敵関係もないような栽培条件は、有機農業ではない!それは大規模に作ろうとしているからそうなるので、その栽培姿勢そのものが間違っている!」そしてたぶんその後に、細かい栽培方法での議論が続くことでしょう。

三番めの有機農業者は口をつぐみ、しかし内心こう思います。「ならば、現実の都市住民に誰が苦労して有機農産物を届けているのか。あなたたちは少数の理念が高い人だけを相手にしてきた。それもある。それも否定しない。素晴らしい実践だ。しかし、それで有機農業はどうなったのか?いつまでも辺境、極端な農法。村に帰れば、誰も鼻で笑って取り合わない。もっと村の中で、誰でもやれる有機農業をつくらねばダメなんじゃないか!」

Img_0028_edited これらの意見は3ツともすべて正しく,、すべて誤っているとも言えます。ただ立場が違うだけです。そしてそれが決定的に大事だというだけです。

日本で自覚的に有機農業が誕生したのは、たぶん1970年代の中期だったと思われます。有機農業はそれ以来ほぼ40年弱、言い換えれば、その時に有機農業に飛び込んだ青年の髪を白くさせるような長きに渡って「辺境」だったのです。

かつての私もそうでした。この辺境に飛び込んだのが32歳、今は56です。この春には57になる。思えば、私の人生の大部分は、この有機農業とともにありました。そしてそれは「自然の一部としての農業をやっていこう」という切ないようなタンポポの種子が飛び、各々の土地で根を張り、そして発展していきました。

そして40年弱。有機農業の内部も、その外部も大きく変化していきました。そのことについてお話を続けます。

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がんばれ!「ビッグイシュー」!

 _edited                                                    私は妙にホームレスとか、昨今話題の派遣社員と親和性があると思われているようです。私からすれば、とうに実直な農業者になりおおせたつもりなのに、どうもそのように世間から認識されている風でもないようで困ります(泣く)。

さて、去年からどのような訳かかの「ビッグ イシュー日本版」とお近づきになっていますというか、お近づきになられてしまいました。以来、実に気持のいい関係を持っています。

ユニークな雑誌で、元祖はイギリス(いかにも失業者が多そうだネ)な~んとホームレス自立のための雑誌なのです。う、ちょっとニュアンスが違ったかもしれない。ホームレス機関誌という内々の雑誌ではなく、ホームレスがその雑誌を売ってどうぞいい銭を儲けて下さい、という雑誌なのです。だから、ホームレスが駅頭に立ってこの雑誌を売ることで、日銭を稼げるわけです。実際、スタッフに聞くと、いい成績の人は月収ウン十Img_0644万いくとか。内容も堅い記事あり、ポップな記事ありでなかなか読ませます。

けっさくなのは人生相談コーナーで、ホームレスの名物おいちゃんが人生相談をしてしまう。回答が腹をかかえるようなものばかりです。また料理コーナーもあって、これがまた面白い。ほとんどレシピ紹介になっていないんだから!ガ、ハハ!

まぁ一度お読み下さい。決して損はしません。目白駅とか、新宿駅の駅頭でホームレスの方が販売しているのを見たら、ぜひお買い求め下さい。

ビッグイシュー日本での直販の他、関東では
◎ジュンク堂書店(池袋店) 
http://www.junkudo.co.jp/event2.html
◎people tree (自由が丘店) http://www.peopletree.co.jp/shop_jiyugaoka/index.html
での販売も決まっております。 *今後、随時拡大予定。

このご縁で、昨年末は新宿中央公園の越冬村に卵をどっさりとお届けしました。この寒波の冬、耐える麦の芽のように彼らに良き春が来ますように!

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直販所が日本農業を変える 地域の食の活性化拠点として

Img_0001                                          かねてから既存の直販所に私はなにか物足りないものを感じていました。それがなんなのか、直販所を具体的に作っていこうとしていて気がつきました。

それは大部分の直販所が、農産物販売で終始してしまっていることです。確かに前にも書きましたように、農家が作り、自由に持ち込み、自分で価格を決めるというシステムは素敵なのですが、そこで多くは止まってしまっています。

私は直販所は、もっと思い切って村の地域社会の活性化に寄与すべきではないのか、それが私の考えです。たとえば、いくらでもそのとっかかりはあるはずです。

私の村では、軒並み食品店というよりよろず屋が潰れていっています。まさに軒並みで、もはや3キロ彼方の大型スーパーとセブンイレブンしか残っていないといっても誇張ではありません。商店の老齢化に伴う不幸が原因です。となると、自動車免許を持たないお年寄りはどこにも買い物にすら行けないわけです。

あるいは農繁期で畑や田んぼから昼飯に帰れない時期など、ゴム長をはいたお百姓がセブンイレブンの弁当を買いにレジにズラっ並ぶという都市ではなかなかお目にかかれない光景を見ることができます。

農繁期の農家の夕食がどんなものかご存じでしょうか?いや、さっぱりとしたもの。4日めに入った作りおきのカレー、スーパーで買った揚げ物、よくて大量に煮た煮染めをガサゴソとまずそうに食べて寝てしまう。

一方、農家は出荷規格外を大量に廃棄し続けています。秋のにんじん、大根、芋、キャベツ、葉物・・・。これを文字通り穴を掘っていけてしまうか、トラクターでダダッーとImg_0003 潰しているわけです。廃棄した野菜は大問題になっています。

一方で多忙なためろくな食事もとれず、一方で余った野菜を潰している、これが農村の現実なのです。

このようなことになにか直販所は力になれないかなと思います。

まずは、直販所は少量であろうと、規格外であろうと引き取ります。というより、勝手に登録して置いていき、一カ月後に清算するだけですから、無駄がありません。曲がっていようと、大きかろうと農家が味に自信があれば置いていけばいいのです。

また、直販所直営の小規模農産加工場(これもほぼ同時期に立ち上げる予定です)では、規格外ハネ出しの加工をします。ひとつは農産加工品の原料としてペーストにしたり、千切りにしたりします。一方、ここで農家用の惣菜や弁当も作ろうかと思っています。まさにメイドインおらが村の食材を使ったバランスのいい惣菜ができないかなと企画しています。弁当は畑や農家まで配送してもいいでしょう。

このアイデアは実は、茨城県勝田市の主婦だけで運営されている「協働館なかよし」で既に数年前から行われていることです。ここでは周囲の老朽化し、高齢者のみしか残っていなくなった公団アパートのご老人たち向けに、地域食材を使った料理を供給し始めたことがきっかけで盛んになりました。この農村バージョンといってもいいでしょう。

このような地域食材を、将来は地域の保育園や学校給食にも供給できたら素晴らしいことです。この試みも既に地産地消運動の先進地域である愛媛県今治市で実践されている事例です。

このような地域食材とそこから生れる料理や弁当なども直販所の夢のひとつとなるでしょう。

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東京から逃げ帰って

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東京から帰ってきて、わが村の坂にさしかかると妙にホッとします。逆に、東京に行くと早く帰りたくなります。

このように言うと、いちおう東京生まれのくせに田舎人をきどっているように聞こえるかも知れませんが、実際そうなのですからしかたがありません。

昨日、カミさんの甘言に乗せられて、上野の森美術館にレオナール・フジタ展をみに行くはめになりましたかねてからフジタという人には関心があって、「キキ・ド・モンパルナス」や「仰臥する裸婦」などはぜひ実物を見たいと思っていたのは確かです。

あ、それと私の目当ては上野駅で売っている崎陽軒のシュウマイね。あれは私の子供の時からの三大好物でして、カミさんが東京に行くたびにおねだりをするモノなのです(笑うな)。カミさんに、「フジタの展覧会に付いてきていい子にしていたら、シュウマイ買ってあげるからね」と言われてうかつにもつり出されてしまったというわけです。

しかし、最終日の日曜、予想どおりあまりの人にうへぇ~です。カミさんはゆっくりとあれやこれや見たいらしいのですが、こんなに空気が悪くて、見渡す限り村全体の人口ほどの人の群がうごいめいている場所は、もうゴカンベンという気分になってしまいました。

_edited_6 それと、晩年の宗教絵画はちょっとね。名馬も老いれば駄馬になると、カミさんにささやいて膝を蹴り上げられました。やはり1920年代からの20年間がレオナール・フジタ、いや、藤田嗣治の真骨頂でしょう。わずか30㎝ほどの近距離でモンパルナスのキキを眺めさせていただきました。

しかし、根性もそれまで。「もう帰るのぉ!ヒキョーモノ!」とののしるカミさんの手を取るようにして美術館を出て、ゼイゼイ言いながら逃げ込んだコーヒーショップが、コーヒー一杯ぬあんと600円も取りやがった時には、「て、店長を呼べぇ!」と怒鳴りそうになりました。おまけに、飯は高くてまずく、居酒屋くんだりで、な、なんとフクザワ翁がご出動となった時には、もう二度と東京などには来るまいと堅く堅く決心したものです。

そんな情けない私ですから、東京から村の峠を超えたあたりで現金にも元気を取り戻します。オイハギの群から逃げ延びて安全地帯に帰り着いたという気分です。農場で尻尾をブンブンと振っているワン公の頭をなぜることが出来たあたりでは、もう人間の外形がゆるゆると融け出していることでしょう。

てなわけで、気分や感性の一部は未だ町っ子ですが、肝心の身体のほうはすっかり村の人、それが今日の私の気分です。

■写真 お茶の花と実。そして野菊の花。

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タミフル効かない耐性インフル急増!

_edited タミフル効かない耐性インフル、全国調査…厚労省欧米で猛威 治療策探る 

■ 今日は直販所のことを書こうと思ったのですか、やはりこのニュースはスルーできないようです。前々回の記事でも書きましたが耐性を獲得してしまったインフルエンザがすさまじい勢いで急増しています。

米国では、昨年の冬に11%であったものが、今年は予備調査でなんと98%(!!)という高率でタミフル耐性菌に変異していました。欧州でもノルウエーなどでは67%が耐性菌で占められてきています。不思議なことに、タミフル投与が低い国でも高い比率を示しており、自然発生的に変異してしまったのだろうかと疑問が上がっています。

わが国では、これまた不思議なことにタミフル投与が頻繁に行われているにもかかわらず未だ2.8%の出現率に留まっています。ただし、これも現在日本で大流行しているインフルエンザ株A香港型とAソ連型ですが、Aソ連型株には鳥取県で3割の耐性菌が見つかっており、安心は出来ない状態です。

■この国内のAソ連型のタミフル耐性についても産経新聞の記事によると97%となっており、どちらが正しいのか判断に迷います。とりあえず併記いたします。

■新型インフルエンザの治療では、毎年のように流行する季節性インフルエンザと同様、医薬品「タミフル」が処方されています。政府と都道府県はすでに2100万人分を備蓄し、病院や薬局にも400万人分が流通しています。厚生労働省は来年度予算で国民の45%分を備蓄する概算要求をしています。

■尚、厚労省はタミフルが異常行動を引き起こした例から、10歳以下には投与を原則禁止としています。

私としては、この段階で書く過程でN95マスクの入った新型インフルエンザ対策の家庭用備蓄セットを揃えられることを強くお勧めします。すべてのセット品はともかくとして、N95サージカル(不織布)マスクだけでも家族分を揃えられた方がいいと思います。目安としては2週間分ひとりあたり20枚~25枚見当だそうです。もちろんわが家には既にあります。別に宣伝をするきはありませんが、下のサイトで通信販売も可能です。

http://www.toriflu.com/?gclid=CLryvdi5lJgCFQoUbwod0zdQmw

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

以下引用

インフルエンザ治療薬「タミフル」が効かない耐性ウイルスについて、厚生労働省は今冬、緊急の研究班を設置し、耐性ウイルスに感染した患者の全国的な実態調査に乗り出すことを決めた。

 欧米などで耐性ウイルスの急増が次々と報告されているが、世界最大のタミフル使用国である日本国内で耐性ウイルスが広まると医療現場が混乱する可能性があるためだ。  

国立感染症研究所によると、国内の耐性ウイルスの出現率は昨冬で2・8%と低いが、米国では昨冬が11%、昨年秋に実施した50試料を対象にした予備調査では98%に跳ね上がった。

このため、米疾病対策センター(CDC)は先月、今冬の主流は耐性ウイルスであると判断し、薬を投与する際には、別のインフルエンザ治療薬であるリレンザなどを併用することを勧めた緊急の治療指針を発表した。  欧州全体でも昨冬、調べたウイルスの20%が耐性を獲得し、ノルウェーでは67%に達している。タミフルの使用頻度が低い国でも耐性を獲得していることから、耐性ウイルスは自然発生して流行しているとみられている。

新型インフルエンザへの変異が心配される高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)に感染した東南アジアなどの外国の患者で、タミフルを早期に服用しなかった人はすべて死亡している。

このため国などは、新型インフルエンザ対策として、流通分も含め2800万人分のタミフルを備蓄している。  しかし、耐性ウイルスが国内でも広まった場合、そこに人が免疫を持っていない新型インフルエンザが来襲すると、同時に感染するうちに新型インフルエンザが耐性を獲得、備蓄されているタミフルが効かないまま感染が拡大しかねない。

調査は、国立国際医療センターなどが中心となり、「Aソ連型インフルエンザウイルス」の3割以上に耐性が見つかった鳥取県を含め、北海道から九州まで全国6~7か所で、流行状況を調べる。タミフル使用との因果関係や、家族内や学校内での集団感染などの患者情報も収集する。

タミフル以外の薬の使用状況も調べ、研究班では新たな治療指針を作成する方針だ。  国立感染症研究所によると、今冬も、宮城県や滋賀県の小学校児童から耐性ウイルスが見つかっている。厚労省は「耐性ウイルスがさらに広まったときに備え、治療薬の適切な使い方を検討したい」としている。

タミフル 一般名はリン酸オセルタミビル。インフルエンザウイルスが体内で増えるのを抑え、発熱から2日以内に服用すると、高熱や筋肉痛などの症状を緩和し、発症期間を1日ほど短くする効果がある。鳥インフルエンザウイルスでも耐性を持つものが出ている。

(2009年1月13日 読売新聞)

タミフル効かないインフル、11都道府県で確認 Aソ連型か別タイプか

産経新聞 2009.1.17 01:01

 この冬、国内で流行しているインフルエンザのうち、Aソ連型ウイルスが、97%(35検体中34検体)という極めて高い確率で、インフルエンザ治療薬「タミフル」が効かない、あるいは効きにくい「耐性ウイルス」であることが16日、国立感染症研究所の調べで分かった。タミフルに変わる治療薬である「リレンザ」を使用すれば効き目があるが、通常の医療現場ではウイルスがAソ連型なのか、他のタイプなのかを区別することは難しい。医療現場での混乱が懸念される事態になっている。

 耐性ウイルスが見つかったのは全国調査の中で調査結果が出た北海道、宮城、千葉、東京、静岡、三重、滋賀、大阪、兵庫、広島、山口の11都道府県。今後、他の府県でも調査結果が出れば、耐性ウイルスの分布がさらに広がっていることが判明する可能性もある。

 例年流行するインフルエンザのウイルスはAソ連型、A香港型、B型の3種類。今シーズンAソ連型ウイルスは感染患者の36%から検出されている。A香港型が45%。B型が19%だ。現時点では流行規模も小さいため「どのタイプが主流となるかは不明」(感染研)としている。

 しかし、Aソ連型が主流となった場合には、医療現場で大きな混乱が起こる可能性がある。

 実際に治療薬の処方箋(せん)を出す一般の病院では、検査キットを使ってインフルエンザに感染しているかどうか調べるが、ソ連型と香港型の識別はできない。そのため、Aソ連型の患者に対し、タミフルを投与する可能性も出てきてしまう。

 厚労省は「それぞれの地域で流行状況を見ながら、タミフルリレンザのどちらを投与するかを現場で判断してもらうしかない」と話している。

 厚労省は今冬用にタミフル900万人分、リレンザは300万人分を確保している。厚労省は「今後、耐性ウイルスの動向を注意深く見ていく必要があるが、今のところリレンザの供給量は十分で、増やす予定はない」としている。

 タミフルに耐性を持つAソ連型ウイルスは、平成19年11月ごろから、北欧で見つかり、その後もアフリカやオセアニアなど世界の幅広い地域に拡大。日本でも昨年、鳥取など10県で計45株の耐性ウイルスが見つかったが、全体の2・6%で率は低かった。今年、なぜ、高い率で見つかっているのかは不明。さらに、なぜ耐性を持つかも原因がはっきりしていない。

 世界保健機関(WHO)や米疾病対策センター(CDC)によると、今シーズンに入って英国でも14検体中13検体から、米国も88検体中86検体と、高い確率でAソ連型のタミフル耐性ウイルスが見つかっている。

     ◇

 タミフルリレンザ タミフルは日本では平成13年2月に販売開始された飲み薬。発症から48時間以内に服用すれば、高熱が下がり、回復が早まる効果がある。リレンザは、専用の器具を使って吸入する薬剤。ウイルスの主要な増殖部分の気道に到達し、ウイルスを阻止する。タミフルは異常行動が相次いで報告されたため、厚労省は10代への使用を差し控えるよう呼びかけている。

引用終了

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見学会はなかなか難しい

_edited 昨日、私のグループでパルシステムの拡大担当者の見学会が行われました。

私たちのグループは東京近郊にあり、パルで有数の有機農産物の産地ですから、このような見学会はひんぱんに行われます。

今などは少ないほうですが、かつて私が代表理事を勤めていた時は月に2、3回というピッチで各地から見学者が訪れたものです。

今回は若手のスタッフに任せて、後半に生産者として顔を出したのですが、なかなか大変そうでしたね。どう言ったらいいのかな、見学者が聞きたい質問が重箱の隅をつつくようなものであると、それに引きづられるように、答えるスタッフも一緒になって重箱の隅に行っちゃうんです。う~、暗いよ、狭いよ。

有機農業の産地に来た消費者のよくある質問に、「有機栽培と無農薬栽培はどう違うのでしょうか?」というものがあります。案の定、今回もこれに引っかかってしまいました。

正直に言ってしまえば、こんな表示法ジャンル分け的なことはまったく有機農業にとって本質的なことではないのです。お国が勝手に決めたこと、ただ無視すると違法となるから遵守しているに過ぎません。

私でしたら、「そのような表示法的なことよりもっと大事なことがあるんですよ」さらりと受け流してしまって、土のこと天敵のこと、昆虫や土壌生物、微生物のことに話を持っていったでしょう。そのほうが私たちがほんとうに伝えたい重要なことですからね。

_edited_2 この質問に、JAS有機認証を私たちのグループで担当している千葉大哲学科出身の緻密な頭脳が、まんまと真っ正面から回答してしまいました。

「有機栽培でも農薬は使えます」(アッチャー、間違ってはいないが、説明が短過ぎて誤解を呼ぶぞ)

「ゲッ!」というような空気が見学者の間から漏れました。「では、無農薬栽培は使えないのですから、無農薬栽培のほうがより安全なんですか」(まぁ、そう思うだろうな・・・)

わがJAS認証担当、これにもまともに答えてしまいました。「JAS有機認証は微生物から抽出した毒素を利用した農薬は使用が認められています」(まぁ確かにね、でもね、「農薬」という表現はなにも予備知識がない人にはその言葉だけで誤解されちゃうんだぜ)。

私はこの時に助っ人に入ることにしました。質疑が栽培方法のジャンル区分という枝葉末節のドツボにはまりそうだったからです。消費者は、有機農業を質問する場合ほぼゼッタイに自分たちの健康被害のことから考えます。土壌や水といった自然生態系の方向から考えてくれる方は、百人いてもたぶん1、2名かしら。

そして化学肥料の弊害は、農薬と違って直接に消費者の健康被害に来ないと思っていますから、有機農業がなぜ化学肥料を使わないのかという理由を、私たちが化学農薬と結びつけて説明できないと、「え、なら無農薬有化学肥料のほうがいいじゃないの」というとんでもない結論を得てお帰りになりかねません。

「無農薬栽培というのは有化学肥料なんです。同じくエコファーマーも県ごとに違っていて、その県の平均の半分だということになっています。しかし、パルのように優先排除農薬で危ない農薬から止めようね、となりません。だいたい切っても平気という農薬から半減させているのが現状なんです。特に土壌燻蒸剤のような土壌に深刻な被害を与えて、危険性が高い農薬は温存されてしまっているのが現状です」

_edited_4 そして土壌燻蒸剤が地下で毒ガス(実際、土壌燻蒸剤の元祖は第1次世界大戦の毒ガスです)をまき散らしているようなもので、益虫も害虫もいったん皆殺しにしてしまうために確かに作物の害虫被害はでないが、土壌が何の生物も住めない世界となってしまい、その後にはかえって害虫だけが復活して大暴れをする土壌に変わり果てることなどを、できるだけ平易に説明しました。

ほんとうは時間さえあれば、化学肥料がもたらす土壌の弊害もたっぷりとお話したかったのですが、時間切れ、残念。ほんとうはここから話さないとダメなんです。化学肥料が土壌バランスを崩し、その結果害虫が暴れたり、病気にかかったりしたので、化学農薬を使わざるを得なかったのが道筋なのです。

だから、化学肥料と化学農薬をワンセットでお話しないとまず理解ができないと思います。ところが表示法にとらわれると、そんなことは吹っ飛んで、「使える農薬、使えない農薬」という資材問題に話がすりかわってしまうのです。これではなんのためにわざわざ産地に来たのかわかりませんものね。

私は見学会というのは、ある意味、特殊な時間だと思っています。まず時間が限られています。だいたい2時間くらいでしょう。その中で畑を見て1時間使ってしまうと、お話できる時間は非常に限られたものになります。

そして、失礼ながらほとんど予備知識がない場合が大部分です。あらかじめ資料は渡されていても、しょせん文字ヅラでしかありません。よくても抽象的にしか理解されていないのです。直接に生産者が現場を背景にしゃべるのとは訳が違います。

消費者と直にお話できるのは希有な機会です。できるだけ私たちの現状や想いをストレートにお伝え出来たらなと思います。

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非常にヤバイ!トリインフル暗黒大陸・中国でH5N1型で死亡者発生!!

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香港大学感染および伝染病センター総監督の何柏良は北方の北京で鳥インフルエンザに感染し死亡した少女の例を非常に珍しい例、と指摘した。同氏は変異したウイルスの出現とさらなる拡散を懸念している(大紀元)

中国北方の鳥インフル感染、リスク増大を懸念=香港大学専門家

 ■いくつかの国内メディアでも報道されていますが、とうとう私が一番恐れていたパターンである中国でH5N1型トリインフルによる死者が出ました。

私はこの新型トリインフル、つまり「人に感染する可能性がある新型トリインフルエンザ」について当事者である養鶏の現場にいるだけに、あえて慎重な姿勢をとってきました。私がこのテーマで書く場合は、私としては危機の状況が迫っている時と決心していました。

その危険な状況とは中国におけるヒト感染が起きた場合です。

人に感染する新型インフルエンザが近隣国で発生した場合。特に、中国が最も大きな脅威の発生源となります。中国は感染症を防御する防疫関係者で「暗黒大陸」の異名をもらっている国です。かつてのコウテイ病、近年ではSARS、そしてトリインフルにおいても徹底した情報秘匿をしてきました。

SARSの感染大爆発時には患者を軍の病院に秘匿し、医師まで箝口令を敷き、一切の感染情報をWHOなど外国の防疫関係者に提供しなかったために、感染防御には手遅れとなってしまう事態となってしまいました。

青海省のトリインフル発生時も、その体質は変わらずWHOに情報提供を拒んだために青海湖から飛び立つ渡り鳥の形で世界にトリインフルがバラ撒かれるという失態を演じました。

また中国の衛生状態の悪さはいっかな改善されておらず、人口あたりの病院数、医師数も貧弱であり、防疫機関の劣悪さは目を覆うばかりというのが諸外国の定評なのです。つまり、一旦出た場合、感染は非常に大規模となり、そしてそれを国家規模で秘匿する可能性が大であるために、外国に感染輸出をしてしまう危険が非常に高いのです。

今回、下の記事によると従来中国南部でのみで見られた感染が、北部のしかも最も人口が稠密な首都北京で起きたようです。これが事実だとすれば、大規模な感染がいつ起きても不思議ではありません。

ただ現時点では、ヒト-ヒト感染は見られていないことが唯一の気休めでしょう。もしこれがインドネシアなどのように確認された場合、警戒度は一気にレッドアラート(赤信号)となります。

そしてもう一点。今回の新型インフルエンザの危険性の特徴は、タミフル耐性菌となっていると思われることです。すべてがそうであるとは言えませんが、かなりの確率でタミフル耐性を獲得した新型インフルエンザに変異していると思われます。その場合、考えたくもない事態が展開すると思われます。

現在、日本の防疫機関、医療機関、行政は密かに大規模な準備体制に入ってています。もし、なんらかの形で日本に新型インフルエンザが発生した場合、航空路の遮断、学級閉鎖、職場閉鎖を含む日本が今まで経験したことのない、大規模かつ徹底した防疫体制が構築されると思われます。その戦略は既に出来上がっており、ライフラインの関係者にはタミフルを重点的に配布済みという情報もあります。

現在、WHOが現地で調査をしているようです。この1週間でなんらかの報告がなされると思います。私も、防疫機関と連絡を取り合い、情報を収拾し、なんらかの情報があればただちにアップすることにいたします。

■現状での市民的な防衛策としては、素朴ですが手洗い、うがい、マスクの着用が有効です。インフルエンザウイルスは遠方まで飛散できません。基本は宿主である人の呼吸器の中でしか生きられない存在だからです。しかし、くしゃみなどの拍子に鼻水や咳と共に外界に飛び出して拡散していきます。ですから、飛散したウイルスを仮に浴びせられても、マスクでブロックするか、手洗い、うがいで洗い流せば相当に防ぐことができます。

■マスクは通常型より、インフルエンザウイルス対応のN95型マスクがいいと思います。ドラッグストアなどで簡単に購入出来ます。ひと箱セットなどもあります。備蓄されてもいいでしょう。なにかあった場合、瞬時で売り切れますから。

■参考までに、国立感染症研究所感染症情報センターがシミュレーションした首都圏の場合を紹介しましょう。http://www.nih.go.jp/niid/index.html

①海外で感染した最初の日本人が自宅の八王子に到着。

②帰国後の翌日、東京の勤務先に向かう中央線沿線を中心に広まる。

③帰国後3日目には首都圏全域が汚染される。

④帰国後5日目には関東全域に広まる。

⑤帰国後11日後には40万人が感染する。

          ~~~~~~~~~~~~~~~~

■以下は「大紀元」09/ 1/11からの引用http://jp.epochtimes.com/jp/2009/01/html/d23965.html

引用開始

北京の女性(19)が5日に高病原性H5N1型鳥インフルエンザ・ウイルスに感染し死亡した。専門家によると、今回の例はこれまでにめったになかった北方での発生であり、さらなるウイルスの拡散を懸念しているとのことだ。また最近同時に現れたH9N2型とH5N1型鳥インフルのヒトへの感染例を挙げ、ウイルスが変異するリスクの増大を指摘した。

 香港大学感染および伝染病センター総監督・何柏良氏は06年から08年、中国大陸でのヒトあるいは動物が感染するインフルエンザの例は全て東南地方と南方の省で発生しているが、今回の死亡例および感染した恐れのある鴨は全て北方の河北省に存在し、めったにないことと示し、ウイルスが変異していることを懸念している。

 何氏は、動物でも人類でも感染例は大部分が中国東南地方、特に南方の省で発生している。だからヒトや動物に感染した例が北方で現れることは非常に少なく、特に現地でもし鳥インフルが動物の体で発生していなければ、注意が必要で迅速な病理分析が必要であると述べた。また、ウイルスが変異してるのか、国内で迅速に調査を済ませなければならないという。

 何氏は、鳥インフルエンザ・ウイルスのさらなる拡散を懸念し、「その時期は帰省や物流が増える旧正月。旧正月は家族が大勢集まり、生きた家禽持ち帰ることで、ウイルスを持つ家禽がいれば多くの省に拡散していく恐れがある」と話している。

 *ウイルス交差感染でリスク増大

 香港と北京でそれぞれヒトへの感染が起きたH9N2型およびH5N1型鳥インフルエンザ病例について何氏は、ウイルス交差感染と変異のリクスが増大するものとみている。「もし人或いはその他の動物の身体が、同時に鳥インフルエンザと人のインフルエンザに感染してしまったら、この2つのウイルスに交差感染が起きる機会ができてしまう。この観点から見ると、もしこの児童がたびたびH9N2に感染していたとして、我々の現時点での観察でそれほど容易に発見できるものではないとすれば、この児童が同時に二重感染をすることは容易であり、すなわち児童の体内でウイルスのミックスが起こるリクスが存在することを意味している。

 鳥インフルエンザ・ウイルスは生きた家禽の体内で生存しており、人間が生体から感染するリスクは死んだものから感染するよりも高いことから、何氏は家禽を処理するときに注意が必要とし、「一旦発病したら、その動物は排せつした便の中だけではなく、内臓さらには血液、肉の全てに多くのウイルスが存在している。だからもしこれらの動物を洗浄或いは堵殺したならば感染の機会は相当高いだろう」と述べた。先日北京で死亡した感染患者は生前、鴨に接触し、鴨肉を食べていたという。

 現在気温はますます下がっており、インフルエンザのピーク時期に入る。何氏は市民に対し、海外旅行時に鳥との接触を避けるよう呼び掛けている。「なぜなら中国大陸以外にも、香港などの人々も東南アジアの国へよく行っており、これが鳥インフルのピークと重なっている。天気が変わるにつれますます寒くなっており、ウイルスがさらに活発になっている。このことから香港市民はさらに意識を高める必要がある」

 *家禽からH9N2型ウイルスに感染した女児

 香港衛生署防護センターは7日、昨年12月30日にH9N2型鳥インフルエンザ・ウイルスに感染した2か月の女児のウイルスの遺伝子配列研究を完成し、ウイルス遺伝子が家禽からのものであったことを実証した。さらにヒトのインフルエンザ・ウイルス遺伝子との組み合わせは発見されず、ウイルスが人から人へ移るリスク増加もないという事が明らかになった。女児は現在別の病気で屯門の病院で治療を受けており、H9N2型による感染は治療済みである。また、今月2日に採取した鼻咽の分泌物サンプルがH9N2型ウイルスに対し陽性反応を示したが女児と密接に接触した人々は感染していなかったという。

 同センターのスポークスマンによると、この女児のウイルスサンプルの中から得た8本の遺伝子配列からウイルスは家禽からのものであることが明らかとなり、さらにこのウイルスは2007年に9か月の女児から検出されたH9N2型ウイルスに酷似しているとのこと。

 この女児のウイルスは、抗ウイルス薬物シンメトリル (Symmetrel)とタミフルに耐薬性を現わしていないという。スポークスマンは流行病学と遺伝子研究の結果、H9N2型ウイルスには人から人へ移るリスクが増大する様子はないと伝えている。

 中国農業部は7日晩、北京、天津、河北の3つの省市での鳥インフルエンザの発生は確認されていないと発表した。病死した女性が鴨を購入した家禽市場がある河北省三河市政府によると、市場内で鴨の生体を販売していた従業員15人と市内2千人以上の発熱した病人はすでに検査を行い、全て問題はなかった。市内の家禽飼育場でも問題は発生していない。

 ある作業員が7日朝、同市場で消毒剤を噴霧し、化学試験用サンプルを抜き取っていた。すでに生体家禽の販売はしておらず、堵殺された鶏及び家禽の内臓もしばらく販売を停止するという。

 ある鶏販売業者は、何が起きているのかよく分からない、ただしばらくの間生きた家禽を販売してはならないことを知っているだけだという。

引用終了 

(記者・林怡、翻訳・坂本)

■記事中のもう一例であるH9N2は脅威度が低いタイプです。もっとも恐ろしいのはH5N1であると思って下さい。

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古家先生授業での講演レジュメ 農業は「土」が大事なんだ!

Img_0007 昨日、大学で講演もどきをやってきました。90分授業でしたが、私がボルテージを上げてくっちゃべると、脱線転覆する可能性大なので、グータラな私としては殊勝にもキチンとレジュメを用意したわけであります(なんとエライ奴だ!)。

有機農業は色々な切り口があるのですが、非常にオーソドックスにまとめてみました。「農薬を使うと危険だ」という食の安全的な観点から出発せずに、化学肥料、化学農薬がいかに「土」をダメにしたのか、結果、更に大量の化学農薬、化学肥料に頼る農業になってしまったのかをお話しました。私の体験を交えて90分間、丸々気持よく語らせて頂きました古家先生に感謝いたします。

            ~古家先生授業での講演レジュメ~

1) 農業とは「土」相手の仕事なのだ

・・・・JAS有機認証だ、無農薬無化学肥料だなどと言う前に・・・

① 土とはそもそもナンダ?・・ 土は単なる作物の支持基盤でも灌水の溜場所でもない

② 土はもともと岩が砕かれたもの・・風化して砕かれた月のような土漠が土になった

③ 土は生きている・・森の土の断面を見てみよう

④ 落ち葉の積もった層(黒色)⇒落ち葉が腐って腐植した層(黒色)⇒だんだん腐植が減っていく層(茶色)⇒岩盤

⑤ 片足の下に幾つの土壌生物がいるのか知ってる?・・糸虫10万匹、ヒメミミズ千匹、ササラダニなど土中生物千数百匹、土中微生物1億以上⇒これらが土中をかき混ぜ、トンネルを掘っているマイクロ耕運機

Img_0005_2 2) いい土とはナンダ?

① 水はけが良く、水持ちが良く、養分のバランスが良い土が肥沃な土・・作物は大きくなり、病気にかからず、害虫は悪さをしない

② 団粒(だんりゅう)構造が良く出来ているとは・・にぎり寿司のような土・・握ると固まり、はらりと崩れる・・空気と水のすきま(トンネル)が一杯ある

③ 落ち葉の腐植物質を微生物が食べて粘液を出す⇒ミミズなどの土中生物も腐植物質を食べて糞としてより肥えた有機質を出す⇒これらが土中の粘土をくっつけて隙間がいっぱいある団粒構造を作る

④ 水のトンネルは水をたっぷりと溜めて適度な隙間から余分な水を流す・・空気のトンネルは空気の流れを植物の根に与える・・隙間の中に沢山の土壌微生物や生物が住みつける・・それがよい土

3) 化学農薬の犯罪とは?

① 土壌燻蒸剤・・土中生物、微生物皆殺し⇒団粒構造がなくなりカチカチの堅い土に⇒水持ちが悪くなり砂漠化⇒水が抜けきらず腐って有毒ガスとなり根に障害

② 除草剤・・表土に近い毛根に大打撃

③ 殺虫剤・・「害虫」より益虫に大打撃・・天敵全滅⇒単相の植物相になる⇒「害虫」のほうがタフ(耐性)⇒害虫が一層はびこる

④ 殺菌剤・・作物と共生する微生物や虫類に打撃

4) 化学肥料の犯罪とは?

① 作物を単純に成長させて、実を成らせることしかできない単純な化学物質

② 土壌微生物を豊かにできないので、団粒を壊し、土地を堅くしてしまう

③ チッソに傾いているので土壌バランスを酸性に崩す

Img_0095 5) いい土を作るのが有機農業

① いい土は生きものが沢山いるので森の土のようないい香りがする・・化学栽培は無生物の土なので、無臭か化学肥料と農薬独特のイヤな匂いがする

② 沢山の種類の生きものがいる・・自然の森でススキだけ枯れることはない・・自然界では「害虫」や病原菌は居ても悪さをしない(いい菌と「悪い」菌の拮抗状態)

③ なぜ栽培種だけで病気や害虫が出るのか・・化学農薬や化学肥料が土や表土、畑を単相にしてしまった・・ホウレンソウがそれだけが何十アールもある単相状態は自然界にはありえない・・虫一匹いない自然生態系などありえない

6) なぜ有機質肥料を畑に入れるのか、なぜ化学農薬を使わないのか?

① 植物性有機質とは落ち葉と同じ腐植物質のこと・・土壌微生物や生物の食べ物

② 堆肥の中で繁殖したホウセン菌や枯れ草菌、乳酸菌、光合成菌を畑の土中に大量に入れる⇒土は団粒構造が発達してホカホカに柔らかい⇒土壌生物や微生物が繁殖

③ 動物性有機質(鶏糞など)は作物の成長栄養のチッソや実を成らせるリン、カリ、ミネラルをバランスよく与えられる

④ 有機質堆肥は複雑な構造をしているために遅効性・・じっくりと長い時間をかけて効いていくので、作物がしっかりと吸収する・・いい野菜は根が太く、葉が厚い

⑤ 結果としておいしい・・栄養価も高い

⑥ 自然生態系を壊さず、積極的に修復し作って行く

⑦ 人にとって化学的有害物質を含まない安全安心な食となる

7) 有機農業は21世紀農業の主流となる

① 自然は有限であることが人類の共通認識となった

② 欲張らない・・地球の生産量は有限・・足りない食糧を外国から輸入する⇒国内の田畑は荒廃⇒日本型エコシステムは崩壊⇒消費者はわけのわからない食品に支配される⇒消費者の理解と結びつきが大事⇒地域で有機農業を発展させて

③ 自然と敵対する農業は前世紀のもの。21世紀は前世紀に破壊された自然を守り再生する農業となる。自然の一部としての農業でなければ生き残れない。

(了)

■そのうちこのレジュメを元にしてシリーズ「土こそ命」みたいなものを書き起こしてみたいですね。

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明日、筑波の大学で講演をしてきます

Img_0010 この1週間、明日の大学での講演のために気ぜわしい日が続きました。

頂戴したお題は、「有機農業の現状と問題点」なのですが、そんな難しいこと言われてもねぇってかんじで、ズーッとあれこれ悩んで来ました。

第一、農業や、ましてや有機農業について良く知らない学生さんにたった90分で何が伝わるのか、はなはだ自信がなかったのです。何度もレジュメを書いては破っていました。

私は今の化学農法批判を声高に唱えるのは好きなやり方ではありません。批判から自分たちの立脚する所を語るのは好きではありません。批判はしょせん批判であって、そこに立ち留まる限りほんとうに大切なことを見逃してしまうと思っているからです。

しかし、そうなると有機農業という膨大にして豊穣な世界をたった90分でしゃべれるのか、まったく自信がなくなりました。せめて、3回はほしいですね。でも引き受けた以上はやります。

さきほど授業レジュメを脱稿しました。正攻法で「土」から説き起こしました。土とはナンダ、土が育つのはどうしてだ、ナニガ育てているのだということから話そうと思います。

有機農業がアンチの存在ではなく、あたりまえの自然の営みに従った至ってあたりまえの農法であることを明日うまく学生さんに語れたらいいですね。

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直販所が日本農業を変える!

_edited まぁ自分で言うのもナンですが直売所自体はことさら新しいもんじゃありません。「道の駅」という素晴らしいネーミングで今や津々浦々に増殖し続けている、大ヒット商品です。これが今、日本の農業の形を根っこから大きく変えていっています。今日は、もう少しそのあたりを説明しましょう。

この「道の駅」という名がよかったですね。ロマンがある。テクテクと街道を旅人が、旅埃を払い、足のまめなどに絆創膏などを張って、おもむろに眼をやればその土地の風景や物産がある。そして土地の人情に浸れるという趣がある言葉です。ただし、このネーミングは勝手に使用できないようですが。

道の駅は静かな農業の流通革命でした。前回もお話しましたが、今まで完全に市場と量販に牛耳られていた農産物の動きが、地場の中で回り出したのです。

ところで、わが同業者の農家はどのように朝刊を読むのかご存じでしょうか?全国紙はあまり読まないですね。だって農産物の市況が載ってないですからね。で、朝一仕事終えて、飯を食った後に梅干しが入った渋茶など飲みながら、シーハーと楊枝でせせり(←ジィ様、茶で入れ歯を洗うなよな)、老眼鏡をかけて日本農業新聞の中ほど4面あたりにある市況欄を見るわけですな。

ふむ、ありゃ小松菜また下がったかぁ、次回は別な奴にするきゃなかっぺな、村が勧めているわさび菜でもちょこっとやっぺか、それにしてもリンゴの値はひどいな、青森のテイは死ぬ思いだんべなぁ・・・。それから葬祭欄を見て、マンガとテレビ欄をチェックして、1面をざっと見ておしまい。

こんな風に市況と農家は切っても切れません。大規模になればなるほどそうです。兼業は、本籍農業、現住所は町の勤め人ですから一年に一回米の相場で青くなったり、赤くなったりと変色するていどで済みますが、本業は真面目な人ほど大都市の市場相場に縛られていたわけです。

_edited_2 都市の相場や市場動向に拘束されるかぎり、都市への農産物流通を一手に握るJAや市場、量販店の元にガッチリと抱え込まれて身動きができなかったわけです。

ここが大きく変化をし始めました。村に直販所が出来ることで、自分で農産物を持ち込んで、自分で値を決め、売れたらその分だけ代金を受け取り、売れなければ持って帰るという農産物の地場流通が生れ始めたのです。

これは画期的なことでした。こう言っちゃ悪いですが、道の駅の主導者でもあったJAにとっては痛し痒しだったのではないのでしょうか。この新たな直販場ルートでは、従来のJAの圧倒的な農産物の大量集荷-大量流通-大量販売能力は必要がなくなり、ただの場所貸しとなってしまいますもんね。

直販所が各地に出来るにしたがって、農家は各々のルートで農産物を持ち込み始めました。もう市況を気にかける必要はありません。ハンパな量でも、規格外でも原則としてはいいのですから、農家にとっては福音でした。おまけに、バァ様の漬けた漬け物や若いママが作ったパイ、婦人部で仕込んだ味噌などの農山加工品も置けるのですから面白くてたまりません。一時は滅びかけた農家における農産物の加工が甦り始めました。

今や、直販所が盛んな地域では、農家出荷の3分の1、時には半分も直販所で売る人もでてきました。こうなるともはや立派な農産物のもうひとつの販売ルートの誕生です。

Img_0037_edited そして面白い現象もでてきます。出荷をかねて出掛けた直販所で他の生産者の野菜や卵を買っていく光景が珍しくなくなってきたのです。お、これはうちでは作ってなかっぺな、買っていくかってなもんです。100円で売るホウレンソウを入れに来た農家が、帰りに100円で卵を買っていくわけです。一種のブツブツ交換です。もう少し発展すれば、農家に限り、ホウレンソウ2把とたまご6個などというレートが誕生して、一種の地域貨幣もどきになるかもしれません。

私は炭酸ガスを吐きながら大都市に出荷するだけが能ではない時代が既に来ていると思っています。地域の中で自分で値を決め、規格を考え、自分で売る時代の到来です。今まで地域で作り、地域で消費する、いわゆる地産地消運動がともすれば意識の高い生産者と消費者の個人産直の域を抜けなかったことから、ごくあたりまえに農家の中に浸透していく、そんな時代が始まったのです。

■消防団の建物が左前に傾いておりますが、これは消防団が傾いているのではなくて、私のカメラが傾いているのです。すいません、消防団のテイらよ、悪く思うな。しかしなかなかカッコいい建物でしょう。

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初夢ではありません!地域の直販所からわき上がる夢!

_edited 初夢の頃ですが、単なる夢ではありません。

この行方地域に直販所を作ろうというのが、今年の大きな計画です。

すでに私たちのグループの畑は農地転用を終了して、整地に入っています。建物も45坪のL字型のドドンっと立派なログハウスが建てられる時を待っています。資金の手当てもメドがつきました。

そして、なによりどんな直販所にするのかが私たちの長年の夢の集大成の見せ所です。まず、地域のお百姓が野菜を持ち寄って、自分の値段をつけるのが前提です。自分で納得できる値段をつける。簡単に聞こえるかもしれませんが、これは大変なことなのです。今まで、豊作だといえば箱代も出ないような安値に泣かされ、逆に出来が悪ければ馬鹿げた値段にハネ上がる替わりにモノがない。こんなことは終わりにしましょう。

どこかの記事でジャパン・スペック(日本規格)というこれまた愚劣な規格の細かさを書きました。ゴボウだけで鑑定士がいるほど十以上の規格があるわけです。しかし、こんなことは食べる方は関係ありませんよね。こんな馬鹿な規格よりも、ほんとうに自分で消費者に説明がしっかりと出来る安全、安心こそが大切なのです。この直販所は生産者の自信に満ちた顔がハッキリと見えます。

_edited_2 私たちの直販所は「流通」ではありません。ですから、値決めもしなければ、規格も作りません。それはあくまでも、生産者が自分で決めることです。

直販所はどんなものをどれだけ出すのかを決める生産者テーブルは作りますが、基本は生産者が自主的に作っていけばいいと思っています。

直販所の手間賃は建物の維持費、スタッフの人件費などの実費を取る以上にはならないでしょう。

ですからこの地域直販所の農産物の価格は、今の段階で高いとも安いとも言えません。中間マージンが極小ですから、量販店と比べて相当に安いだろうとは言えますが、直販所が決めることではなく、あくまでも生産者が納得できる価格であることが大事なことです。

このことは、市場と量販店に事実上支配されている農産物流通にささやかな一歩ですが、大きな変化をもたらすものだと思っています。そして、私たちの直販所はこれだけにとどまりません。もっと大きな地域の夢を乗せていく翼なのです。その夢の続きは次回にお話しましょう。

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この新しい年は動的平衡の始まりなのかもしれません

Img_0003 今頃なんだといわれそうですが、本年もよろしくお願いします。

私たちトリ屋さんの新年はヒサンです。まったく正月は関係がない!(きっぱり)

元日はまったく通常どおりに寒風の中、エサをやり、緑餌を撒き、卵を拾い・・・(以下略)、な~んも変わりゃせんが。違うのはパートさんがいないので、いつもより作業的に厳しい。

おまけに年末から体調がやや不良でして(え~ん)、酒も飲みたくなく、オセチもカズノコを食べたら腹が痛くなりとさんざん(びぇ~)。せめて元日恒例のサッカー天皇杯でまったりと元日の午後を過ごしたかったのですが、うちの贔屓チーム(とうぜん鹿島です)が出ておらず、ややだらけ気味で観戦。

そうそうテレビと言えば、紅白歌合戦。見ちゃいましたですよ(*゚▽゚)ノ、それも全部。子供の時以来じゃなかったのかなぁ。大掃除でくたびれ果てて、へばってチャンネルを替えるのもメンドーで、ダラダラと全行程読破。いや、あんがい面白い。特に森山直太郎の「♪生きるのがつらいなら、死ねばいい。周りは3日は悲しむが、すぐに忘れる」は効いたなぁ。じっくり聴きたいので、Amazonに注文してしまいました。それとアンジェラ・アキの唄もいい。励まされる。思わず泣ける。私はあのテに極度に弱いのです。

けど、「千の風」はもういいね。さすが食傷気味。小林幸子はエーリアンの卵の孵化のようで不気味!お茶の間で引きつけを起こした子供もいたのではないでしょうか。私もアレを見て体調が崩れたみたい。サチコさん、もう年間のギャラを注ぎ込むことは止めて、唄で勝負しようね。アンジェラ・アキや直太郎なんかシャツにジーンズで、衣装代推定2300円(税込み)だったが、はるかにカッコよかった。

_edited さて、今年はもうひでぇ年になると皆決めつけているようですが、そう決めないないで。

あのカネがカネを呼び、すべてを欲望と投機の対象に変えてしまった強欲金融資本がくたばって、世の中が清々したと考えましょう。

トヨタやキャノンが大減収だと喚いていますが、トヨタのように小国家の国家予算ほども売り上げがある企業にとって150億円の赤字など屁でもないはず。それを大げさに騒ぎ立てて、この際下請けを乾いた雑巾を更に絞るがごときことを考えていそうです。内部留保はうなるほどあるんでしょうにね。家康を生んだ愛知県人はしたたかですぞ。

考え方を変えてみましょう。このような従来の自動車、カメラ、テレビ家電といった従来型産業が軒並み頭打ちとなって、大きな価値の転換期が来ているように思います。いや、そう思いましょう。

熱帯雨林の研究者がスマトラの奥地での研究をまとめた本(福島伸一「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書)に、「動的平衡」という言葉が出てきます。どういうことかと言いますとね、熱帯雨林では毎日ドカドカと巨木が倒れているんだそうです。

人が伐採するんではなく、まぁいわば寿命ですな。そして倒れる時に隣の樹もついでに倒してしまって大きな空き地が出来るそうです。するとこのような森林は極相林ですから、樹木の枝が大きく冠状になっている樹冠を作っていて、下の土に太陽が差さなかったのが、一気に差すようになる。

すると、今まで土の中に眠っていて発芽を抑えられていた様々な樹の種が我も我もと発芽を開始し、新しい植物相を作りだしていくのだそうな。古い巨木が天意を覆っている限り、新しい植物は育たないわけです。その巨木が倒れた新しい空間(ニッチ)に、新しい植物同士の均衡(バランス)が生れます。このようなことを動的平衡というそうです。

_edited_2考えてみれば、人間の世界も同じようなところがあります。かつてのIT産業も、バイオテクノロジーも、かつての重厚長大産業の不況の間隙を縫って登場しました。発生した時代はまさに90年代の不況時です。

この新たな不況時は、全てが後退し凍結してしまったわけではありません。むしろ、新しい価値観と行動指針、更にいえばまっとうな倫理観を合わせもった新しい産業が生れる絶好のチャンスなのです。

それが農と生命にまつわる新しい価値観と産業であると私は確信しています。今年は旧来の強欲資本主義でもなく、ひたすら国民に要りもしない自動車を売り込むことでもなく、正しく生きる糧が評価されて、新しい時代を拓く年であることを祈ります。

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