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続 農地法改正 排外的法律としての農地法

Img_0014_3農業をしたいか否か、企業が若者会社であるか否かなど、 もちろんそんな言い訳に農地の番人である農業委員会が耳を貸すはずもありません。

ここでぶち当たったのが、わが業界では有名なかの「農地法3条」です。これには農業資格というのが、しちめんどくさくネチネチと事細かく書いてあり、要するに「農業をしたい!」、「農業をしたいから土地を買いたい」では駄目で、耕作者資格なるものを得る必要があったのです。

今ですと私は図々しく、パパはなんでも知っている(←古いっす)という顔をしていますが、当時農業をやるのに「資格」がいるとは思わないですよ!初めこれを聞いた時には、ひょっとして農業者という仕事は、国家資格で「一級農業士」てなものを取得しなければならないと真剣に悩みました。

しかし呆れることには、農業を余所から来てするにはその「資格」が事実上あったのです。耕作者資格は、50アール以上の実績がないと、土地は買えません。では借りればいい?とんでもない!農村に来たよそ者に土地を貸すものなどいるはずもありません。

_editedこれも後に知ったのですが、農地法下の土地貸借においては圧倒的に借り手が強いのです。いったん合法的に借りてしまえば地主は返せと言いにくい法律だったわけです。仮にこの街から迷い込んだ奇妙人どもに貸してしまって、めちゃくちゃにされておかしなビルのひとつでも建てられたひには目も当てられない、といったところです。

となると、街から来た農家志願者の立場にすれば、まずは50アールなどという耕作者資格のハードルを超えられるはずもく、かといってヨソモノには貸してくれるはずもないという二重苦ではじき返されます。土地が借りれない、買えないではそもそも農業などできるはずもないのは猫でもわかりますもんね。

農地法とは、このように極めて排外的な法律でした。ありていに言えば、農業の外から来る人たちをブロックすることが目的の法律だったといっていいでしょう。今でこそ農家の老齢化によって新規就農者ウエルカムですが、ほんの10年前までの現状とはこんなものだったのです。事実上、農業を既存の農家以外にやらせないための法律が農地法です。もはや悪法と呼んでかまわないとすら私は思っています。

農地法は村の入り口で私たちにこう叫んでいました。「農業は昔からの農家のものだ。街から来て農業をしたいなどと言っても信じないぞ。とっとと街へ帰れ!」、と。つまり農業の閉鎖的な体質を法律的に裏付けていたのが、この農地法だと言ってよいのです。

(続く)

■関連旧記事 なぜ、日本農業は大規模化できなかったのか?4回シリーズ

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