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2009年6月 3日 (水)

拝啓 吉野家様 その2 牛が食べられたわけ

Img_0002 吉野家様。

ものの本によると、かの米国ですら建国以来肉は羊であり、豚でした。ニューイングランドの深き森に放たれた豚は、ブナやナラのドングリを食べて非常によい肉を人間に与えてくれたそうです。またその効率は牛の5倍ともいわれています。牛肉が食べられだしたのは、ニューフロティア開拓時代の中で、ミシシッピー河以東の大平原を得てからです。たかだか100年くらい前の話しです。

その豚と牛の比率が劇的にひっくりかえったのは1950年代でした。同時にブロイラーと呼ばれる肉用の鶏が誕生しました。ブロイラーは第2次大戦中にローコストで大量の肉を製造するために開発されました。わずか60日(!)で出荷可能となるという高生産性で食肉の一角を占めてしまいました。ケンタなどそれ以下の飼育日数です。

さて、現代中国の食は「白化」ということが言われているそうです。雑穀から白米への白化、甘草など天然の甘味料から白砂糖への白化、在来の黒豚系から大型の白豚系への白化、強健な赤鶏から白色レグホン系への白化が急速な勢いで12億の民を席巻しているのだそうです。そして今中国の政府が頭を悩ませるのが、このように「ぜいたく」になってしまった国民の舌を、どのように満足させるのかということだと聞きます。そしてその延長で、必ず不足する食糧とエネルギー源の輸入確保だそうです。

この波の中で、かつて築地の威勢のいい兄いがカッカと食べていた牛丼は、一見見た目や味はかわらないが、なかみはまったく別の者になっていったのでした。

(続く)

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