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この手の空っぽは、きみのために空けてある

_edited 樹は植えておくもんだと思いました。

今朝、待望の雨があってようやく気温が下がりましたが、蜃気楼でもたつかというようないきなりの炎暑。

その時に、母屋に緑陰をなげかけてくれるのが2本の大きな欅の樹です。欅がなかりせば、ジリジリとした太陽に炙られてとてもではないですが、住んではいられません。特に屋根裏の寝室は悲惨ですね。屋根一枚、外は太陽ギ~ラ、ギ~ラですから。

だいたいがグータラの私たちですが、唯一先見の明があったと自分でいい子、いい子、しているのが植樹でした。樹だけはせっせと植えました。裏山からこっちの水は甘~いゾと移住願ったもの、植木屋やDIYで苗を買ってきて植えたもの。そして勝手に実で繁殖しているもの、それぞれ由緒は異なるものの、いまやちょっとした森の中にいるようなところまで育ちました。

特に大樹となる欅は無理をして大きな苗を買いました。それから約15年以上たって、いまや大樹の風格さえ備えてきました。

_edited_2 左の写真は母屋ができたばかりの光景です。上の写真とほほぼ同角度で撮っています。雪のせいもありますが、実にシンプル、なんもない。

車が直に玄関に横付けできたんですねぇ。忘れてました。今は、はるか手前の「森の入り口」で降りねばなりません。

これから入植する新規就農者の人にいつも言うのは、樹は住む場所が決まったらすぐ植えること。30㎝の苗が10年たてば大きな樹になって、緑陰を作ってくれるから。そして樹は、風雨から私たちを守るだけではなく、君たちの生きてきた記憶を覚えていてくれるから。樹は梢を風に揺らせながら、こう言っています。

この手の空っぽからっぽは、きみのために空けてある。

■最後の一節は、認知症の母親や病死した妻を題材に、命をうたう藤川幸之助氏の詩集の表題から頂戴しました。PHP研究所から出ています。ぜひご一読をお勧めします。

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コメント

以前、卵の生産者会議でお世話になったことがあるものです。
おうちが建てられたばかりの写真にびっくりしてメールしてしまいました。
確かお邪魔したときもかなりいい感じに森でした。
あれから数年が経っているから、もうジャングル?!になっているのでは?と思って居たりします。(^_^;)
でも、はじめは何もなかったんですね。
てっきり、あるところにおうちを作ったのかとおもっていました。
また、おじゃましたいです!
奥様にもヨロシク!

投稿: てん | 2009年7月18日 (土) 10時24分

 うちの南向きの窓の向こうはお隣が見えるのですが、その間にある庭の花桃が大きくなりました。もう何年になるでしょうか、山梨の神代桜を観たときの路上で農家のひとが苗木を売っていたものを買い求めました。観光バスの座席の前にちょっと窮屈だったけれど入る大きさだったと思います。何年も花を咲かせなかったのでやっぱりだめだったかなあと思っていたら、近年見事に咲くようになりました。そしてずいぶんおおきくなったなぁと最近愛着がわいています。いつかリフォームして窓も思いっきり大きくしたので春は花桃を楽しんでいます。お隣の壁との間で、ちと不粋ではありますが。
 だいたい自前で家を建てたことには尊敬と驚愕の沈黙をせざるをえないのですが、植樹の話に少しついていけそうで今回、お邪魔しました。
 いい詩ですね。

投稿: 余情 半 | 2009年7月29日 (水) 12時41分

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