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生き・生かされているということ その1            共同体が造り出した村の風景

_edited 皆様、こんにちは。ようやく秋風が吹いて来ました。夜来の雨は村を潤しています。
さてこの夏、グローバリズムという怪物をぼや~と考えていた中で、ではなにが私たち日本人の価値なのだということに考えが至るようになってきました。
堅い話にならないように、できるだけ自分の言葉にしてお話したいと思いますので、少しの時間、おつきあい頂ければ幸いです。
私が好きな村をながめる場所にちょっと小高い峠があります。
手前に武田川という小川が蛇行し、水田が拡がり、此方には円通寺の本堂の大屋根が見えます。右手には火の見櫓がかいま見え、小さなほこりっぽい国道が走っています。遠くには作り酒屋の煙突の先だけみえます。
今村は稲刈りの真っ最中です。この峠から村を見るともなく見ていると、集落がどんなふうにできているのかがおぼろに分かります。
実はいつもは分かりにくいんです。車で走ることが多いので、なんとなく見過ごしてしまう。
_edited_4 けれど、4月の末に田がいっせいに水を引き込む時、村はいつもの顔から、まるで湖に浮いた島々のようになもうひとつの顔を見せます。
田が満々とした水を湛える時、防風林の欅や榊の生け垣が堤防のように水をくい止めている錯覚に陥ります。その時期、この峠から見ると、集落の家々は連なって、水や風を防いでいるようにすら見えます。そしてこの8月末、黄金の輝きをもった海にその島々は囲まれています。
これが共同体が造り出した風景です。それはひとりの見た風景ではなく、あくまでも共同の風景なのです。
(続く)

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