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有機の地域協議会をなんとか翔ばそうとしている 予算などつかなくとも!

Img_0004 なめがた有機農業推進会議の代表をしているIさんとは、知り合って25年にはなる。彼がまだ若手農業者という売り出しの頃、私がまだ研修生という売り出し前の玉子の殻を頭に付けているような時だ。

有機のトマト作りという、当時最難関の分野に毎年突撃しては玉砕していた。私もやったが、ほんのひと畝。彼はそれをハウスで2反歩はあろうかという大面積でやるのだから、当たったらノーベル有機農業賞だが、だいたい外した。

それでもめげずに毎年突撃を敢行し、ある年、とうとう黄金のトマト理論を発見してしまった。それが無水栽培だ。今はどこのトマト農家も似たようなことをするようになったが、なんせ25年、四半世紀前の話だ。知って出来るのと、まったくの荒野を開拓するのとでは1光年は違う。

緑健農法がほぼ同じ無水栽培と、液体肥料で大々的に無農薬トマトを販売して、世に有名になったが、Iさんはそれより10年以上も早い。ただまったく理論が苦手という体質と、口下手な性格なので、世に知られることが少なかった。緑健の永田照喜さんのような理論性と、商売がうまかったら、彼の人生もかなり違ったものになったであろう。

その彼が、持ち前の猪突猛進、支離滅裂で作ってしまったのが、この推進協議会だった。地元の有機農家の誰にも声をかけないでやらかしたものだから、この私を含めて「な~にやってんだか」と反発も各所から出たようだ。せめて声をかけて、合議納得の上で立ち上げるべきではないか。
まぁしかし、有機農業歴30年などという古漬けがゴロゴロしているこの地域で、それをやっていたらいつまでたっても、まとまらなかったとはいえる。

とまれ、有機農業の地域協議会という画期的なものは外枠だけだが出来た。そして農水省のモデルタウン事業も受託した。さぁ、これからだ!というところでガラガラと事業仕分けのシャッターがおりてきてしまったというわけだ。

事業仕分けで廃止と判定されたのを聞いた私は、彼の事務所に一升瓶をぶら下げて話に飛んで行った。ただひとつのことを聞きたかったのだ。
予算は降りないだろう。そこであなたは、この地域協議会をそれでも続ける気があるのか、どうなのか。止めるのなら理由は立つ。恥ではない。しかし、それでも続けるというのならば、私も力を貸す。気持ちを聞かせてほしい。

Iさんは迷わずに続けると言い切った。私は右手を出し、彼の分厚い農作業で荒れた手と握手した。離陸できるかどうかわからないこの有機の地域協議会だが、なんとか飛ばそうという意志を持つ者は揃いつつある。

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