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旧友 村上もとかのこと

_edited 寒いですね。暖冬、暖冬と行っているうちに本格的な冬になってしまいました。今年ももうおしまいですか。

私の高校の後輩の野口さんが(といっても、ぜんぜん重なってないけど)宇宙に行き、私の小学校の一番の友達だった村上もとかが「JIN」で大ヒットを飛ばし、これまたゼンゼン私の手柄でもないのになぜか嬉しい。

村上もとか、もっチャン、ガキの頃から暇さえあれば、教科書にでも、ノートにでも絵を描いていました。いつも。暇さえあればあきることなく。私たちガキ仲間は、彼に戦艦大和や零戦を描いてもらって、あまりのうまさに私など机の前にズッと貼っておいたほどです。
細密なメカを描かせると、美術の教師も唖然とするほど上手でした。いわゆる展覧会向きではないのですが、子供ばなれしていました。

夢中になると、口を半開きにして、舌をちょっと横に出して描き始めるんですが、子供にしてトランスしちゃうんですね。彼のお父さんは、神主にして、新東宝の美術の人で、彼はたいそう父親を尊敬していました。彼はまた、描くだけじゃなくて、描いた絵にお話をつけるんですが、これがまた面白いんです。

ただし運動神経ときたらゼロで、後に剣道漫画の「ムサシ」や「龍」などを読んだ時はびっくりしました。言っときますけど、主人公にはまったく似てませんよ。

私もウソ話は得意でしたので、彼とは毎日、学校の帰りにあることないことお話をデッチあげながら帰っていました。彼と私は高校が違ってからあまり出会うチャンスがなくなったのですが、高校を卒業した頃、そうですね19ぐらいだったかしら、駅で彼とひょっこり出会いました。

今、石森章太郎先生のところでアシスタントをしている、大変なんだって言っていましたが、すぐに電車が来てしまい、またなと言いながら、それっきり30余年です。私も地元を去ってしまい、いつでも会えると思っていても、会えないものです。

いつのことですかね、30歳代だったでしょうか、偶然、書店で村上もとかという名を見て、よもや、いや絶対に彼だと思って手にとり、大きく成長した彼の絵に再会しました。もう私が農業の道に入った頃です。

かつての繊細で丁寧な画風は変わらず、大昔苦手だといっていた女性像がなんとも愛らしく、生き生きとしていて、なにかそれだけで、鼻の奥がつーんとしたことを覚えています。新作の「JIN」の咲さんや野風は、実にたくましくも美しい。彼は強い女性が好きだと見えます。なんせ当時、小学6年ですから、そこまでは知らなかった。

女の子の絵といえば、かつて私たち小6の色気づき始めたバカガキどもは鼻の穴をブヒブヒとおっぴろげては彼にヤマト、ゼロセン、そして可愛い女の子を描いてもらうことを懇願していたものです。あの5組のエリちゃんお願いってなものです。ええい、巨匠村上もとか先生になんたることを。

「JIN」が空前の大ヒットで、新聞や雑誌で彼の写真をよく見るようになりました。私の知っている絵を取り上げたら死んでしまいそうな痩せた少年は、自信をもってカメラに少し照れくさそうに微笑んでいました。

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