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2010年1月10日 (日)

デジカメってほんとうは不自由なのかもしれない

Img_0001_edited1 昨日、友人のNさんと写真のことで語り合いました。

Nさんは親切にも私のブログからミニ写真集をピックアップしていただいて、赤面の限り。また、彼の友人のナカイノブカズ写真画廊ブログhttp://nakainov.exblog.jp/や、米国やイタリアの聞いたこともないスゴイ写真家のものも拝見しました。

彼は大学を経て、写真専門学校にまで通ったという経歴を持ちます。私などのように、コンパクトカメラでパチパチやっているのとはレベルというか、根性が違います。

何もカメラに「根性」などという東京タワーのお土産の木刀(昭和30年代にはそんなもんがあったのだよ)のようなことを書き込めと言っているのではなく、気合が違うとでも言うか。あ、いかん、いっそう精神論に。

それはともかく、今のカメラはある意味、無限の「自由」を手に入れてしまいました。というのは、私の買い換えたばかりパソコンにも鎮座しているアドベ・フォトショップを使えば、ほとんど原型を留めないまでに変えられちゃうんですから、こわい。今日掲載した写真も、左右をトリミングして、コントラストを上げてあります。

こんなことが瞬時にできてしまう。いや、やろうとすれば緑の太陽が2個水平線から上がるなんてこともお茶の子(私には難しいけどさ)。けれど、これってかえって人にとっては、しんどいことではありませんか。

写真や文学は、ある意味不自由の枠がはまっていて、制約があるほうがいいような気がしてならないのです。技術的制約、時間的制約、金銭的制約などは、人の想像力を豊かにします。というか、そうしないことには一枚の写真も撮れないからです。
人はそのような制約を乗り越えるために、その場の露出を測り、シャッター速度を設定し、白と黒とその中間色しかない色調に祈りを込めました。例えば人の肌の白さと、石膏像の白さ、襖のそれとは、すべて階調や質感が違います。
ただ撮っていてはその違いを表現できないとすれば、光線の斜角、強さをいろいろと変えてみるしかないわけです。そこに写真に人の眼が入る隙間が生まれます。隙間とは魂の言い換えです。

今のデジ・カメはそのような技術論を極端に圧縮してしまいました。もはや露出設定はおろか、ピントすらあっていなくとも平気のヘイザなのです。なにを撮るのかだけが、プロとアマの差になりつつあります。

Nさんに見せてもらったイタリアの写真家は、白と黒の階調だけによる静謐な静物画、人物像、そして群像を残しています。それらの写真は私の奥深い柔らかな部分をゆっくりと浸し、そして揺さぶります。
もしこれらの写真がデジタル処理されたカラーであったのなら、まったく違う作品になっていたことでしょう。

私が撮っているのは単に風景でしかありません。そのとき、そのときに面白く感じたオブジェの面白さでしかありません。しかし、ほんとうに優れた写真は、撮った人の精神を同時に映し出している残酷さを持つように思えます。

そのイタリア人写真家は、2000年に没するまでデジタル・カメラには触らなかったそうです。

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コメント

私も趣味でカメラをいじっていました。

その当時、私はスライド用のフィルムを使って写真を撮っていました。
理由は色の鮮やかさや露出補正による効果が表現しやすくかったからです。

今のデジカメは露出補正を行なうと荒れが目立ちますので適正露出(露出計の露出ではなく)で撮影し、後で暗室ワーク(フォトショップなど)で補正をすると言う流れになりました。

確かに望んだ効果は簡単に出来るようになったのですが・・・

代わりに何かを忘れたような気持ちになります。

私が古い人間だからでしょうかね。

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