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2010年3月

普天間問題の迷宮 その1  実はシンプルだったはずの発端

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ご心配をおかけして申し訳ありません。激励のお言葉身に沁みました。ありがとうございました。なんとかドンブリ飯を2杯食べられるようになりました(笑)。いや、冗談、でもそうとうに元気になりつつあります。

さて、自慢ではありませんが、私は自分に偽善者の要素があることを知っていますので、この正真正銘、5ツ星クラスの偽善者を見ると虫酸が走ります。それが、わが国の首相官邸の主です。

民主党政権がしなければならなかったことは、非常にシンプルだったはずです。それは、普天間基地を撤去すること、これを解決することからすべてが始まっています。今、民主党政権によってもつれた糸玉のようになってしまいましたが、その発端はこの「世界で一番危険な基地・普天間基地の撤去」でした。

ここではとりあえず、代替基地をどこにするのかは置きます。県外、県内、はたまた国外という代替案は、ご承知のように両手の数ほども出て、出せば出すほど混乱に輪をかけるといったていたらくだったからです。

移転案は3通りです。
■(1)キャンプ・シュアブ陸上部に600メートルのへりパッド(離陸施設)を建設する。
■(2)固定翼機が離陸陸発着できる滑走路を県外の島に移設する。ちなみにこの「県外」とはほんのお隣の徳之島です。

ここまではいわば公式発表ですが、ここに大きく浮上したのが勝連半島沖埋め立て案でした。これは平野官房長官筋が秘か進めてきたもので、衝撃的な内容をもっていました。。

■(3)うるま市米軍ホワイトビーチ沖3600メートル級の滑走路2本、港湾施設を併設した巨大人工島を作る。これが前回記事の上の図です。(*図は「週間現代」より転載)です。実に辺野古埋め立て面積の6倍もの巨大な埋め立て規模です。

では、普天間の現状はどのように変化するのかでしょうか?基地機能の5割を「分散移転」するといいます。しかしこれは言葉のレトリック、いやトリックです。あくまでも5割は残るのです。
政府が言うのは単なる「機能」であって、面積的に5割になるわけではありません。そのまま基地は市街地のど真ん中に残り続けることなります。したがって宜野湾市の移設跡地計画は無駄ということになります。

それがなぜなのかについてもう少し考えていきます。

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「民主よ、お前もか!」と沖縄タイムス

_edited1_2 「民主よ お前もか」普天間県内2案
                           沖縄タイムス2010年3月26日

     名護、阻止へ結束 沖合容認派も一転反旗

 「最低でも県外」を掲げて誕生したはずの鳩山政権が行き着いた答えは結局、「県内」だった。キャンプ・シュワブ陸上案の地元名護市では、これまで米軍普天間飛行場の辺野古沖への移設を容認してきた関係者も激しく反発。うるま市では25日、勝連沖埋め立て案に反対する市民大会が開かれ、約650人が抗議の声を上げた。政権交代からおよそ半年。基地負担からの脱却に寄せた県民の期待は、深い失望と怒りに姿を変えている。

 【名護】ヘリ基地反対協の安次富浩代表委員は「県民への裏切り。『鳩山総理よ、お前もか』という思いで、あきれてものが言えない。そのツケは政権に回ってくるはずだ。住民の手で阻止するしかない」と批判。沖縄での訓練を減らすという考えには「小手先のやり方。本末転倒だ」と語った。

 これまで、辺野古沖案を容認してきた名護市の荻堂盛秀商工会長は「(代替施設を)陸上に造るということは今の普天間の騒音が辺野古など久辺3区に来るということ。普天間の危険性の除去という原点を忘れた、全くナンセンスな考えだ」と強く反発する。「地元が沖合を求めた意味を鳩山政権は全く理解していない。ムシロ旗を持ってでも反対する」と厳しい表情で語った。

 「陸上案は駄目だ。山を削るとでも言うのか。名護市は(国が)海に出すというから賛成した」。辺野古V字案を容認した島袋吉和前市長はそう語気を強めた。「名護市が13年間、難儀して認めたものをたった2、3カ月で解決できるのなら、普天間問題はとっくに解決している」と憤りをあらわにした。

「基地契約拒否を」シュワブ地主に辺野古区特別委

 【名護】政府が米軍普天間飛行場移設案の軸として米側に提示するキャンプ・シュワブ陸上案に反対している名護市辺野古区普天間代替施設等対策特別委員会の古波蔵廣委員長は25日、自らも会員である名護市軍用地等地主会(島袋利治会長)に対し、2012年度以降の賃貸借契約を拒否するよう提案する考えを明らかにした。

 古波蔵委員長は「陸上案は自然を壊し住民の生活に悪影響だ。普天間基地の危険性除去のはずが、久辺の危険性が増すことになる。地元の怒りを提起したい」と語った。27日の地主会で提案する。

 ただし地主会に地主の意見を統一する権利はなく、契約を拒否するかどうかは地主の自主判断にゆだねる。すでに仮契約をすませた地主もいる。島袋会長は「古波蔵氏の提案に多くの地主が賛同するだろう」との見方を示した上で「陸上案に地元がどれだけ反対しているかが分かる。政府に対する大きなメッセージとなる」と話した。

 同地主会は市と約550人の個人地主で組織。個人地主の過半が辺野古、豊原、久志の久辺3区民だという。軍用地のほとんどがキャンプ・シュワブ内にあり、民法に基づく20年の賃貸借契約が12年5月に切れる。

連合「選挙戦えない」

 「鳩山首相は最低でも県外と言っていたのに、県民の政治不信は大変なものになる」。連合沖縄の仲村信正会長は危機感をあらわにする。24日から2日間、民主党の小沢一郎幹事長や平野博文官房長官を訪ね県内移設断念を要請してきたばかり。昨年の衆院選の沖縄選挙区で民主圧勝の牽引役となった連合沖縄だが「沖縄に基地を押しつけるとなると、次の選挙は戦えない」と強く批判した。

 県労働組合総連合の中村司議長は、鹿児島県徳之島への訓練移転案について「米軍再編で負担を軽減するとされた嘉手納を見れば分かるように、訓練を県外に移しても負担は減らない」と指摘。「県民の意思が政府に反映されていない。4月25日の県民大会を成功させ、県民の怒りを表明したい」と憤った。

 沖縄平和運動センターの崎山嗣幸議長も「基地を沖縄に押し付けておけば、県外に移すより政府に対する批判が少ないとたかをくくっているのではないか」と怒りを抑えきれない。「陸上案も勝連沖埋め立て案も環境への負荷が大きく、過去に消滅した案。県内のたらい回しを許さない、と訴える島ぐるみ闘争が必要だ」と強調した。

■本日体調不良につき、現地の情報のみを掲載します。記事は次回に。もう4日ほど食事を身体がうけつけません・・とほほ。

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ユージン・スミスの1枚の写真から

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朝の農場に入る道に、この角度から朝日が射すことは一日で10分間程度しかありません。 なかなか撮れなかったのですが、撮れたのでアップします。

水俣に住み、公害の中で生きる患者さんの姿をとらえた大写真家ユージン・スミスの代表作に「楽園への歩み」The Walk to Paradise Gardenという写真があります。このような小道に小さな男の子と女の子が手を取り合って光の方角へ進んでいるという写真です。

学生時代、私は彼の写真集を見て衝撃を受けたことを覚えています。障害を持った子供湯浴みさせる母親、なにを話そうとしているのか中空に目を据える子供の患者。

これが「ともこの入浴」という一枚でした。水俣の写真は数多く、いずれもすさまじいまでの説得力をもって見るものを圧倒します。涙が止まりません。40年たつ今も、いささかも古びることはありません。

「楽園への歩み」という写真は、水俣に来る前に撮ったものです。しかし、会社側が雇った暴力団に脊椎を折られ、写真家として致命的になりかねない片目を失うという重傷をおいながら、それを「患者さんの痛みや苦しみを我が物と出来た」と語った彼だからこそ撮れた一枚だったでしょう。

そして私はこの写真集を見たあと、宇井純先生の公開自主講座「公害原論」へと通うようになります。今の私が生業としている農業を選び取った最初のひと滴が、この写真だったのかもしれません。

写真とは、人を奮い立たすひとつの原理、つまり魂を覗き込み、深く共感し、そして浄化させる力であることを教えてくれたのはこの1枚でした。

著作権法の関係で画像を掲載できませんでしたが、ぜひ下のサイトでご覧ください。

        

■「楽園への歩み」, The Walk to Paradise Garden1946WilliamEugeneSmith

■「ともこの入浴」 Tomoko in her Bath, 1972 William Eugene Smith  
http://www.afterimagegallery.com/smithprints.htm

またユージン・スミスの水俣の写真の一部はこちらからご覧にいただけます。

■「水俣病歴史考証館」
http://www.soshisha.org/koushoukan/panel/panel-e.htm

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新有機農業支援予算 費用対効果で有機農業が計れるのか?

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昨日、さいたま新都心に、関東農政局の新有機農業支援法の説明会に行ってきました。いや、すごいすね、5年ほど前にも来たことがありましたが、また一段と磨きがかかった未来都市。
もはや「ブレードランナー」の世界。夕方5時まで延長した会議の後、自分の農場に帰り着いて、なんかもう後1年は都会に行きとうないわ。

さて、新有機農業支援法ですが、予想どおりに予想よりひどいです。

説明会は関東農政局の担当者により始まったのですが、肝心な新予算を作った本省(←というらしいです。古典的荘重な音色だね)の担当は来ておらず、それでまずムムっ。

だってそうでしょう。あれだけ全国各地の有機農業推進協議会を引っ張りまわして煮え湯を飲ませたんです。「すいません」の挨拶のひとことくらいあってもいいものだと思いませんか。確かに悪いのは、無知蒙昧粗暴野卑の民主党仕分け人どもですが、私たちは国と予算採択の契約をしたんであって、民主党とじゃないわけです。

まぁいいか、ドウドウと自分をなだめながら聞いていると、しきりと関東農政局の担当者が言うには、「私にはわからないことばかりで、これが決定ではないですので、あくまでも農水省のHPを見て頂いて」、あるいは、「そのご意見を上に伝えます」。
おいおい、なら、説明会なんかやるんじゃないよ。静岡や山梨からの遠方からも来ているんだから、やるならきちんと説明できる奴を連れてこいつうんだ、と胸の中で毒づきました。

それはさておき肝心な内容ですが、これまたなんともかとも。
農水省の担当は、財務省の下回りと化した民主党の仕分けグループに切られて、あせったわけです。ひさしぶりにいい予算案作ったと思ったんでしょうね。
農水省や文科省のトレンドの「モデルタウン」という柔軟性のある新機軸なら、いままで支援政策を組みにくかった有機農業支援ができる、と。

まぁ実際そのとおりで、有機農業のような「ハコモノなんぞ俺らちっとも欲しくない」と公然と言ってのけるような分野には、むしろ「地域の農業の新たな展開の核としての有機農業を作って下さい」なんて予算でおだててやったほうがいいのです(苦笑)。

ところが、これが浪速の金貸し顔負けの財務省の癇に触ったのですな。あいつらときたら、費用対効果と数字が命です。つまり「「算定基準の数値化」、「拡大目標の設定」、「生産拡大したことの数字による報告」の3点セットがないと、メシ食った気がしないという人種なんですな。今回の新予算はまさにこれらが前面に出てきました。

新有機農業支援予算は、まず「地域の成果目標」が前提とされました。ですから、推進協議会のある市町村の有機農業の平成21年度1年間の産出額の提出が必須とされます。
おいおい、簡単に言うなよ。JAで一元管理している有機農業の産地なんかないぜ。私たちの行方地域なんて法人あり、個人あり、出荷組合あり、どうやってこんな数字だしたらいいの・・・呆然とする私。

おまけに、今協議会に入っていない人、ないしは団体が後に加わってもそれは増加と認めないと。そんなこと言われたら、現状ですべての団体、個人が加入しているわけでもないわが地域は、算定基準なんか出るわけないじゃないですか。あるいは、協議会に入らなくてもいいから出荷の数字教えて、とでも頼むのかしら(苦笑)。

これを農政局から、「出せないと言うなら、そもそもこの予算はなかったことにしてくれ」とまで啖呵を切られては、さてさてどうしますかね。この冒頭の段階ではやばや私、どん引き。

それを仮にクリアしたとしても、次は生産拡大計画です。「産地収益力向上プログラム」ときたもんだ。人材育成、生産技術向上、販売企画力向上ウンヌンとメニューがあるんですが、これらすべて「当該地区の産出額増加に結びつく取り組み」という成果目標がついています。

ではたとえば人材育成を考えましょう。つまりは新規就農者支援のことのようです。新規就農者を受け入れるというのは、私たちも考えていましたが、問題は「当該地域の産出額向上につながる」か、です。

農水省は新規就農者や研修生の実態をぜんぜん把握していません。私個人でも、団体でもかなりの数の人と出会ってきました。実際の研修生は、さまざまです。ある者は都会から来て農地を買う金もない、ある人は実家が農家で有機農業の研修を受けて帰ったらやるんだと希望を燃やす、はたまた、ある者は偶然この土地で農地が見つかったのでここで就農できた、あるものは、別な土地で見つけた・・・。

それを農水省は、この土地で研修を受けさせたら、この土地で就農させろと言う、それでないと、地域の有機農業産出額のアップにならんからですと。

同様に、技術力向上も付帯条件が付いていて「事業主体に従事する者に対する謝金」はダメとなっています。事業主体とは協議会を指しますから、これでは私たちが構想した「有機農学校」のように、現役地元の有機農家自身が教える有機農業学校などは無理となります。

私たちの地域ようなさまざまな分野のプロの有機農家が揃った地域で、わざわざ他地域からの講師を招聘するしかないということになります。各地の週末農園にしても、クラインガルテンなどでもそうですが、現役農家が来てインストラクターをしたら謝礼を払うのは当然ではありませんか。ここでも現実無視。

そして販売企画力の向上。何度も書いてきましたが、私たちは農水省が言うような「マッチンイグフェア」なんか開いてもらわなくとも結構なのです。だって、30年間かけて、シコシコとしっかりとした販売チャンネルを作り上げてきましたから。今更、なにがマッチングフェアだか。もう一回現実無視。

今、有機農業に必要なことはその質の深化なのです。ただ「作る」、ただ「売る」、ただ「産出額を上げる」などという浅い次元はとうの昔に突き抜けています。産出額を上げたかったら、いい風景の村を作らねば、というのが今の私たちです。

農作物を作る中で私たちがどれだけ自然を豊かに出来たのか、どれだけ生物種が増えたのか、単なる生産基盤ではなくどのように畑が、川が、湖が、そしてそこに生きる私たちが住む村が変わっていったのか、そして都市の消費者や村の中で「いい関係」を作れるようになったのか、こんなことが数字で目標数値化し、結果報告できますか?

たとえばそうですね、私たちが企画している田んぼの生き物観察など、「産出額」という概念とはまったく交わらないでしょう。生物種が有機農法によって豊かになる、その中に農業があるのだということは生産性に直結しないでしょう。

またそこに来る都会の人たちが、その豊かな生き物田んぼ体験を通過することによって、消費額が伸びるのかと言われれば、そうともかぎりません。そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
なぜなら、これは近視眼的な「産出額向上」のためにやっているのではないのですから。販促活動ではないのですから。

私たちはもっと遠くを見ているんですから。゛

そもそも有機農法というのは生産性向上という単純な近代農業のパラメーターの外にあります。有機農業の複雑で多様なパラメーターを、単純に「産出額の向上」にだけ置くというのが、この新予算案の後退した哲学です。

さて、どうしますかね。困った。こんな新予算。それにしても民主党さん、罪作りなことをしてくれたね。

■写真 今日の水たまり。面白いので撮ってみました。

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最終候補地が金武湾東海面とは!  昌吉さん、情けや忘しんなよ、心や忘しんなよ!

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ご存じだと思いますが、民主党政府はこのふたつの案に普天間移設候補を絞り込んだそうです。沖縄タイムスの記事を最下段に掲載しましたのでご覧ください。

普天間移設の最終案は、なんと金武湾東海面か、キャンプ・シュアブ陸上案だそうです。いままでの交渉の経緯からいって、米国が自らの基地機能を低下させる日本側提案にうなずくことはありえません。

たとえば岡田外相が乗り気だった嘉手納基地統合案は、嘉手納基地が米国の全世界的なパワー・プロジェクション・ハブ(*米軍事力の全世界的展開のためのハブ基地)と位置づけられているために、その基地機能の低下の選択はありえないと一蹴されました。

キャンプ・シュアブ基地陸上案は、米軍自身が同様の理由で反対するのみならず、周辺住民と地元自治体の反対により、まぁ不可能ですね。そんなことはこの14年間イヤというほど検討され尽くしてきたんですから。そんな安直な思いつきでどうかなるものなら14年間もモタモタしていませんよ。

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は無知は恥ではないと思っています。しかし、とうとう金武湾東海面埋め立て案ですか。もはや絶句です。

上の航空図をご覧ください。左の本島のホワイトビーチ(*米海軍基地です。だからこんな変な名がついています)の上に白い道が伸びていますね。これが海中道路という粋な名前がついていますが、金武湾を埋め立てて作ったという道路です。

そしてその海中道路の先にある白い点々と見えるのが、まず初めが沖縄石油のタンク群で、その先にあるのがCTS(石油備蓄基地)です。このような埋め立てが行われる以前には、本島と平安座島(へんざ)、宮城島の間は海流が流れる生きているひとつの湾でした。

しかし宮城島と平安座島(へんざ)間の水道が埋め立てられ、その上CTSと本島をつなぐ海中道路ができた結果、金武湾は二分され、湾内の海流は激変します。

湾という自然地形は、海流が一方から流れ込み、湾内の複雑な生態系を育てながら、別な方向に流れ去って行くという一種のポンプのような構造をしています。

この湾という生き物の片側を仕切るとどうなるでしょうか。湾をポンプと考えると、片側から吹き込んだ海流は、従来なら平安座島と宮城島の間の水道を抜けていきました。ところがこれが埋め立てで遮断された結果、金武湾に流れ込む海流は、出口を失って再度同じ湾の入り口へと強制的に戻ることになってしまいまったのです。

金武湾の中に棲む生態系は激変したと思われます。思われますというのは、環境アセスメント(評価)がなされていないからです。現代でこのような大きな環境破壊を伴う事業には、とうぜん環境保護的な縛りがかかります。しかし、35年前にはその概念自体がなく、まして復帰前後の施政権交替の中でのどさくさ紛れての暴挙でした。現代の常識ならば、絶対にありえないことです。

結果、金武湾は「魚が湧く」とまで言われた豊かな漁場から半死の湾へとなってしまったのです。そしてそこに生きる漁民も。

これと同じ構図は、私は地元の霞ヶ浦でも目撃しました。霞ヶ浦は護岸工事と同時になされた水門閉鎖によって外洋との対流がブロックされた結果、汽水湖だった霞ヶ浦は半分死んだ湖となってしまいました。
また家庭排水による汚濁は逃げ場を失って、霞ヶ浦の汚染は深刻化しました。もちろん漁獲が激減したことはいうまでもありません。

民主党政権の代替案は、初めが伊江島という沖縄反戦運動のいわば聖地から始まったならば、最終案は沖縄住民運動の原点ともいうべき反CTS闘争のまさにその金武湾東海面を埋め立てようという・・・どうかしていますよ。

あなたたちは、沖縄のなにもわかっていない。沖縄の戦後史も、その中の悲哀も、沖縄の自然も。単なる政局で偶然に転がり込んだ権力をおもちゃにして、国を動かしているだけです。なにが「県民の思い」ですか!言葉を安易に使わないでほしい。
でなければ、伊江島が最初の候補地で、最終案が金武湾なはずがありません。これではあたかも「ゴミ処分場」を求めて右往左往しているだけじゃないですか。

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あらためてこの「金武湾」とは、どのような地であるのでしょうか?復帰直前の1972年、当時の琉球政府は沖縄中部東岸の金武湾に、米国資本によるCTS基地建設を許可しました。これに対し、地元漁民や住民らは73年に「金武湾を守る会」(安里清信・世話人)を結成し、粘り強い反対運動を展開しました。

この闘争は、返還される沖縄が環境問題においても、大きな問題を抱えており、ひとつひとつ解決していかねば、沖縄の美しい海や海岸線は遠からず破壊され尽くすだろうという警鐘となりました。

結局、県庁前でのハンガーストライキ、知事公舎での鎖で我が身を縛りつけての抗議も虚しく、CTSは建設されてしまいました。

それから30余年、この金武湾の環境激変を乗り越えて、漁民は漁場を建て直し、いまや日本一のモズクの養殖場となりました。それをもう一度埋め立てようとは。

喜納昌吉民主党沖縄県連会長、いや、昌吉さん。
あなたはこの反CTS闘争に当初から深く関わってきましたし、故安里清信先生とは昵懇の間柄だったはずです。昌吉さんが刑務所を出て、いままでのキャバレー経営者の金と女とドラッグ漬けの生活から、あの弾けるような「ハイサイおじさん」のよなオキナワン・ポップに転換できたのは、この「金武湾」と出会ったからではなかったのですか。

明るい潮と太陽の下で、「魚が湧く海」を守る人たちと出会えたからだと私は勝手に思っていました。今や与党県連のボスとなったあなたに、このあなた自身が作ったこの歌はどのように聞こえるのでしょうか?

 くくる(心)や忘しなよ
 なさき(情け)や忘しんなよ
 わん(我)んねーしまぐぁ(島小)
 島小、島小、島小
 忘しなよ
 ヘイ 忘しんなよ

「島小(しまぐわー)ソング」1977年

■写真 ヤフー・ジャパン・うるま市地図検索より参考のために転載

■写真 西日本新聞より。1975年10月。 沖縄県庁前でハンストに入った「金武湾を守る会」メンバー。昌吉さんもこの闘争にかかわった。

■本日、カテゴリーに「沖縄問題」を新規に作成しました。

沖縄タイムス 2010年3月20日 09時44分

米軍普天間飛行場の移設問題で、鳩山由紀夫首相と平野博文官房長官、岡田克也外相、北沢俊美防衛相らが23日に協議し、移設候補地の取りまとめを目指すことが分かった。名護市のキャンプ・シュワブ陸上案と勝連沖の浮原島と宮城島間を埋め立てる案を軸に最終調整する。これを受け米側に提示する方針で、複数案になる可能性もある。政府関係者が19日、明らかにした。

 首相は3月中に政府案を固めた上で、5月中に米側と移設先自治体の了解を取り付け決着させる意向を示してきた。だが県は県内移設に反対の姿勢を崩していない。米側はシュワブ沿岸部を埋め立てる現行計画かその修正を求めており、政府内では移設案を取りまとめても宙に浮くとの見方が出ている。

 移設先確定までの長期化を懸念し、政府内では米海兵隊訓練を航 空自衛隊の新田原基地(宮崎県新富町)や築城基地(福岡県築上町)など九州の自衛隊基地に先行して移転させる二段構えの対応も取りざたされている。

 政府内では、北沢氏がシュワブ沿岸部の陸上に約500メートルのヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)を建設する案や内陸部に1500メートル超の滑走路を造る案を支持。平野氏は、沖縄本島東岸の勝連半島沖合を埋め立てる案を中心に検討しているとされる。

 このうちヘ リパッド案は問題解決につながらない。米側は早ければ2012年に通常の離着陸に1600メートル級の滑走路が必要な垂直離着陸輸送機MV22オスプレーを配備する構えで、普天間飛行場がオスプレーの基地として継続使用される公算が大きいからだ。

 首相周辺では沖縄県の県内移設反対の強い声を踏まえ、鹿児島県の徳之島を移設先として模索する動きがあり、これも検討の対象になりそうだ。ただ徳之島に滑走路を建設した場合、沖縄県の米軍訓練場との距離が離れており、米軍の運用上の問題が指摘されている。徳之島は普天間飛行場の危険性と騒音を低減する観点から鹿児島県の馬毛島とともに、一部訓練の移転先としても検討されている。

「県外難しいが頑張る」
普天間移設で鳩山首相

 【東京】鳩山由紀夫首相は19日、米軍普天間飛行場移設問題について「県外は難しいが、県外が望ましいという県民の気持ちを大事にしたい。難しいけれども、頑張っている」と述べた。

■写真 栗の折れた祠

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春が来ました!ニホンミツバチも大忙し

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春です。文句なく春です。まこと真実の春です!

最高気温が20度になりました。もう午前の農場の庭は、在来種のニホンミツバ チが軽やかな羽音をたてています。

昨日の記事の野草の花がなにかお分かりでしたか?ホトケノザです。ホトケノザは稀にルビー色の花が発現する場合があります。うちの農場はいまやホトケノザとイヌフグリの大群落と化していますが、あのルビー色の花は稀にしか見られません。

このホトケノザにニホンミツバチが仕事に来ました。ミツバチは長い冬を完全絶食状態で、巣の中で生命活動を最小限にして、蓄えた蜜で越冬します。そして、待ち望んだ春!

樹の洞や、地上の草むらに隠れた巣から一斉に春の仕事開始です。森林地帯だと楽勝で3㎞は飛んで来ます。なにもない平坦地だと、身を隠せませんから、ぐっと短く数百メートルといったところです。

越冬でカラカラになった巣の食料庫を満タンにせねばなりません。ミツバチも大変なんです。長い「フン」という管を口から出して花の蜜を吸い出し、蜜胃にコポコポと注いでいきます。だいたい一回に25~50㎎ていどを運びます。


花粉だと10~30㎎を運ぶんですが、脇の下というのか、羽の付け根近辺にぶら下げています。たぶん飛行中のバランスがいい重心位置なのでしょう。下の写真の赤い紡錘形の小さな玉がそうです。これはなんの花粉でしょう?梅?桜?ちょっと大きすぎるような・・・。どなたかお分かりでしたらお教えください。

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1日一回だいたい10~15往復しますが、最盛期にはな~んと150回もするんだとか。見ていると面白いのは、ガサゴソと葉の裏にまわったかと思うとまたひょっこりと顔を出し、あ~でもない、こーでもないと品定めをしています。

でも、この写真のように一心に蜜を吸っている時はノーガード。私がカメラをググッと寄せても知らぬ顔。おい、ちょっとその背中あぶないぜ、オレが野鳥だったらオダブツだよ、と思ってしまいます。実際こういう時に鳥や天敵オオスズメバチになどにパックリやられることもしばしばあるとか。

昨年はミツバチが激減して大騒ぎになりました。ある種の感染症が海外から入ったと思われます。なんかこの小さなニホンミツバチを見ていると、がんばれよと言いたくなるから不思議です。

ミツバチ女王の恋は生涯ただ一回、空中で交わされます。ある晴れた日、十数メートルまで上昇した彼女を追って雄の群れが飛び立ちます。奮闘努力のかいあって、ただ一匹のみが交尾の特権を得ます。晴れた日の天空の恋というわけです。見た人によると、生涯忘れられない光景だったとか。

5月ともなると、新たな新女王蜂が誕生する時期となります。待ち望んだ分蜂(ぶんぽう)の季節が来ます。若い女王は従う家臣を引き連れて、ある日突然に新たな新天地めがけて飛び去っていきます。

ちなみにこの働きバチも雌でして、ミツバチの世界とはやたらカッコイイ女の世界なのであります。

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シー・シェパードの源流・グリーンピースの錬金術   なにが彼らを堕落させたのか?

020_2 グリーンピースは今やとてつもない巨大な団体になってしまいました。会員290万人、支部数世界41カ国、専従スタッフだけで1万人以上はいると思われます。ほとんど多国籍企業といってよいでしょう。まちがいなく世界最大の「環境保護団体」です。

十数年前の一時期、私も会員になっていたことがありました。しかし、私が疑問に感じたのは、納めた会費の使途が不明なことでした。年次会計報告が一般会員にはなされず、単なるニュースレターしか来ないのです。

私はこれは環境保護団体としてはおかしいのではないかと、再三にわたてグリーンピース・ジャパンに問い合わせたのですが、ナシのつぶてでした。私はグリーンピースという組織は、なにか人に言えないような大きな「秘密」のようなものでもあるのかしら、と当時思った記憶があります。

結論から言うと、「その人にいえない秘密」とは、80年代から滔々とグリーンピースに流れ込んだ米国財界の日本制裁の世論作りのための金ではなかったかと思うのです。

初期のグリーンピースは、1975年に「オペレーション・エイハブ」を立ち上げる時まではっきりと反核団体といっていい団体でした。その規模も小さく、今のような各国に支部を持つなどというのは夢のまた夢といった小グループだったのです。逆にいえば、本来の運動体としてまっとうだったとも言えます。

この「オペレーション・エイハブ」で、グリーンピースは年来の抗議船戦術を「進化」させました。それは、ゾディアックという強力なエンジンを搭載した大型ゴムボートを日本の捕鯨船との間に割り込ませ、接触事故を誘うというきわめて危険なものでした。

そして抗議の横断幕は、捕鯨船に対してではなく、ゴムボートを撮影しているテレビカメラに向かって掲げられました。この映像を米国のテレビ局に提供することで、グリーンピースは一躍時代の寵児に躍り出たのです。

これこそが今、シーシェパードの取っている暴力戦術の原型です。グリーンピースとシーシェパードの関係はきわめて悪く、グリーンピース自身はこれを否定しますが、言い逃れのしようもなく、非暴力直接行動の原則を逸脱するものでした。

ガンジーやルーサー・キング師、あるいはダライ・ラマ14世などの非暴力直接行動は、抗議の対象に危険を承知で「我が身を投げ出す」ことにより、敵対者をも覚醒させるという方法でした。
しかし、グリーンピースの「発明」したこの戦術は、テレビ宣伝目当ての当たり屋まがいのもので、精神の高貴さとはほど遠いものでした。そして今や、彼らの分派であったシーシェパードがグロテスクなまでに戯画化しています。

しかし、これが受けました。バカ受けしたといっていいでしょう。当時、日米経済摩擦を抱えて日本に苛立ちと不安を募らせていた米国民は、「可愛いクジラを殺す残酷なジャップ」に果敢に突撃するグリーンピースの「勇姿」に熱狂しました。

この米国民の熱狂を見て膝を打ったのが、デトロイトやピッツバーグの財界人でした。彼らはグリーンピースなどという「アカのクソガキども」には今まで目もくれませんでしたが、彼らの利用価値の大きさに初めて気がついたのでした。

それは、日本に対するバッシングの道具としてです。このようにして、80年代に巨額の献金が米国財界から流れ込み、それに応えるようにして、いっそうグリーンピースは過激に「残酷なジャップ」を襲撃するようになったのです。

1988年スーパー301条という日本制裁法案を頂点として、翌年89年には訪米した竹下首相を日米経済問題とは無関係な捕鯨反対の大規模デモで出迎え、同年1月には南極海での日本捕鯨船との衝突事故を引き起し、91年12月にも同様の妨害行動、95年2月には調査捕鯨船の第18利丸への無許可乗り込みなどの事例が頻発しました。

また、フランスからの処理済みプルトニウム移送にも、数ある原子力利用国の中で日本だけをあえて取り出すようにして抗議行動を続けています。

なぜ、彼らは日本のみを執拗にターゲットにするのでしょうか?今お話した日米関係を背景にして彼らの行動を見ると、一目瞭然ではないでしょうか。 日本のみを叩けば金になる、身も蓋もない言い方をすれば、そういうことです。同じ捕鯨国でも、ノルウエーを叩いても1セントの金にもならず、それどころかバイキングの末裔たちからは断固たる反撃が返ってくることがわかっているからです。シー・シェパードは事実、返り討ちにあっています(苦笑)。

90年代に入ると、1993年の宮沢-クリントン会談から始まる「年次改善要望書」に始まる米国の意のままにわが国を変えていく「構造改革」が始まりました。これは新会社法、新独占禁止法、新建築基準法、そして2005年の郵政改革法案の流れへと続いていきます。

これは常に日本を従属的地位につけておくためにの内政干渉まがいの介入でした。これを可能にする国際世論l作り、米国世論操作の先兵が、グリーンピースであり、シーシェパードだったのです。これは巨大なジャパン・バッシング・ビジネスでした。

このような政治的意図を持つダーティな資金提供を得て、グリーンピースは、小さな反核グループから、いまや巨大な環境保護団体へと成り上がりました。つまり、グリーンピースこそ、日本を標的にすることが金脈であることを発見し、それをビジネスモデル化した最初の環境保護団体なのです。

そして日本叩きを原資にして、いまや多国籍企業と化したグリーンピースは、本部のエグゼクティブの移動はファーストクラス、年収はウン百万ドル、泊まるホテルはスイートと噂されています。
これが、1971年9月15日、すり切れたジーンズにロングヘアーを海風になびかせて、「レンボー・ウォーリア号」で、アリューシャン核実験海域にむけての航海に向かった彼らの成れの果ての姿です。

このような堕落の過程で、オリジナルのグリーンピース・メンバーはそのほとんどが失望し、去っていきました。「グリーンピース・クロニクル」(1979年)を書いたボブ・ハンターもそのひとりでした。

そして別の意味で去ったオリジナルメンバーのひとりに、後のシーシェパードの指導者ボール・ワトソンがいました。このグリーンピースのジャパン・バッシングというビジネスモデルを携えて。

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シー・シェパードの「ベンチャー・ビジネス」と、グリーンピースはなぜ変質したのかについて

_edited1_3 先日の日曜日の夕方、ビールをのみながら日テレの「バンキシャ」というテレビを見るともなく見ていたところ、私が抱きしめてベアハッグをかけてやりたいようなシー・シェパードが登場されました。

いや面白いのなんのって、あーた。あのシーシェパードつう連中は、環境保護団体とか、動物保護団体なんて思うからおかしくなるんです。ありゃ、リッパなベンチャー企業です。

なんとなく環境団体だなんていうと、清く正しく貧しくの三重奏。家賃3万円の貧乏木造アパートの裸電球の下で夫婦でチラシを折っているというイメージがあったんですが、ちゃうねん。

シー・シェパードの西海岸のこじゃれたオフィス(←木造アパートの二階じゃありませんぜ、念のため)に行くと、広報担当がにこやかにハーイとお出迎え、ささっとオフィスデスクに並べたるはなんとこれが、「シー・シェパード・カード」!

今は南氷洋に重油汚染を残して藻屑と消えた、あのバットマンカーもどきのスタイルで日本人の苦笑を誘った「バディ・ギル号」がなんとカードになって登場。カードといってもトランプじゃありませんぜ。VISAカードとジョイントしているようなホンモノのカードです。それも何種類もあって、一枚会員が増えると彼らに何十ドルが入る仕組みだそうです。

こんなもんで驚いてはいけない。今や米国西海岸では、シー・シェパード・グッズが大売れ。Tシャッツや本、DVDなどを買うとシー・シェパードがおしゃれに戦っているのがわかります。

そして極めつけは、楽太郎が六代目円楽になった以上にビックリなテレビドラマまで放映中なのです。もはや脱力感。その名も「ホエール・ウォー」。「クジラ戦争」ですよ。

戦争というからには善悪がありますな。正義の味方は、アメコミのバットマンよろしく黒いウェットを着て、「バディ・ギル号」に打ち跨がり、パイレーツ旗をなびかせるわれらが正義のシー・シェパード!

「シーシェパード!悪い日本の捕鯨船がいるよ!助けにいかなくっちゃ!」、「待てぇ、クジラを殺す悪人どもめ!」

見ていた私、もう口元からピールがダラダラこぼれちょりましたぁ~。調査捕鯨船の人たち、お気の毒にこんなスットコドッコイのアメコミ・ヒーローと戦っていたんだぁ~。
そう言えば、彼らの行動は現実とコミックの境がなかったよなぁ。

が、しかし、これだけで彼らをあなどってはいけない。彼らは酔狂でアメコミのコスプレをしに南氷洋くんだりに行っているわけではない。彼らの懐には、過激になればなるほど、日本を標的にすればするほど資金が大量に流れ込んでくる構造があるのです。

さて1970年代、最初にこの金脈を発見したのはグリーンピースでした。
彼らの原点は反捕鯨ではなく、むしろ反核運動でした。大昔彼らは、ジョニー・ミッチェル(私、大ファンです)などのチャリティコンサートの収益で、オンボロ底引き網船を買って、ヨタヨタと、米国の核実験予定地であるアムチトカ核実験場があるアリューシャン海域に向かったのでした。
1971年9月のことです。

このオンボロの底引き網漁船フィリス・コーマック号、名を変えてグリーン・ピース1号でした。結局、途中で米国政府にとっ捕まってしまうのですが、負けじとオンボロのグリーンピース2号をゲットしヨタヨタ出かたけあげく、とうとうこのアムチカト核実験場を廃止に追い込みます。

続いてグリーンピース3号は、フランスのムルロワ環礁の核実験を阻止するために1972年、73年に現地抗議行動を続け、他人の意見を聞かないので有名なフランスをして大気圏内核実験の停止にまで追い込みました。

このような運動の結果、その報復として1985年7月、フランスDGSE(対外治安総局)によってオークランド港で爆破され、死亡者まで出しています。一国の国家組織が、環境団体の抗議船を爆破し、死傷者まで出したのです。
ようやるよフランス人、シー・シェパードは絶対にフランスにはつっかけないと思うゾ。

この何度かにわたるグリーンピースの航海に、正直、私は共感します。資金源は仲間のミュージシャンや市民からのカンパ、そしてともかくボロ船に乗り、悪天候と米国政府の妨害と逮捕されてまで、自国の核実験を止めようとしました。

しかし、どこかでグリーンピースは変質しました。
なぜ、どの時期に、いかなる理由によってかを考えると、どうしてあのアメコミ野郎の馬鹿、シー・シェパードが登場したのか分かるような気がします。

(続く)

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地域の保育所から子供手当てを考えてみよう

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3日間ばかり晴れが続きました。この春ときたら雨と雪ばかりで、もう畑も農場の敷地もグチャグチャ。雨は作業性が落ちるし、体力も消耗するだけではなく、ここまで続くと畑に入れなくなる場合もあります。

農家というのはだいたいがゴム長を履いているもんですが、この春はとうとう四六時中ゴム長生活となりました。

昨日あたり村を走ると、どの畑にもトラクターが出て必死に働いています。水田の耕起も始まっています。定植も急がねばなりません。。というのは今日が雨と予報がでていたからです。いやー、こんなにトラクターが一斉にうなっている光景も珍しいね。

さて、昨日はたまった農作業でおおわらわでお休みをいただきました。書きたいことが山積していて、せっかくはじまった地球温暖化シリーズも資料や本だけが溜まって行く一方ですし、ホームベースの農業問題でも書きたいことがあります。

しかし、今日はやはり子供手当て問題を書きます。今書かないと時期を逸します
村には保育所がひとつしかありません。いつも満杯で、待機児童もでているそうです。
私のかつての個人産直のお相手に鹿嶋市の私立保育園があります。この園長さんご夫妻とはもう、就農以来の30年ちかいおつきあいです。園長先生と、先日お話する機会がありました。

自家菜園をつくったり、手作りのお菓子や給食に心を込めて保育をしているのですが、問題は保母さん不足だそうです。保母さんがいつかないのだそうです。認可保育園は、受け入れ児童数や保母さんの保育児童割り定数、労働条件が行政によって定められています。

しかし保母さんの労働条件が必ずしも良くないので、どうしても辞めていく人が増えていきます。するとそれをカバーするためにいろいろな所にしわ寄せが行って保育の水準が思うに任せなくなるそうです。

とくにこの保育園は、給食に冷凍食品を一切つかわず、有機農産物や全粒粉の穀類などを使っておやつを作っているので大変です。保育方法や遊戯なども工夫しているために保母さんの負担が増えています。

となると、同じ労働条件ならば・・・という人も出てくるわけで、なかなか定着してもらえないそうです。そしてなにより、市内の保育所が不足しているために断らなければならない子供が増えて、園長先生の心を悩ませています。

うちの村もそうですが、せめて今の倍ほど保育所があれば、子供が断られたりすることもないし、保母さんの待遇ももっとよくしてあげられたら、、もっと質の高い保育をのびのびと受けさせてられるのになぁ、と園長先生はいつも思っていました。それほど地域では保育所不足と保母さん不足は深刻なのです。

民主党政権が提唱した「社会全体で子育てを応援していこう」という方向は期待を抱かせました。なにも親から子供を取り上げるというのではなく、地域社会がしっかりと子供が育てられる社会インフラが出来ていれば、若いお母さんたちは順番待ちせずに安心して働きに行ったりできます。
また企業内保育所などが充実していけば、出産休暇明けのお母さんも、休み時間などに自分の子供の顔を見られたり、保母さんに今日の子供の状況を説明できます。そういえば、駅中保育所の構想もあるそうです。

少子化の今、子育てをいろいろな社会セクションで少しずつ分担して支え合っていくようにしていかねばならないでしょう。

ですから、園長先生は去年民主党政権が成立した時には小躍りしました。少子化対策担当大臣に社民党の福島瑞穂さんがなったことも期待を高めました。しかしそれから半年の春はどうでしょうか。あまり民主党政権のことは話題にならなくなりました。

子供手当てが、もしこの保育所対策に充当されていたらと考えてみましょう。三重県松坂市が数字を出していますので参考になります。
松坂市の場合、子供手当てとして国から入るのは、76億円です。松坂市は人口が16.9万人、鹿嶋市は6.5万人、われらが行方市はぐっと小さく3万人といったところですから、この比率で割ってみましょう。

すると、鹿嶋市にはだいたい20億円、行方市には13億円が国から子供手当てで入る計算になります。そして保育所をひとつ開設するのに、だいたい3億円かかるそうですから、鹿嶋市ならばこの子供手当てが保育所に当てられれば7箇所、行方市でも4カ所も増えることになります。ちなみに松坂市クラスだと25カ所。
すごいですね。園長先生の願った2倍どころではない。こういう政策をしてほしかったもんです。ならば誰も税金を使っても文句を言わない。

子育てというのは地域で考えなければならない問題です。そしてそれぞれの地域で事情が大きく違います。今例にあげた松坂市は大都市のベッドタウンですし、鹿嶋は住金製鉄所を中心にした地方工場都市です。そしてわが行方は農業地帯と鹿嶋などへの通勤圏が入り組んでいます。

ならばいっそう、地域事情を知り尽くした地方自治体に使途を委ねてしまえばよかったのです。保育所の不足要求などは毎年のように地方議会では取り上げられているのですし、保母さんの待遇や、保育所の給食のあり方、それを支える地域農業まで含めて大きく考えることができたはずでした。

ところが、なにがなんでもこの夏の参院選までに通さねば、選挙で大敗をするという民主党個別の党利党略にすぎない危機感からか、まともな論議もなくあたふたと衆院を通過してしまいました。来月末には支給が開始されるのでしょう。

そして、子供手当て対象と見込まれる15歳以下児童数1735万人、そして前々回の記事でも取り上げた外国人労働者の母国の子供が推定でその1%として、10年度に給付される2.3兆円のうち、実に230億円が外国に流出していくことになります。

福島大臣、長妻大臣、もう少しまじめに地域保育を考えませんか。地域から子育て支援を練り直しませんか?あなたたちにはがっかりさせられることばかりです。

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1945年3月10日を忘れない

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東京大空襲は、まさしくジェノサイドでした。たったひと晩で10万人余の非戦闘員を殺されました。この夜、カミさんのばぁちゃんが死んでいます。実家は全焼し、骨すら見つからなかったといいます。

その夜、米軍は人口密集地帯の風上に焼夷弾を投下し、そして時間をおいて人々が逃げまどう風下を焼夷弾で遮断しました。そして逃げられないようにしたうえで、地獄の業火で包囲し10万人余を生きながらにして焼き殺しました。
これは民間人大量虐殺であり、すなわち戦争犯罪です。もはや「東京大虐殺」とよぶべきでしょう。

B29の下腹は、燃え盛る炎で血で赤く染まったようにてらてらと光って見えたそうです。

軍事物資を作る町工場が下町に散在していたと米軍は言います。そのようなことは屁理屈にすぎない。真の理由は、「畏怖と衝撃」を日本人に与えたかったからです。戦略爆撃の目的は、敵国民の抵抗する精神を打ち砕くことだからです。

「畏怖と衝撃」、この言葉はイラク戦争の緒戦における米軍の空爆に付けられた作戦名でもあります。アメリカ人は、本質においてなにひとつ変わっていないようです。

私は戦場の極限状況においての狂気をあるていどは許せます。人は自らの生の切所において、狂気に支配されやすいものだからです。
しかし、ある意味もっとも恐ろしいことは、人がボタンひとつで大量に人を殺すことができてしまう心理です。殺戮する対象を人して見なしていません。対象は照準器に写るドットの影にすぎず、もはや喜怒哀楽を伴った「人」ではないのです。

私は絶対に人として許してはならないことがあると思います。そのひとつがこの1945年3月10日の東京です。長崎より死亡者が多いのに、あまりにも知られていないのは残念です。

そして、この東京大空襲は単なる始まりでしかありませんでした。東京を壊滅に追い込んだ米軍機の群れは、東京を破壊し尽くすと、次々と日本の大都市、そして中小都市に至るまで徹底した爆撃を加えていきます。それは全国各地の万単位の虐殺でした。


この人間の行為とも思えない爆撃の指揮官はカーチス・ルメイ将軍といい、戦後日本国政府は彼を「航空自衛隊の育成に貢献した」として叙勲しました。

この3月10日、亡くなられた10万余の人々、そして私の義理の祖母の魂が安らかにあらんことを祈念します。

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捕鯨は犯罪か?

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和歌山県のイルカ漁を撮影した映画"The Cove"がアカデミー賞を受賞したそうです。私はまだ観ていませんが、太地漁協から猛烈な反発を喰っています。隠し撮りをしたり、太地の海が水銀汚染されているかのようなひどい表現をしたり、、捕獲方法が残酷であるかのような誇張した演出手法が反発を招きました。

このてのハリウッドの政治的なプロパガンダにはときおりうんざりさせられます。これが今のシー・シェパードの調査捕鯨への襲撃と一対であることは間違いありません。

私がパタゴニアへの公開質問書の第2項に、米国の先住民の沿岸捕鯨もシーシェパードは襲撃したが、それをパタゴニアは肯定するのか、と問うたのは、この和歌山の太地の伝統的沿岸捕鯨を念頭においた質問でした。まんまと一般論で逃げられましたが。

もし、これを否定するとなると、当然のこととして年間400頭ていどのイヌイットによるホッキョクグマの捕獲も否定されていくことになります。つまりは、海洋哺乳類や極圏に住む哺乳類は聖域であり、いっさい人間が触ってはならない、ということになります。

大型海洋哺乳類は、海洋で食物連鎖の頂点にいます。したがって、頭数の淘汰が自然界ではかかりにくいことになります。となるとどうなるのか、鯨類が食べる大量の食料としての食物連鎖の下位生物が減っていくことになります。

今、手元に資料がありませんが、大型鯨類の食する量は膨大なものです。その為に他の魚類の繁殖が圧迫されています。また、大型鯨類自身も食料が不足して、群れの中でストレスを溜めていくことが観察されています。

では、このような自然界の食物連鎖を正常にするにはどうしたらいいのか。一定の科学的なルールを作って人為的なコントロールをすることです。これを資源生物学と呼びます。

たとえば日本でいえば北海道のエゾジカの淘汰などがその例になります。私自身が関わった例では霞ヶ浦の外来魚ハクレンの捕獲がありました。自然界は放置することが最善ではなく、適切な人為的なコントロールによってバランスが保たれるケースもあります。

今の反捕鯨白人諸国は、いままで自らが鯨類を絶滅寸前にまで追い込んだことを都合よく忘れ、日本人にその原罪のすべてをなすり付けることで口をぬぐおうとしています。

「日本人は残酷だからイルカやクジラを食べる」、このような醜悪な政治的メッセージを発するのが、この映画やシー・シェパードです。かつて鯨の肉を食べようともせず、鯨油のみを絞ってボイと捨てて絶滅寸前に追い込んできたのは誰であろう、今、反捕鯨諸国の連中ではなかったのですか。

アメリカ人、あんたにだけは鯨のことを言われたくない。そしてオーストラリア人、タスマニアで先住民を「狩猟」し、絶滅に追い込んだあなた方にだけは言われたくはない。

一方、私たち日本人は一物全体として鯨を余すところなく食しました。肉はもちろん、サエズリといわれる舌も、果てはヒゲすらも文楽の操り糸として利用し尽くしたくらいです。
日本人は、鯨を「勇魚」(いさな)として敬って捕獲したからこそ、その生命のすべてを自らのものとする文化をつくりあげたのです。

かつて私が住んでいた沖縄の名護では、イルカが10年に一回くらい伊江島と本島の間の狭い水道に群れをなして来ることがあったそうです。その時には、市のサイレンが鳴り、市長以下住民総出でイルカ漁をしたそうです。

その晩には、市民にはたっぷりとイルカ肉が配られたのでしょう。

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民主党政権の子供手当ての仰天厚労省見解     驚愕! 外国人労働者の母国の子供にまで手当てを支給するんだって!

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民主党政権の子供手当ての驚くべき概要が、厚労省への問い合わせでわかりましたので、全文を引用します。
質問者・上西俊雄氏 回答者・厚生労働省 回答日・ 2 月 24 日

引用開始

   ■ 1. 在日外国人への子供手当ての支給は行はれるのか。その際の基準
    はあるのか。

    (回答)国内に住んで税金を納めてゐれば分け隔てなく支給されます。永住  資格者だけではなく短期滯在者(一年でも)でも支給されます。特に審査要件はありません

   ■ 2. 子供を母国に殘してゐる親にも支給されるのか。

    (回答)申請すれば支給されます。

   ■ 3. 在日外国人の養子や婚外子でも支給されるのか

    (回答)支給されます。

    ■4. 本人の子供であることをどうやって判斷するのか。

    (回答)申請書類と子供と定期的にメール等のやり取りがあれば良 い事になっています。

    ■5. 母国に子供や養子が何人いようと申請するだけで支給されるのか。

    (回答)特に人数の制限はありません。

    ■6. 例えば一夫多妻制の国民で母国に何十人の子供がいると主張する
    だけでその人数分支給されるのか。

    (回答)はい、支給されます


    ■7. ちなみに海外で滯在している日本人家族、子供を日本に残して海
    外に駐在している家族には支給されるのか。

    (回答)親が日本に住んでいませんので支給されません


    ■8. 海外駐在の日本人には支給されず在日外国人には大盤振る舞ひに
    ふるまっているがその論據は。

    (回答)鳩山總理の友愛精神です。また日本が難民条約を締結して
    いる観点からです


    ■9. 難民条約と在日外国人に子供手当てを支給することとどう関連があ
    るのか。在日中国人らは難民か。

    (回答)平成 22 年度 4 月以降はとにかく支給を優先します。  問題が多ければ平成 23 年度に支給條件の檢討を行います。(まと もに答えず)

    ■10. 国交が無く、国連からも制裁を受けてゐる北朝鮮出身の国民で
    も同様に支給されるのか。

    (回答)同様です。

   ■ 11. 在日外国人に對する支給についてなぜホームページや書面で事
    前に公表しないのか。私たちの税金の使途を事前に公表して論議す
    るのはあたりまえではないのか。

    (回答)まだ骨子の段階で正式に決まれば公表します。ご意見は賜りました。
  以上 引用終了 太字は引用者

沖縄と農業問題をのぞいて、あまり時事的なことはやらない方針なのですが、びっくりしすぎて掲載することにしました。

そもそも子供手当てとは、少子化対策が主眼で、内需をふやす景気対策もかねると聞いた気がしますが。いったい在日外国人労働者の本国の子供がどのうような意味で少子化対策と関わり合いがあるのでしょうか。

また景気対策としても、在日外国人は賃金のほとんどを母国に貯金して持って帰ります。たぶんそのまま本国に送金することでしょう。

また、日本人の外国海外滞在者に対して支給されないというのも訳がわかりません。少子化対策ならば、現に子供が日本で就学しているのですから、それに対する支援するのが本来の法の筋なはずです。

それを「メール一本の証明でいい」などという証明ともいえない簡略化された方法で、在日外国人労働者の母国の子供にまで支給するに至っては唖然とします。たぶん悪質な偽装や、虚偽申請が膨大な数でるでしょう。

在日外国人には手厚く、海外の日本人には厳しくでは逆差別ではないですか。

しかしなんともかとも、移民1千万人受け入れを検討している民主党らしさにあふれた仰天の政府方針であります。厚労省に言わせれば、難民条約が根拠だそうですが、いつから外国人労働者は「難民」になったのでしょうか?国籍を持たない外国人労働者の母国の子供にまで手当てを支給する国など、たぶん世界広しといえどありえないと思います。

これで民主党構想どおり、1千万人の外国人が移住してきた場合、いったいどれだけの子供手当てをバラまくとになるのでしょうか。
今でさえ防衛予算を凌ぐといわれる巨額な子供手当て。もう考えただけで目かクラクラしてきます。まさにどぶに税金を捨てるとはこのことです。

今年納めた私たちの税金からこのような使われ方をするわけですから、もう私、あんまりバカバカしいので、民主党に緊急入党して、税金を払わないことにしよう!

■追記 自分で記事にしておいて、あまりのすごさに私自身、ホントかよという気分でしたが、産経ウェブで記事がアップされていました。自民党も国会で質問しているようです。http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100310/plt1003101648003-n2.htm

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パタゴニア日本支社の2回目回答全文

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私の公開質問に対する日本支社の回答です。お約束どおり無編集で掲載します。

ご返信いただきありがとうございます。
さて、この度ご質問いただいた内容について以下の通り回答させていた
だきます。

①について:
Sea Shepherd Conservation Societyに限らず、いかなる助成先につい
ても助成に至った経緯の詳細については公開しておりません。

②について:
弊社は、生物の多様性の保全は自然が本来持っている習性を通じて
生物同士が互いに複雑な相互作用を取り持つ豊かな生態系の保護、
回復を通じて達成できると考えています。こうした視点から南氷洋に
おける調査捕鯨について反対の立場をとっています。この点以外に
捕鯨に関する見解はありません。

なお、弊社では「生物の多様性」以外にも、「代替エネルギー」「森林」
「資源搾取」「社会啓蒙活動」「持続可能な農業」「有害物質/核問題」
「水域/海洋」の各分野で活動する団体を支援しております。助成ガイ
ドラインについて詳しくは下記サイトをご参照ください。


http://www.patagonia.com/web/jp/patagonia.go?assetid=6517

③について:
「シーシェパードに行った「助成金」は桁がまったく違うはずです。」という
貴殿の推測に対して実際に行なった助成実績をお伝えいたしました。
ご理解いただければ幸いです。

なお、お客様の問い合わせに対しては個々にできる限り対応するよう努力
しておりますが、貴殿によるネット上への公開は弊社の意図するところでは
ありませんので、公開前提のご質問への対応はこれをもって終了させてい
ただきますことをご了承ください。


早々

パタゴニア日本支社
担当者名

なお、私の質問とは要約すれば、以下です。

■(1)1993年に最初のパタゴニア社からの援助がシー・シェパードに出されています。しかしその前年の1992年にシー・シェバードは最初の大規模なテロをノルウエーの捕鯨船にかけています。
そしてパタゴニアからの「環境助成金」が支給された翌年の1994年にも再度の襲撃をしかけており、そのことにより、ポール・ワトソンは1997年7月にノルウエーで120日間の禁固刑の実刑に服しています。
となると、パタゴニア社は、当然この1年前のこの禁固刑を受けるシー・シェパードの襲撃事件を知った上でこの「環境助成金プログラム」を出したことになります。
またそれ以降も、いっそうエスカレートする一方のシー・シェパードに対して2007年に3度目の支援金を支給しています。
このような事件の時系列を見ると、パタゴニアは当初から明らかにシー・シェパードが、穏健な動物保護運動から逸脱をしているのを知っていながら、「環境助成金プログラム」を与えたということになります。
彼らの暴力性、反社会性を当初から知り得る立場にありながら、なぜ1993年から2007年に至る支援を継続したのかの理由を問うています。
これに対するパタゴニアの答えは回答拒否です。

■(2)先住民族生存捕鯨についての質問です。シー・シェパードは1998年に米国先住民マカ族の伝統的沿岸捕鯨を襲撃しました。
パタゴニアは今回の回答で、南氷洋の捕鯨については言及していますが、伝統的な先住民族の沿岸捕鯨についての私の質問をはぐらかしています。
私が問うているのは、捕鯨反対というひとくくりで、南氷洋捕鯨と、先住民族の伝統的な沿岸捕鯨を同一視できないであろうという趣旨でしたが、念仏のような硬直した回答しかもらえませんでした。
■(3)私はパタゴニアがシー・シェパードに支援した「額」や「年度」そのものではなく、シー・シェパードがグリンピースから除名された反社会的な小組織から、今や隠れもない世界最大にして最凶の環境テロリスト団体にまで成長させてしまったパタゴニアの社会的道義性を問うています。
パタゴニアはこれについても「額」を繰り返すのみで、誠意ある回答はありませんでした。このようなおざなの回答で「ご理解いただけ」たら奇跡というべきでしょう。
■そして「ネット上の回答はできない」という理由で、以後の対話を拒絶いたしました。
それ以降、パタゴニアからの連絡はありません。
以上、ご報告まで。

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パタゴニアとコンシューマーの環境支援をめぐる「1%」の権利とは

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こんにちは、パタゴニア日本支社様。
昨日、私はいつもは見ない「パタゴニア・シーシェパード」で検索をかけて見ました。
なるほど、状況がわかりました。これは大変ですね。

検索上位のブログを見ましたが、こりゃひどい。何も調べていない、ただ「愛国心」の発露の場と勘違いしてブログという街宣車の上でガナっているだけです。彼らはパタゴニア(支援者)→シーシェパード(実行者)という狭い狭い回路でしかとらえていません。「パタゴニアは日本から出て行け」、ということを言う人までいたのにはびっくりしました。

いやこんなところに、あんな公開質問状を送ってすいません。私の内容が他の連中と違うことはご理解いただけているのでしょうか?私は、パタゴニアがしっかりと主張すべきだと思っています。南氷洋の捕鯨は間違っていると、今はシーシェパードに「支援」もしていないし、今後もその予定はない、と。

では、なぜシーシェパードに対する「今後の支援はない」のか、そこを聞きたいのです。つまり、シーシェパードとの長い縁を切ったわけですから、「なぜ切ったのか?」を聞く権利は、購買行為に対して1%の寄付した消費者にもあるんじゃありませんか?

1%を環境活動に寄付するということをコンシュマーに言ってしまった以上、それに対する説明をせにゃならんでしょう。つまりその1%はコンシュマーがその分高く買っているわけで、私が着ているパタゴニアのダウンパーカーがたしか2万5千円だったけな、じゃあうち250円は環境助成に行くわけです。
ならば、コンシュマーは等しく、その「1%」の使途と、その理由を聞く一種の権利を有してしまうわけです。だから、私は「1%の権利」を行使しているつもりです。

これはパタゴニアを「買う」という行為を通して、環境保護運動に「参加」できるというすばらしい仕組みでした。これは単なるスポーツウェアを「買う」消費行為でしかなかってものを、それを超えて、たとえば自分が着ているものがオーガニックであるとすれば、地球環境にとって自分が「着る」ことがどういうインパクトを地球に与えるのかを問い続けるきっかけとして商品がある、というわけです。

この新しい商品-消費スタイルを作ったのは他ならぬパタゴニアです。

それを
> Sea Shepherd Conservation Societyに限らず、いかなる助成先につい ても助成に至った経緯の詳細については公開しておりません。

パタゴニア日本支社様、もう一度自分で書いたものを読んでみなさい。パタゴニアも歳をとったな、これが私の今の正直な気分です。 いつからパタゴニアは「普通の会社」になったのでしょうね。

私がブログで公開しますと申し出たのは、パタゴニアの主張を述べるひとつの機会になればと思ったからです。それをまさに日本的企業の内向き論理よろしく、回答拒否とは思いもよりませんでした。

なにか打開の助けになりたいというのが私の偽らざる気持ちです。たとえば、立場を離れた私信の交換みたいな形ででも私のブログでできればと思います。頂戴したような通り一遍の公式見解などなんの意味もありません。それはかえって貴社の立場を悪くします。

私の気持ちをお分かりいただければ幸いです。

濱田拝

■いろいろあって中断しておりますが、地球温暖化のデータ疑惑問題は、資料類も揃ってきており、継続して取り上げます。しばしお待ちを。

■パタゴニア日本支社からの再回答は3月9日にもらいました。内容的には・・・なんともかとも・・・私が持っていたパタゴニアに対する好意を完全に否定するような内容でした。
要するに回答拒否と今後の討論の一方的打ち切りの宣告です。機会があれば掲載してもいいのですが、あんまり無内容でひどいので、かえって考えてしまいました。アップするかはちょっと考えます。本記事はそれに対するアンサーです。

■写真 わが農場で最初に咲いた水仙。

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普天間の跡地には海上自衛隊が移駐か?      大山鳴動、新しい基地が増えただけ?!

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普天間基地の移転先iついては、近来稀なる右往左往ぶりで、当の仲井真沖縄県知事にも「日替わり定食のようだ」と呆れられているようです。


ではそれが、民主党政権が狙うようにキャンプ・シュアブ陸上部になろうと、嘉手納統合案になろうと(社民党にはお気の毒ですが、民主党にとってグアム案は初めから考慮の外でしたが)、いずれにせよ普天間の跡地利用を検討せねばならない段階に来ています。

地元の宜野湾市などは、当然のこととして普天間基地跡地利用基本方針案などを策定していたようです。地元自治体案は下記をご覧ください。http://www.pref.okinawa.jp/kichiatochi/pc-kekka.htm

ショッピングモール、アミューズメント施設、居酒屋、レストランなどといった北谷(ちゃたん)のようなイメージか、地の利を生かしての公共施設群を配した新副都心計画といったところでしょう。

このような計画がでてくる背景は、普天間の位置が絶妙だからです。私は名護の山の中に住んでいましたが、那覇までは1時間半は掛かりました。名護市内から高速に乗っても30分短縮できるかどうかといったところでしょう。

それに対して普天間のある宜野湾は、那覇地域の外縁部にあり、完全な通勤圏です。沖縄中部と南部を結ぶような位置ですから、非常にアクセスの便がいいのです。

普天間基地問題というと「米軍機に怯える周辺住民」といった報道のされ方をしますが、沖縄県民だった私から見れば半分は正しく、半分はズレています。普天間基地のあたりが通勤圏住宅地としてよくなければ、あんなに住宅地が基地のフェンスぎりぎりまで密集してしまうわけがありません。

で、この普天間基地がどーんと更地になるとなるとすれば、沖縄中の不動産屋が血マナコになるでしょうね。そこに行政基本方針のようにアミューズメント施設でも出来ようものなら、北谷と張り合う一大観光スポットができるわけですから。中部地域経済の新たな起爆剤たりえます。

ところが、これを知ってか知らずか、民主党政権は地元が真っ青になる案を練っていたのがわかりました。

複数の政府関係者によると、普天間飛行場について平成26年を目標にする代替施設完成後も閉鎖せずに、防衛省・自衛隊の管理下に置くことで滑走路を使用可能にしておく方策が検討されている。

 また、自衛隊が使用している那覇空港は民間機との共用空港のため手狭になっていることなどから、同空港から海上自衛隊のP3C哨戒機部隊などを普天間に移駐させる案も浮上している。政府は現在、現行案の米軍キャンプ・シュアブ(同県名護市)沿岸部ではなく、内陸部に移設することを軸に最終調整を進めている。1500メートル規模の滑走路を建設する案や、500メートル級のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)を建設することが検討されている。併せて県内外の離島などに訓練を移転させる考えだ。

 ただ、現在の普天間飛行場には緊急時の航空機受け入れ機能があり、離着陸帯などでは代替機能が果たせない可能性がある。このため政府関係者は「米軍のプレゼンスを保つためにも、防衛省が管理し、緊急時に使えるようにしておくことが大事だ」としている

 もっとも平成18年に日米合意した在日米軍再編のロードマップ(行程表)に基づく普天間飛行場の全面返還をにらんで、地元では跡地利用などの協議が進められている。しかも、ロードマップには普天間移設にあたり、航空自衛隊新田原(にゅうたばる)基地(宮崎県)と築城(ついき)基地((福岡県)への緊急時使用機能の移転が明記されている。返還後も国が管理することになると周辺住民の反発が強まりそうだ。
産経ウェブ 
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100306/plc1003060200000-n1.htm

民主党政権案は、自民党時代のロードマップにあった「緊急時使用飛行場」は、九州の新田原、築城へと移転するとあったことも覆そうとしているようです。つまりどうなるかと言うと、普天間は飛行場機能をそのままにして、緊急時使用のための補助飛行場として残すということです。

そして単にコンクリートの滑走路だけ残すだけでは勿体ないですから、那覇空港で民間航空機とひしめきあっている海上自衛隊のP3C部隊を移転させる、という案です。

となると、基地という側面から見ると、民主党政権は米軍のためにおニューの基地を巨額の税金を使って作ってやり、そして元の普天間基地はそのまま航空基地として使用し続けるということになります。

要するに、大山鳴動して基地がひとつ増えただけ、と。このようなことを、沖縄語ではあきさみよ~と言います。

■「あきさみよ」とは直訳すれば、「あきれたもんだ」ていどの脱力感と亜熱帯的諦観あふれる沖縄語。本土語だと「あれあれ」に近いかも。
勢いよく「あっしゃびよー!」と言う場合は、脱力感に憤りも含有しているかもしれません。この場合「あ」の頭にアクセント。照屋林賢、ことテルリンなどは「あきさびらん」などと言ってます。

■写真 早春の村の夕暮れ。手前の水田はれんこんです。

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前回記事のCO2滞留時間についての訂正

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前回の記事の以下の部分を、現役物理学者nytola様のご教示により訂正いたします。私が間違えたのは以下の部分です。

「 このCO2が自然界に吸収されるまでの期間を、「滞留時間」と呼びますが、これを最短の5年間ととると、モロに人間の活動によるという証明となります。一方、200年ととると、真逆に人間の活動とはなんの関係もないということになってしまいます」

私は、自然界に放出されたCO2が過去からの蓄積でだーっと積もり積もっているともんだと思っていたのです。たとえばCO2・200年間分みたいなイメージです。


しかし、、CO2は無限に蓄積されるものではなく、CO2濃度が増えたとしても、海洋や森林の自然界の吸収も同時に増えていき、だいたい5年~15年くらいで吸収されてしまいます。
その計算式については、日本物理学会の3頁目にあります。http://env01.cool.ne.jp/global_warming/report/ikirusuugakumath.pdf

このCO2の増加は実は100年のスパンで続いており、この5~15年間で自然界に吸収されてしまうとなると、今のCO2増加分は人為的な人間活動によるものとはいえなくなります。
つまり、なんらかの原因による温暖化の結果、CO2が増加したわけです。たしかにこのCO2の滞留時間問題は、地球温暖化を解くひとつ重要な指標、パラメーターであることは間違いありません。

以上、CO2滞留時間で真逆な記事を書いたことに関してお詫びして訂正いたします。しかし、私の結論部分はいささかも変化しましせん。

確かにCO2は増えています。しかし、それはCO2の増大によって温暖化したのではなく、原因と結果が逆だとしたらどうでしょうか。CO2は自然界で短期間で吸収されてしまい、むしろ自然界起源の温暖化の結果として増大したとしたらどうでしょうか。

世の中の常識が違って見えませんか?

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CO2は地球温暖化の真犯人なのか!?

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葦原微風様ありがとうございます。CO2の問題は、いずれ集中的にシリーズを作ってやらざるを得ないと思っています。間違いなく、この地球温暖化問題の核心部分ですから
今日は気温データ改竄をやろうと思っていたのですが、急遽このCO2問題を考えてみることにしました。題して、「緊急特番! CO2は地球温暖化のホンボシなのか!?」

さて、CO2が海洋や植物に吸い込まれることを、自然界の緩衝作用といいますが、いったいどのくらいの時間かかって吸い込まれているのかも大事なポイントです。

というのは、海洋や植物に吸収されるまでに長い時間がかかるのです。つまりですね、今この世界にあるCO2は、ただいま現在のものではなく、過去に由来して蓄積しているのです。
この蓄積期間にも説がいろいろとあるようですが、最短で5年間、長いもので200年間という学者もいるそうです。

このCO2が自然界に吸収されるまでの期間を、「滞留時間」と呼びますが、これを最短の5年間ととると、モロに人間の活動によるという証明となります。一方、200年ととると、真逆に人間の活動とはなんの関係もないということになってしまいます。

では、5年~15年間の短期滞留期間説を取るとすれば、CO2が気温上昇の疑惑の真犯人扱いですから、思い出されるのが、CO2と気温上昇がパラレルで上昇するという、あのホッケースティック曲線です。_edited

このマイクル・マンが作って一世を風靡したホッケースティック曲線は、IPCCが最大の地球温暖化の根拠とした資料でした。ちなみにこれを採用したのは、彼の盟友であり、クライメイトゲート事件の主役であるCRSのフィル・ジョーンズ教授です。

しかしあいにくと、このホッケースティック曲線には大きな誤りがありました。最大の誤りは、19世紀以前の気温をほぼ一定だとしてしまったことです。これでは10C~14Cの中世温暖期は無視され、19世紀の小氷河期もなかったことになってしまいます。

また、このホッケースティック曲線が衝撃を与えた20世紀からの極端な気温上昇の中にも、下図のように1940年から1980年まで続いた「寒冷期」が存在します。
そういえば思い出しました。1970年当時の世界の気象学会はどんな警鐘を鳴らしていたのでしょうか。「来る小氷河期に備えよ!」でしたっけね(苦笑)。そのわずか20年後に真逆ですか、まさに「君子ハ豹変ス」の見本ですな。

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それはさておき、上の地球の気温変化グラフに、下図のCO2の排出量グラフを 重ねてみましょう。1940年~1980年にかけて、大気中のCO2濃度に低下が見られたのでしょうか、下図をご覧ください。

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一目瞭然ですね。1940年のCO2排出量は50億トン弱、1980年には180億トン弱、つまり3.6倍になっているにもかかわらず、実際には寒冷期が来ているのです。
これをどのように、CO2の増大が地球の気温上昇につながったと整合性をもって説明するのでしょうか。

CO2は、葦原微風さんがおっしゃるように20世紀以前にも大量に存在しました。たとえば、日本の古代縄文期、古代ローマ時代、そして中世など、人類がこの地球上に現れてからもなんどとなくその増大をみました。現在のCO2濃度以上の時などザラなほどです。

ではCO2増大と気温上昇には相関関係があるのでしょうか?そう、確かにあるにはあります。ただし、一般に流布されているように「CO2増大によって気温上昇が起きた」のではなく、その真逆のプロセスによって、ですが。

今日はやたらグラフが多いですが、ご勘弁を。それでは次の図をご覧ください。

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上図の破線がCO2です。実線が気温です。一見パラレルですが、よく見ると面白いことに気がつきませんか。そうです、CO2の増大は気温上昇した「後」に発現していることが分かります。

この現象はちょうどサイダーを温めるとブクブクと炭酸の泡が出てくるように、海水面の温度上昇により海水に含まれていたCO2が空気中に放出されるからです。nytola 様に教えていただいたことによれば、現在の気温ですとCO2放出が支配的ですが、0.6℃C低下するとCO2濃度の上昇は止まるとのことです。

ついでにつけ加えれば、CO2は自然界からも放出されており、人間活動由来なのは、そのうちたかだか3%しかないそうです

このように考えると、私のようなシロートが素直に考えれば、大気中の質量比0.054%にすぎないCO2が、その6倍もの0.330%の質量比をもち、5.3倍の温暖化効果をもつ水蒸気より温暖化効果があるというのは不自然ではないでしょうか。

なんらかの原因で地球が温暖化した結果、海水温が上昇し膨大な水蒸気が発生し、それに伴ってCO2も放出されたと考えるのが素直だと思われます。

また、そのCO2排出量のわずか3%ていどしか人間由来でないとすれば、人間活動由来のCO2「こそ」が地球温暖化の主犯であると決めつけるのは、あまりに飛躍がありすぎるように思えます。

■追記
 nytola様、現役の物理学者のご教示はほんとうにありがたいの一言です。「nytolaの日記」
http://d.hatena.ne.jp/nytola/20100228/1267399494は教えられることばかりでした。本日の記事にも表示こそいたしませんでしたが、お教えいただいたことを反映させていただいております。誤読でなければいいと願うばかりです。
今後も、大いに勉強させて頂きます。多々間違いがあると思われますが、遠慮なくご指摘いただければ幸いです。

わけのわからない人に殴り込みをかけられるのはいやですが、反面このような科学の最前線の知見をダイレクトに接するさとができるのも、このブログ世界の醍醐味だとつくづく思いました。

■写真 不気味な朝焼けの風景。

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地球温暖化の気象データ改竄疑惑 第2回          地球温暖化説の心臓部を指し貫く事件

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私の地球温暖化CO2説検証の旅は、大きな山をぐるぐると迂回しながら、時折道を間違えたりしながら登って縦走のようなものです。この山登りの出発点は、ゆっきんママさんという私の敬愛するブログ仲間の「ツバルはほんとうに海面上昇のせいで沈んでいっているのか?」という疑問を、私が引き取って調べ始めたことから始まりました。

関心がおありの方は過去記事の「ツバルと海面上昇の謎」をご覧下さい。そのうち再アップしてもいいかなとも思っています。あれを書いたのが、2008年8月ですから、思えば遠くに来たもんだぁ~♩
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/2-b7a4.htm

2008年という地球温暖化説全盛の頃にスタートした「地球温暖化について考えてみよう」シリーズは、このツバルから始まり、北極海の氷河の後退、海水面の上昇、そしてホッキョクグマの絶滅危惧問題を調べてきました。
そして、ホッキョクグマを調べ終わっての私の素朴な感想は、「どうしてこう地球温暖化論者はウソばかり言うのだろうか」というため息に似たものでした。

地球温暖化論者はこう言います。
いわく、ツバルは先進工業国のCO2排出のためにおきた海面上昇で沈没の危機にある、いわく、温暖化現象による海水面上昇によってバングラディシュは国土が沈み、東京もまたほとんど全域が沈没する。オランダの国土は温暖化により55%が既に海抜ゼロになっている、


いわく、北極は後退し続け、
そこに住むホッキョクグマは絶滅寸前の危機に瀕している、ヒマラヤの氷河は2035年までに消滅し、キリマンジェロの冠雪は毎年溶けている。

いわく、アマゾンの熱帯雨林はこのままだと40%消滅し、アフリカの農業も生産は20年後に半減する、いわく、北米大陸を襲う巨大ハリケーンは温暖化が原因である。
・・・・そのほか黙示録的災厄がゲップが出るほどどっさり。

では、かつて朝日新聞がしたり顔で「「科学者がこれほど強いメッセージを国際政治に送ったことがあろうか」(2007年11月24日)とまで激賞し、ノーベル平和賞まで受賞したIPCCの第4次評価報告書が、わずか3年の間にどのようになっているのでしょうか?

既にIPCCは、その「予言」のうちアマゾンの熱帯雨林、アフリカの農業生産、ヒマラヤの氷河後退、そしてオランダの沈下について自ら、「科学的根拠はなかった」、「ミスだった」と認めざるを得なくなっています。

残りの北極における氷河後退、ホッキョクグマの絶滅危惧、ツバルの沈下、キリマンジェロの冠雪後退などに関しても、現地で観測する科学者たちから異論が多数出ており、撤回する日は遠くないでしょう。

IPCCとアル・ゴア氏の栄光のノーベル賞からわずか3年間。そしてとどめのようにしてクライメイトゲート事件が持ち上がりました。このクライメイトゲート事件は、単なるフィル・ジョーンズ教授の処遇(後にCRUの所長解任)にとどまらず、地球規模の気象観測テータを一手に握ってきた英国CRUと米国NOAAという二大組織の原データ改竄疑惑にまで発展しました。

これはどのような意味を持つのか言うまでもないことです。それは地球温暖化説の科学的根拠である気象原データが何者かによって捏造されていたということを指します。

それゆえ、これは文字通り地球温暖化説の心臓部を指し貫く事件なのです。


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地球温暖化の気象データ改竄疑惑 第1回 大本の気象データまでがフェイクだった!?

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nytolaの日記様から情報提供を頂きました。ありがとうございます。頂戴した新情報を何回かにわたって報告します。なお、氏は米国研究機関に属する科学者です。http://d.hatena.ne.jp/nytola/20100228/1267399494

私は旧ログで何回かにわたって「クライムゲート事件」を特集しました。私のブログのカテゴリーから「環境問題」に入って検索ください。この事件の概要は、IPCCの総本山とでも言うべきイースト・アングリア大学のCRU(気象リサーチ・ユニット)から、大量にデーターやメール類が流出した事件です。

その中には、IPCCの評価報告書の気象変動の執筆者であるフィル・ジョーンズ教授のものが含まれていたために大騒ぎになりました。内容はおどろくべきことには、教授たちが気象データを、温暖化説にとって都合よく改竄していたというものでした。
そして更にタチの悪いことには、学会誌「クライメイト・リサーチ」誌を牛耳り、地球温暖化に疑問を持つ研究者の査読を妨害し、あたかも気象学会において異論がないかのようにしていました。

これが暴露されたことにより、IPCCは、果たして正しい気象データーを提供しているのか、改竄してはしないか、という根本的な疑惑が浮上しました。これがCOP15の直前に暴露されたこともあり、会議は紛糾したまま閉会となったことは記憶に新しいことです。

ここまでは既報ですが、これに提供頂いた情報を付け加えて行きたいと思います。まず、発端となったイースト・アングリア大学のハリー氏メールのたまげたような叫びをお聞きください。彼はプログラマーで、データーをインプットする途中でとんでもないことに気がついてしまったようです。

何てこった!(CRUの)データーベースには何百というダミーの(気象観測)ステーションが登録されている。しかも同じステーションのデータがあちこちに何度もコピーされている。こいつは糞ったれだ!” (nytola氏の邦訳による)http://www.anenglishmanscastle.com/HARRY_READ_ME.txt

そしてこのハリー氏(たぶん学生と思われます)がプログラミングしていた気象観測データを提供していた出所のひとつが、アメリカ海洋大気圏局(NOAA)という世界最大の気象観測機関だったことから、いっそう事は重大になってきます。

つまりこのハリー氏は、NOAAが偽物の気象観測ステーションを登録したり、同じ観測ステーションのデータをコピーして使い回ししたりしている改竄疑惑を知ってしまったことになります。

NOAAは、米国のみならず、世界各地に気象観測ステーションを持っており、地球規模の気象観測データを収拾していました。このデータが改竄されているおり、おおかつ、それを下に気象変動を分析していたイギリスのCRUが更に地球温暖化説を証明するために、データを切り刻んでいたとするのならば、これらを根拠として書かれたIPCCの評価報告書にある地球規模の気象変動とはいったい何だったのか、です。

次回で、NOAAの気象データ改竄疑惑に迫ります 

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白と黒、モノトーンの朝

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毎日、毎日、昨日は嵐、今日はみぞれにたたられています。私の家業は、夜中に屋根を叩く雨の音がすると寝床でああ~とため息が出て、それが止んで静かになっても安心はできないんですな。だって雪だったりするんですから。

さて、農作業さえかんがえなければ、雪の早朝は壮麗です。今年の初雪の時は、5時くらいから撮りまくりました。上の写真はたぶん何度目かの雪の朝7時くらいでしょう。ちょうどこの画面の奥のほうが真東ですので、もう太陽は森の稜線から離れて低い角度がら農場を照らしています。

この低い角度から射す朝日というのがことのほか美しいのです。太陽はまだ若く、頼りなげでありながら強い光線を放ちます。樹木の間を抜けて差し込む光線の作り出す強い陰影はこの世のものとも思えない。

あるいは垂れ込めた絨毯のような雲間の一点の切れ目から射す太陽などには息を呑みます。一種宗教的な感情に襲われるほどです。なるほど、あの垂れ込めた雲の彼方に天界があるのか、と。救いがあるのか、と。

現実世界で強いコントラストを発見することはなかなかないことです。また、モノトーンの世界もなかなか見ることができません。いわば非日常なのです。カラーの世界は説明的で退屈ですらあります。
ですから、雪の朝の強い朝日に照らし出された白と黒、暗と明、陰と陽のハイライトの世界を貴重なものとしてみることが出来ます。

そう思うと、この頃の映画の色調の独特の暗い色彩設計の傾向が分かる気がします。昔と違って照明ワークだけではなく、デジタル処理が簡単に出来るというのもあるでしょうが、あえて鮮明な色彩を排除し、時には粒子を粗くしたりさえします。

たぶん人は、白と黒、そしてその階調の狭間に、自分の想像力を込めてしまう生き物なんでしょう。

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