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有機農業支援・また一からの旅の開始 第1回 有機農業推進法ができるまで

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気が抜けてしまいました。いえね、有機農業支援予算を取らないと決まったら、なんかがっくりきました。財政的にどーたらということではなく、また一からこの長い道のりを出直しかといった気分です。

先日書店で見るともなく「アエラ」なんぞをペラペラはぐっていたらあの有機農業界の宿敵、レンポー女史が人物ルポで載っているのに出くわしました。思わず、カーペっと唾でも吐いてやろうかと思ったのですが、まだ買ってなかった。

斜め読みしたら、彼女もあの宗教裁判長をしたときには、拒食症になったそうな。まぁあの有機農業支援予算の時には眼もうつろ、肌はカサカサだったもんな。それなりにすさまじい重圧だったんでしょう。

ちっとも同情しないけど。だって目も虚ろな奴に切られたくはない。切られて血を流したのはこちらだ。

このチョウチン記事には彼女のおかげで涙を呑んだ人たちのことは一行も出てきません。「有機農業」の「ゆ」の字もなし。新聞にもスパコンばかりで、有機農業支援が切られたなんてちっとも報道されなかったので、彼女の脳裏からも完全に消えているのでしょうかね。というよりも、彼女にとって有機農業はおろか、農業の知識や思いのひとかけらもなかったと思います。加害者は常にそんなもんです。

さて、この切られた予算の前提であった有機農業推進法を作り上げるまで大変な努力が注がれました。そもそも「エコ」の声は世間に満ち満ちているものの、現実に環境と農業の接点にいる有機農業に対しての支援は、今に至るまでまったくありませんでした。

このような遅れた現状ではまずいと、国にしっかりとした有機農業に対する指針をつくらせるべきだとして、有機農業者や学識経験者、有機流通団体、そして少数の議員がが立ち上がりました。

しかし悲劇的なことには、国に有機農業の支援を要求していく運動の過程で、大きな内部亀裂が生まれました。それはおおざっぱに言って、個人の小規模営農をする農家と、それなりの規模をもった法人経営、あるいはJAの有機部会などとの体質の差に起因します。

長い間、在野で活動をすることを余儀なくされた有機農業の世界は、仲間が横につながっていくことを苦手としている体質をもっていました。お恥ずかしい話ですが、同じ町の有機農家とも交流をしたことがないというのも珍しくなかったのです。実を言うと今でもわが地域はそうです。率直に言って、私たちの有機農業界は他の農業分野よりも「つながる」、「拡がる」という点で大きくたち遅れていたのです。

この分裂を抱えながら、2004年に国会の全会一致で有機農業推進法の制定をみます。奇跡のような成立でした。しかし案件の狭間で、与野党の審議もないままに通過したというのが実態でした。

この法律は問題点を多数持って生まれました。まず、5年間という時限立法であり、また、地方自治体に推進法の成立を求めるという内容だったために、具体性を大きく欠いた議員立法だったからです。

具体的な予算措置もなく、具体的な行政のアクション・プログラムもない、総論賛成的な法律だったのです。そのために現実には、各地の有機農業者が、こんどは各自治体を相手に具体的な支援法を作れという要請行動をせねばならないという二重底のような構造になっていたのでした。

つまるところ、実体的内容は各地の有機農業者が自分で作れと、国から投げ返されるという実に奇怪な支援法だったのです。今になって考えてみれば、こんな無責任な法律ってありでしょうかね?

(続く)

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