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宮崎口蹄疫事件 その19  川南町の教訓・集中と集積の価値を疑う時期が来ている

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今まで私たちを心配させてきたエース級の種牛5頭の検査が陰性と分かりました。FAOも言っているとおり、「この段階で貴重な種を残しておくことの重要性」が保持されたことは嬉しいかぎりです。

今まで私は種牛問題に関して発言しなかったのは、簡単に白黒をつけられない問題だと思ってきたからです。ネットで署名運動まで始まった時は、なんと言っていいのやらという気分でした。

このパンデミックという段階まで来ると、エース級種牛だろうと例外はありえないからです。また、このような種牛が存亡の危機にさらされた原因は後に総括するとして、今の段階で感染拡大を止めるために何が有効なのかを最優先されねばなりません。

私には種牛助命嘆願運動には、情に流されて大状況を見ていない危惧を感じていました。しかし一方、「宮崎がんばれ」の熱い気持ちで種牛助命を叫ぶ心理も充分に理解できますので、あえて水を差すようなことは言いたくなかったのです。ですから、ひとまずこのような形で終息しつつあることを心から歓迎します。

さて、川南町がパンデミックの爆心地であることは、発生件数の数からもわかります。6月5日現在274件発生していますが、川南町192件、次いで都農市29件、高鍋町が24件、新富町16件、西都市5件、木城市4件、えびの市4件です。

えびの市を除く発生地域は児湯郡であり、そして70%が川南町で占められています。この川南町の特殊性がふたつあることを前回指摘しました。ひとつは「畜産の町」、いいかえれば畜産基地であること。今ひとつは、それが可能だったのは「日本3大開拓の村」だったからです。

私は5年前の茨城トリインフルエンザ事件の時の爆心地がふたつあったことを思い出します。ひとつは第1例を出した水海道市であり、もうひとつは真の発生原因を作った小川市(現小美玉市)です。

このふたつの地域は養鶏全国第1位の茨城県養鶏業のまさに心臓部でした。かねてから、ここに伝染病が侵入したらどえらいことになると家保関係者がささやきあっていた、まさにそのハートランドでメガトン級ウイルスミサイルが爆発したわけです。

このふたつの地域は同じ畜産基地でもやや性格を異にしていました。水海道市は中小の養鶏業者がひしめき合う地域であり、小川市は世界的な大規模養鶏企業のイセ・ファームが展開している地域でした。後の調査による疫学伝播図によれば、後者の小川町から出たウイルスが、なにかしらの形で前者の初発第1例農場に持ち込まれ、そこから感染爆発したと推測されました。

では、このふたつの地域を結ぶのはなんだったのでしょうか?それは廃鶏です。卵を産んで一定期間たった鶏は、廃鶏とし処分業者に下ろされ、それを強制換羽という技術を用いて再度利用するシステムが養鶏業にはあります。消費者には目に触れない裏街道のようなものです。この裏街道の受け皿農場が水海道にあったのです。

この水海道市の裏街道受け皿のF農場にトリインフルエンザ・H5N2型ウイルスを持った廃鶏が持ち込まれ、そこで他の鶏に感染拡大し、そして隣接する養鶏場に飛び火し、更にまた分岐して複数箇所に飛び火するしていく鼠算的連鎖が始まったのです

この水海道市は養鶏団地として計画的に作られており、一カ所の狭い地域に中小の養鶏業が林立していました。まさに道隔てて隣に別な養鶏場があるという風景です。

これは行政の「迷惑施設」を一カ所に集中させて養鶏コロニーを作ってしまう政策からきています。この利点は前回にお話しました。しかし、ひと度強力な感染力を持つウイルスに侵入されてしまうと、隣接する農場同士を結ぶあらゆるものが感染を媒介するものに変じていくのです。

この場合第3次報告書を読むと、養鶏団地で使用している下水道と、そこのネズミがウイルス・キャリアーとなる原因としてあげられています。私の村では同業者はいないに等しいので、私は自分の農場に入って来る飼料運搬車を中心に消毒すればよかったのですが、水海道では縦横に走る下水道が感染爆発のネットワークになったのでした

また、養鶏場で働く作業員が作業用長靴のまま行ってしまった食堂やスーパーなども伝染の中継点となりました。つまり、畜産の従事者と一般の市民生活と重なる部分にまで目を配らねばならないことが分かります

整理すれば、まず畜糞尿、家畜(死体も含む)の運搬、飼料運搬車両、農場間の行き来、下水道、ネズミ(口蹄疫では野鳥、蠅も含む)、町の人がよく行く場所などがウイルス感染の媒介となります。さらには、町を通過する一般車両も警戒せねばなりません。

今回の川南町の感染伝播図が明らかにされていないので推測の域を出ませんが、水海道市と同じことが更に大規模に拡大再生産されたのではないかと思われます。

特に4月28日に第10例の県畜産試験場(!)で豚に発症した時点で、川南町は市民生活も含めて厳戒体制に入るべきでした。というのは、第12、18、19、20、21、24・・・と養豚業がわずか1週間ほどの間に立て続けに発症しています。

これら養豚農場間の距離は私には分かりませんが、しかしなんらかの伝播関係があるはずで、すべてを関係車両や空気感染とすることには無理があると思います。おそらくは、下水道や市民生活レベルでのウイルス伝播があったのではないでしょうか。

その意味で、えびの市の酢の散布や、商店や役場の踏み込みマットや市民各戸への消毒液の支給はすごい!4件ていどの初動段階でこれをすれば、効果は大きかったと思われます。

初動においてやりすぎという言葉はないのです

私は川南町の教訓として、一カ所に集中した畜産基地は防疫上きわめて危険あり、今後分散型畜産のあり方を考えていくべき時代だと思います。伝染力が強力な感染症が国境を楽々と超える時代において、集中と集積の価値を疑う時期が来ていることを、今回の口蹄疫事件は教えているような気がします。

■写真 村の簡易郵便局。とても綺麗な老婦人が局長です。

■資料 毎日新聞 6月5日 
宮崎県の口蹄疫(こうていえき)問題で農林水産省と県は5日、国の特例措置で同県西都市に避難している「宮崎牛」のエース級種牛5頭について、4日採取した検体の遺伝子検査はいずれも陰性と発表した。念のため実施した血液抗体検査結果も6日に判明する。宮崎牛ブランドの種牛全滅の危機はひとまず回避される見通しとなった。

 県によると、口蹄疫ウイルスの潜伏期間は1~2週間。5頭とともに避難した「忠富士」が5月21日に感染疑いとなり、県は6月4日までの2週間を経過観察期間として、検体を連日、動物衛生研究所(東京)に送っていた。5頭は当初の簡易畜舎と同じ敷地内の新畜舎に3頭、約500メートル離れた畜舎に2頭と分けて厳重に管理している。県は5頭を引き続き現地に留め置くが、検体検査などの継続については国と協議するとしている。

 また、発生地から半径10キロ圏内でワクチン接種した同県日向市の農家1戸が飼育する豚約600頭の殺処分と埋却が5日、終了した。予防的殺処分を定めた口蹄疫特措法の初適用となった

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口蹄疫問題」カテゴリの記事

コメント

濱田様 今晩は。種牛、良かった!です。奇跡的かと思っています。私は殺処分・ワクチン接種という凄まじい犠牲を強いられている皆を思うと「宮崎県行政の何もしなかった事(種牛にしても高鍋の創始者のお膝元からいつまでたっても1ケ所に囲みこんでいる状態(口蹄疫発生前から)、10年前の口蹄疫発生後の次の発生時の対策・・・大規模農場ほど本来用地準備が無いと余りに危険すぎます。こういった目に見えるお金にならない事は誰でもやりくないものです。余計に行政の指導が無いと動きません。たぶん後の疫学調査で「埋める場所が農家で必要なんて知らんかったし、誰(行政)も言わんかった。」という結果が出ると思います。今回もこの大きな事項以外に指示系統が何も準備されておらず、内輪でパニックを起こし喧嘩するお粗末さ。)」がここまで被害を制御不能にしてしまったのに、種牛という自分たちのメンツに関わることだけは異常な執念と、スピードで法律を捻じ曲げてしまう対応力に、「対応する気持ちの差別」を感じていました。5頭動かした先は野原だったのですよ。そこの2日後には鉄筋作りの立派な牛舎が2棟も出来ています。そんな対応スピードが有るなら、どうして発生時からの対応でもやってくてなかったのでしょう・・・。脱力感でいっぱいです。種牛がどんなに県内の牛屋さんに大事か(子牛価格、気持ち的にも)は十分過ぎるほど分かっています。ただ種牛をこんなに追い込んだのも、1例目が分かった後からでもすぐに、前回10年にやった様に周辺農家の一斉血清検査を実行しておけば、いかに今回のウイルスが既に蔓延していたか分かったはずです。電話連絡で異常無いですか?では・・・。そこに国が動かなかったタイミングの悪さが重なり、負の連鎖が2乗3乗して爆発してしまいました。
 改めて皆感じたと思いますが、畜産農家にとっての命運を握っているのは地方自治体当局です。情報をきちんと分析できる方がいないと(常時)大変な事になってしまいます。
 川南町では防疫当事者は本当に出来る事をやっています。ただ全てスタートダッシュが出来なかった為にこんな事になっているのです。濱田さんがおっしゃっていた飼料の配送にしても、川南町の10km圏内の手前に飼料積みかえポイントを設け、フルトレ車で工場より運び込み、そこへ10km圏内専用車が個配送に積み替えに来て頑張っています。そして1tでも3tでも1件に配送したらまた消毒ポイントをたどって(通過して)また次の配送を行っています。ただ埋却の発生前のシミュレーションが出来ていなかったために、全てが手遅れになってしまいました。
 そして、宮崎県内は川南以外もほとんど同じです。えびの市が例外みたいなものです。ですからこれ以上拡大が進むともっと恐ろしい事になります。
20km圏内もこれ以上進まなければ無理して処分しなくても・・・という流れが出始めています。1例目を思い出して下さい。本当に微弱な感染だったのですよ。気付きにくいのです。そこにまたワクチン弱毒株をばら撒いています。用心に越したことは無いのは身にしみているはずです。
 まだまだ処分は出来ていない(2週も2週間も前の発生地もそのまま、という状態です)という事を忘れず、脇を緩めず皆頑張りましょう!

投稿: みやざき | 2010年6月 6日 (日) 21時54分

はじめまして、口蹄疫のことを調べるうちにここにたどり着きました。

チベットや沖縄のおじぃのこと、今で知らなかったことを知り、暫く読んでいました。また、宮崎県や畜産農家のこと心配して下さりありがとうございます。

ただ、言わせ下さい。川南町は危機管理がなかったかもしれません。初期活動がえびの市より、遅かったかもしれません。私は、この二つの町で育ちました。だからこそ町の面積・人口・家畜の数・交通量からして違うことを知っています。児湯地区は人口も交通量も多いところです。「牛の目がかわいいから飼っている」と言っていた知り合いのおじいちゃんの牛も殺処分されます。私の家は農家ではありません、だけど、鶏を飼っています。物心ついた時には当たり前の様にそこにいました。児湯地区に住んでいる誰もが密集させたくて飼っている訳ではないはずです。生意気なことを言ってすみません、言われいる意味も解ります、だけど悲しくなって書いてしまいました。
乱文、すみませんでした。

投稿: はる | 2010年6月 6日 (日) 22時15分

「強制換羽」って知らなかった!
勉強になります。。


私のかなり大雑把な感覚ですが、
ほとんどの人は肉や乳製品が大好きで、毎日のように食してます。
そして
「牧場」というと優しい緑でキレイで広々したイメージを持つのに、
「畜産農家」「養豚場」「養鶏場」というと、臭いとか近所迷惑とかいうネガティブイメージ。

『このギャップはなんなんだ?』と…。
非常に強い疑問を持っています。
その辺は最近よく言われる「食育」で、継続して何十年もかけないと埋まらないのでしょうか?
最近は私の近所の普通科高校でも、養鶏場に行って鶏を捌いて料理して食べるという実習が行われてます。

宮崎の種牛が無事でホントに良かったです!
この手の話を聞くと、競争馬「クモワカ伝貧事件」を思い出します。
法律や検査防疫体制にも昔からいろいろと問題があったんじゃないかなあと。

先週までに比べてマスコミの扱いは小さくなってますが、私は見守り続けます!

投稿: 山形 | 2010年6月 6日 (日) 22時18分

はるさま 川南を誰も責めているわけでは有りません。またえびの市が広い面積に農家が点在していたり、特に大規模農家が密集していなかったり、少し幸運だっただけです。誤解を与えたらすみませんでした。川南の方々、畜産に携わる方でなくても本当に人柄の良い方々ばかりなのは良く知っています。そんな顔を思い浮かべるだけに脱力感で一杯になります。
 ただその人柄の良さが、土地柄が裏目に出てしまって・・・。でも何もない所にあれだけの畜産の町に作り上げた力を信じて頑張って立ち直ってほしいです。
 こんな悲劇を繰り返さないために、何が起こったのか皆が少しでも記憶に留めて欲しいと願っています。
喉元過ぎても。くさいものに蓋をすると絶対また同じ事になってしまいます。

投稿: みやざき | 2010年6月 6日 (日) 22時27分

おはようございます。
先ずは、5頭の非感染の確認本当に良かったですね。10日に再確認との事ですが、無事であれば宮崎県の再建(肉牛)までの期間が大幅に短縮される可能性が出てきましたね。
「はる」様、誰も川南町や児湯の方々を責めてはいません。起きてしまった事は誰のせいでもありません。ただ、ここまで拡大する事は対策の仕様によっては、防げたかも知れない(あくまでも仮定ですが)と言う思いと、拡大防止が図られたとしたら、悲しい思いをする農家の人たちを一人でも少なく出来たかも知れない・・・と考えての発言です。また、今回の発生を反省材料に、今後の畜産基地のありかた、仮に同じような伝染病が発生した場合の対処方法を再確認なり再構築しておく必要がある為に、ある意味検証していると考えて下さい。
小生の住む町も平成15年大地震に見舞われました。伝染性疾病とは違いますが、断水により家畜用の水の確保に奔走しました。詳しくは落ち着いたら記載しようと思いますが、大地震後対応マニュアルも作成しましたし、個々の農家の水の状況なども毎年調査し、データーの更新をしています。しかし、いくらマニュアル
を作成していても、町内の何処が断水するか分かりませんし、どこまで役に立つかもわからないのです。でも、出来るだけの準備をしておく事が、早期復旧の役に立つものと思っています。徐々に定年等で経験者もいなくなりますから・・・
6月6日は1例の発生との事で、落ち着いてきた事が感じられ嬉しい限りです。

投稿: 北海道 | 2010年6月 7日 (月) 07時20分

濱田様 みやざき様 北海道様 皆様の気持ちを考えず、感情にまかせて失礼なコメントを送ってしまったと後悔しています。

言い訳になりますが、昨日母から今週中には(牛が)殺処分されると聞き、もう会いに行ってもいないのだなぁー、姿も声すら聞くことは出来ないと落ち込んでいる時でした。すみません。
みやざき様 北海道様 コメントを読みました。お二人の温かいコメントとお心遣いに感謝しています。難しいことはわからない、だけど今回の口蹄疫問題をうけてこれからの自分に何が出来るか記憶に留め考えていこうと思います。


投稿: はる | 2010年6月 7日 (月) 15時19分

「はる」様、全々気になさらないでください。
それぞれが感じたままをコメントしているだけですから・・・・・多分管理人である濱田様も、そして現地で苦労されている「宮崎様」も同様と思います。(小生の勝手な判断ですが・・・)私も北海道で「酪農・畜産」に関わっているものですから、今回の口蹄疫発生は他人事では無く、重大な関心を持って見ています。
いつ道内や管内・我町で発生するかも知れません・・・・・
その時少しでも被害を小さくするために今回の「えびの市」や東海岸地域の対応・対策を参考に、今から対応を検討している所です。
一般者の目から見てのご意見は大変参考になります。これに懲りずご意見宜しくお願いします。
管理人様に断らず勝手にお願いしましたが、ご容赦ください。

投稿: 北海道 | 2010年6月 7日 (月) 15時43分

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