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湖岸地帯の「のっこみ」文化

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「のっこみ」という言葉をご存じだろうか?茨城弁なのか、普通に使われる言葉なのかは知らない。私の住む湖岸地方ではただ「のっこみ」と呼ぶ。

湖は昔、といってもそう大昔ではなくたかだか30年ていど前だが、コンクリート護岸などという無粋なものはなかった。今は周囲250キロの湖はくまなくコンクリートで護岸されて、道路になってしまった。

今も昔もかわらずに、湖のほとりはだいたいが水田となっている。それはそうであろう。水を満々と湛えた湖の側から、人は田んぼづくりをおこなっていったのだから。

そしてやがて米作りは川沿に沿って拡がり、そして里山の内懐の褶曲のひとつひとつにも谷津田を作るようになっていった。何百年、いや千年単位の百姓が作り出した風景だ。

さて、「のっこみ」とはこんなコンクリートが湖とその周辺を覆っていなかった時代のものである。湖の淡水は周辺の乾いた岸辺や水田との間に中間域を作った。淡水は出入り自由であるので、それに乗って浅瀬に住む魚やドジョウ、ウナギが沢山住んでいた。

春ともなるとこのような浅瀬の岸辺のヨシやマコモなどの草むらには、魚が稚魚を産み、水鳥が巣を作った。湖に住む大部分の生き物にとって、この岸辺こそがつがいを作って巣を作り、子を育て、餌を採って暮らす豊かな地だった。

湖の周辺に棲息するヒト科のオスにとっても事情はまったく同じであった。春ともなればつがいをつくるべく湖岸で奮闘し、採餌行動も盛んに行われた。生物多様性だなどと堅苦しいことを言わなくとも、魚も水鳥もそしてヒトも考えることは一緒なのである。

私の村の友人は、子供の時にこの「のっこみ」で大いに遊んだそうである。夏休みともなれば、ドリルなどやらずに兄貴とウナギ採りのヤナなど作って仕掛けておく。夜になると、オデコに手拭いを巻き、「八墓村」よろしく懐中電灯を指し、照らされた顔がコワイので手に持ち替え、オヤジの地下足袋をくすねて「のっこみ」に出撃した。

そして安眠をむさぼっている泰平の魚を手編みですくうのである。懐中電灯を点けすぎると「魚を脅す」と兄貴に怒られ、近くで水鳥がギャーと警戒の声をあげればびびり、忍び足で沼地を歩くものだからコケると頭から泥だらけになった。

しこたま獲った帰り道に、しかけておいたヤナを点検してウナギがかかっていないかを調べる。ウナギは食べずに、近所の料理屋に持っていくとそれなりの値段で買い上げてくれるのでいいこずかいになった。

このよい子たちにはめいめい秘密のポイントがあり、これさえはずさなければ入れ食い状態だったそうである。魚からすれば夜盗に襲われたようなもかもしれない。

しかし、コンクリート護岸になってからこの「のっこみ」が激減したために、この湖岸の男の「夜の娯楽」は壊滅状態だ。私が知っている「のっこみ」のプリンスは、今や水上バイクでブンブン湖上を爆走している始末。コンクリートで固められた湖岸は、生物種多様性の消滅だけでなく、湖の辺に住む男の民俗の継承すら潰してしまったようだ。

文末ですが、先の大戦において犠牲になられた約310万人の同胞の霊に深く哀悼の意を捧げます。合掌そして感謝。

■写真 朝もやの霞ヶ浦。われながら印象派のできそこないのような絵である。

■蛇足的追記 私はなぜか軽い話題は「である」調で、重い話題は「です」調です。なぜなのかは私自身がわかりません。普通は逆な感じもしますが。ま、どうでもいいか。

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コメント

「のっこみ」とは初めて聞きました。
方言?
北海道十勝でも「十勝川」が流れていますが、そこへ流れ込む支流でも、護岸工事でコンクリート化されており、味気なくなりました。
災害防止には必要なのでしょう。
時代ですね・・・

投稿: 北海道 | 2010年8月15日 (日) 23時11分

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