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2010年9月29日 (水)

宮崎口蹄疫事件 その110 東国原知事の手記を読む第4回 県は予防殺処分の提案を国にしていた

011 

東国原知事の手記を読み進めます。

知事が手記の中で最初に述べている口蹄疫対策の欠陥は、「このマニュアルでは現実場馴れしている。まったく現場に則していない」というものでした。

その最初の例として、やはりあの殺処分の埋却地問題を挙げています。やはりそうか・・・!といった感じです,

ご存じのように今回の宮崎口蹄疫事件では、埋却地が決定的に不足していました。これは、トリが最初か、タマゴが最初かというようなところがあって、殺処分があまりに膨大に出てしまったために埋却地が足りなくなったのか、埋却地がそもそも足りなかったから、殺処分が遅れたのか、悩ましい問題ではあります。

しかしいずれにせよ、埋却地の圧倒的不足がいっそう感染を拡大し、待機患畜を増やしていき、さらに感染と用地不足に輪をかけていったわけです。

私も実は、5月の初旬に爆発する埋却地不足による待機患畜の激増には腹を立てていたひとりでした。いったい県はなにをしているのか?いつまで補償問題で国とやりあっているのだ、そのようなことは後でゆっくりしろ、というように思っていたのは事実です。鹿児島大学の岡本嘉六先生など「ゼニゲバ知事」とまで罵倒していましたっけ(←先生、言い過ぎっす)。

知事の手記では、この殺処分を受け入れた農場の混乱ぶりを描いています。知事はこう述べています。

「家伝法では、基本的に農場主が殺処分し、埋却しなければならないと定めてあります。さらにその埋却地も農場主が発生農場の敷地内など適正な土地を探し、自ら確保しなさいとなっています。何百、何千という家畜を殺処分し、自分の農場に埋却することは不可能です」。

次いでその理由をこう書きます。

「農家の方々や周囲の同意、土地集約の確保、環境、地下水や岩盤の問題、地権者の問題、平等性の問題、そもそも密集地であり土地がない、といったさまざまな問題が山積していました」。

このような問題を国がまったく支援していないではないか、特に処分に関わる補償の財政的裏付けを国が与えていないのではないか、責任を県や農場主にのみに押しつけているではないか、というのが東国原知事の怒りです。

確かに、後に山田大臣が提出する支援策である特別措置法は、あくまでもワクチン接種をした後の殺処分を前提にして作られています。ですから、初期の殺処分と用地不足問題に対しては国はいっさいの支援を拒んでいた状況でした。そのことを知事は言っています。

国は、県がギブアップするまでは、あくまでも家伝法と防疫指針に則って、県が主体となった法定受託事務だという建前をとっています。ですから、県があまりの多さの殺処分に悲鳴を上げようと、用地が不足して待機患畜が増大して、さらに感染拡大しようと、原則は「県のせい」であり、「県が無能であった」からだという立場です。

この立場は一貫しており、現在なされている国による検証総括作業でも貫かれている立場です。まぁ、コンプライアンス上はそれでいいのかもしれませんが、広域伝染病に対しての国家の無策をいっさい県になすりつけるやり口はいかがなものでしょうか。

それに対して、「私たちは法律どおり、マニュアルどおり忠実にやりました」という国の立場は、あまりに硬直していませんか、現実に適していないじゃないですか、と知事は叫んでいるわけです。これはまったくそのとおりです。

またもう一点、興味深い提案を県が国にしていることがわかりました。それは、国に対して韓国が行っているような、予防殺処分の提案を県がしているということです。

これは発生地点から、半径500m~1キロの範囲で健康であっても、殺処分をかけて緩衝地帯を作る方法です。

面白い提案です。やってみる価値がある防疫戦術です。また現実性もなくはなかったでしょう。ただし、知事自身が手記で認めるように家伝法、防疫指針からの逸脱であることは確かです。

問題は、「いつやるのか」ということです。初動(宮崎の場合第1~第6例あたりまで)なら、大きな効果を期待できますし、4月26日の県家畜試験場の豚に飛び火する以前でも、そうとうな制圧効果があった可能性があります。

しかし、GW明けから始まる立て続けの豚の感染連鎖の後ならば、その効果はそうとうに限定的になってしまいます。既に感染ハブが複数生じていますし、10号線沿いに感染をばらまいてしまった後ですから、予防殺処分の対象が多すぎて収集がつかなくなっていたでしょう。

韓国が範をとっている英国の口蹄疫緊急対策は、あくまでも初発や初期の発生点に対しての予防殺処分の実施です。これは予防殺処分をかけて、その間に発生動向調査を発生点の外縁にかけて感染をあぶり出し、摘発淘汰をかける戦術です。

知事の手記の文脈では、どうもGW後の状況で、国に対して予防札処分を提案しているように読めます。はっきりとこの提案日時は記されていませんが、たぶんそうでしょう。

いずれにせよ、国はもうこの段階でワクチン接種した後の殺処分を省内で決定していたはずですので、やはりこの県提案はにべもなく拒否されてしまいました。

知事は、「脱法、超法規的措置がとれたかというと・・・やはり無理でした」、と口惜しさがにじむ言い方をしています。

初期の国のあまりにひどい責任放棄ぶり、赤松大臣(当時)の不要不急の外遊などの責任者の不在、国の疾病小委員会の「現行防疫指針に基づきさっさと殺処分しなさい」と言うだけの硬直した指導に、知事は国への不信と怒りを募らせていったことが判ります。

そしてそれは、山田大臣(当時副大臣・現地本部長)の宮崎訪問と共に堰を切ったように溢れ出します。

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コメント

「国のやることは信用できない!」
それこそが我が国の悲劇そのものだと思います。

予防的殺処分の場合、その補償問題に関して、もめるでしょうね。
①患畜・疑似患畜が故の殺処分
②ワクチン接種後殺処分
③患畜・疑似患畜近傍家畜の予防的殺処分
という3種類の補償問題は、きちんと法律で規定しないと、復興の際の住民同士のいざこざの元になることは明らかです。
岡本先生に、「ゼニゲバCowboy」と詰られそうですが。
しかし、今でさえ、①と②では、その補償金額(基準額)に差があり、そのことに②の農家から不満の声が出ていることは事実です。お金の問題は、家畜が経済動物が故の宿命でしょう。
少し、話が違いますが、①の農家に導入された観察牛の餌代は支給されるが、②の農家の観察牛の餌代は、自前だそうです。同じ様に、殺処分されたのに何故、このような差が出るのか、不思議です。

知事は、確かに連休明け頃から、予防的殺処分をほのめかしていましたね。ただ、財産権の侵害と言う壁が存在していたのも理解していたようです。
隣県の鹿児島では、知事より早い段階で、国に対して予防的殺処分を具申していたと言う報道を以前TVで見ました。
いずれにしろ、現場では、ある時期を過ぎたころから、既存の方法では、今回の口蹄疫を抑えこむのは不可能と言う意識が存在していたのは事実だと思います。それらの意見が取り入れられたら、事態はどう変化したのかは、興味深いです。

通常、家畜を想ったり、大混乱の中での犠牲的精神論とお金の事とは別次元で考えます。

大混乱の中ではとにかく終息させる事、感染拡大を防ぐ事、ましてや県外拡大は絶対阻止するという事に向けて一致団結し、突き進む事になります。
その後一応終息し落ち着き、経営再建に向けては絶対にお金の問題が出ます。
ゼニゲバと言われようが、先立つものはお金(資金)です。
最終的には公平・平等を主張する事になりますから、COWBOYさんの仰る通り①②③を別扱いすると、様々な意見が出るのは当然でしょう。
今回は超法規的措置でも何でも理由をつけて、全て補償し、今後に向けては法整備を急ぐ事しかない様に思っています。

予防的殺処分と予防殺処分は違います。
裁量権を最大限に使って、疑似患畜扱いにした場合は予防殺処分で、家伝法の解釈では可能です。

予防的殺処分は、法の裏付けがなく、「危ないから先に処分しておこう」ってことで、金銭的補償はありません

>知事は、「脱法、超法規的措置がとれたかというと・・・やはり無理でした」、と口惜しさがにじむ言い方をしています。

そんな、県警を巻き込んで結構派手にやってましたけれど、もう忘れたのかしら??

やはり、発生当初は、1.3.の家畜を差別なく、韓国のように、半径1km以内とか3km以内は、全頭殺処分って言うのが、1番現実的だと思います。

川南のように、経営者が違う農家さんの集合団地みたいな場所は、どうするのかを、きちんと、今後のために、決めておくべきだと思います。

今日の東国原知事の二期目不出馬の理由が「限界を感じた」とありましたが、この発言は、他県で同じように口蹄疫が発生しても、地方自治体は、宮崎同様に国に翻弄されると、警告にも聞こえてきますし、地方の敗北宣言の感が
漂います。
小生もWILL購入して読んでます。管理人さん、御紹介
ありがとうございます。

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