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宮崎口蹄疫事件その107 東国原知事の手記を読む第1回 第6例と第1例の発見経過をつき合わせて確定の遅れを検証する

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宮崎口蹄疫事件で初めての指揮官クラスの証言が出ました。「WILL」11月号に東国原知事の手記が掲載されています。新聞で広告を見て、さっそく走って買いにいってしまいました。

「毎日生きた心地がしません。悪夢にうなされています」という知事の今も続くつらい心情吐露から始まる10頁ほどの比較的短い手記でした。

この手記の価値は、事件当事者、特に宮崎県側の最初の回想録だということです。今まで政府関係者は、山田前大臣も篠原副大臣もブログ短文は書いていますが、宮崎県側の防疫関係者としては今回がたぶん最初のものではないでしょうか。

全体はまさに山田前大臣に対する呪詛とでもいうべき怒りに満ちていますが、なにが知事をかくも怒りで振るわせいるのかを順を追って見ていくことにしましょう。

東国原知事が冒頭に述べていることに、この手記の基調底音は集約されます。それは、国は常に自分は「マニュアルどおり忠実にやりました」というコンプライアンス(法律遵守)を言ってくるが、実際は「この不測の事態では、家伝法、防疫指針のマニュアルが、いかに力を持たないのか」、です。

宮崎口蹄疫事件の4月段階の感染拡大時、宮崎県防疫側内部でなにが起きていたのかが、私が知りたかったことのひとつでした。これが明らかになれば、現実の防疫体制と、国家防疫マニュアルである家伝法、防疫指針との乖離が明白になります。

私はこの宮崎口蹄疫事件は特殊な事件ではなく、ほぼすべての県で起きる可能性がある普遍的な事例であると思っています。たぶんもっとも防疫強度が高いと思われる鹿児島、北海道などにおいても、畜産農家の疎密の差はあるにしても、今回クラスの感染力をもった口蹄疫が侵入した場合、おそらくは宮崎とさほど変わらない状況を辿るでしょう。

ならば、4月の県の初動制圧の遅れの原因を「無能な宮崎県防疫体制にある」と言わんばかりに切り捨てる検証委員会総括ではなく、なぜ、どこでつまずいたのかをしっかりと見ておく必要があります。

手記に戻ります。東国原知事がこの手記で強調していることは、国のマニュアルどおりにしたにもかかわらずなぜ初動に失敗したのか、ということです。

初動において宮崎県は国の防疫指針に忠実に添っていたと知事は述べます。「第1例の発生以降は、流涎(りゅうぜん)、糜爛(びらん)が少しでも見られた際は、直に動物衛生研究所に検体を送付」している、としています。

初発とされた第6例の水牛農場についても、「3月末に家保の防疫員がチェックを、マニュアルどおりに行っている」としています。ただし、「牛の症状からしてして口蹄疫を疑う症状ではなかった」、「数多くの専門家や獣医師からも初期の臨床症状では口蹄疫と判断するのは困難だったという所見が述べられている」としています。

この部分に関しては発表媒体が一般誌だということでわからないではありませんが、もう少し突っ込んだ記述がほしいところです。

というのは、第6例(初発)から600メートル離れた第1例の和牛農家で口蹄疫に罹ったとされる牛が見つかったのが4月20日です。これが口蹄疫発見のきっかけでした。

実は、これを発見した高鍋町の池亀康雄医師(*「月刊文春」8月号高山文彦氏記事に実名登場を勇気ある許可されているので、実名を記します)は3月末、つまりその時点から遡ること3週間前ほどの3月26日に、水牛農家に往診に行っています。

確かにこの段階では涎も泡もなく、発熱が40度でした。抗生物質と解熱剤を投与しています。知事がいうとおり「初期の臨床例では判断できない」のは事実です。

この26日の時点で同じような元気のない牛が発見されています。そして池亀医師は往診を続け、29日に別の9頭に乳量の低下と発熱と下痢が見られました。感染によることはまちがいありませんが、この段階でも口蹄疫という決定的な症状はでていないのです。

そして、31日午前10時半に家保の獣医師3名に来てもらい、検体を採取します。このときには、牛が暴れたために全頭の検体を採れず、3頭のみの検査で終わっています。採取したのは、血液と、鼻の中、糞便の3種でした。

4月1日から3日にかけてほぼすべての搾乳牛と種牛が平熱に回復し、餌の食いも回復してきていましたが、乳が出ません。

検体を持ち帰った家保からの連絡が何日もないために、5日に池亀医師が問い合わせると、家保で調べられる検体に関しては陰性でした

ここが第1の謎です。なぜ3月31日の第6例の検体から、抗体検査で陰性判定が出てしまったのか?またこの「家保で調べられる検体」とは抗体検査のみで、鼻のスワブ検査も同様にシロであったのか?

後から考えれば、とうぜん3月31日の検体は完全に口蹄疫だったことは疑いようがなく、なぜこの4月5日に家保が陰性判定を出したのでしょうか。

とうぜん、池亀医師はここで安心したと思います。ああ、水牛農場は「伝染病」ではなかったのだ、と。そう、池亀医師も含めて家保も口蹄疫の可能性をまったく疑っていなかったのです。だから、家保は口蹄疫として検査をしていないのです

そして再検査のために家保から2名の医師が来たのが、4月14日です。一回目検査からちょうど2週間たっています。これも水牛農家と池亀医師からの要請での来診です。乳量と質の低下のために農場主が生産再開を断念し、原因究明に乗り出したからです。

この段階で、既に牛たちは健康を回復しており、暴れて検査をさせない牛も多かったそうです。既に自然治癒していたのです。

そして運命の4月20日。水牛農場の隣接する和牛農家が発症、一気に口蹄疫確定へと進んでいきます。

池亀医師は午前10時40分の口蹄疫発生の一斉通報に接し、第1例が隣接でもあるし、今までの経緯からなにかしらの伝染病であったことは間違いないと確信していたので、家保に電話をします。

そしてここで第2の謎が生まれます。家保は混乱のさ中での対応で、ここでもまた「4月14日の検体はシロだ」と言ったのです

池亀医師も水牛農家もありえないと思ったそうです。そして「民間の検査機関に頼んだほほうがいいのではないか」と考えました。しかし、日本に口蹄疫検査が可能な施設はわずか1カ所独立行政邦人動物衛生研究所(動衛研)・海外病研究施設しか存在しないのです。

一方、第1例の最初の家保の検査4月9日です。その2日前の7日にI医師が往診に行って発熱と、わずかな涎を発見して風邪の治りかけではないかと診断していますう。。そしてよく8日にも往診し、今度は上唇の歯茎の根元に3ミリの小さな潰瘍を発見しています。

「ドキッとした」と医師は言います。ここで家保に通報し、4ツのヒズメの裏まで診断した結果、腫瘍以外に異常が認められませんでした。そしてこの牛はすぐに自然治癒しています。

ここで、知事が手記で述べる「流涎、腫瘍がみられたら直に動物衛生研に送付している」という記述にズレが生じます。この8日に動物衛生研送付ができていれば、確定は12日間も早まったことになります

同じ症状が別の牛で出たのが7日後の4月16日です。17日に家保の獣医師が来診して検査した結果、口蹄疫「以外」すべて陰性判定でした。他の複数には発症していません。

そこで既に動衛研には検体を送付してあるので、結果を待とうということになりました。そしてこの東京に送付した遺伝子検査から口蹄疫が出たのです。

話が前後するようですが、第6例水牛農家にも、家保が聞き取り調査に訪れたのが確定翌日の4月21日でした。たぶん発生動向調査をしていたものだと思われます。そして翌22日に5頭から検体採取(採血)をしていきました。

そして動衛研から遺伝子診断結果で来たのが翌日23日でした。口蹄疫陽性判定です。

驚くべきことには、この4月23日に出た陽性検査結果が3月31日の初回に採られた検体であったことです!つまり、この第6例の検体はほぼ20日間もの間、家保で眠っていたことになります。これは家保が、3月31日採取した検体を、4月20日以降(たぶん22日)に動物衛生研に送付したためだと思われます。

要するに、家保は4月20日に第1例で口蹄疫が確定するまで口蹄疫の可能性そのものをまったく疑っていないことになります。

この理由は知事が述べるように、「口蹄疫初期の臨床の判定しにくさ」だけで説明することは難しいと思われます。というのは、民間の第6例の獣医師である池亀氏や水牛農家経営者は、家保の診断の遅れや、陰性判定に不信を募らせており、むしろ彼らは口蹄疫検査が民間でできるのならば、自発的に持ち込もうとまで考えていたからです

それ以外にも、第1例においても4月8日に上唇に腫瘍があり、涎が見られています。症状が小さく決定的ではなく、複数例でていなかったためにせよ、やはり民間医師は「ドキッ」としており、ここで家保が遺伝子検査をしておれば、という無念さは残ります。

このように、県家保の検査体制の遅さと危機意識の希薄さはやはり指摘されるべきでしょう。

4月の移動時期と重なったりの不運があるにせよ、知事自身が国がしているのと同じように「マニュアルに則ったコンプライアンスはできている」と言っているだけように聞こえます。

マニュアルどおりのコンプライアンスをしたが、なぜ口蹄疫判定ができなかったのか、知事が更に深いメスを自らに入れないと、山田前大臣への恨み節にはなりえても、真正面からの後世に残すべき総括にはならないのではないかと残念です。

実はこれについても知事は答えを用意していますので、次回以降も東国原知事手記を読み進めたいと思います。

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コメント

続きでヒガシがどんな説明をするのか注目ですが、
家保に検査器具が揃ってれば、少なくても2週間は早く公表して動けたということですよね。
無念さと憤りを感じます。

農水省さん、予算つけて~!!
また、製薬メーカーさんも安くて精度の高い簡易検査キット作って下さい!
お願いしますよ。

今回はあまりにも大きな犠牲のうえに奇跡的に宮崎県で食い止めることができましたが、また、いつどこで発生するかわかりません。

初動の遅れは致命的になる。しかし現在の獣医師は実際の症例など観たことがないケースがほとんど。当然です。
こんなときに、とりあえずまず必ず「簡易検査キットにかけてみましょう」→陽性!?→即座に連絡(疑いあり)といった流れを作るのが大切です。

あとは国や県といった司令部が、どう判断し行動するのか?
県警や県職員の動員はもちろん、陸自もこの時点で災害派遣出動かけていいでしょう。(陸自さんもあちこちで定員割れしてて大変なんですがね…かなり危機的レベルで)

いまだに「自衛隊の投入は現地の不安を煽る」と言った舟山政務官の言葉がイタイです。5月初頭の時点で何も把握せずに外遊に行っちゃいました。(大臣も)

まるでダメじゃないか!

投稿: 山形 | 2010年9月26日 (日) 10時53分

知事がマニュアル通りにと言っているのは、1例目の検体を動衛研に送付した時からでしょう。
それ以後は、言う通りにマニュアル通りの対応をしていますから・・
それ以前、水牛や1例目の初期は、家保が口蹄疫を疑ったかどうかが、問題ですね。
水牛は、間違いなく口蹄疫は疑っていないでしょう。
シロ判定は、家保レベルで調べる事ができる疾病にたいしてのシロ判定であり、それらの疾病がシロであり、症状として水牛の全身状態が悪化したりが無い以上、家保としては、正直、年度替わりの忙しい時期に
あまり力を入れて調べたくないのではなかったかと推察します。
1例目は、開業の先生も一応口蹄疫の疑いを持って接していますので、口や蹄の異常を調べていますが、1頭だけの所見では、やはり口蹄疫を疑うに十分と判断しなかったのではないでしょうか?
同様の症状が、他の牛に見られて初めて、動衛研への検体送付を行ったものと推察します。
知事が、潰瘍云々と述べているのは、口蹄疫が確定した後の疑いのある牛の事であり、確定以前の検体送付については、このような状況ではなかったのではないでしょうか?

投稿: 一宮崎人 | 2010年9月26日 (日) 12時22分

山形さん
>こんなときに、とりあえずまず必ず「簡易検査キットにかけてみましょう」→陽性!?→即座に連絡(疑いあり)といった流れを作るのが大切です。

簡易検査に100%の信頼性がおけるなら可能ですが…100%なら簡易ではないですね…、簡易検査の限界があります。

簡易検査でシロが、実はクロだったらえらいことです。
いきなり本検査に持ち込むべき疾病です、口蹄疫は。

投稿: 現役養豚家 | 2010年9月26日 (日) 12時57分

検査するのは感情を持った人ですから、県に検査体制ができても、口蹄疫を疑わなければ検査をしないのは 当然でしょう。問題は何故、国に検査依頼をしなかったのか?誰が制止したのか。
 複数頭、複数農場で発生すれば伝染病の疑いをすることは、家保の責務だと思います。
確定診断後マニュアルどうりに行動したのでしょうか?
72時間以内の殺処分さえしておればこんなに拡大いしなかったでしょうし、初動体制うんぬんの議論も起こらなかったのではないでしょうか?

投稿: 森田文弥 | 2010年9月26日 (日) 16時37分

4月20日以前の診察で、同じ家畜を診断しながら、民間獣医は、全員、口蹄疫の可能性を意識し、県の獣医は、意識しない?しかも、民間獣医から、口蹄疫かも知れないと耳にしていて、、、そして、口腔に、豆粒水泡があっても。。。

県の獣医のレベルが疑われます。そういうレベルの人間が、家畜防疫員として、殺処分中、ボスとして、現場農場を仕切るって、怖くないですか?

投稿: りぼん。 | 2010年9月26日 (日) 20時53分

水牛を診た獣医師は口蹄疫を疑っていたかどうかは不明?何かの中毒を疑っていたのでは?
一例目を診た獣医師は確かに口蹄疫を疑っていました。だから、家保に病勢鑑定を依頼していますし他の牛の口の中と蹄も目視で検査しています。しかし、異常を認めなかったので一応その時はシロ判定しています。
結果論で言えば、その時点で遺伝子検査すれば、早期摘発できた訳ですが、それは結果論ではないでしょうか?
家保のその時の判断がどのようになされたか、真実の検証がなされない限り、全ては結果論になってしまうのではないでしょうか?

投稿: 一宮崎人 | 2010年9月26日 (日) 22時50分

結果論で言えば、その時点で遺伝子検査すれば、早期摘発できた訳>>>>>
それは、そうですが、口蹄疫ウイルス汚染国は、増える一方の現在。しかも、日本で、10年間に、2度経験している以上、今回のことを云々することとは、別に、今後は、すべて、口蹄疫の疑いを持って、最新検査機器で検査することが、大事では?
現実に、台湾でも、なかなか根絶できずにいることを考えれば、一度、豚で発生すれば、あっと言う間に、ウイルスが広がるので、日本の家畜飼育密度だと、すぐに、最新RT-PCRで、検査するのが、良いと思います。各県に、1箇所は、予算の無駄。当面、国内3箇所でよいのでは?
今回、小平は、見栄なのかこちらの質問に、今年の宮崎の例では、検査体制に充分余裕があったと答えている。(昼夜3交代で、大変だったでしょうの言葉の返事です)
だから、どんどん、安易に検体を送ればよいだけです。その後は、農水が考えるでしょう。

投稿: りぼん。 | 2010年9月27日 (月) 02時12分

現役養豚家様
確かにその通りなんですね。
現在の「簡易検査キット」の精度では。

後付けで素人が言うことで申し訳ないんですが、「簡易検査キット」が、ちょっと敏感過ぎる検出度の物で、近い症状でもとりあえず「陽性の可能性アリ」に出るようなものなら、とにかく隔離して速やかに本検査に回すという方法が考えられるとおもいます。

いずれにしても、最初に見た獣医さんと農場主さんが「もしかして口蹄疫かも」と、ファーストチョイスの時点で疑問を持って対処するのが必要条件ですが…。

現状、りぼん。さんの言うように、可能なら採取検体を小平にバンバン送り付けるのが、現実的かもしれませんが。

またまた言いますが
「ガンバレ!宮崎!!」
絶対に見捨てないよ!

投稿: 山形 | 2010年9月27日 (月) 08時35分

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