宮崎口蹄疫事件 その91 血清学的サーベイランスがすべての前提だったはずだ!
昨日の記事に対してのコメントで「国益」という言葉が飛び出して仰天しました。「清浄国復帰は国益だ」というご意見です。そして「国益」という高いレベルの話が故に、まぁ私たち庶民といいますか、民間は何を言っても無駄である、とそのようなニュアンスでした。
ほ~、です。かえって私のへそ曲がりの血が騒いできますね(笑)。となると「国益」の緞帳が静々と降りれば、民百姓は沈黙せにぁならんのか、今は江戸時代かぁ!と啖呵のひとつも切りたくなりますね。
大前提から確認しましょう。宮崎県の清浄化を確認していくことと、OIEに「清浄国ステータスの復帰」申請をすることは同じなんでしょうか?
素朴な疑問ですが、なにやらお国が決めた路線こそが「国益」であると誰が決めました。
今回えびの市での疑似症例は、ちょっとした騒動になりました。全国紙ですら1面に報道したくらいです。それは終結宣言が出たばかりということもありますが、皆一様に抱えていて、しかし言いずらい不安のトゲがあったからでしょう。
それは「まだ潜伏しているのではないか」という不安です。それはキャリヤー家畜かもしれないし、堆肥かもしれない、あるいは野生動物かもしれない。
それをあえて呑み込んで進まねばならない、それは農家としてはまっとうなことではあります。民百姓は、お国から言われる通りやるべきことはすべてやり尽くしましたからね。
移動制限だ、消毒ポイントだ、セリ市の中止だ、消毒の徹底だ、果ては家族のような家畜まで殺し、泣きながら埋め、さらにはまったく症状の出ていない家畜までワクチンを打ってから殺すまでしました。
しかし、お国の判断が皆正しかったかは別です。清浄化確認をもっと徹底してよかったのではないでしょうか。もっと徹底したサーベイランスがあれば、えびの市でなにかあってもびっくりはしませんでした。
血清検査はコストがかかるらできないというご意見もありました。そうですか、ワクチン接種してから殺処分、埋却処分するほうが、血清学的検査より金がかからないですか?これは驚いた。
そのように私が言うと、清浄化確認とワクチン接種⇒殺処分問題は別だ、という声が聞こえてきそうですが、私には一緒に思えます。
あの時を境にして、今までの殺処分に対するいわば「やむを得なさ」のタガがはずれ、「殺すためにワクチンを打つ」という転倒が始まりました。緊急ワクチンなどしょせんは時間稼ぎでしかないものを、まるでこれ以外ではくい止められない、そしていったん打ったら最後、殺処分は当然であるという「空気」が作られました。
はい、その「空気」に飲まれていたひとりがこの私です。別に過去ログを削除する気もありません。ですから国のこのワクチン接種⇒殺処分路線への懐疑は、当然のこととしてこの私自身にも向けられています。私は、自分だけ高みに立って、結果論でものを言う白い手袋趣味は持ちません。
それはさておき、ワクチン接種⇒殺処分に東国原知事は非常に懐疑的でした。当時は批判的に書いた気もしますが、今になると知事の言動は納得できます。まさに知事がおっしゃるように、今後ワクチンを接種してから殺処分にすべきではありませんでした。
種牛問題でも同じです。陰性が確認できればよかったのではありませんか。しかし当時の状況の背景には、ワクチン接種⇒殺処分があり、民百姓は自分の家畜をワクチンを打っては殺していました。それも十数万頭の数で!この壮絶な「空気」の中で、知事ひとりが防疫原則を無視して横車を押していると見えたのです。
たぶん知事はお国の強力な圧力の前に泣く泣くワクチン接種⇒殺処分を飲まされたのだと推察します。
では改めて、OIE陸生動物規約第8・5・6「清浄国ステータスの回復」の2項を見てみましょう。http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie/pdf/rm5fmd.pdf
2. FMDの発生又はFMDVの感染が、ワクチン接種FMD清浄国又は地域で起きている場合には、次に掲げる待機期間のいずれか一つが、ワクチン接種FMD清浄国又は地域のステータスを再取得するために必要とされる。
a) FMDVの非構造タンパク質に対する抗体を検出する血清学的サーベイランスが、ウイルス循環がないことを証明している場合であって、摘発淘汰政策、緊急ワクチン接種及び第8.5.40条から第8.5.46条までに基づく血清学的サーベイランスが適用されているときには、最終症例後6ヶ月間
このOIE陸生動物規約8・5・6のどこに、まず緊急ワクチンを打てとか、殺処分にしろとか書いてありますか?
あくまでもOIEcord8・5・6に書いてあるのは、まず血清学的サーベイランス(発生動向調査)をしなさいということです。
その血清学的検査の結果を見てから、陰性ならば摘発淘汰(殺処分)するか、あるいは、緊急ワクチン接種を決めなさい、ということだけです。
ところがお国は、この血清サーベイランスの前提部分を吹っ飛ばして、いきなり、本来はサーベイランスの後に出てくる選択肢でしかない緊急ワクチン接種を、「これしかない」戦略に祭り上げてしまったのです。
緊急ワクチンはしょせん単なる戦術に過ぎません。血清学的サーベイランスの実施こそが、OIEの大前提であって、これをせずにいきなり小戦術でしかない緊急ワクチンをしてしまい、結果、本来殺さなくともいいはずの陽性家畜の屍の山を築いたのです。なんと愚かな!
初期の時点から、血清学的サーベイランスを徹底しろと声を枯らしていた鹿児島大学の岡本嘉六教授などの意見はふり向かれもせずに、現場にいない東京の偉い学者と農水官僚、そして政治家が、緊急ワクチンして殺せという方針を降ろしたのです。
本来は、PCRや抗体検査で陽性になった家畜だけ摘発淘汰すればよかったのです。口蹄疫に罹った家畜のみ処分すれば済んだのです。それを大金をかけて馬鹿げた規模で緊急ワクチンを接種したあげくは、罹患してもいない家畜まで殺しまくったのでした。
血清学的サーベイランスさえしておけば、助かった牛豚がどれだけいたことか!それを今になって血清学的検査はコストがかかるなどと、馬鹿も休み休み言っていただきたいものです。最も安価で、最も確実な方法こそが血清学的サーベイランスです。
そしてもう一点。早期清浄国復帰が「国益」だなどと言う風潮がありますが、ほんとうにそうでしょうか?確かに口蹄疫発生と同時にOIE規約により牛豚肉の国際貿易は停止したままです。
しかしそれは正確には清浄国への輸出だけにすぎません。香港には4月30日から、マカオには5月11日から既に制限区域外からは輸出されています。
では、逆に非清浄国から輸入が激増しましたか?農水省はこのことをやたら心配しているようですが、していないはずです。なぜなら、それは二国間交渉のデーブルに乗せて決定することだからです。
もう日本は清浄国に復帰する意志がないならば話は別ですが、そうでない以上優秀なネゴシエーターの農水省官僚が二国間テーブルでゴネている間に清浄国復帰が完了してしまいますよ(笑)。
■追記 抗体をもった家畜はキャリヤーとはならないとのご指摘がありました。調べてみます。ご指摘どおりだとしても、記事内容そのものの論旨には変更はありません。
■写真 北浦湖畔の水神様です。レンコンの田んぼにすっくと鳥居が立っています。
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コメント
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『国益』とは何か?
難しく、かつ重要なことです。
時の政権が舵取りを誤ればとんでもない方向にも行きかねません。
「清浄国」 への一速い復帰は望まれますが、やり方の違いで3ヶ月の差です。
徹底した対策と安全性確認こそが、国益に叶うものだと思います。
ニューヨークの高級レストランへの出荷も大切だとは思いますが微々たる量で、数ヶ月遅れても、何より圧倒的な国内流通の安全・安心を確保するのが最大目的でしょう。
投稿: 山形 | 2010年9月 4日 (土) 08時25分
輸入圧力は高まっていないという事でしょうか?
発生から4ヶ月、早期の清浄化を目指すという事を強くアピールし、殺処分を行った事を考えれば、輸入圧力が増えなかったのは当然と思います。
目視にて疑い例を確認し、検査をしてクロの個体だけを殺処分する方法では、発生を抑制するのに相当な日数がかかり、また抑制しきれないリスクが大きいのだと思います。特に今回はゆっくりと検査しながらの対処ではもっと広がっていたように思います。それこそ日本中に蔓延していたかもしれません。現状発生件数のグラフを見るとワクチン摂取をピークとして発生が抑えられているのが見てとれます。
なぜこのように反論するかというと、殺処分された農家が、「誤ったことをしてしまった。殺される必要の無い者を殺してしまった」という気持ちを持って欲しくないのです。
「あなたたちの払った犠牲は、全ての国民にとって非常に意味のあることです。」と私は声をかけたいと思います。
投稿: ^^ | 2010年9月 4日 (土) 12時39分
血清学的サーベイランス(発生動向調査)をしなさいということです>>>>このことは、基本的に賛成ですが、やはり、初発期、拡大期、蔓延期、終息期と、分けて、具体的には、対応すべきだと、個人的には、思います。その点で、第15例目くらいまでは、徹底的に、血清を分析する必要があり、発病家畜検体だけでなく、周辺家畜の検体も調べるべきだと思います。蔓延期に入れば、検体採取と同時に、と殺、埋却も、やむを得ないでしょう。
スワブ検体と写真くらいは、5分もかからないし、それすら、しない、家畜防疫員は、獣医免許を返上してほしいものです。
まあ、今回は、世界に向けて、日本の獣医学のていたらくを発信したような。。。。
投稿: りぼん。 | 2010年9月 4日 (土) 15時40分
はじめまして。いつも拝見させていただいております。同業者ならではの提案やご指摘、苛立ち、苦しみ、また同胞に対する深い思いやりと時には辛辣と思われる叱咤激励。様々な葛藤の中発信を続けられる情熱と熱意は尊敬申し上げております。
ご主張や意見は私のそれと異なる点も少なからずありますが置かれた環境、経験が異なる以上当然のことと考えますし、多彩な意見とその背景を深く知ることは重要と考えています。現役養豚家様はじめ、県外の同業者様の声は参考にさせていただいております。ただこのブログは濱田様の物です。我々閲覧者はコメントする機会を与えていただいているに過ぎません。
謙虚さは常に心がけねばならないと感じました。
最近血清学検査について調べていました。どちらかと言えば潜伏感染源の完全な排除、再発防止、また宮崎が他県の同業者からの信頼回復を目的としてどの程度の規模で行えば科学的に証明できるのか、実施するに辺りどの程度のコストと時間、法令、条例が必要なのかという点が知りたかったからです。またコスト負担者がだれなのか。
濱田様の記事を読んで感染初期、前期に徹底的な血清額検査をしていたらといった視点もあるときずかされました。
ただ同時に困難だったのではと感じております。5月連休当初、獣医師の多くが殺処分に従事していましたし、あの環境下で家保、獣医師が検査のため農場を梯子することは感染拡大防止の観点から不可能でしょう。すると相当数の検体収集部隊の手配が必要でありその膨大な事務量をこなす現場の農家に精通した職員が必要になるはずですが、あの当時、それだけの仕事量に対応可能な陣容は県内にはなかったと記憶しています。もし行っていれば今度は殺処分が止まってしまい致命傷でしょう。
すでに後の祭りですが、感染拡大にさしかかったその時に獣医師、自衛隊、事務員、警察消防、その他人員を全国から一斉投下すべきだったのではと感じております。
投稿: 青空 | 2010年9月 4日 (土) 19時15分
前にもコメントしましたように、日本はルーチンにワクチンを接種していない国なのですから、まず、緊急ワクチンを接種するかしないか、の選択があって、その次に、緊急ワクチンを接種した場合に、接種した家畜を殺処分するのかしないのか、の選択がある、ということですね。
オプションは各種用意されているということです。
そのいずれの選択も可能ですが、その選択によって、清浄化までの月数が異なってくる、ということですね。
6ヶ月我慢できれば殺処分しなくてもいいし、3ヶ月しか我慢できないのであれば、殺処分の選択、ということになりますね。
もっとも、日本の国のうちのどのサイドが、その我慢の程度を判断するのか、が問題なんでしょうけれどもね。
ご参照
http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=1266
投稿: Sas | 2010年9月 4日 (土) 19時36分
以前も書きましたが、
国が備蓄している口蹄疫(O型)に対するワクチンの情報
ウイルス(O型)に対応した国家備蓄ワクチンの概要は次のとおりです。
「豚及び反すう動物用油性アジュバント化不活化精製口蹄疫ワクチン」
(メリアル社製)
製品名 Aftopor
抗原の血清型: O型
形態:200ml容器
2~8℃冷暗所保存
用量:豚、牛及び水牛については、2ml、
羊及び山羊については1mlを
筋肉内接種
国における備蓄量:O型 70万ドーズ
これが、FMDV非構造蛋白に対する抗体を検出する血清学的発生動向調査が出来るようなワクチン接種なのでしょうか?無理だと思いますが。。
投稿: りぼん。 | 2010年9月 4日 (土) 22時18分