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2010年10月30日 (土)

ありがとうございました、そして、ありがとうございます

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昨日、わが農場の古い鶏を淘汰しました。だいたい生み出してから400日~450日でさようならをします。

通常の大手養鶏場では、生み出しから300日というところでしょうから、そうとうなオババ鶏になるまで飼っているわけです。

毎回のことですが、出さなければ、次が入らないのが道理なのですが、やはり移動コンテナに鶏を詰めていく作業は気が重いものです。彼女たちとは生れた時からの付き合いでしたからね。胸がふさがれるような気分です。

短い期間でしたが、彼女たちの生命力を開花させてきたという自負はあります。いや、むしろ短いが故に。彼女たちの命は重い。畑でホウレンソウを抜くのとはわけが違うのですから。

_editedそう思ってはならないと思っても、自分の手にぬぐっても取れない血が付いていると思う時があります。だから、私たちは自分の稼業を因果だと思い、だから優しい人も多いのです。

昨日淘汰の加工をお願いした廃鶏屋さんのSさんの優しさは底抜けです。もはやそこいらの坊主などの域ではありません。引き取りに行った老鶏が、手をかけられていないと気がつくと、その飼い主を本気で怒ります。

「お前などに鶏を飼う資格はない。やめてしまえ!この鶏たちが毎日、自分の食っている餌の半分をお前のために生んでいることを知らないのか!」、と。

淘汰前日に餌を無駄だからと思って切ってしまう者もいるのですが、それを知った彼は、その場で無言で引き上げてしまったそうです。これから死に行く者に、最後の餌もやれない者には、根本的に生きものと関わる何かが欠落しているのです。彼はそれをその男に言いたかったのでしょう。

昨日も、私がお願いする鶏の前胃が膨れていることをさりげなくチェックして、納得して持っていって頂きました。そして彼の最高の褒め言葉をもらいました。

「あんたのとこの鶏は幸せだったね」

Sさんの働き者で愛嬌よしの奥さんが、昨年癌の大病を患い、それを必死に支えている毎日が続くそうです。彼は奥さんを救うために、全財産を投げ打つ覚悟です。私は、農場から去っていくSさんのトラックに、小さく礼をして合掌しました。

ありがとうございました、そして、ありがとうございます。

_edited_2さて、去って行く鶏と 入れ換わるようにして、生れたばかりの雛が入ってきました。とうぶんの間は、子育てで神経が休まりません。

まだ、この時期はいいのですが、これからの冬の入雛(にゅうすうと読みます)は、コタツ2ツを入れ、更にヒヨコ電球という温熱ランプをつけています。

徐々に温度を下げていって、だいたい2~3週間で完全に廃温となるわけですが、急激に下げてもダメ、かといっていつまでも加温していると弱い雛になるという塩梅を見ながらの毎日となります。

入って一週間は、夜と早朝の見回りが欠かせません。特に夜の見回りは、懐中電灯を持ってブルブル震えながら行くわけですが、部屋の外で耳をそばだてて静かなら一安心です。というのは、寒いとピヨピヨと寒さを訴える雛の声が止まないからです。

生まれたての雛を冷やしてしまったり、濡れさせたりすれば、たちどころに一晩で数十羽があっけなく死ぬ場合もあります。

なにが鳥飼をしていて嫌な一瞬かといえば、この、自分自身の不注意による死です。哀しさと悔しさで自分の頭をボカボカ殴りたくなります。

温かく、お腹も一杯ハッピーに眠っている雛は、まるでつきたてのボタモチを並べたようにペターっと静かに眠っています。温度計もありますが、なにより雛の状態をよく見て観察することです。

これを見て、人も安心して眠れるというわけです。昔から、苗半作、雛半作といって、強い苗や雛が出来れば、後はうまくいきます。だから、この一週間は眠い。フワ~。

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コメント

雌鳥さんありがとう(;_;)
それしか言えません。


畜産や漁業は、人間の都合で動物の命を弄ぶ行為そのものです。そして私達はその恩恵を食して生きています。
「ありがとう!」
それ以外に掛ける言葉はありません。
私、安く売られる廃用親鳥の肉も大好きです。
だからこそ、濱田さんが書かれる引き取り業者の方の気持ちに思いを馳せます。

和牛だと、11~12歳(10産)くらいが一つの境目(目安)でしょうか。付き合いが長い母牛は、15~20歳くらい。これは、かなり稀ですが。
「廃牛」という言葉は、我々にとっても、悲しい響きです。セリ市場の繋ぎ場に、ポツンと繋がれて、我々が帰るのを、不安そうに(牛は群れの動物なので単独だととても不安になり、鳴いたりします。)、じっと見つめていたあの目、・・・・。後ろを振り返れない。
固体識別番号検索で、セリ直後に、屠畜されているのを見ると、なんともやるせない思いです。
でも、そのたびごとに、本当に、ありがとうです。
盲導犬や介助犬の退役後、最期を看取るボランティアがあると聞きましたが、いつか私も引退して、可能なら、その牛版をやってみたい気もします。

「廃用」って言葉は、家畜を飼うまで、知らなかったし、と殺と殺処分の言葉の違いも、知らなかったです。
廃鶏屋さんと、お話してみたいですね。出来ることなら、坊さんの研修会の講師として、お話してもらいたいです。今は、ご看病で、それどころでは、ないのでしょうが。

戦前の坊さんは、多くは、徒弟制度でしたが、今は、徒弟制が、崩壊して、坊さんのなり手がありません。
大体、寺の長男が、寺を継ぐのが、嫌だと言って、サラリーマンになっていく時代ですし。。

坊さんより、寺の数の方が多いです。まあ、農業と同じで、確実に、サラリーが入る業態では、ありませんから。。

個人的には、迷惑で無ければ、新幹線に乗って、廃鶏屋さんの話を聞きに行く価値(価値と言う表現は、失礼だとは、思いますけど)を感じます。自分の子どものときのように、卵を産まなくなった自家鶏の首をはねて、晩御飯にする様子は、見られなくなりましたから。。(今、そんなところを近所の人に見られたら、警察が、飛んできそうですが)

ありふれた言葉ですが、生き物の命を戴いて、食糧として我々は生きているので、食事をする時の「いただきます」は、命を頂きますに通じると、何かの番組で言ってました。
その感覚が、現代人には薄れてきているのではないかとも言ってました。
飽食の時代の負の部分でしょうか?
昔は、犬や猫もただ飼われている訳ではなく、番犬やネズミの駆除など、それぞれ役割がありました。
鶏は、もちろん卵を取ったり、何かの度には、口に入ったり。
そんな風にして、意外と生き物と人間が近くで暮らしていたし、その死にも良く接していたかもしれません。その中で、生きるとはと言うことを皆、教わってきたのかもしれません。
そのような機会が少なくなった現代は、どうなのでしょう?良い世界なのか?あるいは?

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