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宮崎口蹄疫事件 その133 宮崎県は7例目を初発の可能性があるとした! 現地識者座談会を読む第4回 本部の麻痺

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「日本農業新聞」(10/20)によれば、「農水省と宮崎県は19日に口蹄疫検証対策会議を開き、国と県が別々に進めてきた口蹄疫の防疫措置の検証結果について意見交換した」そうです。

ここで意外なことが浮上してきました。「6例目の水牛農家が口蹄疫に最初に感染した農家だとする国の見解に対して、同県は7例目の企業経営の大規模農場が初発だったとする可能性を指摘するアンケート結果があるとして、さらに検証する考えを示した」そうです。

ほぉ~ですな。県はアンケート結果によるとしていますが、6例目の水牛ではなく、7例目のA牧場が初発であると考え始めましたか。このアンケートがなんなのかよく判りませんが、現地被災地での畜産農家を対象とするものだと思われます。

6例目を初発として否定したということは、渡航記録などを調査したということなのでしょうか。それとも単なるアンケート結果を言ってみただけなのでしょうか。

A牧場は、これまでも届け出の4日間もの遅れ、えびの市への家畜車両の移動による感染拡大など、モラルを疑われるような行動をたびたび指摘され続けてきました。また、牧場の対応も、経営者が東京に行ってしまったきりで、顧問弁護士のみが対応し続けています。

このA牧場が感染ハブになったことは疑いようのないことで、今回「初発の可能性」までもが指摘されるに至っては、さらに県の検証調査の結果を知りたいところです。

さて、「ピッグ・ジャーナル」誌9月号の岡本嘉六鹿児島大学教授、宮崎大学の末吉益雄准教授、S獣医師、地元の養豚家K氏による対談を読んでいます

私は現場主義です。長年農場で生きているせいか、今回も、少しでも現場に近い畜産家や獣医師の声を聞きたいと願っていました。防疫専門家にしても、東京よりは宮崎の現場の研究者たちの意見を聞きたいと思っていました。

それはこの事件を外面からではなく、内側から見る視点があるからです。この対談に登場するK氏は被災農家です。非常に厳重な防疫体制をS獣医師と協力して作ってきましたが、残念ながら、今回はそれすら5月16日に破られてしまったそうです。

また、宮崎養豚生産者協議会の中心的メンバーで、この大災害に宮崎県の養豚農家を一致団結して立ち向かう役割をされました。現在、従業員を再雇用し、再開に向けて奮闘されているそうです。ほんとうに頭が下がります。がんばって下さい。心から応援します。

では、テキストを読み進めましょう。今回の初動で、「本部」(行政の体制)がどのような担当の分掌になっていたのかがわかってきました。S獣医師は言います。

「担当部署はいくつか作られていましたが、埋却地の担当は町が中心になっており、あとは県が発生農場の疫学調査や殺処分農場の選定、段取り等を担当し、国は対策本部や殺処分現場でのバイオ・セキュリティを主に担当していました」。

これによれば、当初県は市町村に埋却地探しをさせていたことがわかります。県の役割というのはイコール家畜保健衛生所の防疫員の任務ですから、殺処分に関してに限定されていたようです。

初動において国は、完全な補助的役割にとどまり、現場農場でのバイオ・セキュリティ、つまりは消毒の徹底の確認などをしていたものと思われます。

そしてこの国-県-市町村のそれぞれの対策本部が、うまく有機的に連動していたのかが心配になります。あ、そうそう、ご承知だとは思いますが、「口蹄疫現地対策本部」はややっこしいことには三種類あります。いや、政府対策本部まで入れれば4ツあります。

つまり国と県と市町村がそれぞれ現地対策本部を持っていて、それ以外に首相が本部長の政府対策本部があるというわけです。これらが緊急時に、どこが主導権を握って、情報の集中と共有をしながら、防疫戦術の意思一致を計れたのかが問われています。

それに対してS医師が言います。

「川南町では県と国の対策本部が別の部屋で並んでいました。機能分担しているのか、どかが主導権を握っているのかが解りにくく、殺処分の現場で働いている者としては、現状の問題点を本部に伝えたいのでどこに働きかけていいのかわかりませんでした」。

S獣医師は、殺処分の現場で奮闘していたわけですが、その過程でさまざまな問題に直面していました。それを相談する「本部」がどこかわからないのでは困ります。

S医師は続けます。

「初動がうまくいかず、感染拡大を招いてパンクしてしまった理由に、豚の場合は「どのように殺処分をすればいいのかという手法が確立していなかったことがあげられます」。

やはりそうでしたか。殺処分の現場で県職員などが大型家畜の扱いができずに混乱したという話は聞きましたが、豚においてもそもそも「殺処分のやり方」の技術手法が確立されていなかったことが判りました。

埋却地以前に、このような「殺処分のやり方」そのものをめぐって現場の混乱があったのです。しかもこれに的確な指示を出すべき「本部」がパンク寸前でした。

K氏はこう言います。

「10例目(県試)まではなんとか機能していたようなのですが、その後には、動いていたのは動いてことはいたのでしょうが、大規模農場(*A牧場を指すと思われます)が感染してしまって、殺処分と埋却地の確保が間にあわず、仕事がパンクしてしまった、そこからは責任転嫁ばかりでした」。

大規模農場の感染⇒大量の殺処分⇒埋却地の絶対的不足⇒現場の殺処分のパンク⇒本部の機能のパンク⇒各級「本部」の責任のなすり合い、ということのようだったようです。

S医師はこう実情を明かします。

「私が5月4日に参加した母豚1300頭の農場では殺処分終了までに7日間かかりました。一刻を争う事態であるのに、作業は処分した家畜の埋却が日没までに終わりにするということで、それに合わせてまだ日が高い時間帯でも殺処分のほうは終了ということになってしまいました」。

このようなひとつの作業部署と別のそれを調整すべき「本部」が、すでに機能マヒしてしまていたわけです。

S医師は殺処分の遅れについての現場からの報告を続けます。

「土地があっても埋められない農場も徐々に増えていき、その結果、殺処分頭数よりも発生頭数が増えていきました。また、器材や手法が整備されていない現場もあり、豚の殺処分初日に30頭しか処分できなかった農場もあったと聞いています」。

「当初の豚の殺処分では電殺機を使っていて、30分くらいで故障して作業がすべてストップしてしまったり、電殺機が2台くらいしかないのに壊れやすいという問題もあったようです」。

一日にわずか30頭では千頭を超える農場ではと考えると、気が遠くなる思いです。現場ではいかに深刻な器材と人員の不足、そして処分方法の混乱があったのかがよく判ります。

結局、この惨状を解決したのは国でも県の「本部」でもなく、民間の獣医師団体JASV(日本養豚開業獣医師協会)であったようです。
JASVhttp://www.e-jasv.com/

S医師はこう言います。

「5月4日にJASVを通して全国から民間獣医師が集まってくれて、NOSAIチームとJASVチームとで母豚の薬殺による殺処分を担当するようになり、母豚の殺処分のスピード゙が大幅に早まりました」。

JASVの民間獣医師たちの果たした役割の大きさは賞賛に値します。彼らの献身的な活動がいなければ、この泥沼のような混乱から抜け出すことはできなかったでしょう。

S医師が言うように、「4月末まで家畜防疫員主体で殺処分しようとしたことが大きな問題」だと思われます。県の職員だけで殺処分をやろうとした結果、初動の処分の重大な遅れを招きました」。

民間の大型家畜の扱いに習熟している開業獣医師や、NOSAI獣医師と日頃から緊急時の動員の取り決め、防疫訓練をしておけば、このようなことにならなかったのではないか、と思われます。

また末吉先生は、殺処分と埋設忘却地とのタイミング゙のことを指摘します。

「せめて5月の連休前の段階で殺処分がスムーズにいっていたら、ここまで拡がらなかったのではないかと思います。しかし、ウイルスが増えるのを抑えるために殺処分を急ぎすぎると、埋却地確保が間に合わずに死体を放置することになり季節の暑い時期でもあって、融解などの事後変化が進んでしまう事例をありました」。

つまりは、こういうことではないでしょうか。口蹄疫の戦場で、各々の前線の兵士たちは勇敢に闘っていても、それを支えるべき兵站(ロジェスティク)や、指揮系統が麻痺していたのです。そもそも「本部」(司令部)が3ツもあるのでは、まともに指揮系統が機能していたとは思えません。

前線には弾が届かず、兵力も足りず、攻撃方法も定まらず、兵站は滞り、司令部は複数あって、麻痺した上に互いに内輪もめまで始める・・・これが5月連休前後の宮崎県の状況だったようです。

このような現場からの証言を聞くと、初期の口蹄疫との戦いの敗北は、負けるべくして負けたということのように思われます。

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コメント

船頭多くして…と、
会議は踊るが…
が、立て続けに来て前線大混乱だったってことですかね。

負け戦に陥る典型じゃないですか…。


前エントリーの青空さんの話ですが、あの伝播速度からして元になる要素(看畜の涎か糞尿か吐息か)はともかく、私は空気感染だと思います。
飛沫や接触感染だけではあり得ない速さかと。

黄砂説は否定的に捉えてます。
黄砂にいろんな粒子や細菌が付着しているとの研究データが出てますし、最近蔵王山の樹氷が黒ずむ異変も起きてますが、それが感染元ならすでに日本中でしょっちゅう発生してるはずではないかと考えます。

投稿: 山形 | 2010年10月25日 (月) 09時10分

指令系統はひとつ
トップダウンで役割を分担
各々の機関が連携する
機能するコンソーシアムが形成されると良いですね。

投稿: Canon | 2010年10月25日 (月) 13時26分

えびの市の場合、市の対策本部と県の対策本部の支部(?)がありました。ただ、信じられないことに、県の対策本部は、お隣の小林市の県の出先機関(振興局)内に存在していました。このことで、何かあると、いちいち小林市から車で、県外からの応援防疫員が運転手付きで、ここえびの市まで来るという具合でした。当然、NOSAI、JA、えびの市と連携すべき、県の対策本部が離れているため、なんともお粗末な事態が発生していたらしいです。
▼FAXでの書類のやり取り
▼メール送受信の確認電話
▼FAXの故障により、電話での確認
アホかと言いたくなります。
えびの市役所内に県の対策本部(支部)が存在すれば、上記トラブルなど皆無のはず。
このこと、「いくら提言しても聞き入れてもらえず」と、知り合いのNOSAI獣医師があきれてました。

投稿: Cowboy | 2010年10月25日 (月) 15時42分

うーん、と、唸ってしまいます。
やはり、想像どうりというか、、。
色んな提言を、聞き入れれもらえない。責任のなすりあい。
 今となっては、事後で十分だから、たら、れば、でいいから、誰の、何処の、何時の判断ミスなのか明らかにしてほしいものです。
 責任の所在を明らかにしなければ、また、歴史は繰り返すことになりはしないかと心配です。
 ついでと言っては何ですが、死体が融解してもウイルスは増殖しないので、埋却できなくても感染源の殺処分を進めるべきでした。この1点だけでも守られていればと悔やまれます。

投稿: 森田文弥 | 2010年10月25日 (月) 16時11分

推察するに大規模企業系列の農場は、NOSAIやJAとも
関係の疎いいわばアウトサイダー的存在だったとすれば、
家保や地方自治体とも連携どころか、感染が疑われた時点で自主的届出が行われていたか多くの疑問符が浮かびそうです。
今後、農村地域に於いてこうした企業系列の農場が進出してきた場合、法整備を敷かなければ、132エントリーの
松井さん御指摘の>10kmも離れた場所が原因で、長い年月をかけて築きあげたものが、ゼロにリセットされる生業
の悲劇が繰り返し起こりかねません。

投稿: doll24 | 2010年10月25日 (月) 21時15分

失礼します。松井です。

口蹄疫が発覚した当初、「ボランティア」を募っていたように思います。

名物知事を擁し、観光や県産品のPRに何処よりも秀でた宮崎県が、大型連休を前にして断固たる措置がとれるか、疑問でしたが、ほとんどなかったように思います。予定通りに過ごしていたように思います。

また、口蹄疫に対してボランティアで臨む姿勢に、呆れかえりました。

口蹄疫の全容はまだ把握されていないと思います。法律や防疫マニュアルにしても、一時的な行動指針でしかありません。政権には「法治国家で法律を諳んじていれば鬼に金棒=全知全能の神」という自負心があったのでしょうか。

エース級種雄牛や薦田氏の種牛のように、同じ牛舎で感染させずに守り抜いた事例があります。この関係者が描いたウイルスの感染路がどのようなものであったか、大変参考になると思います。

インフルエンザは、毎年流行します。しかし、口蹄疫は約1世紀の間隔でした。インフルエンザのような微細な飛沫にのって漂いながら、感染を広めるものではないと思います。黄砂はないでしょう。

2mの空間とベニヤ板で数日間遮断したのであれば、糞尿・よだれ・くしゃみ・放屁の飛沫が怪しいと思います。

何も100%ぴったりとウイルスの姿を言い当てていなくても良いと思います。今までの法律だって、机上の空論だったのですから。
同じ牛舎や豚舎の家畜間の感染を遮断する、というものではなく、「施設外へ漏洩させない」ということでかなり効果があるように感じます。

口蹄疫は発症前からウイルスを排出するとすれば、平素から2m程度の飛散距離を考えて、糞尿や体液を施設内に止める配慮が大切なように思います。
「外部からの侵入」が突破されても、「外部への漏洩」ができれば、全体の被害は少なく、通報の後の防疫が効果を奏するように思います。

投稿: 松井 | 2010年10月26日 (火) 06時37分

松井です。論旨が明確でないので補足します。

診断・確定・初動・指揮命令系統・予算・補償等、いろいろな要素が錯綜します。

しかし、薦田氏やエース級6頭、あるいは県境の防疫等を考えると、平素から発症(初発や後発含めて)施設の外部への口蹄疫ウイルスの漏洩を防いでいれば、基本的には単発で終息するように思います。

いろいろな権限や要素がからむと、100年たってもまとまらないかもしれません。むしろ、夫々の施設で口蹄疫ウイルスが施設外へ出ない配慮をすることが、一番の早道に思います。

床を防水仕様にして、糞尿を外部へ朗へいさせない構造として、ピットに集めるだけでかなり違うと思います。

投稿: 松井 | 2010年10月26日 (火) 06時58分

お隣の小林市の県の出先機関(振興局)内に存在していました>>>>私が、思うには、それぞれの県で、家保が、複数あり、その家保が、自分のエリアの牛農家、豚農家を、掌握して、名簿を持っているはずと思う。だから、家保へ、連絡すれば、担当エリア内の農家には、一斉に通報が入るはず。わざわざ、別な出先機関に本部を作る意味がわからない。市役所なら、どこかの会議室を、対策本部にすれば、あらゆる行政担当者が、そこに居る訳で、すぐ話がつくはず。


殺処分の現場で県職員などが大型家畜の扱いができずに混乱したという話は聞きましたが、豚においてもそもそも「殺処分のやり方」の技術手法が確立されていなかったことが判りました>>>>

これは、なんとなく、わかります。家保の獣医さん、事務屋さんに毛が生えた程度でしょ。
毎日、現場で診療している獣医さんの手際には、かなわないでしょうね。県外からTVニュースを見ていても、豚の追いたてすら、へっぴり腰ですし、農家さんなら、コンパネ持って、2人でペアを作って、一気に誘導してるのでしょうが。。いつも、ステージの入れ替えや、出荷のための荷台乗せとか、日常ですから。

それにしても、殺処分方法が、具体的に、決まってないって?つまり、方法が、解らないから、獣医を集めたってこと???

投稿: りぼん。 | 2010年10月26日 (火) 07時17分

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