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2010年11月 8日 (月)

白か黒しかない思考の貧しさ

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この人、私を挑発してなにが楽しいのかな?「通りすがり」という人は、今度は私のブログ全体に対して唾を吐きかけてきました。

今度は私の口蹄疫記事そのものを、「評論家ぶった態度」とか、「一貫性のなさ」とか、「稚拙で拙劣」とまでおっしゃる。言いたい放題とはまさにこのことです。

たいした御仁だ。どこのどなた様でしょうか?以下彼のコメントを貼り付けます。

>西山事件くらいあなたの講釈を聞かずとも存じております。機密漏洩と情報開示は別次元の問題です。

この問題だけでなく、あなたには時節に乗って持論をくるくると変えていく一貫性のなさを感じます。

東国原知事を批判してコメントで叩かれると謹慎して、今度は東国原知事や宮崎の方に
おもねるような記事を書き、現役養豚家さんに反対の立場ならば、反論すればいいものをその勇気がないのか持って回ったような言い方をして我こそは口蹄疫に関しての評論家のような知識人ぶった態度を取る。

その思考方法が極めて稚拙で不快です。

実はもう尖閣問題はふれないで口蹄疫に戻ろうと計画していたのですが、口蹄疫に対する私の態度までこうまで言われては、、私の人格が疑われます。尖閣問題はとりあえず置いて、口蹄疫について書きましょう。

■口蹄疫に対する私の「一貫性のなさを感じます」だそうです。そのとおり、一貫していませんよ。それがどうしましたか? 私は評論家でもなく、大学教授でもなく、ただの畜産農家だから「一貫性がない」のです。

私はこの口蹄疫事件を当初から支援してきました。それは別にあなたが言うような「国家観を追求する」ためでもなく、「知識人」の知識欲を満足させるためでもなく、純粋に現地の被災農家を助けたかったからです。

なんどとなく書いていますが、私は3回も大きな伝染病を経験して、この手で自分の家畜を殺処分にしたことすらあります。この苦痛は誰よりも、頭ではなく肉体的に理解できるつもりです。一貫してここが私の原点です。

その私に「評論家」と言いますか・・・。ため息が出ますね。最も私と遠い立場だ。

この「通りすがり」という人が、どこまでこの口蹄疫事件を追ってきたのかわかりませんが、情報は当初から限られていていました。

ほんとうに必死になって現地で何が起きているのか、どんな事態が進行しているのかの情報を探したものです。その中で「宮崎甲斐」さんや、cowboyさん、「一宮崎人」さん、「北海道」さん、「山形」さん、そして該博な知識をお持ちの「りぼん」様などに助けられるようにしてやってきました。

その意味で、私のこのブログは私のものであってそうではありません。コメント欄の皆さんの声、情報まで含めて、「私のブログ」なのです。

しかし、いったい「通りすがり」という人は、この中で何を見てきたのでしょうか?

■たしかに私は「現役養豚家」さんに再反論を回避しました。なぜか?その理由もなんどとなく書いたはずです。

まるで私が尻尾を巻いた負犬のようにいいますが、私は単純な討論では、勝つ自信がありました。つまり口蹄疫対策で、ワクチン接種・全殺処分が正しいのか、それともそれ以外のマーカーワクチンを使った方法もあり得たのか、です。

そのことについての議論ははいずれやることになるでしょう。ただ、「今」現在ではない。

私が「現役養豚家」さんの出して来た情報で驚いたのは、日本養豚協会と、JASVの果たした役割を初めて知ったからです。

私はそれまで、動衛研の派閥のボスである寺門氏と、消費安全局が中心となって山田大臣を巻き込んでいったと解釈していました。そしてそれに一部の業界団体の「圧力」があったと思っていました。

しかしもたらされた情報によれば、そうではなく5月段階で日本養豚協会が山田大臣を動かし、現地の宮崎養豚生産者協議会までが根回しをしたところで、いわば養豚関係団体の総力を上げての取り組みがあって、このワクチン・全殺処分方針が出てきたことを知りました。

そしてJASVの獣医師の5月GW中の緊急現地支援も知りました。この緊急支援がなければ、もっと深刻な事態に立ち至ったことでしょう。

■議論で「勝つ」ためには、それが唯一の目的ならば、そのような自分にとって不利なことは無視すべきです。私のように「そうなんですか・・・、それは立派な対応でした」などと言わずに黙殺しておけばいいのです。

私がこの方の言うように議論こそ命の評論家だったら、たぶんそうしていたでしょう。しかし私は、現地被災農家支援と、今後二度と宮崎の悲劇を繰り返さないためにこの記事を毎日半年書いてきたのです。

それが私の畜産農家としての意地であり、誇りでした。

ですから、まず現地宮崎の養豚関係者の直の声を聞き、彼らが何を見たのか、何を怒ったのか、泣いたのかを知りたく「ピッグビャーナル」誌座談会特集を組みました。

これが私の流儀です。空中戦をしない、議論のための議論をしない。農家としての視点を忘れない。だから「現役養豚家」さんも同志であり、仲間なのです。

ところが「通りすがり」氏は大型掲示板特有の口汚いバトルが楽しみだったらしく、がっかりしたわけです。

ご希望にそぐえず残念でしたが、畜産農家は望みは一緒です。伝染病のない農場です。その目的がひとつであり、そして互いの立場を理解すれば、安易な議論は慎むべきです。

それと誤解があるようですが、「現役養豚家」さんとは近所ですし、メールでよく情報交換をしていますよ。むしろ仲がいいくらいです。ですから、別に彼と討論するのは「勇気」などいりません。「もってまわった」言い訳もいりません。

むしろ私は、彼に彼のブログで反論文を書かせてほしいと提案したほどです。ただ、この時期にやり合うべきではないと互いに控えただけです。彼もそのあたりは理解しているはずです。まったくわかってないな、この人は。

■しかしなんで、東国原知事の自主謹慎騒動まで引き合いに出すのですかね?もうほんとうに困った人です。あなたには人間の気持ちなんて分からないのでしょうね。お気の毒な人だ。

あの当時、私は知事のやり方や県の取ってきた防疫方針に非常に批判的でした。特に初動の失敗は、同情的な部分もありつつも、やはり致命的失敗だと思っていました。

菰田さんに対しても非常に問題があると思っていました。だから思い切って、批判記事を乗せました。それまで言いたくても渦中の人を批判するのはフェアでないと思ってきたからです。

■そしてもうひとつ宮崎県批判を手控えていたのは、口蹄疫拡大の原因が宮崎県の防疫体制の不備のためでもありますが、それは他の県にも共通することだからです。鹿児島と北海道を除けば、どこの県でも似たりよったりだからです。

ならば、それはむしろ広域防疫をせねばならない国家としての口蹄疫対策そのものの不備であり、ひいては国の防疫方針の不備にほかなりません。

政府対応が全面的に正しかったと言えるでしょうか。4月から5月初旬までの赤松大臣時期では無為無策、そして山田大臣は全殺処分方針でした。いずれにも私は反対です。

この国と県との問題になると、直ちに白か黒かという議論をする人たちがいます。というか、その方が圧倒的に多い。養豚関係者の多くは、東国原知事を容赦なく批判し、山田大臣を全面支持します。

私はそれに与しません。県と国を公平にできるだけ見ていこうとしています。私はそう単純ではないと言います。それを一貫性がないというなら、どうにでも批判したい人はしろ、という気分です。

■「時節に乗ってくるくる変わる」ですか・・・。変節者、時流に乗る奴というわけですね。私が一番ひとから言われたくない台詞だ。

今まで58年間生きてきましたが、私にこんなことを言った人間はあなたが最初です。人格否定にもつながりかねないことを平気で書き込む、それも「通りすがり」でありながら!たいした人ですよ、あなたはどこの何様ですか。

ここは2CHではありません。この「通りすがり」というネーム自体が、その匂いがぷんぷんします。そしてこのブログは、口蹄疫に関わっているプログで数少ない実名ブログです。

つまり「濱田幸生」というひとりの人間が生身で書いている場所です。生き方も、生きてきた道も明らかにして、喜びも哀しみもさらけ出して書いている場所です。

警告します。私は非常に怒っています。今後このような私の生き方に関わる部分を否定をしたいのならば、それなりの覚悟をしてきなさい。

「通りすがり」などという安全地から横目で見て、いっぱしの口をきくんじゃない!この子供が!

■さてもう一点。東国原知事はが県民の中で占めていた位置です。それは90%を超えるような驚異的支持率が物語るように、県民が彼を指導者として信頼し、まとまって闘っていこう、宮崎県民がこの大災厄の前にひとつになろうという意思でした。

私はそのシンボルである彼を安易に批判してしまった、と感じました。あの時点で、まだ嵐が過ぎ去っていない時期にそれをするべきではありませんでした。そのことについては反省し、自主謹慎という方法で宮崎の人々に誠意を伝えたつもりでした。

そして今、東国原知事は離任することを表明し、そして事件も総括の時期に入りました。

今後批判すべきは批判し、評価すべきはして、彼の功罪を明らかにしていきます。彼の手記を丹念に読むこともしました。それを「おもねった」とまで言われれば、勝手にそう読みな、と言うだけです。

ここでもあなたは、白黒をつけてほしかったですか?世の中単純でいいですなぁ。まるであなたは子供のような単純な世界観と、私が自分が思うように言わないと駄々をこねてわめく、まるで子供のようだ。おいくつにおなりですか?

■現地宮崎は複雑です。分かれば分かるほど複雑です。
被災地と被災地以外の一般の人が違い、牛と豚で違い、系統と商系とでも違い、大規模と小規模でも違います。
防疫関係でも、家保と民間獣医師は違います。もちろん地域の差による違いは濃厚にあります。
その上に国と県との違いはあたかも抗争のようでした。

これを養豚関係者のみが正しいと言えますか?逆に牛関係者のみを正しいと言えますか?国のみが正しいと言えますか?県のみが正しかったと言えますか?

これらの立場の違いをよく考えて、その人に寄り添って物事を考えていかねば実像は判ってきません。私も現地の苦しみと複雑さを百分の一も理解できていません。知れば知るほど歯切れのいいことは言えなくなります。

それを「くるくる変わる」だの、ましてや変節呼ばわりされとなると、この人、まったく宮崎現地を見ていないなと思いました。

■「持ってまわったような評論家的言い方」ですか。だんだん怒る気がしなくなりました。私が「評論家」なら、自分の農場の防疫の失敗でニューカッスル病で全滅したなんて恥を書きはしませんよ。そのあとに極貧になったなんて書くバカはいませんって(笑)。

私のことを評論家だなんて思うのは、私の読者であなたひとりくらいだと思います。

■ところで最後に、尖閣諸島と「知る権利」問題ですが、何もあなたは書いていないじゃないですか。ただ「知る権利と機密漏洩とは別な問題だ」と、同じことを繰り返しているだけで、ぜんぜんかみ合っていませんね。

私があなたに代わって整理します。

●機密漏洩は国家の保安上のセキュリティの問題です。
●情報開示、あるいは「知る権利」は、国民主権上の問題です。

ですから、私は前回の記事で内部告発者は懲戒免職されて、刑事訴追されるかもしれないと書きました。それは前者の国家保安上は罰せられて当然だからです。

■しかしここで問題とすべきはむしろ、国民主権と国家保安問題のどちらが重きを置いて国民が判断すべきかです。

国民主権とは、国家運営を決する最終的決定権を国民自らが有するということです。政府はそれを国民から付託されただけであり、その政策方針が国民主権と相いれない場合、国民はその修正を要求する権利を持ちます。

これが民主主義のテーゼです。ですから、仙谷長官のような、「裁判前の証拠開示は不要」という言いぐさは、国民主権上の問題を小手先の法理論でごまかしたものにすぎません。

問われているのは国民主権です。国民は平等に「判断の材料」となる事実を知る権利を有します。そして政府はこれを「提供する責務を負います」。これは2010年東京地裁杉原判決で出ている判例です。

仙谷長官は1970年に司法試験に受かったので、この2010年の杉原判例を読んでいないのでしょうか。

■問題なのは、「機密漏洩」一般ではなく、「何が流失したのか」の中身の問題です。要するに,ケース・バイ・ケースなのです。

何がなんでも時の政府は、内部情報を開示せねばならないわけでもなく、かといってそれを拒否してもいいわけでもないのです。あ、また白黒を歯切れよく言わない「もって回った評論家」調でしょうか(苦笑)。

たとえばここで3ツ例をあげることにします。

●ひとつめは、西山事件です。これは外交上の秘密条項を暴露しました。それには外務省事務官が関わっていました。これの「機密漏洩」はどう考えるべきでしょうか。

私は微妙だと思います。外交条約は二国間でなされ、それには往々にして秘密条項が付帯します。それを片方の国が開示してしまったら、以後日本と外交条約を結ぶ国はいなくなるであろうからです。

しかし別な見方をすれば、これを「知る権利」は国民にもあるのだ、という議論も一方であるのも理解できます。国家の重要な政策決定に際して、主権者たる国民が知る材料をあらかじめ奪われたという主張も理解できます。

●二つ目は、今年に発生した警視庁外事3課の国際テロ情報の漏洩です。これは、国民と国家の安全を大きく脅かしかねない卑劣な愉快犯的漏洩です。

これはいうまでもなく、厳しく取り締まられるべきです。弁解の余地はありません。

●三つ目は、今回の尖閣諸島衝突事件の映像の漏洩です。これは前回で詳しく書きましたが、国民が「判断すべき材料」を国家が不当に隠蔽してしまったために発生したことです。

本来国家が提供すべき情報を、自らの政治的思惑から隠蔽したことに端を発しています。これを怒った内部告発者が機密を漏洩しました。

■このように切り分けて考えないで、いちように機械的に「機密漏洩」だと言っても仕方がないのです。だからこの人は私に、「ものごとの本質を考えない」と書かれるのです。

今回は刑事訴訟法上はギルティ(有罪)です。しかし、その刑法の上位概念である国民主権においてはノット・ギルティです。

ですから世論、言い換えれば国民の意思が、内部告発者をノット・ギルティだと支持すれば、政府は刑事訴追することが非常に難しくなるでしょう。

「通りすがり」さん。もう一回、反論の機会を与えます。ただし、次回同じ汚い表現を使って同じ舌足らずなことを繰り返すのなら、その次はありません。

■写真 今日の僕の気分。ガオー!

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コメント

「通りすがり」さんの前に、管理人さん、質問があります。
>国民が「判断すべき材料」を国家が不当に隠蔽してしまった
とありますが、映像は確かにインパクトがあり、国民がこの事件のことを考えるために、非常に有用性が高いと考えますが、
▼その映像が見たいという欲求が先行している感が否めないし、隠せば隠すほど余計見たいという心理のみが先走っている
▼国民全員が見ることができるように、メディアに流す映像に値するものかどうか
▼あの映像は、結局、日本国民の判断材料としてではなく、日本人は、中国の外交スポークスマンの発言を聞きたい(中国人よ、反論してみろ)にベクトルが向いているだけ

と思われます。如何でしょうか?

「cowboy」様。そうです。隠せば隠すほど「見たい」ものなのです。それは人間の本源的欲求です。

第一、日中間で紛争になった事件の、絶対的証拠を「見たい」と思うのはあたりまえのことです。

しかも、それが「ある」といいながら見せない」のですから。
さっさと9月に公開しておけば、こんなことになりませんでした。これを「見せない」という理由に、仙谷氏は「日本人の過剰なナショナリズムが心配」と言っていました。

それはおかど違いというものです。ウルトラ・ナショナリズムはかの国こそそうであり、わが国は抑制的な対応に終始しています。
このような国民を愚民視する見方が、かえって日本人の国民感情に火をつけるのだと思います。

中国当局は色々すでに言っています。彼らははい、そうですか日本が正しいです、などと口が裂けてもいいません。したかたかてす。
だから客観的な証拠がいるのです。

ご無沙汰しております。
情報公開と機密漏洩と、厳密に言うと、どこがどう違うのでしょうね。
米国との核密約を暴いたと意気揚々だった政党が、今度は自分に都合の悪いことは機密漏洩だと言う。
藤井元大臣はネットに対して規制をかけると取れる発言までする。とても、常に見守っておられた方とは思えない積極性。
密室政治を糾弾していた政党とは思えない様変わり。
空恐ろしい物を感じます。
いずれにせよ、国民の財産(牛、豚、領土、命)を守れない政府は、果たして政府としての資格が有るのでしょうか。

尖閣は完全に日本領土(ついでに自然の宝庫)です。
以前から漁船取り締まりを「はるか以前から(だからこそもっと早く問題化すべきだった)んです。

明らかな中国政府の侵略行為そのもの。
しかも、根こそぎやってく底引き網(庄内沖)でも30年前から韓国漁船が問題でした。


何処の他国政府がとかいうのではなく、我が国の海を守るのに最大限の努力はかかせません。

すいません、途中で切れた。

近隣外国との付き合い方や資源争奪戦はこれからも起こるでしょう。

「通りすがり(笑)」さんが、 どう思うかは知ったこっちゃないですがね。

まあ、あなたがどこな人で何を思って暴れてるのか…まったく理解に苦しみますが。

少なくてもあなたが稚拙で幼稚なことは理解しました。

濱田様 知事や県の対応について非常に悩みながらブログに書かれていたのを私は感じていました。ブレたのでは無く、書きたくないけど書かざる得ないという事だったんだと思ってます。
尖閣諸島の問題や口蹄疫、沖縄問題などに共通するのは民主党の「いい加減な場当たり主義」です。口だけで後の責任は放棄する無責任さ。 ワクチン接種にしても、赤松前大臣が政治主導を「勘違い」し農水省側の獣医師を遠ざけ、意に反する後藤教授を遠ざけていました。
ある日突然目リアルが策定したワクチン接種・早期出荷作戦を実行。
ここでも現地の実情を無視した為に、広過ぎる範囲のワクチン接種。処理能力を超えた早期出荷対象、後から検討していた「幼動物はどうするか」…。
打ち出した事は都城への化製処理工場への搬入。 これは「当然の反応として」、ウィルス蔓延地域からの搬入を都城側農家、JAが拒否。
そしてまた「途中で思い付いた」のが、ゴミ焼却施設への搬入。これまた規格が合わず頓挫。
それでも「まるで子供みたいに意地でも引かなず」実行した早期出荷の結果、飛び火を点火。出荷前に防疫員が立ち入ったパドックの残り牛から発症。車両の共通(行って戻った)は有ったが防疫員が共通していない農場は未発症。
ここでも大きな問題を残しました。早期出荷時に感染した可能性の有る(防疫員の目視だけで通過)、食肉処理された部分肉はどうするのか?
元々発生当初より制限区域内の処理工場(日向)を特例で稼働させる事を思い付いた国・県の家畜移動に対する考えの甘さも根底に有りましたが。
都城発生時(6月9日)ですら県が真っ先に要望したのが、10km圏内に有る処理場(みやちく高崎)の特例開場。6月9日の発生農場での処理に処理場の駐在獣医師を動員していたにも関わらず。
長くなりすみません。尖閣諸島のリークも実際にフロントラインで対処されている方々の苦しい思いが有っての事かと私は思います。もし銃器などで攻撃された場合は海保の方々はどう対処したら良いのか、という危機感。後で見えない(バレない)事をいい事に何と言い出すか、分からない政権。
そんな民主党に政権交代した、この状況での口蹄疫。何でも国に求める前に宮崎県も畜産が主要産業だから大変、と発生してから騒ぐ前に前もって、すべき事が有ったと痛切に思います。
補償にしても、赤松前大臣が口走った根拠のない数字が一人歩きし。山田後任大臣が最後まで尻拭いさせられている感じでした。

久しぶりにコメします。
濱田様ご無沙汰しております。
長い期間に様々な情報が入ってきます。その新しい情報によって、考え方を微調整したり、中には「目からウロコ」的な情報に出くわすと、まるっきり今までとは違う考えが浮かんだり・・・それは情報が多様化している現代では仕方ない事であり、それがその人の成長に繋がるものと思っています。
ここは、あくまでも管理人である濱田さまのブログであり、ぶれようが曲がろうが自由に記事を書けば良いのであって、それを批判する事は出来ません。
我々は、その記事を見て自分なりに考え方を纏めれば良いのであり、どのように解釈するかまで、管理人の責任ではありません。
さて、先日都城市に行ってきました。防疫に当たった担当者から直接聞いてきました。
現場での苦労話も、事前に予想していた以上のものがあったようです。(特に今年は猛暑だったし、大雨もありましたしね)
今担当者が一番心配しているのが、防疫意識の低下だそうです。県内では毎月20日を防疫の日(消毒の日)と定めて啓発して行くようですが、宮崎県ですらそうですから、他の都道府県は尚更ですね。今度どこかで発生したら、今度こそ国内畜産の壊滅!!かも知れませんね。
そんな事が起きない(起きても早期終息するように)様に日頃から防疫体制の堅持を心がけて行きたいと思います。当町でも都城市の体制を参考にマニュアル作りを進めて行こうと考えています。

通りすがりは管理人に一言謝罪して去るべきだな

見苦しすぎ。

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