TPPとワンセットになった農家戸別所得補償は、農家への手切れ金か?!
日本農業の悲劇は、日本農業が自らの手によってその累積した矛盾をときほぐせないことです。
自民党農政は確かに愚かではありましたが、土着的でもありました。その泥臭い矛盾は日本農業の苦悩する姿そのものだったような気がします。ま、褒めてやればの話ですが(笑)。
旧来の農業や農村の基盤そのものである農民層を生かそうとすれば、農民の過半数が兼業化している以上、農業が産業部門としてなりたたず、それどころか「自由貿易体制という国益の障害となっている」(「同友会提言」)わけです。
かといって農民や農地を強引に整理大型化しようとすれば、自由経済社会の基本である私所有権とぶつかってしまい、農村の崩壊現象を招きかねない社会問題と化すおそれすらあります。水田の改良工事が、多くの反対や怨嗟を浴びながらとりあえず出来たのは、水系によって生産を握られている稲作の特殊性があったからです。一般にはそう簡単にいきません。
農業委員会は耕作放棄地の一般への情報開示すら拒んでいるのです。こんな状態下での農地の集約化は、伝聞と貸す話の持ち込み、あるいは競売物件といった有様です。JAや行政の土地バンクも未だ限定的な存在です。
昨今、よくいわれる農業のトレンドに「所有権と耕作権の分離」という考えがありますが、それをするためには透明性をもった行政権力が中に立つ必要があります。それなくして、農民の利害代表者であるJA農協の合意を得るのはなかなか難しいようです。
というのは、そのようにして集約化した農地が、農業外の法人などに買われてしまっては元も子もありません。
JAにとって、自分を迂回する農産物の集散をする団体が大きく成長することは、自分たちの一元的な農業におけるパワーの源泉の衰弱を意味してしまうからです。ですからとうぜんのこととして、「所有権と耕作権の分離」によって成り立つ農業法人には本能的に警戒感を持っています。
このような日本農業の自縄自縛、言い換えれば自己解決能力の欠落を尻目にして、黒船よろしくTPPやFTAというカタカナの津波が、黒い壁のように水平線に現れているのが見える時代となってしまいました。
農業の危機は食の危機です。そしてその危機が深ければ深いほど、解決は簡単ではありません。もし簡単で明快な答えを、今の日本農業に出す者がいたら眉にツバをつけて下さい。
つまりと、片方を解決しようとすれば片方が成り立たず、その双方を立てようとすれば政策があいまいになってしまい、政策たりえずなのです。まるで堅くねじれあってしまった糸玉のようです。
かくして、なまじ農村に長年根を張ってきた自民党にはそれをときほぐせないままに手をこまねき、とうとうその本質において都市型政党である民主党に政権の席を譲ってしまいました。
民主党農政は今は形も理念もない状態ですが、TPP推進派の次期首相の声も上がる前原外相が主導すれば、間違いなく財界の農業改革政策に酷似してくるはずです。
たとえば、農地法の改正により土地流動化を促し、集約化を進めながら異業種を農業市場に参入させ、大型化のための基盤整備を国の力でしていきます。、そしてゆくゆくは外国資本の農業市場参入、GM品種の導入まで展望に組み込んでいるはずです。
それらの民主党農政の障害となる農家には社会保障的な痛み止めを打って余命をまっとうしてもらう。それが農家所得補償制度です。TPP締結まで最短で5年。そしてセンシティブ農産物であるコメの移行期間が10~15年、とすれば直接所得補償の期間は最大で20年間。今平均で60歳の農家が、80歳。いわば掛け金なしの農業年金です。
はっきり言えば農家個別所得補償金とは農家への手切れ金、慰謝料のようなものです。
民主党はJA農協が衰退し、解体の道に進む政策を打つでしょう。まずジャブとして2009indexという選挙向けの政策集で農協を批判し、JA農協=農政連の自民党支持を揺さぶりました。
JA全農こそ、TPPを締結をめざす財界型農業改革を断行していく時の最大の障害物だからです。またJAの抱え持つ巨額のJA系金融も魅力なはずです。誰にとってですかって?もちろん米国にとってですよ。郵政民営化の真実の標的が簡保や保険業であったように、その巨額の預金資産の自由化は米国にとって垂涎なはずです。
これが、今まで自民党すら言い出せなかったどぎついまでの本音です。自民党は片足を保守王国とまでいわれた農村に置いている故に農政すべてが中途半端でした。となれば、これそが民主党でなければ出来ない「農業改革」ではないでしょうか。
先ほど私は、日本の農と食の病はねじれた糸球のようなもので、簡単な答えを持って来る者には眉にツバをつけて下さいと言いました。その簡単な回答の一例が、TPP自由貿易体制とワンセットになった農家戸別所得補償制度です。この制度を単純な選挙目当てのバラ撒きととらえると本質を見誤ります。それはあくまでTPPに対する農民層への手切れ金なのです。
かつて 日米FTAを民主党マニュフェストに書き込んだ張本人である小沢元代表は、「安心しろ、FTAを締結しても農民の生活は所得補償で守る」と言いました。
なるほど彼は嘘はひとことも言っていません。ただし老いたわが日本の農民が生きているあと20年間限りは、ですが。
■写真 朝焼けにカラスが一羽飛んで行きました。
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コメント
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昨夜のTVタックルスペシャルを観てましたが、ワタミの渡辺社長がダイナミックで良さそうな意見を熱弁してました。
渡辺社長は優秀で好感持ってますが、なんだかバブル全盛期の大前研一的な自由化至上主義的な匂いを感じます。
「農と食料」とは、それでいいのか?という素朴な疑問です。自給率のカラクリとは別に。
外資による経営…単純思考で否定はしませんし、ウクライナの農地争奪戦などもありますから。
しかし、なんと言うか…自分たちの食いもんは日本の農家頑張れ!が本音です。
投稿: 山形 | 2010年12月21日 (火) 08時47分
関税撤廃となれば、それを財源とする補助金もなくなるでしょうね。無利子や利子補填される資金もなくなるかも。
そしたら、規模拡大や更新のハードルが高くなり、飼養期間の長い畜産農家の後継者や新規参入者も激減するでしょう。特に、肉牛は日銭が稼げないから。
更に、補助金の窓口であるJAにも資金が流入しなくなる。農家は規模縮小。総売上減少。
まさに、日本の農業滅亡スパイラルですね。
あーあ、ブータンにでも行くかなぁ。
投稿: Cowboy | 2010年12月21日 (火) 09時16分
濱田様こんにちは!!
濱田様のご意見については、口蹄疫の記事から読ませて頂いておりますが、そのほとんどは同感ですし考え方も指示しております。
ただ、今日の記事の
・・・農協は民間だろうなんて言わないで下さいね。あれは半官半民の農水省系列の公社みたいなもんですから・・・
の部分には若干反論させて下さい。
(北海道と都府県のJAの状況の違いはあるとは思いますが)
JAは半官半民ではなく、あくまでも農民の協同組織であり、JA自体に補助金は投入はされていません。
農業に対する各種補助金の窓口となっており、申請手続きや補助金の収受事務を行って居ますので、その事が誤解に繋がって居るのかも知れません。
(補助金の受払について手数料は発生しませんよ)
ただ、例えば小麦の乾燥施設など大型投資をする時には「協同集出荷施設」と言う事で補助金を活用する事はありますが、NOSAIシステムの様に半分は補助金で運営されている事は、JAでは有り得ません。
TPPに伴う「所得補償制度」の行く末には、品代から手数料を徴収しているJAの収入減を限りなく低下させ、JAの運営そのものを根幹から揺るがそうとしている戦略が見えてきます。
また、JAの金融や共済の分離論も、その莫大な資金を国が管理したいと言う事を視野に入れた話だと思っています。
国会議員の質が低いのは国民の質が低いから・・・選挙で選んだのは国民でしょ!!と言われますが、党内でゴチャゴチャしている余裕はないと思いますが、これからこの国をどのようにしていきたいのか、全く読めない状況ですね。
投稿: 北海道 | 2010年12月21日 (火) 12時05分
北海道様。なるほど、確かに協同組合です。正確さを欠いた表現で申し訳ありませんでした。今までの自民党農政と一体化したかのようなあり方が、ついそう書かせてしまいました。お許しを。当該部分は削除しました。
JA弱体化と農家戸別補償、そしてTPPは一体の流れではないかと考えております。ただし、民主党内部でも例によって定見はないようです。
TPP時代にいっそうJAの役割は大きいと思います。
投稿: 管理人 | 2010年12月21日 (火) 14時53分
連投ご容赦ください。
先ほどのコメで誤字がありましたので訂正です。
指示を支持に、収入減を収入源に訂正です。
(申し訳ありません)
これまで自民党を支持してきた農民組織の象徴であるJA解体(弱体化)の為にTPPや金融事業分離論を出して来ていると思っています。
真に国内農業の強化策やJAのこれまでの功罪を検証するならまだしも、言いかえれば政党支持の恨みつらみの感情で物事を考える政党であれば、先は無いでしょう。
経済界はTPP支持の様ですが、今の政権政党をどれだけの考えで信じているのでしょうか?
分別ある企業は、利用はしても信じる事はないでしょう!!
濱田様が仰る通り、国内の農畜産物の品質は世界一でしょう。私の町の牛乳・牛肉・野菜・豆類は自信を持って進める事はできます。
でも世界一の農畜産物を当たり前のように消費している国民は、どれほどその品質の高さを認識しているでしょうか?(食べ残しも含めて)
安い輸入農畜産物に品質で勝っても、それを理解して高く支払ってくれるかどうかが、不安な所です。
投稿: 北海道 | 2010年12月21日 (火) 16時26分
世界一の農畜産物を当たり前のように消費している国民は、どれほどその品質の高さを認識しているでしょうか?(食べ残しも含めて)
>>>>>知らないでしょうね。フランスでも、米国でも、田舎の食事は、質素です。
日本は、食材自体が、品質が良いので、あまり濃い味付けは、不要なんですが、濃い味に慣れさせると、リピート率が上がるので、企業は、濃い味の食材を提供してますよね。無駄ですね。
投稿: りぼん。 | 2010年12月21日 (火) 19時43分
はじめまして。
ついに、規制改革分科会の農業WGから「農協から金融・保険事業分離案」が出されましたね。徹底的に構造解体への道へ主導しようとするのでしょうか。米国主導での発案かと疑いたくなります。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101221-OYT1T00938.htm
TPPは、農業の問題が大きく取り上げられていますが、他の産業にも大きな影響が出る様です。
TPPアメリカの真の狙いは
http://www.youtube.com/watch?v=aV4fmGVP3kw&feature=channel
政府の「伝聞情報」ではなく、
アメリカ通商代表部と農務省へのTPPの質問からアメリカの真の狙いがわかります。
焦ってる今のアメリカは、手段を選ばなそうですね。
.
投稿: 高知県産 | 2010年12月23日 (木) 13時40分