池上彰さん、農水省がリスク・コミュニケーションできていないことと、殺処分という防疫手段とは別の話です
池上彰氏の「ニワトリをなぜ全部殺処分にするのか」(週刊文春今週号)という記事についてふ~んとうなりながら読んでいます。
池上氏の本領は要領よくまとめるという所にあります。たぶんネットを検索しまくっていくタイプじゃないんでしょうか。地味に現場取材するタイプではなさそうです。まさに子供ニュースの物知りパパのそのもののキャラ。パパは取材になんか行かないものね。
さて、池上パパの影響力は今や大変なものですから、この記事をあっさりと見逃すわけにはいきません。というのは、鳥インフルの殺処分理由を防疫官僚の受け売りのまま記事化している雰囲気だからです。
まず殺処分にする第1の理由は、「風評被害の防止」だそうで、これについては昨日、ちょっと違うと思いますよと書きました。もちろんその側面はありますが、それは農水省がリスク・コミュニケーションをしっかりやればいいだけのことです。
(上図は「PIGジャーナル2010年9月号より転載いたしました。ありがとうございます)
上の図は昨年の宮崎口蹄疫事件の時の口蹄疫についての新聞雑誌などで報道された件数の推移をみたグラフです。
一目してわかるのは、4月の初動段階にまったく報道がなされていないことです。この時期に米国にいたある科学ライターは、かの地で「口蹄疫が出て大変なことになっていますね」と米国人に逆に心配されたそうです。
皆さんもご承知のように、ネット界では大騒ぎになっていましたが、マスメディアの報道は極度に制限されており、というか民主党びいきのマスメディアが意識的にネグレクトしたのではないかと言われるほど報道皆無の状況でした。
これがよく現れているのが上図の4月から5月GW開けまでの報道の実態でした。これが5月13日のエース級の種牛の非難や県の非常事態宣言などで一斉に報道に火が着きます。
後はロクな消毒もしないで現地を走り回るわ、大変な状況の発生農家に取材に行こうとするわ、処分現場で作業者同士の声が聞き取れないほど低空でヘリを飛ばすわ、という呆れ果てた取材合戦が開始されたのは記憶に新しいと思います。
これは報道機関に対して、必要な情報が提供されず、取材に対して国のコントロールがなされていない結果です。
つまり、この重要な4月から5月初めの初動期に農水省はリスク・コミュニケーションを放棄していたのです。それにしても、農水大臣をカリブ海に物見遊山に行かせるわ、まともな宮崎県への支援はしないわ、一体この官庁はなにをしていたんでしょうね。
さて、リスクコミュニケーションは普通以下のように定義されています。
「リスクコミュニケーション (Risk Communication) とは社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などのステークホルダーである関係主体間で共有し、相互に意思疎通を図ることをいう。合意形成のひとつ。
リスクコミュニケーションが必要とされる場面とは、主に災害や環境問題、原子力施設に対する住民理解の醸成などといった一定のリスクが伴い、なおかつ関係者間での意識共有が必要とされる問題につき、安全対策に対する認識や協力関係の共有を図ることが必要とされる場合である。」
(出典Wikipedia)
4月の初動で段階で農水省というリスク・コントロールを主管する国家組織がせねばならなかった重要なタスクのひとつがリスク・コミュニケーションであったことは明白です。
そりゃあ、プレスリリースで通り一遍の情報ていどはペラ一枚ていどはアップしたでしょうが、マスメディアに対して、言い換えれば国民消費者に対して伝えるべき情報をちゃんと出したのでしょうか。
まず第1に、口蹄疫とはいかなる家畜伝染病であるのか。ヒト感染する可能性はあるのか。ないとすれば、どのような感染経路を辿るのか。
第2に、食肉の安全性はどうなのか。仮に感染した牛肉や豚肉を食べてもヒトには異常がでないのか。
第3に、出ないならば、どうして殺処分という手段で防疫をするのか。その理由は何か。
第4に、防疫上、初動で必要な措置とは何か。どのようにして感染を確定ししているのか。確定が東京都小平の動衛研まで持ってこなければならないのはなぜか。
第5に、家伝法上は防疫の主体は県であるが、国はいかなる支援策を取っているのか。
第6に、防疫上、移動制限区域や消毒ポイントが設けられるが、それはどのようなことなのか。市民生活に対する影響と協力の要請。
第7に、制限区域内の農家に対してのヘリを含むマスコミ取材のあり方に対しての諸注意。
書き落としは沢山あるでしょうが、とりあえず、初動期でこのていどの農水省からのリスク・コミュニケーションがなされさえすれば、あのようなマスコミの醜態を見ずに済んだはずです。
このように見てくると、池上パパは今回の鳥インフルにおける殺処分を、このリスク・コミュニケーションのあり方と混同していることが分かります。
農水省がリスク・コミュニケーションができないからと言って、ニワトリを殺処分にせねばならない理由にはなりませんよ。いくらなんでも順番が違うでしょう。本末転倒もいいところです。
風評被害対策は家畜伝染病においては言うまでもなく重要です。しかしそれはリスク・コミュニケーションを平時からしっかりと防疫指針の中に組み込んでおきさえすればいいことであって、防疫手段の問題そのものとすり替えてはなりません。
■写真 嵐の朝の空模様。不気味です。この後どどっと強風と大雨が襲来しました。こんな天気の日は、サラリーマンもよかったかな、と。
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コメント
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昨年末の対談番組では、新人の頃から「地方の記者になりたくて」田舎を志願して経験を積んだそうです。徹底した現場主義だったと。
週刊子供ニュース抜擢は、青天の霹靂だったそうですが、定年と同時に民放に持ち上げられまくり、本人は正直嫌気がさしてるとも言ってましたが、今やテレビジャーナリズムの寵児扱いですね。
テレビの出演は減らして原点に戻りたいとも…なればなおのこと間違いや矛盾点は素直に認めて欲しいです。
私はまだ池上氏に希望を持ってますから…。
ネットの掲示板では、批判や中傷コメントが多いようです。
そりゃ複雑な問題であるほど簡略化して分かりやすく説明すれば、各方面からバッシングがあるでしょうが。
投稿: 山形 | 2011年3月 1日 (火) 07時48分
家畜(畜産物)の病気が人にどのような影響を及ぼすのか、正確な情報を提供する事が、風評被害を防止する基本です。
話はチョットずれますが、牛や羊、山羊などが罹患するヨーネ病も「人には感染しない」と言われていますが、「酪農ジャーナルの3月号」に記事が載っていました。筆者は研究論文を提出中との事で、詳しい中身は記載していませんでしたが、ヨーネ菌を接取した場合(生菌は勿論殺菌された後の菌でも)、その抗原による人間への影響の可能性を示唆しています。
現時点では可能性の示唆ですが、今後新たな知見が示されると思います。
技術が進歩し研究が進めば、今までは無害とされていた事も、違った結果が示される事も多々出てくるのではないでしょうか?
判明した時点で、きちんと国民に知らせて欲しいものです。
投稿: 北海道 | 2011年3月 1日 (火) 08時30分
もともと、どんな優秀なジャーナリストでも、たまたま、普段から情報を仕入れていた事案は、そこそこまとまって、番組が、成り立つのでしょうが、逆に、よく知らないことまでも、来週までに、まとめて、出演してください。と、頼まれて、小道具の作成とか、事前VTRの作成もあるので、ほとんど、具体的調査をせず、ADが持ってきた資料を適当に集めて、シナリオを作るような、泥縄式な構成になってしまうのでしょう。
あらゆるジャンルを、スペシャリスト並みに承知で、それを、わかりやすく、ゼネラリストのように、説明するなんて芸当は、急に頼まれて、出来るものではありません。1時間の講演を頼まれても、1年以上研究し、それを、1時間に纏め上げるから、お金のとれる講演になるのであって、有名人だから、内容が、必ず良いとは、限らないです。
ただ、内容より、視聴率ですから。TV局としては、池上詣でが、あったのでしょう。
早く、画面から、去ってもらうのが、1番ですよね。
投稿: りぼん。 | 2011年3月 1日 (火) 08時31分
池上さんを批判することが昨日と今日のテーマではありません。むしろ氏には多少の好意をもっているくらいです。
ただ氏の農業理解はTPPなどもテレビで見ましたが、非常にウワッツラをなでているかんじですね。
彼に限らず農業問題は、どの評論家にとっても鬼門のようです。
今回は、口蹄疫や鳥インフルというシビア・アクシデントに際して、どのようなことをすべきかを論じたいと思っています。
投稿: 管理人 | 2011年3月 1日 (火) 08時33分
青空です。
池上氏は好きなジャーナリストの一人ですが、あまりに広範囲になりすぎたのでしょうか。いささか残念ですが、本件についてはできれば、再度十分に調査した上でその露出を活かし汚名挽回をしてくれることを願っています。
口蹄疫の件でもそうですが、今回の鳥インフルエンザ、TPP、新燃岳でも大手マスコミの報道には失望するばかりです。
日本ジャーナリストは甚だレベルが低いということを思い知りました。(海外も似たりよったりなのでしょうが)
一連の件で独自にWEBなどで情報を集めていると、反面、報道の稚拙さ深みのなさをまざまざと思い知るとこになりました、誠に残念な思いがします。
特に日々のTVニュースやその特集が無残に感じます。大手の新聞、日経でも的外れな記事によく見ます。
当初、WEBで騒がれている通りなんらかの陰謀でもあるのかと考えていましたが、最近になりそうでではないことに気づきました。
報道の共通点は発生した事象の報道(映像・音・インタビュー)が7割を占めています。残りの2割が大概著名な研究者や教授、政府機関の意見です。最後の1割がかろうじて報道の所見です。
事象報告が中心であるため、報道の内容もショッキングな映像や事象の取り上げが中心で、真の問題点や、論点、ネック、メリット等はまったく触れられることが少ない。著名な知識人の発言を最後まで踏襲することすらあります。
この原因は、そもそも報道とはそういうものだ(事実の連絡的な役割)ということもあるでしょうが、それ以上に記者や編集部がまるで無知ということです。ほとんど素人です。さらに調査しよう、深く取材しようという動きも見られません。
素人に核心に踏み込んだ報道が可能なわけはありません。知らなければ無用なトラブルを避け、事実のみ伝えるという方向になるのでしょう。
TPPの議論についても悲しくなるほど薄っぺらな内容です。日経ですら事の深刻さを捉えきれていません。
経済専門紙の記者ですらおそらく、個別企業の内情や歴史、
資金繰りの構造や真の問題点、課題すら理解すらできていないと最近強く感じます。
今のレベルの日本報道機関では、
TPPの影響で開放される電波に参入してくるアメリカの報道陣に勝てないのではと危惧しますが、
その危機感すらないところを見ると、正にそれを見定める能力もないということかと考えてしまいます。
やや記事と内容がずれてしまいました。
投稿: 青空 | 2011年3月 2日 (水) 00時41分
池上氏の意見、当然、誰か知恵袋がいるでしょう。
もはや、殺処分の根拠として、風評被害しかないという、農水官僚の焦りの裏返しかもしれませんね。
リスクコミュニケーションによって、風評被害は打破できる。これは真実だと思います。
でも、リスクコミュニケーションせよ!と言っても駄目だと思います。
農水官僚が、なぜリスクコミュニケーションという手段をとらずに、殺処分一本槍の手段に突き進むのか、考える必要があると思います。
私が思うに、
1.農水官僚は、実はリスクコミュニケーションがにがて。
2.リスクコミュニケーションなんて面倒なことをするより、殺してリスクコミュニケーションしなくてすむ状況にしたほうが、直接、殺処分に関わらない官僚には楽。
3.トリインフルや口蹄疫のリスクコミュニケーションをすると、新たな法整備が必要になるかもしれない。
4.現行法に従っていたら、どんな悲惨な事態になっても責任は問われない。現状に即した法改正を行い未知の領域に踏み出して、万が一失敗したら責任を問われる。
完全に官僚を馬鹿にしてしまいました。考え初めてみると、私の思いつきも少々薄っぺらですね。
投稿: 南の島の黒毛和牛繁殖農家 | 2011年3月 2日 (水) 07時25分