ワクチンなき悲劇 2005年茨城鳥インフル事件
鳥インフルを考えるとき、なぜこんな簡単なことを「雲上人」は分からないのかと思う時があります。
高邁なことを聞いているのではありません。目先のことを聞いているのです。今、なにが必要なのかと世上に棲む農業者は悩みます。
それは「出さない」ことです。いや、まったく当たり前過ぎて自分でも笑ってしまいます。あまりにもシンプルで芸がないので、もうちょっと書き加えましょう。
仮に感染していても、劇症の症状を出さなければいいのです。劇症、つまり高病原性(HPAI)でさえなければ、そんなに怖くはない、違いますか?
だって多くの人は、ヒト感染するから鳥インフルの高病原性株を恐れているわけですよね。実際の話、東南アジアや中国のヒト感染は劇症のカモ類と直接タッチしてしまうことで感染しています。いわゆる濃厚接触です。
あ、私のプロフィールの写真のような状態ですね(笑)。あのように感染したニワトリを抱っこするとうつる場合があります。特にカモやガン類は10の6乗という濃厚なウイルスを排出していますから危ないわけです。
それに対してニワトリは10の4乗ていどと低く、しかもワクチン接種した場合、更にウイルス排出量はケタが落ちます。しかもそれは高病原性ではなく、低病原性(LPAI)です。
同じ鳥インフル・ウイルスといってもまったく違う。H5N2型などのいわば「人間が飼い馴らしたウイルス」です。このどこが危ないのでしょうか?
ヒトにとって劇症が出る高病原性株と、飼い馴らされた低病原性株のどちらが与しやすいのでしょう。考えてみるまでもありません。
かつて2005年の茨城トリインフル事件の時に、感染したトリを処理していた作業員の人たちに抗体検査でプラスが出たことがありました。茨城事件はH5N2型グアテマラ株という典型的なワクチン由来の感染拡大でした。
で、トリやましてやヒトに病人や症状が出る家畜が出たのかといえばないわけです。あくまで抗体検査をしたらプラスだったという「だけ」の話です。
感染したとされる作業員も鼻水ひとつ垂れるわけではなくピンピンしていましたし、第一感染をうつしたとされる「患畜」のニワトリもお顔ツヤツヤで産卵量低下すらみられなかったという話は現場で処分にあたった獣医師から直接に聞いた話です。
私たち畜産家からすれば、これでいいじゃないの、と思います。トリには抗体検査がプラスというと聞こえが悪いですが、言い換えれば「抗体が上がっただけ」じゃないですか。ヒト感染」といえばビビりますが、これも「抗体が上がっただけ」です。
免疫をつけたの、そうよかったね、はいこれで一件落着。めでたし、めでたしだったはずです。ただ、日本でワクチンが合法ならばの話ですが。
茨城鳥インフル事件は、経営者一族が獣医ばかりで防疫意識が高いA鶏園を中心に起きました。この会社は裁判にかけられました。
次いで日本で最高に防疫衛生レベルが高いことを自他ともに許すある企業系列でも軒並み抗体検査でプラスが出てしまいました。いずれもすべてが最新のウインドレス鶏舎です。
ところで農水省の立場は、ウインドレスがもっとも安全な形式だから、この方式をとりなさいというものです。
この茨城事件の時も、感染が未だ止まらない時点で早々と、「ウインドレスは安全性が高いから、殺処分しなくていいよ。おとり鳥をおくことで監視下に置いたってことにしよう」という太っ腹の対応をしました。
もっとも太っ腹はウインドレスだけで、他の農家の開放型鶏舎や平飼養鶏は全部処分されてしまいましたが。
このウインドレス鶏舎がどうして農水省ご推奨かといえば、それは作業が外部から隔絶しているからです。採卵や給餌、あるいは鶏糞の搬出などが全自動で行われるからで、人が介在しないからウイルス侵入が少ないというリクツです。
しかし、空気感染には非常に弱いのです。それは考えてみれば当たり前の話で、いくら陰圧をかけて外気が簡単に侵入できなくしたとしても、密室状態の鶏舎ですからいったん侵入を許せば一晩で数万羽が死ぬことになります。
(*写真・宮崎県の鳥インフルの鶏舎内。宮崎県撮影・今年の事例ではありません。発生鶏舎内の写真は極めて珍しい)
ではどうやって防いでいるのか、といえばそれは皮肉なことにワクチンがあるからです。ワクチンの長足の進歩こそが、この農水省ご推奨のウインドレスの前提になっているのです。
ウインドレスという現代日本のいまや主流に躍り出た密閉式鶏舎はまさにワクチンがないと成立しない形式だったのです。
たぶんA鶏園などは獣医がひしめいているために、高病原性鳥インフルの恐ろしさを熟知しており、ワクチンの海外入手ルートを知っていたためにグアテマラ株メキシコ製の粗製ワクチンに手を出したあげく、ウイルスを野外に流出させてしまったのです。
私はあの事件の被災者のひとりですから、到底許す気にはなれませんが、彼らの心理は手にとるように判ります。
ワクチンがないと防げない伝染病なのに、ワクチンが非合法だという矛盾が彼らを反社会的行為に駆り立てたのでしょうね。いったん高病原性株に罹れば全滅か、殺処分で全羽殺処分。いずれにしても全滅です。
その意味で、2005年の茨城鳥インフル事件は「ワクチンなき悲劇」ともいえるのかもしれません。
低病原性株を使ったワクチンは、通常のワクチン費用なみの一羽につき20円ていどの低コストで済み、しかも確実に免疫を上げます。
ワクチネーションによって低病原性株に農場を支配させてしまえば、高病原性ウイルスは侵入が出来ず、仮に侵入したとしても弱毒株に変異してしまいます。いったん弱毒株になってしまえば、ヒト感染を仮に起こしたとしてもまったく安全なのです。
今必要なことは、ヒト感染する可能性がある高病原性の感染拡大を阻止することです。そのためには、仮にヒト感染しても安全無害な低病原性ワクチンを接種することしか方法はありません。
この事件以降、早急に鳥インフルワクチン禁止を見直し、ワクチンなくしては防疫が不可能なウインドレス鶏舎を感染から守ることです。雲上人になぜこんな簡単なことがわからないのか不思議でなりません。
■写真 霞ヶ浦の日暮れ。ミニ灯台ではなくて、湖岸の標識です。点滅してそれはロマンチックです。湖岸の若者のデートスポットです。陽が長くなりましたねぇ。
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コメント
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2005年の茨城トリインフル事件の時に、感染したトリを処理していた作業員の人たちに抗体検査でプラスが出たことがありました。>>>>>
今回、殺処分に携わった作業員のうち、何人かは、ワクチン接種して、タミフルを飲んでも、抗体が発見された人が居ると聞いてます。
ウインドレス鶏舎内で、糞の粉塵を吸えば、鶏>人感染は、するのでしょう。
飼育密度を上げる=ワクチンなり生菌剤なり、あらゆる薬剤を使う。ってことでしょう。
呼吸器病は、飼育密度を下げれば、感染拡大率は、下がると見てよいのではないでしょうか?
現状の鶏舎設計が、飼育密度の点で、考えられているとは、思えません。ストレスが大きければ、免疫力が、低下するとも言われていますし、
ウイルス病を甘くみて、生産性だけに偏った鶏舎システムが問題なのでは?
投稿: りぼん。 | 2011年3月10日 (木) 15時02分
青空です。
仕事柄、行政の足の遅さや柔軟性、即効性のなさは身に染みていますが実に残念です。
わが国はで世界でも類を見ないほど「行政は微塵も失敗(法律違反)をしてはならない」との方針が強い国家です。法治国家ゆえですが限度があります。
一回作った指針や法、規則は政権交代が起ころうが戦争が起ころうが再検証もせずろくに変えようとしない。民法ですらつい十数年前まで漢字とカナだったと記憶しています。
こういった行動方式によりどれほど泣いている人がいるか想像すらつきません。
水俣病、薬害エイズや肝炎の問題も近しい問題を感じます。コンタン様のブログで北里研究所が効果的なワクチン技術を開発したとの記事がありましたが、農水省は検討すらしてくれないのではないでしょうか。
役所仕事に時間がかかるのはこの際あきらめます。
ただせめてきっちり検討して来シーズンには抜本的な見直しを徹底的に検証した結果を反映してもらえないものでしょうか。
防疫学後進国のわが国のトップの学者や専門家ではなく世界の権威と議論しお墨付きをもらえるような検証をしてもらうわけにはいかないのでしょうか。
祈るような気持ちです
投稿: 青空 | 2011年3月10日 (木) 21時24分
パブリックコメント:意見募集中案件詳細
農業 /肥料、農薬、防疫
家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案についての意見・情報の募集について
案件番号 550001332
定めようとする命令等の題名 家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令
根拠法令項 家畜伝染病予防法施行規則第9条、第37条及び別表第1
行政手続法に基づく手続であるか否か 行政手続法に基づく手続
所管府省・部局名等(問合せ先) 農林水産省消費・安全局動物衛生課
電話:03-3502-8111(内線4582)
案の公示日 2011年03月03日 意見・情報受付開始日 2011年03月03日 意見・情報受付締切日 2011年04月02日
意見提出が30日未満の場合その理由
関連情報
意見公募要領(提出先を含む)、命令等の案
意見公募要領 関連資料、その他
家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案新旧対照条文 家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令について 資料の入手方法
農林水産省消費・安全局動物衛生課において配布
備考
投稿: りぼん。 | 2011年3月11日 (金) 00時24分