まだ大震災は終わっていない
3月11日午後2時46分。この時刻を日本人は決して忘れることはないでしょう。
亡くなられた13013名の人々、未だ行方が分からない14608名の人々に、本日午後2時46分、合掌しようと思います。
そして負傷された4684名の方々が一日も早く退院されることをお祈りします。
今も津波で流された荒野となった街の残骸の中を子供の姿を探して歩き回る父親、母親の姿があります。
社屋や製品、機械を一切津波で失っても、ひとりの解雇者も出さず復興を誓う会社があります。社長はこのような時期に入社する社員に「君たちは希望の種だ」と呼びかけました。
行方不明者の最期のひとりが家族のもとに帰る日まで、希望の種が花を着けるまで、その日がいつになるのかまったく判りませんが、この大震災は終わっていないのです。
長い戦いとなります。ゴール遥かに先です。覚悟して戦い抜きましょう。
がんばろう福島!
がんばろう、宮城!
がんばろう、岩手!
がんばろう、青森!
がんばろう、千葉!
そしてがんばるぞ、茨城!
負けないぞ、日本!
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コメント
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あれから一か月・・・
我々のような、直接の被災を受けなかった者にとっては、「もう一か月・・」との印象ですが、被災された方々にとっては、長く苦しい一か月だったと思います。
更に継続して発生している「余震」に加えて、原発問題など、まだまだ先が見えなく、「不安」が続いており、気が休まる時が全く無い状態が続いています。
緊張の糸が切れるのが心配です。
国内外からの支援が継続される事によってしか、支える方法は無く、一過性でなく継続して応援して行きたいと考えています。
濱田様が貼り付けている「がんばれ東北・がんばれ日本」のロゴマークを、デスクトップの背景に貼り付けていつも見ています。
投稿: 北海道 | 2011年4月11日 (月) 08時41分
連投ご容赦ください。
私の担当している業務と関連がある、牛乳関係ですが徐々に出荷制限解除になっているようで、少しホッとしています。
新鮮で異常の無い搾った牛乳を、毎日ただただ廃棄する辛さは身にしみて理解できます。牛乳に限らず野菜類の生産者の方々の心労は計り知れないものがあります。特に20㌔圏内で避難指示が為されている所の酪農(畜産)農家は、水も餌も与える事が出来ない状況は、身を切られるようなものだと想像しています。
いっそ楽にしてあげたい・・・と思うのは、私だけではないでしょう。
もう一か月・・・まだ一か月・・感じ方は人それぞれですが、個人個人が出来る支援を、継続して行く事が復興につながると信じています。
濱田様もお身体ご自愛頂き、復興に向けて余震にも、原発にも負けないで頑張ってください。
投稿: 北海道 | 2011年4月11日 (月) 16時49分