原発風評被害はなぜ起きたのか?
昨日のコメントにお答えしておきます。たぶん「風評被害」と「実害」の違いを言われているのかと思います。
そうですね、今、日本製の工業製品すら輸出に際して放射能測定を要求されています。外国人にとって福岡と福島の違いも分かりませんから、ひとくくりで「日本製」=「放射能汚染」と決めつけるわけです。
私たち日本人にとってはナンセンスですが、「風評」、つまり誰が言い出したのかわからない流言蜚語のたぐいはえてしてそんなものです。
では笑い飛ばせるかと言えば、それが誰が言い出したのかわからないが、それが故に口コミで広がっていることにはそれなりの大きな力をもってしまいるからタチか悪い。
まぁ煽った主犯格は、「不安産業」の週刊誌業界ですがね。しかし週刊誌は商売なので腹も立ちません。
現在は回復基調にあるものの、農産物の場合は福島、茨城、千葉を中心として3月、4月の2カ月間は壊滅的な打撃を受けました。
私の住む茨城県では農産物だけでおそらくは50億円ちかくの被害が出ており、汚染水の流出に伴う海産物の被害4億円まで入れれば一県で7、80億円におよぶであろう(未集計)未曾有の損害を出しています。
痛ましいことに、福島県ではある農家の方が悲嘆のあまり自殺の道を選ばれてしまいました。
私の村でも離農に追い込まれた方が出ています。各農業団体は平均して2千~4千万円程度の営業損を出しています。スタッフの解雇も多く出ました。
では、どうしてこんな風評被害が出たのでしょうか?
私は、政府の危機管理における情報の出し方(リスク・コニュニケーション)の失敗だと思っています。3月中旬、政府は菅首相の指示により食品の放射能規制値を発表しました。
出した官庁は農水省ではなく、厚労省です。実はこの2省は菅首相の指示の前に放射能の飛散対策を練っていたところでした。
それがいきなり官邸の直接指示で、早急に規制値を作れということで一晩でできたのが、今の暫定規制値です。
「暫定」という言葉が被っているようにあくまでも緊急に作ったものなのですが、いったん数値が出てしまえば、いかに一夜漬けであろうとなかろうと政府規制となって一人歩きしていくことになります。
この政府規制は、政府が自ら農産物や海産物を計測するのではなく、あくまでも地方自治体(この場合県)が検査して公表するたてまえになっていました。
すると、原発立地県である福島県や茨城県はしっかりとした放射能対策がありますから、両県で百数十件の検体を検査して、その中からいくつかの暫定規制値をオーバーしたものが見つかって大騒ぎになったわけです。
一方、他の県はというとそもそも放射能測定機材がなかったりしたためにひとつの県で5検体ていどといった県もざらにあったのです。
じゃあ、300キロ離れた神奈川や栃木が「安全」かと言えば、今回のお茶のようにかならずしも距離が離れていれば安全とは限らないということも分かってきました。
そして検出の分母が10倍以上違ったのですからひんばんに福島、茨城の両県で検出が相つぎました。いわばこの両県は東日本地域の被害担当県となったわけです。
それでなくとも原発事故当該県の福島や、その風下にあたる茨城の農産物に不安をもっていた消費者はこれで一斉に福島、茨城(一部千葉)の農産物は危ないとなって買い控えに入ったのでした。
これが風評被害の発端です。大震災は天災でしたが、この風評被害はもはや人災と言っていいでしょう。
ここで「実害」と「風評」の差について説明しておきましょう。実害は、測定結果が暫定規制値である放射性ヨウ素2000ベクレル/㌔、放射性セシウム500ベクレル/㌔を上回っていた場合です。
しかし風評被害は規制値を超えようと超えまいと、いやそれどころか測定すらしていないのにベタで汚染しているとみられてしまったのです。
これには理由があります。当初の出荷自粛段階では、規制対象はなんと県単位でした。まさに無茶苦茶です。
だって茨城県など東北に近い県北から、千葉に近い県南まで優に150キロ以上ありますよ。これをひとくくりにして一括出荷自粛ですから、やられたほうは目も当てられません。
消費者はそんな事情はわかるはずもないのですから、一斉に「福島、茨城は危ない」となり、さらにそれを面白おかしく囃し立てる一部週刊誌のために、検出されたホウレンソウだけではなく全部の農産物が危ないと発展していったわけです。
茨城県産の野菜が、ブロッコリー3個90円などで投げ売らされたのはこの時期です。流通も被災県を助けようと仕入れましたが、まったく売れないので返品した所もたくさんありました。
あ、先ほど「出荷自粛」と言いましたが、これは法的裏付けのない「お願い」なのです。ただし、内閣総理大臣名で各地の農業団体に来ましたから、実態は「命令」です。
このお願いと言いますか要請で、法的裏付けがないままに為政者の一存で命令を出すという方法は、浜岡原発停止でもやった菅首相得意のパターンですね。わが国はいつのまにか民主国家から人治国家になってしまったようですね。
菅直人という御仁は、今回の注水事件でも発覚しましたが、原子炉や放射線防護の専門家でもないのに、専門家づらをして頭越しの指示を出すのが趣味だと思われます。困った趣味です。
いつまでもお願いでは済まないので、一歩進めて今の出荷規制になりました。当時に多少改善されて、県単位の規制から市町村単位になりました。
今でも検査は継続されており、各県のHPに農産物検査結果が掲載されています。また農水省にもリンクが貼ってあります。
農水省はリンクを貼っているだけですが、本来は国策の原発が事故を起こしたのですから、検査や被害対策を地方自治体に丸投げするのではなく、政府が責任をもって検査体制と検査ルールを作るべきでしょう。
そしてなにより消費者に放射能汚染がどのような拡がり方をしているのか、そしてそれがどのような人体に対して影響が出るのかを誠実に説明すべきです。
かんじんな政府の情報のアナウンスがないところで、枝野官房長官のように「直ちに影響はない」などというかえって不安心理に火を点けるようなあいまいな表現で糊塗すべきではありません。
「ガンバレ日本」とか「日本はひとつ」とか言いながら、被災県に巨大な二次災害を与え、消費者と生産者を分断したのは他ならぬ政府自身です。
このようにして風評被害は大きな爪痕を残したのでした。
■写真 初夏の風物詩の夕顔が咲き始めました。ニホンミツバチもうれしそうです。ただし、昨日に梅雨入り。しばらくは晴れ間を見つけての採蜜飛行となります。
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コメント
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インパクト重視の週刊誌も酷いもんですが、
昨夜放送されてたNHK「爆問学問」で「ウワサの社会学」でやっていたように、ブログや掲示板・ツイッター・チェーンメールといったIT機器情報でもあっという間に拡がります(千葉のコンビナート火災が好例)。
ますます情報の取捨選択が難しくなってきますが、心配ならまず、都道府県のHPなどで確認すべきですよね。
逆に昨日の神奈川さんのような割りきりの良さには、元気づけられます。
私もそう思います。
昨夜の「生テレビ」でも侃々諤々やってましたが、福島の年間1mSvか20mSvで揉めるだけで結論無し。小佐古さんの涙の会見はインパクトありましたが、放射線学者でも意見は割れてますからねえ。福島瑞穂が田原総一朗に「また無責任なこと言ってんじゃない!」と、怒鳴られてました。
相馬市など一部で自主疎開の動きがでてます。
大変でしょうが、こちらにこられるのなら歓迎いたしますよ。
慣れない土地で多少の不便はあるでしょうが、
こんなご時世だもの。避難民も地元民も明るく楽しくやりましょうよ!
東電デモでの山本太郎…何が彼をあれほど「前進」させるのか…?
追伸
宮崎方面の皆様、まだ5月なのに季節外れの強い台風が直撃コースです。
積もった火山灰の土石流などくれぐれもご注意くださいませ。心配しております。
投稿: 山形 | 2011年5月28日 (土) 10時45分
傍目には神奈川様がおっしゃるように、1999ベクレルであろうと2000ベクレルであろうと関係ないのでしょうが、私たち農業者には大違いです。
まず本当に規制値を超えていた場合はふたとおり考えられます。
ひとつは放射性物質が実際に降下していたこと。
第2には、土壌からの移行だった場合は、移行係数の関係からとてつもない土壌の高濃度の可能性があることです。このことは明日記事にします。
前者は置くとして、後者の場合は深刻です。かなりの長期間にわたって除染をせねばならなくなるからです。
その除染方法をどうするのか、その期間の経済をどうするのか、果たして自分たちの健康は大丈夫なのか・・・など考えるべきことは山積します。
これらについて一切政府は責任をもった回答をしていません。なぜなら、暫定規制値が単なる消費者向けパーフォーマンスにすぎなかったからです。
私は週刊誌など相手にしていません。しょせん商売です。私が問題としているのは、政府のこの無作為です。
リスクコミュケーションをきちんと考えないで、数字を出せばこうなるのはわかりきったことでした。
今後も出荷規制は出続けることでしょう。また全国各地の原発もにおいてもその可能性があります。
単なる補償の問題ではなく、しっかりと危機管理におけるリスクコミュニケーションを、行政-生産者-消費者で考えていく必要があります。
投稿: 管理人 | 2011年5月28日 (土) 15時17分
いつも重要なブログとして読まさせていただいております。
食品の暫定基準ですが、これのおかげでとりあえず、今回の放射能汚染下でもある程度食品を出荷・流通できるため、農家の方への過酷な負担を軽減でき、大きな混乱を防げるというメリットはあるのだろうと思います。
しかし一方で、食品の暫定基準への疑問の声が高まってきています。私も発表の直後にNHKのニュースで、「暫定基準は必ずしも毎日食品を食べ続けていいという基準ではない」という報道を見てから疑問を抱いてきました。設定根拠を色々と調べると、やはり必ずしも安全を保障するものではなく、緊急時の目安としかいえないもののようです。
根拠が疑わしいから買い控えが起きる。老若男女に対し確実に安全だと立証されない限りは、デマに作用されることを表す「風評被害」は語弊だと感じます。
この暫定基準が消費者を真に安心させられない限りは、買い控えは止まらないことでしょう。
また、この基準は海外のそれと隔たりがあるため、これがある限りは海外からの信用も回復しません。これは日本の貿易産業に非常に暗い影を落とします。
海外を納得させるためにも、「確実な根拠を示す」か、「従来の基準に戻す」か、のいずれかが必要だと思います。
そして、暫定基準がある限りは、従来の基準に戻そうとする取り組みも鈍ります。
土壌汚染への対策は早い方がよいというのに、何の手も打たないうちに土壌の回復が手遅れになってしまう(つまり暫定基準から抜け出せない)農地が出てくることを懸念しています。
原発事故の収束の見通しが立たない現在、これは東日本に限らず、時間とともに日本の広い地域に広がっていく可能性があるのではないでしょうか?
ここ数ヶ月はとりあえずやりすごせても、年単位で時間が過ぎるにつれ放射性物質もたまり続け、打つ手立てもない、という状態にならないかと少し心配です。
濱田様のように積極的かつ真摯に放射能と対峙されている農家の方の存在は、被災地のみならず日本全体にとって非常に重要ではないかと感じております。
濱田様が抱えられている問題は、実は日本中の農家が本当は直面しているように思えるからです。
こういう問題こそ、専門家や研究機関などが協力して立ち向かって欲しいと感じます。
投稿: W | 2011年5月29日 (日) 00時57分
既に震災から3カ月が経とうとしています。
原発事故発生もまたしかりです。
福島県、茨城県、千葉県、群馬県、栃木県、埼玉県、最近では神奈川県、静岡県と放射能汚染の拡大は思う以上に広く分布しています。
しかし食品摂取による内部被爆の問題は既に冷静な議論以前の問題で展開している印象を持ちます。
どの程度までは許容可能な安全水準なのかという本質の議論は全く進まず、知見もバラバラです。
少しでもあれば危ないと主張する知見もあれば、セシウムは筋肉に蓄積されるため、その細胞分裂と老廃のスピードから生物的な半減期が少なく体の自己修復機能と併せ見てそれほど深刻ではないという知見も見ます。
チェルノブイリ、スリーマイル、東海事故などの原発関連の情報や病院等の放射能業務従事者、イラクの劣化ウラン弾による放射能汚染、核保有国の核施設・兵器の取扱者、また、世界各国の原発従業員の疫学調査結果、長崎・広島の原爆汚染地域の住民(直接被爆ではなくその場で生活を継続したことによる内部被ばくの影響)、ウラン鉱山の従業員の疫学調査など、それらの影響を図る様々な研究とその結果を受けての知見など実例は意外に多いはずです。しかしそういったものの知見は十分に示されていない。探すのに大分苦労しました。
私見ですが、それらの研究結果から見て、現在の基準値レベルの被爆により、統計的に癌の発生率、奇形児の発生率、白血病の発生件数にいずれも目立って上昇した発生率は示されていません。
もちろん0.5%前後の上昇がみられる等の知見はよく見ますが、そもそもそれぞれの置かれた住環境は日本より劣悪な環境が多く、特にチェルノブイリ周辺は貧困地帯でもあり、従来日常的に専門的な癌検査や小児検査を実施していた地点ではありません。過去の発生率自体が当てにならず、検査を徹底したことによる発生率の上昇などの問題点も指摘されています。
ある研究者の発表でチェルノブイリによる死亡者がけた外れなので見てみましたが、なんのことはない癌死亡者を全てチェルノブイリによるものと位置付けていました。通常人間が死亡する場合ほぼ30~40%は癌で死亡します。それらを一緒くたに考えるのは科学者としてどうなのかと疑問に思うのですが。
原子力行政や各国の核兵器推進政策もあり、データ自体が当てにならないという知見も見ますが、やや飛躍が大きくあまりあてにならない。
私として最も心配していることは今後首都圏市民は栄養の継続確保不可能になるのではないかという点です。
以前の濱田様の記事にあった通り、ほぼ全ての国民は農産品のほとんどは輸入品だと錯誤しています。したがって北関東の野菜を食べずとも栄養確保は可能だと思っているのではと考えます。
実際問題は、首都圏3,500万人の栄養はほぼ90%以上北関東や福島県の農業生産物で賄われています。もちろん卵、畜産品、乳製品もです。
「少しでも放射能のリスクがあるものは避けるべし」と主張する人たちはどうやって首都圏民の食糧を確保しようと考えているのでしょうか。
中部以西の生産拠点からの供給余力はせいぜい15%で、首都圏民3,500万人分の食料全量を支える供給能力などはありません。東北は津波被災で仙台平野を失っており首都圏への供給余力などはない。
ならば輸入をと考えるかもしれませんが、3,500万人近い生鮮野菜と穀物の輸出を2~3年後からならばともかく、この一年以内に対応可能な国家はありません。
中国ですら2年ほど前から既に食糧輸入国になりました。カネにものを言わせそれぞれの国家の国民の食糧供給分を確保しようとしてもそれはかないません。
飢餓輸出はよく見る光景ですが、3,500万人分となると桁が違います。とても対応できない。
特にここ2年ほど、小麦粉、トウモロコシ等の穀物の国際価格の高騰はとてつもない水準です。世界的な不作で穀物ですら十分な輸出余力は薄いのです。
ましてや世界最高水準の農薬使用水準や極めて厳しい形、栄養価、大きさなどの規定のある日本への製品輸出できるところなど急にはでないのです。
ならば缶詰や乾物で1年間は乗り切るというのかもしれませんが、お勧めできません。
石巻市や多賀城市、若林区では未だ避難所の食事にはそれらのものが多いですが、防腐剤や塩分濃度の高さ、栄養のバランスの偏り等に、特に弱者(子供や高齢者)への健康被害が拡大しています。
放射能も恐ろしいですが、それ以上に生鮮食品を失い栄養が偏ることは著しい健康被害と弱者には死をもちらつかせる危険な行為です。
今必要なのはそういった全ての状況と、自らが置かれた環境をよく理解したうえで、現実的にどういった対応が可能か、あるいは不可能かを見極めることです。
放射能汚染を恐怖するのは自然な行動だと、日本人であれば特にそう思います。
しかし、特に今問題となるセシウムを食品により取り入れ、体内被曝した場合、どの程度の健康被害や発症があり得るのかということについて、冷静な議論と徹底した検証(現在ある海外も含めた全ての知見を結集し評価する)を行うことが重要だと思います。
ただでさえ少子化になっている中で、心配な乳幼児を持つ家庭は全人口のごく一部です(私もその一人ですが)。だれしもがゼロリスクまで安全を追求するのは非現実的な議論だと考えます。
ここでしっかりした議論をして、結論を示しておかないと、このまま鬱積した様々なネガティブな意見は加速し、そのうち、原発事故発生時に半径200キロにいた子供、特に女の子に不当な差別が展開するでしょう。地震で町が大きく傷つき、友達や親類を失い、あるいは厳しい環境にほおりだされ、3カ月近く続く日々の余震に恐怖した子供達が今後さらに不幸になることなど決してあってはならないことだと考えます。
正しい理解と、正しい配慮、正しい対策はもっと本格的に議論し結論をだすべきなのではないでしょうか。
少なくとも郡山市の校庭の土ですら運び出すことを許容しない政府には現時点その発想すらないのでしょうが。
投稿: 青空 | 2011年5月29日 (日) 01時59分
今回の放射性物質による農産物汚染は、本当に悩ましい問題ですね。
一番いいのは、農産物の生産者・農産物ごとに放射性物質の含有量を表示して、後は消費者の選択にまかせる事でしょうが、食品の放射性物質をそれ程細かく検査するには費用はともかく測定器がとても足りないでしょうね。
私の身内に検疫所に勤務しているのがいて、チェルノブイリの時に導入された検査機器で自治体から委託された農産物を検査しているそうですが、24時間で20品くらいの効率のようです。
投稿: あおやま@岐阜県 | 2011年6月 9日 (木) 02時31分