• 1810-024
  • 2022080500050079yom0003view
  • Map_sakishima
  • 20090310twd002b001_20220808103101
  • 227-015
  • M_okinawa20220805095200
  • Img_db5b67540d48edefe0471a8c7e9453611204
  • China1028
  • S-022
  • Large_220805_sbm_01

« 事故直後にフクシマでなにがあったのか | トップページ | 国内に放射能が降ったのは初めてではない »

2011年5月23日 (月)

今日から4年目に突入しました

010_edited1

私のこの拙いブログが始まったのが、2008年5月22日ですから、今日で4年目に入ります。実は今日気がつきました。たはは。

長年おつきあい頂いたみなさまには感謝の言葉もありません。

ひさしぶりに1年目の記事を読んでみると就農した当時のこととか、狭い意味での農業のことばかり書いているようです。やはり「農業からの発信」というかんじだったようです。

当時、自分が設立に関わった農業団体の代表というポストからはずれて、もっと自由にしゃべりたいという意識が強かったようです。

ポストについているとどうしてもその利害関係に縛られしまって、言いたいことも言えないという気分でした。そんな時にある方の勧めでブログの世界に入ったのですが、当初は匿名でした。

半年たらずで匿名とはおさらばします。知り合いの方からは「勇気あるねぇ」と呆れられましたが、勇気というより性に合っていなかったんでしょうね。自分の言ったことに自分で責任をもたせたかったというとカッコよすぎるかな。

実際、昨年の宮崎口蹄疫のシリーズ(なんと140回もやりましたが)の時は、東国原知事を批判して初めての炎上というやつに遭遇しました。

私は私的メルアドも公開していますから(なんて甘いセキュリティだ!)、メールまで含めて十数通の非難のお言葉を頂戴しました。

そのとき思ったのは、批判内容の正当性とは別の位置で批判を受けていることでした。当時の東国原氏の立場は90%を超える支持率という驚異的な支持を背景にして、宮崎県民の団結の結び目にいました。

当時の氏は、国の方針と対抗して県の畜産農家の利害を守るというある種のカリスマ性すらありました。

と同時に、前知事対して特に養豚農家を中心にして手厳しい批判があったのも事実です。要するに、宮崎県内は決して一枚岩ではなく、置かれた地域や、牛、豚の違い、系統か商系出荷か、果ては畜産農家なのか一般県民なのかの違いなど、よその地域の人間にはわからないことがたくさんあったのです。

結局、1週間の更新停止処分を自分に下しました。この自主処分については、後にほら見たことかというような揶揄を幾人かの人から受けることになりますが(苦笑)。

私はこれでよかったと思います。農業というのが地域から離れることができない職業である以上、しょせん私はよそ者のおせっかいな人間でしかありません。地元の人の感情を逆撫でしてまでする「支援」などどこにもないのですから。

このことは、今の東日本大震災に対しても言えます。私はある時期から「がんばれ日本、がんばれ、東北」の応援バーを掲載するのは止めています。お気づきになりましたか。

それは私が支援する気持ちを失ったというとでは全くありません。むしろ逆に、具体的な支援を考え始めているからです。

それはある東北の地域の再興と、私の農業者としてのあり方を結びつけていこうという息の長い取り組みを準備しているからです。

まだ海のものとも山のものともといった段階なので具体的には書けないのですが、単なる「ガンバレ」から、その被災地域の復興の小さなかけらの一つになっていければいいなと思っています。

それとやはり当分は原発問題を中心に据えるしかないでしょう。これは単なる事故問題だけではなく、エネルギー問題という国家の根幹を通じて将来の日本のあり方を大きく左右する事件となることでしょう。

10年後に振り返れば去年から今年は、口蹄疫、トリインフルという感染症と、TPPに代表されるグローバリズムの到来、そして大震災と原発事故までもが同時に押し寄せたエポックな時代に生きているのかもしれません。

この時代に間違った舵取りひとつでわが国は、農業のみならず国民生活そのものが破壊されかねないでしょう。それに対してはっきりとした視点を固めておく必要があります。

といっても根がグータラですから、能力が及ぶ限りでということでお許し下さい。さて4年目のありんくりん、どうなっていきますことやら。

ご支援のほどを平にお願い致します。

« 事故直後にフクシマでなにがあったのか | トップページ | 国内に放射能が降ったのは初めてではない »

コメント

濱田様のブログ「三歳」の誕生日おめでとうございます。イギリス式結婚記念日とすれば、「革婚式」だそうで、記念品は「靴やベルト」など革製品を贈るそうです。

私の家では先週の日曜日(15日)に「光回線」が繋がり、やっとネット環境が整いました。町行政が補助金で配線し、運営はNTTが行う「公設・民営」の形です。
それまでは、DOCOMOのFOMA(約2年半)それ以前は「アナログ回線」で、メールのやり取り(写真添付等は無理)しか出来なく、HP検索なんて夢の夢でした。
濱田様のブログに辿り着いたのは、職場で「口蹄疫」を検索していたらヒットし、情報の多さと正確さ、情報分析に感動して以来、毎日勉強させて頂いております。
「金婚式(50年)・ダイヤモンド婚式(60年)」までとなると100歳超えてしまいますが、目標は「遠く・長く・高く」で、これからも宜しくお願いします。


青空です。

4年目!
まずはおめでとうございます。
濱田様の記事は、いつも斬新な切り口と、様々な資料や報道を参照にしつつ、深い推察で物事の本質に迫っているの感じることが多く、迫力のある記事だと感服仕切りです。

時に袋小路に入り読者とともに悩み苦しみ最適解を見出そうという姿勢は特に恐れ入ります。

考えてみればコメントするようになってからはまだ短いですが、記事を読ませていただくようになってから1年近くたったことに気づきました。

これからも応援しております。
末永くがんばってください。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今日から4年目に突入しました:

« 事故直後にフクシマでなにがあったのか | トップページ | 国内に放射能が降ったのは初めてではない »