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« 小出裕章さんの言葉 | トップページ | ちゃんとした「原子力教育」をつくろう!  放射能の恐怖から逃れるためには、「放射能を知る」ことしかない »

2011年6月 9日 (木)

昨日のコメントへのお返事と年齢差による放射線量の実効線量係数について

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昨日、やや挑発的なことを言い過ぎたようで、「見損なった」とまで言われてしまいました。ひさしぶりだな、こんな言われ方したの。17の時にガールフレドに言われて以来じゃなかったかしら(笑)。

あれは小出裕章さんの言葉なんだけどなぁ、と言っても、私が勝手に使っているわけですから責任はとりますが、要は言いたいことは原子力についての私たち大人の「責任」の問題なのです。

なにも「危険とわかっているものを食え」と言いたいわけじゃありません。第一、都市生活者はそれこそ無数の食に対する選択肢を持っていらっしゃる。

それこそ野菜だったら、西日本や九州、四国のものもふんだんにあるだろうし、毒菜でよければ輸入中国野菜もあります。

いくらだって選べるじゃないですか。だから「選択の自由」の権利を行使されたらいいのです。

特に、昨日も言いましたが、成長期のお子さんをお持ちの方は、断固として「選択の自由」の権利を十二分にお使いになられたほうがいいと思います。

それは成長期の子供の細胞が、放射線の内部被曝によってダメージを受けやすいからです。

下に便利な表があったので引用させて頂きましたが、実際にどれだけの放射線量を身体に取り込んだのかは、年齢によって大きな差が出ます。

これは放射線の種類ごとに、「実効線量係数」をかけます。

実効線量係数はこの表の真ん中にありますが、以下年齢順には以下です。
・0~2歳までは0.18
・2~7歳までは0.10
7~12歳になるといきなり数値は下がって0.052
・12~17歳では更に下がって0.034
・17歳以上になると0.022

            (下図 「放射能のほんとうの話」より引用)Photo_2

なんと乳児と17歳以上では同じ放射性物質を体内に取り込んでも(つまり体内被曝ということですが)これだけの取り込み量の差がでるわけせです。

例えば、家族で水を飲むとしますね。同じ浄水場から来る水だとして、水の暫定規制値は300ベクレル/㌔ですね。

これに先日大騒ぎになった基準値以上の放射性ヨウ素が入っていたとしましょうか。東京のお母さんたちが一斉にミネラルウォーターを買いに走った時のことを思い出して下さい。

成人は一日なんやかやで2ℓ近く水を飲みますから,2ℓに300ベクレルのヨウ素が入っていきたことと仮定しましょう。

すると600ベクレルですから、これに実効線量係数をかけるわけです。
・17歳以上成人の放射性ヨウ素の吸収量・・600Bq×0.022=13.2μSv(マイクロシーベルト)
・2歳までの乳児・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・600Bq×0.18=108μSv

とこれだけ大きな差が出ます。ですから、私は子供は特に細心の注意で守れと言っているのです。

そしてもうひとつ、子供は自分で食べる食事を選択できません。中坊ともなれば買い食いのひとつもして帰ってくるでしょうが(私は中学の時は一日5回食べていました)、子供の食事は親が責任をもって選ぶのが原則です。

では大人といえば、食の選択の幅があります。こういう言い方はなんですが、成人は子供の約8倍もの安全係数があるのです。

たしかにいただいたコメントのように「子供の健康のために親の健康も重要だ」と言うのなら、それはそのとおりで別にそれでもかまいません。どうぞ心ゆくまで食べ物に線量計をあてたらいいでしょう。

まさに「選択の自由」です。いや「生き方の選択」の問題だと言うほがいいかな。わが国は自由社会です。自由におやりになるがいいのです。誰にも止められません。

ただ、私が言っているのは、それだけでは原子力や放射能の真の解決にはならないだろうと言うことです。

たしかに「オレの家は東日本のものは一切食わん」でいいですが、それでほんとうに原子力から脱却できますか?

電力会社は、「ああそうですか。カラスの勝手でしょう」とばかりに原子力発電所からの電気を送りつけてきますよ。

もし関西電力の美浜や大飯、高浜原発が今回のような福島第1原発のような事故を起こしたらどうしますか?西日本のみならず、おそらくは北陸や、脊梁山脈を超えて関東中枢部まで被曝するでしょう。

下のグラフは福島第1原発からの放射性物質の飛散シミュレーション図です。(ドイツ気象庁)Photo_4 

これを見ると福島第1原発から飛散した放射性物質は遠くカムチャツカ半島近くまで届いていることがわかります。

これを敦賀湾の原発銀座に置き換えれば、すっぽりと日本の中枢的経済圏である首都圏、京阪神地区が被曝範囲内に収まってしまうことがわかります。

私は自分の住む場所が被曝県で、風評被害の真っ只中にいる人間だから暴言を承知で言いますが、今回の事故が福島第1で「よかった」と思っている部分もあります。

苦々しさを込めて言いますが、被害は「たかが」数県の農水産物と、避難区域の人々と家畜に止まりました。あえて言えば地方経済的損害です。

これが敦賀の原発銀座だったら、冗談ごとではなく、日本は二度と立ち直れない規模の経済的損害と数百万人の避難者を出したことでしょう。

まだ「たかが」と言える損害で収まっているうちに、これを教訓にして私たちはこの原子力から段階的に足抜きをしていかねばなりません。

そのために国民が知恵を結集せねばならない大事な時期、それが今です。その時に、「オレのうちだけ安全ならそれでかまわない」という選択もいいでしょう。

私はそれを否定しません。まさに生き方の自由です。

ただひとつ言えるのは、そのように言い切ってしまったらあなたの地域が原子力事故の被災地になった場合、誰もなあなたの家族に手を差し伸べないでしょうね。

私が言いたいのはただ、「お前も危ないものを食え」ということではなく、大人の世代が子供の世代に世の中を手渡す前にこんなヤバイ原子力にきっちりカタをつけておこうよ、ということにすぎません。

そのために出来ることがただ、自分の家族の安全の防衛だけなんでしょうか、と私は問うているのです。

 

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コメント

こんにちは。
思いは人それぞれですね。
われわれという表現はあえてせずに申し上げますと、ここ福島に住んでいまして、例えばマスク一つとっても大人がしていて子供がしていないなんてケースはざらです。私個人的には子供たちより後に死ぬなんて考えたくもありませんから、子供らがマスクをしてないならそれ以上に外で運動してそれ以上に被曝してやりたいと考えたこともあります。私の親は専業農家ですので一日のほとんどを外で過します。子供らは外で運動し遊びます。会社員の私だけが一日の大半を屋内で過します。やりきれないです。
安全な所へ避難するという選択肢だけになったらそれこそ福島県民は終わってしまうでしょうね。ただでさえ46都道府県と福島県という疎外感はありますから。

ケガも大丈夫のようで安心しています。毎日ブログを楽しみにしています。
私の亡くなった父が蚕農家でした。朝から晩まで寡黙に働いて早くに亡くなりました。なんだか最近無性に会いたいです。
今回の出来事は戦争、原爆以来の日本の転換期なのだと思いますし、転換期にしなければならないと思います。
贅沢な日々を過ごしてきました。夏は涼しく冬は暖かい。食べ物も溢れ、身奇麗に生きてきました。でもそれはほんとの健康とか幸せではなかったのかもしれません。
原発不要だと訴えても、電気を使っている自分がいます。ドイツと一緒ですね。原発やめるといっても電気をフランスから買っている。このままじゃ、いつか地球から人がいなくなりますよね。
私もいま、当たり前だった自然、海や山や土に植物への感謝。それらを失いつつある茨城への不安。生きる意味や死ぬということ。いろんなことと向き合う時間が多くなりました。私たちの時代で原発をなんとかしたいです。
子供たちとまた川遊びしたり泥んこになって遊びたいです。

丁寧で余裕の大人の対応。
さすがでございます。


私も正直言って(乱暴ですが)福島のポンコツ原発の事故で良かったと内心思ってます。単純に地勢的な意味で(隣人である福島県のみなさんごめんなさい!)
こっちにもいろいろ飛んできてますがね…。たいしたことではないです。
避難されてきた2千人以上の方々が、急に変化させられてしまった生活に早く馴染まれ、数年後には故郷に帰れることを心から祈ってます。
草の根的な支援は惜しみません。

身体に悪い、癌リスクが高まる・・・と言われてもタバコを吸う。肝臓に負担が掛かる・・・と言われても深酒する。
タバコを吸うか吸わないか、深酒をするかしないか、人それぞれに選択権があります。放射性物資レベルが○○だから食さない、○○以下だから食べる。。自由です。
身体に悪いとされている事を全くしなかった・・・と言っても長生きできるとは限りません。
親より早く亡くなる子供も沢山います。
一時間後、一日後、一ヶ月後、一年後なんて誰にもわかりません。今日一日を大切に生きて行く事が重要な事です。

子供たちに対する影響(リスク)を低減させるのは大人として当然だし、親としても当たり前の事です。
一人で世の中を動かす事は出来ませんが、濱田様が仰る通り、次の世代にリスクのあるものは残さない・・と言う事で現役世代が一致団結したら、不可能を可能に変える事は出来るかも知れません。
都会人対設置県(近隣県)の構図で物を考えたら、まといまるものもまとまらないでしょう。
「我田引水」が通用する事象では無いと思っています。

昨日のエントリーですが、浜田さんの言葉と小出さんの言葉(引用部分)との境が分かりにくい部分がありますね。
言いたいことを誤解して受けてしまったのも仕方ない部分はあるかもしれないですよ。

さて我が地元の馬毛島にアメリカ海軍艦載機の離着陸訓練施設の建設案なるものが浮上してきました。
馬毛島はほぼ全域が建設業者の土地になっていてすでに滑走路に使える程度の開発(自然破壊)が完了しています
鹿児島県本土にも近い無人島で、平たく、それなりの面積のある島ですから早くから自衛隊やら宇宙往還機の着陸所など色々と噂は絶えないのですが、今の時期にメガソーラーやら風力発電所やら、潮力発電建設案などでなく離着陸訓練施設なのか理解に苦しみます。

ありんくりんさんのブログを読むと希望がわいてきます。馬毛島ですが中国軍艦、沖縄近海また航行 2日間で計11隻‎というように日米を挑発しています。その関係もあるのでしょう。

おはようございます。

日曜の朝、仕事疲れも取れぬままテレビをつけたら、某東京ローカルで「したり顔の高齢MCがいいたい放題でした。

「私が避難民だったら云々。」
・・・テレビを壊そうかと思いましたがテレビに罪はありません。

今回故郷がこの事故の恐怖に晒され、本当に悔しいです。
でも同じく思うのは、同じ思いを他の地域の方々が味わうようなことは絶対にないようにしなくてはならないことです。
それなのに上記の番組が流されるということは、避難地域の人間が抱える痛みや悔しさを、「原発を立地したんだから受け入れろ。」と考える人たちが多くいるという事実もあるということです。
他人事の人間がたくさんいる、ということですね。
被爆した地域は本当に孤独です。
心情的にも物理的にも経済的にも。

被災は大勢が経験しているのに、被災そのものは個人的な体験です。
一人ひとり思いが違います。
でも違う人間同士がお互いを思いやって生きていくことはできると思います。
そして生きている人間やこれからの未来に向かって生きていく子供たちのために、今何が出来るか、これから未来に向かって何をしていくのか真剣に考えて行動いきます。
現実を見て投げやりになりそうになる前に、他人を変えるのではなく自分を変えないと。

村上春樹氏が言った「非現実的な夢想家として」生きていく覚悟を決めなくては。

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