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私は脱原発運動をしているのではなく、自分の農場と家族の防衛闘争をしているのです

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Aさん。

正直に言って、私は放射能(*)というものをよく分からないのですよ。特に低線量被曝はわかりません。だから分かったふりをして話しているわけでもない。
「安全だ」とも「安全ではない」とも私には言えないのです。

なぜなら、私は単なる風評被害の消費者向けアピールをしているわけではないからです。ならばいっそうのこと簡単なのです。もっと歯切れのいいことを言うでしょう。

かつてのように私が有機農業団体の代表をしていた頃なら、「原発は危険だ。私たちはその犠牲者だ」と言うか、逆に、「こんなていどの低線量ならば健康に影響にありません」と言うかしたでしょうね。

代表という仕事は組合員農家の農産物を守ることが大事な仕事ですから、あいまいには言えないのです。

このブログを書き始めた時に思ったことがひとつあります。それはオフィシャルな発言ではなく、自分の迷いを含めてできる限り正直に書いていこうということでした。

と、どうなるかと言えば、口蹄疫の時もそうでしたが、あれこれ迷うことのみ多かりき、なのです。

口蹄疫の時も、養豚協会と山田大臣の果たした役割の評価は、途中で一転しました。こういうことはカッコ悪いので、できるだけチャラとしてどこかの国の首相のようにカエルの面になんとやらを決め込むほうがいいのです。

私はそれが出来ずに、「認識に誤りがありました」とやってしまって一部の人からは馬鹿にされました。

そして、現在進行形の原発や放射能についても同じです。ひとりの農業者として、ひとりの茨城県民として、ひとりの日本国民として、そしてなによりひとりの家庭人として自分を偽ることなく書いていきたいのです。

ここで初めに戻るわけですが、私には放射能がよくわからないのです。特に低線量放射線被曝の評価が分からない。

私がかねがね尊敬していた孤高の科学者・小出裕章先生のように、「一切の放射線は危険である」と言い切っていいものかどうか迷っているのです。

というのは、なにを非科学的なといわれそうですが、学説の吟味ではなくそれを言い出したら私は自分の住む所がなくなるからです。

自分の住む場所どころか、営々と27年かけて作ってきた生産基盤のすべてを放棄しなければならなくなります。60前でそれはきついですよ。
そして村の仲間にも避難を呼びかけなければならなくなります。

たまに考え込みます。たとえば下館村や南相馬の人たち、特に同じ農業者の人たちが同じ村の人たちに見えてきます。

オレなら家畜を野に放すだろうか、それとも薬殺するだろうかって、妙に具体的にリアルに。
おとなしく避難所に行って補償金もらうか、それとも東電本社前にトリをおっ放してやるかとも。オレなら後者かもな。

そう考えてしまった福島の避難地域、警戒地域外の農家や茨城の農民はけっこういると思いますよ。毎朝のように「日本農業新聞」で避難地域の住民や牛の状況を見るたびにいたたまれなくなります。

いや1年でまた元の村に戻れるさ、低線量セシウムなんかそれほどかからずに体外に出ていくよ、ということを言う学者の言説がそうであればどれほどいいだろうと正直思ってしまいます。藁にもすがるって気分でしょうね。

まぁこんな低線量安全説をすこしでも唱えると、ネット界ではあいつは御用学者だ、こいつは「原子力村」だみたいに袋叩きになっているようです。

はっきり言って不愉快ですね。少なくとも生産的な話ではありません。何に対して不愉快かと言えば、「低線量被爆地」の人間の気持ちをまったく考えていないからです。

この「安全説」バッシングをしているのが福島、茨城の住民なら致し方ないのですが、どうみても放射性物質が飛んでいくはずもない人たちまでもが同じことを言うと、カンベンしてよくれという気分になります。

そんな人たちまで言うのなら、私のような「低線量被爆地」で風評被害の中心地にいる人間はどう考えたらいいのですか?

低線量で子供に催奇性が出る、発癌率が高いのなら、私はよそに移住でもしますか?

私の生産物も同じです。私の作る農産物を長年食べていたら発癌率が高まるとでも?冗談ではない。だから自分の農産物と家族の健康を守るためにがんばっているのです。

今、私は理念としての脱原発運動をしているのではなく、私の農場と家族の防衛闘争をしているのです。

福島や茨城の農業者は放射線とどう折り合いをつけたらいいのか悩んで悩んで、雨にもあたれない、自分の農場の草も家畜に与えられないのです。

だから、「まったく安全」、「全部危険」の極端な両端を切って判断するのが妥当だと思うのです。

正直手さぐりです。あらかじめ結論があるわけでもありません。どちらの立場の方にも申し訳ないですが、歯切れが悪いし、「原子力村」の学者の説も、脱原発の学者の説も等しく扱っていきます。

そういうわけですので、今後ともおつきあい下さい。

*正確には放射線、放射線量、放射性物質、放射能などなど。この場合は、一般名詞として「放射能」を使用しました。

■写真 村の床屋さん。店頭の藤棚が自慢で、ちょっと前までたわわに藤が下がっていました。

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原子力事故」カテゴリの記事

コメント

低線量放射線被曝の評価が分からない>>>>
だれも、科学的評価をした人が居ないので、わからなくて当たり前と思います。本来、ホールボディカウンタや、毎日の尿、便中の放射性物質の量などと、空気中や土壌汚染量などとを比較しながら、今後、研究していくものだと思いますし、放射性同位体が、放射能を出さない同じ元素と、簡単に体内で入れ替わるのか、排泄されるのかも、私には、わかりません。

まあ、少なくとも、資料はありませんが、長崎、広島で、原爆被爆を直接受けないで、その後、その地で、最期まで、農業をしていて、極端に早死にされた人が、大量に出たとは、聞いてません。水俣病やイタイイタイ病の方が、多いように思います。

想像ですが、広島などは、復興で、ほとんど、アスファルトで、覆ってしまった結果になりましたし、農作物への移行係数も、微量であったとすれば、毒性論からすれば、危険ではありますが、閾値は、超えなかったのでしょうね。毒性論の究極は、普段の医者の薬も、飲んではいけないってことになりますから。。

願わくば、当面の放射性セシウムが測定され、年月とともに、減っていくベクトルが感じられ、移行係数が、低いことが、野菜別に、明示され、きちんと、洗浄され、検査され流通していると言う実態が、普通に報道され、普通に、国民が受け入れる時期が、早くくることです。

実際、モスクワでは、当初、かなり汚染された野菜が、出回っていたようですが、特段の問題は、ニュースとしては、流れなかったように思います。

投稿: りぼん。 | 2011年6月 5日 (日) 11時58分

初めてコメントします。
私は福島県浜通り、現在緊急避難準備区域出身の東京在住のものです。
お話したいことたくさんありますが、いまだに頭の中がまとまらない状態が続いています。
毎日を淡々と、ひとつずつこなすのが精一杯です。
つい先日までニュースも見れませんでした。
新聞はまだ読めません。
少しずつネットを見始めています。
その中でこちらにたどり着き、少しずつ過去記事も読ませていただいています。
汚染されていると一言で言い切ることの出来ない大切な故郷があります。
見も知らない人間に、知ったかぶられて踏みにじられる悔しさ。
現実に今ある状態とどう折り合いをつけて生きていけば良いのか。
どうすれば年老いた両親が家に戻れるのか、大切な故郷を取り戻すことができるのか。
毎日考えないことはありません。
そんななか私が今悶々と考え続けていることを書いていただいてびっくりしました。
毎日農作業の忙しい中、これほどの記事を書き続けることがどれほど大変か。
本当に本当に感謝します。
全くまとまらない文章ですみません。
これからも応援しています。

投稿: bess | 2011年6月 5日 (日) 21時38分

最近、セシウム133、135、137からTe(テルル)132やルテニウムに降下放射性物質が、変化してきました。

まずは、基準は、セシウム137なんですですが、
他の核種も検出されるようになりました。これら、新核種の移行係数は、よく解りません。


テルル(Tellurium):原子番号52の元素。元素記号はTe。酸素族元素の一つ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%AB
テルル単体及びその化合物には毒性があることが知られている。
また、これらが体内に取り込まれると、代謝にされることによって
ジメチルテルリドになり、呼気がニンニクに似た悪臭(テルル呼気)を帯びるようになる。
融点449.51 ℃ 沸点988 ℃ 水に不溶

ルテニウム(Ruthenium): 原子番号 44 の元素。元素記号は Ru。白金族元素の一つ。
貴金属にも分類される。希少金属である。
万年筆などのペン先(ニブポイント)に使われる。
ハードディスクの容量増大の目的でも用いられている。
融点 2334 ℃ 水に不溶

基本的に原発は、壊れ方により、どの放射性元素が、順番に出てくるかは、まったく不明です。

ヨウ素131は、やはり揮発性と半減期の問題で、現状は、微粒子が残っていても、放射線量は極端に減っているようです。

すでに、放射線線量計でなく、放射性物質の核種ごとの自動記録計も開発され使用されているので、空中線量だけでなく、核種変化とホットスポットのGPSデーターを公開して、ホットスポットに、立ち入り禁止看板を設置してほしいものです。

投稿: りぼん。 | 2011年6月 5日 (日) 22時55分

昨日のコメントで「御用学者」という言葉を使うべきかどうか、かなり悩みました。
原発事故への怒りを抑えきれず、感情的にバッサリ言葉で切り捨てたのも事実です。この事に対する被災者の複雑な思いを想像出来ていなかったのは、反省すべきだったと思います。

確かに私は放射能汚染の及ばない所に住んでいますが、被害を受けている農家、特に同じ繁殖農家の苦しみを、出来る限りイメージしようと思っています。生活や仕事のサイクル、牛への愛情、暑い中で合羽を付けて仕事すること辛さ、自分が築きあげてきた財産に対してぎりぎりの状況の中で判断を下ださなければならない・・・確かに、単なる想像でしか無いのですが。

私も毎日、日本農業新聞を読んでいます。1便の飛行機で運ばれて来るので、読むのは昼になるのですが、今日の1面の、大熊町に一時帰宅した繁殖農家の記事は、本当にいたたまれないです。学校が終ると子どもが家ではなく牛舎に帰ってくる、こんな光景は牛農家を象徴するものです。私の牛舎でもそうです。感情移入してしまいます。
死骸となってしまった牛もいましたが、生き残った牛たちもいたようです。

話がもの凄くそれてしまうのですが、「警戒区域」で生き残っている家畜たちを殺さないでもらいたい。安楽死に待ったを主張するニュースを聞いたときは、少し違和感を覚えたのですが、彼らは原発事故の生き証人であると思うようになりました。大事に保護・飼養し天寿を全うさせるべきです。観察・検査する事で貴重な財産を残すはずです。放射能汚染の実際を明らかにしてくれると思います。今後の汚染を受けた地域での営農の為になる、多くのデータを残すはずです。
口蹄疫の時に、サンプリングすら全くせずに殺してしまった同じ過ちを、繰り返してはなりません。
福島県内に研究牧場をつくり、出来る限り収容すべきじゃないかとも思います。


中途半端でまとまりのないコメントになってしまいました。

投稿: 南の島 | 2011年6月 5日 (日) 23時33分

bess様、ありがとうございます。長くなりそうなので、明日の記事でお返事をさせていただきます。

投稿: 管理人 | 2011年6月 6日 (月) 18時27分

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