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今回の放射能という災厄を運命だなどと絶対に言わせない!

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今日はまったく別のことを書くつもりでしたが、気が変わりました。

先日の私が自分たちの地域の農産物が安全であると書いたところ、ある種の人たちにとっては、「犯罪的行為」らしいようです。

多くは私の姿勢に対する共感でしたが、何本かはすさまじいまでのその手の人たちの「本音」をさらけ出した汚い言辞を書きつらねてあるので正直驚きました。

昨夜もまた欄外のような投稿を頂戴しました。今回は私の農業者としての姿勢と「大違い」なある福島の農家のことを書いています。

その方は、「自分の農作物を妊婦や子供に食べさせられない」と廃棄して、「賠償金をもらう」ことにしたそうです。そして放射性物質の計測もしていないそうです。

この農家の方のことを、この投稿氏は「野菜を作る人の誇り」とまで書いて、「すごくほっとした」そうです。

ほっとするのは勝手ですが、私のことをそれとは「大違い」だとまで書いています。つまり、私は「農家としての良心」を投げ捨てた悪徳農家ということになります。

このように書かれると、これは単なる悪罵の類ではなく、本質的なことだと思いますので、歳がいもなく朝っぱらから真正面から対応することにします。

私は農業者です。では農業とはなんでしょうか?

いや、別にそう改まったことを聞いているのではありません。簡単なことです。私は週末の市民農園を楽しむ人間ではない。私は農業のプロなのです。

地を耕し、トリを飼い、その生産物を売って、家族を養い、次に必要な資材や飼料を買って再循環させている職業の人間です。

農産物を「作る」のが、私という人間の背骨であり、血であり肉そのものです。これが私の人としてのプライドです。

ですから、ひとつの農産物を作り、販売し、次の再生産に繋げるためのつなぎ目に存在する「売る」という行為を大事に考えています。

私は正しく作った農産物を「売らない」で、「捨ててしまう」という農家がいたとしてたら、これはもはや「農家」ではないとすら思っています。

市民農園なら、食べても食べなくても自由ですが、私たちは「食べてもらう」ことで始めて、種まきから始まるひとつの生産を締めくくることが出来ると思っています。

ですから、私は自分の農産物を誇りを込めて売り、食べてもらうことを生き方のプリンシパル・原則とします。

さて、今回の放射能事件で私たち福島、茨城両県の農水産物は恥辱にまみれました。あたかも汚いもののように扱われ、捨てられました。いや捨てられる前に、政府の通達で私たち自らの手で「出荷自粛」すらしました。

出荷自粛、それは自分が作った農産物を捨てるということです。トラクターでかき回すことすら禁じられていたので、やむなく畑の一角に穴を堀り、投棄しました。

投稿氏さん、この屈辱が分かりますか?この哀しみが分かりますか?神奈川のお茶の農家が「わが子を捨てるようなものだ」と言った言葉は、まさに私たち共通の叫びです。

いや、賠償金が入るだろう、ですか。農家は金だけ受け取れば満足だろう、とでも。金が入れば何をしてもいい、とでも。

違います。私たち農業者は、農産物を「売る」ことの見返りとして「金」を受け取っているのであって、廃棄する代償に金を受け取っているわけではありません。

これは同じ「金」を媒介にしていますが、本質的にまったく別なことです。金さえ出ればなんでもやるのなら、その人はもう農家としての大事な何かを喪失し始めています。

ただし、私は福島県のこの農家のような選択もあり得ると思っています。しかし、賠償金をもらうのは次善の選択でしかありません。

失礼ですが、私はこれは農家としてのいちばん大切な心を捨てた行為だとも思えます。農家は自分の土地と農産物を命をかけて守るべきです。

なぜなら、土は母であり、生産物は子だからです。母と子を捨てて金を取ることをあたりまえだと思っているなら、もはや百姓ではありません。

守ることがどうしてもかなわないとなって金をもらえばいい。その努力もしないで賠償金を前提にしていたとしたら、私たち農家は何ですか。ただの乞食じゃないですか。

現実的にやむを得ない人もあるでしょうが、私はそう簡単にギブアップしません。

自分の農産物を測定するのは当たり前です。自分の地域の放射線量や、土壌の放射線量も調べるでしょう。

そしてその放射性物質の作物への移行のあり方を調べ尽くすでしょう。除染の方法を調べ尽くすでしょう。そしてそれをできるだけ多くの人に知ってもらうように勉めるでしょう。

今さら「都会の人へ安全なものを届けたい」なんて分かったようなことは言いません。そのような安全な農業への取り組みは、既に私は有機農業者として四半世紀取り組んできたからです。

私の農産物にはただの一滴の化学農薬もかかっていません。ひとかけらの抗生物質も使っていません。27年かけて自信を持って安全だと言い切れるものを作ってきました。

その上に立って言います。私は今回の放射能という災厄を運命だなどと絶対に言わせない!

私はこの福島第1原発の事故という「運命」と徹底的に戦います。それはデモすることでもなく(必要ならやりますが)、シュプレッヒコールをすることでもありません。

ましてや賠償金をあてにして、自分の農産物を捨てることではありません。

それはこの土地で、手塩にかけた農産物を作り続けていくことです。それが私の百姓としての戦いです。

             ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

「名無し」氏の投稿全文

福島の農家の方のスレがありました その内容は 野菜の放射線測定など テキトーにされており 農家として汚染された土壌は 事実であり 自分で作った野菜を 子供達や妊婦さんに 食べさせる事は 出来ないと感じ野菜は 作らない!と決めたそうです
後は 東電に賠償して貰うと
この農家さんのスレを読んで 凄くホッとしました
野菜を作る人の誇りを感じました

あなたとは 大違い。
投稿時間 2011年6月24日 (金) 01時10分

*HNを名乗らないで無記名で投稿することをこのブログでは認めていません。これは実名公開している私に、いわば覆面で斬りかかってくるに等しい行為です。この方のIPアドレスは記録に残っていますので、次はお気をつけ下さい。

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原子力事故」カテゴリの記事

コメント

福島県の野菜の出荷が解禁になりました。
「暫定基準」がどうしても信頼出来ない方々には意味の無いことでしょうが(私も盲信はしてません)、順調にセシウム線量が下がっているということは、土壌からの作物移行は小さいという話を補完する出来事だと思います。

投稿: 山形 | 2011年6月24日 (金) 08時11分

初めまして!私は福島市にて飲食店を経営しています。当ブログは震災後に知り、以後参考にさせて頂いております。

今回のブログの内容には共感する所がありまして、メールさせて頂きました。飲食業に無理矢理当てはめれば、「後で必要経費を支払うから、全部捨てるけど、オムライスを作り続けなさい。」と言われる様なものです。自分を殺さなければ、できるものではありません。

私は正しい努力をされている農家の方と協力して、10年以内に日本一の生産品を作る活動をしています。農家が良いものを作り、飲食店が起点となってそれを売りまくる。そんな仕組みができれば、福島の農家にも私たちにも、復興への光が見えるだろうと思からです。

今後も参考にさせて頂きます。よろしくお願いします。

投稿: 齋藤正臣 | 2011年6月24日 (金) 09時51分

おおっ、元気な福島市の飲食店様キター!
なるべく早いうちにこっそりと食べにいきますよー。

ホント、身体に気をつけて無理の無い程度に頑張ってください。

街路樹の欅の根元に向日葵を植えたりと、地味ながら商店街の取り組みは、こちらでも流れてます。

投稿: 山形 | 2011年6月24日 (金) 10時33分

こんにちは。
私は、農林水産省と厚生省の食品中の放射性物質の検査結果を毎日見ているのですが、急激に下がっている福島県の緊急モニタリング値を見ると、この陰には沢山の農家さんの自主的な努力があることを感じます。この災害を嘆き、政府や官庁の助けをただ待つのではなく、それぞれの方が、自分で調べ工夫して、数値を下げようと取り組んでいることが、この減少につながっていると思います。
廃棄せざるを得なかった野菜や、取り除いた土の始末は少なくとも東電が責任を持ってやるべきで、何もしないことへ非常な怒りを覚えますが、この災害での唯一の救いは、そうした一人一人の(濱田さんも含めて)努力にあると思います。

投稿: mimi | 2011年6月24日 (金) 14時55分

農業なんて、悪天候、疫病、競市(安値)、風評被害など、敵が多いです。
自分ではどうすることも出来ない。
そんな思いをしながら生産しています。

土、家畜、果樹は、改良に改良を重ねた、将来を見据えた財産なんです。
ろくに調査もせず、諦められますか。

話題の福島の農家さん、よほど物分りの良い方とみえます。

投稿: Cowboy@ebino | 2011年6月24日 (金) 15時00分

一般的には農畜産物価格は市場原理で決定しますから、自分で売価を決める事もできません。(一部ネットを含む直販や契約栽培、加工し商品として販売するのを除いて)
ですから、農業経営継続するにはCOWBOYさんが仰る他に様々な要因がある事を知って欲しいです。
今回の放射線事故では無いですが、北海道でも平成18年3月に乳業会社の処理能力が間に合わない・・・と理由で表向きには道内で800㌧の産廃廃棄処分しましたが、実質的には道内で6,000㌧以上廃棄しました。我町でも600㌧以上捨てました。(ちゃんと処理しましたから環境に負荷は掛けていませんよ)
濱田様が仰る通り、餌も手間もかけて生産した源乳をむざむざ捨てざるを得ませんでした。
血のにじむ思いでした。
消費者はその時の気分で、買う買わない、食べる食べないも自由ですが、その消費動向によって生産調整しなければならないのが農業です。特に畜産はその時々で生産調整するのが難しい職種です。濱田様の鶏も卵を生産するまでに時間がかかります。卵が余ったから鶏の数を減らす・需給が回復したからすぐに生産量を増やす・・なんて事を簡単には出来ません。

ましてや乳を生産する牛は子供を産まないと乳は出ません。子供を産むのに子牛から育てて最短でも2年かかります。
野菜類でも種類によりますが、播種から収穫まで2カ月以上はかかります。
安全で安心して食べてもらえるよう、そして、より品質を高めるため、土つくりから始めて頑張っているのです。自分の納得出来る土壌も一朝一夕にできるものではありません。
お涙頂戴・・・を訴えるつもりはありませんが、そんな農業者の日々の努力が、一般消費者の生活を支えている事を理解してほしいと思っています。

今日は出張で都内にいますが、この暑さはすごいですね。今朝、十勝を飛び立つときは10℃くらいでしたから、20℃の温度差があります。この暑さの中での節電は大変だと実感していますが、避難所で苦しんでいる方々をテレビで見るたびに、そんな事言ってられないですね。

農業者と消費者は敵ではありません。敵対は無益です。
消費者がいるからこそ生産者の存在意義があり、生産者がいて消費者が安心して生活できるのです。
理解しあう事が難局を乗り切る唯一の手段ではないでしょうか?


投稿: 北海道 | 2011年6月24日 (金) 20時14分

連投ご容赦・・・
名無しさんへ

ヒステリックになり、大勢が読むコメント欄で汚い言葉や偏った意見で批判する事はいかがかな?と思いますよ。
大人になりましょうよ!!

投稿: 北海道 | 2011年6月24日 (金) 22時36分

どこの農家さんかは知りませんが、
自分の知っている農家で作った作物を喜んで捨てる人間はいません。
少なくとも私の父と母はそうです。
食べ物の命をいただく百姓には、
意識せずとも自分の仕事に誇りや魂が入っていると思います。

お金は生きるため必要ですが、
誇りや魂はお金じゃ買えません。

私の村は、奇跡といって良いほど放射線量が低いです。
でも米の作付けは一律に制限されています。
ご存知のように罰則規定はありませんが、
高齢化した過疎の村で若い人間は避難中、
行政やJAのサポート無しに作るのは難しいのが現状です。

そんななか、天皇の献上米も作った方がただ一軒、
様々な妨害(それはそれはすごかったようです)を撥ね退けて2枚の田んぼを作っています。
村の商工会長さんのブログで、その田んぼの写真が写っていました。
普段なら当たり前の風景なのに、涙があふれて。

農家の誇りって、こういうことだと思うのはまちがいでしょうか。

投稿: bess | 2011年6月25日 (土) 08時08分

生きていく為の糧を得るための農業経済ではありますが、農業と言う部分だけで言えば、その次元を超えた「使命感」的な気概もあると思います。
ものを育て育み、成果物として農畜産物を手に入れます。
最終的に消費者が「美味しい」と言って食べてくれる事が大きな喜びではないでしょうか?
その笑顔を見たいだけなのかも知れません。

濱田様
先ほど相方からメールがきまして、沢山頂戴した事が伝えられました。
お心遣い無きように・・とお願いしていたので、大変恐縮しています。
毎日ブログを読ませていただいている事が最大のお礼と思っています。私にとって記事の更新が、濱田様と相方様のご無事を確認できる唯一の手段です。お体ご自愛いただき、復旧・復興目指してのご奮闘をお祈りしています。
本当にありがとうございました。
(本当にお心遣い無きように・・・ですよ)

投稿: 北海道 | 2011年6月25日 (土) 08時59分

暫定基準は成立当初から「原発事故後の一定期間のみに適用される目安であって必ずしも毎日食べ続けてよいものではない」という但し書き付きのものであり、そのことを再度訴える専門家も最近また目立ってきています。

生産者の苦しいお立場は相当なものであることは理解できます。しかし、消費者が家族と自分の健康を守りたいという気持ちが、それに比べて深刻度や価値が低いのか?というと私は決してそうは思えません。

また東京では事故直後、福島に次ぐ、全国で二番目の量の放射性物質効果量が測定されています。原発事故では放射能への初期対応が特に重要とされるなか、東京周辺がまったく安全な土地であるかどうか、徹底的な調査がなされないと断定できるものではない、と個人的には思います。

それでも現在、関東の一般的なスーパーでは置かれている野菜のほとんどは東日本と輸入品です。みなさん買ってらっしゃいますよ。安心してください。

暫定基準がこのまま固定し、消費者が文句を言わずに消費するようになれば、国、東電、生産者のみなさんは経済的に安定するのでしょう。

私は暫定基準が安全基準ではない以上、その状況が気持ちが良いものだとは決して思えませんが、しょうがないのかなあ、と日々看過している状況です。

また暫定基準のせいで、世界的には日本の商品がある意味不良品となっていることも危惧します。もしも、TPPなどが進んで、より厳しい放射能基準をクリアした農産品が大量に入ってきた場合、国産品は勝ち残れるのかなあと。自給率の点からも気になります。

全ては事故を起こし、安全性の対策も遅れている国や東電に責任があると思います。そこに着目するのが先決なのではないかな、と思いますが、そんな声が高まっているようにはなんとなく思えない風潮です。調べが足りないのでしょうか。

できれば、減農薬野菜が流行したように、減放射能野菜などを作る生産者が出てくれば、値段が高くても買うのですが。不安を煽るからと、そんな気運も盛り上がりにくそうですね。

投稿: W | 2011年6月25日 (土) 23時03分

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