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原子力事故の直後、私はどのようなデータを求めて走ったのか?

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風評被害から3カ月。どうにか回復してきていると言っても、いったん傷ついた福島、茨城の農産物のイメージの回復にはほど遠いようです。

こういう時になると農家は妙に沈黙してしまいます。なんて言うのかなぁ、嵐が過ぎて行くのを待つというのが体質のどこかにしみこんでいるんですね。

私は3月15日の水素爆発があった直後から仲間の農家に声をかけました。

「すぐに対応しないとダメだ。計測器をすぐに購入して線量を計って事実を確認しよう。そして大丈夫ならば安全だと言おう」。

だが首を縦に振る人はほんとうに一握りでした。いやお前の言うことは違うというのではなく、う~んグニョグニョ・・・。まぁね、グニョグニョ、もうちょっと様子見んべぇよ、グニョグニョ。

ああ、また始まったかと天を仰ぎました。大勢が見える時までは腰を上げないという日本農民病がこの千年に一回の時にも出たのです。

と言っても、それは農家として必ずしも間違った選択ではなかったのかもしれません。先んじて走った私にも同じように「情報の壁」が待っていたからです。

結局、私たちは村こと放射能風評被害の大渦に巻き込まれて行くことになります。

さて、この時点で必要なデータは3種類でした。

①3月15日以降数日間の飛散図・・・・放射性物質が福島第1原発からいかなる飛散をしたのかを知る基本的データです。

②地域の空間放射線量・・・農産物にフォールアウトした放射線量の目安になります。

③土壌放射線量・・・畑の土にどれだけ放射性物質が降ったかを知る目安になります。

まず②の放射性物質のフォールアウト状況は、幸いにもあるていどの予測がつきました。(資料1参照)

12年前の東海村再臨界事故時には、私はおっとり刀で隣村のモニタリング・ポストまで駆けつけて、パニくっている職員と見せろ見せないでやりあわねばなりませんでしたが、今回はリアルタイムで県の計測数値が表示されていました。大変な進歩です。 原子力安全対策課のページ

次に①ですが、私はこの時点では残念ながら、よもや国が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)という原子力災害時の予報シミュレーション・システムなどというごじゃれたものを持っているとは知りませんでした。

そしてそこにははっきりと事故直後からの放射性物質の飛散の動きが刻々と表示されているにもかかわらず、首相官邸の奥の院に隠匿しているなどとは夢にも思っていませんでした。

私は政府の枝野「原子力担当安全広報官」が言う、「放射性物質の流出はありません」というヨタを信じるほどウブではありませんでしたが、まさかまんま隠しているとは思ってもみなかった。ああ、オレ甘かった。

このSPEEDIの飛散図には、隣県にまで及ぶ放射性物質の詳細な拡散状況が記されているといわれており、まさに当時私たちが喉から手が出るほど欲しい一次情報でした。

この隠匿により、福島第1からフォールアウトした放射性物質が、当時の風向きにより、30㎞地点を超えて西北方向に伸びていたことが握りつぶされました。(資料2参照))

これを知りながら首相官邸は同心円的避難区域に固執し続け、飯館村、南相馬市などの避難が大幅に遅れるという致命的失敗をしました。

未だこのSPEEDIの生データは開示されておらず、もし3月15日からの1週間の間にこれが開示されていたのならば、福島県内のみならず大きな影響を受けた近隣県にとって緊急対応措置を取るための貴重なデータとなったことでしょう。

このように私たち農業者は、国から見放されたに等しい状況の中で手探りで対応措置をとらざるをえなかったのです。

しかも個々別々に。団体ごとに、時には個人で。

私はこの3月中旬の時点で市農水課に、「一刻も早い組織的検査体制の構築」を呼びかけました。しかし、検査機関が満杯であるとの理由ではかばかしい答えは得られませんでした。

実際、農民のみならず市農水課もまた途方に暮れていたのです。国はおろか県からも情報がまったく来ない。県も独自のモニタリング数値しか持ち合わせていない。そんな中で小さな市に何が出来ますか?

そして国がした唯一のことといえば、それはどこに責任主体があるのか分からない「出荷自粛要請」でした。しかも、ただの一片の首相名の紙切れに乗せて。

政府の言うとおりにすると、県全体の農産物が止まりねない、そんな第1次生産者の死活を左右するものを、ただのファックス一本で寄す。これがこの国の政権なのです。

この後に、菅政権は浜岡原発停止「要請」で同じ手法を踏襲します。汚れ仕事は法的裏付けがない「お願い」で通す。どこまでも卑怯な政権です。

それでなくとも、大震災の被災地でもあった茨城県全体のインフラはズタズタであり、停電、断水地域もまだ多かったのがこの時期でした。

後はご承知のように約2カ月半に及ぶ超特大の風評被害の嵐でした。出荷自粛(後に「出荷制限」)の品目は当然のこととして、関係のないレタスなども3個90円、いや値さえつかずといった状況で、投げ捨てられていったのでした。

この対応の中で、遅まきながら農産物の検査体制が稼働し始めたのが1カ月前。土壌検査もようやく手が着きな始めたばかりです。

現在、市内各地で土壌放射線量を市独自が計測を開始し始めています。(資料3参照)
行方市における放射線量率測定結果

今は幼稚園、小中学校の庭などですが、近い将来は農地の土壌計測にも向かうはずです。ただ予算がない。

国は近隣県の土壌放射線量計測の予算をまったく計上していません。

このような生産者、消費者の不安を取り除くイロハのイの取り組みを放棄しておきながら、何が 再生可能エネルギー特措法案だというのでしょうか!

そんなもの単なる自然エネルギー利権を孫氏に丸投げするだけのものじゃないですか。

さて、地域の農家もあまりにひどかった嵐がひとまずは弱まり、大打撃から立ち直りつつあります。

改めて思うのは、このような原子力事故で近隣住民が何より必要とするものは正しいリアルタイムの情報です。

情報は原子力事故と闘う最低の武器です。

この情報という最大の武器を私たちに与えないで、いったいなにで闘えと政府は言うのでしょうか。防護衣かマスクか、ヨード剤か。それとも私たちの生命そのものなのでしょうか?

次にまた原発が爆発した場合、同じ対応が続くのならば私は日本国民をやめたい。

           ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■資料1 茨城県放射線量推移表001

■資料2 SPEEDIによる放射性物質モニタリング図

Photo
■資料2 行方市の放射線量率測定結果

6月24日に行方市が実施した放射線量率の測定結果は、以下のとおりです。

【測定結果】
●麻生小(幼稚園)毎時 0.108 マイクロシーベルト
●太田小(幼稚園)毎時 0.172 マイクロシーベルト
●大和一小 毎時 0.172 マイクロシーベルト
●大和二小 毎時 0.189 マイクロシーベルト
●大和三小 毎時 0.283 マイクロシーベルト
●行方小 毎時 0.142 マイクロシーベルト
●小高小 毎時 0.146 マイクロシーベルト
●麻生中 毎時 0.151 マイクロシーベルト
●麻生一中 毎時 0.177 マイクロシーベルト
●津澄小(北浦幼稚園)毎時 0.152 マイクロシーベルト
●要小 毎時 0.159 マイクロシーベルト
●玉川小 毎時 0.139 マイクロシーベルト

すべての場所において健康に影響を与えるレベルではありません。

※平常時の茨城県内の環境放射線量:毎時0.03~0.07マイクロシーベルト
※胸部レントゲン撮影時(1回)の放射線量:50マイクロシーベルト
※学校等の校舎・校庭等の利用判断における文部科学省の暫定基準値:毎時3.8マイクロシーベルト 

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コメント

よく、わからないこと、以下のように。。

http://www.env.go.jp/water/dojo/law.html

土壌汚染対策法には、放射線微粒子は、含まれないらしい。

国際放射線防護委員会、欧州放射線リスク委員会と文部科学省は、土壌の放射線汚染の測定方法やサンプリング方法が、違うらしい。

このままでは、単純に、比較ができない(いや、チェルノブイリと比較されては、困る?)

耕すことを、前提とした農地の安全基準などがないようだ。移行係数が、いくら小さくても、作物は大丈夫でも、農民は被曝しつづける。

農家の人が、法治国家において、放射線に関する農業畜産水産関係の法律が、ないのに、どうやって、裁判所に持ち込める?

投稿: りぼん。 | 2011年6月26日 (日) 11時02分

りぼん様。ご指摘の点は、私もかんじております。ともかく放射能関係に関しては暫定規制値もそうでしたが、なにも決まっていない状況です。

私もいろいろと当たっていきますが、JA全農あたりが政府と交渉しないと動かないかもしれません。

おそらくはこのまま推移すれば土壌除染に関する費用は自己負担となっていくと思われます。現に、検査費用は既にバカにならない額となっていっていますが、すべて生産者自己負担です。

農家の自己負担にも自ずと限界があります。

投稿: 管理人 | 2011年6月26日 (日) 12時02分

環境省がまったく動かないのは、なぜ?

原発の放射能は、企業が出した一種の公害ではないのでしょうか?

ならば、大気汚染防止法、水質汚濁防止法など、環境法令の延長上に法律があるべきと思われる。

ただ、この手の法律は、事実上、暴力団の資金源なので、行政は、手が出せないとは、思いますが。。

投稿: りぼん。 | 2011年6月26日 (日) 16時59分

環境省は力がありませんから。霞ヶ浦浄化運動の時に痛感しました。課長クラスでやる気のある人はいるのですが、上にいくと出向者のヒラメばかりです。

環境省に限らず、今の国には何か被災者のために一肌脱ごうとするより、何か言われるまで待っていようとする姿勢ばかり目立ちます。

いわゆる政治主導で官僚が「余計なことはしない」という日和見的態度をきめこんでしまったようです。

思えば口蹄疫の時もそうだったじゃないですか。野生偶蹄類の調査なんか考えもしていなかった。なくてもいい官庁のトップですね。

今回は「国難」とか言っても、通産省のなわばりですから、環境省ごときダメ官庁の出番はありません。

投稿: 管理人 | 2011年6月26日 (日) 17時48分

私は早い段階で政府は信用できないなと思っていました。なぜなら早い段階で海外などのサイトで正確な情報が出ていたからですね・・。もちろん遠距離からの観測だから多少誤差はあるでしょうが・・・・あきらかに政府の発表とは違う内容が計測されてましたし・・・。
とはいっても早い段階といっても電気が復旧したのは震災後2日くらい立ってましたからそれ以降のネットの情報ですが・・。
ですから爆発後の情報ですね・・・。いやむしろネットの情報の方が正確だったと思います。
もちろんその情報が正しいのか?という点はありますが・・・・少なくとも政府発表と東電の説明よりは正しいのはよく分かりました。
メルトダウンに関しても海外では早い段階であの数値でメルトダウンしてないはずがないと3月の頃には既に言われてましたしね。
政府が情報を隠すのはずばり損害が増えるからでしょう・・東電と彼らが保障するわけですから。黙ってごまかそうとでもしたのでしょうか?そうすれば気付かれないとでも思ったのでしょうか?
全く緊急用にバカ値段高い装置を設置していても全く意味のない使われ方をされているですからねぇ。
今の政府だとあながちどっかの映画のように「日本列島が沈没する」という事実が分かったら我さきに列島脱出してから「日本沈没するよ」とバカみたいに発表するんでしょうね。

投稿: 銀の狐 | 2011年6月27日 (月) 00時14分

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