« 再生エネルギー法案は、もっと大きなエネルギー政策の見直しの中に位置づけられるべきです | トップページ | チェルノブイリ原発事故の避難実態 »

チェルノブイリがうらやましい

052


さんは、私たち日本の農家がチェルノブイリをうらやましいと言ったら笑うでしょうか?

チェルノブイリと同じレベル7の原子力事故である福島第1原発事故の「その後」の政府対応を、農業面に絞って比較してみましょう。

●避難地区の人の避難移動

・チェルノブイリ・・・事故後直ちにバス1000台で住民全員が避難退避

・福島・・・・・・・・・・20キロ圏内⇒30キロ圏内⇒屋内退避⇒計画的避難地域⇒警戒区域と二転三転・大幅な避難の遅れ

●避難地区の家畜とペット類の避難

・チェルノブイリ・・・人と同時に全頭避難完了

・福島・・・・・・・・・・避難地域に放置し見殺しにし大量の家畜が惨死した・非難を浴びて家保により薬殺処分・JA全農とNPOが主体で避難活動

●農産物出荷対策

・チェルノブイリ・・・30㎞圏内のミルクが流通

・福島・・・・・・・・・・従来の農産物輸入の規制値を改悪して暫定規制値としたためにかえって風評被害を拡大

●汚染マップ

・チェルノブイリ・・・・事故後直ちに空間線量と土壌線量の調査開始。数カ月後に集団農場(コルホーズ)などに汚染マップを交付・地域集落ごとの地域汚染マップも同時に交付

・福島・・・・・・・・・・・2カ月後から福島県のみで汚染マップづくりを開始・予算わずか7億円のはした金。茨城、千葉などの近隣圏の予定なし。

●環境放射線量測定

・チェルノブイリ・・・・同上。

・福島・・・・・・・・・・・事故初動でSPEEDI情報を隠匿・非難を浴びて1カ月たってようやく気象庁、文科省のデータを出し始める・現在も詳細な地域線量計測は県行政が主体

●除染活動

・チェルノブイリ・・・・放射線量を中長期的に減少させる農業技術的手段を政府が提供・国家レベルで大規模除染活動

・福島・・・・・・・・・・・なし。非難を浴びてようやく飯館村で小規模の「実験」を開始・予算わずかに5億円。茨城、千葉などでの除染計画なし

●放射性物質放出の違法性認識

・チェルノブイリ・・・・・国家責任

・福島・・・・・・・・・・・・「放射性物質は特定有害物質ではないので、放射性物質の放出は合法である。従って放出した東電を罰することはできない」。(環境省見解)従って、空間に放出しようが、海に放出しようがまったくの自由。

こうしてみるといかに民主党政府がなにもしてこなかったのかがよく分かります。彼らがやってきたのは、党内の内ゲバと権力闘争だけです。恥ずかしくないのか!

政権が私たち農業者に対して何かをした形跡は皆無。これでなにがなにが「脱原発解散」ですか。

菅さん、ちゃんちゃらおかしいぜ。あなただけには「脱原発」を言われたくない。これだけ事故をひどくした最高責任者はあなただ。そしてその後に被曝地を見捨てたのもあなただ。

皮肉ではなく思います。チェルノブイリがうらやましい。圧政下にあったと言われるソ連の農民は、今の日本農民よりずっと人間として扱ってもらっていたのでから。

お断り・本記事にはチェルノブイリと今回の福島第1原発事故を比較するに際して、避難措置の記述に無理な単純化があります。明日にチェルノブイリについてもう少し詳細に記述いたします。

■写真 新緑がまぶしい時期になりました。たまさかの梅雨の晴れ間はもう夏です。当地ももう連日30℃越え。昨日は軽い熱中症になりました。あわてて水風呂に直行して冷温停止(ああ、われながらイヤな冗談だこと)。

|

« 再生エネルギー法案は、もっと大きなエネルギー政策の見直しの中に位置づけられるべきです | トップページ | チェルノブイリ原発事故の避難実態 »

原子力事故」カテゴリの記事

コメント

いくら事故の規模が違うといっても、なんでしょうこの違いは。
旧ソ連なんてそれこそ非人道的なイメージですが、民主政権よりよっぽど人道的ですな。
当時はゴルバチョフのペレストロイカが始まったばかりで、ソ連は大混乱期だったというのに。

あれから25年。SPEEDIのような高度なシミュレーションシステムを持ち、計測装置なども遥かに進歩しているというのに活かしていない。活かす気すら無い?秘密主義。
全く民主的じゃないですね。
ホントにいやになります。

話が逸れてしまいますが、消費税増税計画は通すとか…もはや次の政権(民主でも野党でも構わず)に対する焦土作戦か?と。
マニフェストの財源が無いなんて、2年前の選挙で分かりきっていたこと。
政権取った途端に内ゲバの嵐。

自民党がしっかりしないのも困ったもんですが、「政権交代」に踊らされ騙された国民にも責任があると思います。

投稿: 山形 | 2011年7月 1日 (金) 07時59分

放射性物質は特定有害物質ではないので、放射性物質の放出は合法である>>>>>

じゃあ、どんな根拠で、浜岡を止めたんだね?

静岡県民は、別に、地震で、浜岡が壊れても、困らないけどなあ。

投稿: りぼん。 | 2011年7月 1日 (金) 08時01分

うわあ、びっくりしました。この情報源はどこですか?
日本って簡単に情報操作が出来る国なんですね。がっかりです。

投稿: mimi | 2011年7月 1日 (金) 11時23分

「放射性物質は特定有害物質ではないので、放射性物質の放出は合法である。従って放出した東電を罰することはできない」。(環境省見解)

現行法を実行する者としては、根拠法令がないので、何もしない。っていうのは、公務員としては、正しいですよね。
現実に、市町村運営の産業廃棄物最終処分場は、汚水等について、決められたことについては、連続で測定して、放出。まあ、多くは、中和処理ってやつですが。。。ところが、重金属については、結果は、フリー、つまり、垂れ流しです。だって、排出時に、測定しないといけないと言う法律がないからです。もちろん、有害重金属を出してはならないって、書いてあるけど、測定しなければ、目に見えないので、わかりません。

同じく、大気汚染防止法も「大気の汚染に関し、国民の健康を保護するとともに生活環境を保全し、」が、目的ですが、放射性微粒子については、別表に記載がないので、垂れ流しOKですよね。

東大で、も灯台で、も、変りませんわ。

投稿: りぼん。 | 2011年7月 1日 (金) 14時20分

ベラルーシ政府のえらいところは、ベラルーシ全体が、汚染されてしまい、セシウム137の世界基準値0.3ベクレル/kgをはるかに上回っているため、15~20ベクレル/kg以下にすることをガイドラインとして、とにかく、出発して、高濃度汚染をまず、直ちに止める政策を打ったことです。
確かに理想の数字はあるでしょうが、何もしない政府というのが、1番危ないっていうことは、わかっているから、高すぎる規制値でも、出発したと言うことと、その方針に、現在でも、責任を持って継続している(だんだん、基準を厳しくして、安全度を増している)ことだと思います。

投稿: りぼん。 | 2011年7月 1日 (金) 14時31分

チェルノブイリは年雨量500ミリ程度のステップ性気候ですが、日本は世界的に見ても1500ミリ/年の多雨地帯に属します。
時には豪雨になり川を奔流となって流れ下り、或いは急速に地下に浸透する雨は、必ずや一旦ばら撒かれた放射性物質を急速に洗ってくれると考えています。

そうなると今度は浅海での放射能が問題になってくるのでしょうが、学校の校庭が放射能を帯びるのより遥かにましです。

投稿: 利根 | 2011年7月 1日 (金) 15時06分

日本政府は、気休め的な暫定基準値を決めて、事故を小さく見せるということにのみ神経を使いました。

そしてかんじんな除染はまったく行っていません。レベル7事故当該国とは思えない鈍重さです。

梅雨に入る前に徹底した除染をする時間的余裕は3カ月間もあったばずです。

それにもかかわらず除染作業をまったく行わず梅雨に至ってしまいました。

おそらくは道路の側溝、雨樋、水たまり、浄水場、下水処理場、沿岸部などで、梅雨以降ホットスポットが多数観測されるはずです。

農業においても夏作の作付けにおいて除染資材を農水省が大量に配布すべきでした。

しかし、まったくその陰すらありません。呆れ果ててものが言えないとはこのことです。

投稿: 管理人 | 2011年7月 1日 (金) 15時20分

こんにちは。はじめまして。

冷静なブログご意見を興味深く拝見しております。
しかし「チェルノブイリは日本よりも避難指示や待遇が的確であった」というご意見には賛同しかねます。


こちらを見ていただけばわかりますがhttp://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Ryb95-J.html

1986年 4~5月の避難基準(事故は4/26)
・最初の避難:25mR/h (220mSv/h)半径ほぼ10km圏
・次の避難:5mR/h  (44mSv/h) 半径30km圏

被曝限度の設定
・1986 5/12 500mSv/y ただし妊婦と14歳以下の子供は100mSv/y
・1986 5/22 全住民に対し100mSv/y
・1987     30mSv/y
・1988、1989 25mSv/y

直ちに避難命令が出たのは日本とは比べ物にならないくらいの高線量地域です。単位が/y(年)でなく/h(時)であることにご注意ください。
事故後4週間も100msv/年の地域がほっておかれていること、事故後一年たってようやく30msv/年に避難命令が出ていることにご注意ください。25msv/年になったのは事故2年後です。またよく引き合いに出される5msv/年 が避難区域になったのは1990年、事故4年後。救済法が制定されたのは1992年、ソ連が崩壊してからです。救済が的確に行われたかどうかの情報は私は有しておりませんが、それ以前の挙動を見ると(外国に指摘されようやく事故を認める、労働者に現状を告げず後処理に送り込む、など)手厚い保護が行われたとも思えません。

政府の対応を批判したいお気持ちは重々わかりますが、チェルノブイリと比較するのは無理があるのではないかと思います。

投稿: 田口たつみ | 2011年7月 2日 (土) 02時56分

田口様。まったく仰せのとおりです。
事故で放出された線量自体がそもそも違いますし、規制値もまったく異なります。

私の勇足というか、分かりやすくするための誇張があったことは申し訳なく思っております。

明日修正を出します。ありがとうございました。

投稿: 管理人 | 2011年7月 2日 (土) 05時11分

こんばんは。
農業高校3年生です。
将来酪農家になろうと思っているので今回の震災で多くの家畜が見殺しにされてしまったことに大変心が痛みました。
ましてや、福島の人だけではなく東日本に住む人々の命が一瞬にしていくつも失われたことを私は遠くでテレビの向こうで起きていることを見ていることしかできない、そんな無力さに悔しさが残ります。
たった500円、そんなお金しか募金できないけど被災地の人のためにと日々願うことしかできませんでした。

政府を責めたい気持ちはありますが、
その原子力発電の電気で今まで暮らしてきた私たちには何も責任はないのだろうか、と考えてしまいます。
確かに作ったのは国です。推進したのも国です。
でも、広島や長崎で核による大きな戦争であれだけの被害をもたらしたものにすがって生きていること、歴史から何も学ぼうとせずに生きている、それを何も思わずに今までを過ごしてきていたのは、政府、とかで区分するのではなく私たち日本人すべての人ではないかと思うのです。

高校生なので詳しいことはわかりません。
だけど、やっぱり今は文句言ったりすることよりも手を取り合ってまた再出発しよう、と団結することが私は大事だと思いました。「がんばろう」って言葉は他人事ではありません。一緒にがんばろう。ということなのですから。

環境、生命などかけがえのないものが今、消えていく中で
ネット上にはひどい言葉で福島の人のことを笑っている人もいます。

自分にできることはちょっとしかないけど・・・
この事故を二度と繰り返さないように
酪農家になったとき語りついでいきたいです。

ここのブログを通して
また誰かがそんな気持ちになってくれたらと願っています。

投稿: YUI | 2011年11月21日 (月) 23時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/515571/52089763

この記事へのトラックバック一覧です: チェルノブイリがうらやましい:

« 再生エネルギー法案は、もっと大きなエネルギー政策の見直しの中に位置づけられるべきです | トップページ | チェルノブイリ原発事故の避難実態 »