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農家の心の中にある「放射能の壁」

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ニュースで福島県立福島高校のサイエンス部の仕事を見ました。

いや、驚きましたね。部長がびっくりするような美少女だったのもさることながら(笑)、やっている実験が大変に面白いのです。

たしか土壌の粒子の大きさによって放射性物質の沈下や結着にどのような差がでるのか、という実験を繰り返していました。

砂のような細かい分子構造の土壌のほうが、放射性物質を検出する値がより高いという結論でした。

粒子のほうが表面積が大きくなるからということのようです。なるほど。

となると、コロイド(粘土質)のほうが分子が大きいので、放射性物質を多く結着するというのもわかります。

また、除染についてもいくつか実験を試みて、水で濾過する方法も試していたようです。こっちのほうは、部長に見とれていてあまり記憶に残っていません。すいません!

いろいろの場所の人たちが、いろいろの方法で放射能と闘っているのが分かります。怖いから逃げるというのも否定しませんが、怖くても相手の正体を突き止めて、知恵を絞って闘うというのもオツなものです。

さて正直に言って、私たち農業者の「闘い」はまだまだですね。農業者が本気になって自分の土を浄化しようとする試みはまだ点の存在です。

計ったりなんかしたら放射能があることを認めたのも一緒だ、という空気に支配されています。おそらくは8割以上の農家の気分がこれです。

農産物は、言われなくとも流通に命じられて放射能測定をしています。しかし、そこで止まってしまっています。

現在、消費者の方々が思う以上に農産物や畜産物の放射能測定はしっかりとされています。といっても、ガイガーカウンターを使った外部被曝のスクリーニング・チェックていどが大部分ですが。

ガンマスペクトルメータという分解能が高い本格的器材を、大枚を叩いて買った農業団体もポツポツ出てきています。

しかし、なぜか私たち農業者の根っこなはずの土壌の計測はあまりされていません。理屈より、心理的忌避感があるのでしょうね。

自分が生きている、生産している農地がもし放射能汚染されていたら・・・、なんと言うのかなぁ、安全か安全じゃないかという次元ではなく、放射能が出たらすべてを否定されてしまうような気持ちになるのだと思います。

この心理を、農業者自身が乗り越えないとだめじゃないかと思うのです。現実に向き合わないと。

前に、「消費者に放射能の危険があるものは届けられないから作付けをしない」、と判断した福島の農家を取り上げたことがあります。

あの人のことはずっと気にかかっていて、私はいわば農業の正統的批判をしたつもりで、「モノ作らないのは農業者ではない」と決めつけたのですが、あれでよかったのかなとも思っているのです。

「消費者に危険だから作らない」という結論がひとり歩きしていて、一部の消費者の理想的農業者にまで祭り上げられてしまったからおかしくなったのだと思います。

思うに、その人は怖かったのです。自分の土が放射能汚染されていることが、怖くて怖くて、息が止まるほど恐怖したのです。

自分が何気なく吸っている空気が実は汚染され、土さえも放射能という怪物に支配されているとしたら、農家は逃げようがない気持ちになってしまいます。

一般の人たちは、いざとなれば逃げればいい。私たちは逃げられなない不便な存在なんです。畑や田んぼをかついで、すたこらさっさとどこかに行けませんもんね。

今、多くの農家はとまどいの中にいます。判断停止といってもいいでしょう。

見えない放射能雲が頭上を通過し、放射能をバラ撒いたことまでは納得しています。その結果、大変なバッシングにあったことも身に沁みています。

消費者が恐れて、東日本の農産物を忌避しているのも知っています。

では、どうするのか?
農産物を計ればいい、ここで止まってしまっています。それは単なる商品チェックでしかないのに、それで充分だと思ってしまっています。流通の多くもそれでいいと言っているし・・・です。

自分の生きている農地の状態や、放射能からの再生除染は、国や県から言われたらやればいいというところで止まってしまっています。

これが私の言う、農家の判断停止状態、「放射能の壁」です。

私は農業者にとっての農地は、本質的価値だと思っています。単なる生産手段じゃない。それを超えた何者かだと思っています。

だから、恐怖して現実を見ない。私は仲間に言いたいのです。
「セシウムは出て行かないよ。下手すれば、あなたの残りの人生くらいはあなたの土にいるよ」、と。

私たちは、恐怖で息が詰まりそうになりながら闘うしかないのです。

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コメント

福島高校やるじゃないか!
そう、戦うしかない。しかし検出を恐れて作付を取り止めた農家さんの気持ちも理解できるのです。作付にはお金がかかりますし。
このあたりは記事に同意です。

それでも徹底的に土壌検査を行って、測定値が高ければ除染方法を科学的見地から合理的に進めるしか、解決方法は無いでしょう。


山形では一昨日から牛糞堆肥の測定が本格的に始まってます。
ここ一連の県の対応の速さには正直驚いてます。
JA関係者が奔走して県に訴えて続けているのです。

投稿: 山形 | 2011年8月17日 (水) 08時38分

>>私たちは、恐怖で息が詰まりそうになりながら闘うしかないのです

「放射能の壁」は農業者だけでなく消費者、国民全てに存在しているような気がします。

問題は「恐怖」を唯、拒否するだけでなく、いかに「安心」に変えていく努力をするかと言うことだと思います。

絶対の安全は存在しないのですから、相対の安全をいかに良いものにするか。その行為しかないと思います。

投稿: 一宮崎人 | 2011年8月17日 (水) 12時18分

コロイド(粘土質)のほうが分子が大きいので、放射性物質を多く結着するというのもわかります。

>>>これは、あちこちで、下水道の吸着用粘土層に、セシウムが、蓄積することから、ある程度、証明されているような感じですよね。そうでなければ、上水道の凝集沈殿処理層や砂ろ過層に、溜まっていくはずですが、あまりそこには、溜まっていない様子ですから。。

結局、ヨウ素問題が何とかなったとすれば、セシウムを除染することが、当面の課題なのでしょうね。植物移行係数は、思ったより低いようなので、作物の残留セシウムは、500ベクレル以下には、原発に近い地域以外は、抑え込める可能性は、あると思いますが、土壌を早く除染しないと、農業者が、呼吸器被爆することになりますので、処理土量が増えないうちに、とにかく、一時保管するより仕方ないのかなあ?と、思います。

問題は、地下水汚染でしょうか。

出来るだけ、実験や研究をしてみて、少しでも、手をつけていかないと、政府任せでは、良い結果は、出ないでしょう。

ゼロベクレルを、期待するのは、無理だと思います。西日本だって、測定すれば、何ベクレルかは出るのですから。。測定不能っていうNDでも、機器によっては、40ベクレル/kg以下ってことですから、それくらいは、許容範囲と言う事で、国民の理解を得ないと、何も先に進まないでしょうね。本来、御用学者自体が、その辺について、最近まったく、口を開かないのが、よく解りませんけど。。

除染と言うと、放射性物質をゼロにするような感覚かもしれませんが、ある程度の低レベルまで、一気に持っていければ、なんとかなるのではと思うのですが。。

投稿: りぼん。 | 2011年8月17日 (水) 12時58分

はじめまして
「作付けしない」を評価しているのは消費者と言いますか・・・多くは外野の方々でしょう。耕作しないとどうなるか知らない方々からの高評価なのだと思います。面白半分の方も大勢だと思いますよ。
元素による汚染は化学的なアプローチよりも、物理的除去の方が手っ取り早く効果的だと感じます。りぼん。さんの言うとおり、自身の生活圏をある程度の低レベルまで一気にもっていくことが大事だと思います。私は福島市民なのですが、学校の校庭の表土除去はかなり効きましたし。
福島の梅からは基準越えのセシウムがでましたが、似た作物の福島の主力果実である『桃』からは、ほとんど検出されていません。やはり放射性物質が【降下】した時期の「葉や花」の状態が関係あるのでは?植物の吸収よりも、外側に付着した放射性物質の方が比較にならないウエイトを占めていたのでは?と感じます。※原発事故当時、福島市の梅は開花していました。桃は4月半ばくらいからの開花です。
洗って皮むいて食べれば全然問題無い!と私は思っていますが・・・県外での福島県産桃の価格を見るに・・・伝わっていないようです。

投稿: ta | 2011年8月17日 (水) 16時47分

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