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2011年8月 9日 (火)

広島、長崎、チェルノブイリと福島は違う  京都市の陸前高田送り火拒否事件を考える

037
陸前高田市の大震災時に大津波で倒れた景勝の「高田松原」の松を、京都の伝統的行事である「五山送り火」の大文字焼きで使う計画が取りやめとなったそうです。 

これは大分市の人の発案で、倒れた松の木数百本の小さな薪を作り、それに多くの被災地の人たちが、死んだ家族への思いや、生き残ったことへの責任、そして全国の支援への感謝の言葉が書き込まれました。 

画像でその小さな薪を見ました。 

死んだ母親の名、妻の愛称、子供の好物。そして「ありがとう」の文字。ひょうきんな「銀河征服」というわけのわからないものもありました。 

被災して、ひょっとして縁者をなくしたかもしれない少年が、「銀河征服」を未だあきらめていない(笑)。思わず、この見知らぬ彼の小さな肩を叩きたくなりました。

ガンバレよ、少年!
たくましく生き抜け!

瓦礫の街をまた笑いの絶えない街にしてくれ!

これらはメッセージです。被災地の人々の喜び、哀しみ、そして感謝のメッセージです。 

それを放射能が怖いことを理由に、五山送り火として受け取らないとは・・・! 

十数本の抗議のメールがあったそうです。 

「被災地の松は被曝しているので灰から放射能汚染が京都にまき散らされる」。 

もちろん、送り火保存会と京都市はすべての放射性物質の検査を済ましていました。とうぜんのこととして、検出されていませんでした。 

にもかかわらず、京都市はこの抗議の声に屈して使用を見送ったのです。 

もう京都市は、「絆」とか、「がんばれ、東北」というポスターをすべて剥がしたほうがいい。 

こんなありもしない脅威に怯えて、その少数の人たちを説得もできないで「絆」を語る資格はない。それは偽善にすぎない。 

あなた方京都市がどれだけひどいことをしたのか、このお盆の間よく考えて下さい。今年、日本のどこの誰より送り火で亡くなった愛しい人たちを送りたかったのは、この東北の人たちだったはずです。 

ほんとうに伝統行事なら心がなければなりません。それをなくせば、ただの薪という燃料を使ったイルミネーションの観光行事に過ぎません。 

私はこの事件を見て、私たち日本人は、「放射能の脅威」という幻影に怯えているのではないかと思えてきました。 

確かに、福島県や茨城など東関東には広範囲に放射性物質がフォールアウトしました。それは、このブログでなんども書いているように逃げようもない事実です。 

しかし、あるジャーナリストが、「福島の原発事故は広島の原爆よりはるかに大きい放射能を撒いた。チェルノブイリといっしょだ」と発言しているのを聞くと、どうしてこんなデマに近いことを言い散らすのだろうと思いました。 

まず第1に、広島の原爆は核爆発ですし、チェルノブイリは核分裂反応の暴走による炉心の爆発です。 

一方、福島第1原発の事故は、炉心周辺にあった水の分解で生じた水素が建屋内に充満して、それが酸素と結合した水素爆発です。

まったく放出される放射性物質の量が違う別次元の事故です。ましてや、広島、長崎などの原爆と比較するのも愚かだと思います。 

福島は炉心は緊急停止して暴走してはいませんが、燃料棒を冷やす冷却水がなくなったために高温となり、燃料棒の被覆を溶かして炉心溶解したのです。 

それに対し、チェルノブイリは炉心周辺に黒鉛の減速材を置いていたために引火し、巨大な爆発となって、2エクサベクレル(2×10の18乗ベクレル)という巨大な放射性物質を噴出させました。 

これは、放射線防護学でいう「レベルA」に相当し、一時期に実に14シーベルト(Sv)という大量の放射線を吐き出しました。

いいでしょうか。私たちがいつもニュースで今日の放射線量で見ている空間放射線量は、8月7日午前9時~8日午前9時(文科省調べ)最大値でこんなものです。

●福島市・・・1.240マイクロシーベルト/時(mSv/h)
●茨城県・・・0.086
●東京都・・・0.062

単位に注意してください。私たちが福島の事故以降に見聞きしている線量の単位は「マイクロ」(μ)シーベルトです。

1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=100万マイクロシーベルト(μSv)という換算になりますから、チェルノブイリの14シーベルトというのは、福島市の約1マイクロシーベルトと比較すると、14×100万=1400万で1400万マイクロシーベルトと、実に1400万倍という桁外れの凄まじい線量だったことがわかります。 

これにより、原子炉の近隣にいた消防隊員などが全身にこの放射線を浴び、129人が重症の急性放射線障害になり、うち29名が尊い命を失いました。

福島第1原発では津波による2名の死亡がありましたが、放射線による急性被曝はありません。

では、この放射線防護学で区分されている人体が受ける放射線レベルは、どのようなものでしょうか。

レベルはA~Fまでに区分されています。
レベルA・・・4シーベルト以上
・即死あるいは、60日以内に急性被曝で半数が死亡。
・例としては、広島、長崎の原爆を投下された直後の市内。チェルノブイリの事故直後の構内とその周辺。

レベルB・・・1~3シーベルト
・即死することはないが急性の障害に罹る。ガンの発生率も高い。
・例としては、広島、長崎の生存者。チェルノブイリ原発近隣。

レベルC・・・0.1~0.9シーベルト(100~900ミリシーベルト)
・発癌の可能性がある。妊婦に胎児の影響が出る可能性がある。
・例として、チェルノブイリから3㌔離れたプリピャチ市(250ミリシーベルト)。30キロ圏内の農村。

~~以上のレベルCから以下のレベルDには二桁の大きな差あるので注意~~

レベルD・・・2~10ミリシーベルト
・年間の自然放射線量が1~2ミリシーベルトです(地域によって違います)。
・例としては、福島市内など。

レベルE・・・0.02~1ミリシーベルト
・ICRP(国際放射線防護委員会)の定めた安全線量域です。
・例としては、福島県以外の東北各県、東関東、北関東全域。

レベルF・・・0.01ミリシーベルト以下
・「顕著な人工放射線量が存在しない」というレベル。
・例としては、東北、北関東、東関東以外の日本全国。

レベルAの広島、長崎、レベルA~Bのチェルノブイリと、レベルD~Eの福島、東関東を比較すること自体がおかしいのです。

放射能を恐れることは必要です。子供を守ることも必要です。

しかし、正しく恐れましょう。無意味にパニックになり、陸前高田の人々が鎮魂の心をこめて作った法要の薪の受け取りを拒否するような愚かなまねは止めて下さい。

そのような行為は、放射能以上に被災者たちを傷つけているのです。 

       ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

茨城県放射能実地測定研修の集い

❶茨城大学教員3名を講師として農地放射線量測定します。

➋空間線量と土壌線量測定の実測方法の実地研修

➌農地の測定

➍除染の講習

➎まとめと座学

❻場所 茨城県行方市 

❼日時未定ですが8月中旬から下旬の大学夏休み期間中に予定しています。

❽土壌サンプルをお持ちいただければ、測定致します。

茨城県、千葉県農業者、市民の皆さん、ぜひご参加下さい。

参加資格は問いません。農家を問わず消費者の方も遠慮なくお越し下さい。

このブログのプロフィール欄に私のメルアドがありますので、ご一報下さい。詳細が決定次第メールでご連絡いたします。

 

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原子力事故」カテゴリの記事

コメント

今回の京都の例には激しく怒りを感じてます。ワナワナ震えました。
京都市民からも、それはオカシイと非難の声も上がってます。
だって陸前高田市の松ですゼ!
放射能の心配?馬鹿か!
しかも測定やって検出されず。
こんなことでパニックを起こして騒ぎ立てる連中と日和った主催者が風評被害を拡大するのです。
もう救いようの無い愚かな対応。

田舎者の私も憧れてた伝統文化の宝庫京都のイメージは崩れ落ちました。

極論を言えば、今後関西で原子力災害が起きたら募金してお見舞いメッセージくらいはするかもしれないけど、そちらからの物資受け入れは一切お断り。そんな対応をしても黙って受け入れて下さい。
そういうことで良いのでしょうか?

誰もそんなことは望んでないと思います。

「絆」とか「がんばろう東北」なんて口だけかよ。


高田松原、それはそれは美しい松林が海岸線に広がる本当に素晴らしい場所でした。
三陸の中で無数のリアス海岸の中で、陸前高田は湾の奥地が広めで低地が広がってました。
あの松原が無かったら、遥かに被害が大きかったことでしょう。
そして、放射能被害などほとんど無い地域です。
なんてことしやがったんだ。女川原発が爆発したってのなら分かりますが。

過激なコメントですいません。でもこれは現地の地形や文化を知る人間としての叫びです。

管理人さんのおっしゃることは、よく解りますが、正直、福島の地元新聞には、毎日、福島の地図上に、空間放射線量が書き入れらた図や、モニタリングポストの線量が発表になりますが、名古屋でも、福島の放射線量については、8月に入ってから、報道は、ほとんどないですから、もっと西の京都では、汚染されていない牛肉が、汚染されたまま流通してしまった事実が、語っているように、放射性物質が、検出されただけで、パニックなんでしょう。実際、この薪では、検出の事実はないのですが、ほとんど、東北の報道が、減ってしまった状況では、目にみえないものは、排除したいと言うエゴが出ても仕方ないほど、マスコミ報道は、少ないです。口蹄疫のときの、宮崎日日新聞と、全国紙の報道ギャップと同じですね。

東北の人は、原発が爆発した以上、汚染ゼロは、求めないが、暫定基準値以下は、やむを得ず付き合っていくと言う世論が出来ているのでしょうが、名古屋以西では、放射線が検出されたことが、すでに、マイナスで、パニックなんです。自然放射線など、放射線を浴びることが、絶対ゼロとは、行かないし、毎日、浴びているのですが、頭の中は、放射線を浴びるのは、ゼロであるべきと言う感情があるのでしょう。

三重県も、暫定基準値以下でも、牛肉の学校給食使用は、中止してしまいました。

これらは、こちらのブログのように、どの程度までの、人工放射線は、受け入れていきながら、減らしていくと言うようなスタンスでは、無いのです。ダイオキシン問題のときのように、ゼロ以外は、認めない。

後から、汚染されていたので、微量でも、放射線を撒いてしまった。など、観光産業に、影響を与えるものは、すべて、排除するスタンスだと思います。

役所の観光課の考えそうな発想ですね。

これを決めた役所は、宗教的な配慮も考えませんから、護摩木に、願いを書いたものと言う精神的付加価値を考慮には、入れません。

もっとも、東電自体、福島原発の燃料棒の総量が、もし飛散したときの、空間汚染総量すら、発表してませんから、信用がないのです。

内部被爆、外部被爆の意味すら、西日本では、生活に直接影響が少ない分、興味も、少ないし、知識も少ないでしょう。

仮に、松が被曝していても、洗えば、問題ないレベルにすぐになるのに、使わないと判断したのは、やはり、放射線汚染の実害を体験していないので、他人事だったのでしょうね。

この問題の最大の欠点は、宗教的行事としての判断ではなく、市の観光課として、リスクを排除するという役人根性が、決めたと言う事です。観光都市、京都市のエゴとしか言えませんね。

今日の管理人さんのコメントを読んで、「わかっていないな、、」と思いました。

福島は、チェルノブイリと同じように汚染されたのです。

農地が汚染され、農業禁止地域が出ているという点では、フクシマはチェルノブイリと一緒です。

「この放射線防護学で区分されている人体が受ける放射線をレベル」でチェルノブイリと違うんだ、、と農家が叫ぶ点が「終わっている」と思います。それが問題となるのは、事故直後の避難のお話でしょう。今、農家が問題にしなければならないのは、食品からの内部被曝です。そして、チェルノブイリで行われていることをもっと参考にされたらどうでしょうか?

ベレルーシで行なわれている詳細な食品の照射線量の測定(数の多さ)からいったら、日本の食品のセシウム測定など、ザルと一緒です。だからこそ、消費者が疑心暗鬼にならざるを得ないのです。


今回のたいまつ事件は、しょうがないな、というと同時に、測定して大丈夫だったという記述が問題なんだと思います。
本当に測定したのか?測定されたけれど、安全だとされている基準以下だったのか、測定限界以下だったのか?測定限界だったとしたら、その値は?そこが書いていないと風評被害なのか実害なのか区別しようがありません。

福島の人も茨城の人も風評被害と言い続けているけれど、これ以上セシウムを日本国内に広げないためにも、松明を持っていかないことは正しいと思いますよ。

宮城県の航空モニタリングの結果が文部省にうpされていましたが地表のセシウムの最低の単位が10万ベクレル/平方メートルです。これでは宮城全体が99999ベクレル/平方メートルなのか、1万ベクレル/平方メートルなのか、1000ベクレル/平方メートルなのかわかりません。さらに岩手の結果はまだです。
放射線量が岩手県南部に高い地域がありそうです。岩手の航空機のモニタリング結果と土壌検査のデータがほとんどない以上、京都という観光で食べているイメージが大事な場所に、怪しいものを持ち込まないというのは、しょうがないと思います。

それこそ、京都は風評被害があっては困るから拒否したんだと思います。あそこは観光都市ですからね。

さらに、京都の方々のお盆の祖先を送る大事なイベントです。
京都の中から、東北を悼もうというなら問題にならなかったでしょうが、大分の人からの発案では、やめるという判断は、責められないと思います。京都の排他的な思想では、当然の判断です。

それから、なんで、東北の薪をわざわざ京都の五山送り火に持っていくのかわかりません。
東北の美しい松林を悼むのならば、現地で、送り火に使うほうが理にかなっていると思います。

繰り返しますが、「この放射線防護学で区分されている人体が受ける放射線をレベル」なんて、空間からの外部被曝は福島にいかなければ関係ないんです。これから問題になるのは、食物からの内部被曝です。

そして、農家がもっとも問題にしなければならないのは、食物からの内部被曝なのではないでしょうか?


http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/07/27/1305819_0727.pdf
栃木

何故消費者が、「安全だ」といわれているところに神経質になっているかというと、高いところは、今年稲の作付けが禁止されています。また、禁止されないまでも、今年作付けされませんでした@農家の婿のブログ。
しかし、栃木県内、日光に伸びる汚染地帯は、「安全」として、今年稲が作付けされました。
そして、「安全基準」以下なら、今年流通するでしょう。
政府は、補償したくないから、緩い基準でやっています。さらにちゃんと測定しているといっても、数からいって、ほとんどザルな測定です。

もう、消費者としては、本当かどうかわからなくても、早川地図を元に生産地の住所をたよりに買うか、あとは、測定値を表示されたものを買いたい。

「風評被害」に苦しんだというなら、京都というもっとも風評被害が問題となる都市の行為を何故非難するんでしょうか?

私は、検査もせずにいきなり五山の送り火に松を持っていく、、というアイデアが出た時点で、これは、だめだと思いました。

そういうところが、農家と都会の消費者と決定的に感覚が違うんだと思います。

そして、大分の人も、京都という排他的な都会の感覚がわかっていないと思いました。

こんにちは、お久しぶりです。


あの〜、とても言いにくいのですが、京都五山の送り火は、イベント?のようにみえますがお寺の檀家さん(保存会の方々)が代々守っており、送り火の一つ一つが各檀家の先祖供養であると聞いたことがあります。確かN○Kの特集番組でもそのように言っていたと思います。


今回大々的に報道され騒動になっています。(保存会の方々)が京都府民にも非難されているようです。しかし、 そもそも先祖供養は地元以外の土地で大々的にしなければならないものでしょうか? 御先祖様もよく知っている土地で地元の人達に囲まれて送りだされたほうが幸せではないかと思っています。(保存会の方々)が非難されるのは、ちょっと違うのではないかと思います。結果として受け入れ拒否と報道され保存会の方々が非難されていますが・・・筋違いだと思います。


久しぶりに現れて生意気なことを言い申し訳ありません。

批判されてるのは檀家さんたちではなく、京都市観光課です。
反対するのならば、そもそもなぜこのような企画がなされたのか?観光イベントとしてでしょう。
そして未曾有の災害に見舞われた被災地で亡くなられた人々の魂を送るためのものだったはずです。
また、陸前高田市は福島県ではありません。

津波で流された松の木は牛肉でも稲藁でもありません。食べるわけでもない。
燃やす量などたかが知れてます。

セシウムを拡げるな?
レイシストの考えですね。
くだらない。馬鹿馬鹿し過ぎます。

久しぶりにコメントします。
私は今回の京都市の対応は非常に残念です
勿論、供養や送り火は地元で行う方が良いと私も思います。
『放射性物質の侵入』の可能性を限りなく0にする。
これも観光都市としてはやむを得ない選択なのかもしれないです
が、放射性物質の影響を調査して問題ないと判断されたとの報道があるので
京都以外のあいだで
『京都の人達は情けを知らないと言う風評』
が起これば観光都市としての京都に与える影響は大きいのではないかとも。

bluemoさん。いろいろなことを切り分けないでゴッチャにしないで下さいよ。

あなたは同時にいろいろなことを書いていますが、食品からの内部被曝なんて今日、私はテーマにしていません。

私はあくまでも陸前高田の人々の鎮魂がなぜ送り火という形で京都市が受け入れなかったのかを問うています。


陸前高田の薪からの灰が口に入って内部被曝するとでも(笑)。ポイントをズラさないで下さい。

食物からの内部被曝はその問題として、今までも論じてきたつもりだし、茨城県で最初の農家による大学教員との提携による土壌放射線量検査は、私のところが最初です。関東でもおそらくそうでしょう。

そこからわが地域の汚染マップを作り、作物への移行がどれだけあるのか、具体的にどうやったら除染ができるのかを第3者によって検査していきます。この動きはこの間、毎日欄外に青字で掲載してありますが目に止まりませんか。

そして、私はおとといの記事(「日本農業失敗の研究」)で、3月4月において検査が終了するまで、一切の露地野菜や牧草による牛乳、牛肉の出荷を停止するしか風評被害」対策はなかったとまで書いています。

ここに匿名で書き込むあなたと違って、いちおう農業団体の代表理事もした人間かそれを言うのは「命懸け」なのですよ。ここは実名ブログですから。

3月4月というフォールアウト期に、露地や野菜の検査と出荷自粛をし、そして今、土壌測定と除染をする、これ以外どんな方法がありますか。あ、もちろん単品の検査などとっくにやっています。

あなたのように「食物による内部被曝」を叫ぶのはいいが、現実どのようにしますか?

暫定規制値を改正する。そんなことはアタリマエ。あんないいかげんな数値はあるだけジャマで、信用を落とします。

しかし、それは私たち農業者に言うんじゃなくて、厚労省か農水省に言って下さい。私たちが作ったわけじゃないんですから。

ベラルーシ並にしろというのも結構。そのとおり。してほしいのは、たぶん都会のマンションに住んでいるあなたではなく、「被爆地」の土の上を毎日歩き、その塵を毎日家族に吸わしている私たちのほうですよ。

農家は、放射能を吸っても平気なロボットだとでも。私たちがいちばんそれを望んでいるんです。まったくそれをネグって再生エネルギーがどうしたなんて、今でなくていいことにうつつを抜かしている馬鹿野郎に言ってやって下さい。

今、すぐ汚染マップを作れ、いますぐ除染しろってね。
あなたか書いてた文科省のヘリ測定なんて単なる参考値ですよ。地道に地べた計らなきゃダメ。
これもずっと延々このブログの定番主張なんですが。今さら私に言ってくんなよなと思いました。そのていどはとっくに分かっていますから。

そうそう、私は福島の事故は広島、長崎、チェルノブイリとは異質な事故だと思っていますよ。長くなるからまたゆっくり論じますので、ここではパス。

ミソもクソもいっしょにして、食品からの内部汚染も陸前高田の薪も、放射能差別も、政府の責任も、農家の責任も、はたまた、事故の分析もゴッタ煮にして、農業者にぶつけて来るなよな、と言いたいですね。

今度は長文のコメ入れるくらいなら、私の書いた記事くらいちっとは読んでからいらっしゃい。

bluemoさん。
測定が信用できない、検出限界以下でもどの程度なのか、日本の測定はザルとか言いながら、
測定値が表示されたものを…などと

自分の発言が思い切り矛盾してるのに気付いてますか?

なにが「終わってる」ですか?

こちらの管理人さんは初めから測定して、まずはそれからだと言い続けているんですよ。

また早川先生の推定図なら陸前高田市なんか当然問題ないですよね。
あなたが何故批判するのか理解できません。

児玉龍彦教授が国会で

今回の福島原発の問題はチェルノブイリと同様、原爆数十個分に相当する量、と、原爆汚染よりもずっと多量の残存物を放出したということになるのが、まず考える前提になります
↑http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo&feature=player_embedded#at=59

と述べられていることはどうお考えでしょうか?
(動画の2分15秒くらいからこの点について述べられています)

http://mywritings.daynight.jp/wp-content/uploads/2011/07/JapaneseTranscription.pdf
↑文字起こしです
(文字起こしでは1枚目に述べられています)

bluemoさんへ
管理人さまの原子力事故関連の記事だけでなく、
その他のテーマについてもご一読をお勧めします。

まずもって感謝申し上げます。

大震災により多くの命がとてつもない暴力で理不尽に何もかもを奪っていきました。
乳飲み子であろうが結婚前日であろうが情け容赦なく慈悲もなくただ突然に全てを奪っていきました。
人間如しが抗える力ではありませんでした。
救助に来た自衛官が乳飲み子を抱き路傍で倒れ伏していた母親とそのすぐ近くで無残な姿を晒していた4才ぐらいの子供を見つけ全員が咆哮したといいます。

その無残な姿を突然突きつけられた家族はどれ程の傷を負ったか。
いまだに遺体すら見つからず被災地を彷徨する人々を私は身近に見てきました。
とても人間の正常心を保てる環境ではない。

濱田様はじめ多くの方が今回の件で心を痛めて頂いていることに改めて敬意と感謝の念を持ちます。

今回の京都の件は、家族を失った人達に明らかに暗い影を落としています。
もっとも残酷な仕打ちといってもよいでしょう。

岩手県陸前高田は漁業を生業にする自立都市です。
福島第一原発からは東京都ほぼ同距離にあり、当時の風向きを考えても放射能汚染のレベルは限定的であったはずです。
食品のセシウム汚染の拡大による混乱から薪についても400本全てかけらをとり汚染を検査したといいます。検査結果は問題ないクラスであったといいます。

当然です。薪になった松木は津波によりなぎ倒されたものです。原子炉の水素爆発よりも前に死んでいます。内部に放射性物質を吸収する懸念はありません。当然薪は全て表皮を剥かれ、美しい白木になっていました。また、供養のメッセージと故人の名前を書き込むため屋内に保管されていました。
放射性物質がいかに大量に降り注いだとして6月に樹皮を剥き白木になったものにあの距離でどの程度の放射性物質のリスクがあるというのでしょうか。

いや仮に放射性物質にまみれていたとしましょう。
しかし1m50㎝×5㎝×5㎝×400本(1.5㎥)の木の塊が燃やされ空中に拡散したら京都市に降り注ぐ放射性部室は自然由来のそれを凌駕するリスクがあるというのでしょうか。私はそこに注目しています。

今回の件をたかがイベント中止と考えている人を少なからず見ます。
都市の若者であればそうでしょう。家に仏壇すらない。五山送り火の意味など知りもしないでしょう。

今回の件が極めて残酷であったのはそれが送り火であったことです。
東北は地縁性が強く良くも悪くも村社会です。数代に渡り家を守りまた墓地と先祖を守ってきました。
よく考えていただきたいことがあります。
家族を失った人の多くは家も流されています。
魂の御座である仏壇をも失い先祖の位牌をも失い、多くは墓も檀家の寺も失っているのです。

供養をしたくとも
供養する神聖な場所がないのです。
先祖が眠る墓がないんです。
そこへ今回の話がきました。京都は多くの仏教本山がある仏教の総拠点です。
分寺である先祖の寺がない中で京都で送り火をしてもらえることはどれほどありがたいと思ったか。
特に高齢者にとってはどれほどの感謝をあてたか。

京都は昔より家や寺ではお盆の法要はあまりしません。
大文字さんでまとめて供養するからです。
その大乗の片端に乗せてほしいという願いもあったでしょう。
その願いを込め400本もの白木に遺族は言葉を記し思いを載せて託したのです。それをこのような仕打ちで送り返すとは信じがたい差別です。

京都市長は陸前高田市長に白木の薪のかけらを集め大文字さんで燃やすことを打診したそうですが、現地で燃やすからと断られたといいます。
当然です。断った挙句に欠片なら対応できますよとは常識を疑う発言です。ここまでの屈辱と辱めはそう耐えられるものではありません。供養は人の心で行うもの。
心のない供養を他人にゆだねるのは我慢がならないでしょう。

今回のこの心無い仕打ちに対して地元の新聞の扱いは小さい。善処だと思います。
これ以上遺族の心をえぐるような報道合戦はなにもうみださないでしょう。

この件が問題ない対応だったと主張するのであれば、
①1.5㎥の検出不能の木材を燃やして都市にどれほどの打撃がありえるのか。
②村八分でも必ず行う冠婚葬祭をも否定した残虐な差別をどう考えるのか。
という点を明記してもらいたいと思います。
長文失礼しました。

連投失礼します。

bluemo様に聞きたい。
貴方は先のコメントを陸前高田に行って被災者に言えるのですか。是非言って頂きたい。
行けないと言うならばツイッターでもよい。陸前高田の所属する人に是非言い放ってほしい。
惜しみない侮蔑と軽蔑の眼差しとを受けられるでしょう。
貴方の論で言えば東日本全域はもはや居住地域ではないと言いたいのでしょう。そうかもしれません。
だとしたら日本は終わりです。

西日本が生き残ったとしても7000万人近い大人口が西日本に押し寄せとすれば国土のないわが国は終わりです。西日本の全地域をフル活動しても7000万人を支えるライフラインはないんですよ。
GDPの7割以上を東日本に依存している国でその地域を放棄すれば小学生に聞いてもこの国は終わりです。東日本の人間を全員虐殺すれば西日本が生き残る画もあるでしょうが。
この国土は2000年をかけ人が作り上げてきたものです。再構築は一言で言って不可能なんです。結局は汚染を総力を挙げ調べ上げ除去していくしかないんです。
したり顔でいかなるものでも「リスクがある」というのは簡単なことです。
だが、ではどうするか?という点がないことが貴方やめぐさん、大阪在住さんの共通項です。
それは無責任な発言といえます。
一国も早く国外にいかれ新天地を目指すことをお勧めしますよ。皆から足手纏いといわれる前に。
私は最後の一人担ってでも汚染を除き復興して見せます。
しかしさまざまな知識があるなら妙策や建設的な意見を述べてみればよいのではと思います。
できないのであれば口を噤んだほうが良い。

どちらの立場も解らない訳では、ありません。
五山送り火は、それぞれの山に、寺が着き、お檀家があり、保存会で、運営されていて、その5つの保存会の連合会があり、京都市の観光課が、それを取りまとめ、イベント化して、観光化しているという、ややこやしい状況や、企業スポンサーの問題とか、有名になりすぎた観光産業なので、新しい東北の魂の鎮魂について、充分な配慮が、出来なかったのでしょう。(あくまで、想像ですけど)
東北は、雪に埋もれる地域は、位牌堂を大切にしたり、卒塔婆を大事にしたりする地域でもあり、仏教信仰は、手厚い地域でもあります。日本一、寺院数がある愛知県、、東京都、京都、より、信仰が厚い地域でもあります。
読経も丁寧ですし、長いですしね。

ところが、京都、愛知、東京などは、都会化していて、どちらかというと、レジャー観光イベント的な行政側の捉え方でしょう。もちろん、行事での、各文字の運営は、保存会と言うか、檀信徒さんが、運営し、護持しているのですが、全体を観光イベントとして、観光客誘致をしているのは、京都市観光課と協賛企業でしょう。

陸前高田市は、名古屋市から、行政応援に行ってますから、まだ、名古屋の方が、東北の鎮魂の気持ちは、理解できたのかもしれませんが、まったく、情報が報道されない京都で、何もかも流されて、寺すらも、壊滅し、墓も、墓石がどこに流されたか、手がついていないなんて、一般京都市民には、想像できなかったのでしょう。

名古屋でも、太平洋戦争で、市内の墓がほとんど壊され、平和公園と言う、新しいところへ、関係した墓がすべて移転するまで、半世紀掛かりましたから、お墓の復興までは、相当な年月が掛かるでしょうね。
本来、地元で、やりたくても、家、仏壇、寺、お墓など、すべて、流されたのですから、地元で、行うのは、難しかったのでしょう。

また、京都側も、規模が大きくなりすぎて、小回りが利かない事情もあったでしょう。

今回は、失敗に終わったかもしれませんが、東北以外の人が、何もかも失った、陸前高田の供養に協力できないか?と、動き始めた人たちは、こういう結果を望んではいなくて、何とか、協力できたら良いがと、スタートさせたのだと思います。

残念な結果でしたが、最初から、傷つける気持ちで、スタートしたことでないこと、西日本では、あまりにも被災地域が広いので、原発問題と地震津波問題が、充分、理解されてないですし、報道も、詳しくないことは、確かなので、誤解も多いと思います。

情報が、きちんと伝わっていない状況で、日程も少なく、うまく運営できなかったのは、残念でした。

基本的には、送り火は、檀家とか、関係なく、近所の寺で、宗派も関係なく、引き受けるのが、ほとんどの寺院の姿ですので、お迎えした亡くなった方々を、16日に、大勢で、迷うことなく、お帰りしていただく行為は、日本中どこで、お願いしても、構わないとおもいますけど。。

濱田様、再びすみませんおじゃまします。山形様に誤解されたかな?と思ったのでコメントします。

>批判されているのは檀家さんたちではなく京都市観光課です。

京都市の批判だけでなく、保存会=イベントを守る方々と勘違いし批判している方々がいるらしく憤りをおぼえたのでコメントしました。言葉がたりませんでした。申し訳ありません。


>そもそも何故このような企画がなされたのか?観光でしょう。

大分県の方がどういう思いで企画されたのか詳しい事情はわかりませんが、善意で良かれと思ってしたことだと思います。


最後に前のコメントを読んでいただけると分かると思いますが、セシウムありきで話をしていません。セシウムを拡げるなとも言っていません。送り火です、大切に扱うものでしょう?京都市にはセシウム云々で送り返すくらいなら初めから受け入れなければ良いと思いましたし、一度受け入れたならその思いを通してほしかったと思っています。


文才がないのでコメントするのは苦手です。誤解を解いていただけたら幸いです。

色々な事情があるかと思いますが、最後に決断するのは「人」としての判断です。
検査を行った上の話ですから、それを断るのは「人」としていかがか?と感じています。
誰かが「限りなく0」と言ってましたが、農畜産物(コメも)を検査し、基準以下(○○以下)の物しか流通しなくても、それを食する事は出来ない人達なのでしょうね。それで生きていけるなら幸せかも?
人の痛みを判らない人はどこにもいますが、そのような人に限って、自分が痛みを受けた時大騒ぎするものです。
そういえば小学生か中学生の時、京都は戦争のときでも空襲を受けなかった・・と聞いた事を思い出しました。
いつかは自分がその立場になる・・・事を心に刻んで置く必要があると思っています。

「福一」事故は、人間の驕りから由来した一種の天罰だと思っている者からすると、日本人が真摯に反省しないかぎり、こういう致命的な「人災」は次から次へと発生していくことでしょう。京都側にもいろいろ事情があったんでしょうが、このような非情な対応しかできない情け無い自分のことしか考えてない姿を見ていると、日本一の原発銀座を若狭に抱えた京の都に「福一」並の放射能が降り注ぐ日も間近に迫っていると思わざるを得ません。
つまり、「因果応報」ってやつです。

福島に住んでいながら何も出来ずに静観している者です。ただ、ひまわりの種まきがあれば参加し、会社の除染指令があれば行い、学校の除染のお知らせがあれば駆けつけるといった5ヶ月間を過してきました。それにしても「福島」を「フクシマ」とカタカナにわざわざ変換したり、福一なんて略したりするのは何なんでしょうか?不愉快極まりないです。

数日前にテレビのインタビューで「はだしのゲン」作者が話しておりました。

ヒロシマ・ナガサキそして今回のフクシマ…
何故かカタカナで呼ばれる。明らかな差別であり許されることではない、と。

私もそう思います。言葉が滲みます。
sheyさん、連日暑い中で除染作業などくれぐれもお気をつけて頑張ってくださいね。
大人はまだ良いのですが、子供たちへの影響が心配です。
この夏休みには仕事のある父親を残して母子が続々と来県したりしております。行政もてんやわんやでNPOの力を借りてなんとか少しでも快適に過ごせ、非難してきた方々が孤立せずにいられるようにサロンを開いたり。簡単な新聞発行したり。米沢市には専用窓口を設置してます。
また幼稚園児を招待して思い切りグランドや砂場で遊んでもらったり、高校サッカーチームを集めて最上地方でミニ大会を開催したりと、草の根交流がざまざま進んでおります。
大人の方も、時間がありましたらたまにはノンビリと温泉に浸かりにでもいらして下さい。
罹災証明書などがあれば、一般旅館施設でも特典が受けられますよ。

とにかくお気をつけて。

今回の原発事故には、絶望しか感じ得ませんが、これは日本人全体が悪いというべきです。
この致命的な事故を起こすまで、何度も危機一髪的事故を発生させてきました。
ここまで致命的にならなかったのは、たまたま運が良かったからに過ぎません。
ちょうど、十二支一回り前の一二年前の九月三十日には、戦後初の「リアクタ外での臨界事故」=「東海村JCO臨界事故」を起こし二名が亡くなりました。その後、二〇〇四年八月九日「関電美浜三号炉第二次系配管破裂事故」で5人が死亡、6人が重軽傷。
さらに二〇〇七年七月一六日中越沖地震により「柏崎刈羽原子力発電所」が地震のため機材が相当程度毀損、ブラックアウト寸前まで行きました。

何人もの反対派が原子力の危険性を訴え続けて停止させるべく運動しましたが、ほとんど無視されました。


ふと思う。
広島・長崎に二発もの原爆が投下され、二〇万人以上の人が即死、それ以外にも原爆症で幾多の人が一生苦しむことになる。
なんで、あそこに落とされたか、考えたことありますか?

それは、当時の当局者が「国体護持=天皇制」が守られるかどうか分からずポツダム宣言受諾をを黙殺したことで、投下されました。八月九日にソ満国境を越えてソ連が参戦したことで、御前会議がポツダム宣言の受諾を決定・・・
長崎に原爆が落とされたことでなく、ソ連が「日ソ中立条約」を破棄したことに驚愕したから、降伏したんでっせ。

「なんだこりゃ?」

今回のTEPCO福島第一原子力発電所の一~四号炉の爆発事故の経緯と、どこか似て無くはないか?

我々に分かったことは、多大な「生け贄」を出すことでしか、流れを変えることが出来なかった、そういう悲しい事実です。
原発事故は、「推進」「反対」双方の人間に等しく災を齎します。
まさにこれこそ「ファシズム」です。

逃げるという選択は、大部分の人間には出来ません。
とくに、第一次産業で生活を営んでいる人々には、「死刑」を宣告されたようなものです。
たぶん彼らの大部分の人は、これまで原発から何のベネフィットも得ておりません。
でも、いざ致命的事故が発生すると、絶望だけが彼らに与えられるわけです。

地震大国の日本で五四基もの「核反応炉」を設置することがどれだけ危険なことか、真剣に考えてこなかったから、こういう取り返しのつかない事態を招いたのです。
推進派の連中は、お金持ちが多いから、海外にコンドミニアムの1つや2つくらいもってまんがな~。
しばらく、この事故のホトボリが覚めるまで「リゾッチャ」することでしょう。

京大六人衆のような一貫して原子力の危険性を訴えてきた「反原発学者」に光が当たってますが、みなさんは「3・11」以前にこういう事態を想定してましたか?
原発の危険性について思索してきましたか?
少しでも反原発運動したかい?

いつの時代も「少数派」こそ真実を訴えていることが多いものです。
「多数派」なんて、凡そが根っこもなく流されているだけの水面の木葉と同じです。

もう、事ここに至って、あらゆることが遅い。
今後、日本国内で何を食べてもダメだと思う。
特に加工食品、外食で使われる原料にはセシウムなどが含まれると考えておいたほうがいい。
チェルノブイリは「地産地消」でしたが、流通網の発達した日本では、汚染食品の拡散は想像以上に速いはず。

放射線も、適応力のある人には何ら病気は出ないでしょう。
でも、その環境変化に耐えられない人には、それなりの障害が確実に出ます。
チェルノブイリでのデータは揃ってるから、この流れは事前に分かってます。

自分が、放射性物質への適応力が無い存在だと思うのなら、悪いことは言わない、ただちに日本を捨ててください。
この没落国家なんかと心中する必要など一切ありません。
「SPEEDI」のデータすら公表もせず、国民の生命財産をロクに守れない北朝鮮並の暗黒国家に義理立てするなんてバカバカしいことです。

我が身は自分で守るしかないのです。

>それにしても「福島」を「フクシマ」とカタカナにわざわざ変換したり、福一なんて略したりするのは何なんでしょうか?不愉快極まりないです。

こういう思想があるんでな。
http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/index.html

○福島への風評被害(特に産品に限らない福島県民へのもの)のご指摘を踏まえ、本サイトでは基本的に東京電力福島第一原子力発電所を「1F」と表記します(一番簡単な略称なので)。

不愉快だったら、別に「福島」で統一でいいんだよ。

山形様。お心遣い感謝致します。
隣県であるのに私個人では中々足を運ぶ機会がありませんでした。これを機会にぜひ子供らをつれてお邪魔したいと思います。

こんばんわ、管理人さま
私は、この陸前高田の薪問題は、震災がれきのセシウム汚染問題だという一面があると考えています。それは、農家にとっては、土壌の汚染問題です。だから、チェルノブイリと比べる時に、土壌の汚染問題ではなく、急性被曝の問題をあげて、福島とチェルノブイリが違うのだと論じるのは、不適切だと考えます。


青空さんへ、
私が陸前高田がセシウムによる汚染の可能性があるといったことを非難されていますが、実際、陸前高田の震災がれきは、セシウムに汚染されていることが岩手県の調査により判明し、新聞記事にもなっています。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110810/trd11081013310011-n1.htm


松明のセシウム汚染、京都の拒否問題と 、震災ガレキのセシウム汚染を同じ土俵で議論することに、私は違和感を感じます。確かに陸前高田の震災ガレキがセシウム汚染されていたのは事実かもしれません。また今日のニュースでは、新しく送られた松明からセシウムが検出されたの報道がありました。1キロあたり500ベクレル弱です。その松明が、いかほどの量、送り火として燃やされる予定だったかは知りませんが、それを燃やした時、どれだけの放射性物質が周囲に拡散するのでしょうか?その実態さえ把握出来ないほど大量にある震災ガレキと、恐らくわずか数百本ほどであろう松明の放射性物質を同列で議論しても、それはナンセンスではないでしょうか?
結局、松明の放射性物質に恐怖している人たちは、自分たちのことだけしか考えていないのでは?と勘ぐってしまいます。ただただ自分の周りが汚染されたくない。どんなに高尚な言葉を並べても、結局は、その一念だけなのではないでしょか?

bluemo様

私のコメントを読んで頂いていますのでしょうか、私は仮に放射能汚染されていても抱擁し浄土に心から送り出してほしかったと書いたつもりなのですが。

あなた様はもしかしたらお若く、法要についての意味がわからないのかもしれません。分からない人にはおそらくその深刻な意味は絶対に分かりません。
あなたが最愛の人を失ったときにその残酷さが始めてわかるでしょう。

あまりにも突然に愛すべき人々を失った人にとってその心の傷は余人では図れません。
巨万の富を差し出しても、総理大臣や大統領が慰めても無駄です。壮烈な絶望感なんですよ。

故人との思いを力にし、残された家族を守る力を搾り出し歩き出すのには法要というのは極めて重要な行事なのです。
特に東北の沿岸部は高齢者比率が高い地縁的な村社会で信仰もおそらく全国有数に厚い場所です。
残された遺族の方々にとり、初めて冥府から魂を迎え入れ見えないながらも心より沿い送り出す初盆は大切だと思いませんか?
寺も墓も仏壇もあるいは聖職者をも津波で流されているのです。総本山が多くあり、霊験あらたかな土地と歴史、高位にある聖職者の供養を受け浄土に送り出すというのは遺族にとってもありがたい話なのです。

もしあなた様の愛する人が突然に化学工場の爆発に巻き込まれ息絶えたとして、
そのいとしい亡骸を「危険な化学物質がついているので当寺では供養できず、墓にも入れられません」と葬式の前日に言い渡されたらどれほど傷つきますか。
そういう話をしたつもりです。

科学的な知見や放射性物質を徒に拡散することを問題視することは分かりますが、こと故人の供養という誰でも平等に手向けなければならないことに、しかも健康被害が発生しない程度の微量を焚くことすら忌み嫌うというのが私はどうしても許せないのです。

しかし、今日の報道で新たに持っていった薪がセシウムを検出したということで再度中止となったと聞き確信しました。京都は供養という心を本件では見せなかった。ならば却って故人達の浄土への旅立ちの枷になるだけだとわかりました。
何度もいいますが供養とは人の心で行うもの。
供養したいという思いもないのに表面を取り繕うのは故人と遺族たちへの侮辱です。

京都は断りましたが、藤原氏が極楽浄土を京都から遠い東北にもという願いで造り上げた平泉が、沿岸の町々の廃材を使い送り火とするとありました。
当然放射能もついているでしょう。反対もあるでしょうが御仏の心で送り出すと報じています。

それをも許容できないというならばトラック一台分の廃材燃焼による放射性物質の汚染のリスクを具体的に教えてほしいと思います。

>結局、松明の放射性物質に恐怖している人たちは、自分たちのことだけしか考えていないのでは?と勘ぐってしまいます。ただただ自分の周りが汚染されたくない。どんなに高尚な言葉を並べても、結局は、その一念だけなのではないでしょか?

一宮崎人さん
それが、人間のごく普通の反応だと思いますけど。
誰だってリスクは負いたくありません。
自分の周りが汚染されたくない。それのどこが悪いですか?
逆に言えば、あなたの言っている事は、
「日本の一部が汚染されているんだから、全員が一丸になって汚染されなければならない」
という理屈ですけど、、、ものすごく危険な思想ですね。

そして宮崎県の人でしたらあなたの所でうけいれてあげたらよろしいのに、他所の所で燃やして何があろうが、対岸の火事ですもんね~。
他所が汚染されても自分の街は関係ない、と・・・。この計画の発案者も大分ですが、ほんと自分たちは対岸の火事ですな。

放射性物質が付いてようがついてなかろうが法要が大事だという意見もありますが、ならば、あなた自身が受けてさしあげたらいかが?
いえ、あなたのみしか影響の出ないところでやってください。といいたい。
他人の所で、しかもいろんな意見のある人全てがいる、あらゆる人にとって影響のある場所ですることがそもそも間違ってるんですよ。

京都の人の中にはいいという人も悪いという人もいる。でも大気中に出たらもうその時点で同じです。
嫌やいうてるのに無理矢理吸わされる非喫煙者と同じです。
あと、燃やした後のものを食べるわけでもないしって書いてる人もいますけど、京都の人は灰を体につけたり吸ったりする事もあります。それだけ送り火を大切にしてるんです。
今、わあわあ言ってる外野の皆さんは、西日本になんかあったら責任取れるんですか?当然無理でしょ。
責任なんか取れるわけない。
なら黙っときなはれ。
これをどうのこうの言える資格があるのは直接影響を受ける関西人だけです。

管理人様、2chではないのは分かっているのですが、一度だけ反論させていただきます。

名なし様。
図らずも、人間の一番汚い部分を書きこんで下さいまして、ありがとうございます。直接影響を受ける関西人以外は、黙っていろですか。そこまで言い切られるとある意味、感服いたします。
今回の原発事故は、事の大小はともかく、日本国中が影響をうけております。関西人だけが影響を受けている訳ではないのでは?
自分の周りが汚染されたくないのは、確かに自然な心理かもしれません。
しかし、何度も言いますが、わずか数百本の松明が汚染するレベルは、いかほどのものでしょうや?それが間違いない人体に重大な支障をきたすレベルでしょうか?もしそうなら、私の勉強不足です。どうか、そのレベルを教えて下さい。
そこから、本当の議論が始まるのでは?それもなしに、部外者は黙っていろは、自分のわがままを通したい子供としか見えません。
子供相手に、こんな話をしても何の生産性もありませんのでこれが最後です。

一宮崎人さん
はっきりいうと宗教的な観点から言えば、放射線レベルが影響あるかどうかとか以外にも問題あり。
他所の土地の宗教的儀式に、他の土地の者がごり押しで軽はずみにも規定外のものを儀式に参加させろという。今回のことはここも問題です。
もともとこの大分の藤原了児さんの送り火に対する知識って無知にもほどがありますね。
そして無責任にもほどがある。
自分で発案したなら自分で先頭きって動くべきなのに、肝心の検査どうのこうのは人任せ。京都人から心配の問い合わせがあって初めて検査を実施するというような、軽はずみな行動ですよ。
おまけに事が大きくなったら自分のHPからブログを削除したりするし、肝心の本人、一向にマスコミにでて謝罪しないですね?
今回一番騒がせた原因である本人が出てくるべきなのに。京都市長が謝るよりも先にこの人が謝るべき。
善意といってしまえば全ての行動が許されるような流れですが、大人なんですから先々の事まできちんと考えて行動してもらいたいものです。
保存会に問い合わせすることもなく、マスコミとボランティア活動だけ先走り、肝心の当事者との話し合いが後手に回ったというのも失敗の原因。
そもそも護摩木の規格すら知らなかった始末。
京都側は1年かけて護摩木を乾燥して準備してるのに、この人たちはいきなり6月に申し出。
そもそもこの人たちが非難されるべき対象なのに、京都が云々いってる人たちは見事にマスコミに踊らされてるといっても過言ではない。

また、放射線レベルが基準値を下回っているとかのいつもの理由付けですが、直接被害があるかどうか、とか直ちに影響が出ないレベル=放射性物質が0、ではないです。
そもそも基準値以下ならいいなんて誰が言い出したこと?
基準値以下でも嫌なものは嫌でしょう。不安のあるものをわざわざ受け入れる人は、自分たちで受け入れればそれでいい。
野菜も、自分の年齢ならばもう影響が出る頃には寿命だから・・・といっている人もいるが、自分が食べる分には誰も迷惑しません。
ただし、あくまで自分のみです。他人にまで強制するとはおかしな社会ですよ。
まるでどこかの思想の自由がない国と同じ。
ちょっとでも不安のあるものを受け入れたくない人に自由はないのか??
もう一度良く考えましょうね。
どれだけ自分勝手なことを言っているか。
重ねて言いますが、実際の放射性物質があるないに関わらず、その恐れのあるものを受け入れるのは個人の自由であり、受け入れないのもまたしかり。
受け入れない人を非難する資格は誰にもない。

名無しさんなかなか興味深い視点ですね。
差別的な視線もそこまでくると面白い。実に興味深い。

しかしよく思いますが、濱田様のブログで大概名無しで投稿される方はいきなりけんか腰で上目線です。
ここ1年見ていますが、不思議と全員同じです。
この共通項は非常に興味深い。なぜか全員同じなのですよ。不思議です。

ちなみ名無しさん。
放射能に汚染されたリスクがあるものは薪だけではないですよ。あなたがお使いの機械製品のほぼ7割(市場に流通する機械商品の7割(含む韓国、中国製、北米製)にもいわき市、郡山市、福島市、仙台市、盛岡市の工場の部品が使われています。
岩手は実は東京より汚染度が低いので、関東圏製品も全滅ですね)なんですよ。
是非ヨーロッパ産の商品をお使いください。

そしてこれらの部品はレストランの調理器具が多いんですね。びっくりしますか。刃物のなどの特殊鋼は日立がかなりのシェアなんですねえ。
大変ですね。外食は120年はできませんね。
がんばって生きて下さい。応援します。
あもちろん東日本の野菜は食べない方がよいですよ、米もです。それだけでも一生外食はできませんね。

つらい世の中です。
でも大丈夫です。所得が1000万ぐらいあれば何とか安全なものが食べれますよ。でも会社も東日本に支店があるかもしれませんね。困りました。なんとか頑張って外国に行かれてはどうでしょう。

※濱田様申し訳ありません。
あまりに稚拙で幼稚な文章。1日以上たったら消して頂けると幸いです。自制のために残しておいてもよいですが。

青空さん。いつも冷静なあなたとも思えない。いや、まったく同感です。もっと言っていいくらいです。今回の事件ほど不快な事件はめったにありませんから。

青空さんのコメントを読んできましたが、こういう人もいるのだなという感想です。
実際私は東北出身の友人がいますが、その人に対してはなんとも思いません。
その人は自分の不幸を前面に出したりしないから。
時々辛かった話をしてくれるけど、黙って聞いています。私は経験していない以上、いくら寄り添おうと思ったって相手も100%私が理解してくれるとは思わないだろうし、何を言ったってわかったふりしているように聞こえるだけだから、その人にできることは辛かった話を黙って聞くだけしかできません。

ただ、青空さんのコメントはあまりにも被災者意識、被害者意識が強すぎると思いますよ。
そんな意見を書き込んでる人がいるから、某巨大掲示板なんかで被災者といえばなんでも通るみたいに書かれてしまうんですよ。
実際にあなたみたいな人をみるまでは、そういう意見を書いてる人のほうが狂ってると思っていましたが、そうじゃなかったんですね。
被災してれば今日本で一番不幸なんですか??
何かに苦しんでいる人はいくらでもいます。
震災の前から、いや、この先一生、何かに苦しみ続けていかなければならない人はいくらでもいます。
それは時間がたてば癒えるものではありません。
けれど、他の人に理解してもらうのは無理だから、自分で孤独に立ち向かっている人、、そんな人はたくさんいるんです。
今回の震災で、家も失い、大切な人も失った人も多いのはわかっていますが、あまりにもそういう自らの不幸を前面に打ち出した態度だと、私も含め今まで支援してきた人もはっきり言ってしらけます。
被災したらなんでもOKという世の中じゃない事ぐらい気づいてください。
それから、東日本の食べ物を避けている人もいくらでもいます。
これは自己防衛ですが、個人の自由ですよ。
何も東日本の人を傷つけようとしているわけじゃありません。
土地が汚染されたのはあなたたちのせいじゃないんです。
けれど、放射性物質がわずかでも検出されるかもしれないものを食べることも食べないことも、その人の自由である事は忘れてませんか?
そうじゃなければそのことについてキレたような文面にはならないはずですが。
それから、身近にあるものもすでに放射性物質に汚染されている可能性はもちろんあるし、震災前からすでに含まれていたものももちろんあるでしょう。
私が疑問に思うのはなぜこういう議論になったらいつもそういうものを持ち出してくるのだろうということ。
原発に近いということで避けているというのは、いつも摂取しているものから取り込む放射性物質よりもさらに高い数値かもしれないからです。たとえそれが暫定基準値以下だとしても、内部被曝は今までの摂取量の積算で決まります。
ところで自らが生まれてからどのくらいそういう物質を摂取してきたか、はっきりと知っている人は誰一人いません。
ですから、できるだけそのような物質が含まれてはいても少ないものを、というのは理にかなっていると私は思いますよ。逆に何故こういうことが理解できないのかの方が疑問ですが。
それから、海外に行けだの年収がいくらだのという話はまったくもってあなたには無関係な話で余計なお世話の一言に尽きると思います。

過去の青空さんのコメントも読まずに、被害者意識とか決めつけ批判し、自分は常識人ぶってるやつ。
普段極めて冷静かつ整然と話される方が、最大限の皮肉をこめていることすら知らずに逆撫でして喜んでるマヌケ。

噴飯ものですな。
東北の友人が…とか、わざわざ保険つきですか。

さっさとお帰りなさい。

ここの人の意見を読んで、もう今後復興には一切関わりたくないと思いました。
ものすごく東日本の人のイメージが変わりました。
アレだけの支援を受けといてこんな意見ですか。
がっかり。もう不幸自慢はうんざりです。関わりたくない。
寄付金も返して欲しいくらい。
人に迷惑をかけない範囲で偽善者と一緒に勝手に自分たちで復興してください。
間違っても瓦礫の処理なんか他所の地域に頼まないでください。山形とかもちろん引き受けるんでしょうね?

上の投稿は削除しようかとも思いましたが、ある意味典型的なある種の傾向の持ち主の意見をよく表していますので、そのまま掲載します。

このようなレベルの言い方になると、もはや感情論でいかにこちらが科学的根拠の議論をしようとしても無駄です。この方に聞く耳はありません。

それにしても義援金を返せですか・・・。はい、もう一言もありません。

それと山形県は瓦礫を膨大に引き受けていますので、念のため。

今年48歳になる京都市民です。

バッシングされてる方に一言言わせてください。

京都はとか、京都市民はみたいな主語で語られると甚だ心外です。

ましてや送り火の運営主体である、保存会の方たちもある意味被害者なんですよ。

多々不手際があって、陸前高田の方を傷つけたのは否定しませんが、さも冷血で心も無いような書き方には納得できませんね。

かたや科学的数字を並び立て、かたや心の問題だと。

で、結局犯人は見つかりましたか?

京都市民さま

>で、結局犯人は見つかりましたか?

犯人は行政の事なかれ主義ですよ。
多くの、京都市民の方が、今回の件を残念に思っておられると思います。
一部の先鋭的な人達のクレームを受けて、行政が二転三転した結果だと思います。
それなら、それら行政や先鋭的な人達が非難されればと言われるかもしれませんが、福島原発事故の時に、諸外国が一斉に自国民を避難させたように、外から見ると、京都と言う地名が一人歩きをしているのだと思います。これは、今話題になっている、牛肉や米、野菜などの放射能汚染問題と同義です。
その土地の人にとれば、そことここを同じにとるなと言いたくなりますが、外から見れば、同じになってしまいます。悲しいことです。

今たまたまコメント増えてるのに気付きました。

京都は閉鎖的だとか、一連のやり取りで私も刹那的な怒りに震え、訳の分からない方々から攻撃受けてましたからヒートアップしていました。
この点、一杯の京都市民の方々を傷つけ不快な思いをさせたことをお詫びします。

不毛だから「もう止めましょう」と言ってたんですがね…。
個人ブログのテーマについて語るコメント欄なのに、指摘すると、ずれてるのはブログテーマの方だなどと、とんでもない馬鹿を言い出す者が乱闘しかけてくるし…。

今も変わらず、京都は修学旅行の定番コースだし、田舎者には憧れの日本文化の都です。これは普遍的な価値です。

一言言わせてもらえば、話が済んだ10日も後に48歳がわざわざ書き込む内容でしょうか?
憤慨する気持ちは分かりますが、もう少し考えて書き込みをするべきです。
または余所の掲示板でおやりください。


>犯人は見つかりましたか?
など、これではあまりにも拙いです。
京都市民の品性が疑われてしまいますよ。

生意気言ってすいません。以後の参考になればと思います。

10日も後に・・・どうもすみません。

ならば、投稿不可にされるなり、スレッドを削除されるなり、私のコメント自体を削除して下さい。

>犯人は見つかりましたか?こそ、不毛な議論は、と言いたかったんですが言葉足らずでした。

管理人様は、「正しく恐れましょう・・・」と書かれていますし、その点については僕も同感です。

無知から派生する恐れや不安は、悲しむべきで風評被害等、悲劇を産む元になるとも思います。

ですが、言い訳がましいんですが京都市民の多くは正しく恐れられなかったんですよ。

お恥ずかしい話ですが、京都に住んでいながら今回のことを知ったのは、「はじめの受け入れ拒否」のニュースが初めてでした。

管理人様が問題提起された日時と、私がコメントした日時に大きく開きがあるので、いろいろと行き違いがあるかもしれませんし、京都擁護派の私が提示する情報なんで、眉唾で見ていただいて結構です。

http://www14.atwiki.jp/kyoto-henkouhoudou/pages/28.html

20日の土曜日にNHK京都において、この件の検証番組が放送され、それを見て私なりに調べてみようと思い立ち、アチコチ彷徨ううちに、コチラにもたどり着いた次第です。

身勝手ですが、今回の件は無知が産んだ悲劇とするならば、その無知を克服するためには・・・と議論が進めばよかったと思います。

ですが、検査結果0なのに拒否したと言う一点突破で、拒否した理由を数字で示せ的なことを書かれ、批判対象を不特定多数の京都市民みたいな書き方をされたので、過剰に反応したまでです。

不要なら、すぐ削除してください。

感情的な言い方になってきています。これでこの京都送り火事件のコメントは受けつけないことにします。

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