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作付けをしないことは、「農家の良心」ではない

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福島の農民で米の作付けをしない人が一部で良心的生産者のようにもてはやされているそうです。

消費者に「危険な米」を出すくらいなら、いっそう作らない良心的行為ということのようです。

この農家に対しては、特に言うこともありません。あなたは農業を止めたんですね、だったらもう農業者ではなく、「元農業者」の道を選んだんですね、というだけです。

良心的もなにも、「やめた」という選択をした、今までに山ほどいた離農農家と一緒です。もうこの人が農業についてとやかく言う資格は、少なくとも農業者としてはありえません。

作付けを放棄するなら、補償金をもらおうということでしょうか。それは被爆地の農家としてはひとつの権利です。

しかし、賠償金をもらうのはただの「権利」に過ぎない。私たち農業者は、土を耕し、苗を植え、ヒヨコを飼い、卵を採る。繁殖牛を買い入れ、肥育して立派な牛にして出荷する、こんな農家としてのあたりまえの経済行為をしているから、農業者と言えるのです。

別な言い方をすれば、それは私たち農家の「義務」です。お天道様の下で汗水流して、まっとうな作物を作り、まっとうに出荷する、それで家族を養う、これは私たち農業者の崇高な「義務」です。

天から私たち農家にだけ与えられた義務です。

出荷どころか、作付けもしないで早々と賠償金をあてにしているなら、その「良心的」農家の方は、自分の土に対しての義務を放棄したのです。

耕し、植え、育て、収穫するという営々として続けてきた鎖を繋げることを棄てたのです。おそらくは一年でその人の田畑は荒れ放題になるでしょう。

雑草の種は落ち、地中に蓄えられます。そしてまた来年も雑草が生い茂る。私は野草が生い茂る風景はそれなりに好きですが、それを農業とは言わないだけです。

農業者としての義務を放棄し、権利のみを選んだ人を「農家」と呼びたくないのと一緒です。

土が放射能で汚染されているなら除染すればいいのです。どうしてさまざまな自分の農地で、条件を変えて計測してみないのでしょうか。

同じ水田でも、里山に囲まれた谷津田の数値と、平坦な場所の水田は数値が違うはずです。

同じ畑でも、小さな裏山ひとつ隔てた畑とは数値の出方が違います。3月中旬から下旬のフォールアウト直後にロータリーをかけた土は、すごく数値が落ちています。しない場所と比較して、ほぼ10~20分の1です。

水系によっても、田畑の数値が違う場合があります。ひとつの水系は比較的数値が低く、別な水系には高めの数値が出る場合があります。堆肥の質によっても違います。

バーク(木質)やゼオライトなどの粘土系資材を多く使った堆肥の田畑は、おしなべて数値が低いのです。

要するに、調べないと分からないのです。私がこんなことを言えるのも、実測したからです。地べたを歩いて計ったからです。

この方はそれをしたのでしょうか?自分の田畑と、村を歩いて地べたに頬をつけるようにして計ってからの「作らない」という結論ですか?

そしてその実測結果に基づいて除染計画を、さまざまな研究者と相談した上での作付け中止ですか?

もしそうでないなら・・・まぁそういう人も村にはいるでしょうね、という程度の話です。しかし決して「農家の良心」うんぬんの話ではありません。

たぶん今年のその人の水田は、耕作をしなかったために土壌が耕耘による除染をされずに、そのまま来年に持ち越されるでしょう。

作物による吸収がないために、おそらく雑草が放射性物質を吸収してしまうはずです。

もし、それほどまでに自分の水田で作ることが怖いなら、この雑草も持ち出して、穴を堀り、鉄板をかけて保管することです。

農業者には単純な信念があります。それはどんな困難があっても、その壁がどんなに高く見えても、耕し続けていくうちに絶対によくなるという未来への楽観です。

チェルノブイリの農民もそうしたし、多くの福島の農民もそうするでしょう。オレたち農民はは放射能になどに負けない。

■写真 霞ヶ浦の葦の原と夏の太陽。暑苦しい入道雲がもくもくと。葦は霞ヶ浦再生事業で植えたものです。私も少し関わりました。野鳥の営巣の巣になります。いまはもう巣立って静か。

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原子力事故」カテゴリの記事

コメント

ええっと、沿岸部の塩害で作付断念された農家さんは別ですね。

昨日は猛暑の中の農作業で、行方市でも81才のお婆さんが亡くなったとのニュースを見て心が痛みました。おそらく長い(今日で5ヶ月です)心労もあったのでしょう。
ニュースバリューとして大きかったんでしょうが、テレビで盛んに取り上げてる横浜のイベントに好きで集まった人とは次元の違う話です。

山形でも13人搬送されたとのことでしたし、今日も暑そうです。

どちら様も、くれぐれも水分補給をして気を付けてくださいませ。


それと、いい加減電気が足りません!

投稿: 山形 | 2011年8月11日 (木) 07時28分

山形さん。津波での塩害のケースは別です。当地でも液状化でかなりの田んぼが潰されました。

そこの農家はなんとか来年の作付けをしようとがんばっています。

私が今日上げたのは、まったく別な避難地域でもないにかかわらず「放射能汚染」を理由に作付け中止をしたケースです。念のため。

当地も灼熱です。37度、たぶん屋外で37、8度以上あったみたいです。皆さん、ご自愛下さい。

投稿: 管理人 | 2011年8月11日 (木) 07時38分

本ブログ記事にリンクさせていただきました。
よろしくお願いいたします。

投稿: Mikio | 2011年8月11日 (木) 21時07分

テレビでも東北電の逼迫した電力需給状況が報道されていました。東電からの融通頼りの様ですね。その電力状況の下での猛暑!!やりようが無い・・
北海道でもここ数日猛暑で、十勝でさえ35度・・作物には天気と温度も(当然適当な雨も)必要ですが、家畜や人間は暑さに弱いですから・・

農業者は基本的に濱田様が仰る通り、畑を耕し作物を栽培するのが喜びだし、仮に今年が不作でも来年は絶対豊作になると信じて営農しています。

記事にあるように、畑は作物を作って手入れをしなければ直ぐに荒れてしまいます。一旦荒れてしまった畑を元に戻すのは、何倍も時間が掛かります。
何らかの理由で今年耕作しなかったとすれば、来年再開したとしても、今までと同じ収量は望めません。

補償金を当てにして今年耕作しなかった農業者が居るとは、にわかには信じられません。
後継者もいなく老齢な方なら、ひょっとしたら・・とは思いますが・・
(避難指示地域などは別ですが)

投稿: 北海道 | 2011年8月12日 (金) 00時18分

自主的に耕作を放棄した場合、賠償金をもらえるのでしょうか?NETで調べてもわかりません。農水省に聞かないと分らないかな。

投稿: あおやま | 2011年8月12日 (金) 08時52分

作付けをやめた方のブログにも目を通してきました。

作付けしても良いと告げられたのがモミを蒔く期限の数日前では時間的に厳しいですし
その時点でその田んぼの土壌検査がされていたわけでもない。
「安全で安心できる作物を消費者に届けたい」農家の気持ちが安全安心を届けられない状況での作付けを躊躇させた事は想像に難くないですし
少なくとも今年の作付けは、時間的にも物理的にも断念せざるを得なかったのかも知れないです。
当日のブログには廃業と書いてありましたが次年度以降の作付けに向けて行動して欲しいです。

投稿: 種子 | 2011年8月12日 (金) 09時41分

種子様。農家によって事情はさまざまですから、その方も悩まれたのだと思います。

私はその農家を批判する気は毛頭ありません。今回の農水省のあまりの対応の遅さがすべての原因です。行政の不作為による悲劇だと思っています。よくノコノコと総理候補で出てくるものです。

私がイヤだなーと思っているのは、この悲劇をあたかも生産者の「美談」のようにいう人が絶えないことです。良心的生産者のように持ち上げて美化する人が大勢いることです。

かつて私は、このような方の「美談」と対比されて、「悪徳農家」、「東電の回し者」とまで言われました。今になると笑っちゃいますが。

それは違うんだよ、農業をもっと深く理解してほしいというのが、私の気持ちです。

あおやま様。作らなかったら賠償されるのかどうかは、おそらく決まっていないか、ダメでしょう。ただし、この農家がモミを蒔くか、蒔かないか悩まれていた時には、決定されていなかったはずです。


投稿: 管理人 | 2011年8月12日 (金) 14時14分

第3者は得てして物事を対立軸におきたがります。
私の様な、地震も放射能も直接影響を受けていない者が誰が正しいとか言うのはおこがましいですが、その福島の作付けを断念された方が濱田さんとが対立軸に無いことはわかります。
その方が作付けを断念されたのにはかなりの覚悟だと感じますし間違った選択でもないと感じます。
ただ、今年の作付けをやめて廃業してしまうのであれば、泣き言を言ってるだけになってしまう。
ただ、「放射能が怖いから東北の米は買いません」と言っているだけの消費者と変わらないし、来年以降に安全なものを作り出す努力が出来るかどうかが、農業者としては必要なのかなとお二人のブログを読んで感じたところです。

投稿: | 2011年8月12日 (金) 17時11分

連投になりますが名前入れ忘れました

投稿: 種子 | 2011年8月12日 (金) 17時12分

どう思います?
次々に、外洋にも漏れてました、とか、実は放射性廃棄物を適当に埋めてました、とか滋賀県琵琶湖近くまで持っていって棄てました、とか、除染しても実は無駄でした、それどころか除染した土をどう処理したらいいかわかりません、とか、色々バレてきてますけど。
今でも同じことを彼らに言えますか?
沖縄だって何かあったら無事と言えますか?
今初めてここに来ましたが、すごい(元)同族嫌悪ですね。
金貰えていいなって気持ちがバレバレ。

投稿: 今読み返して | 2015年3月 3日 (火) 02時19分

今読み返してさん。今読み返しても、何ら変更すべき箇所は一点もありません。事故後4年たとうというのに、今もこんな低レベル廃棄物のような寝言をこいている人がいるほうが驚きです。

投稿: 管理人 | 2015年3月 4日 (水) 05時33分

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