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飯館村 菅野典雄村長インタビュー全文          命が大事だというのは正論。しかし、その犠牲になるのはここの住民なんです


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台風が来ました。こちらも昨夜来から暴風雨です。名古屋では100万人の退避勧告がでました。りぼん様、そして皆様のご無事をお祈りしております。

さて、今日は飯館村の菅野典雄村長の「東洋経済」インタビュー全文を掲載します。初めは要約しようかと思ったのですが、切るところがなくて全文をそのまま転載いたしました。

政府の、後手後手で、しかもなんのフォローもない避難勧告に対する怒りと、安直に避難できない農業の村の実情を赤裸々に語っておられます。

外から想像する避難地域と、そこに住んでいる人たちの苦しみや感情には大きな隔たりがあります。これは被災地・被爆地の末席に連なる私たちの村ですらそうです。

まず、その真実の声をしっかりと胸に刻んでから、復興計画は考えるべきである、と改めて思いました。

今、復興特別区がとりざたされています。それは復興を長期で考えるとき、大事な起爆剤となります。また、地域の力を取り出す意味でも必須な政策でしょう。

しかし、勘違いしてはいけないのは、それにはあくまでも、自分の地域をどのように作るのかという強いイメージを持った自治体という「主体」があってのことなのです。

単に「復興」にとどまらず、あるいは除染だけではなく、それすら踏み台にしてその先に行こうとする強い牽引力がいるのです。

飯館村は、大災害以前の冷害の村から、「日本でいちばん美しい村」運動の中心を担うまでに地域の花を咲かせた村として知られていました。これほど多くの地域ブランドをもつ「村」があったでしょうか。

しかしそのブランドの多くは、飯館牛のように死滅に瀕しています。だからこそ、今、悲劇を希望に変えなければなりません。

農水省除染実験ひとつにしても、菅野村長は除染実験地の提供のみならず、その先を見つめておられるのだと思います。

多くの被災自治体は、国の財政支援を望むあまり沈黙しています。もの言えば唇寒しとばかりに、県に従っていればいい、国が言ってくるのを待つ、という萎縮した気持ちが蔓延しています。

その中だからこそ、飯館村のような「もの言う」自治体が、避難地域の除染・復興特区第1号として、国の鼻面を引き回してほしいものだと願っています。ガンバレ、飯館村!

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「命が大切」というのは正論。しかし、その犠牲になるのもここの住民なんです――飯舘村・菅野典雄村長

東京電力福島第一原発から北西に半径30~50キロ圏にある福島県飯舘村。原発事故からの放射能漏れが原因で、高い放射線量が検出されている(→参考記事:
原発30キロ圏外の福島県飯舘村でも、局所的に避難レベルの高濃度放射能、京大研究者ら調査)ことから、政府は同村を非難指示区域に指定、計画的な村民退避を要請した。この要請や政府の対応を、地元の首長はどのように受け止めているのか。飯舘村の菅野典雄(かんの・のりお)村長(写真左)にインタビューした。

――4月16日に福山官房副長官、17日には枝野官房長官(写真右)が飯舘村を訪れたが。

 この村を計画的避難地域にするので協力してほしいという主旨だった。それに対して、私たちはあらかじめ、要望項目を政府に上げて、よい回答をもらえることを待っていた。16日にはその説明があった。よい回答もあったが、残念ながらゼロ回答のものもあった。

 政府が言っている「全力を挙げます、責任を負います」という言葉は、いったい、どうなんでしょうか。何をどう全力でやるのか、その責任とはどういうものなのか、ということが残念ながら詰められなかった。

――政府は計画的避難を打ち出したとき、避難の受け皿など何も考えていなかったのか。

 何も考えていないですよ。いわゆる、国会議員、学者、マスコミ、国民、結局、みんな、「命が一番だよな」という問いに対して、「いや、違う」と言える人は誰もいない。そういうことに敏感に反応し、政府として何かをやらなければならない、ということになったのが計画的避難措置なのだ、と私は思っている。

 だけど、近ごろ、何人かは気づいてくれている。結局、同措置に伴って、ものすごいリスクがあることをです。しかし、「命を大切に」という話に対して、もっと別の角度からの考えが必要、という人は誰もいない。そして、移動しなくてもいい地域までどんどん移動させられる。

避難措置に伴う経済面、生活面、精神面、子どもへの影響など、大変に心配です。職場などは全部がらがらぽん。ほとんど倒産します。健康も悪化する、精神的にもおかしくなる。子供にも大きな影響を与えます。

 よく考えてください。そういうリスクと、いまうちの村にいて、たとえば放射線を相対的に多く浴びる中にいて、実際に被害が出るリスク。天と地ほどの差があるのではないですか。

 「命が大切」と言ったり書いたりしていれば、誰からも非難されない。しかし、その犠牲になるのはここの住民なんです。

 なぜ、それを言ってくれないのでしょうか。「放射線濃度の高い地域だ」「なぜ、そんなところから避難させないんだ」という。あるいは、そこまで書かなくても「大変なところだ」という話ばかりです。農業、畜産から離れるリスクに目を向けてくれる人はいるのでしょうか。

 もちろん、乳幼児、子どもや、あるいは、村の中でも放射線濃度の高い地域の人たちがそれでいい、ということではない。私たちは、それらの対策はすべてやっています。

 震災後、村にいるのは少ない人数でしたが、その後、戻ってきています。今は、およそ8割の人たちが戻ってきている。そこで、子供たちは隣の町の学校までバスで送迎するという仕組みを組み立てましたが、今回の措置によって、子どもたちはまた、転校しなくてはならない。子どもたちをこんなに犠牲にして、何千人もの人たちを路頭に迷わせる。

 これは、補償金がいくらという話ではないです。

 全村避難が長期化すれば、村は完全に終わりです。この村は20数年前まで「冷害の村」「初霜が降った」「マイナス15度になった」と、そんな悪いことでしか紹介されなかった。

そこから20数年間、村民が努力して、いまでは、ありとあらゆる人たちが「いい村だね」といってくれるようになった。みんな、こつこつと働いてきた。県外でも高い評価を得られるようなった。

 
しかし、今回の避難措置によって、それらはゼロになる。いや、マイナス何十にもなってしまう。起き上がれぬくらいのダメージを受ける。それは、他の地域に比べて、たかだか射線線濃度が少し高い、という話のなかで、基準値を20ミリシーベルトに突然引き下げて、それを超えるから避難せよ、という話によってです。それと村を守ることと、どちらが大事なのだというのでしょうか。

――政府には提言を行っていると。

 私たちは、(4月の始めから)政府に提言書を出したりして、なんとか、避難措置は避けようと一生懸命にやってきた。しかし、やはり、東京ではわからないんでしょうか。私たちも、一生懸命にやってもらっていることはわかるんですけど、その考え方があまりにも一辺倒ですし、もっと総合的に、国民の心として暮らしをきちんとみたうえで考えてほしかった。

――福山官房副長官、枝野官房長官が来村する以前に、政府関係者がこちらの要望をきちんとヒアリングしたことはあったのですか。

 それはゼロです。こちらは提言、要望を出しましたけどね。

――一方通行ということ?

 そうです。枝野幹事長の記者会見の話が、計画的避難という危ないほうに向いてきたな、とドキドキしながらも、そうならないようにと、いろいろなことをやってきたのですけどね。 「命が大事」ということは誰だってわかっている。私もそう思っています。当たり前の話です。しかし、それだけではないでしょう、とちょっとでも異を唱える人は誰もいなかった。責められたくないからでしょう。
 
 私は責められています。毎日のように「殺人者」などと書かれたメールがいっぱいくる。これだけ騒がれているにもかかわらず、何ら避難措置などを発令していないから。

 しかし、たとえば、他の自治体では、どんどん措置を発令して、その結果として、いま、住民の居住地などを把握することが困難化し、にっちもさっちもいなかなくなっているところもある。

 昨日も、福山官房副長官に「非難命令に従わなければ、罰則規制があるか、とたずねたら、「罰則規定はありません」ということだった。そうなんでしょうね。

 当初、累積放射線量は年間100ミリシーベルトまでは大丈夫ということだった。ましてや、政府は計画的避難地域の導入に合わせて、この地域の累積放射線量の基準値を事故発生から1年間で50ミリシーベルトから20ミリシーベルトに下げました。この措置は、この村を避難地域に入れたいためだったとしか思えない。「1年間で20ミリシーベルトを超えるから、この村から出なさい」という理屈を作るため、ということです。そうなったのは、みなさんがたが政府を責めているからでもある。


 みなさんの声が、早く住民を地元に戻すべきである、というように変わるようにと信じています。

――今後の対応は?

 当面は、避難先を探して、できるだけ濃度の高いところにいる住民、子どもがいる家庭を率先して他の地域に避難させていく。村を離れれば仕事を失うが、なんとも仕方がない。そうでしょ。――政府にはどのような提言をしてきたのか。

 いま、基準値20ミリシーベルトという水準を維持する方向で、この地域にある程度の村の部分を置きながら、安心なところに住んで、村に通える、という方法はないかと提言しているんです。たとえば、工場のなかは0.2ミリシーベルトです。避難ということでも、そういう方法はあったのではないですか。

 また、この村の土壌が汚染されている、ということがずっと話題になっています。であれば、土壌改良の実験をこの村に入れてみなさいと。そのために、飯舘村をそのための国家プロジェクトの地域に指定せよ、と言っているのです。避難指定するのではなくて、そこに住みながら――もちろん、出る人もいますよ――土壌改良するための大型プロジェクトを入れてみろと。原発事故で危ないから、ただ逃げろということだけであれば、愚策になってしまう。

 いずれ、原発事故の影響を受けた市町村では必ず、騒ぎになります。みんな、不安なわけですから。とてもこんなところにいられない、とかね。、そうならないためにも、この村を使ったらどうだ、と提言しました。ところが、「実験」といったら、あるところから、「住民をモルモットにするのか」と。それはまったく意味が違う。

 そういう提言をどんどんしているのだけど、政府はまったく聞く耳を持たないようです。実証実験するのが日本として大事であるにもかかわらず、です。「原発はダメだ」と否定して、生活ができるわけではないのに。
(浪川 攻 =東洋経済オンライン) 
http://lib.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/538c40ceaf8d80e1d6d39c41de9c208a/page/1/

■写真 前にアップしたコスモスの連作(てなもんか)です。

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コメント

しかし、たとえば、他の自治体では、どんどん措置を発令して、その結果として、いま、住民の居住地などを把握することが困難化し、にっちもさっちもいなかなくなっているところもある>>>

ご心配ありがとうございます。茨城の震災に比べれば、都市の避難勧告なんて、レベルが違いすぎで、ぜんぜん、大丈夫ですよ。都市の場合、今回のデーマではないですが、極端に、責任を問われないような政治的安全策を取りますから。。単純に、前回、被害があったところは、避難勧告を出しておきましょう。と言うレベル。実際、避難するのは、多分20分の1くらいでしょう。

避難と言っても、都市全体が水害に合う事態なら、自分の家の屋根の上に登るか、近所の高いビルに避難する以外にないのです。自治体の避難所の小学校は、まあ、4階建てがせいぜいですから。

避難勧告って、都合が、良いのですよね。自分の判断で避難してね。避難所の鍵は、開けときます。だけですから。

東京の帰宅困難者のごとく、実際、市内小学校だけで、100万人、収容できないと思います。

まあ、机上論って言うことで、避難勧告って、半分、気休めでしか、ありません。避難所自体、1階は、水没する場所にしか、ありませんから。。

地震があったら怖いですよね。堤防が、沈下する訳でしょ。それが、ありませんし、今回は、ほとんど、最小限の被害でしょう。

避難指示も解除されましたので、ありがとうございました。

投稿: りぼん。 | 2011年9月21日 (水) 12時15分

りぼん様。
私も批判的コメントしましたが、無事でなによりです。これは本当の気持ちです。
他の被災者の方々も、1人でも無事であることを祈ってます。


また、他の方も自然災害の怖さは改めて実感したのではないでしょうか?


のりーさん見てらしたらですが、最初のコメント見たらイラッとしましたが、今は基本的に考えは近いと思ってます。
お互い文字だけのやりとりですので、管理人様のおっしゃるように誤解や錯誤が生じ易いのがネット世界です。
敵対する意図はありません。意見をぶつけることなら有意義です。

お互い表現に注意しながら意見交換できれば良いことだと思います。

投稿: 山形 | 2011年9月21日 (水) 12時47分

日本人はいつからものを言わないようになってしまったのでしょうか?
被災地はがまんしすぎているような気がします。
もっともっと声を上げなければ。

ものを言った飯舘村だけが得をするようなことは望ましいとは思えないのです。
なぜなら、同じ汚染レベルの地域で同じ苦しみを共有しているのに、格差が生まれることはなんとしても避けたいです。

そのためにも、もっともっと多くの自治体や住民が政府が見過ごせなくなるような大きな声を上げるべきです。


山形様

度を超えては問題ですが、討論はとても有意義なことと理解しています。
自分の考えていなかったような意見が聞ける時は、自分の考えとずれていても嬉しいものです。
これからも忌憚ないご意見よろしくお願いいたします。

投稿: のりー | 2011年9月22日 (木) 05時34分

7ヶ月前 ぐらぐらと揺れる地震 地鳴り 止まない余震テレビでは「原発放射能漏れなし」など…安心させるような報道ばかり
翌日会社や兄弟に促され、なんの情報もなく、避難。飯舘村のみんなは自分たちも被災しライフラインも復旧できてないのに、受け入れてくれた。婦人会のみなさんの温かいおにぎりriceball酪農家からしぼりたて牛乳。あの時、受け入れてもらえたから、ご飯にありつけて生きられた。翌日村役場のお兄さん「ここも危ないかもしれない…私たちは逃げることはできないが…どうか安全なところへ移動して」とまでいってくれた。 までいな村の偉人たちありがとうございました。
あの緊急事態に知らない人を助けてくれた。どうか神様飯舘のみんなに不幸が少なく降りますように祈ります。村長や南相馬市長のような前向きな人への悪口は自分のこころにつぶやいてください。生きているかぎり放射能と共存するしかないのだから

投稿: 避難者 | 2011年10月11日 (火) 20時20分

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