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2012年1月 7日 (土)

私たちは今、復興初期という「総論の時代」に生きています

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今、なにを議論していくべきなのだろうか、ということが去年から頭を離れませんでした。 

ご承知のように私のブログはわりと粘着質です。

口蹄疫は発生から終結までほぼ半年間毎日継続しましたし、放射能問題も、数えてはいませんが、8カ月間ていどは続けています。一日も休まず更新したので、回数にして300回弱にはなるのでしょうか。 

一昨年の口蹄疫の初めの時でしたが、「赤松口蹄疫」などというふうに感染症問題を政局でねじ曲げてしまう人が絶えなかっことに対して、そうではなくもっと今宮崎県で起きていることを直視しようよ、何が拡大の原因で、どうしたらこの悲劇を食い止められるのか考えよう、という気持ちで書いていました。

書き続けていると、私の凡庸な頭にもそれなりに見えてくるものがあります。それを探すための旅といったらきざですね。

今私たちがせねばならない国民的議論は、3.11以降を受けて、なにが復興を遅らせているか、放射能禍を晴らすにはどうしたらいいのか、TPPのなにが問題なのか、エネルギー問題はどのように考えたらいいのか、といった多くの問題を、ひとつひとつ潰すように考えていくことです。 

「民主党が悪い」ではそれで終わってしまいます。彼らの定見のなさと能力不足は今や誰の目にも隠しようがないからです。 

しかし,自民党の中枢は民主党の合わせ鏡であり、増税とTPP推進では立場を一緒にしています。

つまり民主か自民かという旧来の二分法には解がないのです。もし、今後日本の政治が有効な力を発揮するには、今のような数合わせの選挙互助会ではなく、本格的な政策と理念に基づく政界の再編しか生きる道はないでしょう。

「原発が悪い」でも同じです。今ほど原子力エネルギーや東電を無条件に批判できる時期はないでしょう。ではこの復興の時期に、即時にすべての原発を止めますか?すべてを直ちに廃炉に出来ますか?

エネルギー問題を政治スローガンにしてはいけないのです。

「放射能が怖い」と言うだけでいいのでしょうか。それを言い続けても少しも放射線量は下がりません。農家を批判し続けても何の解決にもなりません。放射能と闘う長い対策がいるのです。

「自然エネルギーが素晴らしい」といっても何の答えにもなりません。そのようなことはあたりまえであって、自然エネルギーの特性を考えないで走りだしても失敗するだけです。 

まずは自然エネルギーの特性と、限界を知ることです。そしてひとつひとつ落ち着いて俎上に乗せることなのです。 

準備のための議論をする時期なのです。その時期をふっ飛ばして「自然エネルギーの時代」になれば、必ずギクシャクします。現実化できません。 

私なりに提起したかったことは、今は自然エネルギーの細部に入ることを禁欲してほしいということです。今それを始めると、そこでどんどん深まってしまい、それで終わってしまいます。 

その意味で、木質チップの現状の問題点は重要ですが、、「今」考えねばならないことはもう少し別にあるはずです。それをみんなで考えていきたいと思うのです。

念のために申し添えますが、木質チップの話をするなと言っているのではまったくなく、そこにのみ力点をかけないで、もっと視野を拡げてほしいということです。 

各論より、今は総論をすべき時期なのです。私が何日か前の記事で「震災の復興にはイマジネーションがいる」と書いたのも、そのことです。

あれは別に目先の民主党政権批判のために書いたのではありません。 私は狭い意味での「政治」にはさほど関心はありません。

この復興期こそ、100年先の時代を考える大ぼらを吹きましょう。

私の文章は拙く、万分の1も伝えることがなきないでいますが、お越しいただいている方々はそれぞれ深い知見と経験を持たれています。その力を信じています。

■写真 茨城県神栖の風力発電基地。わが家のすぐそばにあります。つくば市の風車は回っているのを見たことがありませんが、この風車はぶんぶん回っています。日本で数少ない自然エネルギーの成功事例でしょう。

■[お休みについて] 去年毎日更新という「暴挙」をしてしまったためかどうか体調がぱっとしません。更新速度を週一回休みていどにま落とすことにしました。ご了承ください。

 

 

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コメント

南三陸市の馬場中山集落の話は、皆さんご存じでしょうか?
馬場中山集落は、震災後、交通網が寸断し、一時陸の孤島となりましたが、集落の結束で、何とか危機を脱し、全滅したワカメの養殖も再開にこぎつけました。
道路も、行政の支援が来る前に、集落の力で安全であろう高台に自分たちで通しました。
あの事例を見ていて、災害時に何が大切なのかと言うことを学んだ気がします。
コミュニテーの力が、やはり一番重要な気がします。
小さなコミュニテーが集まって、村や町、市を形成している訳で、それはまるで人間が小さな細胞が集まって臓器を形成し、その臓器が集まって人となるのと同じであると思います。
震災の復興にあたって、その小さなコミュニテーをいかにうまく機能させるようにするかが大事なのではないでしょうか?
町ごとの高台移転等が俎上にあがっていますが、現実問題として、漁師さん達は、港から遠く離れた高台に移転しても、なかなか不便な気がします。
また、津波の被害を免れた所では、町の中心が、今までより遠い所に移動することで、高齢者などは、逆に不利益を被る可能性もあるのではないでしょうか?
これも、おなじNHKの番組でやっていたのですが、若い建築家の方が、あるプランを立てていました。
それは、今まで住んでいた地域に、人工の高台を作りその中に住居や病院、その他の機能を集約するものでした。書いていた絵コンテは、昔、私たちがSF小説の挿絵でみたような、丸い土台に建物が立ち並ぶものでした。それらのコミュニテーを地下、および地上の交通手段で結ぶと言う構想のようでした。
実際の形(形になるかどうかも分かりませんが)が、どのようになるのか分かりませんが、あれを見て、少年のころSF小説を読んで、想像していた未来都市が、もしかすると実現するのかもと思わず期待していまいました。

管理人様

本当に、お体お大事にしてください。

一宮崎人様。

昨年の放送も年明け深夜再放送でも見ました。
なによりも地域のコミュニティ維持が大切です。
壊滅した村で、婦人会は流された材料や米を集めて飯を作り、男どもは生活空間確保に奮闘。そこが良く強調された素晴らしいサバイバル生活の取材でした。
あの番組でも地区長がリーダーシップをとっての集落揃っての高台移転がメインでした。自分達で避難アパート建ててしまうほどに。

いざ巨大津波がまた来たら、漁港や港の加工施設は放棄するのが前提で、とにかく「津波てんでんこ」で命だけは守るという考えです。漁師は多少の不便は忍んで軽トラや徒歩で高台の住居から仕事場に通う前提ですので、お間違い無きよう。

不肖ながら私、あの辺の三陸海岸にはかなりの土地勘があります。だからこそ現実性と困難さを思い、涙ながらに見ておりました。

受け取り方では誤解を招きかねないなあ…と思うことでもありました。

それだけ豊饒の海と険しい山林のリアスに生きる人々へのの密着取材でした。

「やっと風呂に入れた!気持ちいいわなあ!」と笑顔をかわす皆さんの笑顔が忘れられません。
彼らにはまだまだ極めて困難な道程が待っています。そこは、くれぐれも誤解なきようにお願いします。

生死を別つ緊急事態に於て「リーダーシップとは何か!?地域コミュニティとは何か!?」を、深く考えさせられる番組でしたね…。

管理人様、
せっかくエネルギー問題について整理して下さったのに、
また各論の迷宮の話で申し訳ない!
これは私自身の三陸への強い愛着からのものです。

コミュニティ、まぁ、共同体ですが地域社会という結構、広範囲なもので家族やその身の回りの知人だけでなく商店街や工業者、生産者など地域で活動する人や団体などを指すものだと思います。今回の復興がうまくいくかどうかはこの「共同体」をどこまで考えることができるか、どこまで再生できるかにかかっています。別に感情的な意味でいっているのではなく、共同体こそが人間の成長の源泉であり、活力の源であり、経済の源であるからです。共同体内での様々な活動・・・つまり、コミュニケーションによって共同体内の人々は知識や技術を高めていき、同時に共同体としての一体感を高めていきます。その地域で生きていこうとする意思を持った人々による経済活動、投資は地域の発展を促進するために行われます。もし、共同体という意識のない経済活動や投資は共同体の発展ということも考えないのでただの収奪になり、共同体は資本家のマネーゲームの餌食になるだけになります。

昨日も言いましたが地域社会の実情を考えない政策は結局のところ共同体を破壊するだけになります。それは無理な自然エネルギー推進も過度な規制緩和も両方同じなのです。復興というとただインフラを建て直したり、町を元通りにするだけではなく生業や共同体の人々の繋がりを取り戻すことを言うのでしょう。そう考えれば、この復興というのは現代に生きる我々にとって最大の試練であり、神様か何かからの問いかけのような気がします。今回の復興がうまくいくかどうかが今後の日本国の進路を決めるんでしょうねー。
戦後から一貫して共同体を破壊する方向で進み続けてきた日本人ができるかどうかはわかりませんが・・・。

青空です。

濱田様の言われること、深く共感します。
東北の復興はなにが何でも為さねばならない、
至上命題です。
少なくとも私には人生を賭すに相応しい仕事です。
東北を離れはしましたが、その思いは強くなる一方です。

どのような街を再建し、人を呼び戻していくか、
産業は、住居は、防災網は、財源は、資源は、それらに対する科学的知見は、実行者は。
考えるべきことは山積しています。

悲しむべきことは、10ヶ月を経た今ですら、
青写真が進んでいない、というよりは作ろうとしていない国家、国民であると感じました。

戦国時代後の荒廃した国土を復興した桃山時代も、
江戸の大火の後に街を再建した江戸市民も、
関東大震災後の瓦礫を瞬く間に再興した東京も
戦後の全国の都市も
阪神大震災後の神戸も
あらゆる時代に国難は降りかかりましたが、
共通していたのは国を挙げて即座に復興のために官民関わらず立ち上がり、各々の全能力を注ぎ恐るべきスピードで復興したことです。

それらに比してこのスピードと政府の無関心は腹立たしく思います。ただ政府や政治が無能力だからといって国民が同じく無関心で静観していたのでは政治と同罪となります。

遅きに失しているとは言え、遅すぎることはない。
総論を論じ尽くしこうときめたら、ためにためた国民の底力を示すべきだと感じます。

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