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2012年1月 3日 (火)

今年、私は年男です。カンレキですって!

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今年は私の干支です。はい、私は辰年のオトコなのであります。わ、はは。  

昭和27年(1952年)のある眠そうな春に誕生いたしてなんと還暦です。いや重いこの響き。ズーンときますぜ、60歳。  

以後、ハマジィとお呼びください(←ぜったいに呼ばないでね)。  

30歳の時に農業の世界に転がり込み、40歳は忙しさにかまけてなんとなく超え、そして50歳はやりたいこと満載でクリアし、そして嗚呼、今年とうとう還暦だ~い(号泣)。  

私の回りのジジィ、ババァ予備軍に聞くと、全員が「実感がないよなぁ」。歯も抜けていないし、背中も曲がっていないし、30㎏の半俵はかつげるし、シワはないし、髪だって若い時からでいまさら・・・、おっとと髪の話はやめましょうかね。

私の記憶にある「60歳」は、もうしっかり老人でした。縁側で爪切っている感じとでもいいましょうか。ズズッと渋茶を飲んでいると言いましょうか。  

ただ、都市に住む勤め人と、農家の私とではかなり事情は違うようで、勤め人の友人どもに聞くと、軒並み定年です。第2の人生とやらに出発だそうで、まことにめでたいことです。ただ、大部分がなにをやったらいいのか分からないようですが。  

私の場合、定年もなにも死ぬまでこの職業ですから、脳卒中にでもならない限り、這いつくばっても農業やっております。いや、ヨイヨイレロレロでも働くかもしれませんね。 

農業とはおっそろしいことにヨイヨイだろうが、レロレロだろうが出来る仕事があるのです。口が回らなくとも選別はできる、てなもんです。 

農業のよさは懐が深いことです。障害者でも、老人でも必ずやる仕事があります。身体の事情でペースも選べます。 

大規模企業農業はいざ知らず、家族労働なら自分の事情に合わせた仕事が必ずあります。これは強い。 

私の知人の農場では知的障害児たちが雑穀を作っています。あの細かいキビやアワ、ゴマの実を温かい日差しの中で終日より分けています。私なんぞ、あんな根気はないですね。 

旧友がいまさらのように、「お前が30で農業に行った時は世捨てになる気かと思ったが、今はみんな農家になりたがっているんだよな」、と正直なことを言っていました。

そうかオレは世捨て人だったのか、それにしちゃあ元気な世捨て人だったんだなぁと思ったのですが、かつてのそういう就農イメージはまったく変わりました。

今、就農をめざす若者はそれぞれ独自のイメージを持って農業にやって来ています。自分の生活をすべて手作りしたい者、農業をビジネスと考えている者、身障者を受けられる農場を作りたい者、第3世界で使える有機農業を実験する農場を作りたい者、皆それぞれです。

農業は可能性に満ちた分野です。農業生産のみならず、福祉、教育、工芸、芸術まで含んだ巨大な分野です。それは同時に、現在の農業が製造業になる中で、少しずつ切り捨ててきた世界ではあります。

私は「農業を守る」という言い方は相当に嫌いです。なぜなら、そう農家が言う場合、農業が弱体化しており、滅亡寸前であるかのような自虐的陰りがあるからです。

私は違うと思います。農業には確かに守るべき価値はありますが、それは高齢化したから、国際競争力がないから、といった後ろ向きの理由ではなく、農業が守ってきた伝統と歴史の中にかけがえのない価値があるからです。

TPPのグローバリズムと「闘う」というのは、製造業としての農業だけの土俵ではなく、もっと広い「農業の価値」を見直していくことだと思っています。

今年はこのような農業の伝統的な価値も見直しながら、あくまで農業者としてグローバリズムと「闘う」ことになるでしょう。

それは泣き言ではなく、こんな価値が農業にはあるのだ、という農業の復権です。

さて私の60代、いかなることになりますか。

■写真 一面のススキの原に陽が沈みます。 

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コメント

年男ですか。おめでとうございます!


そう。散々後継者不足などと言われてますが(嘘の面もあり、田舎の山間部過疎地では実際に深刻)、農業には定年がありません。

90代の頑固爺さんが、意地でも南相馬の高線量地域に残って馬の世話をし続けてたり(昨夜のEテレETV特集「果てしない除染」の再放送でも出てました)
「俺は満州事変で出征して、3日で死ぬはずが生き残った。もう99才にもなって何も恐れるものはないさ。はははっ。」

都会に住む戦後世代の現代人が笑うのは簡単ですが、誰が彼の生きざまを否定できようか!?

東日本、とりわけ福島県で自然に寄り添いながら生きてきた農業者を誹謗中傷する発言は、散々聞いて来ましたが、前述の老人はじめ彼らの殆どは作付断念し、今年も全く目処が立たないままなのが現状です。

還暦の年おめでとうございます。
還暦って「60年で再び生まれた時の干支に還るところから言う。本卦(ほんけ)還り」だそうです。
私も濱田様に遅れる事2年で還暦を迎えます。記事にあるように定年となりますが、その後何をするか、現在思案中です。何もすることが考えられない・・というより、やりたいことが多々あり、どれにするか悩んでいる・・といった所です。
何をするにも先立つ物も必要ですし、相方を食べさせて行く責任もありますので、勝手気ままにはできません。
色々制約のある中で探していきます。
そんな悩みも楽しんでいます。
今年の世の中の流れを考えるとネガティブになりそうですが、せめて正月の3ヶ日ぐらいは暗いこと考えないことにしています。

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