原発事故で苦しむ福島の人々を更に苦しめる新食品規制値
2006年に、チェルノブイリ原発事故の当事国になったロシア、ウクライナ、ベラルーシ3カ国と、国際原子力機構(IAEA)や世界保健機関(WHO)など多くの国際機関が協同で「チェルノブイリ・フォーラム報告書」を作りました。http://www.iaea.org/Publications/Booklets/Chernobyl/chernobyl.pdf
この報告書で身につまされるのは、単なる事故原因の究明や残留放射線量の記述だけではなく、いやむしろ重みとしては原発事故「その後」を詳細に追っていることです。
原発事故が広範な地域住民の心になにを残したのか、生活がどう変わってしまったのか、ガンや奇形などの後障害があったのかについて詳細に報告されています。
チェルノブイリ原発事故により多くの人々が、住み慣れた土地を離れて強制移住していきました。あるいは、政府による命令ではなく、自主的に数万の人が放射能禍を恐れて国外に移住していきました。
その結果、多くの街や村が消滅して、バラバラになっていきました。生活の伝統から切り離され、職はなく、政府の補償金だけで食いつなぐという生活を強いられた人々が大量に出ました。
人間を殺すに刃物はいりません。今まで生きてきた記憶のつまった土地から切り離し、隣人から隔離し、仕事を与えねばいいのです。
人が施しだけで生きるような環境を作ることです。
そうすれば人は人としての最も重要ななにかを急速に失っていきます。失われていくもの、それは人としての根っこの部分です。自分を信じる力とでもいったらいいのでしょうか。
いったん人としての尊厳を奪ってしまえば、人は国に頼ってしか生きられなくなります。そして頼っても頼ってもその空白は埋められることなく絶えず人を蝕み、やがてアルコール依存症など強ストレスを引き起こすことになります。
そして母体に放射能が残留しているのではないか、子供に遺伝してしまうのではないか、育っていく子供がガンになりはしないか、という恐怖は長い時間、女性たちを苦しめ続けました。
確かにチェルノブイリでは後障害は起きました。
このことを最新の国連科学者委員会(UNSCER)はこう報告しています。
UNSCEAR's assessments of the radiation effects
http://www.unscear.org/unscear/en/chernobyl.html
「事故の後のわずかな1カ月目での甲状腺への被曝(の原因)は放射性ヨウ素で、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアでは、牛乳を飲んだ子供と若者に特に多く発症した。」
「2005年までには、6,000件以上の甲状腺ガン事件がこのグループで診断されていた。そして、これらの甲状腺ガンの大部分が放射ヨウ素摂取に起因している。」
この放射性ヨウ素の大量被曝による牛乳が原因で、15名(数十人という異説あり)が亡くなられました。患者数では6000人におよぶと言われています。
注意していただきたいのは、これがことごとく放射性ヨウ素131の初期大量被曝によるものだということです。
女性の卵巣に影響を与える放射線量は、650ミリシーベルだと言われています。チェルノブイリの避難民は、放射性ヨウ素が半減期を迎える前の7日間で750ミリシーベルトを被曝してしまっています。
と同時に、国連科学委員会がこう指摘していることを忘れてはなりません。
「しかしながら、事故による広範囲の心理的反応があり、それは実際の放射線量ではなく、放射能への恐怖のためである。」
その結果、チェルノブイリでは、1250人がストレスで自殺し、10万人以上が妊娠中絶しました。
この自殺者数は、直接の被曝によると特定できる死亡者数の数千倍です。中絶された胎児まで入れれば、実に数十万倍もの死者を出しています。
私たち日本人は、チェルノブイリの教訓をしっかりと心に刻むべきです。
それは第1に、放射線リスクが軽減されても、人が暮らしの中で放射能への脅威を感じ続ければ、それによる精神的ストレスは、直接の放射線被曝リスクより大きなものになりうるのだ、ということです。
そして第2に、事故後のできる限り早い時期に避難を解除し、帰還が可能な地域には住民に帰ってもらうべきです。
とうぜん、それに対応した被曝測定や土壌放射線量の測定、除染はいうまでもないことです。そのために地域各地に簡易ホールボディカウンターや食品放射線計測器を設置し、定期的に放射線測定をせねばなりません。
この支援に国と東電は万全の責任を負うべきです。特に東電は最後の血の一滴まで絞り尽くしなさい。
合わせて地域の地場産業の復興もせねばなりません。これなくしては、せっかく帰った地域もまた失業者の置き場になってしまいます。
このような流れの中で、食品の規制値の改訂を考えるべきでした。500bqを100bqにするならば、その次は10bqとなり、やがてゼロベクレルとならざるをえません。
ゼロリスク志向の消費者は、いかに小さな数字であっても検出されれば怯えるでしょう。その結果始まっているのが「福島切り捨て」です。続いてわが茨城も追随しています。
数値基準というのはそのような冷厳な体質をもっているのです。
この新基準値を決めた「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会」(長い!)はたった3回の審議でこの基準値を決めてしまいました。その間に、福島の避難民、行政、農業者、漁業者の意見を一切聴取していません。
なんという傲慢無礼な人々でしょうか。この人たちの頭には福島の復興や、避難民の帰還、農業、漁業の復興などはかすめもしなかったのです。
ベラルーシは緊急食品規制値(日本の暫定規制値にあたる)を、実に14年かけて讒言されていき、現在の国際的に最も厳しい規制値に落ち着かせています。
14年です。日本はまだ1年もたっていないのに、このベラルーシとほぼ同等のものを施行しようとしているのです。
これは国の自己弁護のための予防線です。これだけ厳しい基準値を設けたのだから、国民の健康を考えてやるべきことはやっている。なにかあったらそれは農家や漁民のせいだ、と。
数値の妥当性はおいて、その心根の卑しさに耐えられません。食品の放射能規制値は、復興と並行して歩調を揃えて行われるべきです。
原発事故で最も苦しんでいる福島の人々を、更に苦しめることになる規制値であってはなりません。
■写真 雪の夕暮れのわが家。
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放射性ヨウ素による初期被曝は最も心配されますが、検査が遅かった上に、比較的高かった子供の追跡調査を国は今週拒否しました。
やれ、新たな差別が心配だからなどという理由です。チェルノブイリより遥かに被害は少ない上に、調査対象は数人です。
プライバシーを保護しながら、極秘に呼び出して精密検査することくらい容易でしょうに…。
全く、何を考えているのでしょう。
投稿: 山形 | 2012年2月24日 (金) 08時48分
連投失礼します。
福島県内市町村でも、いつまでも国からの作付制限が示されず、農家は苦しんでいます。もう苗代作りの時期なのに…どうしろと。
制限のかかった場合の圃場の荒廃も心配(あっという間に草ボウボウ)ですが、転耕による圃場の荒廃と収量低下も心配されています。
全く歯痒いことですが、正念場です。
しかし、国が指針を示さないままなので、多くの自治体は除染計画せら策定できていません。
これでは、地元の農家の不安と批判は高まるばかり。
昨日の記事でも「ふるさとを帰せ」という小学生の言葉は心に突き刺さりました。
飯舘・浪江や川内村あたりはねえ、「都会(主に首都圏から近い)暮らしの住民が、田舎暮らしに憧れる田舎」の典型のような素敵な場所でした。私が自分の目で見てきた感想です。
原発事故は全てを奪いました。そして目には見えない被曝の恐怖です。悔しいです。
一日も早い除染を願ってやみませんが、長い年月がかかることでしょう。本当に悔しい。
投稿: 山形 | 2012年2月24日 (金) 09時42分
被災者(原発事故被災者・避難者含む)のケアや被災地の復旧、復興がが一年経っても何も進まないのに、このような基準(数値)だけ作られ、一人歩きしてしまうのですね。
「分科会」と言うもの自体、第三者機関の意見を聞いた・・・と言う国のアリバイ工作であり、官僚が作文した原案を、ほとんど丸呑みして作られていきます。
一部極端な部分は、出席委員が修正する事はあっても95%以上は原案通りとなるのが通例です。
そこに、被害者の感情や今後の心の動きまで配慮する事は皆無でしょう。この様にデリケートな問題であってもです。
国は「金」も無いけど同時に「心」も無くしてしまったのですね。
瓦礫処理についても我北海道をはじめ多くの道府県が検討もしていないという報道がありました。
いつから、この様な薄情な国民になってしまったのでしょうか?
投稿: 北海道 | 2012年2月24日 (金) 10時33分
連投ご容赦ください。
報道では、福島第一原発事故発生時の「議事録」がアメリカでは電話やFAXのやり取りを細かく記録され公開されたとの事で、我が国の対応との大きな違いを目の当たりにし、落胆しています。
本日の記事にあるように事後分析・事後対応するにも「記録」が必須なだけに、残念でなりません。
事故発生国か否かでドタバタの状況は違うにせよ、メモも録音も無いというのはお粗末の何物でもありません。
国家の一大事における対応がこれでは、有事の際にどんな対応が出来るのか?首都圏直下地震(確率は出されましたが???)なんて起きたらお手上げでしょう。
投稿: 北海道 | 2012年2月24日 (金) 11時08分
日本政府は、ヨウ素131の害があると言われた野菜葉物に対し、安全宣言していませんし、全袋検査した23年福島米についても、安全宣言をしていません。
また、プルシアンブルー鉄、ゼオライトなど、セシウム原子の大きさに近い穴のある物質には、非常に強く吸着するとか、セシウムに対する対策について、どこまでが、対応できて、どこまでが、対応不能なのかも、発表されません。
政府が政府の予算(税金)で、検査したり研究したりしたことは、農家さんには、伝わるのかもしれませんが、都市部の消費者には、伝わらず、もちろん、食品仲介業者にも伝わらない現状では、消費者は、何を持って、食品を選ぶのが、良いのでしょうか。
5ベクレル/kgでも危ないという人から、100ベクレル/kgは、大丈夫という人までいて、真実は何かが、全く見えてません。
消費者が、理解して、初めて、流通が起こるのではと思いますが、未だ、葉っぱものが危険だと切り捨てる人も居ますし、汚染の流動性状態は、いまいち、理解不能ですね。
投稿: りぼん。 | 2012年2月24日 (金) 18時26分
すくなくとも事故前、消費者は、1Bq/Kg未満の食品を食べていました。新基準値は500Bq/Kgにくらべたら厳しい値かもしれませんが、白米などは、2000年代は、10−100mBq/Kgとい微量のセシウムしか含ませれてはいませんでした。100mBq=0.1Bqですから、暫定基準値500Bq/Kgのお米はいきなり、事故前の五千倍です。それが、新基準値100Bqになったとしても、1000倍。業界独自基準値10Bqでも、100倍です。
http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010724549.pdf
消費者の目からみたら、そういうことです。
投稿: 首都圏のママ | 2012年2月24日 (金) 21時27分
私も消費者なんですが…。さも総論のように決めつけないで下さい。
だいたい避難を強いられた人々も、大半が「消費者」なのですが…。
投稿: 山形 | 2012年2月25日 (土) 05時37分
首都圏のママさんのデータに間違いはないようですが、追加で、1963年の白米中のセシウム137の全国平均は4.2Bq/kg(4200m Bq/kg)です。(倍率は省略しますが)
ただし、これらのデータは“消費者”、“生産者”、“行政”、その他、誰の目から見ても同じですよ。
事故前に戻りたいと言う“感情”もまた同じ。それは否定できないものですが、誰もがこの部分で実行可能な選択肢を持っている訳ではありません。選択肢をお持ちの方はご自分の判断で静かに実行して戴ければ良いのです。
今、必要なのは“理性”の部分でどの様に考え判断し行動していくか、という事かと。
政治は結論(案)を出しましたが、科学が納得できる公式な結論を出せない中で、様々な知見や新たに得られたデータを咀嚼しながら、リスクはどの位かとか、利点とは逆の副作用がどの位かとか、皆が悩みつつ判断したり、判断するための意見を出し合っているのです。
投稿: icchou | 2012年2月25日 (土) 13時02分
青空です。
ゼロリスク論者の皆様へこの場をお借りしまして。
早く日本から去ればよいと思いますよ。
あなたがた無責任な方々のお陰で、東京電力管内の市民と企業、
日本国つまり国民全ては、福島県の被災者の方々にそれこそ天文学的な賠償責任を負いつつあるという現実を直視した方がよいです。
従来の賠償はいわば非難費用と精神的な苦痛と売上減少や所得消滅に対する一時金です。つまりフローの部分のみです。
ゼロリスクが正しい考えであるなら、
原発により放射線量が拡大した浜通り、中通り、いわき市、北関東に住む住民や企業に対して、今度は固定資産の価値減少分の賠償責任を負うことになります。つまりストック部分です。
福島県の浜通り、中通りだけで固定資産額は土地建物、設備(民間のみ)で60兆円以上にのぼります。
既に弁護士会も動いています。彼らのプレスリリースには固定資産の価値劣化分の賠償請求について行動を開始したと明記されていました。
たかだが2兆円前後の増税でもぎゃーぎゃー言う国民がその負担に耐えられるのでしょうかね。
福島県の人々の怒りを考えれば、私はその賠償義務が国民にあると思います。
東京電力の責任だから国民には関係ないという馬鹿も居ますが、
原賠法は国家の連帯責任を法律で明記しています。
東京電力が破綻し払えない場合はその支払い義務は当然国家、つまり国民にきます。日本は政治に寄って決まる国家ではありません。
既存の法律がそれを明記しているのであれば誰であろうとその義務は履行しなければなりません。法治国家なんですから。
私も子供3人いますし、若い夫婦の生活の厳しさはお察しします。
高額な税金を要求される前に海外に逃げてはいかがでしょうか。
まあ、ゼロリスク論の方のリスク感覚で海外で生活できる能力があるとは思えませんが。
投稿: | 2012年2月25日 (土) 13時14分
http://gabasaku.asablo.jp/blog/2012/02/19/6340390
原発運命共同体が壊す福島の和 ― 2012/02/19 14:37
俺たちは賭けに勝った……?
ご参考までに。
投稿: 首都圏のママ | 2012年2月25日 (土) 13時22分
安全な無菌の水道水を飲めた環境でも、災害が起きれば、昨夜のお風呂のお湯にハ○ター垂らしてでも、滅菌して、飲み水として活用するでしょう。
もし、その水を飲みたくないなら、青空さんと同じ意見ですが、海外へ去れば良いだけの話です。
生きたいのなら、他の選択肢は無いのでは?
投稿: Cowboy@ebino | 2012年2月25日 (土) 13時44分
私は 放射能は健康を害するかもしれないリスクのひとつだと思っています。
飲酒 タバコ ストレス 食品添加物 農薬etc・・・
どれも どれくらいから健康被害が出るか 人によってさまざまで 科学はそれを証明できません。
だからこそ 人は自分なりの価値観 基準をもって
飲んだり食べたり そして避けたりしてきたと思います。
その際 自分の基準を他人に押し付けたり いかにも総論のように言ったりはしませんよね?
自分が 農薬は体に悪いと思えば 無農薬のものを買うし 多少高くとも その理由がわかって購入していると思います。
ところが こと放射能となると話は別のようです。
今回の放射能基準値の引き下げは他のところも追随を始めています。ただひっかかるのは それが消費者サイドばかりを向いているのではないかということ。
その中に生産地 生産者のことを書いてあるのは
どれほどなものでしょうか?
消費と生産はお互いがあってなりたつものと思ってますが 生産者と消費者はどうなのかなと
生産者は最大の消費者でもありますから、消費のみをされる方の気持ちは理解している(つもり)です。
もちろん、消費者の方でも 生産者の気持ちをわかってくださる方もいます。
そのなかで 今回の基準値引き下げは 一方通告ではないでしょうか?
すべての消費者の理解など 得ようとは思いません。
自分ができる最良の選択でベストを尽くします。
自分の中の基準値で 判断します。
それが まだ定まらないから 不安はいつまでたっても
収まらないのです。
投稿: みずほ | 2012年2月25日 (土) 17時37分
すみません
私のコメントは
大手青果流通の~にのせるべきものでした。
投稿: みずほ | 2012年2月25日 (土) 18時45分
食品の500bq/㎏は全面的に核戦争になった場合の飢餓を防ぐ為の数値と私は認識しています。
福島の方々には特段の手厚い配慮があって然るべきではありますが、人体に危険と思われるものは、出来るだけ0リスクに近づける事に賛同いたします。むしろ1年間も500bq/㎏も続いた事に憤りすら覚え100bq/㎏でも桁が違うと感じているのは私だけでしょうか?
人間の頭は原発事故だから500bq/㎏でも、しょうがないと納得しても、体は原発事故には合わせてくれませんので。(60年代の核実験の影響はありましたが、3.11直前は日本産出0.08bq/㎏平均・チェルノブイリ事故直後の日本産出0.8bq/㎏平均)
私はウクライナ原発事故で周辺住民が3年後から平均寿命が7歳落ちた事に不可解さを感じております。なぜなら大人が自殺するのでは(年齢にもよりますが、)相当に7歳も平均寿命は下がり得ないと考えているからです。それでは子供が自殺は(年齢にもよりますが、)しない訳で。
これだけ雨で促進されて土壌を汚染した今の現状では、居住は厳しいと思われます。
多くの放射線管理区域よりも高い数値が現在の現実ではありませんか?
セシウム137の物理的半減期=30.1~.3年セシウム137の環境的半減期=130~300年と言うチェルノブイリ事故からのデータも聞かれます。環境下では必ずしも机上の理論通りには行かないと言うことだと思います。因みにストロンチウムは物理的半減期とほぼ同じく環境的半減期を迎えているそうです。
投稿: 意見の別れる | 2012年3月16日 (金) 06時51分