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ひとのあかし

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「食べる」という行為は、人間の本源的な行為です。そこには、作る人とそれを受け取って食べる人が存在します。 

私はこの結びつきを長年「提携」といったり、「産直」という言葉で現してきました。こちらの思いを込めて食べ物を作る、そして届ける。食べ物の背後に畑や家畜、そして私たちの顔を思ってもらう、これが私たちの理念でした。 

この結びつきは、3.11以降急激に弱まり、今や崩壊の危機に瀕しています。 

というのは、この「結びつき」(絆といってもいいですが)は、「安全・安心」を中心にして作られていたからです。 

微量の化学物質も使用しない清らかな大地に種を播き、化学汚染のない生産物を作る、まさにこれがよりどころだったわけです。 

このような中で、私たちはアトピーがよくなった、化学物質過敏症が和らいできたなどの嬉しいお母さんたちの声を聞いてきました。 

これが私たちのなによりもの励ましであり、誇りでした。 

これが一挙に崩れ去ったのが3.11でした。福島第1原発事故による3波の放射性雲は私たち東日本の農地を広範に汚染しました。 

ある意味、化学物質などは手ぬるく見えるようなやっかいで危険な物質が降り注いだのです。しかも長期に残留する。 

私たちがよりどころにしてきた「安全・安心」はもろくも崩れ去りました。それは「安全・安心」を求めて食べてくれた消費者の層と、放射能を恐怖する層はまったく同一だったからです。 

安ければどんな食品でもいいという階層は比較的早く復活しましたが、この「安全・安心」を求めた消費者たちは、いかに線量が低いと言われても二度とこちらを振り向こうとはしませんでした

私たち有機農産物や環境保全型農産物を作る農家はこれにより巨大な打撃を受けました。支持してくれる消費者層がほぼ消滅してしまったからです。 

苦闘の日々を送りながら、私たち産直を中心にしていた農業者は根本的に考え方を変えるしかないと悟りました。 

3.11以降の私にとって、「安全・安心」だけが価値なのかという素朴な問い直しが心から離れた日は一たりともありませんでした。化学物質を使わない、それだけが価値なのか、と思いました。 

そして昨年夏頃、放射能と闘う私たちのもとに、「放射能には天敵がある」という驚きの科学的発見が届けられました。 

東日本の土壌中に広く存在する関東ローム層の粘土質土壌はマイナス電荷でセシウムを強力に吸着します。 

堆肥中の植物質成分である腐植物質もまた電気的吸着をします。土壌生物も土を摂取して体内にセシウムを取り込みます。 

そして福島県の土壌に大量に存在するゼオライトはセシウムの物理的な封じ込めをする地上最強の物質でした。 

これらは実は放射性物質の「天敵」だったのです。 

この発見に私は目を見開かされました。私たちが農業をし続けていくことこそが「除染」なのだ、という認識を強くもったからです。

私たちは長年「土を作る」ということが、なによりもの作物作りだと考えて実践してきました。その「土を作る」という原点こそが、放射能に対し闘う有力な武器でもあったのです。

私の心の中に温かい思いが溢れてきました。ああ、自分たちがやってきたことが否定されたのではなく、正しかったのだという思いでした。

私たち農業は土を作るという行為を通じて、風景を作り、自然環境をよりよく保全してきました。

それはこの放射能との闘いにおいてもまったく同じ文脈だったのです。

「安全・安心」という一点でこれを理解していたならば、その理解は農業のうわっ面をなぜたにすぎません。

農業がなしている本質的な行為は、食料を供給することにを通じて、よりよい環境を創造していくことなのです。

一時的に多くの消費者は有機農業から去っていきました。それは、私たちがあまりに消費者目線によった「安全・安心」だけを強調してきた罰なのです。

もう一回農業の原点に立ち返る必要があります。それは誰がなんと言おうとも、オレたち農家がこの地上を耕し続けている限り地球は大丈夫だ、という自信です。

この自信をもう一回取り返そうと思います。もう見る影もなくズタズタになってしまいましたが、この自信がなくなったら私たちはもう農業者ではなくなります。

今日も土を耕す中で、いつの日かわかりませんが、また去っていった消費者に再会することもあるでしょう。その日を夢見ます。

農業とはひとのあかしなのですから。ひとが耕すことがその「あかし」なのですから。

「ひとのあかし」というすばらしい言葉は、この詩人に教えられました

福島在住の詩人  若松丈太郎 英訳アーサー・ビナード

       ひとのあかし

 ひとは作物を栽培することを覚えた
We humans, long ago, learned to grow crops,
ひとは生きものを飼育することを覚えた
 learned to raise animals too.
作物の栽培も
生きものの飼育も
 THe crops we grow, the animals we raise:
ひとがひとであることのあかしだ
 all living proof we're human.
あるとき以降
 Along the way, though, things changed.
耕作地があるのに耕作できない
 A field waiting to be planted,
but from now on, no crops must be grown.
家畜がいるのに飼育できない
 A barn full of animals,
but raising them just adds to the damage.
魚がいるのに漁ができない
ということになったら
 Fish are there in the sea,
but the fisherman's catch
 is no longer fit to eat...
ひとはひとであるとは言えない
のではないか
 which is where we stand.
What makes us human?

■写真 雪の下の梅のつぼみ。なんか身につまされます。

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コメント

先週のサイエンスZEROの解説によると、今もっとも問題になってる放射性セシウム量って134・137を合わせても5Kgほどだと試算していました。
えっ、たったそれだけでこの騒ぎになるほど広範囲に汚染されるんか…と、拍子抜けしたというか、放射性物質の恐ろしさを改めて感じました。
もちろん他の核種もあることでしょうが、除染もしくは「封じ込め」と、膨大な汚染土壌の処理も技術次第で大幅に減量できるのではないか!
と考えさせられました。


不充分な調査とはいえ、健康調査から考えても
「福島はチェルノブイリ以上だ」なんて未だに言い続けている人たちが理解できません。

原発への賛成・反対などとは全く別で低次元な話です。

投稿: 山形 | 2012年2月22日 (水) 10時03分

昔から思っていました。
百姓が畑や田んぼで作物を作るからこそ
街の人たちは金儲けしていればいいのだと。
儲けた金で食べ物を買えばいいのだから。
もし百姓が作らなくなったら・・・
たちまち街の人たちは飢えるでしょう。
人の畑のものだって盗むでしょう。
食べて生きるために。
百姓は尊い仕事である。
命の源を作り出す尊い仕事である。
百姓を親に持つ私は、そう信じています。
それが例え、東北であろうと
北関東であろうと 福島であろうと。

ふくしまより、エールを送ります。
何も出来なくて、ごめんなさい。

投稿: sasa | 2012年2月22日 (水) 13時27分

農業者の普通の営みが、時間は掛かるにせよ放射線と言う怪物を取り除く(減少させる)事につながる・・・と言うのは本当に素晴らしい事です。農業に携わる者として、勇気が湧いてくる本日の記事でした。

北関東の農業者は「四面楚歌」の状態であると想像しています。農業は作物を作り・収穫する事ですが、農業経済は販売して成り立ちます。その販売時点で、いくら計測して検出限界以下や、国の基準以下だと言っても、手にとってくれない・・・こんな情けないことはありません。
選択権は消費者(購買者)にありますが、昨日の記事のように流通業者がシャットアウトしてしまえば、選択の幅も狭くなります。
ガレキ処理もそうですが、正しく怖がり、安全が確保でき得るものなら、ともに力を合せ復興に向かってほしいと願っています。
チョット記事とずれてしまいました。

投稿: 北海道 | 2012年2月22日 (水) 16時32分

「ひとのあかし」は、
福島県南相馬市の詩人若松丈太郎さん(76)の詩に、
アーサー・ビナードさんが英訳をつけたものです。
http://www.47news.jp/CN/201202/CN2012021801001560.html

投稿: コンタン | 2012年2月23日 (木) 11時16分

コンタンさん。ありがとうございます。加筆して訂正しました。

投稿: 管理人 | 2012年2月23日 (木) 12時25分

こちらの記事を読んで、涙しました。

今年に入ってから、ずっと福島のお米を購入してます。

すごくおいしいです。

応援しています。

投稿: よしりん | 2012年2月23日 (木) 23時38分

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