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有機農業とはよりよい調和を作る仕事です

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ニックさん。まぁまぁそう思わないで下さい。

浅薄なんてまったく思っていませんよ。特に今の日本の農業者に必要なことはフランクな話をすることです。 

今、東日本の農業者のガードはものすごく高くなっています。理由は分かりますよね。例の風評被害です。まさに「風の評判」でいつまで吹き続けるンだといったかんじです。 

慣行農法のほうはそれでもひと頃より大分よくなってきたのですが、未だ有機農業には強い風当たりがあります。 

それはおっしゃるように「安全・安心」ということを売り物にしてきたからです。それが原発事故で大きく揺らぎました。いや、揺らいだなんて生易しいものではなく、崩壊したような気分すらしたことがありました。 

私が提携しているある有機農産物流通など、社員の夫婦が6所帯も西に逃げたなんて話を聞くと、「おい、じゃあ、畑かついで逃げられないオレなんてどうするんだよ」、なんてガックリします。 

なんせ、親しくしていた元担当者が、赤子を背負って西に逃げよった。ひとことくらい挨拶してけってんだ、などとぶつぶつ言っています(笑)。 

まぁ、「私アブナイ関東には住めません」なんて言いにくいだろうけどさ。 

さて、3.11から私も鈍い頭で考えました。今まで言ってきた「安全・安心」という論理だけで有機農業を語ってきたのは、どこか間違っていたんじゃないか、って。

「安全・安心」って非常に分かりやすいので、今まで20数年そう言い続けてきたわけですが、ちょっと違うんじゃないか、と。 

だって、消費者の皆さんの放射能に対する脅威の水準はどんどん低くなるわけで、今や先鋭な消費者の間では、「5ベクレルあったら買わない」などということがささやかれているわけです。 

いわゆる「ゼロリスク」ですね。このゼロリスクを求める人と、今まで有機農産物に「安全・安心」を求めてきた人の層はほぼ重なっています。 

しかし、私たちはゼロリスクには対応不可能です。 

ひとつは言うまでもありませんが、外部から来る福島第1原発からの放射能です。これは大分減りましたがゼロではありません。 

そして見逃してしまいがちなのですが、今一つは自然放射能です。関東では年間で1.5ミリシーベルトくらいあります。関西はもっと高いですね。 

それは地中にもあって、代表的なものがカリウム40です。ほうれんそうなど210ベクレル/㎏もあります。これだけで規制値の倍です。大根など70ベクレル /㎏。(「現代農業」10年8月号) 

ね、すごいでしょう。これは関東だけではなく、地球上、いかなる地域も地殻がある以上一緒です。数値は上下しますが。日本は北米や南米、インド亜大陸よりはるかに自然放射能は低い地域です。 

今の食品規制値はセシウムですからあまりとやかくは言われていませんが、もし自然放射能も含めるとなると地球上で作物を作れる場所は海以外になくなります。 

なんで私がこんなことを言い出したのかというのは、「ゼロリスク」など地球上にはないということです。ないものねだりだということです。 

しかし、地球というのはよくできているもので、新たに発生した人工的放射能に対しては防御する力をもっているのです。 

ある放射性物質の新たな攻撃といいますか、侵入に対して地中で防御して、もとの環境に戻してしまう働きがあります。

生物学者の福岡伸一さん風にいえば動的平衡ですね。有機農業風にいえば拮抗作用です。

代表的なのが、土中に多くある粘土質土壌です。これはマイナス電荷をもっていて、プラス電荷のセシウムを面白いようにピタピタとくっつけてしまいます。 

次にスゴイのが地中の腐植物質です。落ち葉や木質の発酵分解したものですが、これも電気的セシウム・ホイホイの役目を果たしています。

三つ目は土中生物や微生物です。彼らはミミズや地虫、バクテリアや微生物の類ですが、土をパクパク餌として取り込む時に一緒に放射性物質も食べてしまいます。

食べたものは一部が排泄されてまた食物連鎖下位の土中生物が食べ、そしてだんだんとセシウムは減っていきます。

これでもまだ逃げているセシウムがいるわけですが(遊離セシウムといいます)、これは土壌改良材として土栗に利用されていたゼオライトという粘土質資材がガチッと捕捉してしまいます。

ゼオライトには、それはそれは小さな孔があって(細孔)、なんとそれがセシウム分子と偶然にも同じサイズなのです。そしてコロコロとセシウムがその細孔にころがって満杯になると、ズーンとその孔が閉じてしまうのですからむごい。シーニング現象と言います。

このゼオライトのセシウム捕捉は他と違って物理的吸着ですから、電気吸着よりはるかに強いわけです。

このように土中のさまざまな物質や生物は新たな人工放射能に対して防衛して、自らの営みを通して再生する働きをしています。

そしてもうひとつ忘れてならないのは、人間が行う「耕す」という営みです。セシウムは地表5㎝にだいたい集中して存在していますから、これをロータリーで攪拌してやれば希釈されることになります。

私の実測では、耕耘前と後では多い場合10分の1にまで放射線量は低減されました。

つまり、人工放射性物質はヒトが耕耘することで希釈し、土壌物質や生物によって吸着されていくんですね。これを知った時には,、私はジーンとなりましたよ。

なにもクソ高いプルシャンブルーだ、なんとか化成のセシウム除去剤なんかを使わなくとも、今まで私たちがやってきたあたりまえの農業のやり方でよかったんだ、と思いました。

特に「有機農業」だなんて言わなくとも、まっとうに土作りをしている農地は時間はかかっても確実に線量が減っていきます。

そういう意味で、農業は放射能の最前線で闘って地域の放射線量を減らす重要な働きをしているのです。

去年作物を作らない福島の農家が妙に消費者にもてはやされましたね。私はその時うまく言えないが、どこか間違っていると思いました。

農家が耕さなくなったら負けじゃないですか。農家としてのなにか大事なものを捨てたようなものじゃないですか。

そうなんです。耕さないということは放射能との闘いをあきらめたことでもあるのです。

耕すことにより、地中で一生懸命に闘っている土壌物質や土壌生物により希釈された環境という支援を与えているのです。

私たち人間は放射能に対して孤独ではないのです。地球上のあらゆるものが味方してくれています。

それがおぼろに分かってきた時、私は「安全・安心」、化学物質を使わないということだけで有機農業を考えるのは止めました。

有機農業とはたぶん、土中のハーモニーを大事に思って、それを人が少しだけ手助けすることでもっとよい調和を作り出すことだと思います。

人だけでなんとかしようと思わずに、うまく土壌や土壌生物とつきあって調和のある「土」を作ることです。

それによって「安全・安心」になるのであって、それは結果であって原因ではないのです。

この10か月失くしたものはたくさんありますが、得たものも負けずにたくさんあります。その得た最大のものは、私たち人間は孤独ではない。さまざまなものによって支えられているんだということが分かったことです。

それが私の「絆」です。

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コメント

規模や分母が違うので、同じには、論じられないでしょうが、「原子の火」は、安全か危険か。
危険を否定できない、安全を明言できないから、避ける・拒むというのは、火を怖がって、それを利用しないということと同じかも知れません。
代替エネルギーが確保できていれば、原子力は使わないという方針も無理ではないでしょうが、医療機器などに使われている放射線を利用しないわけにはいかないでしょう。
これって、ある程度の被曝を覚悟して、検査・治療に同意しているわけですよね。

低線量被曝による人体への影響が、まだはっきり分かっていないことを怖がることは、理解できますが、危険(そう)なものを徹底排除する、ゼロリスクにすることだけでは、済まされない医療機器の現状については、あまり、声高に仰らないゼロリスク論者が多いような気がします。

調和、ハーモニー、良い言葉です。
これは、土壌だけの話ではなく、人類にも当てはまることですね。

投稿: Cowboy@ebino | 2012年2月 1日 (水) 13時51分

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