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2012年3月

JAXAがすごい放射能計測機器を開発した!

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これはすごい機器が現れました。JAXAの開発した超広角コンプトンカメラです。

これは天文衛星に搭載される予定だったガンマ線観測センサーを応用して、地表のガンマ線分布を瞬時に計測する観測機器です。

これは実際に測定をやった者ならこのすごさがわかります。測定のたいへんさはともかく地を這う如しで、地表面をスペトクロメータを持って這いずるつらさです。一日やると背筋がおかしくなります。

しかも樹木や屋根の高い部分には登るしかありません。一度屋根の樋を測定したときに、震災で緩んだ屋根瓦が崩れて死ぬかと思いました(笑)。

また、一カ所一カ所やるしかないので、たいへんな手間です。私がやっている測定作業だと10アール5カ所で30分はかかります。それでもかなり早くなったんですよ。

これを瞬時にやってのけるというのだからスゴイの一語です。一般人が所有できるものではないでしょうが、量産すれば価格は段違いに安くなります。

ガイガーカウンターなど、私が買った去年3月にはロシア製だと8万円はしましたが、今や7000円で国産の優れたものが買えます(泣)。

政府はさっそく実用化にめどをつけて、量産体制をとって福島、茨城、千葉、栃木、群馬、東京などの自治体に配布してください。

こういう時には、技術大国に住んでいてよかったと思います。

JAXAプレスリリース
超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験について

平成24年3月29日
宇宙航空研究開発機構
日本原子力研究開発機構
東京電力株式会社

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、次期X線天文衛星ASTRO-Hに搭載予定のガンマ線観測センサの技術を応用し、ガンマ線を放出する放射性物質の分布を可視化する新しい装置「超広角コンプトンカメラ」を試作しました。この装置は、広い視野(ほぼ180度)と核種に固有なガンマ線を識別する能力を生かして、敷地や家屋に広く分布したセシウム137(Cs-137)やセシウム134(Cs-134)について画像化できることから、サーベイメーター等を用いた人力による従来の調査では困難であった、屋根などの高所に集積する放射性物質も画像化することが期待されます。(添付資料1)(0.6MB)

 本年2月11日、JAXAと日本原子力研究開発機構(JAEA)並びに東京電力株式会社は、計画的避難区域に指定されている福島県飯館村草野地区において「超広角コンプトンカメラ」を用いた線量測定及び撮像試験による実証試験を実施しました。撮像試験の結果、従来のガンマカメラに比べ格段に広い視野での放射性セシウムの分布の高精度画像化に成功しました 今後、JAXAとJAEAは、東京電力株式会社の協力のもと「超広角コンプトンカメラ」を用いた放射性物質の除染作業等について、実用化に向けた検討を進めます。

添付資料2)(1MB)
http://www.jaxa.jp/press/2012/03/20120329_compton_2.pdf

Jaxa_002

東京電力福島第1原発事故で放出された放射性セシウムの分布を可視化できるカメラを宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発し、29日に発表した。宇宙技術を応用し、放射線量が局所的に高いホットスポットを簡単に判別でき、除染の効率化が期待される。

 中性子星などが放出するガンマ線を観測する天文衛星用センサーを応用した。地上を数十分間、広角で撮影すると、セシウムが放出するガンマ線に反応して放出源が画面上に表示され、ホットスポットを高い精度で特定できる。 

 東電などと共同で2月、計画的避難区域に指定されている福島県飯舘村のスーパーや山林などで試験した結果、建物脇の溝や路面の継ぎ目などのホットスポットを、その場で見つけることに成功した。 

 開発したJAXAの高橋忠幸教授は「広い視野でセシウムの分布を短時間でとらえる画期的な技術だ。福島県内の除染に役立ててほしい」と話した。 

 このセンサーは平成26年度に打ち上げ予定のX線天文衛星「ASTRO-H」に搭載される。産経新聞3月30日

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原発周辺地域の新米を「汚染予備軍」として囲い込んではならない

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先日、ある信頼する人からこう言われました。
「重症の人とまだ歩ける人は違う」。

「重症の人」とは福島農民であり、「まだ歩ける人」というのは私たち茨城農民のことです。

これが福島農業に手厚い支援をしている人から言われたので、当日は一日ふさぎ込んでしまいました。

やはりそういうことなのだ、と。怒りではなく、「茨城であることの不幸」とでも言ったらいいのでしょうか。

私は福島県原発周辺に生きる農民と私たちを較べて考えたことはありません。あまりに隔絶した困難に立ち向かっている彼らを、農民の仲間として声を限りに応援するだけです。

私がみずからの土地を「被曝地」とあえて呼ぶのは、もう放射能のことなど忘れたいわが地元の流れに抗してでも、自分たちもまた一緒の「被曝地農民」なのだ、だからガンバレ、絶対に最後まであなた方を見捨てないという気持ちがあったからです。

福島県は複雑です。内陸部の会津地方は、「被曝地」という言い方自体に拒絶反応をするでしょう。実際、会津地方の線量は私たちの茨城より低いくらいだからです。

しかし、「福島米」、「福島農産物」で一括りに苦戦しています。当然反発もあるでしょう。一緒にされたくはないでしょう。

それは暫定規制値が改訂されるという時の対応でも分かります。福島県内陸部、そしてわが茨城県などは、もっと下げてほしいのです。

基準値を下げてくれることで、消費者が安心感をもってくれれば嬉しいのです。落ち込み続けている販売も多少盛り返すかもしれません。

しかし、内心一点の曇りもないかと問われれば違うはずです。

私たちは原発周辺地域の農民の苦闘を知っています。基準値を下げるということが、私たち周辺部の農民にとっては益であっても、彼らを囲い込み、孤立させ、そして再開のあてを失わせることを知っているからです。

農水省は今日100BQの出た地域の去年できた新米を、民間会社を通じて全量買い上げることを決定しました。今年の新米も同じ買い上げをすることになるでしょう。

どうするつもりか分かりません。廃棄するのか、測定して加工用にでもするのか、いずれにせよ一般の食卓には乗ることはないでしょう。

これでいいのですか、と私は問いたい。

これで農民の農民たる魂はなだめられるのですか。財布は賄えても、心はどうするのですか。

彼らの手塩にかけた米は「汚染米予備軍」で隔離せねばならないのですか、と。

心がなくなった農民はただの耕作ロボットだ。こんなことを何年やかやっていくうちに、「汚染米」農家は農家ではなく単なる金だけで米を作るロボットになるのです。

これでいいのですか!

私たちは、今年もまた自分を「被曝地農民」として我が身を処していきます。それは福島第1原発周辺の農民へのメッセージです。

「被曝地」農民として共に闘う、という私たち茨城農民の意思です。

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国連科学委員会報告書 チェルノブイリ事故についての放射線の影響評価(要旨)全文

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国連科学委員会UNSCEARは、チェルノブイリ事故の健康被害を調査する目的でつくられた世界で唯一の国際機関です。

ICRPが原子力施設の放射線に対する保安に対して作られた機関であるために、時として「国際原子力村」という非難を受けてしまいがちですが、国連科学委員会はそれと性格を異にします。

グリーンピースがいうガン死亡20万人説や、マーチン・トンデル氏やバンダジェフスキー氏の唱える低線量内部被曝が大量の小児ガンや心筋梗塞、あるいは「チェルノブイリ・ハート」を発症したとする説は公式に退けられている、という国際的事実をご確認ください。

ただし、私は今回の福島第1原発事故の健康被害がないとか、晩発障害は起きないとか言っているのではありません。

ありえるかもしれません。そのために被曝地の児童、妊婦、女性を中心にした10年単位の長期間健康モニタリングと診断体制の早期構築が必要です。

ただし、ECRRが言うような「福島で40万人がガンになる」というような極端な説は明らかに為にするものであると考えます。

まずはよくまとまったレポートですので、国連科学委員会の報告書(2005年・全文600頁)要約のご一読をお勧めします。53万人もの追跡調査の詳細な結果が分かります。

低線量被曝をいわねばなにも始まらない風潮がこの国を覆っています。言わなければ「悪者」、「東電の回し者」呼ばわりされます。落ち着いて、国際的な科学認識を読んでから始めませんか。

                 ~~~~~~~~

チェルノブイリ事故についての放射線の影響評価(要旨の日本語訳)

UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)UNSCERhttp://www.unscear.org/unscear/en/chernobyl.html

概要 

1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所原子炉の事故は、原子力発電産業においてこれまで起きた中でもっとも深刻な事故であった。原子炉は事故により破壊され、大気中に相当量の放射性物質が放出された。

事故によって数週間のうちに、30名の作業員が死亡し、100人以上が放射線傷害による被害を受けた。事故を受けて当時のソ連政府は、1986年に原子炉近辺地域に住むおよそ11万5000人を、1986年以降にはベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナの国民およそ22万人を避難させ、その後に移住させた。

この事故は、人々の生活に深刻な社会的心理的混乱を与え、当該地域全体に非常に大きな経済的損失を与えた事故であった。上にあげた3カ国の広い範囲が放射性物質により汚染され、チェルノブイリから放出された放射性核種は北半球全ての国で観測された。

ベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナの住民の間では、2005年までに、事故当時被曝した、6000を超える小児および思春期の子供たちの甲状腺がんの症例が報告された。今後10年の間に、さらに症例数が増えることが予想される。検査体制が強化されていたにも関わらず、そういったがんの大部分は、おそらく事故直後の放射線被曝が原因であった可能性が最も高いだろう

この増加傾向とは別に、事故から20年を経ても放射線被曝を起因とする公衆衛生上の大きな影響があったという証拠はない。全般的ながんの発生率あるいは死亡率、または放射線被曝と関連があるかもしれない非悪性疾患の増加に対する科学的証拠は存在しないのだ。

一般住民の白血病発生率は、固形がんと比べて被曝から症状が表れるまでの時間が短いと予想されるために大きな懸念材料のひとつとなっているが、上昇している傾向は見受けられない。最も高い線量に被曝した人はそれぞれ放射線にまつわるリスクが増大する可能性が高いが、大半の住民はチェルノブイリ事故による放射線による深刻な健康上の影響を受けることはなさそうである。

放射線被曝とは関係のない、他の健康上の問題が人々の間には多数あるということが知られている

放射性核種の放出

チェルノブイリ核原子炉の事故は、電気制御システムの実験が行われている際に、原子炉が定期点検のため停止されつつある状態の時に起きた。作業員が安全規定を守らず、重要な制御システムの電源を切り、もともと設計に欠陥があった原子炉が不安定かつ低電力な状態に陥ってしまった。

電圧が急上昇したため原子炉容器が破裂するような水蒸気爆発が起こり、さらに激しく燃料と蒸気が反応し、原始炉心が破損、原子炉建屋は激しい損傷を受けた。その後に黒鉛が10日間激しく燃え続けた。このような状況下で大量の放射性物質は放出されたのである。

事故により放出された放射線を含むガスや粉塵は、はじめ西および北の方角に風によって運ばれた。その後の日々、風はあらゆる方向から吹いた。放射性核種の降下は、主に放射能雲通過の際によるものであり、それは事故の影響のあった地域全体、そして、程度は低いものの、残りのヨーロッパ全土にも複雑かつ多岐にわたる被曝のパターンをもたらした。(*上地図参照 引用者)

人の被曝

人々が被曝する原因となった原子炉から放出された放射性核種は、主にヨウ素131、セシウム134、セシウム137であった。ヨウ素131は放射能半減期が短いが(8日間)、空気や汚染されたミルク、葉野菜を摂取することで、比較的急速に人体に取り込まれる。

ヨウ素は甲状腺に局所的に蓄積されてしまう。乳幼児の甲状腺の大きさや代謝作用の他に、乳幼児が母乳、牛乳および乳製品を摂取することも関連があるが、通常、乳幼児の放射線の被曝線量は大人のそれよりも高い。

セシウムの同位元素は放射能半減期が比較的長い(セシウム134は2年間、セシウム137は30年間)。これらの放射性核種はその摂取経路、および地表の堆積物からの外部被曝によって、より長い期間被曝する原因となる。数多くの他の放射性核種がこの事故によって関係している。これも公開されたさまざまな評価の中で、影響が検討されている。

事故の影響を最も受けた人々の平均実効線量は、復旧活動に携わった53万人の作業員では約120mSv、11万5000人の避難民では約30mSV、そして事故直後から20年間汚染地域に住み続けた人々では約9mSvだと評価された。(ちなみに、CTスキャンを1回受けると通常9mSv被曝する)。

個々人の被曝の最大値は、それ以上の可能性もある。ベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナ以外のヨーロッパ諸国も事故の影響を受けた。当該ヨーロッパ各国の平均被曝線量は事故後最初の1年で1mSv未満であったが、その後、年ごとに著しく減少していった

ヨーロッパの中でも距離が離れたところに位置する国々での、この事故における生涯にわたる平均被曝線量はおよそ1mSvであろうと推測される。この被曝線量は、自然由来の放射線量から1年間に受ける被曝線量と同程度であり(地球全体の平均値は2.4mSv)、そのために放射線医学的に、影響があることはほとんどない

事故による影響を減らそうと奔走した人々や事故現場近くに住んでいた人々の被爆レベルははるかに高かった。これについては、UNSCEAR の評価でかなり詳細に再考察されている。

健康への影響

チェルノブイリ事故は、そのほぼ直後から深刻な放射線による影響を数多く引き起こした。1986年4月26日早朝に現場にいた600人の作業員のうち、134名は高線量の被曝を受け(0.8-1.6Gy)、放射線障害に苦しんだ。このうち28名が事故後3カ月内に死亡した。 その他19名が1987年から2004年の間に死亡したが、その死因はさまざまで、必ずしも放射線被曝と関連付けられるものではない

さらに、UNSCEAR の2008年リポートによると、53万人と言われている復旧活動に携わった作業員のほとんどは、1986年から1990年の間に、0.02Gyから0.5Gyの被曝を受けた。その作業員のグループは今でも、がんやその他の疾病のような、時間が経ってから出てくる影響の潜在的リスクにさらされており、彼らの健康は詳しく追跡される予定になっている

チェルノブイリ事故はまた、数百万人の人々が住んでいるベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナの各地域を広範囲にわたり放射線によって汚染することにもなった。放射線の被曝にさらされることとなっただけでなく、放射線被曝を制限するために、再定住化、食料供給の変化、そして個人や家族の活動制限という手段がとられたため、事故は、汚染された地域に住んでいた人々の生活も長期にわたって変えてしまった。のちに、このような変化に加え、旧ソビエト連邦が崩壊した際には、経済的、社会的、そして政治的に大きな変革をも伴うこととなった。

最近の20年間は、チェルノブイリ事故によって放出された放射性核種による被曝と後遺症の関係について、特に小児の甲状腺がんについて調査することに関心が集まった。

事故直後から数ヶ月の間に甲状腺が受けた被曝線量は、事故当時ベラルーシ、ウクライナ、そしてロシア連邦内の最も影響を受けた地域にいた、高線量の放射性ヨウ素を含む乳を飲んでいた小児または思春期だった子供たちの間で特に高かった。

2005年までに、この集団の間で6000を超える甲状腺がんの症例が診断された。これらの大部分は放射性ヨウ素の摂取に起因した。長期間にわたる増加は正確に数値化するのが難しいが、チェルノブイリ事故による甲状腺がんの発生率の増加は、今後何年にもわたって増加するであろうと予想されている。

高線量の被爆を受けた復旧作業に当たったロシア人作業員の間では、白血病の発生率が多少増加したという新たな証拠が現れてきている。しかし他の研究によると、放射線によって誘発された白血病の年間発生率は、被曝してから数十年のうちに低下するだろうと予想されている。さらに、復旧作業にあたった作業員に関する最近の研究では、比較的低線量の被曝によって目の水晶体の混濁が生じた可能性があると推測されている。

放射線障害から生還した106名の患者は、完全に健康が正常化するまで数年を要した。その患者のうち多数は、事故直後から数年の間に、臨床的に有意な割合で放射線によって誘発された白内障を発症した。1987年から2006年の間に、19名の生存者が様々な原因で死亡した。だが、このうち何名かは放射線被曝とは関係のない原因により死亡した。

©UNSCER若年時に被曝した人々の甲状腺がん発生率の急増と、作業員の白血病および白内障の発生率増加の徴候とは別に、被爆した人々の間で放射線による固形癌や白血病の発生率の明確な増加はみられていない。また電離放射線と関係のある非悪性疾患があるという証拠もない。しかしながら、実際に受けた被曝ではなく、放射線に対する恐怖による事故への心理的反応は広範にわたってみられた。

時間の経過とともにあらゆるがんが発生する率が増加したことを、チェルノブイリ事故に起因するものだとする傾向があるが、事故の影響があった地域では、事故以前にも増加はみられたということに留意すべきである。さらに、死亡率の全般的な増加はここ数十年の間に旧ソビエト連邦のほぼ全域で報告されており、このことは事故関連の研究の結果を解釈する際に考慮されなければならない

長期間の電離放射線の被曝によってもたらされる、人体へ遅れて起きる反応の評価は、高線量被曝や動物実験による研究の進展に大きく依存しており、現在解明されていることは限られている。

チェルノブイリ事故による被曝に関する研究は、長期間にわたる被曝がもたらす遅発効果について明らかにするかもしれないが、被曝した人々の大部分が受けたのは低線量の放射線であることを考えると、疫学的研究において、がんの発生率あるいはがんによる死亡率が増加すると断定することは難しいであろう

結論

1986年のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、その犠牲者にとって悲劇的な出来事であり、最も大きな影響を受けた人々は、多大な困難に苦しんだ。緊急事態に対応した人々の中には亡くなった人たちもいた。

幼少期に被曝した人々や、緊急事態あるいは復旧作業に対応した作業員の人々は、放射線に誘引される影響が増加していくというリスクに直面しているが、圧倒的多数の住民はチェルノブイリ事故からの放射線がもたらす深刻な健康状態を恐れながら生活する必要はない。

彼らの大多数は、自然由来の放射線の年間レベルと同じか、その数倍高い放射線量を被曝した。しかし将来的には、放射性物質が減るにつれ、将来受ける被曝線量は緩やかに減少し続ける。チェルノブイリ事故により住民の生活には著しい混乱が起きたが、放射線医学の観点からみると、ほとんどの人々が、将来の健康について概して明るい見通しを持てるだろう。

* 読みやすくするために適時改行してあります。太字、赤字は引用者です。 引用者

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産直は今岐路に立っています

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今まで産直を主体に農産物を扱ってきた消費者団体にとって、今が岐路だと思います。

産直とは、私自身30年間の人生の大部分をそれにかけてきたといえる流通形態です。

農産物を生産者や地域を特定できない一般青果市場から買うのではなく、「生産者の顔と畑が見える」ような指定した産地から買っていくという方式です。

そしてできる限り地場の農産物を食べることで、地場農業と消費者が垣根を作らない親しい関係を作っていくこともなされていきました。いわゆる地産地消です。

これを通じて、更に産地と都市消費者の交流の環も大きく拡がっていきました。

流通団体が巨大化していくに従って徐々に初期の熱気は薄れていきながらも、原則は「産直」という魂だということを忘れないという了解が双方にありました。

お互い立場や利害は違っても、相談しながらよりよい農産物を作っていこう、という信頼の積み重ねが30年間近く続けられてきたのです。

私はオーバーに言えば、「街」と「農村」が新しい生活と生産のスタイルの未来を築いていく21世紀のモデルになるとすら信じてきました。

しかし、これが大きく崩壊をしようとしています。もちろんその原因は、あの忌まわしい3.11と福島第1原発事故です。

これが震災だけならば、「街」の人々は壊滅的な被害を被った「農村」に一も二もなく救援に駆けつけたでしょう。

そして産直の連帯の気持ちはより深まったはずです。具体的に言えば、緊急の財政的支援やボランティア派遣、農産物の買い支えなども取り組まれたはずです。

ところが今回は違いました。いうまでもなく放射能問題が震災に重なったからです。

政府の最悪のリスクコミュニケーションにより、消費者の巨大な不信と怒りは最大の被害者であるはずの被災地・被曝地農民へと向けられました。

多くの消費者は枝野官房長官の、「直ちに健康に影響はありません」という言い方の背後に、晩発性障害が高い確率的でありえると読み取ったのでした。そう考えないほうがおかしい。

この最もやってはならないリスクコミュニケーションを、ひとりとして止めるたり修正したりすることなく枝野氏は、ためらうことなく何度となく繰り返し国民に発表したのでした。確か前後7回です。

蛇足ですが、私は福島第1原発事故処理失敗の3大戦犯は、菅首相、枝野官房長官、斑目委員長だと思っています。

こんな枝野氏が悪びれることなく、今度は経産大臣として原発再稼働の音頭をとるのですから笑止です。猿より反省しない男です。

それはさておき、これにより、東日本、特に被災地・被爆地の中心だった福島、茨城両県の農産物はかつてない風評被害にさられました。農家には自殺者も出ています。

その風評被害は夏頃には表面的には収まったように見えました。しかしそれはあくまでも「安ければどんな食品でもいい」という消費者階層に限ったことでした。

今まで産直を通じてこだわって農産物を選択してきた消費者層の多くは、氾濫する低線量被曝脅威説の強烈な支持者に変わっていきました。

彼女たちの多くは、「低線量内部被曝がこわいので東日本の農産物は拒否する」と叫びました。そしてECRRやパンダジェフスキー氏、筑波大元教授・生井兵治氏の「耕したらだめ」説で理論武装しました。
生井氏の説についてはここから。私は氏の説に強い異論があります。そのうち記事で取り上げます。
http://ameblo.jp/halo-usaco/entry-10931133579.html

その中には安全を求めて遠く沖縄、四国へ逃げた人たちも大勢います。ある有機農業流通団体では6名もの職員が疎開のため退職したそうですから、なにおかいわんやです。

彼女たちの要求は、下の欄外資料にあるように2点に絞られました。

被曝地東日本の農産物を取り扱わないでほしい。どうしても取り扱うなら西日本、九州、北海道の農産物も取り揃えて選択できるようにしてほしい。

❷低線量被曝しないために精度の高い測定器で全品測定してほしい

皮肉にも、長年消費者とのつながりを大切にして何百回という見学会、学習会をしてきた産直産地がこれにより大打撃を受けました。この打撃は1年たった今なお続いています。

その最大の被害者は、有機農業団体、エコファーマー団体、あるいは個人で有機農産物を販売してきた人々でした。

このようなめんどくさい産直交流の取り組みはしなかった団体のほうが、風評被害の収まりと共に回復していったのと対照的です。

このような彼女たちの声を反映して、消費者団体にいくつかの傾向が生まれました。

測定を強化する。おおむね検出下限値5bq/㎏以下。

❷産地指定をできるようにして、西日本などの農産物を選択できるようにする。

❸国の新基準値よりはるかに厳しい独自基準値を作る

東都生協はチェルノブイリ以降の長い時間の積み重ねから、徒に動揺することなく検査体制を強化し、国の暫定基準についてもこれを「がまん基準」として緊急的に受け入れていく姿勢をもちましたので、独自基準作りには進まないでしょう。

測定精度は1BQでも発表するという姿勢をもっていますが、産直体制は堅固に持続していくようです。

生活クラブ生協は、農産物はかなり前からJAに委託していたためもあり、測定体制の強化にとどまっています。

パルシステムは、内部に西日本の農産物の選択性に切り替えよという声もありながら、測定体制の強化をしつつ従来の産直体制を維持に苦慮しているようです。

大地を守る会は生協ではありませんが、日本有数の有機農産物流通団体として長年反原発運動をテーマに掲げてきました。キャンドルナイトはこの大地を守る会の発案です。

この団体は、自主基準と、関西セットの両者を取り入れました。この団体は生産者とのつながりをなににもまして大切にしていたので、正直に言って、私にはそうとうショックでした。

らでぃしゅぼーややオイシックスは、東日本も最低限維持しながらも、はっきりと西日本にシフトしたように見えます。この2団体は産直組織の色彩は薄かったので当然の流れだと思われます。

このように取り組みは個々とりどりです。そうとうに温度差があるように見受けられます。

これらの流通団体が今後どのような方向に進むか、私には分かりません。ただ、私は「産直の魂」だけは忘れないでほしいと心から願うのみです。

いずれにせよ、今が岐路です。結論はそう遠くない日に現れるでしょう。私たち被災地・被爆地農民は静かにそれを見守っています。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■食事の放射能、大半が非検出 生協連が237世帯調査
(朝日新聞3月27日)

日本生活協同組合連合会は27日、家庭の食事に含まれる放射性物質の量に関する調査結果を発表した。全国18都県の237世帯を調べた結果、福島・宮城両県の11世帯の食事から放射性セシウムが検出された。ただし同じ食事を1年間食べ続けたとしても、4月から適用される国の新基準で超えないよう定められた被曝(ひばく)線量(年間1ミリシーベルト)の14%以下にとどまった。

 調査は昨年11月から3月まで、福島県の96世帯を含む237世帯に、食事を1人分多く用意してもらう「陰膳方式」で実施。2日間の6食分をミキサーで混ぜ、ゲルマニウム半導体検出器で測定した。

 検出限界である1キロ当たり1ベクレル以上を検出したのは、福島県内の10世帯と宮城県内の1世帯。最も高かったのは11.70ベクレル(1キロ当たり)だった。内部被曝線量は年間0.019~0.136ミリシーベルトと推定され、新基準の2~14%だった。食材の産地や献立にこれといった特徴は見られなかったという。

 日本生協連の内堀伸健・品質保証本部長は「安全か危険かの評価をするのではなく、事実を受け止めて対策を考える材料にしたい」と話す。新年度も食事調査を続ける方針だという。

本当の放射能汚染地域|放射能,セシウム マップ,食材宅配

「【課題は、独自基準と西日本の食材】

3つの生協に共通する課題は、「独自基準の設定」と「西日本の食材の量」です。グリーンコープなどは、1キロ当たり10ベクレル以内の食品を販売すると公表したことで、消費者の注目を集めました。しかし、なかなか他の生協は後に続こうとしません。国の暫定規制値をそのまま提供するところが少なくないのです。

産地についても、東日本や関東の食品が多いです。せっかくしっかり放射能測定してくれていても、西日本産や、九州産、北海道産などのお米や野菜が指定・選択しづらいのは残念ですね。産地指定、産地限定のサービスについては、「オイシックス」や「らでぃっしゅぼーや」など、他の食材通販の会社が結構がんばっています。」

*生協関係の消費者ブログです。太字は引用者です

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コープふくしまの勇気ある訴え  新基準は福島の農家に農業を続けるな、と言っているに等しい!

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コープふくしまが気を吐いています。 

福島第1原発事故以来、厚労省の消費者窓口の電話は鳴りっぱなしだったそうです。首都圏にある生協や有機農業流通団体もそうです。 

ある窓口担当者は、「なんと説明しても、いかに検出されていないと言っても納得してもらえない」とこぼしていました。それが一日多い時で数千件来るのですから、回線がパンクしてしまいそうだったそうです。 

とうぜん、現地福島の生協、コープふくしまの電話も鳴り続けたことでしょう。 

コープふくしまの対応は、福島現地の生協団体として注目されていました。私はおそらくは自主基準作りに行くのではないか、と考えていました。 

まず、5bqが計れるような精度の高いゲルマニウム半導体測定器を買い込み、じゃんじゃん測る。と言っても、低線量は1検体40分くらい時間がかかりますが。

次に暫定基準値がコメで500bq/㎏ならば、一挙に10分の1にまで下げてしまって50bq、いや20bqくらいまで下げてしまう、これが特効薬です。 

そしてわが団体はこんなに厳しい基準値を設定しました。安心して下さい、と消費者会員に訴える、これが「安全・安心」を掲げてきた団体のとるオーソドックスな方法です。 

しかし、この私の悲観的な予測は大きく外れました。暫定基準値をめぐる文科省での12月12日第122回放射線審議会に出席したコープふくしまの代表は、驚くべき発言をしました。 

新基準が施行されれば広範な田畑が作付け制限を受けることは必至です。福島の農業が壊滅的打撃をうけることになる。これは、豊かな農業県でもある福島復興の道を閉ざすことに等しいです。福島に生き生活するものとしてとうてい容認できません」。 

おお、よく言った!まさに勇気ある発言とはこのことです。 

これを言う時に、コープふくしまの佐藤理・理事の手には汗がにじんでいたことでしょう。。 

安易に消費者団体として「消費者の立場」に立つという視点から、「地場農業を防衛する」という立場に軸足を動かしたからです。 

そもそもこの文科省の審議会自体が、新基準値を認めるための形式的なセレモニーにすぎませんでした。 

既に厚労省は10月31日から12月22日までたった3回の審議会でさっさと新基準値を決めてパブリックコメントの受け付けまで開始していました。しかし最後に、文科省の放射線審議会のお墨付きが必要だったわけです。 

この最後でコープふくしまが叫んだのです。「反対である。これでは福島農業は潰れる」と。 

コープふくしまほど誠実に放射能と闘った生協はないでしょう。店舗で簡易計測して見せるなんてチャチなパーフォーマンスではなく、各家庭の除染、田畑の浄化などを率先して行ってきました。 

もっとも有名な取り組みは「陰膳」運動です。これは、組合員にもう一食分多く作ってもらって、この「陰膳」を計測してみようという運動でした。ネーミングも洒脱です。(縁起が悪いという声もあるかも)。

福島県の食材を中心として、2日間6食分を均一に撹拌してそのうちの1kgを試料とします。いちばんリアルな被曝値がでる方法です。 

その結果、現在までに測定が終了した27家族の食事の計測の結果、放射性セシウムが検出限界の1Bq/kgを超えたのは4家族しかなく、最高値も11.7Bq/kg(セシウム134が5Bq/kg、セシウム137が6.7Bq/kg)だったことが分かりました 

これは佐藤理事によれば、その被ばくの程度は放射性カリウムの変動の範囲内であり、京都大学医学研究科の調査も同様に低い数値をしめしていると述べました。(欄外参照) 

コープふくしまは、これらの「陰膳」実測数値を上げて、「現行でも、内部被ばく線量が著しく増加する状態にはありません。現在の暫定規制値を改訂する合理的理由はまったくない」と発言しました。 

ではなぜコープふくしまは新基準値は「福島県の農業が潰れる」と言うのでしょうか? 

それはコメの新基準値をみればわかります。100bq/㎏です。この4月から施行される新基準値はいきなり500bqを100bqにまで下げました。いかなる経過措置もなく、いきなりです。 

この100bqは、コメへの移行係数が0.1ですから、1000bq以上の田んぼには作付けが不可能になってしまいます。 

現実には、去年の暫定基準値500bqを目安に作ったコメからは、意外なほど低レベルな放射線量しかでず、移行係数は0.1よりはるかにケタ違いに低いものであることが実証されました。

ただし、多くのホットスポットがあることも、県の安全宣言以後にひんぱんに出た基準値を超える事件でわかったのも事実です。

今まさに今年のコメの作付けのための苗作りが活発に行われていますが、多くの農家はとまどいと恐怖の中で作業を進めています。

新基準値を超えないためには、福島県のすべての田畑を事実上1000bq以下で揃えねばならないからです。はっきり言いましょう。不可能です。

特に、警戒区域や計画的避難区域、そして周辺部の自主的作付け放棄をした地域の農家にとって対応不可能です。

この作付け不可能ゾーンは、避難区域から更に内陸の伊達市、福島市、二本松市、東和町、西郷村といった地域へも拡がるでしょう。ほぼ福島の3分の1の農地が不安定なゾーンになるわけです。

この人たちは最大の原発事故の被害者です。精神的にも経営的にも壊滅に等しい打撃を受けた人々です。この人たちにコメを作らせない、そう宣言したのが新基準値なのです。

おそらく新基準値作りになんの相談にも預からなかった農水省は、去年に懲りて田畑の条件の再設定を行い、栽培方法も指導すると思われます。また超えてしまった場合の、賠償についてもJA福島と協議しているようです。

しかし、それはあくまでセーフティネットでしかありません。

コープふくしまの佐藤理事はこの農民たち、つまり原発事後の最大の被害者の側に立ってこう言いました。

新基準は、福島の農家に農業を続けるな、と言っているに等しい。新基準値になってしまうと、農業者のやる気をそぐことになる。補償金では購えません。作らなくてもお金が入ると、心の荒廃が進みます」。

私はこの発言にひとりの農家として感動すら覚えました。そう金だけではないのです。心です。最も問われなければならないのは、農家の心の荒廃なのです。

コープふくしまは、あえて消費者の「安全・安心」という側だけに立つのではなく、もう一歩進めて地場農業が消費者の財産なのだ、これが危機にある今こそ救わねばならない、という産直の原則を思い出させてくれました。

この時期、ゼロベクレルを言うことは簡単なことです。1ベクレルでも危険だと叫ぶ一部消費者に迎合するのはたやすいことです。

本当にたいへんなことは、危機にさらされている最大の被害者の農業を守ることです。

ありがとう、コープふくしまはおそらく消費者団体の異端になるでしょうが、私たち農家はあなた方の温かい心を忘れない。最大の危機に立つ今、差し伸べられた手の温もりを忘れない。

 

■写真 霞ヶ浦の水門です。ちょっと見える桟橋にはミニ灯台(標識)が立っています。遠くにみえるのは霞ヶ浦大橋。

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京都大学医学研究科環境衛生学分野「福島第1原発事故による放射能拡散の調査」 

福島県成人住民の放射性セシウムへの経口、吸入被ばくの予備的評価

小泉昭夫、原田浩二、新添多聞、足立歩、藤井由希子、人見敏明、小林果、和田安彦、渡辺孝男、石川裕彦

【目的】 本研究では福島県成人住民の、環境を通じたセシウム134、セシウム137(放射性セシウム)への経口、吸入被ばくを評価することを目的とした。調査期間は2011年7月3日より11日であった。

【方法】 成人1人の1日量の食事を代表するような55セットの食事(水道水を含む)を福島県内の4地域の商店で購入した。また地域で生産された牛乳(21試料)、野菜類(43試料)を購入した。同時に12地点において、大容量空気捕集装置を用いた大気中エアロゾル採取を行った。

対照となる19セットの食事を京都府宇治市で2011年7月に収集した。セシウム134、セシウム137濃度はゲルマニウム半導体検出器を用いて測定した。

【結果】 福島県では55セットの食事の内、36セットで放射能が検出された。京都府では19セットの内、1セットで検出された。預託実効線量の中央値は3.0マイクロシーベルト/年であり、最小値は検出限界以下(1.2マイクロシーベルト/年以下)、最大値は83.1マイクロシーベルト/年であった。

牛乳、野菜類のうち、暫定基準値(牛乳200ベクレル/キログラム、野菜類500ベクレル/キログラム)を超えたものは無かった。大気粉じん(ダスト)の吸入による実効線量は9地点で年間3マイクロシーベルト以下と推定されたが、損壊した原子力発電所から半径20キロメートル地点の近傍では比較的高い線量を示した(飯舘村:年間14.7マイクロシーベルト、浪江町:年間76.9マイクロシーベルト、葛尾村:年間27.7マイクロシーベルト)。

【結論】 福島県内での経口、吸入によるセシウム134、セシウム137への被ばくが認められたが、総じて、基準値以下であった。

日本農業新聞1月12日

「(新基準値に反対して)消費者にとってのメリットは実はない」
「放射性物質は、ない方が良いに決まっている。消費者の安心を得るためには見直しが必要だという議論なのかもしれない。しかし、日本の放射線防護の基本的な考え方は、現存被ばく状況にある地域で経済活動を成立させ、住み続けられることを実現することのはずだ。」(コープふくしま 野中俊吉専務理事)

■ 丹羽太貫・放射線審議会会長総括発言

「消費者と作る方、流通が頑張って努力しているから、コープの結果があるし、ほかのところのホールボディカウンターによる調査でも、数値は低く抑えられている」。
「今回の案は、実績が十分に取り入れられているのか? 」

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私の脱原発論

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先日のTBS「報道特集」でドイツ緑の党の紹介がありました。あの番組は私の秘かな愛好番組なのです。 

番組のトーンとしては、脱原発に向かうドイツと、原発に固執するわが国という色分けで、そりゃ無理筋だろう、とややため息が出ました。 

大震災と放射能事故を二重に食ったわが国が、直ちにドイツの道を歩めないことは自明なことで、脱原発を現実化していく長い道のりがわが国には見えません。 

ただ、番組を見て感じたことは、ドイツでは脱原発運動の大きな一角に農民がいることでした。おそらくこれがドイツで完全な原発からの離脱が成功した理由でしょう。 

なぜなら、ドイツにおいても原発や放射性廃棄物処理場は農村部に建てられており、いったん事あらば最大の被害者になるのは農民だからです。 

ドイツにおいての脱原発運動は、農村における長期の座り込みなどで息長く続けられました。そこにドイツ農民が多数参加しています。 

わが国では、「最大の被害者になる」という部分のみは、福島、茨城でも同様でした。最大の被曝者であり、汚染地域に住み、生産するのは私たち農民だからです。 

しかし、現状において日本では少数の者しか脱原発運動には参加していないのが現状です。 

なぜでしょうか? 

日本の脱原発運動が過剰に都市消費者に偏った構造になっているからです。低線量の放射能に怯えて、福島や茨城の農産物は買わない、という人々が脱原発運動には多く存在するからです。 

家族の安全・安心という切り口だけで脱原発を語り、被災地瓦礫ひとつすら拒否する人々が多すぎるからです。 

結果、日本の脱原発運動の理論的な柱は、ヨーロッパ発のECRRとバンジェフスキー説一色といった状況です。

この両者の説は、低線量内部被曝によって小児ガンや、心筋梗塞が起きるとし、それは農産物によるとしています。 

いかなる低線量であろうと閾値はないとする、いわゆるゼロベクレル論です。 

これが危ういのは、この説に忠実であろうとすれば、たとえ5ベクレルであろうとなかろうと、放射性物質が「ある」、それだけで東日本の農産物は拒否されてしまいます。 

現実に、去年から続く福島、茨城の農産物に対する排斥運動の凄まじさは、私たちの脳裏に悪夢として刻印されました。 

私たちは「毒を撒くテロリスト」、「早く潰れろ!」とまで罵倒されたのです。あの屈辱もまた、私たちは忘れることはないでしょう。 

放射能禍から立ち直ろうとした私たち農民を蹴りつけ、唾を吐きかけたのは「脱原発運動」を名乗る人たちでした。 

残念ですが、私たち茨城、福島の農民には「脱原発運動」はこのように刷り込まれました。 

カミングアウトしますと、私はかつて東海村集団訴訟のひとりに名を連ねた反原発派でした。もう20年ちかく前の話ですが。 

また都市に住んでいた時代は、反原発サークルを主宰していたこともあります。そう、私は筋金入りの反原発派だったのです。

その私が、今回の脱原発と衣替えした運動にはつきあいきれない思いをしています。

その理由は今書いたことです。ゼロベクレルという不可能なことを農民に要求し、農民を蔑み、農業を敵のように見る限り、私は脱原発運動の人たちと肩を組むことはできません。

私は未だ「原発はいらない」と心から信じています。単に観念ではなく、骨の髄から原子力を憎んでいます。

このような農地を汚し、農民を絶望させる悪魔は地上から消し去るべきです。

だから私は原発がない社会を共に作るという点では、脱原発の立場に立ちます。しかし、今ある「脱原発運動」とは一線を画します。

私たちは「耕す」ということが、真の脱原発運動だと信じています。耕し、耕し、農をあきらめないこと、土を信じること、その中で脱原発を具体化すること、それが農民の脱原発運動だからです。 

福島の仲間が本を書きました。たぶん、農民が書いた最初の福島第1原発事故に対する本だと思います。ぜひ読んで下さい。

あ、最後に、今日私は60になりました(笑)。ハマジィと呼んで下さい。

 

      ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

『放射能に克つ農の営み』カバー.JPG

プロローグ 「土の力」に導かれ、ふくしまで農の道が見えてきた......中島紀一

第1章 耕して放射能と闘ってきた農家たち
 1 耕してこそ農民――ゆうきの里の復興......菅野正寿
 2 放射能はほとんど米に移行しなかった
      ――原発事故一年目の作付け結果と放射能対策......伊藤俊彦
 3 土の力が私たちの道を拓いた
      ――耕すことで見つけだした希望......飯塚里恵子
 4 土地から引き離された農民の苦悩
      ――根本洸一さんと杉内清繁さんの取り組み......石井圭一
 5 85歳の老農は田んぼで放射能を抑え込んだ
      ――安川昭雄さんの取り組み......中島紀一
 6 100㎞離れた会津から新たな関係性をつくる......浅見彰宏

第2章 農の営みで放射能に克つ......野中昌法
 1 農の営みと真の文明
 2 農業を継続しながら復興をめざす
 3 核実験が農地に及ぼした影響への調査から学ぶ
 4 土の力が米への移行を抑えた
 5 ロータリー耕などの技術による畑の低減対策
 6 森林の落ち葉の利用は可能か
 7 除染から営農継続による復興へ

第3章 市民による放射能の「見える化」を農の復興につなげる......長谷川浩
 1 市民放射能測定所が生まれた
 2 用語と測定の基礎
 3 放射能の「見える化」の意義
 4 汚染度が低かった福島県産農産物
 5 福島とベラルーシの農産物汚染の比較
 6 そもそも土の中はどうなっているのか
 7 今後の放射能汚染対策

第4章 農と都市の連携の力
 1 首都圏で福島県農産物を売る......齊藤 登
 2 応援します! 福島県農産物......阿部直実
 3 ふくしまの有機農家との交流から、もう一歩進む......黒田かをり
 4 分断から創造へ――生産と消費のいい関係を取り戻すために......戎谷徹也
 5 地域住民と大学の連携......小松知未・小山良太

第5章 有機農業が創る持続可能な時代......長谷川浩・菅野正寿
 1 持続可能でない日本
 2 21世紀は大変動の時代
 3 これから発生するリスク
 4 日本にも持続的な社会はあった
 5 有機農業が拓く世界
 6 有機農業が創る持続可能な時代
 7 ふくしま発、持続可能な社会への提言

エピローグ 原発と対峙する復興の幕開け......大江正章
 

出版社・コモンズから。四六判 288頁。 1900円+税。 

執筆者たちに払われるべき印税はすべて、福島有機農業ネットワークに寄付されます。

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わが村の廃校式と子乞い

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私の村の小学校で廃校式がありました。

3月11日の震災で、校舎が壊れてしまったために、別々な学校に収容されていた子供たちがひさしぶりに旧校舎に集まりました。

今年卒業式をする子もいて、クラス会と卒業式を一緒にしたようなものでしょうか。

定員割れを起こしかけている60人ていどの小さな小学校でした。毎年児童数が減少して、ひとつの小学校を維持できなくなりかかって、統廃合が練られていた矢先でした。

小学校は村のシンボルです。明治になって日本人は、まず学校づくりから新しい時代を開始しました。

子供たちの足で歩いて通える距離にひとつの小学校を作る。小学校で世の中に出ていって困らないすべてを教える。これが昔の日本人が心に描いた理想でした。

沖縄戦が終了して、基地に土地を取り上げられて収容所暮らしを余儀なくされた時にも、沖縄の人々が真っ先に作ったのも学校でした。

トタン板の屋根で壁さえなくても黒板ひとつあればよかったのです。それは全国どこも一緒でした。焼け野原に学校を立てたのです。

ちょうどキリスト教徒が植民すると、まず教会を建てるように、日本人はまず学校を作ったのでした。

学校は日本人にとってひとつの信仰だったのかもしれません。子供に生きていく知恵を授け、伝統を次の世代に繋いでいくための信仰の依代だったのです。

沖縄の離島には「子ごい」という風習があります。文字通り子供を乞うのです。小学生が数人になってしまって廃校になると、残された子供は連絡船で遠くの島まで学校に行かねばなりません

いきれないと仕方がなくなって、その学校のある大きな島まで一家で移住せねばなりません。こんなことが続くと、やがて島で生きる人がいなくなってしまいます。

そして島はゆるやかに死んでいきます。

だから、頼んでも子供を「乞う」のです。ありとあらゆる手段で子供を誘致するわけです。

私の村も「子乞い」をせねばならなくなりかかっています。農業が元気ならば、村は元気です。元気な村には若い人が残ります。

そして子供が生まれます。ふたりなどとケチなことをいわず5、6人作ってほしいですね。そして小学校を100人、200人にしましょう! 

 

         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■震災…学びやに永遠の別れ 行方・小貫小で閉校式、1年ぶり児童も勢ぞろい 

東日本大震災で校舎が使えなくなり、統廃合される行方市立小貫小学校の閉校式が二十二日、同校校庭であった。震災直後から近くの北浦中学校を間借りして授業を受けてきた児童六十六人が一年ぶりに母校に戻り、慣れ親しんだ学びやに別れを告げた。 

 もともと小貫小は二〇一六年に新校に統合される予定だった。震災で校舎の壁などに亀裂が入るなどしたことから再編を早めて今年四月から近くの武田小に統合される。 

 式では寂しがる児童もいたが、児童会長で六年の根本孝紀君は「小貫っ子としてこれからも負けずにがんばる」と話した。 

 県教委によると、震災で使えなくなったまま廃校となるのは小貫小と同市の三和小、常陸太田市の佐都小の計三校。 
東京新聞3月23日

学校の防災 手探り 文科省、やっと防災手引 

幼い命をどう守るのか-。東日本大震災は学校の防災にも課題を投げ掛けた。県内では津波や揺れによる子どもの犠牲はなかったが、震源が少しずれていれば学校にも多大な被害をもたらした可能性がある。震災から1年がたち、学校防災の見直しは進められているが、手探りのところも多い。  

 ■津波 

 県内では北茨城市で最高六・七メートルの津波が観測され、同市や鹿嶋市内で計六人が死亡、一人が今も行方不明のままだ。船や車、コンテナなどが流されたほか、漁港や沿岸部の魚市場、鮮魚店を直撃して甚大な被害となった。 

 「津波の訓練なんて震災前までは考えたこともなかった」。大洗町の大洗港から約四百メートルにある「大洗かもめ保育園」の江橋喜久雄園長(64)は打ち明ける。震災では施設や園庭が最高七十センチまで津波に漬かったが、避難して全員無事だった。 

 二〇一一年度は一キロ先の高台まで園児らを走らせる津波の訓練を三度実施した。「徐々に避難する時間が短くなった」と園長は手応えを感じる。 

 一二年度以降に園は高台への移転が決まっているが「それまでに津波が来たらどうするのか。地震で建物が崩れ、避難路がふさがれる可能性だってある」と警戒を緩めない。 

 学校保健安全法は、地域の実態に即した防災マニュアルの作成を各学校に求めてきたが、東日本大震災は想定をはるかに超えた。文部科学省は今月九日、ようやく震災を踏まえた自然災害に対する防災手引を示した。 

 県教委の指針も改訂中だ。小野寺俊教育長は十九日、県議会予算特別委員会で伊沢勝徳氏(自民)の質問に「(一一)年度内には(改訂版を)作って四月に各学校に配りたい」と答えた。ただし、想定される津波の高さは県が見直している最中のため、浸水域の範囲が分かるのは五月ごろの見通し。

 各学校はそれまで待てないと、手探りで防災態勢を見直している。高萩市立東小では、震災時に津波が近くの川をさかのぼり、校庭も五十センチほど漬かった。防災マニュアルに津波は入っていなかった。最初に向かった避難所の福祉センターはいっぱいで、高萩高校に移動してやっと避難できた。 

 一一年度は例年の倍以上の七度の避難訓練を実施。大内富夫校長は「大災害では細かい決め事なんて守れないと分かった。教諭がいなくても助け合って逃げる。そういうシンプルな内容にしたい」とマニュアルを改訂する方針だ。 

 那珂川沿いや沿岸部を抱えるひたちなか市の藤田秀美教育指導室長も「想定を超える事態を常に頭に入れるよう指導を改める」と話す。 

 ■原子力防災、耐震化 

 東京電力福島第一原発事故を受け、原子力防災を求められる学校も増えた。東海村の日本原子力発電東海第二原発から二十キロ圏に入る水戸市立上大野小は一月、原子力事故を想定した訓練を実施。児童を屋内退避させ、衣服を脱ぐまでの手順を行ったという。一方、同圏内の常陸大宮市内の中学は「原子力への対応は検討中」といい、ばらつきがある。 

 震度6弱以上なら二次災害を防ぐため児童を帰らせないと決めたのは北茨城市の中郷二小。しかし、根本的な問題として県内の学校施設は耐震化が遅れている。県内の公立小中学校の耐震化率は昨年四月時点で64・1%。統廃合予定の学校が多いのも理由の一つになっている。近く首都圏での大地震が懸念される中、校舎を耐震化した上で廃校後の跡地利用を図ることや再編を早めるなどの早急な議論が求められる。 

【文科省発表の地震・津波防災手引の抜粋】 

・津波警報を聞いたら自主的に避難を考えるよう指導を 

・危険を過小評価せず、想定以上を意識 

・薬品や飲料水、鍵など必要な物は高層階に備蓄 

・長時間の通信手段の断絶を想定 

・児童らの引き渡し方法を保護者と事前確認 

・自治会などの地域と一体で訓練実施 

・屋内退避など原子力災害を想定。シャワーなど洗浄が必要な場合もある。保護者と協議を 

(東京新聞3月21日)

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オーストリアにおけるセシウム体内被爆量データー

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セシウムが体内にどのくらい残るのかを、実測したデータがありました。 

この実測というのが重要なのです。というのは、巷にはシミュレーション数値が溢れていますが、パラメーターを変えるだけでいくらでも操作可能です。その意味、実測数値の時系列変化のデーターは貴重ではないでしょうか。 

実際、チェルノブイリでのデータは思いの外少ないのですよ。なぜって、ソ連が崩壊したからです。 

しかも、チェルノブイリ原発があるのは確かにウクライナですが、それもベラルーシ領スレスレにある上に、当時の風向きでベラルーシが被害担当国になってしまいました。 

そしてソ連崩壊に伴う独立騒動のしっちゃかめっちゃかで5年間ですから、データーはおろか満足な被曝対策すらおろそかになってしまいまいました。おまけに、その後に今度は独裁政権ときたものです。 

これでまともなデーターがあったら不思議です。ですから、データーがあるのは北欧とかドイツ、オーストリアなどです。

で、以下のデーターはオーストリアの検死体の筋肉からセシウム137、134、カリウム40を計測した推移のグラフです。(J Nucl Med 32:1491, 1991) 

25-35 kBq/㎡(2万5000~3万5000bq/㎡)のセシウム137の降下があった、オーストリア・グラッツでの計測したものです 

日本でいえば、放射性雲(ブルーム)が流れた福島、茨城、群馬、栃木、千葉地域にあたります。私が住んでいる地域がこれに当たります。(3月18日掲載の文科省セシウム137分布マップ参照) 

300体の検屍体から、筋肉中のセシウム134、セシウム137、そして自然放射性物質カリウム40の3核種を、チェルノブイリ事故の1986年7月から計測を開始し、90年7月の4年間おこなっています。よくこんなたいへんなことをしたものです。頭が下がります。 

さて、最初のグラフはもっとも長い半減期28年のセシウム137です20110504144945

セシウム137の推移 

・87年1月(8か月後)・・・・100bq/kg(ピーク)
・88年1月(20か月後)・・・・50(半減)
・89年1月(32か月後)・・・20
 

次に半減期が2年のセシウム134です。

20110504145031
セシウム134の推移
・87,;1月・・・30bqq/kgの(ピーク)
・89年1月・・10
 
これは一般に言われる半減期28年よりはるかに早い減少率ですが、生物学的半減期といわれる成人90日間(子供はより短い)とは違った推移をしているのも確かです。
 
このオーストリアのデータどおりならば、文科省区分によるセシウム137放射線量1万~3万bq/㎡地域の体内被爆量は事故後8か月後の11年11月に100bqに達し、以後2年数か月で減少し、20か月後には半分の50bq、そして意味のある被爆量以下になるのは2年から3年後ということになります。
なお、グラッツで1986年4月から1988年11月まで、ガンや心筋梗塞などが多発したという記録はいまのところ見つかっていません。
おそらくないはずです。あれば、オーストリア政府は自国の事故ではありませんから隠す理由はないので、公表しているはずです。
 

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茨城県瓦礫受け入れに!土浦市、鹿嶋市もつづく! 瓦礫反対運動との問答

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やった!わが茨城県が瓦礫処分支援に大きく乗り出しました! 

茨城県議会はみずからも被災県であり、瓦礫処理も終了していないにかかわらず、東北の被災地瓦礫受け入れに踏み切る英断を下しました。 

しかも、県のみならず、茨城中央都市部の土浦市と、鹿行郡の中心である鹿嶋市も名乗りを挙げました。反対は共産とみんなの党だけです。(欄外切り抜き参照) 

県レベルでの瓦礫受け入れは、反対運動によって中座していたために、これで大きな弾みとなります。 

また、わが県は東北の隣に位置しており、他県と較べて比較にならない距離の近さがあり、運送コストが飛躍的に安くなり、いっそう瓦礫処理の進捗が進むでしょう。 

私は自分の住む県が誇らしい。茨城県民であることに胸を張れます。 

                                                  ~~~~~~

さて、瓦礫反対運動の資料を読むと、もはや眼を覆うばかりです。 

ここに東京で反対運動をしている「ストップ!放射能汚染がれき首都圏ネットワーク」という団体のチラシがありますので、Q&A式で彼らと対話してみましょう。 

■Q 放射能汚染物質の広域処理は、(略)全ての移動経路と移動先の都内に放射性物質を拡散・飛散させることになります 

●A なりません。そもそもこの論理の第一歩であなた方は間違えています。それはまず第1に、現在、瓦礫受け入れを希望している宮城県、岩手県の震災瓦礫計2045万トンは、放射性瓦礫ではありません。

この両県は極めて限られた地域(一関など)を除いて被曝から免れています。その被曝量は東京都東葛地域、千葉県柏市、松戸市などより低い線量です。 

空間放射線量を比較してみます。(11年9月現在) 

・宮城県・・・・・・・・・・・・・・・・・0.061μSv
・岩手県・・・・・・・・・・・・・・・・・0.023

・茨城県・・・・・・・・・・・・・・・・・0.083
東京都・・・・・・・・・・・・・・・・・0.056
・神奈川県・・・・・・・・・・・・・・・0.049
 

岩手県など東京都より低い線量ですらあります 

第2に、都市の舗装道路や一般排水が集積された下水処理場の放射線量を見てみましょう。

下図は、東京都が発表している下水汚泥の放射線量です。(11年5月~12年2月)http://blog.goo.ne.jp/wa8823/e/5d3f50de7493da6ec265e580615c08e5

外部被曝がひどかった東葛下水処理場などは未だ1万bq/㎏を超えています。 

ちなみに、同じ反対運動がある神奈川下水処理場の放射線量は以下です。 

・相模川流域と酒匂川流域のそれぞれ2施設・・・、焼却灰1024bq(12年1月16日現在) 

100bqの震災瓦礫受け入れを拒否して、自分の処理場はそれをはるかに凌ぐ放射線量ですか。 

■Q 放射線防護の国際合意は“あらゆる種類の汚染された食品やゴミを汚染されていないものと混ぜたり、拡散・移動したりして「危険でないもの」に希釈することを禁じています。ドイツ放射線防護協会は、放射線防護の基本原則を無視することは許されないとして、地震と津波の被災地からでた瓦礫の分野での「希釈政策」を直ちに停止するよう日本に対し緊急勧告を発していることをわすれてはなりません。 

●A  まさにこじつけ、味噌もクソも一緒とはこのことです。おまけに日本人の大好きな拝外根性丸出しで、ドイツ放射線防護協会とやらの「緊急勧告」とやらを持ち回っています。 

まず、このドイツ放射線防護協会はECRRなどと一緒で、公的な機関ではなくただの反原発団体です。なにか外国の公的機関の勧告のように装って権威づけするのは止めたほうがいい。
プレスリリースhttp://www.foejapan.org/energy/news/pdf/111127_j.pdf

私もこれを読みましたが、徹頭徹尾カン違いの産物です。あの「緊急勧告」とやらは、日本が避難地域などの放射性瓦礫を、被災地の一般瓦礫と一緒に混ぜ込んで処分しようとしている、という誤解から発しています。

日本国民の7割(*世論調査賛成数)が理解しているように、わが国においてそのような「希釈政策」をとっている事実はありません。根も葉もないとはこのようなことを言います。 

ドイツ放射線防護協会が言っているのはあくまでも、「汚染された食品や廃棄物を、汚染されていないものと混ぜて危険でないとすることは禁止されている」(同プレスリリース)という国際的な放射性廃棄物処理の一般原則であって、一般ゴミと同等、ないしは、それ以下の放射線量しかない一般瓦礫のことではありません。 

■Q 岩手県、宮城県両県の災害廃棄物(瓦礫)は、住民が生活を営んでいる場所の近傍にある災害廃棄物仮置き場へほぼ100%搬入済です。したがって今、瓦礫を全国に搬出し処理することが両県の復興を直接促進するわけでも、急を要しているわけでもありません 

●A  唖然となる言い分とはこのことです。「急を要しているわけではない」ですか。 

被災地の瓦礫の総量は約2,045万トン(茨城県廃棄物対策課)、うち広域処理分は約400万トンで残りの約1900万トンは被災地自身で処理されています 

宮城県の瓦礫だけで、通常の19年分に相当します。これの8割以上は既に被災地地震でなんとか必死に処理している事実を知らないのでしょうか。 

そして処理しきれない瓦礫は「仮置き場に100%搬入済」(反対派チラシ)だそうですが、その結果、放置されたことによる汚濁、汚臭、再汚染などがひどい状況です。

そのために復興はおろか、復旧すら進まないのです。それを「急を要さない」とはどの口で言えるのか。

第一、そんなに低線量セシウムが怖いのなら、野積みになっている現況をどう考えているのでしょうか?あ、そうでした。自分はガンになるからイヤだが、被災地の人間はいいんでしたね。

Q 被災現地で廃棄物処理の為の予算を使い、安全処理、雇用創出・自治を強化することが大事です

A   よくI恥ずかしくなくこのようなことを言えますね。このような言いぐさを世間ではおためごかしと言います。 親切そうな言い方をして、実は単なる自分のエゴ。

さきほども述べましたが、震災瓦礫の8割以上は被災地で処理されています。 

では、この人たちが移動すら危険だと叫ぶ瓦礫によって、東北の人間が「被曝」してもいいわけでしょうか。わずかの協力で我が身が「汚染」されるのはいやだが、東北の人々はかまわない、とでも。たいしたヒューマニズムです。

Q 射性物質が炉中で増加すると炉が使えなくなってしまう危険性さえあります。受け入れ災害廃棄物の汚染度が都内の一般ゴミと同程度であるとしても、以上の危険性が増すことに変わりはありません。総放射線量の増加が問題となるのです 

●A  では、反対派は東京都や神奈川県の下水処理場の放射線量が、震災瓦礫より高い線量なのは知っているわけですね。そこで困って、持ち出したのが「総放射線量」というキテレツな新概念です。 

きっと彼らは、「今ある東京の放射線量に瓦礫分の放射線量がオンされる」ということを思いついたのだと思います。 

いうまでもなく、これはこの人たちの思いつきであって、「総放射線量」などという概念は放射線防護には存在しません。これで、この人たちが放射能防護のことを何も知らないことがバレてしまいます。 

似た響きを探せば、原子力施設の放射線防護に使用する「集団放射線量」という概念ですが、これすらICRPは今は使用しなくなってしまいました。 

要するに、一定の条件下にある作業者集団の個体線量の積算量が一定限度を超えないことを目標に作られた概念です。 

ですから、この「総放射線量」なるものが、仮に「集団放射線量」だとしても東京都などという1317万人ものメガロポリスに適用されることは絶対にありえません 

こういう新発明の「総放射線量」という概念を使えば、人間はカリウム40、ルビジウム87、炭素14などの自然放射性物質を大量に体内に蓄えた「放射性物質」だとも言えます。 

その人体放射線量は、実に体重60㎏として7000bqにも登ります。私たち人類は、7000bqの放射性物質ですぞ! 

冗談ですが、この瓦礫反対派も発言していた「3.11原発はいらない!福島集会」は16,000人の参加者があったそうですから、その狭い会場の「総放射線量」は1億1千200万bqという高濃度汚染地帯だったわけですね(笑)。 

彼らの論理を使うと、こんな危険な集会は止めるべきでしたね。というか、人体という7千bqもの放射性物質は、地下室に閉じ込めておくしかないですよね。集まるなんいてもってのほか。 

この人たちは低水準すぎる。もう少し放射能について勉強してから反対運動をしたほうがよろしいのではないでしょうか。 

■Q チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシでは、事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症しています。23区内の公園や学校でもホットスポットが沢山発見されていることを考慮すれば、災害廃棄物焼却は、こうした低線量内部被爆の危険地域を更に拡大することになります

A これについてはここ数回調査記事を書いています。「ベラルーシででる10年、25年後に出る小児ガン」の原因は、高濃度汚染地帯のキノコを大量に食べたことによります。(下図参照)

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                               (ベルラド放射能安全研究所作成)

上の図を見れば、10月12月など、キノコが大量に食卓に登る森林地帯の季節が飛び抜けて高いのが分かります。これによってキノコを大量に食べるベラルーシ森林地帯特有の食習慣が「10年、20年後の小児ガン」の原因だとわかります。 

裏付けとして、一般のベラルーシの小児ガンの発生動態と比較します。このように対象地域を「汚染地域」、「一般地域」に分けて、その両者を較べれば、多発した原因がつかめるわけです。

このような手順を踏まずに、自分の主張に合う都合いい統計だけ持ってくるからこの人たちの言うことはプロパガンダだといわれるのです。

f:id:buvery:20110702105649j:image

では一般地域を見ます。(上図)ベラルーシの小児甲状腺ガン(14歳以下)は、チェルノブイリ事故4年後の1990年頃から有意に急増しているのがわかります。(*中央山型の青線)  

そして1995年にピークを迎えて、16年後の2002年に事故以前の平常数値に戻っています。  

これからわかるのは、持続的、継続的な低線量被曝による被曝が原因ではなく、1986年の事故直後に大量の放射性ヨウ素131を被曝したことが原因であることを示しています。
(詳しくは3月20日のブログ記事をご覧ください。)

ちなみに福島では1万人超の内部被曝調査がなされています。

12月末までの時点で、福島県避難地域15市町村の11,816人がホールボディカウンターで測定を受けています。優先的に児童、妊婦が測定されています。
この結果は以下です。

・福島県預託実効線量測定結果(2010年6月27日~12月31日)  

・1mSv以下   ・・・11.792人 (99.8%)
・1mSv以下        ・・・ 12人
・2mSv以下        ・・・ 10人
・3mSv             ・・・・・2人(0.00025%)

                  
合計                  11,816人  

一見すれば分るように99.8%は1mSv以下です。この被爆量は一般地域の預託線量と同等です。

したがって、「10年後、25年後」にわが国で小児ガンが多発可能性はかぎりなくゼロです。

以上、瓦礫反対派の言い分を見ましたが、私はこれほど論理構築がズサンな「運動」を知りません。

単なる、「東北は汚染されていてコワイから関わりたくない」という無根拠の地域エゴが、脱原発運動もどきの衣装を凝らして登場したものだと私は思います。

原発に疑問を持つ皆さん、絶対に彼らを支持してはいけません。彼らと一緒にされると、脱原発という道筋自体に皆、疑問を持つようになることでしょう。

このような人災のような反対運動に惑わされることなく、各県、特に東北と隣接する関東の県、自治体は受け入れを積極的にしてほしいと思います。

流れは変わりました!わが茨城がその先頭にたったことを心から誇りに思います。

 

                          ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 

震災がれき受け入れ、茨城県議会が決議 知事も前向き
朝日新聞 3月22日
 

茨城県議会は22日、東日本大震災で発生した東北地方のがれき受け入れに関する決議案を可決した。県には市町村や民間処理業者と協力してがれきを受け入れることを、国には安全性の保証や処理費の財政的支援を求めている。  

 最大会派・いばらき自民党の白田信夫政調会長は「被災地・茨城が受け入れを表明することで、被災地を支援していく使命感を全国に発信することになる」と決議の意義を強調。橋本昌知事も「(約80万トンにのぼった)県内のがれき処理も間もなく終わる。受け入れを前向きに検討する」と述べた。  

 茨城は震災で24人が死亡、約2万7千棟の住宅が全半壊した。 

がれき受け入れ 土浦市議会決議
朝日新聞3月22日
 

土浦市議会は21日、東日本大震災で発生したがれきの広域処理について、市に受け入れを要請する決議案を全会一致で可決した。 

 決議案は議員7人の連名で提出。がれきの受け入れに際しては、放射能の影響を科学的に検証し安全性を確認したうえで、がれきの処理支援に積極的に取り組むよう求めている。あわせて、市民への情報開示と説明責任を果たすことも求めた。

●余白がコピーしたデータのせいでやたらあいてしまいました。修正が効きません。すいませんがメモ欄にでもしてください。ならんか(笑)。

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スウェーデン原発事故報告書その2 政府と自治体は、リスクコミュニケーションの総括と対策の場を作れ

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昨日に続けて、スウエーデンの防衛研究所、農業庁、スウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁の合同プロジェクト、「スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか」を読んでいます。 

教訓4 事故直後は緊急の防護基準を作り、徐々に強化していく 

チェルノブイリ事故によって、スウェーデンにおいても食品をめぐる動揺が社会的に拡がりました。 

第4章「食品からの内部被ばくを防ぐ有効な対策」では、スウェーデン政府の放射能食品安全基準と、家庭の安全対策を紹介しています。

スウェーデンでは、事故前まで1mSv(ミリシーベルト)の射線量の防護基準を採用していましたが、事故直後からの1年間は5mSvの被曝も許容しました

これは事故直後において、いきなり平時の放射線防護基準を適用することが不可能であり、無理にそうすることによる社会的な摩擦のほうが大きいと考えるからです。いわば緊急時基準です。

これは空間線量や食品基準値に適用されますが、このとき政府の説明がいいかげんだとかえって混乱を深めてしまいます。

教訓5 緊急時基準の引き上げの説明に失敗すると社会的混乱を招く

わが国においては、暫定規制値がこのスウェーデンの1986年基準値に相当するわけですが、満足な説明もなくそれを出したために、「輸入食品基準値よりなぜ高いのか、こんなものを食べて大丈夫なのか」、などの憤激の声が多く国民から上がりました。

そしてさらに「レントゲン1回分より低い」などという次元の違う比喩を使ったために、多くの消費者が東日本の農産物の買い控えに走りました。

これがいまなお、多くの福島、茨城の農業者を苦しめ続けている低線量内部被曝脅威論の発端です。

また、日本では福島原発事故直後に年間被曝基準を1mSvから20mSvに引き上げました。

このことにより国民の不安が広がり、多くの避難区域以外からの県外避難者が生じました。福島県内だけで自主避難が11万人にも登っており、大きな社会問題になっています。

さて、スウェーデン政府は、この緊急基準に合わせて、セシウム137の食品基準値を300bq(ベクレル)/㎏とし、一部あまり食べないトナカイ肉などを1500bq/㎏と定めました。

ちなみに、日本は134と137の合計ですので、スウェーデンは600bq/㎏ていどになります。日本の暫定規制値から較べても決して低くはありません。

しかし、この基準の緩和に対してはわが国同様に消費者の抗議が拡がり、政府は情報提供に追われることとなりました。まったくわが国と同じ光景です。

この追加検査の結果、事故直後の86年の食品による内部被曝は年間換算で0.1〜0.2mSvでしかありませんでした。

また、スウェーデン特有の事例としては、地衣類や野いちご摘みをする人、トナカイ肉を多く食べる北方狩猟民族のサーメ人には、政府の危険勧告があったものの、一般市民より多くの内部被曝が出たようです。

この報告書ではこの内部被曝数値は明らかにされていませんが、サーメ人の調査はECRRの関係者であるマーチン・トンデル氏が行っています。ただし、氏の統計手法には専門家の批判が多くでています。(*トンデル氏はECRRとの関係を否定しています。)

日本では食品における内部被曝は福島産の市販の食品を食べ続けても、0.1mSv程度と推定されています。(内閣府の昨年8月調査)

しかし、日本の消費者の中にはヨーロッパ発の低線量の極小化をめざすゼロベクレル層が既に誕生しており、解決はいっそう困難になっています。 

教訓6 スウェーデン政府の放射能対策一般原則 

そしてスウェーデン政府は、根放射能対策として、以下のポイントを一般原則としてまとめています。

現行法や国際的な取り決めに反した対策は行わない。
❷急性の深刻な健康被害を防ぐために、あらゆる努力を行う。
❸対策は正当性のあるものでなければならない。
➍講じる対策は、なるべく良い効果をもたらすように最適化する。
➎対策の柔軟性が制約されたり、今後の行動が制約されることはできるだけ避けるべきである。
❻経済的に費用が高くなりすぎない限り、農作物・畜産物は生産段階で汚染対策を行う。
❼一般的に大規模な投資の必要がない汚染対策を実行すべきである

そしてわが国は今後になにが必要か? 国と自治体はリスク・コミュニケーションの総括と構築の場をつくれ!

この報告書の中にも再三述べられていることですが、一般国民は放射能の知識をまったく持ち合わせていません。

この私もいまは平気でベクレル、シーベルトなどと書いていますが、去年3月まで聞いたこともありませんでした。

このような国民にはなんの放射能に対する準備もありません。そのために「解釈が多様で混乱した」(同書)事例がそこかしこで生まれました。

リスク・コミュニケーションはこのような重大事故においては決定的に重要です。しかしわが国では、原発事故は「起きないもの」として、当初から考えられていませんでした。

誰が、どのように、なんの媒体を使って事故情報を伝達するのかまったく考えられていなかったのです。

今後、このリスク・コミュニケーションの失敗を反省して、新たな体制を作らなければ、また同じことを繰り返すでしょう。

現に1年たった今に至るも、放射能をめぐるデマが一部の人々によって執拗に流されています。

あるいは、青果流通は付加価値生産を目指して自主基準作りに入っており、それが政府基準のよりいっそうの信用低下をもたらしています。

原発安全神話が崩壊した今だからこそ、スウェーデンのこの教訓に学んで、行政が専門家、農業者、漁業者、消費者、流通まで含んだテーブルを設けて、新たなリスク・コミュニケーションを構築していかねばならないのではないでしょうか。

■写真 青空。ひさしぶりのおだやかな青空です。実はこの写真は私のPCの壁紙です。

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スウェーデン原発事故報告書その1 事故後のリスクコミュニケーションの失敗

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チェルノブイリ事故以後、北欧は深刻な放射能汚染にさらされました。 

18日の欄外福島のセシウム分布図と比較していただけるとわかると思います。福島の分布図の緑色の60万bq/㎡が、スウエーデンの赤色70万bq地域に相当します。 

これを見るともっとも汚染が深刻だったスウェーデンの一部は、福島における40㎞地帯に相当しています。 

実は、スウェーデンも事故発生直後の1年間は、日本と変わらない社会混乱が起きていました。これについてスウエーデンは、一冊の報告書を政府が発行しています。 

これは、スウエーデンの防衛研究所、農業庁、スウェーデン農業大学、食品庁、放射線安全庁が1997年から2000年までに行った合同プロジェクトの「どのように放射能汚染から食料を守るか」という報告書にまとめ上げられています。 

邦訳もあり、「スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか」(合同出版)という本で読むことができます。 

この報告書の完成は、事故後10年から始まっていますが、このような放射能規制、食品規制、農業研究、そして防衛研究までウイングを伸ばしたプロジェクトに驚かされます。

これを手にしてみると、スウェーデンでも多くの問題が発生していたことがわかります。 

スウエーデンの教訓1 バニックは事故直後の情報発信の失敗により起きる 

報告書冒頭でスウエーデン当局は、このようにみずからを省みています。 

チェルノブイリ原発事故によって被災した直後のスウェーデンにおける行政当局の対応は、『情報をめぐる大混乱』として後々まで揶揄されるものでした。」 

行政当局は、ときに、国民に不安をあたえることを危惧して、情報発信を躊躇する場合があります。
しかし、各種の研究報告によれば、通常、情報発信によってパニックの発生を恐れる根拠は無く、むしろ、多くの場合、十分に情報が得られないことが大きな不安を呼び起こすのです。とりわけ、情報の意図的な隠蔽は、行政当局に対する信頼を致命的に低下させかねません
。」
 

行政当局が十分な理由を説明することなく新しい通達を出したり、基準値を変更したりすれば、人々は混乱してしまいます 

このようにスウェーデン政府は、情報の隠蔽と二転三転する説明こそが国民に混乱を与える最大の原因としています。 

リスク・コミュニケーションの失敗です。わが国も取り返しのつかない失敗をしていることは記憶に新しいことです。 

わが国の去年を振り返れば、思いつくままに挙げただけで
①メルトダウンを否定するなどの事故状況の隠蔽
②放射性物質拡散状況(SPEEDI)情報、「最悪シナリオ」の隠蔽
③避難地域の二転三転。当該自治体への連絡の不備
④食品規制の朝令暮改
⑤「今直ちに健康被害はない」という政府発表が食品による晩発障害を示唆
⑥汚染マップ作成の遅滞
⑦工程表と冷温停止宣言の欺瞞
 

まだまだありますが、スウエーデンでも同種のことが起きたことを深刻に総括しています。

原子力事故対策において、最初のボタンである汚染の拡大状況、事故状況、食品規制の三つをかけ間違えれば、それは「政府情報を一切信じない」、「まだなにか隠しているに違いない」という国民の不信に直結します。 

以後、政府がなにを言おうと信じない層が生まれてしまいました。これが日本の現状です。 

スウェーデンの教訓2 農業対策をしっかり立てて農家と消費者に伝える 

国土の放射能汚染は、農業生産の危機に繋がります。スウェーデンにおいても農産物生産-流通で深刻な混乱があったことを認めています。 

第3章 「放射性降下物の影響」では、農作物への影響が記述されています。放射性物質にある地域の土壌や水が汚染された場合、地域の農作物に影響がでます。 

これが食品を通しての二次汚染に連鎖していくことをスウェーデンの例を通して説明しています。 

これは、政府が明確な食品規制の考え方を農家と消費者双方に説明しないと、かえって混乱を増幅する可能性があることを示しています。 

たった3回で農業側の意見を聞き取りせずに決めた食品新基準値づくりなどは、まさにこの轍を踏んでいることになります。 

また、スウェーデンでは移行係数を消費者にも明示して、わかりやすく農産物への放射能移行を説明しています。 

これも、ただやみくもにゼロベクレルを要求する消費者の流れに対して考えさせられるものがあります。 

スウエーデンの教訓3 食品検査は過剰でも過少でもいけない 

第2章「 放射線と放射性下降物」では健康への説明と、スウェーデンの2000年時点での検査体制が説明されています。 

ある意味、意外な感がしたのは、スウェーデンでは、牧草、野菜、肉などの農作物は、サンプリング検査しか行われていません。

かなりはっきりした調子で、全量検査体制をすることは無駄だと言い切っています。 

それは、検査費用が膨大になって農産物価格にしわ寄せされてしまうこと、農家の負担が大きすぎ続かないこと、そしてなによりそれに見合った効果がないということのようです。 

福島はいままさにこの米の全量検査をしているわけですが、このようなことがこの1年で終わるのか、それともゼロベクレルを目指して永遠に継続されるべきことなのか、政府ははっきりとした判断を示す必要があります。 

また、このスウェーデン報告書には、2000年時点で同国での放射能による健康被害は書かれていません。 

もし、マーチン・トンデル氏の言うような数万人単位でガンが多発したのならば、当然大きく記載されるでしょう。スウェーデン政府は公式にトンデル氏説を否定していることがわかります。

これでこの報告書の半分の紹介となります。後半は明日にすることにしましょう。

         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

図表1)スウェーデンにおけるチェルノブイリ原発事故由来のセシウム137の土壌汚染の推計値

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現在のチェルノブイリの子供たちの被曝原因は自生キノコだ。低線量セシウムが原因ではない

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先日の「ダッシュ村」の3.11特番のチェルノブイリ・レポートには大事な証言が入っていたのに気がつきましたか。 

上の写真で「除染されていない森のキノコには、食品安全基準値の100倍から200倍のものがあります」と語っているのが、ベラルーシで長年児童被曝を測定・指導していきたベルラド放射能安全研究所のウラジミール・バベンコ氏です。 

このインタビューの中で、彼は児童の現在の被曝原因ははっきりと「高濃度汚染された自生キノコが原因だ」と言っています。

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上がベルラド研究所の作成した6歳から17歳までの子供の内部被曝の時系列グラフです。縦軸が放射線量、横が日時です。 

このグラフで飛び抜けて高い内部被曝の数値を示す時期があるのがわかりますね。03年11月、04年11月、05年11月、08年10月、09年12月です。 

これらすべての時期は自生キノコを収穫して食卓に乗せる時期と符合しています。ここには非汚染地区とのオッズ比が乗っていませんが、統計上有意であるとみていいと思われます。 

このインタビューの中で、バベンコ氏は「安全基準値の100倍~200倍」と言っていますが、それは生きのこのベラルーシ食品基準値300bqからみて、3万から6万bqだと推測されます。 

乾燥したものだと、25万から50万bqとなります。 

これをして低線量被曝だと言う人はいないでしょう。ある短期間に大量の高線量被曝食品を食べたことが原因です。 

そしてこの知見は、下図のベラルーシにおける小児甲状腺ガンの発生数とも符合します。
(J Radiol Prot 26: 127, 2006)

f:id:buvery:20110702105649j:image

これはベルラド研究所の資料にはなかったベラルーシ全体の小児甲状腺ガンの発生数グラフです。 

これによると、ベラルーシの小児甲状腺ガン(14歳以下)は、チェルノブイリ事故4年後の1990年頃から有意に急増しているのがわかります。(*中央山型の青線) 

そして1995年にピークを迎えて、16年後の2002年に事故以前の平常数値に戻っています。 

これからわかるのは、持続的、継続的な低線量被曝による被曝が原因ではなく、1986年の事故直後に大量の放射性ヨウ素131を被曝したことが原因であることを示しています。 

もしこれが、セシウム低線量被曝説をとるユーリー・バンダジェフスキー氏説のようだと考えると、このようなピークが1990年頃に出ることはありえません。
*ユーリー・バンダジェフスキー「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」邦訳あり 

継続的に低線量セシウムを摂ることで内臓諸器官、特に甲状腺に蓄積されるという彼の説が正ければ、発生数は上図のようなピークをもった放物線ではなく、なだらかに今に至るも続く横ばいのラインを描かねばなりません。 

もちろん、セシウムの甲状腺蓄積はあったでしょうが、それによって小児甲状腺ガンが増加することはありえないと思われます。 

したがって、福島で今から生まれてくる子供たちが、仮に低線量のセシウム被曝をしたとしても甲状腺ガンになることはありえません。 

また、15歳以上の青年、成人に甲状腺ガンの有意な増加はみられていません。 

まとめてみます。 

ベラルーシのゾーン2避難義務区域、ゾーン3避難権利区域 の子供の被曝量増加の原因は、森林地域の食伝統である自生キノコの摂取による。これは10月から12月に被爆量が急増していることからわかる。 

❷ベラルーシにおける小児甲状腺ガンは事故後4年目の1990年から始まり、1995年にピークを迎え、16年後の2002年に平常に戻っている。これは事故直後の半減期8日の放射性ヨウ素131の被曝が原因である。 

❸バンダジェフスキー説の、セシウムの長期低線量被曝が小児甲状腺ガンの原因だとするならば、避難区域以外の児童もまた、甲状腺ガンを長期に渡って発症しつづけねばならないが、そのような統計上の事実はない。 

➍したがって、福島において児童が小児甲状腺ガンになることは考えにくい。

 

■お断り 「鉄腕ダッシュ村」の3.11特番より、計画的避難地域の現状、そしてチェルノブイリの現状を理解するために有意義だと考えて、参考のために引用させていただきました。改めまして、この番組を作られました日本テレビに感謝いたします。

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「ダッシュ村」チェルノブイリを訪問する!その2 残された森林汚染はいまでも悲劇を再生産していた

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「ダッシュ村」3.11特番はチェルノブイリに向かっています。向かったのは、今や新規就農者か、海外青年協力隊のような顔になってきた山口達也君です。
 

これは、計画的避難地域の10年先、20年先、つまり私たちの子供の世代を予測する上で有意義な企画でした。 

事故後に、どのような経過を辿るのか、なにが問題として残るのか、あるいはなにをしたらいいのか、なにをしてはいけないのかが現実にわかってきます。 

チェルノブイリ現地は24年目を迎え、ほぼ平時の放射線量に戻ってきています。作業員も、周辺の村の人たちも防護衣もマスクも装着していませんでした。 

原発脇で0.48μSv/h、40キロ圏内のプラギン村で0.11μSv/hでした。しかし、森林内は未だ除染が進まず、47.1μSv/hといった高い放射線量が続いています。

1986年4月26日の忌まわしい事故時、原子炉の蓋が爆発で飛散したために大量の放射性物質がまき散らされました。ここが福島第1原発と決定的に異なるところです。 

福島第1原発においては、原子炉格納容器内にメルトダウンは起きましたが、原子炉そのものはかろうじて破壊を免れました。 

しかしチェルノブイリにおいては原子炉そのものが爆発した上に、建屋がない構造だったために一挙に大量の放射性物質が放出されたのです。 

セシウムは福島のほぼ3倍から5倍(気象庁試算)といわれています。 

原子力施設外への放射性物質の飛散ということで、同じレベル7に分類されますが、このふたつの事故は本質的に違うのです。 

それはさておき、半径30㎞圏内の11万6千人が避難を余儀なくされ、周辺の町、村、そして森林は高濃度に汚染されました。 

ベラルーシの「赤い森」地域では実に100万μSv/h(1000mSv)の記録が残されているそうです。そのために森林の枯死が見られました 

ちなみに福島計画敵避難地域の森林線量は、30~50μSv/hです。いかに福島とは桁違いの放射性物質が周辺にまき散らされたのか分かります。

未だ、ベラルーシの森林には深刻な放射能汚染が残っています。 

ベラルーシは国土の4割が森林であり、そのうち2割が放射能汚染を受けていますが、30㎞圏内を除いて除染は進んでいないのが現状だそうです。 

この森林内の高い汚染が、現在に至るも問題を複雑にしています。残留放射能による地衣類の汚染です 

豊かな森林に恵まれたこの地域では、森の恵みを食卓で存分に楽しむ食伝統がありました。 

ベラルーシの人々は、ベニタケやアミタケなどのきのこ、あるいは森に住んできのこを食べて成長する動物たちを食べて生きてきました。 

森で採れるきのこ類が生活を支えている、といってもよかったのです。特に貧しい階層には自生きのこへの依存が強かったといいます。 

結果、食を通じての二次汚染が生じました。この自生きのこ類の放射線量は「低線量」というのも憚られる線量です。

ベラルーシの放射能の食品安全基準値は事故当初から13年かけて強化されてきていますが、現在の基準値で300bq(ベクレル)です。(欄外資料参照) 

ベラルーシで長年被曝に対しての研究と指導を続けているベルラルド放射能安全研究所のウラジミール・バベンコ氏が、「基準値の100~200倍あった」と話しているところをみると、3万から6万bqもの放射線量が続いているようです。 

もし乾燥きのこだとすると、25万bqから50万bqという気が遠くなるような線量です。これを5bqですら恐怖する方々はなんと評するでしょうか。 

このきのこ類による子供たちの被曝は深刻でした。下図がベラルーシ児童の被曝数グラフです。

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これを見ると、白くハイライトした部分が飛び抜けて高いのが分かります。2003年11月、2004年11月、2006年11月・・・すべて秋のきのこ収穫期にあたっています。 

特にきのこに大きく食生活を依存する貧しい家庭では小児ガンなどが多発したようです。 

秋のきのこを食べたこと、これがベラルーシの児童被曝が今に至るも続く最大の原因です 

瓦礫反対派はこのベラルーシ特有の原因を押えることなく、「チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシでは、事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症しています」、ということを平気で書いています。(欄外資料参照) 

ベラルーシの森林地帯の人々の食伝統も知らず、現実の線量も知らず、児童被曝の実態も知らず、よく「低線量被曝による小児ガンが今に至るも続いている。だから瓦礫搬入反対だ」、などと言えるものです。

「低線量内部被曝の危険」?冗談ではない。生きのこで3万から6万bq、乾燥きのこに至っては25万から50万bqというとてつもない高線量のきのこが被曝の原因なのです

日本の現実と一緒に論じること自体が間違いです。 こういうことを為にするプロパガンダと言います。人として恥ずかしくないのでしょうか。

ベラルーシのベルラルド放射能安全研究所は長年、児童を丹念に測定し、記録し、被曝を避けるような教育をしてきました。

小学校には対象年齢ごとに分かりやすい放射能の解説本が並んでいました。これらは授業にも取り入れられています。

また、定期的な児童の検診も簡易型のホールボディカウンターでなされていました。素晴らしいことです。

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このような、計画的避難地域の児童、妊婦を中心とした長期の内部被曝モニターは、ぜひわが国でもなんらかの形で実現せねばなりません。それも大至急にです。

時間がたてばたつほど、さまざまな要因にまぎれ込んでいきます。現状では医療の無料化ていどで止まっていますが、これでは発症を待つということになりかねません。

私たちは瓦礫反対などいうあさましい運動で時間を空費する暇はないのです。今、直ちに、避難地域の人たちの長期検診体制を作り、健康モニタリングを継続的に実施しなければなりません。

ベラルーシの苦い教訓は、事故後の5年間に行うべき緊急対策を、ソ連の崩壊と独立による動乱で失っていることです。

時間が勝負です。昨年は緊急対策の時期、今年は本格的な被曝支援体制構築の元年にせねばなりません

その意味でも、瓦礫反対運動などは放射能と真剣に闘う人たちにとって妨害物でしかないのです。

次回はベラルーシ農業の放射能防護対策をみます。

 お断り 「鉄腕ダッシュ村」の3.11特番より、計画的避難地域の現状、そしてチェルノブイリの現状を理解するために有意義だと考えて、参考のために引用させていただきました。改めまして、この番組を作られました日本テレビに感謝いたします。

■写真 ベラルーシの立ち入り禁止標識がある森林。
「自分と子供を放射能から守るには」(ウラジミール・バベンコ著より)

            ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

ベラルーシにおける食品規制値の推移(抜粋)
単位ベクレル/㎏
 

      86年     88年   92年   96年  99年

・水    370     18.5   18.5  18.5   10
・野菜  3700    740    185   100     40
・果物          同上                  70
・牛肉  3700    2960   600   600    500 
・パン  -        370   370   100     60
・豚肉・鶏肉 7400  1850  185    185     40
・きのこ(生) -      -   370    370    370
・きのこ(乾燥) -  11100 3700   3700   2500
・牛乳   370     370   111    111    100
幼児食品  -      1850                37

ストップ!放射能汚染がれき首都圏ネットワークのチラシより 

「低線量内部被爆の危険性が高まります。
チェルノブイリ事故を継続して調査しているベラルーシでは、事故後10年、25年経つ今でも小児ガンなどが発症しています。
23区内の公園や学校でもホットスポットが沢山発見されていることを考慮すれば、災害廃棄物焼却は、こうした低線量内部被爆の危険地域を更に拡大することになります。」

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「ダッシュ村」チェルノブイリを訪問する!どっこい、生き抜いているベラルーシ農民たち

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「ダッシュ村」3.11特番を続けます。現在のチェルノブイリがレポートされています。 

訪問地はベラルーシです。これは、チェルノブイリ原発は所在地自体はウクライナにあっても、実は国境付近であり、なおかつ、当時の風向きによってベラルーシが放射能汚染の7割を受けてしまっているからです。 

さて、現在のチェルノブイリ原発は石棺という原子炉を覆うコンクリートが1986年の事故以来26年の歳月でボロボロになって放射能の漏洩が始まっているそうです。

今も4号炉には3500名もの労働者が石棺を覆う鋼鉄製ドームを建設中だそうです。そのための町まであるとか。 

そのチェルノブイリ原発周辺の空間放射線量は0.48μSv/hで、ダッシュ村の畑の13μSv/hより低いくらいでした。 

後に訪れた30㎞から40㎞圏内にある農村部のプラギン地区では0.11μSv/hといっそう低下します。暮らしていくには問題のない線量です 

プラギン地区はこの位置にあります。

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プラギン地区はゾーン3と呼ばれる移住権利区域に属していますが、一部はゾーン2に入っているようです。

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ちなみに、上図でわかるように、ゾーン1の立ち入り制限区域の放射線量は148万bq(ベクレル)という高濃度汚染地域だったようです。 

そしてプラギン村もかかるゾーン2移住義務区域は、55万5千bq、ゾーン3の移住権利区域は18万5千bqです。 

福島県内と比較して下さい。ゾーン1、2は日本の計画的避難区域に相当します。(欄外参照)。 

現状は、森林内などホットスポットは多数あるようですが(*計測では47.1μSv)、全体としてはあっけにとられるほど線量は低下しています。 

この原因はやはり26年という「時間」にあります。 

セシウムは134と137との合計量で見るのですが、その比率は7対3と言われており、半減期が2年と短い134のほうが圧倒的に多いのです。 

134は2年で5割が半減し、10年後にはほぼ消滅してしまいます。一方、3割を占める137も26年間のうちに気象状況や自然条件によって除染をしないでも消滅・拡散していくようです 

おそらく来年の今頃には、セシウム134の半減期を迎えますので、福島においても急激に放射線量が低下していくと予想されます。 

これは理屈ではわかっていても、チェルノブイリ現地で測定した数値を知ると、私たちが今入ってしまっているトンネルにも出口が必ずあるのだと分かって心がなごみました。 

そしてこの条件の中で、どっこい農業はしぶとく生き残っていました。

もともとベラルーシは東欧の穀倉地帯であり、ライ麦の生産高は世界3位、ジャガイモは世界10位、乳製品輸出高は世界5位という農業大国の位置を占めています。国土の44%は農地です。

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これがチェルノブイリゾーン2(移住義務区域)に生きる農民の面構えです。なんと零下29度で素手で雪かきをしていました。

いい顔しています。彼は6歳の頃に原発事故に遭遇して一時避難していましたが、また戻って、今はたくましい農民に成長して、従業員を多く雇う大規模農業に挑んでいます。

この取材時にもトマトなどを温室栽培して、冬季も農業を続けていました。まったくたいした奴です。

彼を見ていると、「東日本は終わった」とか「福島から全員逃げろ」などという声が虚ろに聞こえてきます。

彼の自慢は、野菜が安全基準値を上回ったことがなく、30bq以下なことです。もちろん日本の新基準値にも適合します。

ゾーン2(移住義務地域)で作物が30bq以下です。これは土壌放射線量が低下してきていることと、カリウムの使用にあると彼は言っていました

農民はいろいろと知恵を絞って線量を下げたり、作物が吸わないような努力をしていることが紹介されていきます。それについては次回。

お断り 「鉄腕ダッシュ村」の3.11特番より、計画的避難地域の現状、そしてチェルノブイリの現状を理解するために有意義だと考えて、参考のために引用させていただきました。
改めまして、この番組を作られました日本テレビに感謝いたします。

           ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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3.11から1年を迎えた「ダッシュ村」の今

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去る3月11日に放映された「鉄腕ダッシュ村」を見ました。1周年に当たる特番だけあって力のこもった内容でした。 

実は私には秘かな危惧がありました。 

「ダッシュ村」は、農業が持つ伝統の中の「生活技術の楽しさ」を蘇らせました。それは農民の中ですら、三瓶さんのような御老人の中で細々と生き続けていたもので、一度農村では断絶してしまった生きるための技術でした。 

若い農業者は、今は農業の中に「生活の楽しさ」を見いだすことはしなくなりかかっていました。 

竹を編む、保存食を作る、お茶を作る、井戸を掘る、焼き物を焼く・・・そのようなことをしなくなって久しいのです。 

それを、街の眼で蘇らせたのが「ダシュ村」でした。アイドルグループを農業バラエティに使うという奇想天外な発想は、驚くほどの反響を呼び、あの番組を見て就農しようと思った者も多いと聞きます。 

ただし、あれは「農業」という経済部門そのものではありません。いわば農業から経営という心臓部を取り除いて、「農」というひと滴のエッセンスにまで濾過したものです。 

私のようなひねた農業者は、「あれは農業のいいとこ取りだ。しかしその楽しさを思い出させてくれてたのはありがたい」、といった心境で見ていました。 

だから私は3.11以後、日テレはあの巨大な悲劇から眼を背けると考えていました。新たな農業バラエティ企画を組み、荒れ果てたダッシュ村から逃げ出すだろうと踏んでいました。 

放射能という万人が恐怖するものをお茶の間に持ってくることはないだろう、と。それは私自身が、3.1以後にあまりに多くの都市消費者の離反を経験していたからでした。 

しかしその不安はいい意味で裏切られました。他の放送局が3月11日の悲劇に焦点を当てる中で、この番組は警戒区域となってしまった浪江町の地域や人々を見守りつづけるいわば定点観測船となっていることが分かりました。 

さて、この特番は、ダッシュ村の現状、周辺の村人の今、そしてチェルノブイリ訪問の三部構成になっています。 

今日はその中のダシュ村の現状を見ます。初めにダッシュ村の位置を見てみましょう。
*上の扉絵部分参照 

ダッシュ村は、計画的避難区域の浪江町にあります。まさに福島第1原発事故による最大の汚染を被った地域です。現在この地域の住民は全員が避難しています。
*上図赤色地域 

現状の放射線量は下図の数値でした。ガイガーカウンター計測でしたが、JAXAや元放射線医学研究所の専門家がつきそっていましたので、しっかりとこう正(*)されて、信憑性は高いと思われます。
*こう正・ガイガーカウンターの測定のばらつきを補正する作業のこと。 

まず下図は、去年の夏(7月16日)に測定されてたものです。単位はマイクロシーベルトです。

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これが今年の冬にどのように変化しているのかが次の図です。
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一目して線量が低下しているのが分かります。登り窯前など15μSvから5.8μSvへと激減しています。 

この原因は雪だと思われます。雪は地表面5㎝ていど蓄積した放射性物質を遮蔽する作用があります 

降雪があると放射線量は減少していくのがわかるのが、この放射線量の推移表です。

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興味深かったのは次のグラフのように、母屋と井戸前の線量が降雪とともに急激に下がっていったことに対して、森林との境界にある登り窯前はさほどの低減がなっかたことです

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これ森林に降った放射性物質から恒常的に、落ち葉の形で放射性物質が供給されているために森林の際では放射線量が落ちないためだと考えられます。

一方、母屋前は、降雪がなかった1月15日には9.0μSvから、降雪があった2月4日には6.4μSvに落ちています。*上図赤い○が母屋、緑色が登り窯前。

これは森林からやや遠いこと、降雪の遮蔽効果が予想より高かったことによります。

上のテロップにあるように農村部における落ち葉、否藁、常緑樹による森林汚染の除染が必要な面積は約1343平方キロにおよびます。

しかし、チェルノブイリ事故で放出された放射能汚染の70%の被害を受けたベラルーシでは、未だ森林除染が進んでいないそうです。

都市部の瓦礫処理と農村部の森林除染とその処分が、今後の課題として重くのしかかってくるでしょう。

ただし、予想を超えてかなり早い速度で放射施療が低減していることがわかりました。次回は番組のチェルノブイリの部分をレポートします。

 

■お断り 「鉄腕ダッシュ村」の3.11特番より、計画的避難地域の現状、そしてチェルノブイリの現状を理解するために有意義だと考えて、参考のために引用させていただきました。改めまして、この番組を作られました日本テレビに感謝いたします。

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霞ヶ浦東岸三景

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福島事故における放射性物質飛散距離は、チェルノブイリの10分の1だった

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昨夜、どかんときました。震度4と言っていますが、地震グルメの私の見立てでは5弱はあったでしょうか。被害はありませんが、ひさしぶりに下からの揺れはちょっと怖い。 

さて首都圏のママさん、今回もまったく同じ主張の繰り返しですが、怖いのは分かりますが、それでこれからどうなさるおつもりでしょうか。 

いつまでも東日本を怖いと言い続ける?放射性瓦礫も、一般瓦礫も一緒だから搬入に反対する? 

それとも、政府のかつてのリスクコミュニケーションの失敗を批判し続けて、返す刀で生産者に不信感を持ち続ける? 

まぁいいでしょう。いつまでもなさっていて下さい。私としては、そうとしか言い様がありません。あなたは2011年3月12日から一歩も先に歩みだしていませんから。 

去年の3月12日から3月いっぱいの期間なら、あなたの主張はそのとおりでした。 

しかし、今のあなたのような主張は、自分の不安を他者への攻撃性へと転化しているだけのようにみえます。 

誰にその怒りをぶつけているのか分かりません。 

人によっては政府・東電だったりするようですが、それなら分かります。というより、「被曝」地の私のほうがあなたの数倍怒っていますし、怒る権利はあるつもりです。

しかし、そうではないから困るのです。怒りの対象が私たち農業者だったり、放射能もかぶっていない被災地に対してだったりするから変なのです。 

あなたはこう書きます。 

「500Bq/Kgの汚染以下のがれきをもっていくと約束しているようですが、去年、その500Bq/Kgの農作物を測定するのに、どんなに苦労したか。
ガイガーカウンター向けてすぐに基準値を超えていることがわかるなら、あんなに苦労しなかったことは、農家の方ならすぐにわかると思います。」
 

このような現実を知らないことを言うから、私に「去年3月で時間が止まっている」と言われるのです 

去年3月当時、原発立地県のわが茨城県ですら計測機器は圧倒的に不足していました。わが県ですら、頼りは県内各地のモニタリングポストでしかありませんでした。 

それが福島と茨城は他県より充実していたために、いち早く空間線量を知ることが可能でした。 

しかし、野菜のスクリーニングをするようなシンチエーション・サーベイメーターや、ましてや高価なゲルマニウム測定器など望むべくもありませんでした。 

だから、政府の出荷規制が猫の目のように変わったためもあり、農業現場は修羅場でした。

その中から出荷規制を破ったものも出る不祥事があり、それが大きく報道されて農家に対する不信感を根深いものにしてしまいました。 

その時点ではおっしゃるように500bqなどを測るのは至難だったのは確かです。 

今はまったく違います。この1年は大きかった。多くの生産団体が測定器を持つようになり、また流通段階での測定はほぼ完全にされるようになってきています。 

今や500bqなんて測るのはメじゃないです。食品の計測ですら、5bqの下限値が定着してきているのですよ。 

ですから、あなたのこのような言い分は実態に即していない根拠のない恐怖心です。 

「つまりもっていく瓦礫はが汚染のすくないものかどうかなんて、測定できない安全なんです。だいたい、早川地図と航空機汚染地図と実際に焼却して実験してみた予想の世界。」 

早川マップももはや古いのです。今は文科省が実測図を出しています。 

早川さんのは実測がでない前の時点では有意義でしたが、しょせんシミュレーションにすぎません。公的機関の実測分布図が出た後では歴史的役割を終えています。(欄外資料1参照) 

これでわかるのは放射性物質の飛散が思いの他おさえられていることです。 

このグラフで黄緑と赤色の100万~300万/㎡を超える地域は、30㎞圏内の計画的避難区域の中に収まっています。 

それに対してチェルノブイリ事故では250㎞離れた地域でも100万bq/㎡を超える地域がでています。(欄外資料2参照)

では、比較してみましょう。 

料2グラフで青い部分が18万5千bq/㎡ですから、北はスカンジナビア半島の先のノルウエイや、南はイタリア半島アルプス山脈、西はなんとアイルランドまで1万bq/㎡レベルで汚染しているのがお分かりいただけるでしょうか。

福島県内の汚染がひどい地域もおおよそ10万~30万bq/㎡地帯であり、資料2のチェルノブイリ事故の薄い青色部分に相当し、ほぼ100㎞圏内(一部群馬、栃木部分を除く)に収まっています。 

セシウムに関する限り、福島事故はチェルノブイリより、線量において10分の1(文科省発表)、飛散距離においてもはるかに狭い範囲にとどまっているといえます

一方プルトニウム239、240は、チェルノブイリでは原子炉自体が破壊されたために30㎞彼方まで飛散しましたが、福島においては18㎞でした。

プルトニウム239・240合計量も、チェルノブイリでは370bq/㎡超でしたが、福島ははるかに少ない15bq/㎡でした。

結論として、福島第1原発事故はチェルノブイリ原発事故よりはるかに小規模な汚染で済んだということになります

これは事故当時東への海方向の風が吹いていたこと、そして福島第1原発の建屋の損傷で済み、原子炉格納容器が爆発から免れたことによります。

1年たち、もう少し冷静に事故のありようを見たほうが良いと思います。

セシウムがほとんど出ない原爆と比較して原爆140発分だとか、汚染はチェルノブインリを凌ぐだだとか、果てはECRR のように「福島で40万人がガンになる」などとというデマには惑わされないでください。

そのような流言蜚語でもっとも傷つくのは、遠い地安全地帯のひとではなく、福島の人々なのです。

いいですか、1年だったのですよ。1年前なら首都圏のママさんの恐怖は私も一緒でした。

しかし、私たち現地の人間は、その中から真実の情報とニセの情報をよりわける膨大な作業をして、現実に除染活動をしてきているのてす。ただ怖いと言うだけの人たちとは違います。

ただただ自分の恐怖心に沿った情報のみを採取して、それを拡散し、果ては一般瓦礫と放射性瓦礫までをゴッチャにして反対運動をするにいたっては何をかいわんやです。

今の瓦礫反対運動は悪質な復興妨害運動にすぎません。

個人がみずからの価値観で食品をより分けるのは自由です。外国産を食べようと、西のものを食べようとかまいません。選択の自由だからです。

しかし、今被災地が復興どころか復旧すらできない状況の最大原因の瓦礫処分を妨害するとなると、それはまったく次元が違います。

それは集団エゴであり、人としての道に外れます。明らかにそれは間違っています。

                     ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■資料1 福島第1原発事故のセシウム137分布図
(文科省3月13日発表)

Photo
                              (産経新聞3月14日より転載いたしました。)

■資料2 チェルノブイリ事故だのヨウーロッパのセシウム137分布図
(ネーチャー誌2011)
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                               (東京農工大木村准教授による)

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北九州市全会派一致で瓦礫受け入れを決議。これで大勢が決した!

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瓦礫処理受け入れの天王山と目されていた北九州市が、全会派一致で受け入れを進める決議を打ち出しました。 

これは躊躇している市長への全会派による提案という形をとっており、提案者にはやや驚きましたが、共産党、社民党までもが含まれています。 

北九州市は初の政令指定都市での受け入れとなります。これで趨勢は決定しました。瓦礫受け入れ反対運動は、衰退の方向に向かうでしょう。

彼らの主張が勝つことがあれば、東日本は無条件にすべてが「放射能汚染地域」であり、そこのものはそれが通常廃棄物の濃度と同等であろうとなかろうと一切を拒否するという非道がまかり通ってしまうことになります。

ここにおいても一握りの市民団体が市長に団交を求めて、つるし上げられた北橋市長は「科学的知見に基づいて受け入れの可否を判断する」という煮え切らない態度で対応していました。

これに対して、しっかりとした受け入れをすべきという提案が全会派の形でなされたわけです。まさに勇気ある決断だと思います。

反対運動をしている「北九州子供の未来」の女性代表は、「安全だから安心して、と言うが、何をもって安全というのか、市民に何の説明もない」と言っていますが、果たしてそうでしょうか。

環境省は、明確に「放射性物質の濃度が通常の廃棄物相当と判断されるもの」として広域処理対象の240~480bq以下と説明しており、事前測定を徹底するとしています。

しかもこれは食品ではなく、環境センターで処分されるものであり、放射能の漏洩は考えられません。

反対運動が続く神奈川の事例では、瓦礫は神奈川自身の下水汚泥より低レベルで、しかも遠からず自らの廃棄物も他県に処分を依頼せねばならない、という笑えない事実もありました。

それでもなおかつ、東日本全域の瓦礫は放射能をまき散らすというデマを信じる人たちによって、被災地瓦礫はわずか全体の6%しか進捗していませんでした

私は、このような地域エゴにしがみつく自治体名は名前を公表したうえで、被災地が受け入れ側に与えられる補償金を使って被災地みずからの自前の処分場を作るしかない、と思っていました。

現実に仙台市ではその方式がとられていますが、難点は建設にまで時間がかかり、いっそう瓦礫処理が遅れることでした。

既に被災から1年がたち、今や一刻の猶予もありません。しかし、反対運動を恐れて、多くの自治体首長は日和見を決め込んでいます。(欄外日本青年会議所アンケート結果参照)

このような日和見を許さない流れを作る上で、北九州市の全会派一致の受け入れ提案が可決されたことの意味は大きいといえます。

政府は重い腰を上げてようやく受け入れ要請を正式に行うようです。遅きに失した感がありますが、これで大勢は決しました。

東日本全体を「汚染地域」視する瓦礫受け入れ反対運動は、遠からず消滅の道を歩むでしょう。彼らにいかなる理もなく、応援もありません。

 

■写真 湖の朝日と湖岸

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■ 北九州市議会で、東日本大震災で発生したがれきの受け入れを市に求める決議が全会一致で可決されました。
北九州市では、議会でこうした決議が可決されるのは初めてではないかとしています。
 

この決議は、北九州市ががれきの受け入れに慎重な姿勢を示しているのに対し、がれきの処理なくして被災地の真の復興はありえないとして、市議会の主要な4つの会派が先週、提出していました。

決議では、放射線量の測定体制を十分に整えることを条件に、放射線量が「通常の廃棄物相当と判断される」がれきを受け入れるよう、市に求めています。
12日に開かれた北九州市議会の本会議で採決が行われ、全会一致でこの決議が可決されました。

北九州市では、議会でこうした決議が可決されるのは初めてではないかとしています。
可決した瞬間、傍聴席から賛否両論の意見が飛び交い、数人が退場させられる一幕もありました。

決議の可決を受けて、北橋市長は記者団に対し「議会の思いは真摯(しんし)に受け止めなければならない。今後、情報収集に努め、科学的な観点に基づいて受け入れるかどうかを判断したい」と述べました。

震災で発生したがれきの受け入れを行っているのは、東北を除くと東京都だけで、11日に野田総理大臣が、法律に基づいて各都道府県に受け入れを文書で要請する考えを示しています。
NHK3月12日

日本青年会議所が8日に発表した瓦礫処理受け入れアンケート調査結果
・実施日・2月下旬から3月上旬
・調査対象・焼却施設や最終処分場を持つ998市町村(一部事務組合処理を含む)の首長
・アンケート内容・瓦礫受け入れ意思
・アンケート結果・7日現在で590人から回答あり。
・賛成・116人の首長が、要請があれば「受け入れてもよい」と回答。(20%)
・反対・「受け入れたくない」とした首長は160人(27%)。
・態度保留・314人。

ちなみに反対ビラはこんなものです。放射性低レベル廃棄物と一般瓦礫を意識的に混同してます。こんなウソに乗らないで下さい。

Gareki_3

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被災地復興の最大の障害物になった瓦礫搬入反対運動

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瓦礫処理がデッドロックになっています。その主要な原因は各地の「瓦礫搬入阻止闘争」のためです。

私は今までこれほど醜悪な「闘争」を見たことがありません。

「放射能を全国に拡げるな」というわかったようなわからないようなお題目で、まったく放射能汚染がなかった被災地の瓦礫まで拒否するにいたっては、いかなる名分も彼らにはありません。

国は瓦礫処理特別措置法を作って早急に移送するか、あるいは被災地に処分場を建設して現地雇用を創出しつつ処分するしかなくなりました。

これ以上反対運動が長引き、そのために沖縄まで搬送することをなどになるより、そのほうがいいかもしれません。

先日の会見でも首相は「復興の槌音」うんぬんと美辞麗句を吐くのみで、かんじんの瓦礫ひとつ満足に処分については具体的な発言を避けました。

復興庁も、予想どおりなんのビジョンもないクズ官庁がひとつできただけで、村井宮城県知事からは(松下政権塾・民主党支持)「査定庁」とまで酷評されています。

復興の最大の障害物と今やなってしまった「瓦礫搬入反対運動」は、国民が包囲してやめさせねばなりません。

以下、被災地瓦礫について分析した旧稿を再掲します。彼らにはなんの理もありません。


         ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

私は瓦礫搬入反対運動は、科学性を欠いた「脱原発運動」に名を借りた地域エゴであると思います。一体なにに怯えているのでしょうか。 

宮古市の瓦礫が放射能を拡散させるというのはナンセンスな言いがかりです。彼らの反対運動の主張は、「放射能を全国に拡散させるな」というものです。http://akitacity.web.fc2.com/link.html 

被災地で今もっとも深刻なことは、瓦礫処分がいっかな進まないことだということを百も承知でこんな「反対運動」をやっているのでしょうか。 

瓦礫が津波で壊滅した町を新たに復興する上で最大の障害になっており、1年たった今なお未だ着工すらできていない地域が多いことの原因だと知ってやっているのでしょうか。

この人たちは被災地の復興を、真正面から妨害しているのです。 

同じ時期に国は、双葉町に恒久的な放射能中間処理施設を作ることを発表しました。双葉町町長は、「これが法の下の平等か」と嘆きました。 

被災地の瓦礫はいっさい搬出させない、しかし、放射能汚染された廃棄物はどんどん搬入する施設を作る・・・。

人間を馬鹿にしてはいませんか。被災地を踏みにじるのはいいかげんにしなさい。 

さて、宮古市は今強い反対運動をしている神奈川の茅ヶ崎市とほぼ同等の距離にあります。 その福島第1原発からの距離を見ます。

福島第一原発からの距離比較
宮古市    ・・・260km
横浜市    ・・・253km
川崎市    ・・・242km
相模原市   ・・・254km
横須賀市   ・・・267km
 

被曝線量は、外部被曝、つまり環境放射線量と、内部被曝が積算されたものです。この人たちは、自分の住む町の外部被曝線量を見たことがあるのでしょうか。 

2012年1月28日の空間放射線量率の最大値
宮古市     ・・・ 0.052マイクロシーベルト/時
茅ヶ崎市    ・・・ 0.047マイクロシーベルト/時

ほぼ一緒じゃないですか。宮古市が特に危険でもなんでもありません。
 

次に内部被曝を恐れて神奈川に搬入させないと叫んでいるわけですが、かくいう神奈川は生ゴミをの処理を他県に移動しようとしています。

やがては、今満タンになりつつある下水道の汚泥も自分の県の処理施設で処理しきれずに、他県に搬出しようとしています。 

下水道汚泥は都市部の放射性物質の最終蓄積場所です。東京や神奈川の処理施設で高い線量が検出されたことはご承知のとおりです。http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1105310059/

もしここで反対派の人たちがいかなる線量であろうとも搬入を許さないと主張するのならば、とうぜんのこととして神奈川の下水道汚泥の搬出も他県によって阻止されることでしょう。 

因果は巡る水車です。宮古の瓦礫をその放射線量もろくに計測しないうちから、まず拒否しようとする。

その理由に、「いかに低線量であろうとも危険だ」というゼロリスクの論理を持ってくれば、やがては自分に跳ね返って、自分の県の下水処理施設が稼働できなくなります。

ここに、相模川流域下水道右岸処理場の汚泥の焼却灰の放射線量のデータがあります。宮古市瓦礫とは比較にならない高線量です。 

神奈川下水道汚泥放射線量(相模川流域右岸処理場・2012年1月16日)                                      ・・・・・1024bq/kg 

千ベクレル超の下水道汚泥をやがて県外に搬出せねばならない地域の住民が、その10分の1以下の瓦礫の搬入を断固阻止するという笑えない構図です。 

問題は「いかなる低線量でも反対」と立ててしまう非現実性にあります。このような硬直したオール・オア・ナッシング論を言い出すから、議論が膠着してしまうのです。 

今回、神奈川県が受け入れを表明したのは100ベクレル以下の、分類上は通常ゴミです。100ベクレルというのは、瓦礫を食べる人はいないでしょうが、食品の規制値(4月発効)でもあります。 

食品規制値以下なのに搬入拒否するならば、一切の食品は他県から持ち込めないことになります。この人たちは、神奈川県を自給自足にして、瓦礫はおろか食料も持ち込ませないという運動でもするつもりなのでしょうか(半分冗談です)。

ところで、既に東京都は被災地からの瓦礫の搬入を始めており、現実に被災地瓦礫の放射線量のデータも出始めています。 

東京都の被災地瓦礫の放射線量測定値
❶都内のゴミと完全に分別された状態で、確実に被災地瓦礫だけの状態で処理された廃棄物の放射線量                    ・・・・検出限界以下(40bq以下)
❷一つの処理ラインで、時間帯を分けて都内のゴミと被災地瓦礫を流した場合(少量の都内のゴミが混ざった可能性がある)         ・・・・・60bq~90bq/㎏
❸都内のゴミと被災地瓦礫を同時に処理した場合・・・・111bq
 

これをみればわかるように、被災地瓦礫単独での処理の放射線量は、都内のゴミ処理単独の放射線量の2分の1以下です。 

被災地瓦礫に反対する人たちは頭を冷やしたほうがいい。どうせ反対するのならば、自分の地域の下水処理場の汚泥の放射線量を計ってからにしていただきたい。

そして遠からず満杯になる自分の処理場汚泥が、宮古の震災瓦礫の比ではない1000bq超という危険水域の放射線量であることを自覚したほうがいい。

その時、自分たちの高濃度放射性物質汚泥が他県から確実に搬出拒否される事態になる未来に対して思いをめぐらせたほうがいい。

被災地復興に手を取り合って進もうという1年前の誓いをもう忘れましたか。自分たちの身に降りかからなければ、この人たちは目が覚めないのでしょうか。哀しいことです。

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今日から2年目に突入です!

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昨日、1年目の区切りを通過しました。 

昨日はなにか書くことが重くて、何度か書き直して、結局、マクラッチーさんの詩に替えました。 

あの詩は私の心情とは必ずしも一致しない部分があるのですが、少なくとも私などよりはるかに苦しんだ、命すら奪われた人たちがいた、そのことを一生忘れまい、と思いました。 

福島や宮城の子供の文章もいくつもスクラップしてあったのですが、書き写しているうちに涙が溢れて、とても最後までかないませんでした。 

鎮魂の1日でした。

どうして1年たってこんなにも泣けるのか不思議な思いでした。そして、私のようにだらしなく泣くこともせず、静かに合掌する東北の人々の姿を素晴らしいと思いました。 

さて、私にとっては、なんともやりきれない、なんとも耐えがたい、なんとも不毛な、なんとも忌ま忌ましい1年でした。一時は苦しみのあまり、生まれた街に戻ることすら考えたほどでした。 

帰農して30年、こんな弱気になったのは去年が初めてでした。今まで時間をかけて積み上げてきたことが根っこから覆され、なにを頼っていいのかわからなくなったのです。 

農業者にとって、土を汚されるということが生理的な苦痛ですらあることが分かりました。 

これは論理ではありません。科学的にどうだからではなく、我が身を故無く汚された、罪なくして痛めつけられたという気持ちです。 

そして自信を失いました。どうしたら放射能を除去したらいいのかわかりませんでした。 

降った放射性物質のみならず、周辺の森林から絶えず、長期間に渡って私の農場に汚染物質が流れ込む、そう思うと戦慄しました。

売り上げは去年の半分となり、今年の決算は大幅赤字転落となりました。農地を買い増しした借金が重くのしかかってきました。 

いかん、愚痴になりました。お許しを。 

このような中で三つ嬉しいことがありました。 

ひとつは、大きな支援を頂いたことです。多くの方からの励ましと支援の物資ほどありがたかったものはありませんでした。改めて心から感謝いたします。有り難うございました。 

二つめは、放射能は全能ではなく、最強ではないと分かったことです。放射能には天敵があることが科学的に立証されてきつつあります。 

粘土や腐植物質は電気的に、微生物や地虫は呑み込むことで、ゼオライトは物理的に、それぞれの場所で相互に補完し合いながら「共通の敵」である放射能と闘っていることがわかってきたことです。 

いがみ合い、罵り合い、苦しむ同胞すら差別する私たち人間と較べて、物言わぬ土中の者たちのなんとたくましいことでしょうか。 

私は「絆」という言葉を、土中の者たちによって教えられました。「絆」は調和の世界を取り戻すために、自分の立場で互いに足りないことをおぎない合いながら助け合うことです。 

三っつめは、地域の農業者とささやかな放射能と闘う芽を作れたことです。今までこのようなことがなければ語り合うこともままならなかった団体を超えたつながりが誕生しました。

そして地域の大学農学部との協同も生まれつつあります。研究者の人々は、私たちの経験則に言葉を与えました。科学的根拠を教えてくれました。

今後、できうるならば、福島の農業者ともゆるやかな連携ができればと考えています。

このように考えると、この1年は負けが6割で食い止められたのかな、と(笑)。

さて今日から2年目に入ります。私にとって2011年3月11日午後2時46分は、なにかの元年だったのかもしれません。

今日はいい天気です。お天道さまが真面目に働けと催促しています。

よし、いくぞ!

■写真 ちょっと時期は早いですが田植えの田んぼとたんぽぽ。一昨年の、まだ放射能に犯されずに無垢だった頃の写真です。

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1年後。 私たち日本人は、希望の光だけは失っていない

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                     1年後
                                     J.D マクラッチー
                                     訳ジェフリー・アングルス

 

その写真の中で
彼は、膝まで水に漬かり
微笑しながらも、微妙に恐怖している
 

彼の壊れたトランスフォーマーも、
彼のナップザックも、コップも猫も
なぜ生き残ったか
 

どうして他人に触れられるように
大事なものを置き去りにするか
 

政治家たち、答えてほしい
あの動力が、今のままありつづけると
考えたのはなぜか
 

古びた炉心は
誰も住めなくなる未来の波に
呑まれて崩れ落ちる

原子炉はまだそこに立っている
暖める、殺せるものが、まだあるというのか

ニュースは移り変わっていく
他の、より小さい、より大きい
遠くでおこった惨事へと

生きろ、と
ひそやかな、内なる声が
騒がしい画面のなかかで響き続ける

私たちの命は、死に向かって伸びていく
まるで臨終のように

彼は、みつめるばかりだった
彼は、速く走れなかった
彼は、すくいとられ

ほかの人々と一緒に
繰り返された日の映像にとられた
誰もそこから戻らない

私がその写真を撮ったとき
彼は、7歳半だった

                           「それでも三月は、また」より

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自民党の「TPPについての考え方」は一歩前進だ    全文つき

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野田政権は、「交渉参加をするかどうかの情報収集」と言いながら、事実上の交渉参加につながる事前交渉をしています。

この事前交渉は、外務当局が行うために外交機密上の秘匿事項とされる始末です。

国民は、目隠しされたまま国内法を自由に超越できるTPP行きバスに乗せられています。その間に既成事実づくりといわんばかりに、今度は西友が「中国吉林米」を出し始めました。

これは5キロ1299円で販売されるそうです。主食用10万トンの特別枠で輸入されたもので、一定の上乗せはかかりますが778%の関税はかかりません。 

間違いなく量販大手は「TPP以後」を狙っており、そのための準備を進めています。この「吉林米」はその観測気球にすぎません。

彼らはデフレをいっそうひどくして、我が身をけずる消耗戦に未来がないことにいいかげん気がつくべきです。そのデフレの大津波がTPPです。

さて、このようになし崩し的に進められるTPP交渉に対して、野党・自民党は主流派が原則賛成ながらも、野田政権のなし崩し交渉参加に反対の方針を決めたようです。

自民党のTPP判断基準を転載します。

自民党は、これまで論点となってきた、交渉品目を定めない「聖域なき開放」、輸入数量目標、健康保険改悪、金融サービスの開放、農業の安全基準改悪、毒素条項・1SD条項などに、反対する方針のようです。

自民党にしっかりとした原則的対応を望みます。

 

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

 

TPP交渉 判断基準まとまる 聖域なき関税撤廃反対 自民党
(日本農業新聞  (03月08日)
 

 自民党は7日、TPPについて、政府が「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り交渉参加に反対することを柱に、交渉参加の是非の判断基準「TPPについての考え方」をまとめた。政府が米国などとの事前協議で安易な妥協を重ねないよう縛りをかけるもので、従来より慎重な姿勢を鮮明にした。次期衆院選マニフェスト(政権公約)にも反映させる。 

『判断基準は、党外交・経済連携調査会(高村正彦会長)で決定をした。総務会などを経て、早ければ週内にも党全体の方針とする。同方針は、政府が進める交渉参加9カ国との事前協議について「外交の常識では、事前協議の段階から事実上の交渉は始まっている」と指摘。政府が「国民の知らないところで交渉参加の条件に関する安易な妥協を繰り返さぬよう」、判断基準を示すとした。(中略)

 山田俊男農林部会長は「農産物など重要品目を関税撤廃の例外としない限り、参加はあり得ないということ。民主党政権が方針を定めずに事実上の交渉を進めることへの危機感で、党内がまとまった」と語った。 

自民党TPPについての考え方 (全文) 

TPPについては、国民の理解を得るための情報が決定的に不足しており、政府の改善努力も全く見られない。従って、国益を踏まえて、何を取り、何を守るかの国民的議論が未だ深まっていない 

 昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)前に、野田佳彦総理は「(交渉参加のための)関係各国との協議を開始する」と表明したが、これは国内的事情によって、あえて曖昧な表現にしたものであり、外交の常識では、事前協議の段階から事実上の交渉は始まっていると言わざるを得ない 

 アジア太平洋地域における経済連携については、さまざまなオプション・進め方(例えば、東南アジア諸国連合=ASEAN=プラス3/プラス6など)が考えられ、わが党もその構築の必要性については、関係各国、国内各層と共有してきたところである。さらに、日・欧州連合(EU)や日・中・韓の経済連携も着実に進めていくことが重要である。

 また、アジアが今後も世界の成長センターとしての地位を維持していくために、米国との経済的なつながりを一層強くしていく必要があることは言うまでもない。わが国は、米国も含めたアジア太平洋全体の経済発展に主体的に取り組んでいく。

 政府が11月と同様に二枚舌を使いながら、国民の知らないところで、交渉参加の条件に関する安易な妥協を繰り返さぬよう、わが党として、この段階から以下の判断基準を政府に示すものである。
 
(1)政府が「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り交渉参加に反対する。
 (2)自由貿易の理念に反する自動車などの工業製品の数値目標は受け入れない。
 (3)国民皆保険制度を守る。
 (4)食の安全安心の基準を守る。
 (5)国の主権を損なうような投資家・国家訴訟(ISD)条項は合意しない。
 (6)政府調達・金融サービスなどは、わが国の特性を踏まえる。』
 

  「聖域なき関税撤廃」を前提とするTPP交渉参加に反対。数値目標等は拒否。国民皆保険を守る。SPSやTBTで、妙な妥協をしない(BSE問題や、遺伝子組み換え作物の問題)。ISDはNO! 政府調達(公共事業)や金融サービス(簡保、共済)は、日本の特性を踏まえて交渉。 

(太字引用者) 

■西友が中国産のコメ販売へ 原発事故で国産米価格上昇を受けて

産経新聞月8日(木)

西友は8日、10日から中国産のコメを低価格帯の国産米より約3割安い5キロ1299円で販売する、と発表した。首都圏と近郊の1都6県で10日から始める。大手スーパーでの中国産米の販売は、深刻なコメ不足で緊急輸入した平成5年以来とみられる。

 背景には、東京電力福島第1原子力発電所の事故の影響で国産米の取引価格が上昇したことがあり、外食大手にも豪州産米などの導入の動きがある。輸入米の販売動向は、政府が交渉参加を表明した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の議論にも影響しそうだ。

 商品名は「中国吉林米」。中国北部の吉林省産で、種類はジャポニカ種(うるち米短粒種)。玄米を輸入して、日本で精米し、首都圏と茨城、群馬、静岡の計149店で売る。

 安全性について西友では「中国の倉庫と船積み時に、国の輸入制度に基づく残留農薬などの検査を行っている」(幹部)と強調。「低価格米を求めるニーズに、安心・安全なコメでこたえたい」としている。1.5キロ(449円)の少量販売もする。

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湖の日の出三景

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絶対正義の空気に「水を差す」ことの大事さ

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大昔のことですが、私の世代はベトナム反戦運動と70年安保闘争の渦にいやおうなく巻き込まれていました。 

当時17歳だった私も、気がついてみれば高校生でその流れに身を投じていました。その時のことはこのブログの過去ログのカテゴリー「青春ゲバゲバ」に少し書いてあります。 

私にとって決して思い出すのが楽しい記憶ではなく、むしろ封印してしまいたいような、消し去ってしまいたいような記憶ばかりでした。 

ですから、私の上のいわゆる団塊の世代が楽しげに全共闘運動を追憶するのを聞くと、強い嫌悪感すら感じたものです。 

それはさておき、その時代の「空気」を今でも思い出します。それは一切の批判を許さない「空気」でした。 

たとえば、安保を反対とするという「空気」が支配的になれば(現実に青年層においては圧倒的でしたが)、それに批判的なことを言うこと自体が封じられるといったかんじでした。 

たとえば、今でも思い出す光景があります。ある討論会でクラスメイトからこう問われました。

「私も安保は反対なのですが、しかし安保条約のどこの条項が問題なのでしょうか」。 

笑えることには、主催者側であった私たちの誰もがただの一回も安保の条文など見たことがなかったのでした(苦笑)。 

せいぜいが言えることは、「ベトナム侵略に加担しているのは安保があるんだからフンサイだ」、ていどの理論ともいえない理屈でした。 

しかしそのようなことは安保条項とは別な次元の話で、そのとき友人から聞かれているのは条項上どこを問題としているのか、ということなのです。

そのとき私が思ったのは、「条項なんてどうでもいいじゃないか。やっていることが正しいんだから。なんで運動が盛り上がっている時代状況に水を差すんだ」、というとまどいでした。 

当時の社会は「絶対正義」が支配しており、当時17歳の幼稚な私は「絶対正義」の信奉者でした。

その「絶対正義」が、社会の中で反論を許さない支配的な「空気」を醸成します。 

その信奉者にとっていちばん怖いのは反対されることではありません。ただの反対ならなんとでもレッテルを貼って無視できます。 

怖いのは、その「空気」に流されない冷静な眼です。ひとつひとつのことを自分の頭で考えて整理し、それを他の人と突き合わせながらより深い真実を知ることです。 

結論をあらかじめ決めないことです。他者の言論を切り捨てないことです。 

水を差されることに過度に臆病にならないことです。自分にとって不利なデータも尊重することです。 

さて、日本人にとって安保闘争だけが「絶対正義」の時代であったわけではありません。戦前戦時中にも日本社会は極度の「絶対正義」の熱に冒されました。 

当時、軍部が恐れていたのは社会主義者ではありませんでした。天皇制打倒を叫ぶ彼らはとうの昔に国民から乖離した存在になっていて、無力だったからです。 

軍部がもっとも恐れ、弾圧したのは自由主義者の一群でした。美濃部達吉、河合栄治郎などです。 

この自由主義者たちは冷静に戦争へ突入しようとする社会に水を差し続け、軍部を苛立たせ続けたのです。 

結果、彼らは徹底的な弾圧を受けました。彼らは国賊として大学を追われ、出版社は潰されました。 

そして今また、日本社会に「絶対正義」が生まれかかっています。それは脱原発運動です。 

この運動の体質は、一部でいかなる批判も受け付けないいものになりかかっています。

ゼロリスク、ゼロベクレルを求めるということは、それ以外のことを認めないことと同義語です。 それは「絶対正義」の立場です

低線量被曝の脅威に疑問を呈しただけで、東電の回し者呼ばわりされます。 

そして今や私は、執拗なストーカー行為すら受けるようになっています。(念のために言いますが、「首都圏のママ」さんのことではありません。) 

これが私の言う「空気」です。この「空気」は、一切の反論を許さず、自分を「絶対正義」の高みに置き、それに水を差す人間を悪者だと思っています。

今、脱原発を真剣に考えるのなら、その足の抜き方まで問われなければなりません。

あるいは、再稼働を言うのなら、耐震、防災はいうまでもないことで、原発周辺地域の線量測定や疾病調査もせねばなりません。

低線量被曝を恐れるのなら、疫学調査の結果をもっと集めて、それをしっかりと分析せねばなりません。

政府基準が甘いというのなら、それを裏付けているICRPの放射線防護基準や科学的根拠も検討せねばなりません。

福島の人々に避難を言うならば、ウクライナやベラルーシの避難の記録も知らねばなりません。

やるべきことは山積みしており、私たちはまだなにも分かっていないことを自覚すべきなのです。

それにも関わらず、絶対的な言い切りで「ゼロ」を叫ぶことは危険な傾向ではありませんか。

かつての高校生討論会で、「絶対正義」の信徒だった私たちに水を差したクラスメイトの言葉が今でも耳に残ります。

「僕も反対なのだが、なにがいけないのかもっと冷静に考えようよ」。

 

■写真 芽も膨らんで、最高気温も14度になりました。もう春!

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NHK「真相ファイル」 原発近くで白血病が3割増えたというのは嘘

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私は原発と放射能の問題は調査し尽くすべきだと思っています。 

今回の福島第1原発事故で、大きく信頼が揺らいだ以上、再稼働に対しては、かの斑目委員長も言うように、ストレステストだけではたりず、耐震性、防災対策まで含めた総合的な見直しが必要です。 

その中でぜひ実施すべきなのは、既存の原発周辺の徹底的な放射線量測定と疾病調査です。 

現在、ほぼ全基が稼働していない状況ですから空間線量はさほど意味がありません。むしろ、原発からの距離によって土壌放射線量がどのように変化するのか、核種はなにか、住民、特に子供のガンや白血病は増加しているのか、などを調査すべきです。 

それをしないと、住民は不安から解放されないでしょう。 

ドイツの原発周辺の疫学調査ではこのような方法をとっています。(Kaatsch et. al. Int J Cancer 122:721, 2008)

まず、原発からの距離を最短5㎞から最長70㎞までに6段階に分けます。そしてその中の小児もまた年齢別に分け、他のコミュニティの対照例とランダムに比較します。 

実はこれはかなり大変な作業で時間もコストもかかります。

ドイツなどの場合、そもそも5キロ以内に子供が少ないとはいうことも多々あるわけで、その場合対照コミュニティと調査母集団の数が違ってきてしまい正確な比較にはなりにくいようです。 

そのようなメンドーな統計プロセスを全部省いて、えいやっと原発立地自治体のガンの増加数だけを見たのがこのNHK「真相ファイル」です。 

すると、米国のイリノイ週シカゴ郊外の3ツの原発が集中する地域では、原発事故が起きていないのに、住民に脳腫瘍、白血病が30%増えた。これも低線量被曝が原因である、ということになったそうです。 

これは統計学を少しかじった人間がみれば、幼稚なトリック数字だと分かります。だって、統計母集団の人口動態数が明示されていないではないですか。 

ただ「30%増えた」ではなにも分かりません。何年から何年まで、人口動態がこれだけあって、これだけの発症率の増加があったというなら有意な数字です。 

しかし、何年の白血病の人数と、何年後の発生人数を単純比較して、はいこれだけ増えましたね、それでは増加率は30%です、なんて言う報告書を出してもまったく意味がないのはお分かりでしょう。 こんなレポートを調査会社が作ったら、バカヤローと殴られます。

それは単純な発症人数の比較であって、発症率ではないからです市の人口が増加してしまえば、母集団の分母が増えますから当然発症人数も増えるわけなのはあたりまえです

実、このNHKの「真相ファイル」で取り上げたイリノイ州ブレトンウッドという原発立地自治体は、1990年から2010年までの20年間で人口が72.2%も増加しているそうです。 

同じく、ドイツのドレスデン原発のあるシャナホンもまた3倍に人口が増加しています。つまり、統計母集団の人口が大きく増加しているのです 

もしNHKの言うことをまともに取れば、ドイツ・シャナホンでは3倍に増えた母集団のうち3割が白血病になったというとてつもないことになってしまいます。このようなことは絶対にありえません。

しかし視聴者は、立論プロセスを気にして見ているわけではありません。番組で落ち着いた女性アナの声が深刻そうに告げる「結論」だけを記憶しているのです。

ですから、視聴者の頭には、「原発立地地域では3割も白血病が増えるんだ」という強烈な刷り込みがなされたわけです。このような報道を印象操作といいます。

ういう原発の近くで白血病や小児ガンが増えたという情報は今や都市伝説となって、国立ガンセンターの患者の多くが東海村住民だ、などというデマに発展していっています。

これが福島や原発立地地域への放射能差別の原因のひとつにもなっているのです。本当に罪深いことをNHKはします。

NHKが原発の恐ろしさを訴えたいのなら、このようなデマゴギーまがいの手段ではなく、自分で東海村なりどこなりの疫学調査を実施すればいいのです。そしてその結果を国民に報告すれば意味があります。

しかし、原発立地自治体は3割も白血病が増えたというNHKのデマの火消しにやっきとなっていると思われますから、警戒心をもって疫学調査に協力しないでしょう。

いやまったく、ふぅ~という気分ですね。どうしてこういうことをNHKは堂々とするのでしょうか。

この短い番組の中で、トンデル説は国際的に認知されていない学説への偏向、ICPRの元委員のインタビューは捏造、そしてこの原発近隣の白血病3割増加説は印象操作と、やってはいけない報道手法の展覧会です。 

これではICRP委員たちからBPO(放送倫理・向上機構)に提訴されてもいたしかたありません。

いつからNHKは脱原発プロパガンダ宣伝局になったんのでしょう。目的がよければ、方法は合理化されるという悪しき見本です。

NHKは脱原発運動の支援番組を作ったつもりで、実は妨害をしていることに気がつくべきです。

■写真 雪の早朝。トリ小屋の間から日の出を見る。

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NHK「真相ファイル」は脱原発を言いたいために捏造を繰り返した

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先日、あるシンポジウムで福島、茨城の農業者と語り合う機会がありました。 

そのとき、見事に一致した意見が、「いちばん欲しかったのは情報。今も正しい情報と誤った情報が混沌としている。正しい情報がほしい」、というものでした。 

正しい情報なくしては闘えません。私たち現場の人間には声高なアジテーショーンはいらないのです。必要なのは、正確な事実と証拠です。 

さてNHKが、2011年12月28日に放送した「低線量被ばく 揺らぐ国際基準 追跡!真相ファイル」は、まさに誤報と捏造のデパートでした。 

まず、スウエーデンで低線量被曝により34%事故後にガンが増えたとする「有名な」トンデル説が紹介されます。 

これについては、一昨日述べたようにスウエーデン当局の疫学資料があり、明確に否定されています。低線量被曝でガンが増加したという事実も証拠も存在しません

このトンデル説は、疫学資料を意図的に改竄して、被害を持説に都合のいいような誇張をおこなっていたことが証明されています 

とうぜんのこととして、国連科学委員会では相手にされていないトンデモ説です。 

しかし、この34%増加説に従ってECRR(*ヨーロッパの反原発運動団体)のバズビー氏は、日本で「福島で40万人がガンになる」と放言し、「福島から避難しろ」というパニックを引き起しました。 

この34%増加説を、NHKという公共放送が番組で流すことで権威づけてしまったのですから罪が重いといえます 

これはNHKが日本でも公開されている疫学データの裏をとらなかったためですが、とりあえずまだ誤報の範疇といえます。 

しかし、「2011年10月、ICRP勧告の見直しをめぐって開かれた会議において、ICRP(国際放射線防護委員会)元委員から、低線量被曝の基準を半分に緩和した、という証言を得た」、という報道に至っては、もはや誤報ではなく意図的捏造です。 

番組の中でNHKは、こう言います。 

「ICRPは1980年代に広島・長崎のガン死亡率が1Svで5%だったのが、500mSvで5%にデータが修正された時、ICRPは勧告を修正しなかった。
その理由を、この元委員は「政治的な判断だ」、17人の委員のうち13人が原子力産業の出身者であるからで、「原子力村」の政治的圧力があったからだ。」
 

事実は真逆です。NHKのいうようなICRPの上限値引き下げの事実はありません。まったく逆に、ICRPは1990年に第60号勧告(*ICRPには命令する権限はない)の中で、公衆被曝の年間を5mSvから1mSvに規制強化しています 

この引き下げ勧告についてICRPの元委員が、「政治的なものだ」と言っている言葉を、NHKは「基準を緩める政治的な圧力があった」というふうにねじ曲げて報道しました。

この元委員の言う「政治的なもの」という部分は、「5mSv以下にする科学的根拠はなかったが、放射能の健康被害についてチェルノブイリ以降心配する世論が強いので大幅に下げた」と解するべきです。

私は「原子力村」を憎みます。しかし、このような少し調べれば勧告の内容など簡単に分かるものを、真逆に報道する神経が理解できません。 

これに対して直ちにICRPの委員から厳重な抗議を受けています。もしこれでNHKが負ければ(負けるでしょうが)、NHKの意図とは正反対の効果を生み出すでしょう。 

捏造はまだ続きます。 

次いで、番組は「驚くべき事実」なるものをセンセーショナルに伝えます。ICRP の クリス・クレメンス氏のインタビューとして、氏の画像と原音を流しながら字幕を入れていきます。 

その字幕ではこのように出ています。 

「ICRP が採用している低線量の被ばくによるガンのリスクは、広島・長崎での被爆者の追跡調査の結果から得られたリスクの約半分だ」、そして「低線量のリスクを半分にしていることがほんとうに妥当なのか議論をしている」。 

この字幕では重要なことが伏せられています。クレメンス氏がNHKのインタビューにに対して答えている対象は「低線量のリスク」一般ではありません。 

これは字幕と原音を聞き較べれば歴然としています。 

原音・One is this question of DDREF, and one is the question of  extrapolation. So, we have ah ... dose in this direction ...
・「一つは DDREF(線量・線量率効果係数)についての疑問であり、一つは外挿についての疑問です。さて、ええと、こちらの軸に線量をとり 」
字幕・「問題は低線量のリスクをどうするかです。」
(ソース buveryの日記による)
 

NHKは明らかにDDREFというこのクレメンス発言の主語を字幕で意図的に伏せているのがお分かりいただけると思います。 

クレメンス氏が答えているのは、あくまでもDDREF(線量・線量率効果係数)のことです。DDREFは、一般には聞き慣れないでしょうが、少なくとも米国に健康被害を調査する取材チームなら基礎知識でしょう。 

DDREFは放射線量の基準値ではありません。低線量低強度被曝の場合の健康煮与える効果が、高線量での結果の何分の一かを計算する係数です。

ですから、この中でもクレメンス氏は原音の中ではっきりと「DDREF2」と言っています。この最後の「2」というのが係数で、実際の線量の2分の1分で実効放射線量を考えましょう、という目安です。 

「低線量の放射線をゆっくりと浴びた場合は、強い放射線を一気に浴びた場合よりも健康被害が少ないので、それを補正するために DDREF(線量・線量率効果係数)で割ることにする。 ICRP では DDREF を 2 に選ぶ」。
(
被ばくによってガンで死亡するリスクについて) 

あたりまえですが、実際の防護は実効線量を基準にして行うわけですから、DDREFが2であろうと、15であろうと、ICRPが「リスク評価を半分にしてしまった」などということはありえません。 

たとえば、仮に年間10mSv浴びたとするのなら、DDREFがいくらの値であっても、被曝線量はあくまでも10mSvであって、実際の防護の行動はDDREFによらず全く同じです。 

米国 BEIR(米国科学アカデミー 電離放射線の生物学的影響に関する委員会) はDDREF を 1.5 くらいに取ろうと言っていますし、国連(UNSCEAR)はそもそも DDREF の概念自体を認めていません。(ソース 学習院大学・田崎晴明教授) 

したがって、クレメンス氏は単に「DDREFを半分として考えることが妥当か議論をしている」、と言っただけであり、ICRPが「リスクを半分にしてしまった」などということではまったくないのです 

被取材者が言っていないことを字幕で流すという行為は、報道の原則を逸脱した情報操作であり、許されざる行為です。 

NHKの番組制作意図は、たぶんこのようなことではなかったかと思います。
➊低線量リスクはある。
❷それをICRPはリスクを過少に評価している。
❸それは国際的な原子力推進勢力の圧力だ。

この意図自体は意味がある調査です。ほんとうに低線量リスクが実際に証明されたのなら画期的なことですし、それをICRPが握りつぶしていたのなら大変なことです。

まして、それが国際原子力村の仕業ならば、ピタリと脱原発の構図にはまります。

実際に番組の中でもICRPの名誉委員であるマインホール氏が、「ICRP は原子力エネルギー推進派の圧力を受けている」という発言をしています。

ああ、もったいない。こんな発言をもらっておきながら、その前段➊❷の論証部分が勉強不足と捏造だったためにだいなしになりました。

初めから結論を決めて、それに合ったものしか取材しないからこうなるのです。

しかし、NHKがこのまま頬被りしていけば、「真相ファイル」は「真実」ということで流布されていくことでしょう。そしてその虚偽が崩壊した時に、「脱原発」の信頼性までもが瓦解してしまうのです。

次回は原発の近隣でガンが増えているという番組内の報道を検証します。

■写真 春一番に咲くのはイヌフグリの可憐な小さな青い花です。

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原発問題についての私の立場

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私は原発に深い懐疑をもっています。 

被災地と被曝地は完全に重なります。震災被害から立ち直ろうとする人々を放射能禍が直撃しました。 

そして放射能禍は晴れることなく、解決のめどすらみえない状態です。こんな状況の中で、どうして原発を支持しできますか。 

おそらく被災地・被曝地の住民で、心から原発がいいという人がいたらお目にかかりたいものです。 

再稼働がとりざたされていますが、情報が開示されないまま小手先の技術的な改善で済ませる再稼働などもってのほかです。 

今また震災が襲来して、巨大津波に耐えうる原発がいくつあるというのでしょうか。この津波対策なき再稼働など冗談ではありません。第2、第3の福島を作るようなものです。 

そして、民間事故調報告書でも指摘された原子力特有の隠微な政-財-官の癒着構造はいささかも変化していません。 

「津波はこない」、「「大地震酸はこない」という「安全神話」を作り上げ、いかなる改善の声にも耳を貸さなかったことが、福島第1原発事故の原因の本質です。 

民間事故調の報告書はこう指摘しています。 

「中央と地方の2つの「原子力ムラ」がそれぞれ独自の「安全神話」を形成しながら、結果的に原子力を強固に推進し、一方で外部からの批判にさらされにくく揺るぎない「神話」を醸成する体制をつくってきた。 

事故以降もこの「神話」を作り上げた構造はいささかも変化がなく、その者達に原子力の火は委ねられたままです。 

つまり何も変わっていないのです。これでどうして原発を再稼働できるのでしょうか。この癒着構造が徹底的に解体されるまで、私は「脱原発」の立場に立ちます。 

一方、私は「脱原発運動」にもまたなじめないものを感じています。 

その最大の理由は、まるで福島や茨城などの被災地・被曝地農業を敵視するかのような人たちが「脱原発」を語っているからです。 

私は「被曝地」住民のひとりとして、「福島の野菜を食べるとガンになる」、「福島から全員逃げろ」、「東日本はおしまいだ」というような人たちとは肩を組むことはできません。 

それは今も放射能で苦しむ人たちの傷に、更に塩をすり込むが如き卑劣な行為です。

この人たちが唱える低緯線量内部被曝論は科学性が疑わしく、原発問題と放射能のリスク評価を混同しています。

脱原発の論拠を低線量被曝にだけ求めようとするのは、被曝地の住民との間に壁を作り出すだけではなく、なぜあのような事故になったのかという原因究明をあいまいにしてしまう可能性すらあります。

というわけで、私は原発懐疑派であり、かつ低線量被曝脅威懐疑派ということになります。

そしてなにより、被曝地現場で踏ん張るしかない農業者です。

 

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NHK「真相ファイル」 スウエーデンの低線量被曝地帯で発ガン率が高いというデータはない

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事実ではないデマゴギーが、「脱原発」の美名のもとに拡散しています。その多くが低線量内部被曝や東日本の食品ににまつわるものです。 

脱原発を言うためには、低線量被曝の脅威を肯定せねばならないような今の日本の風潮はおかしいと思います。原発問題と放射能の健康リスク評価はまったく別次元のテーマだからです

私は「運動」には行き過ぎがあるのはやむを得ない部分があると思いますが、「脱原発運動」の論理的な基盤の危うさを感じています。 

たとえば、NHKは原発事故以降、精力的に「脱原発」の立場で報道を続けてきました。 

それは「ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図」などのような民間放送局にはまねできない優れた業績も残しています。私はこれを高く評価しています。 

しかし一方、NHKは明らかな誤報もしています。それが2011年12月28日に放送された「低線量被ばく 揺らぐ国際基準 追跡!真相ファイル」です。
動画 
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65782795.html 

このNHK「真相ファイル」はこのような要旨です。 

  • ➊チェルノブイリ事故以降、低線量内部被曝によって、スウエーデン北部、事故当時0.2mSv(ミリシーベルト)だったにもかかわらず、少数民族のサーメ人に事故前と比較してガン発生率が1年あたり34%増加した。
  • ❷米国のイリノイ週シカゴ郊外の3ツの原発が集中する地域では、原発事故が起きていないのに、住民に脳腫瘍、白血病が30%増えた。これも低線量被曝が原因である。 

    ❸11年10月、ICRP勧告の見直しをめぐって開かれた会議において、ICRP(国際放射線防護委員会)元委員から「低線量被曝の基準を半分に緩和した」という証言を得た。

    また、ICRPは1980年代に広島・長崎のガン死亡率が1Svで5%だったのが、500mSvで5%にデータが修正された時、ICRPは勧告を修正しなかった。その理由を、この元委員は「政治的な判断だ」、17人の委員のうち13人が原子力産業の出身者であるからで、「原子力村」の政治的圧力があったからだ。
     

    ➊の北欧の低線量でのガン34%増加説は、はスウエーデンのトンデル氏というECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)という脱原発団体の人の説です。 

    クリストファー・バズビー氏はこのトンデル説を低線量内部被曝の根拠にしており、わが国の低線量被曝脅威論に必ずといっていいほど登場する事例です。 

    ただし、信憑性はかぎりなく低いと私は見ています。なぜなら、この番組の中でも「事故後1年から4年で発症した」とされていますが、放射性物質による発ガンはこんな短期間ではありえません。 

    もし、このような短期間で発症するなら、大量に一時に被曝した場合の急性放射線障害であったか、あるいは白血病か、甲状腺ガンしかありえないからです。http://www.remnet.jp/lecture/forum/02_04.html 

    そして両者の可能性は、北欧においては考えられません。

    ありえるとすれば、フォールアウトした放射性物質が蓄積した地衣類か、それを食べたトナカイなどの肉を食べたケースです。 

    これはありえます。しかし、その場合の晩発性障害が発見できるだけのしこりとなるまでには平均25年かかると言われています。

    こんな短期で発症したのならば、別な原因、つまり強制移住や食料制限などによる強ストレスによる免疫力の低下が原因だと思われます。 (ソース ルイ・パストゥール医学研究センター分子免疫研究所所長・藤田哲也氏)

    ところで、このトンデル氏の説はこのようなものです。
    「1986年から1987年の値を基準にして、種々の補正を加えた結果、1988年から1996年のスウエーデンでの癌の発生率を調べると、セシウム137の100kBq/㎡の放射性物質降下に対して、癌の比率は11%(95%信頼度:3-20%)増加した。白血病と甲状腺癌は増加していない。」 

    これを読むと、トンデル氏自ら初期被曝による白血病、甲状腺ガンを否定しているのが分かります。 

    では、下図でスウエーデンの汚染分布とガンの発症・死亡率の相関を現した疫学グラフをみます。 

    002

    004
    この図は大変に面白いといってはなんですが、低線量とそれ以上の線量との比較が見られるという貴重なグラフです。

    上段図をみると、低線量の0-3kBq/m2のところと、それ以上の、60-79kBq/m2が同じだけの発ガン率をしめしています。

    これは低線量こそが危険であるというトンデル・バズビー説とは激しく食い違います。

    そしてもっと興味深いのは、死亡率ですが、有意に増加しているのは40-59kBq/m2と、80-120kBq/m2の2カ所です。

    60-79kBq/m2の線量域に至っては、低線量域の0-3kBq/m2のところと比べて1割強下がっているのが分かります。

    これでは低線量被曝脅威説の真逆の「悪名高き」ホルミシス効果(*)の証明になってしまいかねません。

    私はホルミシス効果を言うヤローは即座にブン殴りたい欲求にかられるのですが、このスウエーデンのグラフを見る限り、ガンが1年あたり34%増えたという説は眉に唾をつけるシロモノだと思わざるをえません。

    ❷と❸は次回に検証します。これもそうとうにおかしいのです。

    NHKはこのようなトンデモ説、もといトンデル説を無検証で放送した責任を問われるべきでしょう。まじめに放射能と闘っている私たちにとって迷惑です。

    *ホルミシス効果 1978年、ミズーリ大学のトーマス・D・ラッキーは「電離放射線によるホルミシス」という書籍を著し(略)、低線量の放射線照射は生物の成長・発育の促進、繁殖力の増進及び寿命の延長という効果をもたらしうるとした。 (Wikipedia)

    ■写真 雪の麻にすっくと雪をまとって立つ欅。りりしいなぁ。

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    5年かけて段階的に基準値を半減させていく方法が望ましかった

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    首都圏のママさん。

    あなたはほとんど私の書いたことを読んでおられませんね。だからちっとも噛み合わない。ひとり相撲をなさっている。
     はっきり申し上げて不毛です。 

    こんな危険だという{学説」がある、というのをどんどん張り付けてこられても、無意味です。私も今までそれなりに読んできましたから。 

    私は現役の農業者です。実践家です。生活人です。運動家でもなければ、理論を道具にする人間もありません。 

    ただ、論理の筋道はつけておきたいと思っています。それも結論があって決めつけるのではなく、新たな証拠やデータが出たら、その都度修正できるような柔軟な眼を持っていきたいと考えてきました。 

    低線量が内臓諸器官に影響を与えるという学説はかなり前から知っています。 

    セシウムの約6割は筋肉組織に残留します。それも生物学的半減期のの間です。そしてセシウムはヨウ素のように甲状腺で濃縮することはありません。 

    なぜならヨウ素は甲状腺ホルモンの一種ですから、甲状腺内で300倍に濃縮されますが、セシウムは全身均等被曝といって、全身の筋肉に拡がって分布します。 

    一カ所で濃縮されるヨウ素と違って特定の器官に影響を与えることはないといわれています。これが現時点での国際的な放射線防護学の定説です。 

    いやそうではない、という異説もあります。私にとっては「そのような説がある」という認識です。 致命的なのは疫学的証拠に欠けることです。

    どちらが正しいのかは数年後にわかるでしょう。もしクリストファ・バズビー氏のいうように福島で40万人がガンになれば、この異説の正さが裏付けられたことになるでしょう。 

    それまでは、各々の信条に照らして生きるしか方法はありません 

    さて、私の基本的な放射能問題に対する考え方はひとつです。 

    農業現場の、いやもっと正確に言えば東日本の被曝した農地の生産者として、自分の地域の農産物の安全をどのように回復させていくのか、です。 

    都市住民はいとも簡単に「5bq以下」といいます。この数値が、1㎏中の膨大な数の分子の中でわずか5個の放射性物質が出す放射線量というミニマムな状態だと知って言っているのでしょうか。 

    現実にゲルマニウム測定器で測る所を見たことがあります。1分間ではなにも出てきません。15分でポツ~ンとひとつでてきました。30分で2個。そしてその時は40分で3個でした。

    ゼロリスクを求める人たちは一度この低線量の測定風景を見学するといいでしょう。いかに5bqやゼロベクレルが非現実的なことか実感できるでしょう。 

    ところで、「ゼロ」ということは存在しない、「無」だということです。「ない」という証明ほど困難なことはありません 

    私たち有機農業者が有機JAS認証制度でとまどったのは、「農薬使用ゼロ」というゼロ証明をせねばならなかったことでした。

    やったということを証明するのは簡単ですが、「やっていない」ことを証明するほど困難なことはありません。この難しさから、別名、悪魔の証明とも言われています。

    たとえば、化学農薬を「使っていない」という証明をするために、畑管理台帳、栽培管理台帳を綿密につけ、収穫物は減農薬減化学肥料のものと保管する場所、コンテナの色まで違えて保管せねばなりません。出荷した後の帳票類の保管も大事です。

    これがトレサビリティ・システムというものですが、このコストと時間に悩まされました。

    有機農業は有機JASで売り上げは伸びませんでしたが、コストは5%も増加し、いっそう有機農業は苦しくなりました。

    今回これにゼロリスク問題が重なりました。首都圏のママさんは「検出下限値の5bq」とあっさり言われましたが、失礼ですが言うだけならなんでも言える、と思いました。

    おそらくは私たちの地域の農産物は、米とシイタケを除いて5bq以上出ることは考えられないでしょう。その程度まで私たちの自主計測でも下がってきています。

    しかし、今後は分かりません。まだ私たちも全部の畑の隅から隅まで計ったわけではないし、森林の放射性物質が大水や大風でまた畑に降ることも可能性としては捨てきれないからです。

    チェルノブイリ事故時のドイツ南部は福島南部、茨城北部とだいたい同じ土壌放射線量でしたが、数年後の5bqを超える数値の検出例もあるそうです。5年間は警戒を要します。

    このような中で、いきなり5bqやゼロベクレルを求めるというのは非現実的にすぎます。

    特に私たちより厳しい状況に生きる福島農業にとってそれは明確に不可能です。技術的にも財政的にも、あらゆる意味で不可能です

    ですから、私はこのような過剰に先鋭な基準値は、逆にザルになると思っています

    これが100bqという新基準値程度ならなんとかスクリーニングでふるいにかけることができます。

    しかし、新鋭の2千万円するゲルマニウム測定器を使って長時間測定しなければならない30bq以下は、農業現場で測定することは不可能です。

    もしそのようなことを求められても対応できる産地は全国でも皆無でしょう。

    出荷ロットごとのサンプリングによるスクリーニングなら可能でしょうが、その場合数百袋で一検体という範囲となります。そしてその場合のそのスクリーニングはさきほど述べたように30bqが精一杯です。

    100bq程度なら、高額ですがベルトコンベア式のスクリーニング器械もあります。しかし、30bq以下で出荷ラインを流すとなると、とてもではないがスクリーニングだけで数時間かかって出荷不能となるでしょう。

    更に5bqでやるとなると流通の無作為抽出しかないでしょう。その場合、枯れ草の中の針を探すようなことになります。

    私の規制値についての考えは、まずはたとえばコメならば、500bqを半分のバージョン2の250bqに下げて、その間に除染を進行させながら翌年に基準値バージョン3としてまた半分、そしてまた翌年にバージョン4としてその半分というような漸進的な段階を踏んだ基準値が望ましいと思っていました。そして5年間でバージョン5として30bqていどにまで落とします。

    しかし、厚労省は農水省となんの協議もすることなく、消費者の不安を農業者に責任転嫁するためだけにこんな新基準値を作ってしまいました。

    こんないいかげんなやり方をすれば必ず現実にシッペ返しされます。きっとザルとなると思います。

    首都圏のママさん。低線量被曝についての議論は私はしたくありません。

    低線量被曝にこだわり続けるのなら、それはあなたの生き方です。あなたはあなたの信条で生きて下さい。

    残念ですが、現時点であなたの不安や要望と私の現実が交わることはありません。私は自分の現実と闘わねばなりませんから。

    ■写真 薄暮の霞ヶ浦の湖岸。光るのは標識です。ミニ灯台です。

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    「事故終息」とは冷温停止のことではなく、住民が安心して戻ることだ

    001

     

    「事故終息」とは冷温停止のことではなく、町民が戻って安心して生活できる状態のことだ。

                               福島県大熊街゛渡辺鍋利綱町長

    広野町役場が再開=移転9自治体で初―戻った住民250人・福島 

    東京電力福島第1原発事故で役場機能を移していた福島県広野町は1日、住民の帰還を促し本格的な除染を進めるため、元の庁舎に機能を戻した。役場が移転した県内9町村のうち、元の庁舎に戻ったのは広野町が初めて。

     町の人口は約5500人だが、放射線への不安もあり、戻った住民は約250人にとどまっている。山田基星町長(62)は朝礼で「本庁舎での業務再開は本格的な町の再生、復興の始まりだ」と強調。職員約70人態勢で業務を再開した。

     広野町は事故後、全域が緊急時避難準備区域に指定され、原発から約23キロの役場は、南に約30キロ離れたいわき市の工場事務所に移転。住民の大半は同市を中心に県内外で避難生活を送っている。
     避難準備区域は昨年9月に解除され、翌月から町内の除染が始まった。除染担当など一部の部署は既に元の庁舎に戻っている。町は年内に全世帯を含む生活圏の除染を終える方針で、今年4月に住民に帰還を呼び掛ける。

    ■原子炉再開を阻止しよう!
    署名のお願い

    野田総理大臣は、メルトダウンを引き起こした原子力安全システムの欠陥の対処も終了させていないにも関わらず、原子炉(福井大飯原発)の再開への意欲を見せています。しかし原子炉再開には地元自治体の了承が必要です。

    関西電力大飯原発が福島の惨事の二の舞にならないという確証が取れていない状態を鑑み、福井県自治体幹部はこのふたつの原子炉再開に勇壮にも抵抗してきました。しかし彼らは野田総理や電力会社からの膨大な圧力に今にも屈してしまいそうな状態です。もし私たちが福井県に意を寄せて志をともにすれば、野田総理の容赦ない圧力から彼らを守ることができるかもしれません。

    さあ、疑問視すべき原子炉再開に対し断固して戦うべく、福井県自治体幹部をみんなで支援しましょう。今すぐ署名しましょう。私たちは必ず西川福井県知事と時岡おおい町長へ届けてまいります。

    下のアドレスから入って下さい。

    http://www.avaaz.org/jp/japan_no_to_nuclear_restart_ms//?cl=1628050568&v=12963

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    民間事故調報告書から 原子力安全神話に浸って、「事故を考えてはならない」としてきた国の責任

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    福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の調査報告書を続けます。 

    要旨 全文がアップロードされておらず(後に本として市販するそうです)、現在は要旨の形でしか入手できません。産経新聞の要旨が最もまとまった形のようですので、欄外資料として転載いたします。 

    昨日の取り上げた部分は、「第1章・福島第1原発の被災直後からの対応」に相当する部分でした。 

    その中で民間事故調は人的要素を原因のひとつに上げました。それは「バニックと極度の情報錯綜」(報告書)に陥った官邸を、菅首相という特異な人格が官邸中枢を支配してしまい、悪しき政治介入を繰り返し、事態をいっそう深刻にしたことでした。 

    では、この前首相のリスク・マネージメントの失敗から離れて、もう一点浮かび上がるのは、「なぜ、国は万全の安全対策をほどこしてこなかったのか」という疑問です。 

    原子力は私企業がなすべきものでは本来ありません。一私企業がするにはあまりに危険で、あまりに大規模だからです。 

    今回の事故で明らかになったように、「たかだか」ひとつの原発で事故が起きただけで首都を含む東日本全体が無人地帯になる可能性すらあったわけです。

    東京都民の避難という事態すら政府は予見しており、それは報告書第3章の「最悪シナリオ」で触れられています。 

    避難を余儀なくされた人々が帰郷できる保証はなにもありません。広範にフォールアウトした農地、宅地、海がいつ再生されるのかめどすらたっていません。

    企業が利潤原理だけでこれを運営するなら、必ず費用に見合った算盤勘定から逃れられません。 

    原子炉とは設置にも、その維持管理、そして廃炉にも膨大な支出がかかるものだからです。 

    だからこそ、電気事業法によって十重二十重の保護という特権が電力会社に与えられていたわです。地域独占と、全コストを電気料金に上乗せできる総括原価方式などはその典型です。 

    このことを民間事故調は報告書の中で、最終章の部分でこう述べています。 

    「国策民営」のあいまいさ
     原災危機においては、政府が最大限の責任を持って取り組む以外ないということを如実に示した。事故が起こった場合の国の責任と、対応する実行部隊の役割を法体系の中に明確に位置づけなければならない
    。」
     

    本来、国が民間私企業に原発の運営を委ねたのは、「安全」を国が担保できるという考えがあったからです。 

    つまり、電気事業者に対して、発電所の設置の許認可、事業命令、指導監督の権限を握ることで「プロメテウスの火」を飼い馴らしていると錯覚していました。 

    私たち国民、特に原発立地県の住民にとって、東電など問題にしていませんでした。 

    国が大丈夫だと言ったから、国が万が一の時には災害救助をするから、賠償もするから、という言葉でなだめられてきたのです。 

    そしてなにより、事故は絶対に起きないのだ、東京ドームに隕石が落ちるより確率が少ないのだ、と政府は言ってきたはずです。 

    これが原子力安全神話です。この原子力安全神話を言い続けたのは、国家です。したがって、原発事故における一義的な事故責任は国家・政府にあります

    ここをあいまいにしてはいけません。 

    東電は、2009年に貞観(じょうがん)地震の地震調査研究推進本部の研究結果から、三陸沖に15メートル以上の津波が来る可能性があることを知っていました。 

    にもかかわらず、福島第1原発の建設用地は、「取水、排水をしやすくするために」15メートルも掘り下げてありました。これがどのような結果をもたらしたのかは、言うまでもないでしょう。 

    同じく15メートル級の津波が来た女川原発は、高台にあったために救われました。 

    この15メートル掘り下げを認可したのは誰でしょうか?

    なるほど掘削した時点では貞観地震の件は知り得ない知見だったかも知れませんが、それが分かった時点でなぜ国は改善命令のひとつも出していないのでしょうか?

    2009年の時点で、せめて堤防を5メートル高く改修していれば、この重大事故はなかったのです

    また、今回の事故の原因は「全電源喪失」という事態でした。送電鉄塔の倒壊、予備電源の水没、そして予備電源車の不在という「想定外」の不運が重なって重大事故になったといわれています。

    なにを言っているのですか。「全電源喪失などありえない」といい続けて、自分が作った原子力安全神話にみずから浸っていたのは一体誰なのか。国ではないですか。原子力安全委員会だったのではないですか

    「原子力事故は起きない」という大前提にたっての安全対策という自己欺瞞のぬるま湯にどっぷりと浸って、安全を真剣に監視してこなかった国家・政府ではないですか。

    避難訓練などはいらぬ心配を近隣住民にさせるからしない。しても机上だけ、安定ヨウ素剤も各自治体に配置しない、避難手順もない、電力会社と政府の情報の統合はおろか交換すらない、そもそも誰が指揮をとるのかさえ決まっていない、ないないずくしの山!

    これが「原子力安全神話」の国の実態でした。このような「事故に対する備えをしてはいけない」という方針は、国が作り、東電が育てたものです

    それについて報告書はこう述べています。

    人災-「備え」なき原子力過酷事故 
    冷却機能が失われたのに、対応が12日早朝までなされなかったことは、この事故が「人災」の性格を色濃く帯びていることを強く示唆している。「人災」の本質は、過酷事故に対する東電の備えにおける組織的怠慢にある。背景には、原子力安全文化を軽視してきた東電の経営風土の問題が横たわっている」。

    【第9章・「安全神話」の社会的背景】
     中央と地方の2つの「原子力ムラ」がそれぞれ独自の「安全神話」を形成しながら、結果的に原子力を強固に推進し、一方で外部からの批判にさらされにくく揺るぎない「神話」を醸成する体制をつくってきた。

    いわば言葉は悪いですが、政府と東電は共犯関係なのです。ですから、重大事故の責任の半分は国・政府にあります。

    しかし政府は自らの事故指揮の失敗をすべて東電という逃げようがない被告に被せて、首相は未だ火事の最中に、「火事のない街作り」とでもいうべき再生エネルギー法を辞任条件に出す始末でした。

    当事者意識がここまで欠落してしまう人間を見たのは初めてです。

    それはさておき、自民党にも責任があります。このような「原子力神話」の創造者こそが自民党だったからです。彼らにも現政権と東電を指弾できる資格はないのです。 

    私は、「被曝」地の人間のひとりとして、このような原子力行政、東電のあり方、賠償の方法まで含めた大きな議論が必要だと思います。

    政府事故調の最終報告書も出ないうちから、「戦犯」のひとりである経済産業省の官僚を集めて作った原子力安全庁をデッチ上げる茶番はやめて、原子力行政のすべてを一からやり直さねばなりません。 

    ■写真 霞ヶ浦の夕日。

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    ■ 福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の調査報告書要旨  

    【第1章・福島第1原発の被災直後からの対応】 

     事故の直接の原因は、津波に対する備えが不十分で、電源喪失による多数の機器の故障が発生したことに尽きる。設計で用意された注水手段から、代替注水へと切り替えることができなかったことが決定的な要因となり、放射性物質の放出抑制ができなかった。 

    記事本文の続き その原因はシビアアクシデントに対する備えの不足と連絡系統の混乱である。背景には、複合災害の影響として通信や輸送の手段が限られたことや、隣接するプラントの水素爆発等の影響を受け、作業環境が悪化したことを指摘できる。 

    【第2章・環境中に放出された放射性物質の影響とその対応】 

     放射性廃棄物の処理について、従来の法体系で規定されていなかった。一般廃棄物や災害廃棄物の受け入れに支障が出ているケースが存在する。低線量被曝(ひばく)に対する科学的理解の不十分さが、社会的混乱を招いた一つの要因とも思われる。政府は事故による被曝をX線撮影などと比較していた。しかし、自主的な被曝と事故として受ける違いを考慮せず、より不信感を招いた。

    【第3章・官邸における原子力災害への対応】 

     官邸の現場への介入が原子力災害の拡大防止に役立ったかどうか明らかでなく、むしろ無用の混乱と事故が発展するリスクを高めた可能性も否定できない。  

     ▽東電からの退避申し出 

     東電側は全面退避の申し出をしたことがなく、必要な人員を残す前提だったと主張している。しかし、必要な人員の数や役職等を具体的に示していない。多くの官邸関係者が一致して東電の申し出を全面撤退と受けとめていることに照らしても、東電の主張に十分な根拠があると言いがたい。 

     ▽「最悪シナリオ」作成の経緯 

     3月14日夜、2号機が注水不可能な状態に陥った前後から菅直人首相はじめ官邸の政治家は「最悪シナリオ」という言葉を漏らすようになった。菅首相の要請を受けた近藤駿介原子力委員長は22日から25日にかけて今後ありうる「最悪シナリオ」をコンピューター解析で作成。4号機と他号機の使用済み燃料プールの燃料破壊が起きた場合、住民の強制移転は170キロ以遠に、年間線量が自然放射線レベルを大幅に超える地域は250キロ以遠に達する可能性があるとの結論を導き出した。政府と東電は4号機の燃料プールが「最悪シナリオ」の引き金を引きかねないとし、プールが余震で壊れないよう補強することを緊急課題とした。「最悪シナリオ」の内容は官邸でも閲覧後は回収され、存在自体が秘密に伏された。 

     ▽菅首相のマネジメントスタイルの影響 

     菅首相の個人的資質に基づくマネジメント手法が、現場に一定の影響を及ぼしていた。行動力と決断力が頼りになったと評価する関係者もいる一方、菅首相の個性が政府全体の危機対応の観点からは、混乱や摩擦の原因ともなったとの見方もある。菅首相のスタイルは、自ら重要な意思決定のプロセスおよび判断に主導的役割を果たそうとする「トップダウン」型へのこだわりと、強く自身の意見を主張する傾向が挙げられる。 

    【第4章・リスクコミュニケーション】 

     多くの国民は原発事故や放射能の不安におびえ、血眼になって情報を求めた。政府は国民の不安にこたえる確かな情報提供者としての信頼を勝ち取ることはできなかった。あいまいな説明、発表情報の混乱、SPEEDIなど情報開示の遅れが繰り返され、政府の情報発信に対する国民の不安や失望感が深まった。放射能汚染の拡大や住民退避を懸念する海外に対しては、さらに脆弱(ぜいじゃく)な情報発信しか行われなかった。

    【第5章・現地における原子力災害への対応】 

     官邸主導の原子力災害対策本部における対応の混乱、東電との情報共有不足により各機関が十分に連携した対応を行うことができなかった。 

     ▽SPEED 

     文部科学省は3月15日以前からSPEEDI計算結果の公表を求められ対応に苦慮していた。16日に原子力安全委員会に運用を一方的に「移管」した後は、直接の対応を回避する姿勢に転じた。文科省の対応には後日の批判や責任回避を念頭においた組織防衛的な兆候が散見され、公表の責任のあいまい化、公表の遅れを招く一因になった可能性も否定できない。 

    【第6章・原子力安全のための技術的思想】 

     原子力技術の米国の動向の追随は、事故の遠因になっている可能性がある。米国の動向を学びながら自主的に対策を追加していったものの、わが国に固有のリスクを十分に考慮できなかった。 

    【第7章・福島原発事故にかかわる原子力安全規制の課題】 

     外部事象のリスクを規制関係者がそれほど重大なものとみなしていなかった。 

     日本の官僚機構は前例踏襲を重んじ、原子力安全のように常に新しい知見を取り込んで改善・向上させていくものとは親和性が低い。保安院が公務員の通常の人事ローテーションに組み込まれ、専門的人材を長期的に育成するシステムになっていないのに加え、法律や指針の改定には多大の時間と労力がかかるため着手しにくい環境を生む、行政機構特有の性質がある。 

    【第8章・安全規制のガバナンス】 

     日本は国際的な安全規制の標準を形式的には満たしていたものの、実行的な安全規制をする能力が不十分で電気事業者に対抗するだけの技術資源をもたない原子力安全・保安院、十分な法的権限と調査分析能力をもたない原子力安全委員会、圧倒的な技術的能力、資金をもつが、安全規制の強化に対して当事者としての責任を果たそうとしなかった電気事業者、といったさまざまな思惑や利害関係を含みながら実践されてきた。安全規制の一義的な責任は電気事業者にあり、保安院は監督、安全委は安全規制の指針を作る分業体制が作られていたが、非常時では十分な機能を果たすことができなかった。 

    【第9章・「安全神話」の社会的背景】 

     中央と地方の2つの「原子力ムラ」がそれぞれ独自の「安全神話」を形成しながら、結果的に原子力を強固に推進し、一方で外部からの批判にさらされにくく揺るぎない「神話」を醸成する体制をつくってきた。 

    【第10章・核セキュリティへのインプリケーション】=略

    【第11章・原子力安全レジームの中の日本】=略 

    【第12章・原発事故対応をめぐる日米関係】 

     福島原発事故は、日米関係にとっては安全保障上の危機管理能力が問われる事態だった。事態が急速に悪化し、迅速な判断が求められた。しかし、深刻な複合災害に対する想定や備えが欠如していたため、具体的な対処方法の決定では手探りの状態が続いた。 

    【最終章・福島第1原発事故の教訓-復元力をめざして】 

     ▽事故は防げなかったか 

     全電源喪失を起こした11日から、炉心損傷が始まり海水注入を余儀なくされたその日の夜までの最初の数時間に破局に至る全ての種はまかれた。 

     ▽人災-「備え」なき原子力過酷事故 

     冷却機能が失われたのに、対応が12日早朝までなされなかったことは、この事故が「人災」の性格を色濃く帯びていることを強く示唆している。「人災」の本質は、過酷事故に対する東電の備えにおける組織的怠慢にある。背景には、原子力安全文化を軽視してきた東電の経営風土の問題が横たわっている。 

     不十分なアクシデントマネジメント策しか用意していなかったことを許容した点では、原子力安全・保安院も、保安院の「規制調査」を任務とする安全委も責任は同じである。 

     SPEEDIは放射能拡散予測の「備え」として喧伝(けんでん)されながら、まったくの宝の持ち腐れに終わった。文科省や安全委は「放出源データが取れないという不確実性」を理由に、活用には消極的だった。SPEEDIも結局は原発立地を維持し、住民の「安心」を買うための「見せ玉」にすぎなかった。 

     ▽安全規制ガバナンスの欠如 

     原子力安全・保安院は、規制官庁としての理念も能力も人材も乏しかった。安全規制のプロフェッショナル(専門職)を育てることができなかった。事故の際、保安院のトップは、官邸の政務中枢の質問にまともに答えられず、東電に対しては、事故の進展を後追いする形で報告を上げさせる、いわば「御用聞き」以上の役割を果たすことができなかった。 

     ▽「国策民営」のあいまいさ 

     原災危機においては、政府が最大限の責任を持って取り組む以外ないということを如実に示した。事故が起こった場合の国の責任と、対応する実行部隊の役割を法体系の中に明確に位置づけなければならない。 

    (産経新聞2月27日)

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