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ウクライナとベラルーシに学ぶ農業の放射能対策

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あまり知られていないことですが、ウクライは、チェルノブイリ事故以後、農業生産が上昇しています。

データを揚げます。(東京大学農学生命科学研究科の川島博之准教授による)

まずは1986年の事故後6年後からです。
・1992年作付け面積・・・1250万ヘクタール
・同農業生産量・・・・・・・・・3550万トン

これが17年後には
・2009年作付け面積・・・・1510万ヘクタール
・同農業生産量・・・・・・・・・・4540万トン

次にウクライナの穀物輸入量を見ます。
・1992年穀物輸入量・・・・180万トン

それが2009年には穀物は輸出に転じ、輸出穀物量が1640万トンになっています。チェルノブイリ事故禍から、完全にウクライナ農業は復活し、むしろ強くなったと言っていいでしょう。

実はウクライナの事故後の情景は、あまりにも現在の日本と酷似しています。

事故後の1年後、国会議員がウクライナの地方都市を訪れてこう言いました。「この地域にいる住民は放射能で死ぬから、避難しろ!」。

私たちがこの1年飽くことなく聞かされていた言葉です。ウクライナにおいても、外国の報道機関を通じた「放射能による死者数万人」という誤った報道が幾度となく流されました。

そして部外者の「ウクライナから避難しろ!」という言葉が、住民をパッニックに追い込みました。

これにより、ウクライナは「人口統計上の大惨事」と後にいわれるような急激な人口減少をみせます。事故後失われたウクライナの人口は12.1%にも登りました。(欄外資料参照)

まさに戦争や中世ペスト流行に等しい災厄がウクライナを襲ったのです。

原因は放射能そのものによるものは少なく、デマゴギーの流布でした。人口減少の大きな原因は、強ストレスによる流産、中絶などだったと国連科学委員会は述べています。

ウクライナ政府がとった対策は、初期の避難の遅れ、隠蔽などを反省した的確なものでした。

根拠のない風説や煽りに対しては徹底した「見える化」しか方法はありません。どこかの国の高官のように「ただちに健康に被害はありません」などと口走ってもかえって火に油を注ぐだけなのです。

ウクライナでは政府や自治体の計測と並行して、大量の測定機器を店舗や学校に配布しました。

同時に内部被曝を発見するための簡易型ホールボディカウンターも学校に配備します。学校においては年齢応じた放射能教育を開始しました。

このような市民対策と同時に強く推進されたのが農業対策です。

ウクライナ農業は壊滅的打撃を受けていました。初期被曝の放射性ヨウ素対策を旧ソ連が怠ったために、高放射線量の牛乳を飲んだ多くの子供たちから甲状腺ガンが発生しました。

このためにウクライナ製農産品は市場から排除されます。かつての東欧の穀倉はたちまち穀物輸入国に転落してしまいました。

日本の場合、基準値超えを出荷停止にするだけで終わりでしたが、ウクライナはこの放射性物質が入った牛乳を国が買い取り、バターなどの乳製品にして保管するという方法をとりました。

おそらく日本で同じ方法をとったら・・・、まぁスゴイでしょうね。瓦礫の比ではない。ああ想像するだけでイヤになる。

それはさておき、ウクライナ政府は被曝牛乳を国が買い取って加工して、放射性物質が基準値以下になるまで保管しました。

これと同じ方法は、ベラルーシでもとられています。ベラルーシは被曝した小麦を国がアルコールに加工しています。

そしてもうひとつの農業対策が、多くの放射能対策パンフレットの作成でした。ベラルーシだけで多くのパンフレットがあります。細かく分野ごとに分けて、地域ごとの対策も記してあるそうです。

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  (写真 「ダッシュ村」3.11特番より転載いたしました。ありがとうございます。)

そして畑作用にはカリウム肥料、畜産用にはプルシアンブルーが配られました。

耕耘方法については、ウクライナ農業放射線学研究所・バァレリー・カシタロフ所長はこういっています。

「天地返しによって、土壌からの外部被曝を10分の1にすることができる。汚染土を処分することなくコストも低く押えられる。(ウクライナでは)農地はこのように処理した」
(12年1月31日福島講演会「チェルノブイリ事故処理と福島への教訓」

ウクライナ、ベラルーシが消費者保護と同時に、農業に対して決めの細かい対策を打ったたとがわかります。

わが国は・・・、ここまで無為無策だとかえってすっきりするほどです。避難地域の牛、豚、鶏は見殺し。未だ供養されることもなく、無残な白骨を畜舎にさらしています。

消費者の不安には、ただひたすら責任逃れのための厳しい基準値を作るだけ。出たら農家がどうにかしろ、東電に金をもらいに行け、だけです。

放射能測定機は自治体の役場にポツンと1台申し訳のように置かれています。学校にも給食センターにさえ見当たりません。

基準値を上回る米が出た地域は国が買い上げるそうですが、その使途は決まっていません。おそらくほとぼりが冷めるまで置いて、秘かに捨てるのでしょうか。

放射能にいかに闘っていくのかの農業指針もなし。除染資材の配布などあるはずもなし。

いかに国にとって私たち農民など眼中にないのかが分かります。

よくNHKや消費者グループはウクライナやベラルーシを見習えと言うのを聞きます。そのとおりです。見習うべきです。ただし、農業対策もお忘れなきように。

私たち日本農業も、ウクライナ、ベラルーシのように事故を経てもっと強くならねばなりません。

チェルノブイリから40㎏離れたベラルーシ農民の日本農民への伝言を伝えます。
「日本もたいへんだとは思うが、絶対にあきらめないでほしい」。

      ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

■(「ウクライナとベラルーシの人口変動 激増する死亡と激減する出生」)
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/ukraine2.html

「1986年4月のチェルノブイリ原発事故後に一定の時間を置きつつ、急速な悪化を見せた。指標の中で一番早く影響が見られたのは総人口で、1951年以来一度も人口減少を見せたことのないウクライナの人口は、事故の7年後、ソ連崩壊・ウクライナの独立の3年後の1993年には早くも減少に転じはじめる。
事故初期には国外避難などがあったにも関わらず、事故から7年後に人口減少に転じはじめてから連続して減少し続けている。このためかつて約5200万人だった同国の人口は、2010年には約4570万人となり、事故後約20年の間に12.1%も失われた。」

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