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2012年4月10日 (火)

街の人たちへの提言 線量を下げるのならば、あなた方も耕してみたらどうですか? 

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「除染」という言葉があります。秘かに、私はあれは「移染」(元有機農業学会会長中島紀一先生命名)ではないかと思っています。

ジャジャーと屋根を洗いますね、その水はどこにいくのでしょうか。下水溝から下水処理施設に汚泥として蓄積されていきますが、その先はまだ何も決まっていません。

ご存じのように東京、神奈川といったほとんど被曝していない地域の下水処理施設でも高い線量が計測されて話題になりました。

表土を5㎝剥ぐといいます。では、その汚染された土はどこに行くのですか?行き場所がなくて、校庭の隅に今もシートをかぶって眠っています。

国はやっと2012年1月26日になって、除染計画の工程表を出してきました。膨大な予算がかかりますが、私の疑問は晴れることがありません。

どこに持って行くのですか?避難地域に作るつもりの中間処理施設ですか?

そのようなものは、国がしっかりとした土地の買い上げと国有化を決めないでやることではありません。

いずれにせよ、放射性瓦礫や汚泥は、どこかに集中管理するしか方法はないのです。

しかし、避難の不手際とその後の復興の無策に対して、避難地域自治体には怨念といっていいような国に対する恨みがあります。

それをどう説得するのでしょう。当時の最高責任者の枝野氏が、ぬけぬけと原発再稼働などと言っているうちは、地元自治体がうなずくことはないでしょう。

その間にまたどんどん汚染物質が溜まっていきます。そのうち溢れ出すことでしょう。

二本松市の採石場の採石を使ったコンクリートから高い放射線量が検出されたことを覚えていますか。

まさに放射線の教科書どおりに、まったく減少せずに高い放射線を新築マンションから放出していました。

一方、予想を裏切ってどんどん放射線量が下がっている地域があります。どこでしょうか?

農地です。農地は劇的に線量が下がってきています。下図をご覧ください。Photo (「放射能に克つ農の営み」 伊藤俊彦氏の図表より引用させていただきました。ありがとうございます。)

これが福島県の3.11以後まったく耕していない土地での耕耘実験の結果です。

図表左から「耕起前」、「浅く耕起後(10㎝)」、そして「反転耕起後」(20~25㎝)の変化に注目ください。

つまり、まったくなにもしない土地を、10㎝耕す、次に20~25㎝耕してみた場合線量がどう変化するのを比較しています。

・耕耘しなかった土地の放射線量・・・・地表2.12μSv
                       空中1.77
・浅く耕起後(10㎝)        ・・・・地表1.70
                       空中1.40
・反転耕起後」(20~25㎝)   ・・・・地表0.79
                       空間0.85

お分かりのように何もしない土地の地表放射線量が2μSvを超える放射線量だったのに対して、反転耕起した後は0.79μSvと半分以下になったのが分かります

それに連れて空間線量も約半分になりました。まさに劇的な線量低下です。私たちの茨城地方でも、耕耘前と後では8分の1から13分の1にまで線量が低減したのが実測されています。

福島や茨城の農産物が、私たち農業者の予想をはるかに超えて基準値超え農産物を出さなかった理由はこれです。耕すことで、土壌放射線量が大きく下がったからです。

去年3月から5月に多数検出されたのは、当時は空間線量が高く、未耕耘だったために、作物が外部被曝したからです。現在とは状況がまったく違います。

さて、私たち農業は、「耕す」という農業の本源的な営みの中で放射能を低減することに成功しつつあります。私たち農業者は、いかにして放射線量を下げるための解決の鍵を握ったと考えています。

一方、都市部は未だ洗浄一本槍で、先行きが見えません。

そこで私たち農業からの提案です。頭を切り換えてはいかがでしょうか。校庭を耕したらどうでしょうか。そして線量を計ってとみてください。

そして校庭に大きな畑でも作ったらいかがですか。移行率が低い野菜は分かっています。そして計って安全だと分ったら食べたらいい。

放射能と闘う食育になるはずです。子供たちに「土地の神様」の偉大さを教える、素晴らしい食育じゃないでしょうか。

怖がって避難するだけが、放射能から子供を守ることではないのです。

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コメント

すでに亡くなった婆ちゃんが言ってた。
戦時中、我が家の側の学校のグラウンドはサツマイモ畑になりました。
無論今回の放射線問題とは根本的にことなりますが、是非首都圏の都市では校庭の半分でもやってみていただきたい。
まあ、元々栽培に適した土地では無いですから、収穫などたかが知れてますが。
なんなら安全を訴える方こそ、ベランダのプランターで自家用野菜の栽培でもやって食べればいいんですよ。あくまで自己責任で。
どこの土や腐葉土を選ぶことも含めて。
どうやって0ベクレルを証明するのか、知ったこっちゃないですが。
自分達のエゴで農家叩きをワーワーやってた醜さが、少しは理解出来ると思います。


枝野…あいつは何を言ってるんだか。いくらでもダブルスタンダートで掌返し。
一方で、福井県議会は9割が大飯再開賛成もしくは条件付き賛成だそうです(ソースは毎日)


千葉の無人直売所の椎茸から、765Bq出ちゃいましたね。
私、先日も山菜やキノコは個人持ち込みのケースが多いから注意が必要だと指摘したのですが…残念です。
まあ、無人直売所で買うくらいなら、それほど気にしない方だとはおもいますが。

お久しぶりです。

本日、懇意にしている農家の畑土壌数ヶ所を市役所に持込みBq測定します。
昨年の春作(ジャガイモ)後に緑肥としてトウモロコシを蒔き成長した状態の畑で空間線量、土壌のBq、トウモロコシの実のBq(限界30BqでND)を計測してあります。
その後トウモロコシは全量すきこみ、本年2月に反転耕起をしました。畑上の空間線量は先月半分以下に低下しているのを確認しています。

私の地域のタケノコはアウトになりました。同じ地域のタケノコでNDがあるということで、市役所に問い合わせたところ、昨年3月の時点で早出しの為マルチを張っていたタケノコ畑ということでした。

家のタケノコ畑は毎年11月から12月にかけて間引きをし、上根切をし、2年ごとに堆肥を入れて手入れをしていたのですが、あきらめるしかありません。
昨年(といっても毎年ですが)は家の孟宗竹、さらに他にハチク、マダケを採りに行き食べていました。推定で30kgは食べているので、どの位内部被曝していることやら。私の年齢からいって、あまり気にしていませんが。

都会で、耕す。とても良い発想だと思います。
ただ、名古屋市の旧市街地のように、都市計画法、その他で、残念ながら、宅地で、農業をすることが、やりたくても出来ないと言う実態もありますね。
我が家の庭は、南側のマンションにより、ほとんど、日陰です。
もちろん、市街化宅地ですので、農薬散布など、近所迷惑で、出来ません。
今や、大変な草取りは、ペット豚の放牧で、対処している実情です。
豚さん、やぎさん、日陰にびっちり生える銭苔だって、根っこごと、食べてくれるので、大助かりです。

週1回、放牧すれば、かなりの草取り効果があります。

固定資産税、都市計画税以外に、法人税関係で、36%は、支払いますので、30年以上農地として、認めてもらえて、実行しないと、納税できませんから、現物納付命令(差し押さえ)が、来てしまうので、収入が不安定で、しかも、生産者支援というか、共選納入できるJAが存在しない、都市部での農業は、実質、不可能に近いかもしれません。(作っても、食べてもらえないです)

趣味で使う耕耘機や、エンジンで、草を刈る機械でさえ、騒音問題で、使えないので、実際は、無理かもしれません。東京都内でも、戦争で、燃え残った世田谷あたりとかだと、畑仕事は、可能なんでしょうけど。。

まあ、自宅用+近所配布用の小さな畑くらいなら、出来そうですが、別な収入の道が無ければ、多額の税金を納めるのは、無理かもしれません。

放射線量減少に、役立つことは、理解できるのですが。。

人間と放射能との考えがあいいれないのです。
寿命が片や2億年とかいう単位、壊変して別の物質にかわるだけ。
人間頑張って80年。壊れたら終わり。
たちうちができません。
自然は、たとえどんな状況でも受け入れるだけ。
生き物は、環境が悪くなれば淘汰されるだけです。

ちぃちぃさん。
それはあまりに近視眼的な悲観論ですよ。

数万年ってプルトニウムやアメリシウムのことですよね?
確かに今回の福島第一原発事故でも検出されましたが、チェルノブイリなどと違いごく僅かであり、京都大学原子炉研究所の今中哲二先生の仰るように、圧倒的にセシウムの割合がが多い福島は、むしろ対処しやすい類いです。
それこそミソもクソも一緒になさらないでください。
原子炉構造・事故発生状況・汚染範囲など、チェルノブイリは福島とは比べものにならない大惨事ですから。
バカに惑わされずにちょっとは勉強して下さい。

こちらの過去記事やコメントを遡っていただければ、よく解ることですよ。

ちぃちぃさん。何億年と仰せですが、私は楽観していますよ。
というか、そのように敵は何億年,わが人生は80年などと考えたらやっていられなくなります。
私は「放射能と闘っている」という自覚があります。その場合、いちばんいけないのは詠嘆しちゃうなんです。しみじみしちゃうことです。

先日山桜のことを書きましたが、私は国滅びて山河あり、なんて気分じゃなくて、「おー君もがんばってるね。当分たいへんだが、がんばれよ」という気分だったのです。

まずは敵の正体を知る。どの程度の線量がどこにどれだけ降ったかを調べる、そこからです。

私達「被曝地」農民はしましたよ。行政が頼りなかったので、独力で。
その結果はだんだん敵の正体が分かってきて、敵をどう攻めたらいいのかも見えてきました。

いまは逆襲の時です。去年はやられっぱなしでしたが、今年はそうとうな所までセシウムをやっつけてやります。

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